2月12日、競泳女子・池江璃花子選手が、自身のTwitterで「白血病」と診断されたことを明かし、世間に衝撃が走った。2020年の東京五輪でメダル獲得を目指す中、18歳という若さで白血病に冒された池江選手に、多くの人がショックを受け、励ましの言葉を送る中、アメリカ在住のがん研究者である大須賀覚氏のツイートが注目を集めた。
「池江選手の報道を見ると、日本でがんを公表する難しさを感じます。公表すると患者は『善意の攻撃』を受けてしまいます。皆さんが心から良くなって欲しいと願う気持ちは分かります。しかし科学的根拠のない治療を勧められたり、『絶対に治る』のような根拠のない励ましは患者に負担となることもあります」
このツイートは大きな反響を呼ぶとともに、人々が、あらためて「がん公表をめぐる世間の反応」について考える契機となった。
同19日には、タレントの堀ちえみさんがステージ4の口腔がん(舌がん)を公表。がん発覚の経緯や治療の経過、闘病の葛藤など、随時ブログを通して発信しており、多くの人がその動向を見守っているが、有名人のがん公表やがんに関する情報発信を、我々はどう受け取るべきなのだろうか。今回、大須賀氏に見解をQ&A方式で寄稿していただいた。
【Q1】有名人のがん公表や情報発信から、我々は何を受け取るべき?
【A】「“真剣”に病気のことを考えるきっかけになる」
有名人のがん公表は、がんについて勉強する良い機会なので、報道を介して病気への理解を深めてもらいたいと思います。
皆さん、がんという病気について詳しく勉強する機会を持つことは多くないので、どのような病気があって、どのような症状で発見されて、どのような治療がなされて、どのような経過をたどるのかを知ることができる点では、情報発信も貴重なのではないでしょうか。
ただ、これには報道される情報が「正しいのであれば」という注釈が入ります。正しい情報でないと誤解を招いてしまい、逆に良くありません。
病気そのものの理解という以外には、がん患者さんにどのように接するべきなのか、何をしてあげるべきなのかを勉強できるという面もあります。まったくの他人ががんになったという話を聞いても、多くの人は実感がわきにくいです。親身になってどうしようかと考えるまでには至りません。
それに対して、普段からテレビで良く見ている芸能人などの場合には、比較的身近な人にがんが起こった時のように、かわいそうだ。何かできないか。励ましたいというような感情が湧き、真剣に病気のことを考えることでしょう。自分が好きな芸能人だと、なおさら感情が入ると思います。
それは、自分が病気になった時にはどうしようかとか、家族や大切な友人が病気になったら、どのように対処しようかとあらかじめ考えることにもつながります。
ただ、この病気になった人への対処については、報道が必ずしも正しい方向性の報道をしているとは限らず、中には明らかに間違っているのではということを推奨していることもあり、この辺りはまだまだマスコミ側にも改善をお願いしたいところではあります。
【Q2】有名人のがん公表、「マスコミ報道」の問題点は?
【A】「がんになった要因を探るため、過去の行いを振り返るのはよくない」
まず、マスコミが正確性の低い医療情報を提供するのは大きな問題です。正確性を欠いてしまう原因はいくつかあります。
一つはがんという病気が多種類の病気の集まりということの理解が低いことに起因します。肺がんと大腸がんでは違う病気ということくらいは配慮していても、例えば乳がん一つとっても、どの種類の乳がんか、どのぐらい進行しているのかで、症状・治療・予後も大きく変わってきます。その辺りの配慮が低いことがあり、時折、誤解を招いていることがあります。
予防手段の情報についても適切でないことがあります。肺がんはタバコを吸ったことでなるということを、極端に単純化して、過度に強調してしまうことで、タバコを吸わなければ肺がんを完璧に防げたのではないかというような印象を与えてしまったりもします。実際にはタバコを吸っておらず肺がんになる人もたくさんいるわけで、正確性の欠く情報は誤解を与えていることがあります。
がん検診に関しても、その効果を過度に強調していることがあり、これも検診を受けていれば早くに見つかったのに、それを患者は怠ったというような印象を与えてしまい問題です。検診で早期発見できるがんはごく一部であることや、それも完璧なものでないことなどを、正確に伝えることが重要だと思います。
もちろん、がんを予防するために喫煙の害を強調することや、がん検診にしっかりとかかるように報道することは、とても大事なことです。ただ、がんという病気の発症機序はとても複雑で、検診も万能ではないので、過度の単純化は時に違う問題を引き起こすことがあるので、注意が必要です。
あと、芸能人のがん報道で問題なのは、過去を振り返る報道。なぜ、がんになってしまったのか、過去のどのような行いがあって、それが影響したのかを、勝手に詮索して、現在の状況との因果関係を見つけようとすることです。この人はヘビースモーカーだったとか、大酒飲みだったとか、検診を受けていなかったとか、根拠のない治療を受けていたからがんが進行したなどは、典型的な過去を追及する報道です。これは本当に良くないです。
がんはとても複雑な病気で、たとえ典型的な因果関係があるような生活習慣が過去にあったとしても、それが必ずしも関わっているとは限りません。また、人という生き物は常に完璧な生活をできるわけでは、もちろんありません。誰だって細かく探せば、悪い生活習慣はあるものです。過度に責任追及することは良くないです。また、このような報道は、間接的にほかのがん患者や家族も傷つけることになっています。
マスコミのこのような報道が影響して、一般の方は、がんに関するさまざまな勘違いをしてしまいます。例えば、生活習慣を完璧にあらためて、検診も毎年受けていたら、がんはならないものだと思い込んでしまうことや、自分や家族ががんになってしまった場合に、強く後悔してしまうこともあるでしょう。がんは誰にでも起こりうる病気です。
報道はどうしても単純明快で、センセーショナルなものを好みます。そのため、誤解を誘導してしまうことが多く、そのことがさまざまな問題を引き起こしています。
【Q3】がんになった有名人に、我々が「してはいけないこと」とは?
【A】「自分の信じる価値観や治療方法を押し付けてはいけない」
次に、患者さんにどのように接すれば良いのか、どのような声をかけてあげれば良いのかという点について触れます。この点では、個人的にあまり好ましくないと感じる場面に出会うこともあります。
がん患者さんへの対処というものは、人と人との関係ですので、もちろん100%の人に当てはまる一つの答えがあるわけではありません。そのため、患者さんによっても変わります。それは大前提です。
ただ、患者さんが不快に思う接し方が、あたかも「良いこと」と誤解されているケースもあり、この点に関しては知っておいてもらった方が良いのかなと思っています。
有名人に限らずですが、家族ではない周囲の人ががん患者さんに対して取る基本的姿勢としては、「距離を保ったまま、とにかく静かに見守ってあげること」「何か困ったことがあったら、いつでも相談に乗ること」だと思います。
良くないと思うのは、「善意の攻撃」をしてしまうことです。自分が何か行動して、患者さんのためになる何かをしないといけないと思ってしまい、本人や家族に頻回に会いに行ったり、自分が良いのではと思うがん治療に関する情報を、一生懸命に送ったりなどは好ましくありません。自分も不安で何かをしてあげたい、それをぬぐうためにも自分も何か具体的な行動をしてあげたい、その思いは大変にわかります。しかし、患者さんに必要なのは適切な治療をしっかりと進めていくことであり、それを静かに見守ってもらうことです。
こと有名人の患者さんに対しては、SNSなどを通じて、自分の信じる価値観や治療方法を押し付けようとする人がいますが、これは、むしろ迷惑になってしまうことも多いです。この治療は効果があると根拠のはっきりとしない治療を勧めたりするのも問題になることがあります。がんはとても難しい病気ですので、専門家でない人がネットなどで調べた情報では、正確性が低く、逆に患者さんを混乱させることも、残念ながらあります。
また、マスコミも誤解をさせていることが時にあると思います。報道では、「みんなで励まそう」とするような傾向がとても強く、本人に積極的に関わるような行動を、素晴らしいというように推奨してしまうものもあり、それも良くないと思います。「静かに見守ってあげる」とことを第一に、患者本人が積極的に関わってくれることを望む時には行うと考えてもらった方が良いのではと思います。
また、マスコミの行動の中で良くないと思うのは、本人や家族にインタビューをすることです。突然の病気で、本人も家族も混乱していますし、病気治療で本当に大変です。家族自体も第2の患者といわれるように、大変な精神状態にあったりします。家族なら良いわけではなく、そっとしておいてあげるべき対象です。もう少し配慮が必要ではと思います。
【Q4】がんの有名人に「かけるべき言葉」「かけるべきではない言葉」とは?
【A】「『必ず治るよ』の安易な励ましは適切ではない」
言葉というのはとても難しくて、人により感じ方も違うので、これは必ず良い/良くないというのは言い切れないです。しかし、皆さんが多くかけてしまう言葉である「必ず治るよ」などの安易な励ましはあまり適切でないと思います。
がんの患者自身も、そう簡単なものではないという現実を痛いほど知っているので、その安易な励ましは、うれしくは思わなかったり、逆に傷つけさえすることもあります。もちろん患者にもよるとは思いますが、気をつけないといけない言葉でしょう。
逆に「見守っているよ」「困ったことがあったら言ってね」というような、静かに見守っていることを伝える言葉が良い場合もあります。
【Q5】日本でのがん公表が患者にとってプラスになるためには?
【A】「そもそも公表しないことも立派な手段。がんへの理解が進めば……」
そもそもとして、がん患者さんは病気を公表しないといけないわけではありません。とてもプライバシーに関わることですし、日本の現状では多くの誤解や攻撃も受けることですので、公表しないことも立派な手段です。
この点でも、マスコミは病気の公表を称賛するような報道を行うことがあり、問題だと思っています。このような報道が「病気を公表しなければならない」という圧力になってしまうので注意が必要です。
公表自体に伴う現在の問題は、先ほど触れた点です。繰り返しになりますが、日本は病気と過去の行いを結びつける傾向の強い国なので、「がんになったということは、何か過去に悪いことをしたのでは」と発想をする人が多く、そのため、がん患者さんは何か悪い生活習慣をしていたのではと責められることがあります。また、検診の効果を過度に理解している人もいて、検診をサボっていたからだというような批判も、患者が公表しにくくしている点です。
「善意の攻撃」も怖いものです。多くの人が良かれと思って、たくさんの善意からくるアドバイスを押し付けてきます。それを断ると人間関係が悪くなることもあり、効果がないとわかっているものに付き合わされたりということもあるので、とても難しい問題です。
現時点では、がんの公表にはさまざまな問題があるのが事実です。しかし、それも将来変わってもらえればと私は望んでいます。
がんという病気自体、またがん患者さんへの関わり方への理解が進み、善意の攻撃や、病気の誤解からくる攻撃が減れば、がん患者さんも安心して病気を公表できるようになるのではと思います。そして、周囲の人からたくさんの温かいサポートを受けられて、安心してがん治療が進められるようになれば良いなと願っています。
大須賀覚(おおすか・さとる)
がん研究者。筑波大学医学専門学群卒業。医学博士。現在、米国エモリー大学ウィンシップ癌研究所に所属。日本では脳神経外科医として、脳腫瘍患者の手術・治療に従事。一般人に向け、がん治療を解説する活動を積極的に行い、がん患者やその家族はもちろん、多くの人々から支持を受けている。
ツイッター:@SatoruO
ブログ:「がん治療で悩むあなたに贈る言葉 米国在住がん研究者のブログ」(http://satoru-blog.com/)