1980年代に盛り上がったインディーズムーブメントにおいて、その中心にいた人物が山本政志監督だ。ロックバンド「じゃがたら」の初期プロデューサーを務め、16ミリフィルムで撮影した自主映画『闇のカーニバル』(82)はベルリン映画祭やカンヌ映画祭に出品された。音楽と映画が混然化した熱気を放ち、新しい時代の到来を感じさせた。続く35ミリフィルム作品『ロビンソンの庭』(87)は単館系での上映ながらロングランヒットを記録し、ミニシアターブームの先鞭となった。
現在はワークショップスタイルの映画塾「シネマ☆インパクト」を主宰するなど、プロデューサーとしての活躍が目立つ山本監督。クラウドファンディングによるHDリマスター化を進めている初期代表作『ロビンソンの庭』にまつわる伝説の数々、また撮影が中断したまま18年の歳月が流れた町田康主演作『熊楠 KUMAGUSU』の内情を語った。
──バブル期の東京都内に残っていた廃墟の数々で撮影した『ロビンソンの庭』には、多くの伝説が残されています。出資者を求め、長者番付(高額納税者ランキング)の上から順に当たったそうですね。
山本政志監督(以下、山本) やったやった(笑)。その頃は長者番付が毎年発表されていて、上から順に電話した。もろろん、うまくはいかないよ。それでもめげずに、長者番付には載ってないけど、日本船舶振興会(現日本財団)の笹川良一会長ならお金をたくさんもっているはずだと思って電話したんだよ。「俺、頭いいな!」と思って。やっぱりダメだったんだけど、あの頃はなんでもやってみたね(笑)。それで経済紙の記者から「佐々木ベジって人に、会ってみたら」と勧められた。当時のベジさんは、“秋葉原のバッタ王”と呼ばれていた人だったんだよ。
──本名が佐々木ベジとはすごい。ネット検索してみると、今も「企業再生引受人」として活躍中のようですね。
山本 本当に面白い人だよ。初対面で、「テレビショッピングを撮れるか」と訊くから、「当たり前だろ」と答えたら、その場で広告代理店に電話して、地方局での放送を決めたんだよ。しかも、「明日までに納品しろ」と(笑)。こちらも「やれる」と答えたから断ることもできず、知り合いに電話をしまくって撮影できるスタジオを速攻で抑えたよ。4本くらい撮影して、翌朝まで掛けて編集したら、その編集スタジオに黒塗り車が現われたんだよ。どこの暴力団関係者かと思ったら、ベジさんだった(笑)。それでベジさんに融資してもらい、制作会社レイラインを立ち上げた。2年間弱で6000万円くらい出資してもらった。でも、俺は「じゃがたら」復活ライブとかアルバム制作だとか、好き勝手なことばっかやってた。そのつけは、全て親会社のベジさんのとこに回してね。そんなとき、うちのおふくろが遺産相続で4000万円受け取ったんで、「社会貢献に使うべきだ」と俺がぶんどったの。ベジさんから「その4000万円を預けたら、3倍にしてあげるよ」と甘い言葉を囁かれたけど、さすがにそれは断った(笑)。
混沌さを極めた廃墟での撮影
──映画制作費は守ったわけですね。いよいよ都内に残っていた廃墟の数々で『ロビンソンの庭』を撮影することに。
山本 目黒、立川、井荻、初台……。都内の6か所くらいの廃墟で撮影したかな。今はどこの廃墟も消えてしまったね。井荻の廃墟は確か、区民公園にするかゴミ処理場にするかで地元住民の間でトラブっていて、国会議員のところまで撮影の許可をもらいに行ったんだよ。「8ミリフィルムを使って、5~6人で撮っている小さな小さな映画です」とか言ってさ。本当はスタッフ50人くらいで、クレーン3台入れてガンガン撮ったんだけど。廃墟一面をペインティングして、やりたい放題やったね(笑)。
──ジム・ジャームッシュ監督作『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(84)の撮影監督トム・ディチロが参加したことも話題でしたが、トムは撮影途中で帰国することに。ケンカ別れだったんですか?
山本 いや、そうじゃないよ。もともとトムとは40日間という約束で契約を結んでいたんだけど、最終的に撮影は2か月半に及んだ。途中から俺、スケジュールは気にせずにやりたいようにやろうと決めたわけ。プロデューサーの浅井隆(現『アップリンク』代表)にしてみれば「何、それ?」だよな(笑)。今はさすがにそんなことはしないけど、あのときは本当に自分が撮りたいものを撮ろうとこだわったんだよ。『ロビンソンの庭』が欧州の映画祭で上映された後、NYに寄って、ジム・ジャームッシュやトムや照明のジム・ハイマンたちと一緒に試写したんだけど、トムたちはガールフレンドに「俺が撮ったこのシーンの光がいいだろう」とか自慢してた。和気あいあいな雰囲気でさ。撮影現場の地獄のような日々はなんだったんだろうと思ったよ(笑)。プロデューサーの浅井は海外勢との仕事や海外映画祭での上映で、今の仕事につながるものがあったと思うし、演出補の諏訪敦彦は、8ミリ作品から続いて3本目の参加で、いつもながらの地獄を案外楽しんでたみたいだし、助監督だった平山秀幸さんは商業映画の監督として活躍することになるけど、『ロビンソンの庭』の打ち上げでは、「この現場に参加できてよかった」と酔っぱらいながら泣いてたし、美術を担当した林田裕至はこの作品が美術監督としてのデビュー作だし、俺もスタッフワークで作る映画の面白さが分かった。みんなのこだわりが結実した作品だよ。
──主人公のクミ(太田久美子)は廃墟で暮らすことで心の癒しを感じるものの、やがて自然界の大いなる力に呑み込まれてしまう。目に見えない大きな力に引き寄せられていく、大自然の前では人間なんてちっぽけな存在だというテーマは、その後の『熊楠 KUMAGUSU』や『水の声を聞く』(14)などに通じるものですね。
山本 それはあるね。ロジックじゃないんですよ。俺はヨーロッパ的なエコロジーの考え方には賛成できない。自然は人間が保護してあげなくちゃいけないって言うけど、人間も自然の一部なんだよ。その立ち位置の違いは、かなり大きい。『ロビンソンの庭』は主人公が自然に取り込まれていくみたいな展開になるけど、俺としては大きな意味での再生を描いたつもりなんだ。ロジックで映画を撮ろうとするとつまらなくなる。よくは分からないけど、なんか面白いなと感じてもらえるような映画にしたかったんだ。
──『闇のカーニバル』に続いて、太田久美子さんが主演。スクリーンで独特な佇まいを感じさせた太田さんのその後は……。
山本 何十年も会ってない。最後に電話で話したときは、チャネリング占いをやってるって話だった。宇宙から声が聞こえてきたらしいんだけど、その声が英語だったんで英会話スクールに通っていると話してた。面白いよなぁ。本当、俺の周囲はぶっ飛んだ奴らばっかしだったよ(笑)。
──「シネマ☆インパクト」で若い世代と接することも多いと思いますが、山本監督から見ると今の世代はどう映っていますか?
山本 女の子は今も面白い子が多いけど、男の子はみんなマジメで大人しいな。もっと個性を出せばいいのにと思うよ。コンプライアンスだとか、リスクマネジメントとか気にせずにさ。いや、でも変な奴らは今もいるところにはいるんだろうな。だいたい当時から俺らは少数派だったわけだし、俺らみたいな人間ばっかりだったら、世の中は回らなくなるよ(笑)。
──「シネマ☆インパクト」の一環として製作された大根仁監督の『恋の渦』(13)はスマッシュヒットし、話題になりました。大根監督が語っていた「製作費10万円」というのは本当?
山本 大根監督のリップサービスだよ。実際はもっと使っている。現場で30~50万円。あっ、充分に安いか(笑)。編集費も含めて製作費100万円ってところだね。でも、今にして思えば、『恋の渦』はワークショップスタイルでヒットした映画の走りだな。「ENBUゼミナール」の市橋浩治プロデューサーが製作した『カメラは止めるな!』(18)は興収30億円のヒットだっけ? 面白いと思うよ。そういう予想もしていなかったことが現実でも起きるから、この世の中は面白いんだよ。この間、夢を見てさ。市橋プロデューサーがバリ島風の豪華御殿で暮らしていて、ライオンの頭をなでなでしてたんだよ。夢だよ。それでこの間、彼に会いに行ったときに「ライオンはどこだ?」と尋ねたら、すごく怪訝そうな顔をしてたよ(笑)。
『熊楠』はまだ生きている
──1991年に町田康主演で撮影を進めていたものの、撮影が中断してしまった『熊楠 KUMAGUSU』のことが気になります。映画の完成をまだ諦めてないそうですね。
山本 『ロビンソンの庭』を撮ったことで、より大きな自然について考えるようになり、日本で初めてエコロジー的思想を提唱した南方熊楠の生涯に興味を持つようになったんだよ。熊楠が暮らした熊野でのロケを含めて撮影は60%以上済んでいたけど、製作費が底を突いてどうにもならなくなってしまった。その後、アミューズの当時の会長が出資を検討してくれた時期もあったし、俺自身でプロデュースしようと頑張ってもみたんだけど、『熊楠 KUMAGUSU』は簡単には動かないんだよ。
──最初の撮影から18年の歳月が流れ、熊楠の青年時代を演じた町田康は熟年期も演じられる年齢になったわけですが……。
山本 撮影が中断してしまったことを肯定的に受け止めるなら、町田康がひとりで熊楠の生涯を実年齢で演じられるようになってきたということだね。それは大きなメリットだと考えている。撮影のたむらまさきさんは2018年に亡くなったけど、『熊楠 KUMAGUSU』が完成したら自分の最高傑作になると言ってくれていた。だから、映画は絶対に完成させたい。まずは『ロビンソンの庭』のHDリマスター化。その次に新作を何本か撮って、それから『熊楠 KUMAGUSU』にもう一度取り組もうと考えている。
──『ロビンソンの庭』のHDリマスター化は、クラウドファンディングで製作費を募っていますが、今なら動画配信サービスの企業あたりを営業すればお金は出るんじゃないですか?
山本 HDリマスター化されたら、そういったところにも売り込むつもりだけどね。でも、なるべくなら自前で資金は調達したい。著作権を手放すと、劇場が「山本政志特集をやりましょう」と言ってくれたときに、すぐには組めなくなってしまう。俺の監督作の中で『アトランタ・ブギ』(96)だけはアミューズに権利があるから、特集上映のときに一本だけ上映されない状況なんだよ。この間も、香港の映画関係者が相米慎二監督の『台風クラブ』(85)の著作権がどこにあるか探すのを手伝ったんだけど、撮った本人が故人になっている作品は著作権の所在先が分からないケースが増えてきている。それもあって、なるべく自分の作品は自分でコントロールできる状態にしておきたいんだ。
──山本監督の新作と『熊楠 KUMAGUSU』の撮影再開を楽しみにしています。
山本 新作『脳天パラダイス』は年内には撮る予定で、すでに「シネマ☆インパクト」でワークショップオーディションをやってるところ。その後、何本か撮って、自分の中で気持ちが整ったら『熊楠 KUMAGUSU』をやりたいね。これが完成したら、監督としてのキャリアはもう終わってもいいくらいの気持ちなんだよ。『ロビンソンの庭』HDリマスターのクラウドファンディングに興味を持ったみなさん、ぜひお金持ちの知り合いも紹介してください(笑)。
(取材・文=長野辰次)

『ロビンソンの庭』(1987年公開)
監督/山本政志 製作/浅井隆 撮影/トム・ディッチロ、苧野昇 音楽/じゃがたら、吉川洋一郎、ヘムザ・エル・ディン
出演/太田久美子、町田康、上野裕子、CHEEBO、OTO、坂本みつわ、IZABA、横山SAKBI、溝口洋、利重剛、室井滋
■『ロビンソンの庭』HDリマスター版制作クラウドファンディング実施中!!
https://motion-gallery.net/projects/ROBINSONS-GARDEN
●山本政志(やまもと・まさし)
1956年大分県生まれ。16ミリフィルムで撮影した『闇のカーニバル』(82)がベルリン映画祭、カンヌ映画祭に選出される。続く35ミリフィルム作品『ロビンソンの庭』(87)はベルリン映画祭zitty読者賞、ロカルノ映画祭審査員特別賞、日本映画監督協会新人賞を受賞。1991年『熊楠 KUMAGUSU』の撮影に取り組むが、資金難のため中断。97年には文化庁海外派遣文化研究員としてニューヨーク留学を経験。主な監督作に『アトランタ・ブギ』(96)、『リムジン・ドライブ』(00)、『聴かれた女』(07)、『水の声を聞く』(14)など。プロデューサー、俳優としても活躍中。
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