発達障害の一種であるADHDに悩む大人の女性たち――そんな彼女たちが恋や仕事で壁にぶつかった際の対処法をまとめたのが『わたし、ADHDガール。恋と仕事で困ってます。』(東洋館出版社)である。今回、著者の司馬クリニック院長・司馬理英子先生にインタビューを行い、前編では、“女性だからこそ”感じるADHDのしんどさを解説いただいた。後編では、ADHDの認知度が高まるとともに増える「もしかしてADHDかも?」というグレーゾーンの人々に関する見解をうかがった。
(前編はこちら)
“非常に”困っていなければ、受診はしなくても……
――ADHDの情報が広まるとともに、「もしかして自分もADHDかも……?」と感じている人が増えたように思います。いわゆる“グレーゾーンの人”は、やはり病院を受診すべきなのでしょうか。
司馬理英子先生(以下、司馬) その人が、どのくらい困っているかどうかではないでしょうか。例えば、忘れっぽいからと、スケジュール帳に予定を書き、リマインドのためのアラームを掛けるなど、対処ができている場合は、診断をあえて受ける必要はないでしょう。一方で、患者さんの中にいるのが、忘れっぽいことを自覚しつつも、メモを取らない、アラームも使わない、そして失敗してしまうという人です。それから、「あの人はADHDかも……」と周りが思っても、本人は困っていないケースもあります。例えば、家族がフォローをしてくれるので困っていないという人もいれば、1人で好きに生きているので問題がないという人もいます。
――ただ、本人が平気でも、周りが迷惑している場合もありますよね。
司馬 確かにそうです。ADHDの人は、きちっとした性格の人と比べると、「時間に遅れている状況」「片付いていない状況」を気にしない傾向があります。時間にせよ、片付けにせよ、個人の感覚の違いというものがあるので、事細かな人の方が“神経質”ととらえられるケースも存在するかもしれません。やはり近しい人にADHDの特性があり、困っている人はいます。
例えば、子どもの遅刻や忘れ物、整理整頓のできなさ、じっとしていられず、待つことが苦手な点などを、幼少期から注意し続けてきたのに、大人になっても直らないと悩む親御さん、また、奥さんがミスばかりで、「なんでこんなことができないのだろう」と疑問を抱く旦那さんなどです。もし周囲の人が、「このままでは生活が破綻してしまう」と感じたら、受診を検討する方がいいでしょう。クリニックには、自発的に来る人が多いですが、時には母親や旦那さんに連れてこられる人もいます。
――「ADHDかもしれない」という状態でも、本人や周りが困っていなければそのままで大丈夫ということですか。
司馬 そうですね。個人的にだけでなく、会社での立場が危うくなるなど“社会的”に困っているかどうかが、受診の判断基準になるとも言えます。ちょっと困っているという場合は、いわゆるグレーゾーンなのかもしれませんね。忘れっぽかったり、思ったことをそのまま口に出してしまうのは、“性格”なのか“発達障害”なのか感嘆には区切れません。自分で本を読んで、対処ができるならそれでいい。対処しようにも、何をどうすればよいのかわからない、やろうとしてうまくいかない場合は、専門家に相談してはいかがでしょう。
――ADHDの人に対して、どう接すればいいのかも知りたいです。例えば、同僚がADHDの特性を持っていて、仕事上のミスが多く、困っているという人は少なくないのではないかと思います。
司馬 「なぜできないのか?」と叱るのはよくないです。本人と相談しつつ「あの仕事はどうなってる?」「今日は〇〇の予定だよね」などと、確認やリマインドをするといいでしょう。例えば、ADHDの人が資料作りをする際、4分の1の工程でどうなっているか聞いた方がいいでしょう。そうしないと「締め切りが明日なのに終わらない!」といった状況に陥り、結果、周りも迷惑することになります。ADHDの人は、“先延ばし”と“忘れる”が同居しているので、「普通、大人相手にそこまで確認しないよね」ということでも、確認した方がうまくいくと思います。
最近は小学生までもが、友達に対して「ADHDなんじゃない?」といった言葉を使うなど、“よくないイメージ”がつきまとっている面もあり、それはよろしくない傾向ですが、その半面、ADHDの子どもが、周りから配慮してもらえるようになって「困ることが減ってきた」という話を聞くこともあります。ADHDの理解がより深まればいいなとは思いますね。
――ネットなどでは、ADHDと診断されていないまま「自称ADHD」と発信している人も増えたように感じるのですが、そのことについてどうお考えですか?
司馬 例えばそれで、「私はADHDだから○○ができません」と言うなど、ADHDを“言い訳”に使う人がいたら、「それってどうなの?」と思いますよね。チェックリストを見て、ただ自分は当てはまると思っているだけの人や、言い訳に使っている人は、自分はADHDであるという認識を“活用できていない”のです。ADHD関連の本を読んで、使えそうなやり方を試してほしいと思います。
自己肯定感の低さをどうしていくべきか、周りに迷惑をかけないようにするにはどうすればよいのか――そういったことを考えられるようになることこそ、ADHDを知る意味であり、大事なことなのではないでしょうか。
(取材・文=池守りぜね)
司馬理英子(しば・りえこ)
1978年 岡山大学医学部卒。医学博士。1983年に同大学大学院卒業後、渡米。アメリカで4人の子どもを育てながら、ADHDについて研鑽を積む。1997年『のび太・ジャイアン症候群』(主婦の友社)を上梓。同年帰国し、司馬クリニックを開院。中学生までの子どもと大人の女性を専門に、治療を行う。