3月15日、お笑い評論家のラリー遠田の著書『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)が出版された。この本では、「ビートたけしバイク事故」「又吉直樹、芥川賞受賞」など14の事件を題材にして、平成のお笑いの歴史を振り返っている。お笑いにおける平成とはどんな時代だったのか? 著者であるラリー遠田氏にインタビューを行った。
――この本を書こうと思ったきっかけは?
ラリー ディズカヴァー・トゥエンティワンの編集の方から「本を書きませんか」とお誘いを頂いたので、どんなことを書くか話し合うことにしました。その打ち合わせの場で「平成が終わろうとしている時期なので、平成のお笑いを振り返るというテーマがいいのではないか」という話になりました。
ただ、その時点では、具体的にどういう切り口で書けばいいのかということが見えていませんでした。例えば、平成のバラエティ番組を列挙していくことで平成お笑い史を概観することはできるのかもしれませんが、それだと普段テレビを見ない人はあまり興味を持てないかもしれないと思いました。
また、「この時期に天下を取ったのは誰々である」というような形で、芸人の覇権争いを歴史としてまとめる、というのも考えましたが、実は平成というのはそうやってまとめるのに向かない時代なんですよね。芸人の数が圧倒的に増えているので、その歴史を単純な図式で説明するのが難しいのです。
そこでいろいろ考えた末、「事件」という切り口が思い浮かびました。私はもともとお笑いに限らず歴史に興味があり、特に「事件」というものが好きなんです。事件を軸にして、そこに関連する芸人や当時の時代背景などを絡めて書いていけば、内容としてまとまりやすいし、多くの人に興味を持ってもらうことができるのではないかと思いました。
――本書に収録されている14のテーマはどういうふうに選んだのですか?
ラリー 事件とひとくちに言っても、日本中を騒がせたような大事件もあれば、お笑い界内部のちょっとした出来事もあります。この本ではその両方を取り上げています。
選ぶ基準としては、時代を象徴する出来事であるかどうか、ということですね。例えば、1992年に明石家さんまさんが女優の大竹しのぶさんと離婚してしまったという事件があります。これは、お笑いの歴史においては、さんまさんが結婚したことで守りに入り、スランプに陥った時期として知られています。
一方、2人の結婚生活が破綻した原因を読み解いていくと、さんまさんが大竹さんに子育てに専念してもらうことを望んでいて、女優業を続けたかった大竹さんとの間に溝ができた、という事実が浮かび上がってきます。
平成の初期にはまだ子持ちの女性が仕事と育児を両立させるような働き方は一般的ではなかった、という時代背景がここにはあります。このように、1つの事件がお笑い史において重要であり、それ以外の意味でもその時代を象徴するものである、ということをテーマ選びの基準にしました。
――14のテーマの中で特に思い入れのあるものはありますか?
ラリー 「スリムクラブ『M-1』で放射能ネタ」です。これ自体は、たぶん多くの人にとっては「そんなことあったっけ?」というレベルのことで、特に事件として取り上げるほどのことではないと思われるかもしれません。
でも、私としては、あの時代のことを描くにはちょうどいい素材になると思ったんですね。2010年12月26日に行われた『M-1グランプリ』の決勝で、スリムクラブは「放射能」という単語を笑いどころとして取り入れた漫才で大爆笑を取り、準優勝を果たしました。当時の日本ではまだ「放射能」という単語が笑いになりうる言葉だったのです。
ところが、その約3カ月後の2011年3月11日、東日本大震災が起こり、原発事故を含む未曾有の大災害で日本中に衝撃が走りました。「放射能」という単語で気軽に笑っていた過去は、もう二度と取り戻せない過去になってしまったわけです。その時代の空気を描くためにあえてこの出来事を取り上げることにしました。
――執筆にあたって苦労したことはありますか?
ラリー 平成初期の事件は、自分自身が当時まだ子供だったので、直接の体験としてはあまり印象に残っていません。でも、昔の出来事は資料が豊富にあるので、事件の概要はつかみやすいんです。
一方、最近の事件は、私自身もお笑い好きの読者も誰もが知っていることです。でも、新しい出来事なのでそれをどう解釈すべきかという評価がまだ定まっていない、という難しさがあります。昔のことも最近のことも、書くときにはそれぞれに考えるべきところはありました。
――お笑いに関して言うと、平成とはどういう時代だったのでしょうか?
ラリー テレビに限定して言うなら「昭和に確立されたバラエティ番組の作り方が完成されて、行くところまで行った時代」ということになると思います。その象徴が2014年の『笑っていいとも!』(フジテレビ系)終了です。あの番組の最終回特番で、大物芸人たちの豪華共演が話題になりましたが、昭和の時代から続いたバラエティ番組の歴史は、あそこでいったん大団円を迎えたのではないかと思いました。
例えば、ダウンタウンととんねるずの共演自体が話題になるのは、彼らがそれだけ強い存在感を持ったスターだったからです。それより下の世代の芸人では、誰と誰が共演してもそれほどの驚きはありません。
今後も、時代に合わせて面白いバラエティ番組はたくさん出てくるとは思いますが、『笑っていいとも!』や『オレたちひょうきん族』(同)のような番組はもう出てこないかもしれない。あの場面を見ていてそういう意味での「終わり」を感じました。
本書で取り上げている14の事件の中で、最近の事件である「又吉直樹、芥川賞受賞」と「ピコ太郎『PPAP』が世界中で大ヒット」だけは、地上波テレビの枠の外で起こった事件なんですよね。この2つに象徴されるように、テレビの外側の世界で芸人が活躍する事例は今後も増えていくと思います。
――ラリーさん自身は平成時代にどんなお笑いを見てきたんでしょうか?
ラリー 私自身は、中高生の頃に『ごっつええ感じ』(同)や『ガキの使いやあらへんで!!』(日本テレビ系)を見てダウンタウンにハマった典型的なダウンタウン世代のお笑いファンです。それまでにもドリフや志村けんやビートたけしやウッチャンナンチャンの番組は好きで見ていましたが、ダウンタウンの笑いの感覚はそれらとは根本的に違っていた。そこに衝撃を受けました。
――ちなみに、時代が昭和から平成に変わったときのことは覚えていますか?
ラリー 小学3年生だったのでうっすらと覚えています。テレビからCMやバラエティ番組がすべて消えて、たしか延々と皇居のお堀の映像みたいなのが映し出されていたような記憶があります。テレビ全体が喪に服している感じが印象に残っています。2011年の東日本大震災のときにもそうやってテレビが一色に染まる状態になり、そのときのことを思い出しました。
――本書をどういう人に読んでほしいですか?
ラリー 昭和生まれの人たちはもちろん、平成生まれの若い人たちにも読んでもらいたいですね。本書の担当編集者は平成生まれなので、この本の前半で書かれている出来事はほとんど知らないようでした。そういう人が読むと「こんなことがあったのか」と新鮮な感覚で楽しんでもらえると思います。
この本に載っているようなお笑い史に残る事件は、お笑いファンにもそうではない人にも共通の話題として興味を持ってもらえるものだと思います。ぜひ多くの人に読んでいただきたいですね。
(取材・文=編集部)
●ラリー遠田
1979年生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社を経て、ライター、お笑い評論家として多方面で活動。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務める。