5lackが、オリジナルアルバム『KESHIKI』をリリースした。これを記念して、日刊サイゾーではシンガーソングライターの前野健太との対談を企画。前編では対談のきっかけや互いの印象、両者の出会い、そして2人をつなぐ重要なピースであるUNDERCOVERについて話してもらった。
後編では、2人に音楽や歌詞に対する思いを聞いた。ラッパーとシンガーソングライター。それぞれ異なる視点を持ったミュージシャンが、『KESHIKI』を読み解いていく。対談の最後に、2人がたどり着いた場所はどこなのだろうか?
■5lackを聴いてたら詩集はいらねえよ
――『KESHIKI』を聴いた前野さんの感想を教えてください。
前野 泣いた。京浜東北線に乗ってる時、イヤホンで『KESHIKI』を聴いてました。そしたら「進針」が流れてきて。車窓からは青空が見えたんですよ。僕は詩集とか好きなんですが、いい詩は読んでると気持ちがスーッと遠くなるんです。「進針」でそれを感じました。
5lack 気が遠くなるっていうのは、心ここにあらずみたいなことですか?
前野 いや違う。僕は、感情って自分だけのものじゃないと思ってるんですよ。太古の昔から、いろんな人がいろんなことを感じて、今の自分の感情が出来上がってると考えていて。詩には時代ごとにいろんな人たちが感じた気持ちが表現されていて。古い詩集を読んだりすると、そういう過去の感情と現代の自分の感情が、言葉を通じてつながるような瞬間があって。それを感じると、スーッと気持ちが遠くなるんです。自分は点ではなく線なんだと感じることができる、というか。
5lack 「進針」では、どのあたりでそう感じたんですか?
前野 「時計の針が回る」に過去を感じ、「どこへいくの」に未来を感じた。しかも詩集を読んでるんじゃくて、音楽として耳で聴いてたから、京浜東北線の窓に流れていく景色を目で見ることができた。そのすべてが「どこにいるの」で重なった時、進んでいく時間の中で、現在の自分がポツンと1人で佇む感覚が味わえたんです。圧倒的にすがすがしい孤独感というか。でも、感情は連なってきたものだし、という不思議な感覚。そしたら「5lackを聴いてたら詩集はいらねえよ」って言葉が頭に浮かびましたね。
5lack すごい感覚だなあ。俺は基本的にラップ優先で作詞をしているんですよ。ただ、自分的には記憶を喚起するような曲を作りたいという思いがあって。写真を観て「あの時のあの瞬間が頭に浮かぶ」みたいな曲を作りたいと思ってるんです。俺は普段からいろいろ考えちゃうタイプだから、もしかしたらいろんな感情が自然と歌詞に出ちゃってるのかもしれない。
前野 5lackさんの曲を聴きながら街を歩いて人間を見てると、面白いんですよ。その人の「底力」みたいなものを感じることができるんです。最初は「殺意」かと思ったんです。でも、なんか違うんですよ。それでよくよく見てみると、それはその人の「底力」が顔に表れてるんだということに気づいた。人間のバイタリティって優しさだけじゃないからさ。人間の本性を暴き出すような音楽だと思う。ほかの人の曲を聴いてて、そんなふうに感じたことがなかったから、ちょっと驚いたんですよね。

■変わり続けることが俺の普通
前野 そもそも『KESHIKI』ってタイトルは、どういう意味なの?
5lack 最近、いろんな人から「変わったね」って言われるんですよ。でも、俺自身は昔から毎日変わり続けているから、そんなの最近に限った話ではないし、変わり続けることが俺の普通なんです。言ってることも昔から全然変わってないし。つまり変わってるのは俺じゃなくて、周りの景色だけっていう。タイトルには、そんな意味があります。
前野 変化に対しては、なぜか否定的な意見が多いよね。
5lack 「変わったね」って、なぜかネガティヴな場面で使われることが多いですからね。俺は、自分が進化することを否定したくない。
前野 アルバムも、そういうことを意識して作ったの?
5lack いや、俺は昔からテーマを決めてアルバムを作るのではなく、毎日生活している中で感じたことを曲にしているだけなんです。だから、曲は日記に近い。アルバムはその集合体というだけですね。
前野 『KESHIKI』というアルバムには、日本的な感覚があると思うな。それは八百万の神は自然に宿るという考え方。僕の『サクラ』というアルバムは山がテーマの曲「山に囲まれても」で始まって、海がテーマの「防波堤」で終わるんです。意識して作ったわけじゃないけど、結果としてこのアルバムは山川草木を表現してたのかなって。そういう部分でも、僕と5lackさんの感覚は近いように思える。
■「ハハッ」と笑う5lackの引き際のうまさはズルい
――SNSが発達して情報供給過多になった現代で、ミュージシャンが音楽を作ることにどんな意味があると思いますか?
5lack もしもミュージシャンが音楽を作ることに意味があるのだとしたら、それは同時に意味のないものでもあると思うんです。ただの歯車というか。つまり、一義的な側面から、物事の本質はとらえられない。
前野 5lackさんは、引いた視点をうまく表現するよね。そういうことって、頭ではわかってても言葉では表現できないものですよ。もうね、ズルい(笑)。5lackさんはよくアルバムで何か言ってから「ハハッ」って笑うじゃない? あのクールな引き際は正直悔しい。
5lack 俺、めっちゃ客観的なんですよ。例えば、みんなと遊んでてめっちゃ楽しくなるんだけど、同時に「俺、めっちゃ楽しんでる」と客観視してる自分もいて。だから、自分自身がただ楽しめるものを作ることが本当に難しいんです。
前野 あの「ハハッ」の温度感は絶妙だと思うな。自分に対して茶々を入れてるのに、カッコいいっていう。
5lack 「自分が正しい」って言い切れる人はすごい。俺は何もかもに疑いを持ってるから、絶対無理。むしろ、そうなりたいもんです。俺、自分が歌った曲も、正しいとは思ってないですよ。
――ミュージシャンとしては、特にステージ上ではナルシスティックでエモーショナルになったほうが、観客は喜ぶんじゃないですか?
5lack お客さんは、おそらくそうでしょうね。俺は自分に陶酔しきっちゃってる人のライヴを観ると、むしろ希望を感じる。「こんな人がまだいるんだ!」みたいな。俺も昔は「俺がナンバー1だ」って雰囲気を出そうしたけど、結局うまくいかなかった。だから最近は、結構作り込んだ、スキのないライヴをやっちゃいます。本当は、もっとラフでルーズなライヴをやってみたい気持ちもあるんですけどね。
前野 それはわかるな。だって、僕もライヴでは必ず「陶酔コーナー」を作るもんね。「人間はここまで歌に入り込める動物なんです」っていうコーナー。ライヴの構成的には絶対欲しいし。僕は5lackさんの平熱感に憧れるな。昔から、しゃべり声で歌う人が大好きなんですよ。
5lack 「こんなやつがいたらいいよね」みたいな感覚でやってる部分もありますよ、そこは。

■5lackの声はすごく音楽的
前野 5lackさんの歌詞は、聴き手に向かっていることが多いじゃない?
5lack すべての歌詞に対して一概に言えることじゃないけど、真面目に頑張って生きてる人を鼓舞する言葉もありますよ。あと、聴いてる人を浮かれた気分にさせちゃおう、みたいな気持ちで作った曲もあるし。
前野 固有名詞もよく出てくるよね。5lackさんの曲に影響されて、Dickiesのズボン買っちゃったもん(笑)。固有名詞に魔法をかけるのがうまい。
5lack Dickiesに関しては、まさにそういう意図で書いたんですよ。VANSのスニーカーと、ドンキで買ったDickiesを履いて。「これが俺のユニフォームだぜ」みたいな。そういう気持ちにさせるBGMを作りたかったんです。俺、人を調子に乗らせるのが好きなんですよ。失敗させるためじゃなくて、ポジティヴにするためにおだてるというか。
前野 「進針」には「Young Brother」って言葉があったけど、あれは具体的な誰かをイメージして書いたの? リスナーとか?
5lack あの部分は、同業者に向けて言ってますね。自分言うのもアレですけど、俺はヒップホップの中では、まあまあいい感じでやれてると思うんです。けど、前野さんみたいなミュージシャンたちの中に入ると、俺の音楽的技量なんて下の上くらいのもんなんですよ。生バンドと一緒にやってるラッパーもたくさんいるけど、それは「ラッパーがただバンドと一緒にやってる」という以上でも以下でもない。ほとんどの場合、ラッパーはバンドの技量に追いついてない。たぶんそういうので成立してるラッパーって、日本では3人くらいしかいないと思う。
前野 逆に、その3人が気になるよ(笑)。でも、それは全然知らなかったな。5lackさんが対談の最初のほうで「俺の音楽について、いろいろ指摘されちゃいそう」って言ったのは、そういう思いがあったからなのね。
5lack そうですね。アメリカには、バンドとやってるラッパーもたくさんいるんですよ。でも、そういう人たちは単純に音楽的な技量が高い。
前野 僕にはヒップホップシーンのことやラップのテクニック的なことはわからないけど、5lackさんの声はすごく音楽的だと思うな。声に旨味が内包されてるんだ。京都で5lackさんのライヴを観た時、「日本語が喜んでる!」って感じたんですよ。狭苦しい場所に収まらないで、自由になってた。正直、負けたと思った。でもそれは同時に、僕にとっての新しいスタート地点でもあったんですよ。だからすごくうれしくもあったんです。今度、アコギ1本で僕がラップしてみようかなって考えてみたりさ(笑)。
5lack 俺はラップに音程やメロディをつけて、音楽っぽく響かせたいと思ってたんです。そこでいろいろ工夫はしました。単語を小節の最後にぴったりはめるんじゃなくて、あえて次の小節まで引っぱっちゃったり。日本語の「~である」に英語の「R(アール)」って音を入れたり。ラップを音に近づけていきたかったんですよ。今回のアルバムでは、それがだんだんなじんできた感覚はありますね。むしろ自分的には、ボブ・ディランとか昔のブルースの歌い方に近い。もはや、そういう感覚になってますね。
――前野さんはこれまで日本語の意味を追求した歌を作ってきたけど、徐々に言葉の音やリズムを意識するようになった。一方で5lackさんはラップをしゃべりから音楽に近づける作業の中で、前野さんのルーツであるフォークやブルースに近づいていった、と。
前野 じゃあ、今度一緒にライヴやりましょうよ。僕がアコギ伴奏とラップで、5lackさんは歌という編成で(笑)。
5lack 俺がもっと頑張んないと、マエケンさんに全部持ってかれちゃいますよ(笑)。
(取材・文=宮崎敬太)