昨年末、東京都港区が南青山に、児童相談所(以下、児相)を含む複合施設「港区子ども家庭総合支援センター(仮称)」を建設予定であることに対し、一部の住民が猛反発する住民説明会の様子が、連日テレビで取り上げられ話題となった。
反対派から挙がった声は、主に「青山のブランドイメージを損なう」というもので、そのほかには「児童相談所の子どもが、南青山に住む幸せな家族を見たとき、自分の家族とのギャップに苦しむのではないか」など、保護される子どもの家庭と南青山という一等地に住む家庭との格差を懸念するものもあった。世間では「選民思想丸出し」「あまりにも心が狭い」「逆に南青山の価値を下げている」といった批判が飛び交うことになったが、こうした反対派の背景には、「児童虐待は貧困家庭で起こるもの」「セレブ家庭と児童虐待は無関係」といった意識があるのではないだろうか。
事実、児童虐待と貧困は密接につながっていると感じさせるニュースは後を絶たないが、本当に“裕福な家庭で児童虐待は起こらない”と言い切れるのか。今回、江戸川大学こどもコミュニケーション学科特任教授で、児相にて児童心理司、児童福祉司を務めた経歴も持つ金井雅子先生にこの疑問についてお聞きするとともに、南青山児相建設問題で浮き彫りになった「世間の児相に対する勘違い」や、虐待件数増加の背景などについても語っていただいた。
児相を“知らない”ことが問題
――まず、今回の南青山児相建設問題をどのように受け止めましたか。
金井雅子先生(以下、金井) 反対住民の「貧困家庭の子どもがセレブ家庭を見るのはかわいそう」といった声を耳にしたとき、やはり児相について“知らない”ことが住民の不安を大きくしているのだろうと感じました。一時保護している子どもは、その子の身の安全を図るために、保護されている場所を秘匿するのが今の流れです。そのため、むやみに出歩くなど人目に触れるようなことはしないんです。そのようなことが周知されていなかったため、反対派から見当違いな発言が相次いだのでしょう。
――なぜ正しい情報が伝わっていなかったのでしょうか?
金井 南青山のある港区では、子ども家庭支援センターがそれほど機能していなかったのかもしれませんね。日ごろから地域と深く関わっている区では、住民の理解度も高く、「ぜひ作ってほしい」との声も聞かれるくらいですから、恐らくそのような下地がなかったのだと思います。また、本来は説明会で丁寧なやりとりを行えば、住民の不安の多くを取り除けるはずなのですが、今回はそれが不十分だったのではないでしょうか。さらに、都内の一等地である「南青山」という地域性から、マスコミだけでなく世間もこの問題に注目し、問題が大きくなっていったのではないかと思います。
――これまでも似たような問題はあったのでしょうか。
金井 そうなんです。現在、江東区枝川にある江東児相は、墨田区にあった児相が移転したものなのですが、当初、墨田区内での移転が計画されていました。しかし、建設候補地近隣の商店街などから猛反発があったため、今の場所へ落ち着いたという経緯があります。児相は、子どもたちにとって必要なものとわかってはいるものの、「自分の住む地域には作ってほしくない」と思われてしまう建物なのかな、という気がしますね。とはいえ、今回南青山で話題になったことから、世間の児相への関心も高まったようなので、ある意味では良かったと捉えています。
――2016年に児童福祉法が改正され、東京23区でも児相を設置できるようになりました。その背景には、やはり虐待対応件数が年々増加していることも関係しているのでしょうか。
金井 統計で虐待対応件数が年々増加の一途を辿っているからといって、単に“虐待する親が増えている”というわけではないんですよ。ここ30年ほどで虐待がクローズアップされるようになって、いわゆる「泣き声通告」が増え、以前は見過ごされていた虐待が顕在化したことで統計上の数字が上がるという、いわば数字マジックの側面もあるのです。また、これまでは経過を見ていたケースでも、不安要素が少しでもあれば一時保護や施設入所につなぐなど、児相や子ども家庭支援センター、警察などの対応も変わってきています。
なお、それは虐待の種類にもいえることです。虐待は、身体的虐待、心理的虐待、ネグレクト、性的虐待の4つに分けられ、以前は身体的虐待とネグレクトが圧倒的に多かったのですが、2003年の虐待防止法の改正で「DVの目撃」が心理的虐待にカウントされるようになってからは、心理的虐待が一気に増えました。
――統計上の数字が絶対ではないんですね。
金井 虐待は、例えば「身体的虐待だけ」「ネグレクトだけ」といった形ではなく、「身体的虐待とネグレクトが同時に」というように、複合して起こることが多いのですが、統計上は「主に身体的虐待」もしくは「主にネグレクト」という、どちらかの形でカウントされます。また、例えば暴行による虐待でも、父親からなら「主に身体的虐待」となるのに対し、母親の恋人からであれば、母親が恋人の暴力を見過ごしたとして「主にネグレクト」と分類されるんですよ。「泣き声通告」にしても、ご近所トラブルによる嫌がらせや、親権争いで有利になりたい父親が妻を貶めるために、“嘘の通告”をすることもあるので、数字ではなく、内情にきちんと目を向けることが大切です。
――世間では「貧困家庭に虐待が多い」という認識も強いのですが、実際に統計データなどは出ているのでしょうか。
金井 もともと児相が、虐待を虐待として統計を取り出したのが1990年からなんです。それまで虐待は、家庭の経済的問題を背景とする「養護問題」に分類されていたので、そうした背景から、家庭の経済状況と虐待が密接に関連づけられるようになったのでしょう。しかし、実は、経済問題と虐待に関するエビデンスや論文はそれほど多くないので、実際のところは何とも言えないのが現状なんです。虐待はさまざまな要因が重なって起きるものであり、貧困か裕福かの二元論で語れるものではないと思います。裕福な家庭でも、「この子のせいで自分のキャリアを犠牲にした」と感じて子どもに愛情を持てないとか、子育て能力が低かったり、うつ病などできちんと養育できないという親御さんはいますからね。
ただ、虐待は、その程度によって「軽度・中度・重度」に分けられるのですが、貧困家庭では、経済的な問題から親が気持ちにゆとりを持てず、虐待が重症化しやすい傾向はあると思います。ニュースで取り上げられるのも、そのようなケースが多いので、イコールで見られやすいのでしょう。
――逆に、裕福な家庭の虐待はあまり表面化しないですよね。
金井 経済的なゆとりがあるぶん虐待が重度化するリスクが低いというのもありますが、社会的地位や権力のある男性が家庭内DVを働く、そしてそれを子どもが目撃する……という話を聞くことはよくあります。そういった人たちは、体裁を気にしてバレないようにうまく取り繕いますし、周囲も「まさか」と思っているので、介入や通告がされにくく、表面化しづらいという面も大きいです。妻がケガで受診したり、夫から逃げ出したりして初めて明るみになるケースも少なくないんですよ。
――表面化しづらいと、虐待のダメージも深刻化しやすいのでは。
金井 DVを目の当たりにした子どもは不安定になりやすく、家庭内暴力に走ったり、不登校になったり、わざと親を困らせたりといった形で症状を出してくることも多いです。以前、母親と密着状態になった幼児が、母親の気を引きつけたい一心で、首を吊るマネをしたこともありました。また、女の子の場合では、鬱になった母親の代わりとして、母親の“母親役”を担ってしまう“偽成熟”になるなど、両親の離婚後に問題が出てくることも多々あります。心理的虐待(DVの目撃)は、両親の離婚や一時保護をすれば解決すると思われがちですが、後々まで子どもに大きな影響を与えるので、早期に発見して、軽度のうちにケアしなければなりません。
――裕福な家庭は、両親がエリートな場合も多く、子どもへの過度な期待が、虐待につながるのでは……と想像してしまうのですが。
金井 名門校に入れたいとか、親の仕事を継がせたいとか、親の希望から勉強などを強要するケースはあるでしょう。それによって「できないから叩く」「ごはんをあげない」などとエスカレートしていっても、親は子どものためだと思っているので、虐待している認識がないのも特徴です。また、子ども自身が自分の夢だと思い込んでしまって、「やらなきゃいけない」「叩かれるのは自分が悪いから」などと受け止めていることも多いです。
以前、一見、経済的な問題を抱えているようには見えない、仲のいい普通のご家庭の父親が、「娘を海外の有名スポーツチームに入れる」という夢を持ち、毎日過度な練習を娘にさせていたというケースがありました。そのスポーツチームは、男性しか入れないので、現実問題として実現不可能な夢なのですが、それでも娘さんに練習を強要していたのです。練習はエスカレートしていき、できないとゴハンを食べさせなかったり、暴力をふるったりしていたらしく、娘さんの異変に気付いた学校からの通告で一時保護したのですが、よくよく話を聞いてみると、父親は自分の実家で家庭内暴力を働いて親にお金を支援させていたこともわかりました。これもまた、経済的要因よりも、成熟しきらないまま親になったことで、このような虐待が起こってしまったのだと思います。
――やはり父親に虐待との認識はなかったのでしょうか。
金井 なかったですね。娘さんもそのような環境で育ったために、「私はこのスポーツが好きだからもっと練習したい、家にいたい」と言っていて、「そのチームに入らなくても、このスポーツを続けることはできるよ」と、まずは呪縛から解かないと、なかなか一時保護もできないほどでした。この家族に限らず、このようなケースでは、虐待だとわかってもらえないことには次のステップへ進めないので、一時保護をして親子分離することが、親の言う通りにしなくても良い事を子どもに気づかせると共に「大変なことをしていたんだ」と親にも気づいてもらえるきっかけになることも多いです。
――やはり虐待は経済状況に関係なく、どこの家庭でも起こりうるということですね。
金井 虐待でもっとも多いのは、実の母親によるものなんです。主な要因は育児不安やストレスの蓄積ですが、育児能力が不十分で養育できないとか、精神疾患や産後鬱でネグレクトしてしまうケースも多いです。また、望まない妊娠だったり、保護者自身のパーソナリティに問題があったりして、我が子に愛情が持てず、そこの葛藤から「愛情が持てないのは、この子が悪いからだ」と子どもに責任を転嫁して虐待に至ることもあります。そのほかにも、すごく手のかかる子どもで親がうまく関われなかったり、夫が育児を手伝ってくれなかったり、ステップファミリーや内縁の夫がいるなど家庭環境が複雑だったりすることから、虐待に発展することもあります。つまり、虐待のリスク要因はさまざまなので、誰しも、自分がそうなる可能性があるということです。虐待する親は特別な人間だと思われがちですが、誰にでも起こりうることです。多くの人が「自分の問題」として受け止めてくれたらと思います。
――大きな質問ですが、虐待のない社会にするためにはどうしたらいいのでしょうか?
金井 臨床をやってきた身としてまず思うのは、虐待の連鎖を断ち切ることです。そのためには、虐待を受けている子どもを早くその環境から救い出し、安定した環境でケアを行い、いつか結婚して子どもを持ったときに、きちんと育てられるようしていかなければなりません。また、子どもが育つ環境として、親が暴力をふるったり罵ったりするシーンを見るのはダメージが大きいので、DVをしている親の治療や教育も大切です。予防として、中学高校くらいの教育の中でも、適切な異性との関わり方などをもっと取り上げて、男女共に学ぶべきではないかと感じています。
――一方で、私たちが日常的にできることはあるでしょうか?
金井 虐待を受けている子どもが出すSOSに気づいてあげることです。そのためにも、「よその家のこと」にせず、気になる親子がいたら声をかけるとか、お節介をしていってほしいと思います。最近はそういった風潮も出てきていますが、もっと必要かなと感じるので。
誰にだって虐待しそうになる瞬間はあるはずなので、それ自体を責める必要はありません。それより、どうやったら解決できるかなど、周りのサポートによるところが大きい問題を、みんなで考えていかなければならないと思います。例えば赤ちゃんが何をしても泣きやまなくて困っているとき、「大人だってなんとなく泣きたくなる時があるし、赤ちゃんも同じだよ」って声をかけてもらえたら、安心するじゃないですか。そういうサポートがなく虐待に至るケースが少なくないので、「頼れる人がいないのかな」「サポートが必要そうだな」と感じたら、積極的に声かけをしていってほしいですね。
(取材・文=千葉こころ)
金井雅子(かない・まさこ)
江戸川大学こどもコミュニケーション学科特任教授。心理職で入都後、主に児童相談所等で児童心理司、児童福祉司として児童福祉の第一線で勤務。