『わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?
第15回 小松めぐみさん(仮名・40代)の話(後編)
子どもが欲しくて白人男性とデキ婚したものの、夫はお坊ちゃん育ちで、世の中の常識がわからないまま大人になったような人だった。徐々にプライドは高いが、ケチな夫の姿が明らかになっていく中、妊娠8カ月の頃に浮気が発覚。前妻がDV妻だったという嘘が発覚すると同時に、自分も警察官の前で「DV妻」呼ばわりされてしまう。
■「男も育児をするべき」という気持ちだけはあった
――妊娠中に浮気の現場を発見し、警察を呼ばれた後、どうなったんですか?
臨床心理士のところへ2人で行って、カウンセリングを受けました。私と夫、それぞれ1人ずつ事情を話したんですが、元夫は「置物を全部なぎ倒したりして、家で暴れまくった。あいつはDV妻なんです」などと話したそう。もちろん私は否定しました。「物を壊したり暴力を振るったりしたことは一度もないです」と。警察官同様、すぐに察したようで、治療ターゲットは元夫になりました。すると彼は「僕、先生のこと大好きですよ」と、味方につけようと必死になっていましたね。
――出産は問題ありませんでしたか?
元夫には「外国人専用の病院で産め」って言われました。でも、そんなときまで格好をつける気はありません。まして私にとって英語は母国語じゃないし、金額だって無駄に高い。「普通の病院で産む」って宣言して、実際、そのようにしました。元夫は立ち会ってくれました。そういうわかりやすく感動的な部分は好きなので。涙? もちろん流していました。
――育児はしてくれたんですか?
アメリカの大学や大学院を出た元夫だけに、表面上はリベラルを自負しているんです。それで、「男も育児をするべき」という気持ちだけはあったみたい。おむつを替えたりとかミルクをあげたりとか、何かと甲斐甲斐しくやってくれましたよ。だけど、ちょっと大きくなっちゃうとだめ。子どもに自我が出てきて、自分のコントロールが利かなくなる。それが嫌だったみたい。だから、ちょっと大きくなったら、すごく突き放していて、厳しすぎると感じました。
――結婚して子どもができると、仕事との兼ね合いとか、育児の労力という点で大変ですよね。
私が楽になるようなアシストならよかったんですが、彼の提案って私の求めていない、むしろ邪魔で足手まといなものが多かった。覚えているのは、子どもを保育園に入れようと必死になっていたときのことです。私は仕事を休んで手続きに行く予定を立てていました。ところが元夫は私のそんな努力をくみ取らず、いきなりヨーロッパ旅行の予定をボンとぶち込んできたんです。なんの相談もなく。「俺が休みを取れるのは、ここだけだから」って。それで私、「ちょっと待って、行けるわけないでしょ。保育園の手続きとか、患者さんの予約が入ってるんだから」と返しました。
すると、「お前も、前の妻と同じだ。俺が必死で休みを取って計画したのを、お前は何ひとつ喜ばないのか。いつもそういう女性に出会うんだ、俺は」って、また被害者モードに入って、ふてくされるんです。
――離婚するまでの経緯を教えてください。
子どもが2歳になる手前で別居しました。きっかけは、彼が突然、会社のトップをクビになってしまったことです。外資系は、責任者であろうが、いきなり辞めさせるんです。おそらく原因は彼自身にあるはずなのに、「お前が支えないからだ。妻として内助の功が足らないからだ」って言うんです。
――リベラルとか言ってるのに“内助の功”だなんて、矛盾していると思わないんですかね?
だから彼は、ダブルスタンダードなんです。表面はリベラルだけど、すごく差別的で封建的。それと、彼が独特なのは、自分に酔ってるというか、絵に描いたようなナルシストだってことです。
――そこから別居へは、どうつながるんですか?
クビになって以来、元夫は落ち込んで、ずっと家にこもっていました。ある日、2歳の誕生日が近くなった頃、子どもが元夫におもちゃを持って近寄っていったことがありました。遊んでほしくて、子どもは「パパ」って話しかけた。すると元夫は「ハァ」ってため息をついて、顔をしかめたまま、子どもを相手にしないんです。異様な様子に、途端に子どもがビビってしまって……。
それを見て「これはやばい。お父さんの機嫌を一生懸命取ろうとする子どもになっちゃう。子どもの情緒が育たなくなる」と思ったんです。それで私、彼に言いました。「病院でうつ病だと判断されて薬をもらってきたようだけど、これを機会にしっかり療養したほうがいいよ。子どもがチョロチョロいたら、あなたが休まらない。あなたのメンタルの回復のため、一度離れよう」って。すると、夫は「そうだね、ありがとう」と言って、すぐに引っ越していってくれました。
――別居だけで、離婚はしなかったんですか?
私は「子どものためによかれと思って」という気持ちもあるけども、「うつ病と診断された彼の心が休まらないから」という理由もあった。まずは別居して修復していこうと思っていたんです。
――出て行った後は、どうなりましたか?
別居してから離婚するまでの2年間は、子どもを彼に会わせていました。月1回のペースで。うつであまり無理をさせられないので、毎回3〜4時間から、長くても半日ぐらい。ボウリングに行ったり、一緒に公園に行ったり、食事に行ったり。子どもが行きたそうな場所を優先して出かけていました。あくまで、子どもに付き合ってあげているという感じですね。
――お子さんと2人きり?
いえ、私も同席していました。彼は子どもの世話ができない人だから、むしろ私に来てほしかったんです。別居しているから顔を見たくないというわけでもないし、子どもの面会についての連絡は普通に取り合っていました。別居中でも、子どもはお父さんのことを好きでしたよ。たまに会うだけなら、彼の機嫌の悪いところも見ないですし。
――別居を経て修復できなかったのはなぜですか?
「俺がクビになって使いものにならなくなったら、捨てる女なんだ」と彼の中で、いつの間にか話がすり替わってしまったようだから。そのうち「お前に追い出された」という恨みを、直接私にメールでぶつけてくるようになりました。それで最終的には「あの親子(私と母)が俺を追い出した。あいつらは子どもが欲しかっただけで、俺は利用された。捨てられた」というふうに、さらに母も彼の怒りの対象となりました。
――どういう手続きを経て別れたんですか?
彼の方から「離婚届を出して別れよう」と、メールで連絡してきました。会ってみると、彼の怒りのオーラがすごかった。ここで説得して撤回させようとしても、また大げんかになる――。そう思ったら、面倒くさくなっちゃって、離婚に同意して、届を書いて押印しました。彼のメンタルが回復せず、破局に至ったことは、とても残念でした。
――彼は離婚届を書きながら、ずっと怒ってたんですか?
いえ。いざ印鑑を押すというとき、「あの子に会えなくなると、俺は……」とか言って涙を流しました。そのとき、彼の本性がわかっていたので、「この人は、泣きたいときに泣けるんだ」ってあきれながら見てましたね。
――その後はどうですか?
元夫から、完全に音沙汰がなくなりました。子どもはかわいそうに、しばらくは父親を恋しそうにしていました。
――慰謝料とか養育費はどうしましたか?
彼がドケチだってことは常々感じていましたから、最初から諦めていました。絶対、慰謝料も養育費も無理だと。だから最初からもう何も言わなかったです。私がラッキーだったのは、多くのシングルマザーが直面する経済的な問題がなかったことです。
――彼は「子どもに会いたい」と言ってこないんですか?
一度もない。むしろ、電話してもガチャ切りされるぐらいです。今や何の興味もないみたい。だから親権問題とか、残念ながら私は個人的にはまったく悩んだことがないし、彼から面会交流したいという要望すら一切ないんですよね。おそらく自分の子どもに対して愛情もないんだと思います。というか、ないとしか思えないです。親子の縁は、実質的には切れてしまってます。
――離婚を経て、いま彼に対してどう思いますか?
不安感が募る妊娠中とか、子どもを産んだ直後の狂乱状態とかの大変な時期に、元夫を支えることは無理でした。だからその頃、「もうあなたとはやっていけない」と強く言って、彼をはじいてしまった。その点は後悔しているし、申し訳ないという気持ちが残っています。とはいえ、再婚すべく話し合いたいとは思わないですけどね。それとは別に、離婚後も、元夫と定期的に子どもを会わせたり、元夫としての彼との関係を築いたりということはしたかった。
――子どもに会わず、彼は何をしてるんですか?
風のうわさによると、私と別れた後、結婚し、また離婚したみたいなんです。だからバツ3か4なのかな。前妻に加え、私のことも「妻からDVを受けた」って、付き合う女性たちに言ってるんでしょう。
――お子さんはお父さんに会いたがりますか? また小松さんが、お父さんのことをお子さんに伝えることはあるんですか?
子どもはいま9歳で、「全然会いたいと思わない」って言ってます。もうちょっと成長して10代の後半とか20代とかになって、ちゃんと父親と話がしてみたいってことで本人がアプローチしたとしても私は止めません。そのとき子どもには「あなたに会ったら、パパは間違いなく涙を流すと思う。『パパは、ずっと会いたいと思ってた』って間違いなくやるから。だけど、それは演技だから」とは言っておくつもりです。そうじゃないと、騙されちゃいますから。
西牟田靖(にしむた やすし)
1970年大阪生まれ。神戸学院大学卒。旅行や近代史、蔵書に事件と守備範囲の広いフリーライター。近年は家族問題をテーマに活動中。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(角川学芸出版)『誰も国境を知らない』(朝日新聞出版)『〈日本國〉から来た日本人』(春秋社)『本で床は抜けるのか』(本の雑誌社)など。最新刊は18人の父親に話を聞いた『わが子に会えない 離婚後に漂流する父親たち』(PHP研究所)。数年前に離婚を経験、わが子と離れて暮らす当事者でもある。
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