嵐・二宮和也『ブラックペアン』ラスト3話だけ見とけば大丈夫だったんじゃないか疑惑が……

 最終回直前の第9話を迎え、視聴率16.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、今回も好調だった日曜劇場『ブラックペアン』(TBS系)。“天才外科医”渡海征司郎(二宮和也)は、今日も元気に他人が失敗した手術に横入りし、見事に患者の命を救いました。

 単話ごとで見れば、いつもテンションが高くて見応えのある同ドラマ。その反面、連ドラとしてのお話のつながりやキャラクターの整合性は無茶苦茶で、追いかけるのがかなりしんどいわけですが、もうあと2話なのでね、一旦リセットして楽しみましょう。振り返ります。

前回までのレビューはこちらから

■うーん、面白かった!

 毎度、ストーリーの進行に必要な誰かが心臓病で倒れるのが“お約束”ですが、今回は東城大の医局の重鎮・佐伯教授(内野聖陽)がそのお役目を引き受けることに。なんでも、今までになく難しい症例だそうで、こんな難しい手術ができるのは、“神の手”佐伯教授本人を除けば、渡海しかいないそうです。

 しかし、これも“お約束”なんですが、渡海はいつだって最初から手術に参加させてはもらえません。なんやかんや理由を付けてチームから外される渡海ですが、こちらもいつものように不測の事態に備えて予習に余念がありません。今回はどうやら、最新医療ロボ「カエサル」を使った手術になりそうなので、取扱説明書を熟読するなど持ち前の生真面目さで手術に備えます。態度は悪いけど、ホントに真面目な子です。

 当初、カエサルでの手術を執刀するのは佐伯教授の直属の部下・黒崎准教授(橋本さとし)の予定でしたが、こちらは準備段階であっさり挫折。カエサルでの手術経験は豊富だけど、東城大にとって裏切り者である高階講師(小泉孝太郎)に頭を下げて、協力を求めます。高階は高階でいろいろあって、古巣の名門・帝華大に絶望していたので、執刀を快諾。準備を進めます。さぁ、あと1週間かけて準備をするぞ! と思っていたら、佐伯教授の容態が急変。緊急オペになりますが、“お約束”で結局、手術中に「助けて、渡海くん!」状態に。

 さあヒーロー見参。ですが、今回の渡海は一味違います。オペ室にジャジャーン! と乗り込むのではなく、医局に鎮座していたカエサルのシミュレーターに陣取り、オペ室内の本体を遠隔操作。さらに、オペ室のカエサルの前に座って手持ち無沙汰の高階も遠隔操作しながら、見事に手術を成功させます。高階とカエサルが「鉄人28号」で、渡海が金田正太郎という配置ですね。見どころは、渡海の声をイヤホンで聞きながら、そのままの言葉でオペ台の周辺にいる助手に指示を伝える高階の「言葉の乱暴さ」です。ふだんは上品な高階が乱暴な言葉で指示を出し続け、上司である黒崎たちが素直に従うという構図。「目の前の命を守る」が何よりも優先されている様子が、緊迫感を持って描かれます。まあ第1話からそうですが、こういうシーンの演出は、ホントに強いです。引き込まれちゃう。

 次回の最終回は、渡海自ら命を救った佐伯教授とブラックペアンをめぐる因縁がすべて明らかにされるのでしょう。ここまで、この本筋については説明不足の感が否めませんが、ここまできたらどうやって収めるのか見届けたいと思います。

■顔面ドアップ演出の真骨頂

 福澤克夫監督と福澤組による日曜劇場の名物となっているのが、テンションマックスな人物がドアップで力の入ったセリフを滔々と述べるシーンです。今回は、そんな顔面ドアップ演出が目白押しでした。

 まずは小泉孝太郎。本来の上司である帝華大・西崎教授(市川猿之助)に「苦悶からの正論ぶちかまし」をドアップで繰り広げます。受ける猿之助も、さすがの顔面力でカウンターアタック。必要以上の性格の悪さで、視聴者の不快感を煽ります。この不快すぎる猿之助が、高階のキャラ立てに効力を発揮。ここまでフラフラしていた高階権太という人物の輪郭が、はっきりと浮き上がりました。それにしても小泉孝太郎って、同じ福澤組の『下町ロケット』(同)あたりから、見事に化けましたねー。この第9話のMVPは間違いなく孝太郎だと思います。

 加えて、ナース2人の顔面芸も光りました。こちらは2人とも恐怖の象徴として顔面ドアップメンバーに加わりましたが、もともと影のある怖い人として登場した猫田(趣里)はまだしも、ほんわかおばさんだった藤原師長(神野三鈴)の鉄仮面ぶりには目を見張りました。顔が怖いのもそうなんですが、でかいんですよね、この人。Wikipediaによると168センチだそうです。そら迫力出るわ。

■竹内涼真、渾身の泣きとオリジナル要素の回収

 今、もっとも性格がよさそうに泣く俳優(当社調べ)の竹内涼真。このドラマで演じた研修医・世良は前半に無駄泣きが多く「もっと! もっと竹内渾身の泣きを!」と思っていましたが、ようやく出ました。どちらかといえば悪い方の役回りだった「日本外科ジャーナル」の池永編集長(加藤浩次)を相手に見せてくれました。

「僕なんて、なんの役にも立たない!」

「でも、目の前にある命をあきらめられない!」

「僕も医者でありたいんです!」

 その純真な土下座で、見事池永編集長の心を動かし、佐伯教授の命をつないで見せました。

 ところでこの池永編集長と専門誌「日本外科ジャーナル」の周辺は、ドラマの完全なオリジナル要素となっています。この雑誌に論文を載せて「インパクトファクター」なるインパクトのファクター数値を積み重ねることで、外科医は学会の理事長になれるのだそうです。

 このドラマでは、いかに池永編集長を懐柔し、自分の論文を雑誌に載せることで理事長選を有利に戦うか、というのが、物語の縦糸として設置されていました。それを争うことで佐伯教授と西崎教授、ひいては東城大と帝華大の対立構造を浮き彫りにしてきたわけです。

 この原作への追加要素には、対立がはっきりして見やすくなるメリットがあった反面、特に佐伯教授が「論文も大切、患者も、まあ大切」というどっちつかずな性格になってしまうデメリットがありました。しかし、今回の世良と池永の対話によって論文の存在が佐伯教授の命を救うファクターになったことで、これまでの対立軸が実に美しく消化されました。原作をはみ出して広げた風呂敷は、ちゃんと自分たちで畳むという、ドラマ側の物語に対するマナー意識みたいなものが感じられて気持ちよかったです。

■いわずもがな、ニノはキュートなんだけど

 今回は孝太郎と竹内涼真に大きな見せ場が振られていたので言いそびれていましたが、ニノはあいかわらずキュートでした。懸命に悪態をつきつつ、オペ室への入室を禁じられるとおとなしく「遠隔操作」という代替策を考え、必死に勉強して患者を救う様子など、健気すぎて涙が出ます。

 次回、いよいよ最終回ですが、気になるのが、このニノ演じる渡海征司郎の完璧超人かつ善良人間っぷりです。手術手技はもちろん、状況判断や人心掌握についても完全にノーミスを貫いていますし、何もかもが渡海の思うままに進んでいます。

 これ、全部ネタ振りというか、渡海をドン底に落とすためにあえてスーパーマンとして描いてきたのだとしたら、そして原作にあったようなニュアンスで、物語そのものが渡海をその物語世界の外側へ突き放すのだとしたら、なかなかダイナミックな作劇だなぁと思うし、そういう方向に期待しているというのが今の正直な感触です。

 ダークヒーローの美学みたいなものを、ドラマがどう解釈するのか。この渡海も、半分はテレビ局が勝手に作ったイメージですから、マナーを持って落とし込んでほしいと思います。なんか原作のネタバレするのもアレなので曖昧なことしか書けなくなってしまいましたが、要するに今回は面白かったし、全体的に見てもまあ面白かったし、序盤から中盤にかけて整合性を無視しながら強引にリピートし続けたシナリオも、最終回へのネタ振りとして強烈に作用するならオールオッケーになっちゃうけど、どうなるんだろ! ってことです。逆に言えば、これお話を理解するだけならラスト3話だけ見とけば大丈夫だったんじゃない? という気もしますが、それを言ってしまっては身もふたもないわな。
(文=どらまっ子AKIちゃん)

嵐・二宮和也『ブラックペアン』ラスト3話だけ見とけば大丈夫だったんじゃないか疑惑が……

 最終回直前の第9話を迎え、視聴率16.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、今回も好調だった日曜劇場『ブラックペアン』(TBS系)。“天才外科医”渡海征司郎(二宮和也)は、今日も元気に他人が失敗した手術に横入りし、見事に患者の命を救いました。

 単話ごとで見れば、いつもテンションが高くて見応えのある同ドラマ。その反面、連ドラとしてのお話のつながりやキャラクターの整合性は無茶苦茶で、追いかけるのがかなりしんどいわけですが、もうあと2話なのでね、一旦リセットして楽しみましょう。振り返ります。

前回までのレビューはこちらから

■うーん、面白かった!

 毎度、ストーリーの進行に必要な誰かが心臓病で倒れるのが“お約束”ですが、今回は東城大の医局の重鎮・佐伯教授(内野聖陽)がそのお役目を引き受けることに。なんでも、今までになく難しい症例だそうで、こんな難しい手術ができるのは、“神の手”佐伯教授本人を除けば、渡海しかいないそうです。

 しかし、これも“お約束”なんですが、渡海はいつだって最初から手術に参加させてはもらえません。なんやかんや理由を付けてチームから外される渡海ですが、こちらもいつものように不測の事態に備えて予習に余念がありません。今回はどうやら、最新医療ロボ「カエサル」を使った手術になりそうなので、取扱説明書を熟読するなど持ち前の生真面目さで手術に備えます。態度は悪いけど、ホントに真面目な子です。

 当初、カエサルでの手術を執刀するのは佐伯教授の直属の部下・黒崎准教授(橋本さとし)の予定でしたが、こちらは準備段階であっさり挫折。カエサルでの手術経験は豊富だけど、東城大にとって裏切り者である高階講師(小泉孝太郎)に頭を下げて、協力を求めます。高階は高階でいろいろあって、古巣の名門・帝華大に絶望していたので、執刀を快諾。準備を進めます。さぁ、あと1週間かけて準備をするぞ! と思っていたら、佐伯教授の容態が急変。緊急オペになりますが、“お約束”で結局、手術中に「助けて、渡海くん!」状態に。

 さあヒーロー見参。ですが、今回の渡海は一味違います。オペ室にジャジャーン! と乗り込むのではなく、医局に鎮座していたカエサルのシミュレーターに陣取り、オペ室内の本体を遠隔操作。さらに、オペ室のカエサルの前に座って手持ち無沙汰の高階も遠隔操作しながら、見事に手術を成功させます。高階とカエサルが「鉄人28号」で、渡海が金田正太郎という配置ですね。見どころは、渡海の声をイヤホンで聞きながら、そのままの言葉でオペ台の周辺にいる助手に指示を伝える高階の「言葉の乱暴さ」です。ふだんは上品な高階が乱暴な言葉で指示を出し続け、上司である黒崎たちが素直に従うという構図。「目の前の命を守る」が何よりも優先されている様子が、緊迫感を持って描かれます。まあ第1話からそうですが、こういうシーンの演出は、ホントに強いです。引き込まれちゃう。

 次回の最終回は、渡海自ら命を救った佐伯教授とブラックペアンをめぐる因縁がすべて明らかにされるのでしょう。ここまで、この本筋については説明不足の感が否めませんが、ここまできたらどうやって収めるのか見届けたいと思います。

■顔面ドアップ演出の真骨頂

 福澤克夫監督と福澤組による日曜劇場の名物となっているのが、テンションマックスな人物がドアップで力の入ったセリフを滔々と述べるシーンです。今回は、そんな顔面ドアップ演出が目白押しでした。

 まずは小泉孝太郎。本来の上司である帝華大・西崎教授(市川猿之助)に「苦悶からの正論ぶちかまし」をドアップで繰り広げます。受ける猿之助も、さすがの顔面力でカウンターアタック。必要以上の性格の悪さで、視聴者の不快感を煽ります。この不快すぎる猿之助が、高階のキャラ立てに効力を発揮。ここまでフラフラしていた高階権太という人物の輪郭が、はっきりと浮き上がりました。それにしても小泉孝太郎って、同じ福澤組の『下町ロケット』(同)あたりから、見事に化けましたねー。この第9話のMVPは間違いなく孝太郎だと思います。

 加えて、ナース2人の顔面芸も光りました。こちらは2人とも恐怖の象徴として顔面ドアップメンバーに加わりましたが、もともと影のある怖い人として登場した猫田(趣里)はまだしも、ほんわかおばさんだった藤原師長(神野三鈴)の鉄仮面ぶりには目を見張りました。顔が怖いのもそうなんですが、でかいんですよね、この人。Wikipediaによると168センチだそうです。そら迫力出るわ。

■竹内涼真、渾身の泣きとオリジナル要素の回収

 今、もっとも性格がよさそうに泣く俳優(当社調べ)の竹内涼真。このドラマで演じた研修医・世良は前半に無駄泣きが多く「もっと! もっと竹内渾身の泣きを!」と思っていましたが、ようやく出ました。どちらかといえば悪い方の役回りだった「日本外科ジャーナル」の池永編集長(加藤浩次)を相手に見せてくれました。

「僕なんて、なんの役にも立たない!」

「でも、目の前にある命をあきらめられない!」

「僕も医者でありたいんです!」

 その純真な土下座で、見事池永編集長の心を動かし、佐伯教授の命をつないで見せました。

 ところでこの池永編集長と専門誌「日本外科ジャーナル」の周辺は、ドラマの完全なオリジナル要素となっています。この雑誌に論文を載せて「インパクトファクター」なるインパクトのファクター数値を積み重ねることで、外科医は学会の理事長になれるのだそうです。

 このドラマでは、いかに池永編集長を懐柔し、自分の論文を雑誌に載せることで理事長選を有利に戦うか、というのが、物語の縦糸として設置されていました。それを争うことで佐伯教授と西崎教授、ひいては東城大と帝華大の対立構造を浮き彫りにしてきたわけです。

 この原作への追加要素には、対立がはっきりして見やすくなるメリットがあった反面、特に佐伯教授が「論文も大切、患者も、まあ大切」というどっちつかずな性格になってしまうデメリットがありました。しかし、今回の世良と池永の対話によって論文の存在が佐伯教授の命を救うファクターになったことで、これまでの対立軸が実に美しく消化されました。原作をはみ出して広げた風呂敷は、ちゃんと自分たちで畳むという、ドラマ側の物語に対するマナー意識みたいなものが感じられて気持ちよかったです。

■いわずもがな、ニノはキュートなんだけど

 今回は孝太郎と竹内涼真に大きな見せ場が振られていたので言いそびれていましたが、ニノはあいかわらずキュートでした。懸命に悪態をつきつつ、オペ室への入室を禁じられるとおとなしく「遠隔操作」という代替策を考え、必死に勉強して患者を救う様子など、健気すぎて涙が出ます。

 次回、いよいよ最終回ですが、気になるのが、このニノ演じる渡海征司郎の完璧超人かつ善良人間っぷりです。手術手技はもちろん、状況判断や人心掌握についても完全にノーミスを貫いていますし、何もかもが渡海の思うままに進んでいます。

 これ、全部ネタ振りというか、渡海をドン底に落とすためにあえてスーパーマンとして描いてきたのだとしたら、そして原作にあったようなニュアンスで、物語そのものが渡海をその物語世界の外側へ突き放すのだとしたら、なかなかダイナミックな作劇だなぁと思うし、そういう方向に期待しているというのが今の正直な感触です。

 ダークヒーローの美学みたいなものを、ドラマがどう解釈するのか。この渡海も、半分はテレビ局が勝手に作ったイメージですから、マナーを持って落とし込んでほしいと思います。なんか原作のネタバレするのもアレなので曖昧なことしか書けなくなってしまいましたが、要するに今回は面白かったし、全体的に見てもまあ面白かったし、序盤から中盤にかけて整合性を無視しながら強引にリピートし続けたシナリオも、最終回へのネタ振りとして強烈に作用するならオールオッケーになっちゃうけど、どうなるんだろ! ってことです。逆に言えば、これお話を理解するだけならラスト3話だけ見とけば大丈夫だったんじゃない? という気もしますが、それを言ってしまっては身もふたもないわな。
(文=どらまっ子AKIちゃん)

映画評論家・町山智浩が“最前線の映画”を語る! 「淀川長治さんのような映画人生は難しい」前編

 政治から文学、コミック、アートに至るまでの豊富な知識と鋭い分析力で人気の映画評論家・町山智浩氏。今年2月に発売された著書『「最前線の映画」を読む』(インターナショナル新書)をベースにしたトーク番組「町山智浩が暴く『最前線の映画』の暗号」が、6月下旬から「BS10スターチャンネル」で無料放送されることが決まった。さらに7月には『ブレードランナー2049』『ダンケルク』(ともに17)、『沈黙-サイレンス-』(16)といった『「最前線の映画」を読む』で取り上げた新作洋画12本が、町山氏の解説つきで同局にてオンエアされることに。番組収録では紹介しきれなかったネタや「♯Me Too」運動で揺れるハリウッドの最新情勢について、町山氏に語ってもらった。

──ハリウッド映画を中心にヒット作&話題作12本を町山さんがセレクトし、各映画の前解説&後解説する「BS10スターチャンネル」の特集企画。淀川長治さんが解説を務めた『日曜洋画劇場』(テレビ朝日系)を思わせます。

町山 淀川さんが亡くなって、もう20年ですか。僕が子どもの頃、テレビでは洋画が毎日のようにオンエアされ、なかでも淀川さんが解説する『日曜洋画劇場』は楽しみでした。淀川さんの解説を聞くことで、映画の見方をいろいろと教わりました。そんな番組を僕もやってみたいなと思っていたんです。

──前解説に加え、後解説もあるのがポイントですね。

町山 淀川さんの後解説を聞いて、目から鱗が落ちることが度々ありました。でも、今の映画媒体ではネタバレに繋がるような解説はできなくなっています。その映画のテーマ性について掘り下げた解説をすると、ネタバレだと怒り出す人たちが多いわけです。パンフレットでなら許されるけど、雑誌で映画の核心部分に触れるような記事を書くとまぁ怒り出しますね。「ネタバレしやがって!」と。「映画秘宝」(洋泉社)でも、秘宝読者から「秘宝は買ったけど、(ネタバレ記事は)読まなかった」とか言われてしまう(苦笑)。昔、西部劇『シェーン』の名台詞「シェーン、カムバック!」を使ったCMがありましたけど、あのCMも今だったら「映画のラストシーンを使うなんて!」と大炎上するでしょうね(笑)。

■映画は観れば観るほど、面白みが増す

──『ブレードランナー』(82)の続編『ブレードランナー2049』は日本でもかなりの話題になりましたが、一度観ただけでは理解するのが難しいストーリーでした。『「最前線の映画」を読む』では、ウラジミール・ナボコフの小説『青白い炎』がこの難解な物語を解くヒントだと指摘されています。

町山 『ブレードランナー2049』を普通に観て、ロシアからの亡命作家ナボコフが関係するとは、なかなか気づきませんよね。僕も気づきませんでした(笑)。たまたまなんです。『ブレードランナー2049』が米国で公開された頃、『ブレードランナー』と『ブレードランナー2049』の脚本を書いたハンプトン・ファンチャーのドキュメンタリー映画が上映されていて、それで知ったんです。売れない俳優だったファンチャーは、SF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』の映画化権をもらいに原作者のフィリップ・K・ディックを訪ねたところ、ディックはファンチャーが同伴していた恋人のことを気に入って、映画化をOKしたんです。そして、ファンチャーの前の奥さんが、ナボコフの小説を映画化した『ロリータ』(62)の主演女優スー・リオンでした。スー・リオンを通して、ナボコフとディックは繋がるんです。

──『ブレードランナー2049』で任務を終えたライアン・ゴズリングが、心理チェックを受ける際の「高く白い噴水……」というフレーズ。あれは『青白い炎』からの一節なんですね。

町山 何度観ても、あの「高く白い噴水……」の意味だけはどうしても分からなくて、それでググってみたんです。「High 、White、Fountain」と。一発で、ナボコフの『青白い炎』だと分かりました(笑)。『青白い炎』は有名詩人の長編詩に、その詩人のストーカー的な評論家が前書きと膨大な注釈を付け足したパロディ構造の作品です。つまり、リドリー・スコット監督が撮った『ブレードランナー』を、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が撮った『ブレードランナー2049』は独自注釈してみせた映画なんです。『ブレードランナー』でルトガー・ハウアーが死ぬシーンで流れる音楽が、『ブレードランナー2049』でも最後に流れますし、同じことが繰り返されています。『青白い炎』を持ち出すことで、『ブレードランナー2049』の構造を仄めかしているんだと思います。

──『ブレードランナー』では、ハリソン・フォードは人間なのか、それともレプリカントかという大きな謎が残されていました。『ブレードランナー2049』で年老いたハリソン・フォードを見て、「あっ、やっぱり人間だったんだ」と思ったんですが……。

町山 ハリソン・フォードが人間かレプリカントかという謎は、『ブレードランナー2049』でもはっきりさせていません。ハリソン・フォードは人間にしては強すぎます。レプリカントであるライアン・ゴズリングをボコボコにしてしまいますからね(笑)。謎はあえて謎のまま残し、オリジナルの世界観をもう一度楽しもうというのが『ブレードランナー2049』だと言えるでしょうね。

──『ラースと、その彼女』(07)でラブドールと暮らすナイーブな青年を演じたライアン・ゴズリングが主演、エロティック・ホラー『ノックノック』(15)のアナ・デ・アルマスがヒロインという配役も、『ブレードランナー2049』の面白さじゃないでしょうか。

町山 映画って、たくさん観れば観るほど、また違った楽しみ方が増えていきます。人気俳優の過去に出演した作品のイメージを活かしたタイプキャストはハリウッド作品ではよく使われていますが、以前は日本映画でも多かったんです。三船敏郎と志村喬は黒澤明監督の『酔いどれ天使』(48)以降よく共演していますが、黒澤作品ではいつも志村喬が師匠、三船敏郎が弟子役。私生活でも2人は師弟関係でした。そういうタイプキャストは多かった。山本圭が出てくると、だいたい左翼の学生、藤田進は軍人役です(笑)。俳優が出てきただけで、観客はどんな役かだいたい分かったので、いちいち説明しなくてもよかったわけです。映画って、観れば観るだけ面白さが増していくものなんです。

──ドゥニ監督が撮ったもう一本のSF映画『メッセージ』は、地球に現われた宇宙人の言語を、言語学者のエイミー・アダムスが解読する物語。地味なSFですが、米国では1億ドル越えのヒット作。

町山 『メッセージ』は大々ヒットとは言えませんが、難しい内容ながら興行的に成功した作品です。SF推しではなく、シングルマザーの物語として推したのが良かったんでしょうね。僕の個人的な考えなんですが、17世紀の哲学者ライプニッツが唱えた「予定調和論」を知っておくと、『メッセージ』はより楽しめると思います。最近のSFはどれもパラレル・ワールドという考え方が常識になっていますが、ライプニッツが唱えた「予定調和論」は古くは古代ギリシア時代から「運命論」としてずっとあったもの。昔ながらの運命論、決定論を持ち出してきたところが、逆に『メッセージ』は新鮮だったんでしょう。

──『メッセージ』の原作は、テッド・チャンの短編小説『あなたの人生の物語』。新しい言語を学ぶことで、新しい世界観を身に付けるという哲学的な内容でした。

町山 言語によって、新しい能力が開発されるという物語は、けっこうSF小説には多いんです。サミュエル・R・ディレイニーの『バベル17』などがそうですね。時間を自由に行き来するというアイデアは、カート・ヴォネガットの『スローターハウス5』が元ネタだと言われていますが、テッド・チャンは「光の屈折」が『メッセージ』を書く上でいちばんのモチーフだったと語っています。光は空気から水に入るときに屈折しますがが、光の経路は最速のルートを辿るわけです。光はそのルートを事前に知っているように思える。そのことがヒントになったそうです。原作にあったこの部分は、映画ではうまく省いています。でも、映像化しにくい物語をよく映画にしたなと思いますよ。

■ノーランは“第二のスピルバーグ”にはなれない!?

──低予算ホラー映画『ドント・ブリーズ』(16)をはじめ、かつて自動車産業で栄えた街デトロイトは、米国映画では特殊な舞台としてよく取り上げられています。

町山 米国を代表する大都市だったデトロイトですが、完全におかしな所になってしまっているんです。実際にデトロイトまで行ってみたところ、すごいことになっていました。市の財政が破綻したため、街の中心部でも街灯が灯されていない状態。道路の信号さえ点いていないので、夜は完全な真っ暗闇なんです。『ドント・ブリーズ』の中でも言われていますが、警官の数が少ないので、事件が起きてから現場にパトカーが到着するまで1時間近くかかってしまう。発砲事件が起きても誰も助けてくれないし、犯人は警察が来るまでに逃げてしまう。消防署員も不足しているため、街のあちこちで火事が起きて、焼け跡だらけになっています。『ドント・ブリーズ』を撮ったフェデ・アルバレス監督は南米のウルグアイ出身なんですが、子どもの頃に未来のデトロイトを舞台にした『ロボコップ』(87)を観て「デトロイト、すげー!」と思ったそうですが、リアルに怖い街になっていたわけです(笑)。

──キャスリン・ビグロー監督の『デトロイト』(17)やクリント・イーストウッド監督&主演作『グラン・トリノ』(08)もデトロイトが舞台でした。

町山 『ドント・ブリーズ』は、『グラン・トリノ』が元ネタになっています。『グラン・トリノ』はイーストウッド演じる頑固ジジイが街のチンピラたちを成敗する話でしたが、『ドント・ブリーズ』は逆にチンピラの視点から描いたわけです。チンピラたちが泥棒に入った家には、実はイーストウッドみたいな無敵なジジイがいたという落語みたいなお話ですね(笑)。

──同じくデトロイトを舞台にした『イット・フォローズ』(14)、人種問題を題材にした『ゲット・アウト』(17)など、最近のハリウッドは新しいタイプの低予算ホラー映画が次々と生まれていますね。

町山 米国映画は昔から、低予算ホラーから新しいムーブメントや新しい才能が生まれてきたという歴史があるんです。昨年亡くなった『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(68)のジョージ・A・ロメロ、『悪魔のいけにえ』(74)のトビー・フーパーもそうですし、スティーブン・スピルバーグもデビュー作は『激突!』(71)という低予算のテレビ映画でした。主観映像で撮られた『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(99)は大ブームになりました。低予算ホラーから偉大な監督が生まれ、映画の革命も起きているんです。まぁ、その中でもスピルバーグは別格でしょう。あそこまでの存在は、そうは生まれません。クリストファー・ノーランはスピルバーグになろうとしているけど、ノーランのあの頑固さではスピルバーグになれないでしょうね。

──ノーランの話題が出たところで、『ダンケルク』について。戦争大作かなと思って観たら、戦闘機がたった3機しか飛ばないことに驚いてしまいました。

町山 ノーランはCGが大嫌いなんです。そこがスピルバーグとの大きな違い。スピルバーグにはそういうこだわりはない。『ダンケルク』に戦闘機が3機しか出てこないのは、第二次世界大戦時のスピットファイア戦闘機で今も飛べるものが3機しかなかったらなんです。

──CGを使えば、簡単に増やせるのに。

町山 ノーランは徹底して、CGを使いません。ノーランって単にぶっ飛んでる人なんですよ(笑)。CGを使わないことが許されているのは、ノーラン作品はあまりお金を掛けてないから。『ダンケルク』は戦争大作に見えますが、かなりの低予算で撮っています。海辺にいる兵士たちは動いているのは人間ですが、後はみんな段ボール紙です(笑)。だからノーランの作品は「どうせCGだろう」じゃない、「これ、どうやって撮ったんだろう」という驚きがある。僕が『ダンケルク』の取材でノーランに会ったときは、ヒッチコック監督の『海外特派員』(40)で大型旅客機が沈むシーンはどのようにして撮られたのかを、延々と説明してくれました。『海外特派員』の旅客機が沈むシーンの撮り方はよく分かったけど、それあんたの作品じゃないよねと(笑)。ノーランはスピルバーグにはなれない。でも、とても面白い監督であることには間違いありません。
(インタビュー後編につづく/取材・文=長野辰次)

●町山智浩(まちやま・ともひろ)
1962年東京都生まれ。「宝島」「別冊宝島」などの編集を経て、95年に「映画秘宝」(洋泉社)を創刊。97年より米国に移住し、現在はカリフォルニア州バークレイ在住。「週刊文春」「月刊サイゾー」ほか連載多数。著書も『「最前線の映画」を読む』(インターナショナル新書)、『今のアメリカがわかる映画100本』(サイゾー社)ほか多数あり。

【特別番組】町山智浩スペシャルトーク「町山智浩が暴く『最前線の映画』の暗号」
6月下旬~7月中旬、BS10スターチャンネル「映画をもっと。」(毎日20時放送ほか)枠内、および7月1日(日)夕方5:40ほかインターバルにて無料放映。

【特集企画】町山智浩が暴く『最前線の映画』の暗号
7月3日(火)~16日(月)夜9時ほか、BS10スターチャンネルにて連日放送(全12作品)【※各映画の本編前と本編後に、町山氏による解説を合わせて放送します】

http://www.star-ch.jp/saizensen/

『ブレードランナー2049』~Kが追い求めた「噴水」~
『エイリアン:コヴェナント』~アンドロイドはオジマンディアスの夢を見る~
『ラ・ラ・ランド』~狂気が開ける扉~
『ドント・ブリーズ』~「8マイル」の真実~
『沈黙-サイレンス-』~三百六十年後の「ゆるし」~
『LOGAN/ローガン』~世界の終わりの西部劇~
『ベイビー・ドライバー』~なぜ彼はベイビーと名乗るのか~
『ダンケルク』~偽りのタイムリミット~
『ムーンライト』~「男らしさ」からの解放~
『ワンダーウーマン』~戦う『ローマの休日』~
『メッセージ』~宇宙からのライプニッツ~
『アイ・イン・ザ・スカイ』~ドローンという「レッサー・イーヴル」~

映画評論家・町山智浩が“最前線の映画”を語る! 「淀川長治さんのような映画人生は難しい」前編

 政治から文学、コミック、アートに至るまでの豊富な知識と鋭い分析力で人気の映画評論家・町山智浩氏。今年2月に発売された著書『「最前線の映画」を読む』(インターナショナル新書)をベースにしたトーク番組「町山智浩が暴く『最前線の映画』の暗号」が、6月下旬から「BS10スターチャンネル」で無料放送されることが決まった。さらに7月には『ブレードランナー2049』『ダンケルク』(ともに17)、『沈黙-サイレンス-』(16)といった『「最前線の映画」を読む』で取り上げた新作洋画12本が、町山氏の解説つきで同局にてオンエアされることに。番組収録では紹介しきれなかったネタや「♯Me Too」運動で揺れるハリウッドの最新情勢について、町山氏に語ってもらった。

──ハリウッド映画を中心にヒット作&話題作12本を町山さんがセレクトし、各映画の前解説&後解説する「BS10スターチャンネル」の特集企画。淀川長治さんが解説を務めた『日曜洋画劇場』(テレビ朝日系)を思わせます。

町山 淀川さんが亡くなって、もう20年ですか。僕が子どもの頃、テレビでは洋画が毎日のようにオンエアされ、なかでも淀川さんが解説する『日曜洋画劇場』は楽しみでした。淀川さんの解説を聞くことで、映画の見方をいろいろと教わりました。そんな番組を僕もやってみたいなと思っていたんです。

──前解説に加え、後解説もあるのがポイントですね。

町山 淀川さんの後解説を聞いて、目から鱗が落ちることが度々ありました。でも、今の映画媒体ではネタバレに繋がるような解説はできなくなっています。その映画のテーマ性について掘り下げた解説をすると、ネタバレだと怒り出す人たちが多いわけです。パンフレットでなら許されるけど、雑誌で映画の核心部分に触れるような記事を書くとまぁ怒り出しますね。「ネタバレしやがって!」と。「映画秘宝」(洋泉社)でも、秘宝読者から「秘宝は買ったけど、(ネタバレ記事は)読まなかった」とか言われてしまう(苦笑)。昔、西部劇『シェーン』の名台詞「シェーン、カムバック!」を使ったCMがありましたけど、あのCMも今だったら「映画のラストシーンを使うなんて!」と大炎上するでしょうね(笑)。

■映画は観れば観るほど、面白みが増す

──『ブレードランナー』(82)の続編『ブレードランナー2049』は日本でもかなりの話題になりましたが、一度観ただけでは理解するのが難しいストーリーでした。『「最前線の映画」を読む』では、ウラジミール・ナボコフの小説『青白い炎』がこの難解な物語を解くヒントだと指摘されています。

町山 『ブレードランナー2049』を普通に観て、ロシアからの亡命作家ナボコフが関係するとは、なかなか気づきませんよね。僕も気づきませんでした(笑)。たまたまなんです。『ブレードランナー2049』が米国で公開された頃、『ブレードランナー』と『ブレードランナー2049』の脚本を書いたハンプトン・ファンチャーのドキュメンタリー映画が上映されていて、それで知ったんです。売れない俳優だったファンチャーは、SF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』の映画化権をもらいに原作者のフィリップ・K・ディックを訪ねたところ、ディックはファンチャーが同伴していた恋人のことを気に入って、映画化をOKしたんです。そして、ファンチャーの前の奥さんが、ナボコフの小説を映画化した『ロリータ』(62)の主演女優スー・リオンでした。スー・リオンを通して、ナボコフとディックは繋がるんです。

──『ブレードランナー2049』で任務を終えたライアン・ゴズリングが、心理チェックを受ける際の「高く白い噴水……」というフレーズ。あれは『青白い炎』からの一節なんですね。

町山 何度観ても、あの「高く白い噴水……」の意味だけはどうしても分からなくて、それでググってみたんです。「High 、White、Fountain」と。一発で、ナボコフの『青白い炎』だと分かりました(笑)。『青白い炎』は有名詩人の長編詩に、その詩人のストーカー的な評論家が前書きと膨大な注釈を付け足したパロディ構造の作品です。つまり、リドリー・スコット監督が撮った『ブレードランナー』を、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が撮った『ブレードランナー2049』は独自注釈してみせた映画なんです。『ブレードランナー』でルトガー・ハウアーが死ぬシーンで流れる音楽が、『ブレードランナー2049』でも最後に流れますし、同じことが繰り返されています。『青白い炎』を持ち出すことで、『ブレードランナー2049』の構造を仄めかしているんだと思います。

──『ブレードランナー』では、ハリソン・フォードは人間なのか、それともレプリカントかという大きな謎が残されていました。『ブレードランナー2049』で年老いたハリソン・フォードを見て、「あっ、やっぱり人間だったんだ」と思ったんですが……。

町山 ハリソン・フォードが人間かレプリカントかという謎は、『ブレードランナー2049』でもはっきりさせていません。ハリソン・フォードは人間にしては強すぎます。レプリカントであるライアン・ゴズリングをボコボコにしてしまいますからね(笑)。謎はあえて謎のまま残し、オリジナルの世界観をもう一度楽しもうというのが『ブレードランナー2049』だと言えるでしょうね。

──『ラースと、その彼女』(07)でラブドールと暮らすナイーブな青年を演じたライアン・ゴズリングが主演、エロティック・ホラー『ノックノック』(15)のアナ・デ・アルマスがヒロインという配役も、『ブレードランナー2049』の面白さじゃないでしょうか。

町山 映画って、たくさん観れば観るほど、また違った楽しみ方が増えていきます。人気俳優の過去に出演した作品のイメージを活かしたタイプキャストはハリウッド作品ではよく使われていますが、以前は日本映画でも多かったんです。三船敏郎と志村喬は黒澤明監督の『酔いどれ天使』(48)以降よく共演していますが、黒澤作品ではいつも志村喬が師匠、三船敏郎が弟子役。私生活でも2人は師弟関係でした。そういうタイプキャストは多かった。山本圭が出てくると、だいたい左翼の学生、藤田進は軍人役です(笑)。俳優が出てきただけで、観客はどんな役かだいたい分かったので、いちいち説明しなくてもよかったわけです。映画って、観れば観るだけ面白さが増していくものなんです。

──ドゥニ監督が撮ったもう一本のSF映画『メッセージ』は、地球に現われた宇宙人の言語を、言語学者のエイミー・アダムスが解読する物語。地味なSFですが、米国では1億ドル越えのヒット作。

町山 『メッセージ』は大々ヒットとは言えませんが、難しい内容ながら興行的に成功した作品です。SF推しではなく、シングルマザーの物語として推したのが良かったんでしょうね。僕の個人的な考えなんですが、17世紀の哲学者ライプニッツが唱えた「予定調和論」を知っておくと、『メッセージ』はより楽しめると思います。最近のSFはどれもパラレル・ワールドという考え方が常識になっていますが、ライプニッツが唱えた「予定調和論」は古くは古代ギリシア時代から「運命論」としてずっとあったもの。昔ながらの運命論、決定論を持ち出してきたところが、逆に『メッセージ』は新鮮だったんでしょう。

──『メッセージ』の原作は、テッド・チャンの短編小説『あなたの人生の物語』。新しい言語を学ぶことで、新しい世界観を身に付けるという哲学的な内容でした。

町山 言語によって、新しい能力が開発されるという物語は、けっこうSF小説には多いんです。サミュエル・R・ディレイニーの『バベル17』などがそうですね。時間を自由に行き来するというアイデアは、カート・ヴォネガットの『スローターハウス5』が元ネタだと言われていますが、テッド・チャンは「光の屈折」が『メッセージ』を書く上でいちばんのモチーフだったと語っています。光は空気から水に入るときに屈折しますがが、光の経路は最速のルートを辿るわけです。光はそのルートを事前に知っているように思える。そのことがヒントになったそうです。原作にあったこの部分は、映画ではうまく省いています。でも、映像化しにくい物語をよく映画にしたなと思いますよ。

■ノーランは“第二のスピルバーグ”にはなれない!?

──低予算ホラー映画『ドント・ブリーズ』(16)をはじめ、かつて自動車産業で栄えた街デトロイトは、米国映画では特殊な舞台としてよく取り上げられています。

町山 米国を代表する大都市だったデトロイトですが、完全におかしな所になってしまっているんです。実際にデトロイトまで行ってみたところ、すごいことになっていました。市の財政が破綻したため、街の中心部でも街灯が灯されていない状態。道路の信号さえ点いていないので、夜は完全な真っ暗闇なんです。『ドント・ブリーズ』の中でも言われていますが、警官の数が少ないので、事件が起きてから現場にパトカーが到着するまで1時間近くかかってしまう。発砲事件が起きても誰も助けてくれないし、犯人は警察が来るまでに逃げてしまう。消防署員も不足しているため、街のあちこちで火事が起きて、焼け跡だらけになっています。『ドント・ブリーズ』を撮ったフェデ・アルバレス監督は南米のウルグアイ出身なんですが、子どもの頃に未来のデトロイトを舞台にした『ロボコップ』(87)を観て「デトロイト、すげー!」と思ったそうですが、リアルに怖い街になっていたわけです(笑)。

──キャスリン・ビグロー監督の『デトロイト』(17)やクリント・イーストウッド監督&主演作『グラン・トリノ』(08)もデトロイトが舞台でした。

町山 『ドント・ブリーズ』は、『グラン・トリノ』が元ネタになっています。『グラン・トリノ』はイーストウッド演じる頑固ジジイが街のチンピラたちを成敗する話でしたが、『ドント・ブリーズ』は逆にチンピラの視点から描いたわけです。チンピラたちが泥棒に入った家には、実はイーストウッドみたいな無敵なジジイがいたという落語みたいなお話ですね(笑)。

──同じくデトロイトを舞台にした『イット・フォローズ』(14)、人種問題を題材にした『ゲット・アウト』(17)など、最近のハリウッドは新しいタイプの低予算ホラー映画が次々と生まれていますね。

町山 米国映画は昔から、低予算ホラーから新しいムーブメントや新しい才能が生まれてきたという歴史があるんです。昨年亡くなった『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(68)のジョージ・A・ロメロ、『悪魔のいけにえ』(74)のトビー・フーパーもそうですし、スティーブン・スピルバーグもデビュー作は『激突!』(71)という低予算のテレビ映画でした。主観映像で撮られた『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(99)は大ブームになりました。低予算ホラーから偉大な監督が生まれ、映画の革命も起きているんです。まぁ、その中でもスピルバーグは別格でしょう。あそこまでの存在は、そうは生まれません。クリストファー・ノーランはスピルバーグになろうとしているけど、ノーランのあの頑固さではスピルバーグになれないでしょうね。

──ノーランの話題が出たところで、『ダンケルク』について。戦争大作かなと思って観たら、戦闘機がたった3機しか飛ばないことに驚いてしまいました。

町山 ノーランはCGが大嫌いなんです。そこがスピルバーグとの大きな違い。スピルバーグにはそういうこだわりはない。『ダンケルク』に戦闘機が3機しか出てこないのは、第二次世界大戦時のスピットファイア戦闘機で今も飛べるものが3機しかなかったらなんです。

──CGを使えば、簡単に増やせるのに。

町山 ノーランは徹底して、CGを使いません。ノーランって単にぶっ飛んでる人なんですよ(笑)。CGを使わないことが許されているのは、ノーラン作品はあまりお金を掛けてないから。『ダンケルク』は戦争大作に見えますが、かなりの低予算で撮っています。海辺にいる兵士たちは動いているのは人間ですが、後はみんな段ボール紙です(笑)。だからノーランの作品は「どうせCGだろう」じゃない、「これ、どうやって撮ったんだろう」という驚きがある。僕が『ダンケルク』の取材でノーランに会ったときは、ヒッチコック監督の『海外特派員』(40)で大型旅客機が沈むシーンはどのようにして撮られたのかを、延々と説明してくれました。『海外特派員』の旅客機が沈むシーンの撮り方はよく分かったけど、それあんたの作品じゃないよねと(笑)。ノーランはスピルバーグにはなれない。でも、とても面白い監督であることには間違いありません。
(インタビュー後編につづく/取材・文=長野辰次)

●町山智浩(まちやま・ともひろ)
1962年東京都生まれ。「宝島」「別冊宝島」などの編集を経て、95年に「映画秘宝」(洋泉社)を創刊。97年より米国に移住し、現在はカリフォルニア州バークレイ在住。「週刊文春」「月刊サイゾー」ほか連載多数。著書も『「最前線の映画」を読む』(インターナショナル新書)、『今のアメリカがわかる映画100本』(サイゾー社)ほか多数あり。

【特別番組】町山智浩スペシャルトーク「町山智浩が暴く『最前線の映画』の暗号」
6月下旬~7月中旬、BS10スターチャンネル「映画をもっと。」(毎日20時放送ほか)枠内、および7月1日(日)夕方5:40ほかインターバルにて無料放映。

【特集企画】町山智浩が暴く『最前線の映画』の暗号
7月3日(火)~16日(月)夜9時ほか、BS10スターチャンネルにて連日放送(全12作品)【※各映画の本編前と本編後に、町山氏による解説を合わせて放送します】

http://www.star-ch.jp/saizensen/

『ブレードランナー2049』~Kが追い求めた「噴水」~
『エイリアン:コヴェナント』~アンドロイドはオジマンディアスの夢を見る~
『ラ・ラ・ランド』~狂気が開ける扉~
『ドント・ブリーズ』~「8マイル」の真実~
『沈黙-サイレンス-』~三百六十年後の「ゆるし」~
『LOGAN/ローガン』~世界の終わりの西部劇~
『ベイビー・ドライバー』~なぜ彼はベイビーと名乗るのか~
『ダンケルク』~偽りのタイムリミット~
『ムーンライト』~「男らしさ」からの解放~
『ワンダーウーマン』~戦う『ローマの休日』~
『メッセージ』~宇宙からのライプニッツ~
『アイ・イン・ザ・スカイ』~ドローンという「レッサー・イーヴル」~

眞子さま婚約騒動に見る、皇室の女性たちを苦しめる“伝統”

【歴史学者・小田部雄次氏インタビュー 中編】

 2018年5月25日、宮内庁は、秋篠宮家の長女・眞子内親王の結婚延期をめぐる一部週刊誌の報道に、天皇、皇后両陛下が心を痛めているとの声明を同庁ホームページで公開した。2017年末以降、眞子内親王の婚約者・小室圭氏の母親の400万円を超える借金トラブルが週刊誌やワイドショーで取り沙汰され、今年2月には宮内庁より2人の結婚延期が発表されたのは周知の通り。しかし、この結婚延期騒動を「小室家側に問題があった」で片付けてよいのだろうか?

 日本近現代史が専門の歴史学者で、近代以降の皇室の在り方にも詳しい小田部雄次・静岡福祉大学名誉教授の話をもとに、過去に起きた皇室の婚姻トラブルを参照しながら騒動の背景を全3回に分けて考察する。

***

 第1回では皇室における二大婚姻トラブルともいえる大正天皇の婚約破棄事件と、昭和天皇の「宮中某重大事件」を見てきたが、それ以外にも皇室にはさまざまな婚姻トラブルがあった。例えば、1920(大正9)年に大韓帝国(現・韓国)の皇太子・李垠(り・ぎん)の妃となった李方子(り・まさこ)女王の一件である。

韓国皇室に嫁いだ日本の女王

「李方子さんは、明治初期に新設された宮家の一つである梨本宮家の生まれで、皇太子裕仁親王(のちの昭和天皇)の妃候補でもあった。つまり久邇宮良子(のちの香淳皇后)さんのライバルだったのですが、方子さんの母親である梨本伊都子(いつこ)さんが鍋島家の生まれで、この鍋島家は豊臣秀吉による朝鮮出兵以来、韓国とつながりが深い家柄なんです。そこで、1910(明治43)年の日韓併合を受けて、韓国の皇室に日本の皇族女子を嫁がせるという話になり、方子さんに白羽の矢が立てられた」(小田部雄次氏、以下同)

 これは「内鮮一体」(朝鮮を差別せずに内地=日本本土と一体化しようというスローガン)のための政略結婚であり、方子女王にとってショックな出来事であったのはもちろん、韓国側も抵抗する案件であろう。なぜなら、韓国の皇室に日本人の血を入れられてしまうのだから。逆に、日本の皇室に韓国人(およびその他の外国人)の血を入れることはない。「内鮮一体」と謳いながら、そこには明らかな差別意識があった。

「方子さんは結婚後、夫と共に日本で暮らすことになり、1921(大正10)年に第一子の晋をもうけるのですが、翌年に親子3人で韓国を訪れたとき、晋が急死してしまうんです。これは、確証はありませんが、韓国の宮廷による毒殺ではないかともいわれています」

 実は、1919(大正8)年に、方子女王の夫になる李垠の父・李太王(高宗)が死去している。これには日本側の陰謀による毒殺説が残っており、同年の三・一運動の引き金にもなった。李晋の毒殺は、それに対する報復ではないかとも囁かれている。

「しかも方子さんは、日本が第二次世界大戦に負けた結果、王公族(大日本帝国により併合された旧大韓帝国皇室である李王家とその一族の日本における身分)の身分を失い、1952(昭和27)年発効のサンフランシスコ講和条約での日本の主権回復に伴い日本国籍も喪失します。かといって韓国へ帰ることもできず、1963(昭和38)年になってようやく朴正煕大統領の計らいによって夫と第二子・玖(きゅう)と共に帰国を果たします」

 皇族の女性であることと、大日本帝国の膨張主義が生んだ悲劇といえそうである。そして、李方子の夫・李垠の異母妹である徳恵翁主(とくけいおうしゅ ※「翁主」は李氏朝鮮における皇帝の側室所生の皇女の称号)もまた数奇な運命をたどっている。

「徳恵さんは、1925(大正14)年に12歳で渡日して学習院に入るのですが、そこでいじめに遭い、さらに1930(昭和5)年に母親を亡くしてから奇行や登校拒否が問題になり、早発性痴呆症(統合失調症)と診断されます。その翌年に、日韓融和の一環として、旧対馬藩主・宗家の当主である宗武志(たけゆき)に嫁いだんです」

 先述した通り、皇室に外国人の血を入れることはない。つまり外国人を皇后や親王妃として迎えることは決して許されないが、大名家などの華族クラスの妻であれば許容範囲であり、この徳恵翁主のケースは、日本から韓国へ嫁いだ李方子とは逆パターンの政略結婚といえる。

「2人の夫婦仲自体は良好だったようですが、徳恵さんは病状が悪化し、終戦直後に入院してしまいます。そして、1955(昭和30)年には、徳恵さんの実家からの要請で武志さんとの離婚が成立しています」

 さらに、李方子の妹である梨本宮家の規子女王も、不幸な婚姻トラブルに見舞われている。それは、山階鳥類研究所の創始者・山階芳麿王の兄である山階宮武彦王との間で起こった。

「武彦さんは海軍航空隊のパイロットで『空の宮様』とも呼ばれたのですが、1923(大正12)年の関東大震災で奥さんを亡くし、精神を病んで引きこもってしまった。それを指して、山階宮邸には“開かずの間”ができたといわれます。山階宮家は、そんな武彦さんの後妻として規子さんを迎えようとした。そこで、規子さん自身もそれを納得したうえで婚約したのですが、結局、結婚を申し出た山階宮家側からの意向で婚約は破棄されてしまいます。規子さんはその後、梨本宮家の遠縁の華族家に嫁ぎましたが、この婚約破棄は相当なショックだったことでしょう」

「男系男子」は本当に皇室の“伝統”か

 以上のように、皇族の結婚により公家や宮家の女子は振り回されてきたわけだが、特に戦後は、それに巻き込まれまいとする動きもあったという。

「例えば美智子さまと雅子さまは、民間からすっと皇室に入られたように見えるかもしれませんが、実はそこに至るまですったもんだがあったんです。宮内庁としては、今上天皇と皇太子の妃候補を旧宮家や華族から出したかったんです。事実、いずれも当初は旧宮家の北白川家の娘が候補に挙がりました。ただ、候補になると週刊誌が騒ぐし本人たちも息苦しいから、言葉は悪いですが、みんな逃げちゃったんです。特に今上天皇の妃探しのときは、『戦後のゴタゴタの中で皇室になんて入りたくない』といったことを雑誌で語る妃候補もいました」

 皇室に近い存在である旧宮家や公家の娘たちは、皇室に入ることの大変さを知っていたし、そこから逃げる術も知っていた。しかし、民間人は逃げきれない。民間人が皇室に入るということは、身分差が取り払われたという点で喜ばしいことだが、同時にそれは民間人に尋常ならざる覚悟を強いることでもあったのだ。

「美智子さまにしろ雅子さまにしろ、かなり辞退し続けたんですよ。宮中という世界に入るには、恋愛感情だけでは越えられない高いハードルがありますから。雅子さまはプロポーズのとき、皇太子殿下から『雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから』と言われ、それに支えられて頑張ってらっしゃいますが、やはりご苦労もなさっている。美智子さまにしても、立派な皇后陛下になられているものの、1993(平成5)年に失声症になられたこともありました」

 では、具体的に何が彼女たちを苦しめたのか。

「簡単にいえば、“伝統”ですよね。宮中に関わりを持つ人間は、それこそ神話の時代からの伝統を守ってきた人たちの子孫であり、例えば礼一つとっても、箸の上げ下げ一つとっても、いろいろな人がいろいろなことを言ってくる。姑・小姑が山ほどいる世界だと思えばわかりやすいでしょうか。だから雅子さまも当初は『喋りすぎるな』と怒られましたよね」

 戦後の新しい時代の文化に触れて育ち、また幼少時から海外経験も豊富だった雅子妃殿下にとって、宮中の作法や慣例などはおよそ時代錯誤に見えたはずである。しかし、それは守らなければならない伝統だった。そして、宮中の伝統の中で彼女を最も苦しめたのは、男系男子による皇位継承であろう。ただし、その伝統は明治期にいわば“後付け”で生まれたものにすぎない。

「男系男子の規定が初めて明文化されたのは、1889(明治22)年に大日本帝国憲法と同時に制定された旧皇室典範なんです。実際、江戸期にも2人の女性天皇がいましたし、時代をさかのぼれば推古天皇や斉明天皇など、計8人の女性天皇が存在します。ですから、近世以前には女性が天皇になってはいけないといった明文化されたルールなど存在せず、いわば“たまたま”男系男子による継承が続いたのだ、という言い方のほうが正確。では、なぜ長きにわたり男系継承が続いて、女性天皇が極端に少ないのかといえば、それは結局のところ、日本が一貫して男尊女卑社会だったから、ということに尽きるのではないでしょうか」

 逆にいえば、歴史的に日本における女性の社会的地位が高ければ、女性天皇ももっと簡単に誕生していたかもしれない。

政治が“回避”した「女性天皇」議論

 また、明治期までは側室があり、皇位継承者たる男子はたくさん生まれていたため、継承者問題を議論する必要もなかった。いささか乱暴な言い方かもしれないが、「天皇は男でも女でもいいけれど、男がいるなら男のほうがいい」という、明確な根拠のない男系推しが続いた結果なのだ。あるいは、あえて根拠を挙げるならば、小田部氏のいう通り女性蔑視の考え方であろう。

「相撲でいう『女は土俵に上がるな』に似ていますよね。女相撲が存在するのに、あたかも女人禁制がもとから存在したルール、伝統であるかのような言い方をされるという点で。あるいは、『過去の女性天皇だって、中継ぎに過ぎなかった』などと文句をつける学者もいますが、中継ぎだろうといたことには変わりませんし、それを言ったら中継ぎの男性天皇だってたくさんいましたからね」

 小田部氏によれば、天皇という職能上、女性で困ることはないという。

「『女性には生理があるから儀式ができない』などという男系論者がいますが、儀式には代拝というシステムがあって、代々の天皇たちも体調が悪いときなどは代役を立てていました。また『生理の血が“穢れ”である』というのも、伝統といえばそうではあるかもしれませんが、現代的な価値観でいえばある種の迷信に近いもの。それをいま声高に主張すれば、それこそ大問題になりますよね。私にいわせれば、それを変えて何が悪いのか、と。結局は、「男系であるべし」を主張するための、まさに“ためにする議論”でしかないのではないか、と」

 2017(平成29)年5月、今上天皇の生前退位を受け、共同通信社が世論調査で女性天皇の賛否を問うたところ、賛成は86パーセントだった。また、同時期に毎日新聞が実施した同様の世論調査でも賛成が68パーセントと高いパーセンテージを示している。にもかかわらず、なぜ女性天皇の議論が進まないのか。

「2006(平成18)年に秋篠宮家に悠仁親王が誕生し、当面の男系断絶が回避されて以降、女性天皇をめぐる議論は下火になりましたが、それから10年以上まったく進んでいないですよね。特に近年における議論停滞の一因は、現政権である自民党の、もっといえば安倍晋三首相の重要な支持基盤の一つが、女性天皇に反対する保守層だからでしょう。逆にいえば、もし仮に安倍首相が退陣すれば、女性天皇の議論が活発化する可能性は高い」

 保守を名乗るのであれば、天皇という存在の重要性は十分に理解しているはずだ。しかし、その保守層が「伝統」とやらに固執するあまり議論を停滞させ、先細っていく皇室を蔑ろにする結果を生んでいるというのは皮肉な話である。今上天皇の生前退位にしても、多くの国民が支持していたのにもかかわらず、安倍内閣は非協力的だったことも記憶に新しい。

 以上を踏まえ、次回は眞子内親王の結婚延期問題の背景に迫りたい。

(構成/須藤 輝)

小田部雄次(おたべ・ゆうじ)

1952年生まれの歴史学者で、静岡福祉大学名誉教授。専門は日本近現代史。皇室史、華族史などに詳しく、著書に『皇族―天皇家の近現代史』(中公新書)、『肖像で見る歴代天皇125代』 (角川新書)などがある

眞子さま婚約騒動に見る、皇室の女性たちを苦しめる“伝統”

【歴史学者・小田部雄次氏インタビュー 中編】

 2018年5月25日、宮内庁は、秋篠宮家の長女・眞子内親王の結婚延期をめぐる一部週刊誌の報道に、天皇、皇后両陛下が心を痛めているとの声明を同庁ホームページで公開した。2017年末以降、眞子内親王の婚約者・小室圭氏の母親の400万円を超える借金トラブルが週刊誌やワイドショーで取り沙汰され、今年2月には宮内庁より2人の結婚延期が発表されたのは周知の通り。しかし、この結婚延期騒動を「小室家側に問題があった」で片付けてよいのだろうか?

 日本近現代史が専門の歴史学者で、近代以降の皇室の在り方にも詳しい小田部雄次・静岡福祉大学名誉教授の話をもとに、過去に起きた皇室の婚姻トラブルを参照しながら騒動の背景を全3回に分けて考察する。

***

 第1回では皇室における二大婚姻トラブルともいえる大正天皇の婚約破棄事件と、昭和天皇の「宮中某重大事件」を見てきたが、それ以外にも皇室にはさまざまな婚姻トラブルがあった。例えば、1920(大正9)年に大韓帝国(現・韓国)の皇太子・李垠(り・ぎん)の妃となった李方子(り・まさこ)女王の一件である。

韓国皇室に嫁いだ日本の女王

「李方子さんは、明治初期に新設された宮家の一つである梨本宮家の生まれで、皇太子裕仁親王(のちの昭和天皇)の妃候補でもあった。つまり久邇宮良子(のちの香淳皇后)さんのライバルだったのですが、方子さんの母親である梨本伊都子(いつこ)さんが鍋島家の生まれで、この鍋島家は豊臣秀吉による朝鮮出兵以来、韓国とつながりが深い家柄なんです。そこで、1910(明治43)年の日韓併合を受けて、韓国の皇室に日本の皇族女子を嫁がせるという話になり、方子さんに白羽の矢が立てられた」(小田部雄次氏、以下同)

 これは「内鮮一体」(朝鮮を差別せずに内地=日本本土と一体化しようというスローガン)のための政略結婚であり、方子女王にとってショックな出来事であったのはもちろん、韓国側も抵抗する案件であろう。なぜなら、韓国の皇室に日本人の血を入れられてしまうのだから。逆に、日本の皇室に韓国人(およびその他の外国人)の血を入れることはない。「内鮮一体」と謳いながら、そこには明らかな差別意識があった。

「方子さんは結婚後、夫と共に日本で暮らすことになり、1921(大正10)年に第一子の晋をもうけるのですが、翌年に親子3人で韓国を訪れたとき、晋が急死してしまうんです。これは、確証はありませんが、韓国の宮廷による毒殺ではないかともいわれています」

 実は、1919(大正8)年に、方子女王の夫になる李垠の父・李太王(高宗)が死去している。これには日本側の陰謀による毒殺説が残っており、同年の三・一運動の引き金にもなった。李晋の毒殺は、それに対する報復ではないかとも囁かれている。

「しかも方子さんは、日本が第二次世界大戦に負けた結果、王公族(大日本帝国により併合された旧大韓帝国皇室である李王家とその一族の日本における身分)の身分を失い、1952(昭和27)年発効のサンフランシスコ講和条約での日本の主権回復に伴い日本国籍も喪失します。かといって韓国へ帰ることもできず、1963(昭和38)年になってようやく朴正煕大統領の計らいによって夫と第二子・玖(きゅう)と共に帰国を果たします」

 皇族の女性であることと、大日本帝国の膨張主義が生んだ悲劇といえそうである。そして、李方子の夫・李垠の異母妹である徳恵翁主(とくけいおうしゅ ※「翁主」は李氏朝鮮における皇帝の側室所生の皇女の称号)もまた数奇な運命をたどっている。

「徳恵さんは、1925(大正14)年に12歳で渡日して学習院に入るのですが、そこでいじめに遭い、さらに1930(昭和5)年に母親を亡くしてから奇行や登校拒否が問題になり、早発性痴呆症(統合失調症)と診断されます。その翌年に、日韓融和の一環として、旧対馬藩主・宗家の当主である宗武志(たけゆき)に嫁いだんです」

 先述した通り、皇室に外国人の血を入れることはない。つまり外国人を皇后や親王妃として迎えることは決して許されないが、大名家などの華族クラスの妻であれば許容範囲であり、この徳恵翁主のケースは、日本から韓国へ嫁いだ李方子とは逆パターンの政略結婚といえる。

「2人の夫婦仲自体は良好だったようですが、徳恵さんは病状が悪化し、終戦直後に入院してしまいます。そして、1955(昭和30)年には、徳恵さんの実家からの要請で武志さんとの離婚が成立しています」

 さらに、李方子の妹である梨本宮家の規子女王も、不幸な婚姻トラブルに見舞われている。それは、山階鳥類研究所の創始者・山階芳麿王の兄である山階宮武彦王との間で起こった。

「武彦さんは海軍航空隊のパイロットで『空の宮様』とも呼ばれたのですが、1923(大正12)年の関東大震災で奥さんを亡くし、精神を病んで引きこもってしまった。それを指して、山階宮邸には“開かずの間”ができたといわれます。山階宮家は、そんな武彦さんの後妻として規子さんを迎えようとした。そこで、規子さん自身もそれを納得したうえで婚約したのですが、結局、結婚を申し出た山階宮家側からの意向で婚約は破棄されてしまいます。規子さんはその後、梨本宮家の遠縁の華族家に嫁ぎましたが、この婚約破棄は相当なショックだったことでしょう」

「男系男子」は本当に皇室の“伝統”か

 以上のように、皇族の結婚により公家や宮家の女子は振り回されてきたわけだが、特に戦後は、それに巻き込まれまいとする動きもあったという。

「例えば美智子さまと雅子さまは、民間からすっと皇室に入られたように見えるかもしれませんが、実はそこに至るまですったもんだがあったんです。宮内庁としては、今上天皇と皇太子の妃候補を旧宮家や華族から出したかったんです。事実、いずれも当初は旧宮家の北白川家の娘が候補に挙がりました。ただ、候補になると週刊誌が騒ぐし本人たちも息苦しいから、言葉は悪いですが、みんな逃げちゃったんです。特に今上天皇の妃探しのときは、『戦後のゴタゴタの中で皇室になんて入りたくない』といったことを雑誌で語る妃候補もいました」

 皇室に近い存在である旧宮家や公家の娘たちは、皇室に入ることの大変さを知っていたし、そこから逃げる術も知っていた。しかし、民間人は逃げきれない。民間人が皇室に入るということは、身分差が取り払われたという点で喜ばしいことだが、同時にそれは民間人に尋常ならざる覚悟を強いることでもあったのだ。

「美智子さまにしろ雅子さまにしろ、かなり辞退し続けたんですよ。宮中という世界に入るには、恋愛感情だけでは越えられない高いハードルがありますから。雅子さまはプロポーズのとき、皇太子殿下から『雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから』と言われ、それに支えられて頑張ってらっしゃいますが、やはりご苦労もなさっている。美智子さまにしても、立派な皇后陛下になられているものの、1993(平成5)年に失声症になられたこともありました」

 では、具体的に何が彼女たちを苦しめたのか。

「簡単にいえば、“伝統”ですよね。宮中に関わりを持つ人間は、それこそ神話の時代からの伝統を守ってきた人たちの子孫であり、例えば礼一つとっても、箸の上げ下げ一つとっても、いろいろな人がいろいろなことを言ってくる。姑・小姑が山ほどいる世界だと思えばわかりやすいでしょうか。だから雅子さまも当初は『喋りすぎるな』と怒られましたよね」

 戦後の新しい時代の文化に触れて育ち、また幼少時から海外経験も豊富だった雅子妃殿下にとって、宮中の作法や慣例などはおよそ時代錯誤に見えたはずである。しかし、それは守らなければならない伝統だった。そして、宮中の伝統の中で彼女を最も苦しめたのは、男系男子による皇位継承であろう。ただし、その伝統は明治期にいわば“後付け”で生まれたものにすぎない。

「男系男子の規定が初めて明文化されたのは、1889(明治22)年に大日本帝国憲法と同時に制定された旧皇室典範なんです。実際、江戸期にも2人の女性天皇がいましたし、時代をさかのぼれば推古天皇や斉明天皇など、計8人の女性天皇が存在します。ですから、近世以前には女性が天皇になってはいけないといった明文化されたルールなど存在せず、いわば“たまたま”男系男子による継承が続いたのだ、という言い方のほうが正確。では、なぜ長きにわたり男系継承が続いて、女性天皇が極端に少ないのかといえば、それは結局のところ、日本が一貫して男尊女卑社会だったから、ということに尽きるのではないでしょうか」

 逆にいえば、歴史的に日本における女性の社会的地位が高ければ、女性天皇ももっと簡単に誕生していたかもしれない。

政治が“回避”した「女性天皇」議論

 また、明治期までは側室があり、皇位継承者たる男子はたくさん生まれていたため、継承者問題を議論する必要もなかった。いささか乱暴な言い方かもしれないが、「天皇は男でも女でもいいけれど、男がいるなら男のほうがいい」という、明確な根拠のない男系推しが続いた結果なのだ。あるいは、あえて根拠を挙げるならば、小田部氏のいう通り女性蔑視の考え方であろう。

「相撲でいう『女は土俵に上がるな』に似ていますよね。女相撲が存在するのに、あたかも女人禁制がもとから存在したルール、伝統であるかのような言い方をされるという点で。あるいは、『過去の女性天皇だって、中継ぎに過ぎなかった』などと文句をつける学者もいますが、中継ぎだろうといたことには変わりませんし、それを言ったら中継ぎの男性天皇だってたくさんいましたからね」

 小田部氏によれば、天皇という職能上、女性で困ることはないという。

「『女性には生理があるから儀式ができない』などという男系論者がいますが、儀式には代拝というシステムがあって、代々の天皇たちも体調が悪いときなどは代役を立てていました。また『生理の血が“穢れ”である』というのも、伝統といえばそうではあるかもしれませんが、現代的な価値観でいえばある種の迷信に近いもの。それをいま声高に主張すれば、それこそ大問題になりますよね。私にいわせれば、それを変えて何が悪いのか、と。結局は、「男系であるべし」を主張するための、まさに“ためにする議論”でしかないのではないか、と」

 2017(平成29)年5月、今上天皇の生前退位を受け、共同通信社が世論調査で女性天皇の賛否を問うたところ、賛成は86パーセントだった。また、同時期に毎日新聞が実施した同様の世論調査でも賛成が68パーセントと高いパーセンテージを示している。にもかかわらず、なぜ女性天皇の議論が進まないのか。

「2006(平成18)年に秋篠宮家に悠仁親王が誕生し、当面の男系断絶が回避されて以降、女性天皇をめぐる議論は下火になりましたが、それから10年以上まったく進んでいないですよね。特に近年における議論停滞の一因は、現政権である自民党の、もっといえば安倍晋三首相の重要な支持基盤の一つが、女性天皇に反対する保守層だからでしょう。逆にいえば、もし仮に安倍首相が退陣すれば、女性天皇の議論が活発化する可能性は高い」

 保守を名乗るのであれば、天皇という存在の重要性は十分に理解しているはずだ。しかし、その保守層が「伝統」とやらに固執するあまり議論を停滞させ、先細っていく皇室を蔑ろにする結果を生んでいるというのは皮肉な話である。今上天皇の生前退位にしても、多くの国民が支持していたのにもかかわらず、安倍内閣は非協力的だったことも記憶に新しい。

 以上を踏まえ、次回は眞子内親王の結婚延期問題の背景に迫りたい。

(構成/須藤 輝)

小田部雄次(おたべ・ゆうじ)

1952年生まれの歴史学者で、静岡福祉大学名誉教授。専門は日本近現代史。皇室史、華族史などに詳しく、著書に『皇族―天皇家の近現代史』(中公新書)、『肖像で見る歴代天皇125代』 (角川新書)などがある

『コンフィデンスマンJP』見飽きたフジの“内輪盛り上がり”……ファン以外は楽しめない最終回!?

 『コンフィデンスマンJP』(フジテレビ系)、6月11日放送の最終話「コンフィデンスマン編」。

 詐欺に嫌気がさしたボクちゃん(東出昌大)は、ダー子(長澤まさみ)とリチャード(小日向文世)の元から去る。引っ越し屋の仕事を始めたボクちゃんは、新入りの従業員・鉢巻秀男(佐藤隆太)と出会う。半年前、鉢巻は結婚詐欺に遭っており、金をだまし取ったのがダー子とリチャードという疑惑が浮上。憤ったボクちゃんはダー子たちが隠れ住むホテルの一室に鉢巻を連れて行く。そこで鉢巻は本性をあらわし、引き連れてきたマフィアとともにダー子たち3人を監禁。鉢巻の真の目的は、中国系マフィアであった父親・孫秀波(麿赤兒)が騙し取られた15億円をダー子たちから取り戻すことだった。

 以上が最終話のつかみ。ラストには大どんでん返しが待っており、SNSでもネットニュースでも「すごい!」「騙された!」などの絶賛の声が相次いだ。

 しかし、本当に賞賛に値する最終回と言えるのだろうか? 喜んでいるのは作品のファンだけではないのか? 最終回で初めて見た視聴者でもついていける内容だったのか?

「目に見えるものが真実とは限らない」という本作のコンセプトになぞらえ、最終話「コンフィデンスマン編」を批判的な目線で振り返りたい。

(これまでのレビューはこちらから)

■出た出た! 出ました! フジお得意の内輪盛り上がり

 賞賛されたラストのどんでん返しをネタバレすると、「最終話は第1話よりも前の物語でした」という時系列のトリック。【毎話ダー子たちの食事を配膳する外国人男性がマフィアの中にいた】や、【ボクちゃんの脱退の回数が1話の時より少ない(1話が400回目の脱退・最終話が398回目の脱退)】などの伏線が張り巡らされていた。

 1話から本作を見て来た私は、素敵なファンサービスだと感じた。しかし、冷静に考えれば、最終話で初めて見た人にとっても面白い内容なのか疑問に思った。

 そこで「コンフィデンスマン 初めて見た」で検索し、好意的なツイートを数えてみると15件前後。「コンフィデンスマン」だけで検索すればこの一週間で1万件近いツイートがあるのに比べ、初めて見た人のリアクションは薄いように思える。また、継続視聴していたファンのツイートの中にも、「中だるみを感じた」などの批判的な意見もある。

 原因は、絶賛されたどんでん返しのために伏線を配置する故に、無理にストーリーを押し進めてしまったせいだと考えられる。

 ラストでダー子たちは鉢巻からも15億円を騙し取るのであるが、「鉢巻秀男がファザコンだから銀行口座のパスワードは父親の言いつけ通りのものにしているだろう」と臆測だけで詐欺に及ぶのは、雑な計画と言える。また、最初から鉢巻を騙すつもりだったという後明かしも唐突過ぎる。一応、前フリとしてあったホテルの部屋番号が各話と違うという映像的伏線も、最終話だけを見た人にとっては「何のこっちゃ」という話である。

 ストーリーの面白さというより、ウォーリーを探せ的な面白さに寄せ過ぎたように思う。同じウォーリー的な楽しみで言えば、映画『サスペリア PART2』(1975年)の方が巧妙なので是非見てほしい。室内に隠れた殺人犯が意外な場所で一瞬映るという映像的伏線は見事だ。犯人捜しの物語で、犯人がチラッと映るのはストーリー上、意味を成している。

 本作に話を戻すと、初めて見た人にとっては鉢巻を騙す物語なのに、「実は最終話は第1話の直前の物語でした」と言われても、「だから何?」という感想しか湧かないだろう。

 内輪盛り上がり的なノリが一因で嫌われたテレビ局が、内輪盛り上がりで物語を終結させた。その結果、視聴率は、9話から0.3%ダウンの9.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。最終話まで2ケタに届くことはなかった。映画化の決定で再度注目されたのだから、初めて本作を見る人までファンにするガッツキがほしかった。作品の良さを語り合う相手を増やすこともまた、継続視聴した人に対するファンサービスだと私は思う。

■それでも各話名作ぞろい! 勝手に“ベスト3”

 最終話を酷評してしまったが、本作が名作であることに変わりはない。

 Blu-ray&DVD-BOXが9月19日に発売されるだけでなく、「FODプレミアム」で全話見逃し配信されている。しかし全話見るのは時間と根気が必要。そこで、個人的にお薦めできる三つの回を紹介したい。

【3位】第9話「スポーツ編」

 小池徹平扮するIT社長にニセのバスケチームを売りつけるまでの一話。

 巧妙な伏線が見所の回ではあるが、スポーツアクションが多く、『SLAM DUNK』(集英社)などの名作のパロディも楽しめて、疲れていても見易い一作となっている。

【2位】第3話「美術商編」

 石黒賢演じる美術商の毒舌ぶりが痛快で、『リーガル・ハイ』(同)の古美門弁護士が好きな人には必見の回。美術商のバックグラウンドとキャラクター造詣がしっかりしていたため、美術商の転落後を描いた1シーンはグッとくる。脚本家・古沢良太の作るキャラとセリフの面白さを堪能できる一話。

【1位】第7話「家族編」

 コンゲームが本来持つべき、騙し合いや裏切りをコミカルに楽しむことができる。スリルあり、笑いありなのに、ラストは家族愛に泣かされる。そしてベタなストーリーというわけでもない。エンターテインメントのあるべき姿を提示した珠玉の一作。基本設定さえ押さえておけば、この一話だけ見ても十分楽しむことができる。

 他にも第1話は登場人物とストーリーの設定をおさらいできるし、批判はしたものの最終話も全話見た人にとって楽しめる作りにはなっている。

 映画の公開前におさらいするも良し。リアルタイムで見れなかったから見るも良し。酷評しておいて言うのも掌クルクル過ぎるが、実に楽しい3カ月間を『コンフィデンスマンJP』に与えてもらった。

■これからの“月9”は? フジテレビは……?

 『コンフィデンスマンJP』の後作品として控えるのは、7月期『絶対零度』、10月期は海外ドラマ『SUITS』のリバイバルとウワサされている。共に刑事ドラマと弁護士ドラマで、あらすじやコンセプトを見る限り海外ドラマの事件モノにテイストを寄せるようだ。

 過去には『ガリレオ』や『コード・ブルー』などのシリーズも放映された枠ではあるが、恋愛ドラマのイメージが強い月9の路線変更に勝算はあるのだろうか?

 個人的には海外ドラマの亜流には勝算がないと踏んでいる。

 路線変更には、低視聴率を恐れぬ“チャレンジ精神”。もしくは見向きもされない期間を我慢する“忍耐力”が必要だからだ。

 TBSの『半沢直樹』と『逃げるは恥だが役に立つ』にはチャレンジ精神があった。当時ヒットになりにくいとされた業界モノと恋愛モノ。しかし、それぞれ時代劇要素や社会派要素をエッセンスとして足して、面白いと思わせようとする気概を感じた。

 一方、忍耐力が垣間見えるのはテレビ朝日。「見飽きた」「ダサい」などと言われてきた事件モノを、手を替え品を替え放映し続け、ノウハウを蓄積して『相棒』などのヒットシリーズを生み出した。また忍耐力が若手育成にも作用しているのか、若手スタッフが手掛けた『おっさんずラブ』がブームに至っている。

 近年の視聴者の目は肥えていると言われるが、一番の所以は、画面越しでも作り手の思惑を見抜く感受性にあると思う。制作者の熱意も感じ取れれば、方針の迷走や不安すら見抜いてしまう。小手先のテクニックだけで、現代の視聴者を「面白いよ」と騙すことはできない。

 最後に、私個人の話になるが、幼少期は『北の国から』を見て友達のいない期間を乗り越え、苦学生時代はトレンディドラマを見て、実感できないバブルを感じとった。フジテレビの番組が温かかったから、暗い青春時代を明るく生きることができた。

 かつて視聴者の気持ちに寄り添っていたフジテレビのこれからを見守りつつ、何気ない一日でも「楽しかった」と言わせてくれるテレビの未来に期待をしたい。

(文=許婚亭ちん宝)

『コンフィデンスマンJP』見飽きたフジの“内輪盛り上がり”……ファン以外は楽しめない最終回!?

 『コンフィデンスマンJP』(フジテレビ系)、6月11日放送の最終話「コンフィデンスマン編」。

 詐欺に嫌気がさしたボクちゃん(東出昌大)は、ダー子(長澤まさみ)とリチャード(小日向文世)の元から去る。引っ越し屋の仕事を始めたボクちゃんは、新入りの従業員・鉢巻秀男(佐藤隆太)と出会う。半年前、鉢巻は結婚詐欺に遭っており、金をだまし取ったのがダー子とリチャードという疑惑が浮上。憤ったボクちゃんはダー子たちが隠れ住むホテルの一室に鉢巻を連れて行く。そこで鉢巻は本性をあらわし、引き連れてきたマフィアとともにダー子たち3人を監禁。鉢巻の真の目的は、中国系マフィアであった父親・孫秀波(麿赤兒)が騙し取られた15億円をダー子たちから取り戻すことだった。

 以上が最終話のつかみ。ラストには大どんでん返しが待っており、SNSでもネットニュースでも「すごい!」「騙された!」などの絶賛の声が相次いだ。

 しかし、本当に賞賛に値する最終回と言えるのだろうか? 喜んでいるのは作品のファンだけではないのか? 最終回で初めて見た視聴者でもついていける内容だったのか?

「目に見えるものが真実とは限らない」という本作のコンセプトになぞらえ、最終話「コンフィデンスマン編」を批判的な目線で振り返りたい。

(これまでのレビューはこちらから)

■出た出た! 出ました! フジお得意の内輪盛り上がり

 賞賛されたラストのどんでん返しをネタバレすると、「最終話は第1話よりも前の物語でした」という時系列のトリック。【毎話ダー子たちの食事を配膳する外国人男性がマフィアの中にいた】や、【ボクちゃんの脱退の回数が1話の時より少ない(1話が400回目の脱退・最終話が398回目の脱退)】などの伏線が張り巡らされていた。

 1話から本作を見て来た私は、素敵なファンサービスだと感じた。しかし、冷静に考えれば、最終話で初めて見た人にとっても面白い内容なのか疑問に思った。

 そこで「コンフィデンスマン 初めて見た」で検索し、好意的なツイートを数えてみると15件前後。「コンフィデンスマン」だけで検索すればこの一週間で1万件近いツイートがあるのに比べ、初めて見た人のリアクションは薄いように思える。また、継続視聴していたファンのツイートの中にも、「中だるみを感じた」などの批判的な意見もある。

 原因は、絶賛されたどんでん返しのために伏線を配置する故に、無理にストーリーを押し進めてしまったせいだと考えられる。

 ラストでダー子たちは鉢巻からも15億円を騙し取るのであるが、「鉢巻秀男がファザコンだから銀行口座のパスワードは父親の言いつけ通りのものにしているだろう」と臆測だけで詐欺に及ぶのは、雑な計画と言える。また、最初から鉢巻を騙すつもりだったという後明かしも唐突過ぎる。一応、前フリとしてあったホテルの部屋番号が各話と違うという映像的伏線も、最終話だけを見た人にとっては「何のこっちゃ」という話である。

 ストーリーの面白さというより、ウォーリーを探せ的な面白さに寄せ過ぎたように思う。同じウォーリー的な楽しみで言えば、映画『サスペリア PART2』(1975年)の方が巧妙なので是非見てほしい。室内に隠れた殺人犯が意外な場所で一瞬映るという映像的伏線は見事だ。犯人捜しの物語で、犯人がチラッと映るのはストーリー上、意味を成している。

 本作に話を戻すと、初めて見た人にとっては鉢巻を騙す物語なのに、「実は最終話は第1話の直前の物語でした」と言われても、「だから何?」という感想しか湧かないだろう。

 内輪盛り上がり的なノリが一因で嫌われたテレビ局が、内輪盛り上がりで物語を終結させた。その結果、視聴率は、9話から0.3%ダウンの9.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。最終話まで2ケタに届くことはなかった。映画化の決定で再度注目されたのだから、初めて本作を見る人までファンにするガッツキがほしかった。作品の良さを語り合う相手を増やすこともまた、継続視聴した人に対するファンサービスだと私は思う。

■それでも各話名作ぞろい! 勝手に“ベスト3”

 最終話を酷評してしまったが、本作が名作であることに変わりはない。

 Blu-ray&DVD-BOXが9月19日に発売されるだけでなく、「FODプレミアム」で全話見逃し配信されている。しかし全話見るのは時間と根気が必要。そこで、個人的にお薦めできる三つの回を紹介したい。

【3位】第9話「スポーツ編」

 小池徹平扮するIT社長にニセのバスケチームを売りつけるまでの一話。

 巧妙な伏線が見所の回ではあるが、スポーツアクションが多く、『SLAM DUNK』(集英社)などの名作のパロディも楽しめて、疲れていても見易い一作となっている。

【2位】第3話「美術商編」

 石黒賢演じる美術商の毒舌ぶりが痛快で、『リーガル・ハイ』(同)の古美門弁護士が好きな人には必見の回。美術商のバックグラウンドとキャラクター造詣がしっかりしていたため、美術商の転落後を描いた1シーンはグッとくる。脚本家・古沢良太の作るキャラとセリフの面白さを堪能できる一話。

【1位】第7話「家族編」

 コンゲームが本来持つべき、騙し合いや裏切りをコミカルに楽しむことができる。スリルあり、笑いありなのに、ラストは家族愛に泣かされる。そしてベタなストーリーというわけでもない。エンターテインメントのあるべき姿を提示した珠玉の一作。基本設定さえ押さえておけば、この一話だけ見ても十分楽しむことができる。

 他にも第1話は登場人物とストーリーの設定をおさらいできるし、批判はしたものの最終話も全話見た人にとって楽しめる作りにはなっている。

 映画の公開前におさらいするも良し。リアルタイムで見れなかったから見るも良し。酷評しておいて言うのも掌クルクル過ぎるが、実に楽しい3カ月間を『コンフィデンスマンJP』に与えてもらった。

■これからの“月9”は? フジテレビは……?

 『コンフィデンスマンJP』の後作品として控えるのは、7月期『絶対零度』、10月期は海外ドラマ『SUITS』のリバイバルとウワサされている。共に刑事ドラマと弁護士ドラマで、あらすじやコンセプトを見る限り海外ドラマの事件モノにテイストを寄せるようだ。

 過去には『ガリレオ』や『コード・ブルー』などのシリーズも放映された枠ではあるが、恋愛ドラマのイメージが強い月9の路線変更に勝算はあるのだろうか?

 個人的には海外ドラマの亜流には勝算がないと踏んでいる。

 路線変更には、低視聴率を恐れぬ“チャレンジ精神”。もしくは見向きもされない期間を我慢する“忍耐力”が必要だからだ。

 TBSの『半沢直樹』と『逃げるは恥だが役に立つ』にはチャレンジ精神があった。当時ヒットになりにくいとされた業界モノと恋愛モノ。しかし、それぞれ時代劇要素や社会派要素をエッセンスとして足して、面白いと思わせようとする気概を感じた。

 一方、忍耐力が垣間見えるのはテレビ朝日。「見飽きた」「ダサい」などと言われてきた事件モノを、手を替え品を替え放映し続け、ノウハウを蓄積して『相棒』などのヒットシリーズを生み出した。また忍耐力が若手育成にも作用しているのか、若手スタッフが手掛けた『おっさんずラブ』がブームに至っている。

 近年の視聴者の目は肥えていると言われるが、一番の所以は、画面越しでも作り手の思惑を見抜く感受性にあると思う。制作者の熱意も感じ取れれば、方針の迷走や不安すら見抜いてしまう。小手先のテクニックだけで、現代の視聴者を「面白いよ」と騙すことはできない。

 最後に、私個人の話になるが、幼少期は『北の国から』を見て友達のいない期間を乗り越え、苦学生時代はトレンディドラマを見て、実感できないバブルを感じとった。フジテレビの番組が温かかったから、暗い青春時代を明るく生きることができた。

 かつて視聴者の気持ちに寄り添っていたフジテレビのこれからを見守りつつ、何気ない一日でも「楽しかった」と言わせてくれるテレビの未来に期待をしたい。

(文=許婚亭ちん宝)

阪神、山脇スコアラーが盗撮で逮捕! 事件当日に現れた「謎のパンツ女」って……?

 阪神の山脇光治スコアラーが12日、女性のスカート内を盗撮したとして宮城県迷惑行為防止条例違反で逮捕、その後罰金50万円の略式命令を受けたことから、球団との契約を解除された。

「改めまして、被害者の方に心からお詫び申し上げますとともに、ファンの皆様、関係者の皆様にご迷惑とご心配をお掛けしましたことを、深くお詫び申し上げます。今後とも、コンプライアンスの徹底に努め、再発防止に全力で取り組んでまいります」

 球団の公式サイトには山脇氏の契約解除とともに、関係各所への“謝罪”コメントが発表された。もともと同球団で選手、コーチを務めた山脇氏は2016年よりスコアラーに転身していたが、仕事先の仙台駅前のエスカレーターで“行為”に及んだという。

「盗撮した場所は、人の行き来が頻繁にあり、防犯カメラも付けられている。1階から一気に3階に上がるエスカレーターのため、かなり急であることが知られています」(地元メディア関係者)

 人気球団の不祥事は瞬く間に報じられ、特に関西では日刊スポーツが最終版で1面で載せるなど、影響は計り知れない。

 そんな中、地元住民からはこんな“証言”が飛び出した。

「実はあの日の日中、仙台駅近くで30代らしき女性が1人で歩いていたのですが、上半身は服を着ているのに下半身に目をやると白系のパンツだけしか身に着けずに堂々と歩いていたんです」

 目撃された場所は事件発生現場とは反対側の西口側。雑貨品などを多数扱う商業施設の前だったという。

「目撃した日に事件が起きたので、撮られたのはその女性なのではと思ってしまった。自ら見せていたのなら、山脇さんも言い訳できたのでしょうけど……」(同)

 にわかに信じがたい「パンツ女」の存在はさておき、山脇氏の球界復帰は絶望だろう。

阪神、山脇スコアラーが盗撮で逮捕! 事件当日に現れた「謎のパンツ女」って……?

 阪神の山脇光治スコアラーが12日、女性のスカート内を盗撮したとして宮城県迷惑行為防止条例違反で逮捕、その後罰金50万円の略式命令を受けたことから、球団との契約を解除された。

「改めまして、被害者の方に心からお詫び申し上げますとともに、ファンの皆様、関係者の皆様にご迷惑とご心配をお掛けしましたことを、深くお詫び申し上げます。今後とも、コンプライアンスの徹底に努め、再発防止に全力で取り組んでまいります」

 球団の公式サイトには山脇氏の契約解除とともに、関係各所への“謝罪”コメントが発表された。もともと同球団で選手、コーチを務めた山脇氏は2016年よりスコアラーに転身していたが、仕事先の仙台駅前のエスカレーターで“行為”に及んだという。

「盗撮した場所は、人の行き来が頻繁にあり、防犯カメラも付けられている。1階から一気に3階に上がるエスカレーターのため、かなり急であることが知られています」(地元メディア関係者)

 人気球団の不祥事は瞬く間に報じられ、特に関西では日刊スポーツが最終版で1面で載せるなど、影響は計り知れない。

 そんな中、地元住民からはこんな“証言”が飛び出した。

「実はあの日の日中、仙台駅近くで30代らしき女性が1人で歩いていたのですが、上半身は服を着ているのに下半身に目をやると白系のパンツだけしか身に着けずに堂々と歩いていたんです」

 目撃された場所は事件発生現場とは反対側の西口側。雑貨品などを多数扱う商業施設の前だったという。

「目撃した日に事件が起きたので、撮られたのはその女性なのではと思ってしまった。自ら見せていたのなら、山脇さんも言い訳できたのでしょうけど……」(同)

 にわかに信じがたい「パンツ女」の存在はさておき、山脇氏の球界復帰は絶望だろう。