【マンガ】”2.5次元ネットワーク”は侮れない!? 海をも超える「ヲタ活」の実態【推しゴト!!】

 城田優、斎藤工、宮野真守など、有名俳優も多く輩出している“2.5次元“の世界。

 「注目度の高いジャンルであることは知りつつも、なかなか一歩が踏み出せない……」そんな読者のために、ひょんなきっかけから2.5次元にハマった漫画家・吉田にくが、2.5次元素人の編集・ちーとともに、その楽しさとおっかけ舞台裏、人気のイケメン情報までを全力レポート!

(前回はこちら:『ガラスの仮面』も2.5次元!? 見えないモノを見せる“技術”とは)

第2回:”2.5次元ネットワーク”は海をも超える!?

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(毎週日曜日・次回は4月29日更新)

吉田にく(よしだ・にく)
バリ島と2.5次元にどっぷりハマり続ける漫画家。
趣味は旅行と漫画を描くこと、2.5次元舞台歴まだ2年ちょいながらも、自由業であることを活かし平日も舞台に通っている。
2018年の推しメンは前山剛久、櫻井圭登、荒牧慶彦他にもわさわさ。
先行抽選チケットを勝ち取るために日々徳を積む事を心がけています!
近著に『バリ島だらだら旅』(ワニブックス)。

「受験校を勝手に決めた」母と「逆らわない」娘――不合格連発の中学受験で起きた“非常事態”

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 皆さんはどのくらい“運命”というものを感じることがあるだろう。私は中学受験の取材を長年続けているが、その経験者たちの話から、何か大いなる者によって与えられた“人生のギフト”の存在を感じることがたびたびある。それは、自身が絶好調の時だけではなく、むしろ“失敗”であるとか“後悔”といったような“負の感情”に覆われた時にこそ与えられ、「こういうことだったのか!」と、心にしみじみと感じ入るもののように思えてならない。

 東京・神奈川の中学受験本番は2月1日の解禁日から始まり、1週間で決着がついてしまうものである。志望校に合格を果たした者から順に抜けていく世界なので、日程が下がるにつれ、その募集定員も減り、激戦度は上がっていく。つまり中学受験とは、不合格をもらうごとに、連戦で入試を受け続けなければいけないという試練を与えられるわけだが、当然ながら、受験しているのは12歳(または11歳)の子どもである。

 周りが1人、2人と合格を決めていく中で、結果が出せない親子の落胆ぶりは想像を絶する。どの親子も、この本番のためだけに、何年もの間、受験勉強というものを相当ハードにやってきているからだ。

 こういった背景があるということをご説明した上で、ある年の受験生親子に起こった最悪な出来事と、だからこそ得られた人生のギフトの話を綴ってみたい。

「私がこんなバカな世界に誘導してしまった」と自分を責める母

 登場人物は美香ちゃん(12歳)とその母、律子さん(42歳)である。美香ちゃんは、大変賢い子で、塾のクラスも最上位。家族からも塾からも、トップ校合格を十分に期待されていた女の子であった。とても素直な子で、本人も周囲の期待に応え、本当によく努力をしていたという。

 第一志望校受験本番の日も、体調は絶好調。偏差値的にも余裕があり、何の問題もなく“合格”すると誰もが確信していたのだが、どんな運命の悪戯なのか、結果はまさかの不合格。しかも悲劇は続き、2月1~4日まで連戦で挑んだ受験で4つの「×」をもらってしまった。美香ちゃんは「もう、受かり方がわからない!」と泣き喚いたそうだ。

 母である律子さんも「神様っていない! 美香はこんなに頑張ってきたのに? なんで第一志望校だけでなく、全ての学校から受け入れてもらえないの?」と号泣。この時点で、私に連絡をくれ、こんな心中を吐露していた。

「りんこさん、受験なんて、させなければ良かった! 私が『中学受験した方が、のちのち楽だよ』なんて美香を誘導してしまったばかりに、美香にこんなつらい思いをさせてしまったんです。そもそも受けた学校だって、私が『ここがいいんじゃない?』って半ば強引に決めてしまって、美香の意志なんて、なかったも同然です……。私が悪いんです。私がいなければ、美香はもっと楽しい小学生でいれたはずなのに……。私がこんなバカな世界に誘導してしまって……。私が悪い、私が、私が……」

 受験を受けるのは子どもだが、不合格が続くと、自分自身を責めてしまう母親もいる。言葉にならない嗚咽だけが受話器から聞こえてきた。

みぞれの日に「上履き忘れ」という最悪の事態

 明けて5日目。その日は前日のポカポカ陽気から一転し、冷たいみぞれが降る日になった。塾から「受験最終日だから」という説得で、渋々、律子さんいわく「聞いたこともないような学校」の校門をくぐることになり、当日は、もう親子2人に何の会話もなかったそうだ。

 そして、その校舎の玄関先で上履きに履き替えようとした時に、律子さんは真っ青になる。

「上履きが入っていない!」

 学校によっては靴のままでOKなところと、上履き必須のところがある。5日目の受験校は上履き持参の学校だったにもかかわらず、荷物を整理したことが仇となり、結果として忘れてきたのだ。まだ周囲の店は開店前なので、買いに行くこともできず、ましては自宅に戻る時間はない。みぞれでビチョビチョになっている玄関で律子さんは、涙を懸命に堪える美香ちゃんに「今、お母さん、スリッパを借りてくるからね!」と必死の作り笑顔で言ったらしい。

 その時だった。制服姿の在校生と思われる少女が律子さん親子の前にやって来て、こう言ったという。

「あの、これ、良かったら、履いてください!」

 少女は親子にそう言いながら、自分が履いていた上履きをその場で脱いで、そして、続けて「生あったかくてすみません(笑)。(受験が)終わったら、ここに置いといてくれたら、それでいいですから!」と、ニッコリと言ってくれたそうだ。

 律子さんは驚いたものの、やっとの思いで、その子に「あ、でも、あなたは(裸足になるけど、どうするの)?」と返すと、「私は体育館履きがあるんで、平気です!」と言い、美香ちゃんに向かって、こう告げて、鮮やかに去っていったそうだ。

「私も去年の今日、5日目でようやくここに入ったの」

 美香ちゃんはその後、試験を受け、夜にはもう涙も見せず、律子さんに、「私、ああいう人になりたい。私、ここ入れるといいな……」と語っていたという。

受験生の母として絶対的に足りなかったもの

 律子さんは、その夜、再び私に連絡をくれ、こう話してくれた。

「りんこさん、私、ようやくわかった気がします。美香が持っていて、私に絶対的に足りなかったものが。私には受験って勝たなくちゃダメだっていう思いがあって、はっきり言えば偏差値が高くないと意味がないって思っていました。そのためには人を蹴落としてでも、上に行かないといけないって。直接、美香に言うわけではないけれども、全身でそう表現していたような気がします」

 美香ちゃんはとても優しい子で、これまで律子さんに逆らうことはただの一度もなかったというが、「もしかして、心のどこかで『これは違う』と思っていて、私が勝手に決めた受験校には、思い入れが持てなかったかもしれません」と、律子さんは振り返っていた。しかし、上履きを貸してくれた在校生との出会いにより、美香ちゃん自身がようやく「ここに入りたい」と思えたのかもしれない、と。

「昨日まで、神様っていないとまで思った受験でしたが、りんこさん、訂正します。神様っているんですね。あの女の子は、神様が私たち親子につかわせてくださった天使のような気がしてきました。私、今、気が付けて良かったです……」

 人は絶望の淵に立った時にこそ光を見ると、どこかで聞いたことがあるが、律子さんもそういう心境だったのかもしれない。補足しておこう。美香ちゃんは今、その“天使先輩”と同じ部活で活躍中である。
(鳥居りんこ)

「受験校を勝手に決めた」母と「逆らわない」娘――不合格連発の中学受験で起きた“非常事態”

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 皆さんはどのくらい“運命”というものを感じることがあるだろう。私は中学受験の取材を長年続けているが、その経験者たちの話から、何か大いなる者によって与えられた“人生のギフト”の存在を感じることがたびたびある。それは、自身が絶好調の時だけではなく、むしろ“失敗”であるとか“後悔”といったような“負の感情”に覆われた時にこそ与えられ、「こういうことだったのか!」と、心にしみじみと感じ入るもののように思えてならない。

 東京・神奈川の中学受験本番は2月1日の解禁日から始まり、1週間で決着がついてしまうものである。志望校に合格を果たした者から順に抜けていく世界なので、日程が下がるにつれ、その募集定員も減り、激戦度は上がっていく。つまり中学受験とは、不合格をもらうごとに、連戦で入試を受け続けなければいけないという試練を与えられるわけだが、当然ながら、受験しているのは12歳(または11歳)の子どもである。

 周りが1人、2人と合格を決めていく中で、結果が出せない親子の落胆ぶりは想像を絶する。どの親子も、この本番のためだけに、何年もの間、受験勉強というものを相当ハードにやってきているからだ。

 こういった背景があるということをご説明した上で、ある年の受験生親子に起こった最悪な出来事と、だからこそ得られた人生のギフトの話を綴ってみたい。

「私がこんなバカな世界に誘導してしまった」と自分を責める母

 登場人物は美香ちゃん(12歳)とその母、律子さん(42歳)である。美香ちゃんは、大変賢い子で、塾のクラスも最上位。家族からも塾からも、トップ校合格を十分に期待されていた女の子であった。とても素直な子で、本人も周囲の期待に応え、本当によく努力をしていたという。

 第一志望校受験本番の日も、体調は絶好調。偏差値的にも余裕があり、何の問題もなく“合格”すると誰もが確信していたのだが、どんな運命の悪戯なのか、結果はまさかの不合格。しかも悲劇は続き、2月1~4日まで連戦で挑んだ受験で4つの「×」をもらってしまった。美香ちゃんは「もう、受かり方がわからない!」と泣き喚いたそうだ。

 母である律子さんも「神様っていない! 美香はこんなに頑張ってきたのに? なんで第一志望校だけでなく、全ての学校から受け入れてもらえないの?」と号泣。この時点で、私に連絡をくれ、こんな心中を吐露していた。

「りんこさん、受験なんて、させなければ良かった! 私が『中学受験した方が、のちのち楽だよ』なんて美香を誘導してしまったばかりに、美香にこんなつらい思いをさせてしまったんです。そもそも受けた学校だって、私が『ここがいいんじゃない?』って半ば強引に決めてしまって、美香の意志なんて、なかったも同然です……。私が悪いんです。私がいなければ、美香はもっと楽しい小学生でいれたはずなのに……。私がこんなバカな世界に誘導してしまって……。私が悪い、私が、私が……」

 受験を受けるのは子どもだが、不合格が続くと、自分自身を責めてしまう母親もいる。言葉にならない嗚咽だけが受話器から聞こえてきた。

みぞれの日に「上履き忘れ」という最悪の事態

 明けて5日目。その日は前日のポカポカ陽気から一転し、冷たいみぞれが降る日になった。塾から「受験最終日だから」という説得で、渋々、律子さんいわく「聞いたこともないような学校」の校門をくぐることになり、当日は、もう親子2人に何の会話もなかったそうだ。

 そして、その校舎の玄関先で上履きに履き替えようとした時に、律子さんは真っ青になる。

「上履きが入っていない!」

 学校によっては靴のままでOKなところと、上履き必須のところがある。5日目の受験校は上履き持参の学校だったにもかかわらず、荷物を整理したことが仇となり、結果として忘れてきたのだ。まだ周囲の店は開店前なので、買いに行くこともできず、ましては自宅に戻る時間はない。みぞれでビチョビチョになっている玄関で律子さんは、涙を懸命に堪える美香ちゃんに「今、お母さん、スリッパを借りてくるからね!」と必死の作り笑顔で言ったらしい。

 その時だった。制服姿の在校生と思われる少女が律子さん親子の前にやって来て、こう言ったという。

「あの、これ、良かったら、履いてください!」

 少女は親子にそう言いながら、自分が履いていた上履きをその場で脱いで、そして、続けて「生あったかくてすみません(笑)。(受験が)終わったら、ここに置いといてくれたら、それでいいですから!」と、ニッコリと言ってくれたそうだ。

 律子さんは驚いたものの、やっとの思いで、その子に「あ、でも、あなたは(裸足になるけど、どうするの)?」と返すと、「私は体育館履きがあるんで、平気です!」と言い、美香ちゃんに向かって、こう告げて、鮮やかに去っていったそうだ。

「私も去年の今日、5日目でようやくここに入ったの」

 美香ちゃんはその後、試験を受け、夜にはもう涙も見せず、律子さんに、「私、ああいう人になりたい。私、ここ入れるといいな……」と語っていたという。

受験生の母として絶対的に足りなかったもの

 律子さんは、その夜、再び私に連絡をくれ、こう話してくれた。

「りんこさん、私、ようやくわかった気がします。美香が持っていて、私に絶対的に足りなかったものが。私には受験って勝たなくちゃダメだっていう思いがあって、はっきり言えば偏差値が高くないと意味がないって思っていました。そのためには人を蹴落としてでも、上に行かないといけないって。直接、美香に言うわけではないけれども、全身でそう表現していたような気がします」

 美香ちゃんはとても優しい子で、これまで律子さんに逆らうことはただの一度もなかったというが、「もしかして、心のどこかで『これは違う』と思っていて、私が勝手に決めた受験校には、思い入れが持てなかったかもしれません」と、律子さんは振り返っていた。しかし、上履きを貸してくれた在校生との出会いにより、美香ちゃん自身がようやく「ここに入りたい」と思えたのかもしれない、と。

「昨日まで、神様っていないとまで思った受験でしたが、りんこさん、訂正します。神様っているんですね。あの女の子は、神様が私たち親子につかわせてくださった天使のような気がしてきました。私、今、気が付けて良かったです……」

 人は絶望の淵に立った時にこそ光を見ると、どこかで聞いたことがあるが、律子さんもそういう心境だったのかもしれない。補足しておこう。美香ちゃんは今、その“天使先輩”と同じ部活で活躍中である。
(鳥居りんこ)

ハッテン場で強盗殺人後に自殺……元極妻が語る、元ヤクザ「夜回り組長」の哀しき末路

gokutsuma24 今は亡き某指定組織の三次団体幹部の妻だった、待田芳子姐さんが語る極妻の暮らし、ヤクザの実態――。

■強盗殺人事件で逃走中に、別の事件を起こして自殺

「イシハラさんがハッテン場で人を殺してトンで(逃げて)るってウワサ、聞いてます?」

 昨年の暮れ頃に、オットの若い衆だったサブちゃん(仮)から聞かれたことがありました。「ハッテン場」がわからない方は、ググってくださいね。

「イシハラさんて?」
「夜回り組長の……」
「ああ、石原伸司さん……。不良の更生支援してるんじゃなかったっけ?」
「最近はカネに困ってたみたいです。自分の知り合いも、カネ貸してました」
「ふうん……」

 その時はそんな話だったのですが、単なるウワサのようでもあり、正直スルーしていました。でも4月になって、この石原さんが強盗殺人を犯して逃走中に、別の傷害事件を起こし、自殺していたことが報道されて、びっくりしました。

■浮浪児からヤクザ、そして作家へ

 私は石原さんとは面識はなかったのですが、元ヤクザで作家活動をされているということで、知り合いの記者さんからご本をいただいたことがありました。幼少期はいわゆる浮浪児(今でいうストリートチルドレン)で、銀座のホステスさんに拾われて読み書きを習ったそうです。

 今は私を含めて浮浪児を見たことのない人のほうが多いでしょうが、古参の親分衆の中には浮浪児だった方も結構います。たとえば2013年に死刑が執行された熊谷徳久受刑者はヤクザではありませんが、終戦直後に浮浪児として育ち、多くの事件を起こして死刑判決を受けました。自分の本名も知らなかったそうです。

 浮浪児だった石原さんに、読み書きを教えてくれたホステスさん……。なんか話ができすぎで、どこまで本当か微妙でしたが、石原さんと懲役で一緒だったことのあるサブちゃんは、石原さんが毎日本を読んで、小説を書いているのを見ています。

 「掃除とかはよくさぼるけど、キホンは気のいいオッサンで、『読み書きは大事だ。オレは作家になるんだ』って言ってました」とサブちゃん。

「でも当時から『両刀』をカミングアウトしていたんで、みんな引いてましたね」
「えー! 閉鎖空間で、その発言はないわ」 

 それはさておき、ムショはヒマなので、仕方なく読書をする人は多いのですが(私のオットもそうでした)、石原さんはもともと本がお好きで、才能もおありだったのでしょう。出所されてからは作家としてデビューされ、ご著書も何冊か出されていますし、ご自身の経験を生かしてか「夜回り組長」として少年少女たちの更生支援を続けておいででした。

 ご本人をモデルにした映画(『逢えてよかった。』)も製作されていますし、テレビや雑誌でご活躍をご覧になった方も多いでしょうね。それに、歌舞伎町で夜回りをしていた石原さんに声をかけられ、編集者を紹介されてライターになった方もいらっしゃいます。私の周囲にもファンこそいませんが、特にディスる人もいませんでした。

 とはいえ世間様は不良や元不良には冷たいですから、冷淡に見る方も多かったと思います。そして、最悪の結果となってしまいました。

■生活保護も受給していた

 石原さんは、それなりにご活躍だったと思うのですが、なんでこんなことになってしまったのでしょうか?

 4月17発売の「週刊アサヒ芸能」(徳間書店)によると、石原さんは妹さんが亡くなって生活できなくなったそうで、去年くらいから記者さんたちにもお金を借りてたんですね。でも、サブちゃんが聞いてきた話では、生活保護は以前から受けていたそうです。

 元不良が生活保護を受ける例は結構ありますし、贅沢しなければ生活できるはずなのですが、実際には難しいのでしょう。アサ芸の記事には、最後に住んでいたアパートに「コワモテ」が訪れていたとありました。コワモテ……。借金取りですね。そのコワモテから逃げるために、ハッテン場に潜伏していたのでしょう。

 一方で、石原さんの事件には「愛欲絡み」のウワサも消えません。報道によれば、絞殺された被害者さんが着ていたガウンには体液(!)もついていたそうですね。殺すつもりはなくて、単なる「首絞めプレイ」だったということでしょうか。いずれにしろ、ヤクザの最期は哀しいものです。

 被害者さんとともに、石原さんにも合掌させていただきます。来世は安らかな人生を送れますように。

ハッテン場で強盗殺人後に自殺……元極妻が語る、元ヤクザ「夜回り組長」の哀しき末路

gokutsuma24 今は亡き某指定組織の三次団体幹部の妻だった、待田芳子姐さんが語る極妻の暮らし、ヤクザの実態――。

■強盗殺人事件で逃走中に、別の事件を起こして自殺

「イシハラさんがハッテン場で人を殺してトンで(逃げて)るってウワサ、聞いてます?」

 昨年の暮れ頃に、オットの若い衆だったサブちゃん(仮)から聞かれたことがありました。「ハッテン場」がわからない方は、ググってくださいね。

「イシハラさんて?」
「夜回り組長の……」
「ああ、石原伸司さん……。不良の更生支援してるんじゃなかったっけ?」
「最近はカネに困ってたみたいです。自分の知り合いも、カネ貸してました」
「ふうん……」

 その時はそんな話だったのですが、単なるウワサのようでもあり、正直スルーしていました。でも4月になって、この石原さんが強盗殺人を犯して逃走中に、別の傷害事件を起こし、自殺していたことが報道されて、びっくりしました。

■浮浪児からヤクザ、そして作家へ

 私は石原さんとは面識はなかったのですが、元ヤクザで作家活動をされているということで、知り合いの記者さんからご本をいただいたことがありました。幼少期はいわゆる浮浪児(今でいうストリートチルドレン)で、銀座のホステスさんに拾われて読み書きを習ったそうです。

 今は私を含めて浮浪児を見たことのない人のほうが多いでしょうが、古参の親分衆の中には浮浪児だった方も結構います。たとえば2013年に死刑が執行された熊谷徳久受刑者はヤクザではありませんが、終戦直後に浮浪児として育ち、多くの事件を起こして死刑判決を受けました。自分の本名も知らなかったそうです。

 浮浪児だった石原さんに、読み書きを教えてくれたホステスさん……。なんか話ができすぎで、どこまで本当か微妙でしたが、石原さんと懲役で一緒だったことのあるサブちゃんは、石原さんが毎日本を読んで、小説を書いているのを見ています。

 「掃除とかはよくさぼるけど、キホンは気のいいオッサンで、『読み書きは大事だ。オレは作家になるんだ』って言ってました」とサブちゃん。

「でも当時から『両刀』をカミングアウトしていたんで、みんな引いてましたね」
「えー! 閉鎖空間で、その発言はないわ」 

 それはさておき、ムショはヒマなので、仕方なく読書をする人は多いのですが(私のオットもそうでした)、石原さんはもともと本がお好きで、才能もおありだったのでしょう。出所されてからは作家としてデビューされ、ご著書も何冊か出されていますし、ご自身の経験を生かしてか「夜回り組長」として少年少女たちの更生支援を続けておいででした。

 ご本人をモデルにした映画(『逢えてよかった。』)も製作されていますし、テレビや雑誌でご活躍をご覧になった方も多いでしょうね。それに、歌舞伎町で夜回りをしていた石原さんに声をかけられ、編集者を紹介されてライターになった方もいらっしゃいます。私の周囲にもファンこそいませんが、特にディスる人もいませんでした。

 とはいえ世間様は不良や元不良には冷たいですから、冷淡に見る方も多かったと思います。そして、最悪の結果となってしまいました。

■生活保護も受給していた

 石原さんは、それなりにご活躍だったと思うのですが、なんでこんなことになってしまったのでしょうか?

 4月17発売の「週刊アサヒ芸能」(徳間書店)によると、石原さんは妹さんが亡くなって生活できなくなったそうで、去年くらいから記者さんたちにもお金を借りてたんですね。でも、サブちゃんが聞いてきた話では、生活保護は以前から受けていたそうです。

 元不良が生活保護を受ける例は結構ありますし、贅沢しなければ生活できるはずなのですが、実際には難しいのでしょう。アサ芸の記事には、最後に住んでいたアパートに「コワモテ」が訪れていたとありました。コワモテ……。借金取りですね。そのコワモテから逃げるために、ハッテン場に潜伏していたのでしょう。

 一方で、石原さんの事件には「愛欲絡み」のウワサも消えません。報道によれば、絞殺された被害者さんが着ていたガウンには体液(!)もついていたそうですね。殺すつもりはなくて、単なる「首絞めプレイ」だったということでしょうか。いずれにしろ、ヤクザの最期は哀しいものです。

 被害者さんとともに、石原さんにも合掌させていただきます。来世は安らかな人生を送れますように。

ゆず、新アルバム曲に「どうしちゃったの?」声続出のワケ……重なる18年前の暴走

 さわやかフォークデュオ・ゆず。「夏色」「少年」「サヨナラバス」といった爽快感のあるポップナンバーだけではなく、NHKアテネ五輪中継の公式テーマ曲「栄光の架橋」、さらには「虹」といった壮大なバラードも人気だ。そんな彼らが今、ある歌をめぐって論争を巻き起こしている。

「4月4日に発売されたニューアルバム『BIG YELL』に収められている、北川悠仁・作詞作曲による『ガイコクジンノトモダチ』という一曲が、政治色の強い歌だと話題なのです」(芸能ライター)

 詞の内容は、外国人の友達ができた“主人公”が、その友達から日本の好きなところを聞かれても答えられず「知らないことばかり」と嘆き、またその友達と思われる“君”と「見た靖国の桜はキレイでした」と感嘆。さらに、「国歌はこっそり歌わなくちゃね」「国旗はタンスの奥にしまいましょう」「TVじゃ深刻そうに右だの左だのって」などの歌詞が並ぶ。

 これに対し、ゆずファン、通称・ゆずっ子の間でも「どうしちゃったの?」という戸惑いの声が多く上がり、ともするとファン離れにもつながりかねないといわれている。しかし、北川のこうした“暴走”は、18年前にもあったようだ。

「2000年に発売されたアルバム『トビラ』には、“お願い僕の仮面を引きちぎって”など、心の叫びともとれる歌詞が綴られた激しいロックチューン『仮面ライター』や、“あの戦争が終わり50年 今やあたり前の様に平和な国だと思っている なぜあの戦争が起きてなぜあれだけの人が死んだのか”など、今回の歌より踏み込んだ詞が印象的な『午前九時の独り言』など、さわやかなゆずのイメージを裏切るナンバーが満載でした。北川は当時の雑誌などでも、こうした主張の激しい歌をアルバムに入れることを、相方の岩沢厚治へとくに相談せずに押し切ったと述べています」(音楽ライター)

 だが、このアルバム内容にファンは動揺。ライブでもこの中の曲はほとんど歌われていないという。

 そんな2人も昨年にデビュー20周年を迎え、『NHK紅白歌合戦』では初の大トリも経験。初全国ドームツアーも約30万人を動員と、ゆるぎない地位を手に入れている。18年前の事件があったにもかかわらず、今回「ガイコクジンノトモダチ」を書いたのは、もはや、その程度の曲でファンは動揺しないという、北川の自信ゆえかもしれない。

 20年東京五輪まであと2年。北川の目には、「栄光の架橋」以来16年ぶりとなる、NHKの五輪中継のテーマソングを歌う自分たちが見えているに違いない。
(村上春虎)

ゆず、新アルバム曲に「どうしちゃったの?」声続出のワケ……重なる18年前の暴走

 さわやかフォークデュオ・ゆず。「夏色」「少年」「サヨナラバス」といった爽快感のあるポップナンバーだけではなく、NHKアテネ五輪中継の公式テーマ曲「栄光の架橋」、さらには「虹」といった壮大なバラードも人気だ。そんな彼らが今、ある歌をめぐって論争を巻き起こしている。

「4月4日に発売されたニューアルバム『BIG YELL』に収められている、北川悠仁・作詞作曲による『ガイコクジンノトモダチ』という一曲が、政治色の強い歌だと話題なのです」(芸能ライター)

 詞の内容は、外国人の友達ができた“主人公”が、その友達から日本の好きなところを聞かれても答えられず「知らないことばかり」と嘆き、またその友達と思われる“君”と「見た靖国の桜はキレイでした」と感嘆。さらに、「国歌はこっそり歌わなくちゃね」「国旗はタンスの奥にしまいましょう」「TVじゃ深刻そうに右だの左だのって」などの歌詞が並ぶ。

 これに対し、ゆずファン、通称・ゆずっ子の間でも「どうしちゃったの?」という戸惑いの声が多く上がり、ともするとファン離れにもつながりかねないといわれている。しかし、北川のこうした“暴走”は、18年前にもあったようだ。

「2000年に発売されたアルバム『トビラ』には、“お願い僕の仮面を引きちぎって”など、心の叫びともとれる歌詞が綴られた激しいロックチューン『仮面ライター』や、“あの戦争が終わり50年 今やあたり前の様に平和な国だと思っている なぜあの戦争が起きてなぜあれだけの人が死んだのか”など、今回の歌より踏み込んだ詞が印象的な『午前九時の独り言』など、さわやかなゆずのイメージを裏切るナンバーが満載でした。北川は当時の雑誌などでも、こうした主張の激しい歌をアルバムに入れることを、相方の岩沢厚治へとくに相談せずに押し切ったと述べています」(音楽ライター)

 だが、このアルバム内容にファンは動揺。ライブでもこの中の曲はほとんど歌われていないという。

 そんな2人も昨年にデビュー20周年を迎え、『NHK紅白歌合戦』では初の大トリも経験。初全国ドームツアーも約30万人を動員と、ゆるぎない地位を手に入れている。18年前の事件があったにもかかわらず、今回「ガイコクジンノトモダチ」を書いたのは、もはや、その程度の曲でファンは動揺しないという、北川の自信ゆえかもしれない。

 20年東京五輪まであと2年。北川の目には、「栄光の架橋」以来16年ぶりとなる、NHKの五輪中継のテーマソングを歌う自分たちが見えているに違いない。
(村上春虎)

石橋貴明『たいむとんねる』に登場した工藤静香の“劣化ぶり”に視聴者騒然「誰かと思った」「顔やばい」

 4月16日にスタートした石橋貴明の新番組『たいむとんねる』(フジテレビ系)の初回ゲストに工藤静香が登場。おニャン子クラブ時代から工藤を知る石橋とのトークは大いに盛り上がったが、視聴者の目が釘付けになったのは別の部分だったようだ。

『たいむとんねる』は、石橋貴明とミッツ・マングローブの2人が、「『勝手に語り継ぎたいアレコレ』をゲストと共に掘り起こし『あ~、あったねぇ~!懐かしい~』という思いを共有する」(番組HPより)という番組。第1回目のゲストとして招かれた工藤静香は、とんねるずが司会を務めていた『夕やけニャンニャン』から登場したアイドルグループ「おニャン子クラブ」の出身で、2人の出会いは30年以上前にさかのぼる。

 トークでは、「とんねるずが怖くてしょうがなかった」(工藤)、「やる気なさそうだった」(石橋)など、古い知り合いならではの秘話が飛び交ったが、終わってみれば、視聴者の印象に残ったのは、工藤静香のルックスだったようだ。テレビ情報誌の記者が語る。

「『たいむとんねる』は、30年以上続いた『とんねるずのみなさんのおかげでした』が終わった後に石橋が始めた番組だけに、関係者は大いに注目していました。しかし今回、工藤が登場すると、ネットには『顔やばいな』『なんだろう…工藤静香の顔の違和感』『こんな顔だっけ?』『いしだあゆみか』といった声が殺到し、2人が交わすトーク内容よりも、工藤の変貌ぶりに話題が集中してしまいました。『これがキムタクの嫁なの?』という声もあり、若い子もショックだったようです」

 工藤がおニャン子クラブに合格したのは今から32年前で、バリバリとヒット曲を飛ばし、紅白にも出演していたのが1990年前後のこと。今年で48歳の彼女の容貌が、年齢に相応のものになるのは仕方のないことだが、芸能誌のフリー記者はこう語る。

「近年は歌手活動に加え、絵が二科展に入選したり、ジュエリーブランドを立ち上げたりと、幅広い活動をしている工藤静香ですが、ここ数年でシワがなくなり、肌がパツパツになっているというのは、業界でも評判でした。芸能界ではシワのばしのボトックス注射が定着していますが、今回ゲストで登場した工藤を見ると、確かにおでこや目尻にシワがなく、皮が全体的に引っ張られたような不自然さがあり、これらはボトックスの特徴と符合します。ちなみに工藤の元カレはX JAPANのYOSHIKIですが、彼もボトックス注射使用がたびたびウワサされています」

 工藤が身を削って(?)出演した『たいむとんねる』だが、初回の視聴率は3.9%。過去の遺産を食いつぶすような番組だが、前途は多難と言わざるを得ない。

石橋貴明『たいむとんねる』に登場した工藤静香の“劣化ぶり”に視聴者騒然「誰かと思った」「顔やばい」

 4月16日にスタートした石橋貴明の新番組『たいむとんねる』(フジテレビ系)の初回ゲストに工藤静香が登場。おニャン子クラブ時代から工藤を知る石橋とのトークは大いに盛り上がったが、視聴者の目が釘付けになったのは別の部分だったようだ。

『たいむとんねる』は、石橋貴明とミッツ・マングローブの2人が、「『勝手に語り継ぎたいアレコレ』をゲストと共に掘り起こし『あ~、あったねぇ~!懐かしい~』という思いを共有する」(番組HPより)という番組。第1回目のゲストとして招かれた工藤静香は、とんねるずが司会を務めていた『夕やけニャンニャン』から登場したアイドルグループ「おニャン子クラブ」の出身で、2人の出会いは30年以上前にさかのぼる。

 トークでは、「とんねるずが怖くてしょうがなかった」(工藤)、「やる気なさそうだった」(石橋)など、古い知り合いならではの秘話が飛び交ったが、終わってみれば、視聴者の印象に残ったのは、工藤静香のルックスだったようだ。テレビ情報誌の記者が語る。

「『たいむとんねる』は、30年以上続いた『とんねるずのみなさんのおかげでした』が終わった後に石橋が始めた番組だけに、関係者は大いに注目していました。しかし今回、工藤が登場すると、ネットには『顔やばいな』『なんだろう…工藤静香の顔の違和感』『こんな顔だっけ?』『いしだあゆみか』といった声が殺到し、2人が交わすトーク内容よりも、工藤の変貌ぶりに話題が集中してしまいました。『これがキムタクの嫁なの?』という声もあり、若い子もショックだったようです」

 工藤がおニャン子クラブに合格したのは今から32年前で、バリバリとヒット曲を飛ばし、紅白にも出演していたのが1990年前後のこと。今年で48歳の彼女の容貌が、年齢に相応のものになるのは仕方のないことだが、芸能誌のフリー記者はこう語る。

「近年は歌手活動に加え、絵が二科展に入選したり、ジュエリーブランドを立ち上げたりと、幅広い活動をしている工藤静香ですが、ここ数年でシワがなくなり、肌がパツパツになっているというのは、業界でも評判でした。芸能界ではシワのばしのボトックス注射が定着していますが、今回ゲストで登場した工藤を見ると、確かにおでこや目尻にシワがなく、皮が全体的に引っ張られたような不自然さがあり、これらはボトックスの特徴と符合します。ちなみに工藤の元カレはX JAPANのYOSHIKIですが、彼もボトックス注射使用がたびたびウワサされています」

 工藤が身を削って(?)出演した『たいむとんねる』だが、初回の視聴率は3.9%。過去の遺産を食いつぶすような番組だが、前途は多難と言わざるを得ない。

ジャニーズWEST小瀧望、釣りに行って“大失態”!? メンバーが明かす残念エピソード

 ジャニーズWEST桐山照史と中間淳太が木曜レギュラーを務めるラジオ番組『ジャニーズWEST桐山照史・中間淳太のレコメン!』(4月19日、文化放送)。今回は、メンバーの濵田崇裕がゲスト参加し、プライベートな話で盛り上がった。

 この3人、中間が現在30歳、濱田が29歳、桐山が28歳で、WESTの中では“兄組”と言われる年上メンバー。そのため、番組冒頭からリラックスした雰囲気の中、和気あいあいとトークがスタートした。レギュラーの桐山と中間は「濱ちゃんがとうとう世の中に見つかってしまう!」とうれしそうに濱田を紹介し、濱田も「今日楽しみなんですよ!」とやる気を覗かせていた。

 そんな濱田は、WESTメンバーのプライベートなエピソードをここぞとばかりに投下。最近、神山智洋と小瀧望の3人で海釣りに行った話を披露した。なんでも、その釣りで小瀧が“大失態”をしてしまったというのだ。

 すでに3人が釣りに行ったことを聞いていた桐山は、小瀧がその日「めちゃくちゃテンション上がってた」と明かし、さらに「(船が)走りだして、ものの5分10分で、望が船酔いしたらしいねん」と、トホホな展開を暴露。なんでも、濱田は船に乗る前、小瀧に酔い止め薬を飲むよう勧めたものの、「オレ、絶対船酔いせんから、酔い止めいらん!」と拒否されたのだとか。しかし濱田の心配は的中し、小瀧はすぐさま船に酔い、寝込んでしまったという。

 結局、小瀧は釣りが終わる1時間前にフラフラになりながら現れ、釣りを始めるも「はぁ……はぁ……」と息も絶え絶えの状態だったそう。1匹だけ魚が釣れるも、特に喜びもせず、「寝るわ」と言ってまた寝込んでしまったのだとか。桐山は「それ聞いた時、オレ笑ったわ。望らしいなと思って」と話し、中間も「あいつらしいなあ」としみじみ。最年少メンバーの愛すべき“残念エピソード”に、兄たちはほっこりしていたようだ。ちなみに、神山は黙々と大量にアジを釣っていたそうで、すっかり釣りにハマり、「次絶対行くから誘って!」と濱田に言ってきたそう。今後は濱田と神山の釣りエピソードがたくさん聞けるかもしれない。

 また、3人は昨年末に行われたというWESTの忘年会についても言及。なんでも、会の最後に濱田が熱く語りはじめ、桐山に意見の同意を求めると「照史がすごい笑顔で『うん、わかるよ』」と優しく対応してくれたという話を披露した。桐山はその時のことについて、酒をほとんど飲まない濱田が、ベロベロに酔っ払っているメンバーに熱く語っていたため、「飲んでるヤツにそんな熱く語っても一緒や」と言ってあげたかったと暴露し、3人は爆笑。さらに、忘年会ではかなり遅い時間まで飲んでいたため、桐山は「とにかく家に帰りたかった」のだとか。メンバーは「最後の1杯」と言いながらいつまでも飲んでいたといい、仲の良さをうかがわせた。

 癒やし系キャラクターの濱田が参加したおかげで、いつも以上に豊富なエピソードトークが聞けた今回。プライベートでも仲の良いWESTメンバーの様子を知ることができ、ファンにとっては有意義な放送となっただろう。