映画を量産することで有名なベテラン監督が、以前こんなことを語った。「キャリアのない俳優でも、丸坊主にして軍服を着るとそれっぽくなるものなんです」と。役に合ったファッションをまとうことで、俳優は内面も役へと近づいていく。衣装の果たす役割はとても大きい。それがナチスドイツの軍服なら、なおさらだろう。中でも洗練されたデザインのナチスドイツ将校の軍服は、誰が着てもかっこよく映った。第二次世界大戦末期のドイツを舞台にした映画『ちいさな独裁者』(原題『Der Hauptmann』)は、ナチス将校の軍服をめぐる実話をベースにした興味深いドラマとなっている。
本作の主人公となるのは、実在の人物ヴィリー・ヘロルト。1925年に屋根ふき職人の息子として生まれ、煙突清掃員の見習いとして働いていた。1943年にドイツ国防軍へと徴兵され、イタリアを転戦した後、ドイツ本国の防衛線に配属。1945年4月、連合軍とソ連軍の攻勢によりドイツの敗戦は濃厚となり、ヘロルトは戦場を離脱し、脱走兵となる。物語はここからスタートする。
命からがらに戦場から逃げ出したヘロルト(マックス・フーバッヒャー)。極度の飢えと寒さに苦しみながら無人の荒野をさまよった末に、路上に放置されていた軍用車を見つける。車内にはナチス将校の軍服が残されていた。寒さを凌ぐため、将校の軍服をまとうヘロルト。馬子にも衣装で、丈が少し長いことを除けば、なかなか似合っていた。そんなとき、上等兵だと名乗るフライターク(ミラン・ペシェル)が現われ、ヘロルトを本当の将校だと勘違い。「部隊からはぐれてしまいました。同行させてください」と申し出る。今さら自分は脱走兵だとは言い出せないヘロルトは空軍大尉だと偽称し、架空の任務をでっち上げる。
ヘロルトの将校ぶりがあまりに堂々としていたため、行く先々の人たちは簡単に騙されてしまう。ドイツ軍は規律を失い、すっかり弱体化していた。田舎町で略奪行為を働いていたならず者の兵士キピンスキー(フレデリック・ラウ)たちも従え、次第に勢力を増していく自称“ヘロルト親衛隊”だった。
やがてヘロルト親衛隊は、脱走したドイツ兵たちで溢れ返った収容所に到着。ヘロルトは「ヒトラー総裁から特命を受けた」と大嘘をつき、まだ裁判を終えていない脱走兵たちをいっせいに処刑する。一晩で90人もの同胞を血祭りにした。収容所の警備隊長たちは、ヘロルトの見事な決断力を賞讃する。最初は自分の正体がバレないかとビクビクしていたヘロルトだが、わずか数日間で無秩序状態となっていた戦場の大英雄=大量殺戮者へと変貌を遂げるのだった。
なぜ19歳の若者が将校のふりをしていたことを誰も見破れなかったのか。いや、ヘロルトは偽者だとバレていた。ヘロルトの片腕となるキピンスキーは、ヘロルトの将校服がサイズ違いなことに気づいていた。だが、彼はそのことを黙っていた。ヘロルトを将校に祭り上げておいたほうが、彼の権威のもとで好き放題に振る舞うことができると踏んだからだ。そんな計算高いキピンスキーらに支えられ、ヘロルトはますます暴君化していくことになる。
高度にシステム化された未来社会の恐怖を描いたハリウッドSF大作『ダイバージェントNEO』(15)などで知られるロベルト・シュヴェンケ監督は、母国ドイツに戻り、本作を撮り上げた。宣伝のために2018年に来日したロベルト監督は、ヘロルトをストローマン(わら人形)に例え、興味深いコメントを残している。
「この映画は第二次世界大戦末期に起きた実話ですが、映画の中で描かれている権力構造はどの時代にも通じるものです。人間は権力を集め、利益のために人を操る方法を知っています。例えば、中絶に反対すれば、中絶反対派の支持を得ることができる。銃の所有に賛成すれば、銃規制反対派の票が集まる。自分がその考えを本当に支持しているのかどうかは関係ありません。それが政治家というものです。そして彼らが実際に権力を手に入れると、物事は急激に変化するのです。国民は自分たちに都合のいい“ストローマン”を代表に選んだつもりですが、実はストローマンが“支配者”なんです。彼らは一度権力の座に就くと、その地位を維持しようと努めます。また現代では、権力を得るために全体主義国家を築く必要性すらありません。トーク番組の司会者ショーン・ハニティーのように影響力のある発言者がいれば、宣伝省も必要ないのです」
いつでも取り替えられるストローマン(わら人形)を代表に選んだつもりが、非力のはずのストローマンは権力の座に就くと自発的に動き出し、無慈悲な独裁者へと変身していく。売れない絵描きだったアドルフ・ヒトラーも、ドイツ労働者党(後のナチ党)に入党するまでは一介のストローマンだった。やがて過激な演説ぶりが評価され、ナチスドイツ総統にまで登り詰めた。中身が空っぽなわら人形を独裁者へと変えてしまう、権力システムの恐ろしさをロベルト監督は本作の中で描いてみせている。
人気絶頂期にあるアイドルグループ「欅坂46」だが、2016年のハロウィンステージに使用した衣装がナチスドイツを想起させるとユダヤ系人権団体から抗議を受けたことは記憶に新しい。ヒトラー政権下で宣伝大臣を務めたヨーゼフ・ゲッベルスはナチスドイツの制服にこだわり、ドイツの人気ブランド「ヒューゴ・ボス」の創設者に軍服を大量生産させた。ナチスのファッションにはある種の格調の高さとフェティシュさが漂い、今も多くの人を惹き付ける。ナチ風ファッションをまとった本人も、その姿を前にした大衆も陶酔させてしまう危険な力がある。アイドルはなぜナチ風衣装を身にまとってはいけないのか。その疑問に対する答えが、映画『ちいさな独裁者』にはある。
(文=長野辰次)

『ちいさな独裁者』
監督・脚本/ロベルト・シュヴェンケ
出演/マックス・フーバッヒャー、ミラン・ペシェル、フレデリック・ラウ、ベルント・ヘルシャー、ワルデマー・コブス、アレクサンダー・フェーリング、ブリッタ・ハンメルシュタイン
配給/シンカ、アルバトロス・フィルム、STAR CHANNEL MOVIES 2月8日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
(c)2017-FILMGALERIE 451,Alfama Films,Opus Film
http://dokusaisha-movie.jp
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