昏睡した美女を4人の男が……防犯カメラが捉えた集団レイプ殺人事件

 UEFAチャンピオンズリーグ決勝で、レアル・マドリードがリバプールを3-1で破り、前人未到の3大会連続13度目の頂点に立ったその夜、ゲームをTV 観戦していたひとりの女性に悲劇が起きた。タイ中部のチャンタブリー県のバーで、昏睡した女性が4人の男に連れ出されて輪姦、その後、殴り殺されたのだ。

 タイ日刊英字紙「バンコク・ポスト」(5月31日付)によると、化粧品販売員のノン・ギフトさんは5月26日、友人女性ら3人とともに、現地のバーでUEFAチャンピオンズリーグの決勝をTV 観戦していた。そのうち2人が先に帰り、女性2人になった後、ノンさんは急に酩酊し始め、ついには意識を失ってしまう。

 そんな彼女を、「家に送り届ける」と申し出たのが、バーにいた4人の男たち。彼らのうちひとりは、昏睡する 前のノンさんと親しげに話していたことから、友人女性はその言葉を信じ、ノンさんを彼らに託してその場を後にした。

 しかし、ノンさんは翌27日、果物加工場の敷地内で、変わり果てた姿で発見される。遺体は口から泡を吹き、鼻から出血した状態で、周囲にははぎ取られた彼女の衣服が散乱していたという。

 警察は、同日中に4人の男を逮捕。4人とも、犯行への関与を認めているが、うちひとりは現場に車で送り届けただけと、強姦容疑は否認している。

 警察の調べによると、ノンさんは飲酒に慣れていたといい、アルコールによって意識を失うほど酩酊することは不自然として、薬物を混入された可能性も視野に入れ、彼らを追及しているという。

「ほほえみの国」と呼ばれ、敬虔な仏教国というイメージのある同国だが、軍政の長期化などを背景に、治安悪化も指摘されている。特に性犯罪の増加は深刻で、年に約3万件の強姦事件が発生しているという。タイの約2倍の人口を擁する日本の、強姦と強制わいせつを合わせた認知件数(平成28年度)が7,000件程度 であることと比べても、異常事態といえる。

 LCC路線の拡充などにより、近年右肩上がりに増加している訪タイ日本人は、昨年150万人を突破したが、同国を観光する際には最低限の危機意識も必要だ。

昏睡した美女を4人の男が……防犯カメラが捉えた集団レイプ殺人事件

 UEFAチャンピオンズリーグ決勝で、レアル・マドリードがリバプールを3-1で破り、前人未到の3大会連続13度目の頂点に立ったその夜、ゲームをTV 観戦していたひとりの女性に悲劇が起きた。タイ中部のチャンタブリー県のバーで、昏睡した女性が4人の男に連れ出されて輪姦、その後、殴り殺されたのだ。

 タイ日刊英字紙「バンコク・ポスト」(5月31日付)によると、化粧品販売員のノン・ギフトさんは5月26日、友人女性ら3人とともに、現地のバーでUEFAチャンピオンズリーグの決勝をTV 観戦していた。そのうち2人が先に帰り、女性2人になった後、ノンさんは急に酩酊し始め、ついには意識を失ってしまう。

 そんな彼女を、「家に送り届ける」と申し出たのが、バーにいた4人の男たち。彼らのうちひとりは、昏睡する 前のノンさんと親しげに話していたことから、友人女性はその言葉を信じ、ノンさんを彼らに託してその場を後にした。

 しかし、ノンさんは翌27日、果物加工場の敷地内で、変わり果てた姿で発見される。遺体は口から泡を吹き、鼻から出血した状態で、周囲にははぎ取られた彼女の衣服が散乱していたという。

 警察は、同日中に4人の男を逮捕。4人とも、犯行への関与を認めているが、うちひとりは現場に車で送り届けただけと、強姦容疑は否認している。

 警察の調べによると、ノンさんは飲酒に慣れていたといい、アルコールによって意識を失うほど酩酊することは不自然として、薬物を混入された可能性も視野に入れ、彼らを追及しているという。

「ほほえみの国」と呼ばれ、敬虔な仏教国というイメージのある同国だが、軍政の長期化などを背景に、治安悪化も指摘されている。特に性犯罪の増加は深刻で、年に約3万件の強姦事件が発生しているという。タイの約2倍の人口を擁する日本の、強姦と強制わいせつを合わせた認知件数(平成28年度)が7,000件程度 であることと比べても、異常事態といえる。

 LCC路線の拡充などにより、近年右肩上がりに増加している訪タイ日本人は、昨年150万人を突破したが、同国を観光する際には最低限の危機意識も必要だ。

太田光はまだダウンタウンNG? 石橋貴明とお笑い史を振り返るも、ダウンタウンをスルー

 6月4日放送の『石橋貴明のたいむとんねる』(フジテレビ系)に爆笑問題・太田光が出演。MCの石橋貴明と共にお笑い史を振り返ったのだが、“肝心の部分”はあまり触れず物議を醸していた。

 石橋と太田の共演は、2014年3月放送の『笑っていいとも! グランドフィナーレ感謝の超特大号』(フジテレビ系)以来。番組では“20世紀のお笑い番組年表”を見ながら思い出話を交えてトークをしていくことに。

 まずは『8時だョ! 全員集合』(TBS系)、『欽ドン!』シリーズ(フジテレビ系)など、まだ石橋も太田もデビューしていない頃の作品を振り返る。そして次は、素人時代のとんねるずが出演した『ぎんざNOW!』(TBS系)について石橋が語った。

 80年代の年表に入ると『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系)、『THE MANZAI』(フジテレビ系)などについてトーク。ここでは石橋とも太田ともあまり接点のない島田紳助の漫才コンビである紳助・竜介にも軽く触れる場面が。その後、とんねるずが大活躍した『オールナイトフジ』(フジテレビ系)に言及していった。

「90年代の年表には、『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系)や『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ系)が大きく記載されていました。しかしそれらには太田も石橋も触れず、ダウンタウンというワードが出たのは、太田が『実は「夢で逢えたら」(フジテレビ系)、ウッチャンナンチャン・ダウンタウンの。あのちょっと前に僕らはフジテレビで「笑いの殿堂」っていうのを深夜にやってるんですよ』と言ったくらいです」(芸能ライター)

 爆笑問題との確執がまことしやかにウワサされているダウンタウンについて、太田が軽くでも触れたことに対しては「太田さんから“ダウンタウン”というワードが……!」「太田さんの口からダウンタウンって出たのが良かった」「太田さんの口からダウンタウン! こりゃなかなか衝撃」といった歓喜の声が。

「しかし結局ダウンタウン自体に全く言及しなかったため、『もっとダウンタウンのこと聞きたかった』『年表にデカく載っているのにダウンタウンをスルーするのか』と落胆する声も続出。『笑っていいとも! グランドフィナーレ感謝の超特大号』で奇跡の共演を果たしたダウンタウンと爆笑問題ですが、この分だと再共演はまだまだ先のことになりそうです。太田は17年10月放送の『おはよう、たけしですみません。』(テレビ東京系)でビートたけしから『松本人志嫌いなの?』とからかわれて、本気で釈明していたこともありました」(同)

 果たしてダウンタウンと爆笑問題が再共演する日は訪れるのだろうか。

太田光はまだダウンタウンNG? 石橋貴明とお笑い史を振り返るも、ダウンタウンをスルー

 6月4日放送の『石橋貴明のたいむとんねる』(フジテレビ系)に爆笑問題・太田光が出演。MCの石橋貴明と共にお笑い史を振り返ったのだが、“肝心の部分”はあまり触れず物議を醸していた。

 石橋と太田の共演は、2014年3月放送の『笑っていいとも! グランドフィナーレ感謝の超特大号』(フジテレビ系)以来。番組では“20世紀のお笑い番組年表”を見ながら思い出話を交えてトークをしていくことに。

 まずは『8時だョ! 全員集合』(TBS系)、『欽ドン!』シリーズ(フジテレビ系)など、まだ石橋も太田もデビューしていない頃の作品を振り返る。そして次は、素人時代のとんねるずが出演した『ぎんざNOW!』(TBS系)について石橋が語った。

 80年代の年表に入ると『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系)、『THE MANZAI』(フジテレビ系)などについてトーク。ここでは石橋とも太田ともあまり接点のない島田紳助の漫才コンビである紳助・竜介にも軽く触れる場面が。その後、とんねるずが大活躍した『オールナイトフジ』(フジテレビ系)に言及していった。

「90年代の年表には、『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系)や『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ系)が大きく記載されていました。しかしそれらには太田も石橋も触れず、ダウンタウンというワードが出たのは、太田が『実は「夢で逢えたら」(フジテレビ系)、ウッチャンナンチャン・ダウンタウンの。あのちょっと前に僕らはフジテレビで「笑いの殿堂」っていうのを深夜にやってるんですよ』と言ったくらいです」(芸能ライター)

 爆笑問題との確執がまことしやかにウワサされているダウンタウンについて、太田が軽くでも触れたことに対しては「太田さんから“ダウンタウン”というワードが……!」「太田さんの口からダウンタウンって出たのが良かった」「太田さんの口からダウンタウン! こりゃなかなか衝撃」といった歓喜の声が。

「しかし結局ダウンタウン自体に全く言及しなかったため、『もっとダウンタウンのこと聞きたかった』『年表にデカく載っているのにダウンタウンをスルーするのか』と落胆する声も続出。『笑っていいとも! グランドフィナーレ感謝の超特大号』で奇跡の共演を果たしたダウンタウンと爆笑問題ですが、この分だと再共演はまだまだ先のことになりそうです。太田は17年10月放送の『おはよう、たけしですみません。』(テレビ東京系)でビートたけしから『松本人志嫌いなの?』とからかわれて、本気で釈明していたこともありました」(同)

 果たしてダウンタウンと爆笑問題が再共演する日は訪れるのだろうか。

イケメンはどこに消えた!? 場末のスナックで泥酔する“小太りオージー”と悪夢の一夜

 「山芋ちんこ」を乗り越え、やっと出会えた運命の人――。

 それは、外国人バーにて捨て身の「生け捕り作戦」(=ナンパ)でゲットした、アレックス・ペティファー似の奇跡のイケメンオーストラリア男子、エリックであります!

前回はこちら:「外国人バー」で捨て身のナンパ大作戦!? オーストラリアの英語講師とカラオケで運命の出会い

奇跡のイケメンと待望の再会! 場末スナックで待つ彼は……

 帰りの電車の中で、別れ際にハグされた時の彼の甘い香りを反すうしつつ「昨日は楽しかった。また会いたい」とメールすると、彼からは「僕もだよ! 次に会えるのを楽しみにしている」という返事。

 ああ、これから恋が始まるんだなあ、とうきうきしながら眠りについたのですが、しかし、その後エリックにメールを送っても返事はこず……。そりゃそうか、あんな上玉、そんな簡単に落ちないよなあ、と半ば諦め、気持ちを切り替えつつ新たな出会いを求めて、地道に外国人出会い系サイトを流す日々を過ごしていました。

 それから数カ月たったある冬の日の夜、なんと突然、エリックからメールが!

 「今から君に会いたい」と、言うではありませんか!!

 友人と飲んでいた帰りで、今ひとりでいるんだけど、一緒に飲まないか……というお誘い。場所はどこかと尋ねると、なんと私の自宅からチャリで行ける距離なので「すぐ行く!」と返事をしつつ、風呂へ。だって、「そういう流れ」になってもおかしくないし……! 

 あの奇跡のイケメンに会える! と胸を高鳴らせて念入りに化粧をし、勝負下着をつけ、首筋に香水をふり、チャリで彼のもとに向かったのです。

 彼が「寒いので先にお店に入ってる」と言うのでその場所を探してみると、そこはオバちゃんママがカウンターにいる、いわゆる「スナック」。

「えええ!? 近くにバーもあるのに、なんでまた……。外国人イケメンが昭和風スナックなんて笑える〜」なんて、ちょっとズレてるところも微笑ましく思いながら、お店のカウンターに座っている彼を見つけ、声をかけました。

 彼がこちらを振り向いた瞬間……

「誰!? このブサメン!!!!!」

6イラスト-600

 そこには、アレックス・ペティファーのかけらもない、ちょい小太りブサ外国人が。しかもネクタイやシャツをだらしなくゆるめ、ベロベロに酔っている!!  わ、私、コレと待ち合わせてたのか。コレのために、ソッコーで風呂とか入ってお化粧して……? アレックス・ペティファーはいずこに……?

 絶望しかない頭を絞って考えました。いったい何が起こっているのか……。

 そうか! エリックに出会った頃は、山芋デヴィットくらいしか、まともに外国人男子の顔を見たことがなかった! 

 出会い系サイトを流しているうちに目が肥えて、今の私にはエリックがブサメンにしかみえなくなってしまった? ……いや、エリックは最初からブサメンだったのに、私の“外専女子”として未熟だった審美眼が、イケメンと判断してしまったのか……。

 我に返れば、場末感漂うスナックに、ブサメンと2人。

 60代くらいのオバちゃんママはニヤニヤして「お友達?」と聞いてくるし、恥ずかしいやら、悲しいやら、自己嫌悪やら。もう……とにかくこの場を去りたい!! と思い、エリックに会計させて店外へ出たのでした。

 そうはしたものの、季節は冬。夜は寒いし、道端にエリックを放ってもおけないので、やっぱり酔いを覚まさせてから帰そうと、近くの小さなダーツバーへ寄ることに。千鳥足気味のエリックを連れていき、2人でカウンターに座ると、なんとヤツはそのまま眠り始めたではないですか。

 「ちょっと、起きてよ、寝るんだったらもう帰ろうよ」と言いながら何度も体をゆするけど、起きない……。周りの若者客の「なにあの女? ガイジン酔わせてアレしようってか」的な視線がキツく、泣きそうになる。

 あまりにもつらいので、もう家に帰そう、と外に出てタクシーに乗せると、奴は「君も来てよ」と言ってきた。

 「はあ!?」と思いつつも、ここまできたんだからただでは帰れん、と自分でもよくわからない意地でついていくことに。

 エリックの住まいは5DKのマンションの一室、いわゆる「シェアハウス」――。

 いったいこれからどうなるんだ、そして私はどうしたいんだと、車内で悶々としながら向かったのでした。

(隔週火曜日・次回は6月19日更新)


<著者プロフィール>

音咲椿(おとさき・つばき)
男性向けグラビア誌編集長を経て、ポット出版社刊「女の子×女の子のためのエロチックブック・Carmilla」にてイラスト・漫画家デビュー。
単行本「イケメン外国人たちとベッドで異文化交流した結果。」(ぶんか社刊)好評発売・配信中。テレビ出演多数。


 

イケメンはどこに消えた!? 場末のスナックで泥酔する“小太りオージー”と悪夢の一夜

 「山芋ちんこ」を乗り越え、やっと出会えた運命の人――。

 それは、外国人バーにて捨て身の「生け捕り作戦」(=ナンパ)でゲットした、アレックス・ペティファー似の奇跡のイケメンオーストラリア男子、エリックであります!

前回はこちら:「外国人バー」で捨て身のナンパ大作戦!? オーストラリアの英語講師とカラオケで運命の出会い

奇跡のイケメンと待望の再会! 場末スナックで待つ彼は……

 帰りの電車の中で、別れ際にハグされた時の彼の甘い香りを反すうしつつ「昨日は楽しかった。また会いたい」とメールすると、彼からは「僕もだよ! 次に会えるのを楽しみにしている」という返事。

 ああ、これから恋が始まるんだなあ、とうきうきしながら眠りについたのですが、しかし、その後エリックにメールを送っても返事はこず……。そりゃそうか、あんな上玉、そんな簡単に落ちないよなあ、と半ば諦め、気持ちを切り替えつつ新たな出会いを求めて、地道に外国人出会い系サイトを流す日々を過ごしていました。

 それから数カ月たったある冬の日の夜、なんと突然、エリックからメールが!

 「今から君に会いたい」と、言うではありませんか!!

 友人と飲んでいた帰りで、今ひとりでいるんだけど、一緒に飲まないか……というお誘い。場所はどこかと尋ねると、なんと私の自宅からチャリで行ける距離なので「すぐ行く!」と返事をしつつ、風呂へ。だって、「そういう流れ」になってもおかしくないし……! 

 あの奇跡のイケメンに会える! と胸を高鳴らせて念入りに化粧をし、勝負下着をつけ、首筋に香水をふり、チャリで彼のもとに向かったのです。

 彼が「寒いので先にお店に入ってる」と言うのでその場所を探してみると、そこはオバちゃんママがカウンターにいる、いわゆる「スナック」。

「えええ!? 近くにバーもあるのに、なんでまた……。外国人イケメンが昭和風スナックなんて笑える〜」なんて、ちょっとズレてるところも微笑ましく思いながら、お店のカウンターに座っている彼を見つけ、声をかけました。

 彼がこちらを振り向いた瞬間……

「誰!? このブサメン!!!!!」

6イラスト-600

 そこには、アレックス・ペティファーのかけらもない、ちょい小太りブサ外国人が。しかもネクタイやシャツをだらしなくゆるめ、ベロベロに酔っている!!  わ、私、コレと待ち合わせてたのか。コレのために、ソッコーで風呂とか入ってお化粧して……? アレックス・ペティファーはいずこに……?

 絶望しかない頭を絞って考えました。いったい何が起こっているのか……。

 そうか! エリックに出会った頃は、山芋デヴィットくらいしか、まともに外国人男子の顔を見たことがなかった! 

 出会い系サイトを流しているうちに目が肥えて、今の私にはエリックがブサメンにしかみえなくなってしまった? ……いや、エリックは最初からブサメンだったのに、私の“外専女子”として未熟だった審美眼が、イケメンと判断してしまったのか……。

 我に返れば、場末感漂うスナックに、ブサメンと2人。

 60代くらいのオバちゃんママはニヤニヤして「お友達?」と聞いてくるし、恥ずかしいやら、悲しいやら、自己嫌悪やら。もう……とにかくこの場を去りたい!! と思い、エリックに会計させて店外へ出たのでした。

 そうはしたものの、季節は冬。夜は寒いし、道端にエリックを放ってもおけないので、やっぱり酔いを覚まさせてから帰そうと、近くの小さなダーツバーへ寄ることに。千鳥足気味のエリックを連れていき、2人でカウンターに座ると、なんとヤツはそのまま眠り始めたではないですか。

 「ちょっと、起きてよ、寝るんだったらもう帰ろうよ」と言いながら何度も体をゆするけど、起きない……。周りの若者客の「なにあの女? ガイジン酔わせてアレしようってか」的な視線がキツく、泣きそうになる。

 あまりにもつらいので、もう家に帰そう、と外に出てタクシーに乗せると、奴は「君も来てよ」と言ってきた。

 「はあ!?」と思いつつも、ここまできたんだからただでは帰れん、と自分でもよくわからない意地でついていくことに。

 エリックの住まいは5DKのマンションの一室、いわゆる「シェアハウス」――。

 いったいこれからどうなるんだ、そして私はどうしたいんだと、車内で悶々としながら向かったのでした。

(隔週火曜日・次回は6月19日更新)


<著者プロフィール>

音咲椿(おとさき・つばき)
男性向けグラビア誌編集長を経て、ポット出版社刊「女の子×女の子のためのエロチックブック・Carmilla」にてイラスト・漫画家デビュー。
単行本「イケメン外国人たちとベッドで異文化交流した結果。」(ぶんか社刊)好評発売・配信中。テレビ出演多数。


 

浮浪者が寝顔にオシッコ、父は援交で逮捕!? 「ほぼ路上」で暮らした13歳の“楽しい日常”

 家庭内DV当たり前の壮絶な家から、母親&兄妹と“昼逃げ”した先は、通行人と目が合う吹きっさらしの“ほぼ路上”だった――。

 連載がスタートするや、たちまち話題となった実録漫画『ほとんど路上生活』。6月2日に単行本(小学館刊)が発売された作者の川路智代さんに、その濃厚な数年間を伺った。なぜしばらくDVから逃げなかったのか。なぜ“ほぼ路上”に住み続けることができたのか。学校には通えたのか。これだけハードな生活を送っていてなぜ、病まずに生きていけたのか。平成末期とは思えぬ、驚きのサバイバル・ライフとは。

 

――この漫画を描くに至ったきっかけは、なんだったのでしょうか?

川路智代さん(以下、川路) 現担当編集さんに創作漫画を持ち込んだ際、「エッセイコミックは描けますか?」と言われたんです。そこで、自分の人生で何か面白いことはあったかなと思い返してみると、「そういえば中学生の頃、4年間だけ“ほぼ路上”に住んでいたなあ」と思い出したんです。それまで、すっぽりと忘れていましたから。

――それは、「忘れるほどたいしたことなかった」ということですか?

川路 そうですね。客観的には壮絶ですが、楽しかったので。

 川路さんが当時暮らしたのは、母親の実家であった魚屋に併設した宴会場。「客がいないから」と川路さん一家4人の住まいとなったが……。ドアがないため、外を歩く通行人と目が合う。天敵、虫や雨風との攻防戦。そして、寝顔に小便をかけてくるおじさんや、羽交い締めしてくるおじさんなど、侵入する不審者との戦い。数々のサバイバルを、川路さんは経験したのだ。しかしそうした暮らしを、笑顔で「楽しかった」と回想する。

 

川路 不思議なもので、人間って楽しい記憶ほど忘れちゃうし、思い出すことはないようで。一方で、宴会場に住む以前に暮らしていた実家での嫌な記憶は、嫌というほど残っています。

――実家は田舎の資産家で、祖父母、両親、兄妹と暮らしていたんですよね。物心ついて以降、覚えている記憶はどんなものですか?

川路 4、5歳頃ですかね、当時から絵を描くのが好きで、ずっと絵を描いていたことを覚えています。父親は、子どもが苦手だったのか、風呂から出た妹を唐突にスリッパで叩きまくるなどしていました。一方、祖母のほうは、子どもに対してはすごく優しくて、私のことも可愛がってくれていたように思います。

だけどある時、私が家の受話器をいたずらしたことで、祖父にぶん殴られて大泣きしたことがあったんです。すると兄が、祖母に連れられ、真剣な表情で私の前にやってきまして、おもむろに正座をして「智ちゃんは、殴られていないよ」と言ってきました。訳がわからないまま「なんで? 殴られたよ?」と返すと、「いや、殴られてないよ」と……。理解できず、パニックに陥りましたね。

――祖父に殴られたはずなのに、兄が来て、しかも殴られた事実を否定したんですか? 

川路 はい、今思えば、祖母は祖父をかばうために、兄に口裏を合わせるよう強要したのだと思います。当時は子どもでしたから、兄も大人の言うことを聞くしかなかったんでしょう。結構、ごちゃごちゃした内情の家でした。

――ですが、そうした“つらさ”などを感じさせない明るい作風です。当時は、「こんなつらい生活、嫌だ」とふさぎ込んでいたんでしょうか?

川路 いえ、つらいことはつらかったけど、そんなふうには思いませんでした。比較対象がなかったし、子どもって、自分がいる環境を受け入れる能力が長けているように思います。私はあの家で、それが当たり前のように育ったので。今でこそ「DV」という言葉を使っていますが、私にとっては「しつけ」でしたしね。祖父も父も、荒ぶっていましたね。

 作中、遺産相続で祖父と父が言い争う声を聞くシーンや、母や兄、妹が顔中にあざを作っている描写もある。祖父はまさに「荒ぶる」という言葉どおり粗暴なイメージを想起させる一方、父は違う。作中では、いつも表情の変わらぬ薄ら笑いを浮かべ、見方によっては可愛くも見えてくる「熊」として描かれている。

 

川路 これまでは父親の顔を忘れかけていたのですが、この漫画を描くにあたり思い出したんですよ。本当にあの絵のままの顔。喜怒哀楽がなくて、何を考えているのかまったくわからない不気味な人でした。顔は優しくて、とても暴力を振るうようには見えないし。

――作中では一切ありませんでしたが、父親らしいことをしてもらった記憶はありますか?

川路 ひとつだけあります。とある年の節分の日、四つんばいになった父の背中に私が馬乗りになり、手のひらに乗せた豆を父の口の前に差し出すと、食べてくれました。今考えれば、すっごい気持ち悪いんですけど(笑)。

――異常な家庭環境は、隠そうと思っても他人から見ると違和感を覚えることがあるかと思います。当時通っていた保育所や幼稚園の先生には、何か指摘されなかったんでしょうか?

川路 記憶にないですね。指摘されても、母親が必死にごまかしていたんだと思います。とにかく人の世話にならないように。

 父と結婚した母に降りかかったのは、まさに苦行だった。喜怒哀楽もなく会話もない夫。荒ぶる祖父。立つことが困難な曽祖父の介護を平然と押し付け、人一倍資産に執着する祖母。母は文句ひとつなく、自分の実家に泣きつくことなく、日々を真摯に生きた。子どもたちが生まれてからも、苦行を一手に背負い続けた。

 

川路 母のそういう話は、最近初めて聞いたんです。母も私と同じで、宴会場での記憶はないのに、嫌なことは本当によく覚えているんですよ。10時間以上話していましたが、それでも足りなそうなほどでした。

――祖父母や父の、母に対する仕打ちは、とても十数年前のエピソードだとは思えぬほどです。

川路 田舎ですからね~。たしかにあそこは簡単には逃げられそうにないです。すごく狭いコミュニティで、噂で成り立っている場所で、身動きが取れなかったんでしょうね。

――祖母の自殺の動機はなんだったのでしょうか?

川路 父には兄弟がいましたが、家系なのか、父含めほとんど働いていませんでした。それに、代々、女遊びと金遣いだけは荒かったそうで。曽曽祖父くらいかな、彼は女学校に出向き、「このなかで一番計算の早い娘を出してくれ」と言い、その子と結婚し、仕事をすべて任せたそうです。祖母も祖母なりに、何か悩み続けていたことがあったんだと思います。

 父もパチンコ狂いとして描かれ、働くそぶりは一切みせない。母と兄妹が家を出てからも、風俗店へ行ったり、女子高生と援助交際をし逮捕にまで至っている。そのおかげで晴れて両親が離婚できることになり、登場人物全員が歓喜に包まれた。

川路 家にいたときも、父が女の人の香水の匂いをさせて帰ってくることがありましたが、当時のことを母は、「本当にどうでもよかった。生きることに精一杯だったから」と振り返っていました。

――「生きることに精一杯」、たしかに日々の苦行がありすぎて、“死なずに生きる”だけでも相当なエネルギーを使う環境です。一方で宴会場での暮らしも、「生きることに精一杯=サバイバル」といった印象を受けます。たとえば、不審者が侵入し羽交い締めにしてきたり……。

川路 漫画に描いた人々をはじめ、動物の鳴きマネをするおばさんや、必ず外でうんちをしてしまうおじさんなど、町の顔として慣れ親しんでいたので、実は特に気にしていませんでした。「治安が悪いなあ」と思う程度で(笑)。一度、頭のしっかりした空き巣が侵入したことがあったそうで、母とカチ合うと、「○○さん家かと思いました」と言ったそう。母は腹が立って追い出したと話していましたが、いや警察呼べよ、と(笑)。あと、早朝、ホームレスの人に鍋を盗まれたことがありました。あれは朝ごはんが作れず最悪でしたね! その後裁判所から、裁判に出るか否かの電話がありましたが、母は「鍋ひとつで恥ずかしいから」と断っていました。

 宴会場での出来事を、笑顔まじりで話す川路さん。ふと気づくのは、彼女は当時、中学生だったということ。が、作中でもインタビュー中でも、学校でのエピソードがない。そう、川路さんは、学校には通っていなかったのだ。

川路 中学校には、1年生のとき最初の2、3カ月だけ行き、嫌になって行かなくなりました。転校生ということもあり浮いてしまったのと、もともと集団行動が苦手だったし、家で絵を描いている方が楽しかったから、母にそれを許してもらったんです。

――どんな生活をしていたんですか? 1日のスケジュールは?

川路 朝はみんなと一緒に起きて家のことを手伝い、妹の着替えなどをし、学校へ行く兄と妹を見送ってからは、家で絵を描いてすごしたり。外に出るときは、ローカルスーパーや、夜仕事の母が動物園に連れていってくれたりもしました。「絵を描くためには、いろいろなものを見ておいたほうがいいでしょう」と、貧乏なりに楽しんでいましたね。で、夕方には同級生が帰宅するので、家にこもっていました。

――一般的な母親は、義務教育は無理をしてでも行かせがちです。が、川路さんの母は、好きなことを積極的に学ばせてくれたんですね。

川路 普通はあり得ないですけどね。小さい頃から「漫画家になる」と言っていたようで、そのつもりでいてくれたみたいです。それに、中学校の校長先生がいい人で、絵の先生でもあったようで、たまに会いに行き一緒にデッサンをしていました。

――壮絶な幼少期を経験したからには、思春期にはリストカットなどをするなど病みそうなものですが、そうした段階は経ていないんですね。

川路 母がとにかく強く、病まないタイプなので、辛抱できたのかもしれません。あとは、父の血も入っているからかなあ。顔にナメクジが這っていてもなんとも思わないような人だから、私もそんな感じなのかもしれません。私はリストカットなど、自分を傷つけることも、薬を飲んだことも一度もないんです。リストカットに対しては、「血がすごく出るし、痛そう。でもやっちゃうってことは、痛くないのかな」と思うくらいの凡人の発想です。とにかく環境に恵まれていたんだと思います。

――宴会場での一連の経験がもたらしたものはありますか?

川路 「人間って優しいんだなあ」と知ることができたことでしょうか。実家では、家族といえど他人だったし、人間関係でこじれまくっていたから。宴会場では、私が絵を描いていると路上から話しかけてくれる優しい人がいたり。学校は行きませんでしたが、その分ほかの楽しさがありました。

 あとは、他人への偏見を持たないようになりました。どれだけ変な人でも、「その人にはその人の人生があるから」と思えて、気に留めないようになりました。自分だっていつどうなるかわからないし、「変人」だと思われる人生が、自分にはすごく身近に感じられます。なぜかというと、私には私の人生があって、その青春時代の思い出を「普通ではない」とみなさんに楽しんでいただけているからです。

――だから、不審者に対しても親しみを込めて話されるんですね。最後に、この漫画をどんな人に読んでほしく、どう感じてほしいですか?

川路 理想としては、小学生や中学生など、子どもに読んでもらいたいです。小さいうちから、「いろいろな人生を経験している人がいるんだ」というのを知っておいたほうがお得だぞ、と。そうすることで、世の中にある偏見を取っ払ってほしい。もし、子どもを持つ読者さんがいましたら、ぜひ読ませてあげてほしいと思います。

(文=有山千春)

 

<プロフィール>

川路智代(かわじ・ともよ)
日本画+少女漫画の表現技法を追求する漫画家。本作がデビュー作。
無料コミック・小説投稿サイト『エブリスタ』で『ほとんど路上生活』を連載中。
同作の単行本は6月2日、全国書店で発売。

浮浪者が寝顔にオシッコ、父は援交で逮捕!? 「ほぼ路上」で暮らした13歳の“楽しい日常”

 家庭内DV当たり前の壮絶な家から、母親&兄妹と“昼逃げ”した先は、通行人と目が合う吹きっさらしの“ほぼ路上”だった――。

 連載がスタートするや、たちまち話題となった実録漫画『ほとんど路上生活』。6月2日に単行本(小学館刊)が発売された作者の川路智代さんに、その濃厚な数年間を伺った。なぜしばらくDVから逃げなかったのか。なぜ“ほぼ路上”に住み続けることができたのか。学校には通えたのか。これだけハードな生活を送っていてなぜ、病まずに生きていけたのか。平成末期とは思えぬ、驚きのサバイバル・ライフとは。

 

――この漫画を描くに至ったきっかけは、なんだったのでしょうか?

川路智代さん(以下、川路) 現担当編集さんに創作漫画を持ち込んだ際、「エッセイコミックは描けますか?」と言われたんです。そこで、自分の人生で何か面白いことはあったかなと思い返してみると、「そういえば中学生の頃、4年間だけ“ほぼ路上”に住んでいたなあ」と思い出したんです。それまで、すっぽりと忘れていましたから。

――それは、「忘れるほどたいしたことなかった」ということですか?

川路 そうですね。客観的には壮絶ですが、楽しかったので。

 川路さんが当時暮らしたのは、母親の実家であった魚屋に併設した宴会場。「客がいないから」と川路さん一家4人の住まいとなったが……。ドアがないため、外を歩く通行人と目が合う。天敵、虫や雨風との攻防戦。そして、寝顔に小便をかけてくるおじさんや、羽交い締めしてくるおじさんなど、侵入する不審者との戦い。数々のサバイバルを、川路さんは経験したのだ。しかしそうした暮らしを、笑顔で「楽しかった」と回想する。

 

川路 不思議なもので、人間って楽しい記憶ほど忘れちゃうし、思い出すことはないようで。一方で、宴会場に住む以前に暮らしていた実家での嫌な記憶は、嫌というほど残っています。

――実家は田舎の資産家で、祖父母、両親、兄妹と暮らしていたんですよね。物心ついて以降、覚えている記憶はどんなものですか?

川路 4、5歳頃ですかね、当時から絵を描くのが好きで、ずっと絵を描いていたことを覚えています。父親は、子どもが苦手だったのか、風呂から出た妹を唐突にスリッパで叩きまくるなどしていました。一方、祖母のほうは、子どもに対してはすごく優しくて、私のことも可愛がってくれていたように思います。

だけどある時、私が家の受話器をいたずらしたことで、祖父にぶん殴られて大泣きしたことがあったんです。すると兄が、祖母に連れられ、真剣な表情で私の前にやってきまして、おもむろに正座をして「智ちゃんは、殴られていないよ」と言ってきました。訳がわからないまま「なんで? 殴られたよ?」と返すと、「いや、殴られてないよ」と……。理解できず、パニックに陥りましたね。

――祖父に殴られたはずなのに、兄が来て、しかも殴られた事実を否定したんですか? 

川路 はい、今思えば、祖母は祖父をかばうために、兄に口裏を合わせるよう強要したのだと思います。当時は子どもでしたから、兄も大人の言うことを聞くしかなかったんでしょう。結構、ごちゃごちゃした内情の家でした。

――ですが、そうした“つらさ”などを感じさせない明るい作風です。当時は、「こんなつらい生活、嫌だ」とふさぎ込んでいたんでしょうか?

川路 いえ、つらいことはつらかったけど、そんなふうには思いませんでした。比較対象がなかったし、子どもって、自分がいる環境を受け入れる能力が長けているように思います。私はあの家で、それが当たり前のように育ったので。今でこそ「DV」という言葉を使っていますが、私にとっては「しつけ」でしたしね。祖父も父も、荒ぶっていましたね。

 作中、遺産相続で祖父と父が言い争う声を聞くシーンや、母や兄、妹が顔中にあざを作っている描写もある。祖父はまさに「荒ぶる」という言葉どおり粗暴なイメージを想起させる一方、父は違う。作中では、いつも表情の変わらぬ薄ら笑いを浮かべ、見方によっては可愛くも見えてくる「熊」として描かれている。

 

川路 これまでは父親の顔を忘れかけていたのですが、この漫画を描くにあたり思い出したんですよ。本当にあの絵のままの顔。喜怒哀楽がなくて、何を考えているのかまったくわからない不気味な人でした。顔は優しくて、とても暴力を振るうようには見えないし。

――作中では一切ありませんでしたが、父親らしいことをしてもらった記憶はありますか?

川路 ひとつだけあります。とある年の節分の日、四つんばいになった父の背中に私が馬乗りになり、手のひらに乗せた豆を父の口の前に差し出すと、食べてくれました。今考えれば、すっごい気持ち悪いんですけど(笑)。

――異常な家庭環境は、隠そうと思っても他人から見ると違和感を覚えることがあるかと思います。当時通っていた保育所や幼稚園の先生には、何か指摘されなかったんでしょうか?

川路 記憶にないですね。指摘されても、母親が必死にごまかしていたんだと思います。とにかく人の世話にならないように。

 父と結婚した母に降りかかったのは、まさに苦行だった。喜怒哀楽もなく会話もない夫。荒ぶる祖父。立つことが困難な曽祖父の介護を平然と押し付け、人一倍資産に執着する祖母。母は文句ひとつなく、自分の実家に泣きつくことなく、日々を真摯に生きた。子どもたちが生まれてからも、苦行を一手に背負い続けた。

 

川路 母のそういう話は、最近初めて聞いたんです。母も私と同じで、宴会場での記憶はないのに、嫌なことは本当によく覚えているんですよ。10時間以上話していましたが、それでも足りなそうなほどでした。

――祖父母や父の、母に対する仕打ちは、とても十数年前のエピソードだとは思えぬほどです。

川路 田舎ですからね~。たしかにあそこは簡単には逃げられそうにないです。すごく狭いコミュニティで、噂で成り立っている場所で、身動きが取れなかったんでしょうね。

――祖母の自殺の動機はなんだったのでしょうか?

川路 父には兄弟がいましたが、家系なのか、父含めほとんど働いていませんでした。それに、代々、女遊びと金遣いだけは荒かったそうで。曽曽祖父くらいかな、彼は女学校に出向き、「このなかで一番計算の早い娘を出してくれ」と言い、その子と結婚し、仕事をすべて任せたそうです。祖母も祖母なりに、何か悩み続けていたことがあったんだと思います。

 父もパチンコ狂いとして描かれ、働くそぶりは一切みせない。母と兄妹が家を出てからも、風俗店へ行ったり、女子高生と援助交際をし逮捕にまで至っている。そのおかげで晴れて両親が離婚できることになり、登場人物全員が歓喜に包まれた。

川路 家にいたときも、父が女の人の香水の匂いをさせて帰ってくることがありましたが、当時のことを母は、「本当にどうでもよかった。生きることに精一杯だったから」と振り返っていました。

――「生きることに精一杯」、たしかに日々の苦行がありすぎて、“死なずに生きる”だけでも相当なエネルギーを使う環境です。一方で宴会場での暮らしも、「生きることに精一杯=サバイバル」といった印象を受けます。たとえば、不審者が侵入し羽交い締めにしてきたり……。

川路 漫画に描いた人々をはじめ、動物の鳴きマネをするおばさんや、必ず外でうんちをしてしまうおじさんなど、町の顔として慣れ親しんでいたので、実は特に気にしていませんでした。「治安が悪いなあ」と思う程度で(笑)。一度、頭のしっかりした空き巣が侵入したことがあったそうで、母とカチ合うと、「○○さん家かと思いました」と言ったそう。母は腹が立って追い出したと話していましたが、いや警察呼べよ、と(笑)。あと、早朝、ホームレスの人に鍋を盗まれたことがありました。あれは朝ごはんが作れず最悪でしたね! その後裁判所から、裁判に出るか否かの電話がありましたが、母は「鍋ひとつで恥ずかしいから」と断っていました。

 宴会場での出来事を、笑顔まじりで話す川路さん。ふと気づくのは、彼女は当時、中学生だったということ。が、作中でもインタビュー中でも、学校でのエピソードがない。そう、川路さんは、学校には通っていなかったのだ。

川路 中学校には、1年生のとき最初の2、3カ月だけ行き、嫌になって行かなくなりました。転校生ということもあり浮いてしまったのと、もともと集団行動が苦手だったし、家で絵を描いている方が楽しかったから、母にそれを許してもらったんです。

――どんな生活をしていたんですか? 1日のスケジュールは?

川路 朝はみんなと一緒に起きて家のことを手伝い、妹の着替えなどをし、学校へ行く兄と妹を見送ってからは、家で絵を描いてすごしたり。外に出るときは、ローカルスーパーや、夜仕事の母が動物園に連れていってくれたりもしました。「絵を描くためには、いろいろなものを見ておいたほうがいいでしょう」と、貧乏なりに楽しんでいましたね。で、夕方には同級生が帰宅するので、家にこもっていました。

――一般的な母親は、義務教育は無理をしてでも行かせがちです。が、川路さんの母は、好きなことを積極的に学ばせてくれたんですね。

川路 普通はあり得ないですけどね。小さい頃から「漫画家になる」と言っていたようで、そのつもりでいてくれたみたいです。それに、中学校の校長先生がいい人で、絵の先生でもあったようで、たまに会いに行き一緒にデッサンをしていました。

――壮絶な幼少期を経験したからには、思春期にはリストカットなどをするなど病みそうなものですが、そうした段階は経ていないんですね。

川路 母がとにかく強く、病まないタイプなので、辛抱できたのかもしれません。あとは、父の血も入っているからかなあ。顔にナメクジが這っていてもなんとも思わないような人だから、私もそんな感じなのかもしれません。私はリストカットなど、自分を傷つけることも、薬を飲んだことも一度もないんです。リストカットに対しては、「血がすごく出るし、痛そう。でもやっちゃうってことは、痛くないのかな」と思うくらいの凡人の発想です。とにかく環境に恵まれていたんだと思います。

――宴会場での一連の経験がもたらしたものはありますか?

川路 「人間って優しいんだなあ」と知ることができたことでしょうか。実家では、家族といえど他人だったし、人間関係でこじれまくっていたから。宴会場では、私が絵を描いていると路上から話しかけてくれる優しい人がいたり。学校は行きませんでしたが、その分ほかの楽しさがありました。

 あとは、他人への偏見を持たないようになりました。どれだけ変な人でも、「その人にはその人の人生があるから」と思えて、気に留めないようになりました。自分だっていつどうなるかわからないし、「変人」だと思われる人生が、自分にはすごく身近に感じられます。なぜかというと、私には私の人生があって、その青春時代の思い出を「普通ではない」とみなさんに楽しんでいただけているからです。

――だから、不審者に対しても親しみを込めて話されるんですね。最後に、この漫画をどんな人に読んでほしく、どう感じてほしいですか?

川路 理想としては、小学生や中学生など、子どもに読んでもらいたいです。小さいうちから、「いろいろな人生を経験している人がいるんだ」というのを知っておいたほうがお得だぞ、と。そうすることで、世の中にある偏見を取っ払ってほしい。もし、子どもを持つ読者さんがいましたら、ぜひ読ませてあげてほしいと思います。

(文=有山千春)

 

<プロフィール>

川路智代(かわじ・ともよ)
日本画+少女漫画の表現技法を追求する漫画家。本作がデビュー作。
無料コミック・小説投稿サイト『エブリスタ』で『ほとんど路上生活』を連載中。
同作の単行本は6月2日、全国書店で発売。

岡副麻希アナ、白くなった肌が再び黒くなるも視聴者からは失笑の嵐!「夏休み明けの小学生!!」……

 現役女子大生ながら2014年から『めざましテレビ アクア』(フジテレビ系)にて月~水曜のお天気キャスターを担当し、大学卒業後の15年には『めざましどようび』(同)でもお天気キャスターを担当していたフリーアナウンサーの岡副麻希。17年3月に『めざましどようび』を卒業したものの、半年で復帰。現在は同番組でスポーツキャスターとして出演している。

 そんな彼女を一躍有名にしたのは、自身の肌の色だ。その健康的な小麦肌ゆえに、「黒すぎる女子アナ」と称され、一時は異常なまでに黒くなっていたのだが、最近では、少し控えめに。このまま白肌になっていくのかと思いきや、なんと再び黒くなってきたとネットをザワつかせていたのだ。

「6月2日放送の『めざましどようび』に出演した岡副アナでしたが、自身が担当するスポーツコーナーにて、フジテレビの木下康太郎アナの隣に立った際、視聴者は岡副の黒さに釘付けに。ネットでは『岡副の肌、また黒くなっていないか?』という声が殺到していました。また、次に放送された芸能コーナーでは、岡副の隣に、共演者の女子アナたちが座ったところ、黒さが浮き彫りに。さらに、極め付きは桐谷美玲さんに岡副アナがインタビューしている模様が放送されたんですが、2人が並んだ姿がまるでオセロのようになっていたんです。そのためネットでは『岡副また黒くなり始めた模様(笑)』『また日サロ通いし始めたんだな~』『夏になったら皿に黒くなるのか(笑)』『夏休み明けの小学生かな』といった声が上がっていました」(芸能ライター)

 また、その黒さから将来の岡副を心配する声も聞こえているという。

「あまりの黒さから、将来の姿を想像する人も現れており、『年取ったらシミすごそう~』『日焼けは肌を老化させるからシワシワになる可能性もあるぞ!』『年取ってシミ隠すために、もっと肌黒くなってたら面白い!』といった声のほか、『どんな老け方するか気になる!』と将来の姿に期待する声も上がっています」(同)

 黒肌に戻ったことだけで話題になる岡副だが、「いろいろと事情がある」と番組制作会社に勤務する人物は、岡副が黒肌に戻した理由について、こう明かす。

「肌の黒さで人気を獲得してきた岡副アナ。一時はテニスプレーヤー並みに黒くなっていたのですが、最近では白くなり清楚系な印象に。単発のゲスト出演なども増えこれからと言うときに、3月27日に放送された『芸能人格付けチェック BASIC ~春の3時間スペシャル~』(テレビ朝日系)にて和菓子でできた絵画を舐めて批判の的になり、『マナーが悪いアナ』という印象を持たれ、一気に人気も下降。そのため、自身のとりえである“黒肌”に戻って、また世間の目を引こうと必死になっているようですね」(番組制作勤務)

 フリーアナ戦国時代に、黒肌で勝ちにいこうとするのは良いが、あまり焼きすぎると、健康を害する可能性も。それだけに、ほどほどにしたほうが良いかもしれない。

小嶋陽菜、IVAN、浜崎あゆみが次々と投稿! “意味深コメント”の三者三様な理由とは?

  昨今、芸能人がいち早く自らの気持ちを伝えるツールとなっているSNS。最近、ファンを騒がせている意味深投稿をしたタレントたちのメッセージを紹介していこう。

 まずは先日、5歳年下のIT社長との熱愛を報じられたばかりの元AKB48・小嶋陽菜。小嶋は5月31日発売の「週刊新潮」(新潮社)にてスマホ向けアプリの制作会社『ピックアップ』の宮本拓社長と半同棲状態にあることが報じられた。小嶋の事務所は交際を否定することなく「プライベートは基本的に本人に任せております」とコメントしているので、関係を黙認しているようだ。また、ネットにおけるファンの声も否定的なものは少なく、基本的には祝福ムード。

 そんな声を受けてか、小嶋は報道のあった次の日の6月1日、自身のTwitterで「AKBを卒業してから、自分の足で私らしく歩ませてくれていることに感謝しています。ファンのみんなや、事務所からのコメントは心に響きました。いつもありがとう」とツイート。小嶋はTwitterのフォロワー数が316万人(6月4日現在)だが、「いいね!」が2万強、リツイート数が2,500、また、500件超えのリプライも祝福の声がほとんどであり、この交際が今後、順風満帆に進むことを思わせる。

「剛力彩芽さんが最近、ZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイの前澤友作社長と交際宣言した時は、前澤社長の女性遍歴や年の差などで反対するファンの声も多かった。しかし小嶋さんの恋人である宮本拓社長はまだ若く前途洋々、小嶋にとってこういったスキャンダルが初めてというのも、印象が良い一因でしょう」(テレビ局勤務)

 また、俳優・野村祐希との真剣交際が話題を呼んだ元パリコレモデルでタレントのIVANも5月29日、自身を“ニューハーフタレント”と表現した一部のメディアに対し、苦言を呈する意味深なコメントを投稿。IVANはメリーゴーランドの写真とともに、

「#日本の一部のメディアに一言 #ニューハーフタレントてなに笑 #女だよー笑 #いいたいこと沢山あるけど #めんどくさいからいいや」 というハッシュタグをつけている。IVANは性別適合手術を受けており、ニューハーフタレントという表記は明らかな事実誤認。現在、そのサイトはニューハーフという言葉を削除しているが、このIVANの苦言を受けてのことと推測される。

「最近はそういった記事に本人が反応するとメディアが即、該当部分を削除、訂正という風潮がありますよね。そういうこともあり、このメディアのこの記事がおかしいとタレントが名指しで批判する案件も増えてきています。IVANさんの場合は、まだやんわりしたやり方だと言えるのでは?」(WEB系記者)

 また、現在デビュー20周年記念アリーナツアーを行っている浜崎あゆみも、5月30日のTwitterにて「もうすぐレコーディングスタート トレーニングやステージと似ているようでまるで違う、極限まで自分と向き合い追い込み解放する作業。 没頭しすぎて時間どころかリアルを忘れて、過去や現在や未来が混ざり合う瞬間。 今回ものすごく私的に特別な曲があります。 詳細は、、、気が向いたらしよかな」とツイート。さっそくファンから「特別な曲」への関心が集まっている状況だ。

 ファンにとっては、リアルタイムで大好きなタレントの生の声が聞けるツールであるSNS。意味深投稿もどんどんして欲しいというのが本音ではないだろうか?