新垣結衣『獣になれない私たち』脚本家・野木亜紀子“暴言ツイート”に「とろサーモン野木」の声

 新垣結衣主演×野木亜紀子脚本という『逃げ恥』タッグであることから、大いに期待を集めた『獣になれない私たち』(水曜22時、日本テレビ系)。

 フタを開けてみると、平均視聴率は8.7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と低迷。一部視聴者からは共感の声もあったものの、「話がとっちらかっていて何が言いたいのかわからない」「誰にも共感できなくて、イライラする」といった感想が多数。

 リアリティを追求しようとする制作側の意欲は感じるものの、それが逆効果に働いている面もあり、「伏線を回収したり笑いを取りたいのかなとか意図が見えているんだけど、知りたいのはそこじゃねえとか、そんなことどうでもいいんだよ! な外し方がさあ」「話が動かんねー。動かないなりにも面白いドラマはあるんだが、これは……」などの指摘も見られた。

 また、かねてより一部で指摘されてきた脚本家・野木亜紀子のオリジナル作品を描く力量についての疑問の声もあり、「結局、掟上逃げ恥重版と違って原作ないとゴミ脚本しか作れないと露呈してしまったな」などの手厳しい意見まで出ていた。

 そんな風当たりの強さを受けてか、最終回放送直前に野木のTwitterでのつぶやきが、ネットの一部掲示板で話題になっていた。問題視されたのは、次のようなつぶやきである。

「それはさておき。作品のすべての責任は脚本担当とプロデューサーだと私は考えているので、視聴率なんつークソくだらねえ話の延長で役者がどうのと書いてるクソメディアは全員わかってると思うけど軒並みクソであり、爪の先から腐る呪いにかかればいいし、全部脚本。」

 このツイートは12日深夜につぶやかれ、即削除されたようだが、すぐに消されることを予測したネット民がスクリーンショットを保存した上で掲示板に投稿。

 このつぶやきには「野木の本性見た感じ」「よろしくないTwitterする脚本家、自分が制作側だったら一緒に仕事したくないけど(半分、の人とかも)、なぜ干されないのだろうか」「次の作品もクソで視聴率悪かったらTwitterでやらかしそう。今回も炎上前に消してるけど評価ガタ落ちして自暴自棄になるとやばそう」「Twitterでは信者の盲目で好意的な意見ばかりを集めて野木帝国の王様になりつつあるな まるで北川悦吏子のようだ」などの声が。

 だが、皮肉にも、野木亜紀子のTwitterといえば、少し前までは『アンナチュラル』のつぶやきが好評で、NHKの連続テレビ小説『半分、青い。』でたびたび炎上していた北川悦吏子と比べられ、模範的に取り上げられることが多かった。

 それが、10月には、トークイベントの当選者たちに対して「くじ運の良い人たちの集まり」とつぶやき、炎上→後日、Twitterで謝罪。さらに『けもなれ』放送中になると、ますます危なっかしさを増してきたと感じる人たちはいるようで、「前まで野木のTwitterなんとも思わなかったけどけもなれから急速にイラついてついにミュートにしたわ」「マジできつい…誰かTwitter取り上げてくれ」「野木さん好きだったのに大嫌いになった」と言われるほどに。

 さらに今回のつぶやき→即削除の流れから、「とろサーモン野木」とまで言われている。

 件のつぶやきは現在は確認できないうえに、言葉を操る職業と思えないほどの汚い言葉を思えば、なりすまし、もしくは画像の加工ではないかという疑惑もある。まして『フェイクニュース』のように、ネットの恐ろしさを題材としたドラマを描き、取材もたくさんしている野木亜紀子が、そこまで軽率だとは思えない。もし本人だとしたら、泥酔の可能性もあるが、それはそれで別の問題もあるだろう。

「爪の先から腐る呪いにかかればいい」などといった独特のまわりくどい言い回しは、確かに野木節にも思えるが、はたして?

ゆず「重大発表」で活動休止、解散の憶測とぶ 解散するとしたら「死に別れか出馬」

 今月17日、北川悠仁と岩沢厚治のフォークデュオ「ゆず」が、自身のオフィシャルサイトにて、「ゆずからのお知らせ」と題し、「今後の活動について重要なお知らせがあります」と告知した。

 ゆずが「今後の活動について重要なお知らせ」を発表する日時は、12月19日の夜9時。ゆずのオフィシャルSNS上での発表となる見込みだ。

 このもったいぶった“重大発表予告”に、ゆずファンは動揺。活動休止や解散、または深刻な病気などが公表されるのではないかと不安に駆られる声がネット上に多数上がっている。

“嬉しい重大発表”をするアーティストがほとんどだが…
 「重大発表」を予告するアーティストは少なくないが、その多くが新曲の発売やツアーの発表といったファンにとって嬉しい発表である。

 たとえば、バンド「サカナクション」も今年1月31日、翌日のラジオで「活動に関する重大な発表をする」と告知した。その際もファンからは解散や活動休止という憶測が出たが、結局、アルバムの発売であった。

 また、同じくバンド「X JAPAN」のYOSHIKIも、今年8月17日に「19日に重大発表をする」と自身のツイッターにて告知。こちらもX JAPANが3日間にわたって大型ライブを行うという嬉しい知らせであり、ファンの心配は杞憂に終わった。

 しかし一方で、告知した重大発表が、解散やメンバーの脱退というアーティストも確かに存在する。今回のゆずの場合、重大発表が“今後の活動について”であることが、ファンの不安要素になっているようだ。

ゆずが解散するときは北川悠仁が“出馬”するとき?
 さて、ゆずは1998年にメジャーデビューして以降、「夏色」「栄光の架け橋」といった名曲をはじめ、常に新しい曲を世に送り出してきた。一時は北川悠仁と岩沢厚治の不仲説も飛び出したが、現在は仲の良い関係を築いているとファンはみているようだ。

 そんなゆずが2013年に音楽番組『僕らの音楽』(フジテレビ系)に出演した際、俳優・三浦春馬の「もし、ゆずが解散するとしたらどんなタイミングだと思いますか」という質問に対して、岩沢は「死に別れでしょ。それか北川さんが出馬したとき。出馬したらゆずの活動がおろそかになっちゃうんでその時ですかねえ」と回答した。

 北川は「僕ね、よく言われるんですよ。『悠仁なら横浜任せられる』って。いやいや、無理でしょ」と冗談交じりに、北川が出馬した際は解散する可能性もあると語っていた。

 また、今年4月に発売されたアルバム「BIG YELL」では、ゆずの持つ爽やかで明るいパブリックイメージとかけ離れた政治色の強い曲が収録されている……として騒動になった。その楽曲は北川作詞・作曲の「ガイコクジンノトモダチ」。

<君と見た靖国の桜はキレイでした>
<国歌はこっそり歌わなくちゃね>
<国旗はタンスの奥にしまいましょう>
<TVじゃ深刻そうに右だの左だのって>

 といったフレーズが並ぶ歌詞で、世界平和への祈りと愛国心を歌ったもの。国歌斉唱や国旗掲揚は議論を呼び続けてきた問題で、この歌についてもネット上では賛否喧しかった。

 北川が自身の政治への想いを楽曲に託すことは初めてではなく、2000年に発売されたアルバム「トビラ」の収録曲も「政治色が強い」と物議を醸した。とはいえ、北川が音楽活動をやめてまで自ら政治の舞台に上がるということは、あり得るのだろうか。

 ゆずは来年1月に北川のバースデーライブを開催予定で、2月にはFM 大阪の音楽イベント『LIVE SDD 2019』にも出演する。昨年20周年記念イヤーを終え、このまま穏やかに活動が続いていくと信じているファンも多いことだろう。

 果たしてゆずの重大発表とは、嬉しい発表なのか、はたまた解散や活動休止といったショッキングな発表なのか。明日の夜9時まで、ファンはやきもきした状態が続きそうだ。

ゆず「重大発表」で活動休止、解散の憶測とぶ 解散するとしたら「死に別れか出馬」

 今月17日、北川悠仁と岩沢厚治のフォークデュオ「ゆず」が、自身のオフィシャルサイトにて、「ゆずからのお知らせ」と題し、「今後の活動について重要なお知らせがあります」と告知した。

 ゆずが「今後の活動について重要なお知らせ」を発表する日時は、12月19日の夜9時。ゆずのオフィシャルSNS上での発表となる見込みだ。

 このもったいぶった“重大発表予告”に、ゆずファンは動揺。活動休止や解散、または深刻な病気などが公表されるのではないかと不安に駆られる声がネット上に多数上がっている。

“嬉しい重大発表”をするアーティストがほとんどだが…
 「重大発表」を予告するアーティストは少なくないが、その多くが新曲の発売やツアーの発表といったファンにとって嬉しい発表である。

 たとえば、バンド「サカナクション」も今年1月31日、翌日のラジオで「活動に関する重大な発表をする」と告知した。その際もファンからは解散や活動休止という憶測が出たが、結局、アルバムの発売であった。

 また、同じくバンド「X JAPAN」のYOSHIKIも、今年8月17日に「19日に重大発表をする」と自身のツイッターにて告知。こちらもX JAPANが3日間にわたって大型ライブを行うという嬉しい知らせであり、ファンの心配は杞憂に終わった。

 しかし一方で、告知した重大発表が、解散やメンバーの脱退というアーティストも確かに存在する。今回のゆずの場合、重大発表が“今後の活動について”であることが、ファンの不安要素になっているようだ。

ゆずが解散するときは北川悠仁が“出馬”するとき?
 さて、ゆずは1998年にメジャーデビューして以降、「夏色」「栄光の架け橋」といった名曲をはじめ、常に新しい曲を世に送り出してきた。一時は北川悠仁と岩沢厚治の不仲説も飛び出したが、現在は仲の良い関係を築いているとファンはみているようだ。

 そんなゆずが2013年に音楽番組『僕らの音楽』(フジテレビ系)に出演した際、俳優・三浦春馬の「もし、ゆずが解散するとしたらどんなタイミングだと思いますか」という質問に対して、岩沢は「死に別れでしょ。それか北川さんが出馬したとき。出馬したらゆずの活動がおろそかになっちゃうんでその時ですかねえ」と回答した。

 北川は「僕ね、よく言われるんですよ。『悠仁なら横浜任せられる』って。いやいや、無理でしょ」と冗談交じりに、北川が出馬した際は解散する可能性もあると語っていた。

 また、今年4月に発売されたアルバム「BIG YELL」では、ゆずの持つ爽やかで明るいパブリックイメージとかけ離れた政治色の強い曲が収録されている……として騒動になった。その楽曲は北川作詞・作曲の「ガイコクジンノトモダチ」。

<君と見た靖国の桜はキレイでした>
<国歌はこっそり歌わなくちゃね>
<国旗はタンスの奥にしまいましょう>
<TVじゃ深刻そうに右だの左だのって>

 といったフレーズが並ぶ歌詞で、世界平和への祈りと愛国心を歌ったもの。国歌斉唱や国旗掲揚は議論を呼び続けてきた問題で、この歌についてもネット上では賛否喧しかった。

 北川が自身の政治への想いを楽曲に託すことは初めてではなく、2000年に発売されたアルバム「トビラ」の収録曲も「政治色が強い」と物議を醸した。とはいえ、北川が音楽活動をやめてまで自ら政治の舞台に上がるということは、あり得るのだろうか。

 ゆずは来年1月に北川のバースデーライブを開催予定で、2月にはFM 大阪の音楽イベント『LIVE SDD 2019』にも出演する。昨年20周年記念イヤーを終え、このまま穏やかに活動が続いていくと信じているファンも多いことだろう。

 果たしてゆずの重大発表とは、嬉しい発表なのか、はたまた解散や活動休止といったショッキングな発表なのか。明日の夜9時まで、ファンはやきもきした状態が続きそうだ。

ゆず、「重要なお知らせ」は“ジョーク”だった!? 関係者も頭を抱える「メッセージの真相」

 オフィシャルサイトで「重要なお知らせ」があると発表したゆずについて、業界中で「いったい何が起こるのか」といった“探り合い”が勃発しているという。年の瀬の重大発表、加えて情報解禁日が「文春砲にかぶる」ということもあって、取材合戦にはマスコミだけでなく、テレビ局や広告代理店まで巻き込んでしまっているようだ。

 ゆずは12月17日、サイト上で「今年も残りわずか。12月19日(水)には、ゆず2018年を締めくくる映像作品『LIVE FILMS BIG YELL』が発売になります。そんな中、ゆずから今後の活動について重要なお知らせがあります。発表日時は12月19日(水)21:00。同日、ゆずのオフィシャルSNSをチェックしていてください。よろしくお願いします」との文章を連名で発表。ネットニュースで取り上げられると、SNS上には「まさか解散!?」「不倫じゃないよね」などと、心配の声が多数上がった。

「告知に絡めていること、また年末には『NHK紅白歌合戦』を控えているとあって、わざわざネガティブな発表を“予告”するなど普通に考えればあり得ない。しかし、各メディアは18年の芸能界を振り返る企画を作成中で、かつ発表日が『週刊文春』(文藝春秋)発売前夜ということもあり、万が一の事態を予想して、すぐさま取材に乗り出しました」(スポーツ紙記者)

 この流れには、ゆずのスポンサーや音楽番組関係者も巻き込まれてしまったようだ。

「もしゆずの番組出演を、見送る必要があるほどのスキャンダルだった場合、早急に対応しなければなりません。しかし、話を聞いていると、現在ネット上で騒がれているようなものとは、まったくかけ離れた発表を予定しているようだという話に落ち着きました」(テレビ局関係者)

 ネット上では「悪い予感がする」と言われているように、告知メッセージはかなり意味深なものとなっているが、これは単なる“ジョーク”のノリだったようだ。

「思わせぶりな告知をしつつ、ふたを開けてみればツアーや新作リリースの発表という、よくある手法ですが……。所属事務所やレコード会社にも、問い合わせが殺到しているそうで、関係者は『明らかに失敗だった』と頭を抱えているようです。一時的にはTwitterホットワードで1位にまでなっていただけに、もしかすると発表と同時に、謝罪が必要になるかもしれません。謝罪したらしたで、今度は“炎上商法”と批判されてしまうでしょうが」(同)

 告知から1夜明け、現在もネット上では「活動休止説」「ソロ活動説」などが飛び交っている。果たして明日、ゆずはファンの気持ちを裏切らない形で“発表”を行うことができるのだろうか。

 

安室奈美恵をブレークに導いた、小室哲哉の”絶妙なR&B感覚”と「SWEET 19 BLUES」

 

平成が終わろうとしている今、90年代に始まったJ-POPの流れがひとつの節目を迎えている。あのアーティストの楽曲はなぜ、ヒットしたのか? 音楽ライターの青木優が徹底分析!

 安室奈美恵――。

 この1年と少しの間、彼女のことを目にするたびに、僕はあの時の後ろ姿を思い出していた。

 1996年、夏のはじめ。発売直前のアルバム『SWEET 19 BLUES』についてのインタビューをするために、僕はそのビルにいた。安室奈美恵はほぼ一日中、自分に向けられるカメラに対していた。

 この年は春の「Don’t wanna cry」に続き、夏は「You’re my sunshine」がヒットチャートを席巻していた。安室ブームの真っただ中で、街には「アムラー」と呼ばれる子たちがあふれていた。日本中の目がこの少女に向けられていた。

 複数の取材が一度に進められており、撮影はシチュエーションを変えながら行われ、安室本人はそのたびに衣装替えやメイク直しをする。インタビューはその合間に組まれていた。まさに分刻みだった。

 僕は、ライヴは観ていたが、安室本人とは初対面。目の前に座った彼女は華奢だった。お互いさほど目も合わせず、「よろしくお願いします」と、あまり大きくない声であいさつをしてくれた。

 子どもの頃からステージに立つことが夢だった、俳優の美木良介さんが好き……。安室の話しぶりは自然だった。飾らず、静かに、時折にこやかに話してくれた。

 インタビューは撮影のたびに分断される。その2度目の時だったか、席を立って撮影スペースへ向かう安室が、ほんの少しだけフラついたように見えた。過密スケジュールで、疲れていないわけがない。それでも彼女は厚底のブーツをそっと前へ踏み出し、バランスをとって、まぶしいライトの下に歩いていった。

 その後ろ姿には、プロとしての根性と、負けず嫌いの気持ちが感じられた。

 当時の安室の音楽は、何が支持されたのか。その背景ともども、振り返ってみる。

 先ほどの取材の翌月にリリースされた『SWEET 19 BLUES』は、日本のアルバム・セールス史上において記録的な数字を残す大ヒットとなる。僕のインタビューの中で最も印象的だったのは、のちにリカットされたこのタイトル曲で唄われている「とりえ」についての話だった。

<いちばんとりえが何か/教えてあげなきゃならない/あの子やあいつ>

 19歳になろうとしていた安室はレコーディング時、この歌を書いた小室哲哉と会話を交わしている。そこで彼女は自分の「とりえ」を大切にすることについて話したそうで、それが歌詞のテーマの一部となり、2コーラス目に織り込まれていた。

 人それぞれが持っているはずの長所、魅力……とりえ。ほかならぬ安室自身、それに突き進んできた人だった。そしてアムラーを含めた当時のリスナーたちは、おそらく彼女のそんなひたむきさ、まっすぐさに強く惹かれたのではないかと思う。

 この前年の95年は阪神・淡路大震災、それにオウムによる地下鉄サリン事件という悲劇が起こり、日本という国の価値観が根底から揺らいでいた頃だった。数年前のバブル崩壊の影響も社会のあちこちに出始めていて、この国は否応なく転換点を迎えていた。何を信じて生きていったらいいのか、誰もがわからなくなりつつあった時である。

 そんな中で安室はスターとして認められた。それはもちろんダンスのカッコ良さ、歌の力、チャーミングなルックスがあってこそ、なのはもちろんなのだが。何よりも彼女の姿……迷いなく、自分の信じる道をひたすら走る姿に、大勢の人が元気付けられたはずだ。

 また、アルバム『SWEET 19 BLUES』の前後は、安室の音楽性も転換点を迎えていた。そもそも安室はダンス・グループのSUPER MONKEY’Sの一員としてデビューした人である。やがてグループのメインに抜擢され、大きなヒットを放つようになったのは95年の「TRY ME~私を信じて~」から。この後からは彼女のソロ名義となり、その後、続いた「太陽のSEASON」「Stop the music」といったヒット曲の核にあったのは流れるようなユーロビートだった。これらは、いずれも洋楽のカバー曲である。

 それが、95年の後半からは小室哲哉のプロデュース、楽曲も彼の書き下ろしとなる。ここからのヒット・シングルは「Body Feels EXIT」、次の「Chase the Chance」と、ユーロビートの感覚を踏襲しながらも、そこにハウス的なビートとロックな音色を配合し、より太いサウンドへと変化していっている。

 そして鮮やかだったのは、「Chase the Chance」から3カ月後に出た「Don’t wanna cry」だった。シェイクするようなビートの反復、ソウルフルに唄い上げるヴォーカル、それにコーラス。ホットな一体感が情熱を浮き彫りにするこの楽曲は、安室自身がかねてから憧れていたジャネット・ジャクソンに代表される当時のブラック・ミュージック~R&Bを志向したものだった。

 この後にはハウスのビートが疾走する「You’re my sunshine」と、先述のアルバムからのバラード「SWEET 19 BLUES」のリカットを挟み、晩秋、ブラック路線をさらに推し進めたポップ・ナンバー「a walk in the park」が登場する。

 当時の安室の進化はすさまじかった。僕は引き続き彼女への取材を行っていた(TV局の畳敷きの楽屋で、お互い脚を崩しながら話したこともあった)。そしてライヴも観ていたのだが(夏の沖縄での野外公演が特に印象深い)……シングルのたびにメロディの質感やビートの傾向が大きく変わっていっているのに、彼女はそれらを当たり前のように唄いこなしていたのである。それはそこまでの積み重ねの段階でヴォーカルをしっかりと鍛えていたからであろうし、しかもライヴではこれに激しいダンス・パフォーマンスも加わる。天賦の才とはこのことを言うのだろうと思ったものだった。

 プロデューサー・小室は、この後も挑戦を怠らなかった。翌97年の初頭にはかの名曲「CAN YOU CELEBRATE?」が誕生する。今も万人から愛され続ける、祝福の歌だ。

 また僕個人は、その後のシングル「How to be a Girl」にも強く魅了された。当時「デジタル・ロック」と呼ばれたケミカル・ブラザーズあたりのサウンドを意識したと思われる、ダンサブルでクールなナンバーである。こうして小室は、合間にバラードを挟みながら、主にアップテンポの曲で安室の歌の世界を広げていった。この時期、現代的なブラック・ミュージックを主体にしながら、小室とともにあらゆる方向性にアプローチしたことは、安室というアーティストにとって貴重な糧になっているはずである。

 以後の安室は、結婚・出産という人生の一大イベントが起こったことで、活動としてはひとつの区切りを迎える。そこからの休止期間を経て、シーンに復帰したのは98年の暮れのこと。翌99年の春には「RESPECT the POWER OF LOVE」というゴスペル的なコーラスも印象的な曲を出している。しかし彼女の歌は、小室哲哉という巨大な才能の手のひらからも次第にあふれ出ていくことになる。

 この年にエポックだったのは、9月、もろにR&B路線の「SOMETHING ‘BOUT THE KISS」をリリースしたことだった。TLCやモニカなど、すでに世界的な知名度を誇るダラス・オースティンをプロデューサーに迎えての楽曲だった。安室はここから本場の、ホンモノのプロデューサーたちとも仕事をするようになっていったのだ。そして結果、彼らとも堂々と渡り合うのだから、本当に大したシンガーだと思う。

 小室は、新しい音楽に対して貪欲な人だった。僕は、安室のブラック志向も、小室プロデュースだからこそ世の中に受け入れられたのだと思う。というのは、小室はプログレッシヴ・ロックなどのロックにルーツを持つ人で、どちらかといえばブリティッシュ・ロック寄り。TM NETWORKでの作品群、それにレイヴやジャングルにも接近したように打ち込みのダンサブルなビートへの志向を持つプロデューサーではあるが、元からしてブラック・ミュージックの要素はさほど強くないのだ。

 ただ、90年代においては、この彼によるブラック成分の強すぎないR&B感覚こそが、歌も、また人間的にも成長過程にあった安室に、そして幅広い層まで含めた日本のリスナーたちにハマったのだと思う。安室が最初からR&Bの本格派と組んでいたら、濃すぎたに違いない。

 そして小室だからこそ、少女から大人へと成長しようとする安室の、壊れそうなほど繊細な思いをくみ取って、「SWEET 19 BLUES」という美しいバラードをモノにできたのだと思う。

 21世紀に入ると、安室は完全に新しい制作態勢へと移行していった。小室とのコラボは2001年のシングル「think of me/no more tears」までとなり、その後は新たな作家陣に託したり、また彼女自身が詞を書くケースも出てくる。特に02年の「I WILL」は、ファンに対する純粋な思いが表れたバラードだ。ちなみにこの年には、プライベートではシングルマザーになったことも報道されている。

 僕はといえば、安室には継続的にインタビューをしていたのだが、ちょうどこの頃から取材をする機会そのものがなくなっていった。これはおそらく当時の彼女(とスタッフ)が活動のあり方や方向性、あるいはペースについて捉え直した時期で、メディアへの露出のスタンスが変わったところもあったのではと思う。また、僕自身も、メインストリームの音楽より、ロック寄りの仕事の割合が増えていく流れがあった。まあ、こうしたことは縁とか運のようなもので、この仕事をしていると、よく起こることである。

 それからの自分は、仕事の上では安室から離れたものの、TVで見かけたり、どこかで新曲を耳にするたびに、「安室、頑張ってるな」と思っていた。彼女の成長を特に大きく感じたのは、07年のアルバム『PLAY』の頃だった。胸元を開け、ムチを持ったジャケットは、安室がまったく新たな表現の領域に達したことを示していた。「Baby Don’t Cry」をはじめ、新たなクリエイターたちとの出会いが、大人になっていく安室奈美恵像を作り出していた。

 セルフ・プロデュースをしたり、サウンド面ではEDMを導入したりと、安室は歌とダンスとともに新しい表現を重ねていった。気がつけば彼女は世界中のファンから愛され、尊敬もされる、とてつもなく大きな存在になっていた。そんな事実をあらためて感じさせてくれたのが、17年の引退発表以降の騒ぎだった。

 デビュー25年と聞いても、実はあまりピンとこなかった。ただ、一番驚いたのは、安室の引退が話題になっている頃……僕はプロ野球の阪神タイガースのファンなのだが、そのファンサイトか何かで、福留孝介選手と彼女が同い年だというのを見た時だった。確かに2人とも、1977年生まれ。阪神を牽引する大ベテランで、ファンからは「ドメさん」と呼ばれる福留と、いまだに世代を超えて「安室ちゃん」と親しまれる彼女が同じ年齢だなんて! そこで時の流れを初めて実感した。

 そこからの自分は、まったく一般のファンの方と似たようなものだったと思う。17年の暮れのNHK『紅白』で「Hero」を唄う彼女を見て、ほんとに素敵だと感じた。

 明けて18年は、ドーム公演の抽選に落選し、チケットを入手することができなかった。イモトアヤコにドッキリを仕掛けたTV番組は、家族と一緒に笑いながら、感動しながら観た。そして9月16日の引退の日までは、報道合戦を遠くの出来事のように感じながら、何もかもが無事に進むといいなと思いながら過ごした。TVでもネットでも雑誌でも、たくさんの安室に触れて、彼女の歌とダンスにひさびさに浸った、この1年とちょっとだった。

 安室の姿を見ると、あの夏の日のスタジオでの姿が、つい脳裏に蘇る。ブーツで踏みとどまって、照明の下に歩いていった安室奈美恵。そして「SWEET 19 BLUES」に託された、「とりえ」についての思い。そんな彼女の強い意志が、日本だけではなく、世界中の人々に元気を与え、幸せをもたらしていったことを。

 安室さん。どうか、お幸せに。

●あおき・ゆう

1966年、島根県生まれ。1994年、持ち込みをきっかけに音楽ライター業を開始。現在「テレビブロス」「音楽と人」「WHAT’s IN?」「MARQUEE」「オリジナル・コンフィデンス」「ナタリー」などで執筆。

月9『SUITS』全話平均10.7%も「最後のツメが甘い」「経歴詐称したまま?」と疑問残る

 織田裕二主演『SUITS/スーツ』(フジテレビ系)の最終回が12月17日に放送され、視聴率が10.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)だったことがわかった。全話平均視聴率は10.7%と、長らく1ケタ台でくすぶっていた月9としてはまずまずの結果だが、ラストの演出をめぐっては「最後どういうこと?」「今ので終わり?」「話をぶった切りすぎ」といった声もみられた。

「同作は、全米で大ヒットした同名ドラマが原作の弁護士ドラマ。エリート敏腕弁護士・甲斐正午(織田)と、驚異的な記憶力を持ちながらも、過去に替え玉受験を引き受けたことで、弁護士の受験資格を失いフリーターをしていた鈴木大貴(Hey!Say!JUMP・中島裕翔)がタッグを組んで、さまざまな訴訟を解決していくという内容。その中でも、視聴者の注目を集めていたのが、“鈴木大輔”と改名し、弁護士資格を持つ同名の人物になりすますという経歴詐称を行っていた鈴木が『最後にどうなるのか?』という点でした。最終回では、弁護士を続けられることはわかったのですが、“大輔”のままなのか“大貴”に戻ったのかが曖昧だったため『結局、経歴詐称したままなの?』と疑問が残る演出に不満を訴える人もいました」(芸能ライター)

 代表の幸村チカ(鈴木保奈美)に経歴詐称していたことがバレ、弁護士を辞める覚悟をしていた鈴木に、甲斐が“ボストン行き”のチケットを渡し「2年やる」と言ったところでエンディングを迎えたが、これを「国際弁護士の資格を取ってこい」という意味だと解釈した人が多かったよう。

「ただ、海外の弁護士資格を持っていても、国内の資格を持っていなければ、日本では弁護士活動はできません。さらに、本名の“鈴木大貴”として資格を取ったとしても、戻ってきたときに周囲の人に経歴訴訟がバレてしまうことになります。そのため『どういう立ち位置で海外に行くわけ?』『最後のツメが甘い』『経歴詐称というより、戸籍乗っ取りでは?』などの疑問の声もみられました」(同)

 原作の『SUITS』では、経歴訴訟はしていたものの“なりすまし”は日本版のオリジナル。そのため「大貴から大輔になる必要あった?」「この設定のせいでスッキリしない」といった声も上がっていた。

「織田と鈴木の27年ぶりの共演ということで大きな話題になりましたが、一部では『バブル臭が抜け切れてない』との意見も見受けられました。ただ、今回の役柄については『織田のハマり役』『織田さんカッコいい』と評判です。それゆえ、一番視聴者が気になっていた点を明らかにせず、含みをもたせた最後にしてしまったことには『ラストが残念』と言われても仕方がないかもしれません」(同)

 とはいえ、続編を期待する声も多い同作。果たして再び織田がフジテレビに戻ってくることはあるのか? 続報を期待したい。

KinKi Kids、「なにわ男子」という名前は「本当にジャニーさんが付けたのかな?」と懐疑的

 KinKi Kidsがパーソナリティを務めるラジオ番組『KinKi Kids どんなもんヤ!』(文化放送)が12月17日深夜に放送され、この日は堂本光一と堂本剛が揃って登場した。

 この日冒頭の話題は「なにわ男子」について。なにわ男子は、関西を拠点に活動している関西ジャニーズJr.の中では、今年10月に4年ぶりに誕生したユニットだ。メンバーは、西畑大吾、大西流星、道枝駿佑、高橋恭平、長尾謙杜、藤原丈一郎、大橋和也の7人で、将来が期待されるユニットとなっている。

 この日の放送では、なにわ男子というユニット名は「元『KANZAIBOYA』のおふたりからどう思いますか?」というリスナーの質問が紹介された。「KANZAIBOYA」はKinKi Kids以前の2人のユニット名で、当時はSMAPのバックダンサーなどを務めていた。

 すると、剛は「なにわ男子」の命名について「可哀想ですね」ときっぱり。光一も「なにわ男子……誰が付けるの!?」と絶句の様子だ。「ジャニーさんが付けてるの?」(剛)「番組からの派生とかかな?」(光一)と思いをめぐらせると、「最近本当にさ、ジャニーさんが付けたってグループ名あるのかなって俺も懐疑的になってきたんだけど」と苦笑いしていた。

 しかし、どんなグループ名だとしても「最初は恥ずかしいものですから。我々も恥ずかしかったですから」と、光一はコメント。さらに、光一は「『(少年)忍者』っておるの知ってる!?」と、ジャニーズJr.のユニット・少年忍者について言及。これに剛は、「え! だって忍者はあのときの忍者が忍者じゃない!」と1985~97年に掛けて活動していたジャニーズのグループ「忍者」を指して驚愕したのだった。

 「だからジャニーさん、忘れてるんじゃないかな」と、「忍者」の存在を忘れて「少年忍者」と名付けたと推測し、2人は大盛り上がり。最後には「なにわ男子も頑張ってください」とエールを送っていた。

 この日の放送にリスナーからは、「なにわ男子のこと推してほしい!」「やっぱりグループ名には内部からも疑問の声が来るんだね!」「なにわ男子という名前について可哀想って言うのはやめてあげて(笑)」など、さまざまな声が集まっていた。
(福田マリ)

KinKi Kids、「なにわ男子」という名前は「本当にジャニーさんが付けたのかな?」と懐疑的

 KinKi Kidsがパーソナリティを務めるラジオ番組『KinKi Kids どんなもんヤ!』(文化放送)が12月17日深夜に放送され、この日は堂本光一と堂本剛が揃って登場した。

 この日冒頭の話題は「なにわ男子」について。なにわ男子は、関西を拠点に活動している関西ジャニーズJr.の中では、今年10月に4年ぶりに誕生したユニットだ。メンバーは、西畑大吾、大西流星、道枝駿佑、高橋恭平、長尾謙杜、藤原丈一郎、大橋和也の7人で、将来が期待されるユニットとなっている。

 この日の放送では、なにわ男子というユニット名は「元『KANZAIBOYA』のおふたりからどう思いますか?」というリスナーの質問が紹介された。「KANZAIBOYA」はKinKi Kids以前の2人のユニット名で、当時はSMAPのバックダンサーなどを務めていた。

 すると、剛は「なにわ男子」の命名について「可哀想ですね」ときっぱり。光一も「なにわ男子……誰が付けるの!?」と絶句の様子だ。「ジャニーさんが付けてるの?」(剛)「番組からの派生とかかな?」(光一)と思いをめぐらせると、「最近本当にさ、ジャニーさんが付けたってグループ名あるのかなって俺も懐疑的になってきたんだけど」と苦笑いしていた。

 しかし、どんなグループ名だとしても「最初は恥ずかしいものですから。我々も恥ずかしかったですから」と、光一はコメント。さらに、光一は「『(少年)忍者』っておるの知ってる!?」と、ジャニーズJr.のユニット・少年忍者について言及。これに剛は、「え! だって忍者はあのときの忍者が忍者じゃない!」と1985~97年に掛けて活動していたジャニーズのグループ「忍者」を指して驚愕したのだった。

 「だからジャニーさん、忘れてるんじゃないかな」と、「忍者」の存在を忘れて「少年忍者」と名付けたと推測し、2人は大盛り上がり。最後には「なにわ男子も頑張ってください」とエールを送っていた。

 この日の放送にリスナーからは、「なにわ男子のこと推してほしい!」「やっぱりグループ名には内部からも疑問の声が来るんだね!」「なにわ男子という名前について可哀想って言うのはやめてあげて(笑)」など、さまざまな声が集まっていた。
(福田マリ)

【マンガ】ピルを飲み始めたら「こうなった」! 最初に作ったマイルールは……【第9回】

「生理痛なんて、みんな一緒!」

1カ月ごとにやってくる、尋常じゃない腹痛・寒気・吐き気……。
周囲の言葉を信じて10数年も耐え続けた「生理痛」、医者にかかってみたらビョーキと診断されちゃった!?

30歳から治療を開始した「月経困難症」との向き合い方をつづる、日常闘病コミックエッセイ。

ピル、飲み始めはこうなった!

(つづく)

――「私の生理、病名がつきました。」は、毎週日・月・火の週3回更新になります。お楽しみに!

 

<著者プロフィール>

まお

月経困難症。体験した事や思った事を4コマ漫画にしています。自分の体、大切な人の体を考える事や、行動する事のきっかけになればうれしいです。ポジティブに生きてるオタク。



<バックナンバーはこちら>

【第1回】私の生理、ビョーキでした!?
【第2回】「生理で病院」を後回しにしていたら
【第3回】恥ずかしすぎる「例のイス」
【第4回】私のアソコ、何が入ってるの!?
【第5回】「子ども生みたい? 結婚してる?」
【第6回】月経困難症、はじめてのピル!
【第7回】「避妊薬」じゃないピル
【第8回】「ピルの副作用」って?

【マンガ】ピルを飲み始めたら「こうなった」! 最初に作ったマイルールは……【第9回】

「生理痛なんて、みんな一緒!」

1カ月ごとにやってくる、尋常じゃない腹痛・寒気・吐き気……。
周囲の言葉を信じて10数年も耐え続けた「生理痛」、医者にかかってみたらビョーキと診断されちゃった!?

30歳から治療を開始した「月経困難症」との向き合い方をつづる、日常闘病コミックエッセイ。

ピル、飲み始めはこうなった!

(つづく)

――「私の生理、病名がつきました。」は、毎週日・月・火の週3回更新になります。お楽しみに!

 

<著者プロフィール>

まお

月経困難症。体験した事や思った事を4コマ漫画にしています。自分の体、大切な人の体を考える事や、行動する事のきっかけになればうれしいです。ポジティブに生きてるオタク。



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【第1回】私の生理、ビョーキでした!?
【第2回】「生理で病院」を後回しにしていたら
【第3回】恥ずかしすぎる「例のイス」
【第4回】私のアソコ、何が入ってるの!?
【第5回】「子ども生みたい? 結婚してる?」
【第6回】月経困難症、はじめてのピル!
【第7回】「避妊薬」じゃないピル
【第8回】「ピルの副作用」って?