28日放送の『ろんぶ〜ん』(NHK)という番組で「痴漢」について取り上げられた。この番組は、『研究者が人生をかけて生み出した「論文」を“ロンブー”田村淳とともに楽しむ知的エンターテインメントショーである』とのことで、28日放送回の題名も「ロンブー淳と論文を楽しむ!「痴漢」のおもしろすぎる論文」というものになっていた。
被害が軽視されがちな「痴漢」という性暴力がメディアで取り上げられること自体は歓迎できるものかもしれない。しかし、取り上げ方次第では、むしろいっそう痴漢被害を軽視する傾向を強化するものになりかねない。例えば以前、ニコニコワークショップが「どうすればいいんだってばよ!?男性のための痴漢対策ワークショップ」というタイトルの放送をしたが、痴漢被害をネタとして扱い、痴漢冤罪ばかりを強調する問題のあるものになっていた(女性の痴漢被害を笑い、男性の被害者意識だけを叫ぶ「男性のための痴漢対策ワークショップ」のおぞましさ)。
『ろんぶ~ん』は、放送前の時点から番組コンセプトや告知などをみて、懸念や批判の声が数多くあがっていた。実際の放送はどうだったのか、番組の前半部分を中心に詳しくみていこう。
冤罪のイメージばかりが先行するのは危険
番組は、ロンドンブーツ1号2号の田村淳氏が、収録後に感想を述べているシーンから始まる。アナウンサーから「さぁ、収録が終わりましたけど」とふられた田村淳氏は、収録を振り返り「痴漢をこんなに深く掘り下げて研究してる人がいるってことにまず驚きましたし、痴漢の語源ってあぁそうなんだーって感じましたし、あと自分のお尻の感覚に自信が持てなくなりましたね」と語り、笑っていた。
続けて流されたVTRで、満員電車で痴漢を表現する映像と共に「イライラとムラムラが充満する満員電車」とナレーションが入ると、ワイプに田村淳氏が声をあげ笑う様子が映される。その直後、「そこに現れるのが痴漢」というナレーションが入ると表情を変え、「うーん」と真面目な顔で頷く。
次に番組が街中で行ったと思われるアンケート調査の結果として、「痴漢被害にあったことがある 63%(10代から40代女性300人にアンケート)」というテロップと、女性たちが「キモいですよ、びっくりした」「実際に(痴漢に)あったら言えなくて」と答えるインタビューの様子が映される。
その直後、「一方で痴漢に対する恐怖は男性にも。えん罪に怯えながら、日々電車に乗る」というナレーションと共に、「痴漢被害に間違われるのが怖い 70%(10代から40代男性300人にアンケート)」というテロップが映し出され、昨年、痴漢を疑われた男性が線路上を逃走する事件が多発していたことが触れられる。
先ほど例にあげた記事に限らず、痴漢問題が取り上げられると「痴漢被害」よりも「痴漢冤罪」に注目されてしまう傾向がある。もちろん、冤罪は絶対にあってはならないことだ。痴漢被害と痴漢冤罪、どちらの方が辛いかなどと比べられるものではないだろうし、冤罪の辛さが矮小化されることはあってはならない。
しかし、痴漢について取り上げる際に必ずといっていいほど、被害そのものよりも冤罪に注目するような取り上げた方をするのはいかがなものだろうか。痴漢被害の実態や、訴えにくさなどをあまり伝えることなく、冤罪についての情報が先行してしまうと、痴漢被害に遭っている被害者が「冤罪だ」と言われることを懸念して言い出せず、被害の更なる潜在化を推し進めることにならないだろうか。
『ろんぶ〜ん』は先のVTRの最後で、「女性にも男性にも迷惑な痴漢」とテロップを流していた。おそらく、女性に比べて痴漢被害に遭いづらい男性に、自分事として「痴漢」について考えてほしいという意図なのだろうが、このVTRでは痴漢被害よりも痴漢冤罪のことをまっさきに考える男性の方が多いのではないだろうか。
痴漢という性暴力をエンターテイメントで扱う危うさ
番組はその後、コンセプトどおり、痴漢に関係する論文を紹介する。
最初に取り上げられたのは『手はどのように知覚されるのか?-臀部における触判断の検討-』という論文だ。著者のひとりである日本大学文理学部教授の厳島行雄氏の紹介VTRでは、この論文は弁護士から痴漢事件の冤罪を証明するための研究を依頼されたことがきっかけで書いたものであることが説明されていた。
「痴漢事件では警察は加害者とされた男性の手の付着物を調べ、目撃者探しなどを行う。しかし、客観的証拠が出ないことも多く、その場合裁判では被害女性の供述を唯一の証拠として争うことに。そのため女性は具体的で詳細な供述を求められるのだ」と痴漢発生から裁判までの流れが説明されると、スタジオのスクリーンに『裁判「お尻の感覚がすべて」』というテロップが映し出される。
被害にあったにもかかわらず、その様子を具体的に供述させることの負担を問題視する出演者らだったが、すぐに「誤って捕まった男性も悲劇」という流れに変わり、被害を訴える人間の、「お尻の感覚」がどの程度正確なのかを調べた厳島氏の研究が紹介される。厳島氏の研究は、手のひらや指先、リュック等で臀部を触られたとき、どのくらい正確に何で触られたのか回答できるのかを調べたものだ。番組では、正答率の最も高かった「手のひら全体で触られた人のうち、手のひら全体で触られたと回答した人は40%」という研究結果が「60%が間違えた」という形で述べられていた。
その後、臀部の感覚がどれだけ不確かなのかを確かめるために、耳栓、ヘッドフォンをつけ背中を向けた状態の田村氏の臀部を、パンサーの向井慧氏が手や前で抱いたリュックで触る、という実験が行われる。
向井氏がリュックを前で抱き、しゃがみこんでリュック全体を田村氏の臀部にこすりつける。「これは分かるな」とつぶやきつつ述べた田村氏の答えは「手の平全体」。直後、向井氏が「冤罪が発生しました!」と叫び、笑う。
痴漢被害に関連する”実験”をこのように茶化しながら行うことは、冒頭で懸念した通り、痴漢被害を軽視するような印象を覚えるものだ。これでは「痴漢は笑いのネタにしてもいい程度のもの」と思う視聴者がいてもおかしくないし、実際に被害にあった経験のある人達はなにを思うだろうか。
また一連の流れは、痴漢は臀部のみを手で撫でるように触るものだというミスリードをしかねないように感じる。実際は、下着の中にまで手をいれ陰部を触ったりするような場合もあるし、かばんや傘で太ももなどを撫でたりするようなケースも存在する。リュックで痴漢をするということもあり得るのではないだろうか。
問題だと感じるシーンは他にも遭った。臀部を手やリュックで触るという実験内で、被験者の臀部を触る役割をしたのは誰なのかということについてのやりとりだ。
向井「これ、疑問浮かばないですか」
田村「誰がどういう風に触って……とかですよね」
向井「先生の論文ですから」
田村「自らですか」
厳島「そんなことしたら、セクハラ……」
田村「そうですよね。教授がただ触りたいだけで論文を利用して……論文痴漢になりますもんね」
向井「そんな新しい言葉作らないでください」
番組では、研究の際の倫理についても取り上げられており、そのことを意識したものなのかもしれない。しかしこの一連のやりとりで田村氏も向井氏も非常に楽しそうに笑っており、「痴漢」「セクハラ」という話題にただ盛り上がっているようにしか見えない。
「レイプ」でも同じことが出来たのか
放送前、田村氏はツイッターで番組を以下のように紹介していた。
「痴漢の方へ
痴漢の被害に遭われた方へ
痴漢で冤罪に遭われた方へ
痴漢を知りたい方へ」
痴漢被害は「性暴力」のひとつだ。しかし、まだまだその認識はあまり浸透しておらず、どこか「たかが痴漢」というような雰囲気を感じる。これがもし、レイプについての論文であったとしたら、田村氏はこのようにツイートすることもなかったであろうし、番組自体、出演者がゲラゲラ笑うシーンもなかったはずだ。これこそが、痴漢が軽視されていることの証左ではないだろうか。
また、痴漢は男性が女性に対して行うものとは限らない。女性から男性、同性間などでも行われるものだ。男性が加害し、女性が被害に遭うケースが多いことは予想できるものであり、問題を考える際にそうしたシチュエーションを置くことの妥当性はあるかもしれない。だが、せめて番組内で一言、このことにも触れるべきではなかったのではないだろうか。
番組は、放送前から懸念されていた通りの内容になっていた。論文の内容を一般の視聴者が楽しんで理解できるような番組コンセプト自体は素晴らしいものだろう。「痴漢」をテーマにするならば、なぜ痴漢被害は軽視されてしまうのか、痴漢被害を防止するためにはどのような対策がとれるのかといった研究の論文を紹介すべきだったのではないだろうか。この放送は「臀部の感覚は不確かで、痴漢被害者の主張は信憑性に欠ける」という印象を視聴者に残し、痴漢被害の軽視を助長する結果となっていたように思う。
(もにか)