アラフォー風俗嬢の苦い思い出……孤独で貧乏な優しい“社長さん”の盗撮

――男は風俗嬢にどんな姿を見せているのだろうか。恋人や友人には見せない、男たちの情けなさ、みっともなさ、滑稽さ、そして優しさをアラフォー風俗嬢がつづります。

  風俗デビューをしたデブ専門のデリヘルで、新人の頃から週1ペースで呼んでくれた40代後半のおじさん。

 当時の私は、風俗に入って1カ月ちょい。指入れされまくったまんこは傷だらけで血が滲み、自分の体が洗っても洗ってもとにかく汚いように思え、洗いすぎて細菌性膣炎になり、めちゃくちゃ臭くなったり、乳首もボロボロ。声がかすれて出なくなったり、熱まで出るほど体を壊し、そのまま風俗を辞めようと退店した。

 そのおじさんにも、「さよなら」と退店報告をしたのに、その後も私からの「さよなら」を無視し続け、めげずに何度も何度もLINEしてきた。全部既読スルーをしているのに。時には未読スルーも。それが数カ月続いた。でも、なぜかブロックできなかった。返信はしなくていい、読まなくてもいいから、ただ送らせてくれ、と。思うに、おじさんは話し相手や、LINEを送る相手がほしく、やり場のない孤独や、仕事のストレス、自分の思いをただ誰かに送信したかったのかもしれない。

 それがわかるからブロックができなかった。実現はしなかったけれど、海外出張で毎月行っているというベトナム旅行にも誘ってくれた。

 その当時、私は付き合い始めていた男性に生活費を毎月30万円いただけることになっていたのだけれど、価値観が合わず1カ月半で別れ、結局、私は風俗へ出戻った。

 私は精神状態が不安定だった頃、解離性障害らしきものになりかけた。深夜に、知らない男性と記憶のないデートをやらかしたり、待機室で気を失い、記憶がないまま店長に引きずられラブホテルまで連れて行かれたりと、不安とパニックで病んでいた。そんな時、1人じゃ危険だし家賃の負担も減るだろうから、ウチに住んだらいいよって、言葉をかけてくれたり、自分も忙しい人なのに何かと気にかけてくれる、優しいおじさんではあった。

 大阪在住の既婚者だったけれど、大阪での別居生活も長いらしく、東京でもマンションを借りて、つい最近彼女が出て行ったばかりだったとか。よほど寂しがり屋なのか、誰かとつながりを持っていたい人なのか。

 自分で立ち上げた会社の社長さんらしく、会社の借金が私とケタが違う数千万円。ワイシャツの襟も首回りが擦り切れて穴が開いているほど。擦り切れて破れていても、そのまま着ている社長は初めて見た。それだけ会社がヤバイ状況だったのだろうか。社長という孤独な職業で会社も危うい、家族とは長年別居、愛人とも別れ、そして不慣れな東京。とにかく孤独だったんだろうな。

 出会ってから4カ月が過ぎた頃。まったくデリヘルで呼ばれなくなった。でもLINEばっかりくる。指名もしないで、メル友みたいなお客さんなんて、もうお客さんじゃない。こちらは風俗で友人や恋人探しをしてるわけでもない。借金返済のためだけに、ひたすら働いているのだから。

 ある時、久々にデリヘルで呼ばれ、おウチに行き、お風呂上がりに体をバスタオルで拭いていると、ソファーに腰掛けていたおじさんの手に持つ携帯がパシャリと鳴った。

 一瞬、何が起きたのかわからなかったけれど、とにかく親しくしていたおじさんに盗撮されたということがショックなのと、ただただ怖くてたまらなかった。痴漢に遭った女性が怖くて声を出せないのと同じで、密室に2人きり、しかも相手の男性の家なんて、メンヘラだった私は、言い返すことなんてできなかった。勝手に盗撮するんじゃなくて、正直に聞いてくれればよかったのに。不信感が募り、そこから距離を置いた。NGにしようかとも悩んだ。けれど、その後二度と呼ばれることはなかった。

 放っておいたら3カ月ぶりにLINEが来た。東京から事業を撤退するので、さようなら。出会えてよかったと。もう終わりが見えていたから、最後の思い出に盗撮したのかと思うと、複雑な思いになった。けれど、お別れのメールには返信のしようがない。

 良い時にたくさん指名してもらってお世話になったけれど、最後は盗撮&事業撤退という、なんとも苦い複雑な思い出になった。以来、それっきり。

 数年たった今でも、社長、新しいワイシャツは買えたかなと、ふと思い出す。

mandara

*曼荼羅*(まんだら)
デリヘルで風俗デビューし、出稼ぎ&吉原ソープを掛け持ちした後、現在は素人童貞などSEXに自信のない悩める男性のためにプライベートレッスンをしているアラフォー風俗嬢。子宮筋腫と腎臓の手術経験があり、現在は子宮頸がん中等度異形成持ち。売りはHカップのおっぱい。
ブログ「続・おちぶれ続けるアラフォーでぶ女の赤字返済計画

週刊誌直撃動画で二次使用料徴収……音事協が暴挙に?

週刊誌の新たなシノギ「直撃動画」

スクープがウリの週刊誌だが、ここに来て、スキャンダルや疑惑が取りざたされる著名人への直撃動画が話題になっている。中でも世間の注目度が高いものは、多くの番組で放送され、多額の収益を生むそうだが、そこに“待った”をかけたのが、音事協だという。

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音事協のもくろみは一体……。

 出版不況といわれる昨今。紙の出版物の売り上げが総じて下降傾向にある中、近年、週刊誌をはじめとした各誌は、ネットを使ったニュースサイトやECサイトの運営に注力している。週刊誌によっては、取材で得た映像や音声をテレビの情報番組などに売るビジネスも生まれており、本誌でも既報の通り、「週刊新潮」(新潮社)が報じた豊田真由子前衆院議員の「このハゲ~!」という暴言音声は、版元に大きな利益をもたらせた。

 これまでも、テレビの情報番組などでは、芸能ネタを中心に週刊誌やスポーツ紙の記事を紹介するケースは多々あったが……。民放テレビ局情報番組の元スタッフは次のように語る。

「『週刊文春』の場合、記事の使用料が5万円、それにオプションとして直撃取材の際、記者に撮影させたサイト用の動画をプラス10万円で番組に提供しています。以前は記事が3万円で、動画が5万円だったので、だいぶ値上がりしましたね」

 1回5万円、10万円といえども、芸能人の不倫騒動など世間の注目を集めた動画や音声に関しては、キー局、地方局を含めて複数の番組で繰り返し使用されることも多く、中には記事と合わせて1000万円を超える利益をもたらしたものもあるという。

「1回の使用で10万円ですが、豊田議員の音声ほどではないまでも、話題になるスクープ動画だと帯で5~6番組くらいで使用し、3日間は引っ張ることにもなる。結果、全体で150万円くらいの売り上げというところでしょう」(同)

 不況にあえぐ週刊誌にとって動画ビジネスは、もはや時代の必然ともいえようが、それに“待った”をかけようとしているのが芸能界だという。前出のテレビ局元スタッフは明かす。

「実は、最近になって音事協が民放各テレビ局に対し、週刊誌に使用料を払って動画を流す際、二次使用料を請求する意向を水面下で示したんです。まだ正式決定ではありませんが、業界内ではかなり話題になっていますよ」

MEMO『音事協』
日本音楽事業者協会のこと。1963年に音楽事業を営む事業者が、事業向上を目的として設立。その後、80年に法人化。現在の会長はホリプロ代表取締役の堀義貴氏。

 日本の芸能事務所で構成される大手業界団体「一般社団法人 日本音楽事業者協会」は、かねてから芸能人の肖像権やパブリシティ権の保全・啓蒙を訴えている。これにより、各テレビ局に対して、加盟社に所属する芸能人の過去の映像を使用する際、場合によっては二次利用料を徴収【1】してきた歴史がある。

 さりとて、情報番組やニュース番組などで使用されているタレントらによる記者会見やイベント出演の映像やキャプチャ、会見写真などに関しては、二次使用料は原則的には発生しないようだ。

 別のテレビ局スタッフの話。

「そうした映像に関しては、そもそもテレビ局が映像に映っている芸能人に出演ギャラを払っているわけではないし、報道という観点もある。ちなみに、仮に二次使用料が発生しなくても、テレビ局は音事協加盟社の芸能人の映像を再利用する場合は、その都度、使用を申請し、許可を得る必要があります。これには芸能人の肖像権やパブリシティ権の管理という意味合いのほか、別の理由もあるようです。芸能人によっては、昔の古い映像を使われると、『今と顔が変わってる! 整形だ!!』などとSNSなどで炎上するケースもありますから(笑)」

 なんともややこしい、芸能界とテレビ界を取り巻く二次使用の現実だが、「週刊誌動画の二次使用料請求に関しては、昨年秋口から動きがありました。いくらなんでも無茶な要求だとは思いますが、肖像権を管理する音事協からしてみれば、タレントの顔や名前で商売しているからその分け前をよこせ、という話なのでしょう」(同)という。

 いささか横暴に見えるが、これについて法的根拠はあるのだろうか?肖像権やパブリシティ権に詳しい弁護士法人ALG & Associatesの児玉政己弁護士は「音事協が二次使用料として請求できる性質のものではなく、また、音事協が行おうとしている二次使用料の徴収業務は、法的な根拠がないと考えられます」とし、次のように解説する。

「二次使用料を請求するためには、請求するコンテンツにおいて請求者に何かしらの権利が必要となります。まず、『このハゲ~!』など、誰かの『発言』(音声)そのものには、創作的な表現性が欠如しており、著作権の発生が想定されず、芸能人の外見を利用するものでもないため、肖像権ないしパブリシティ権の侵害も肯定し難いと考えられます」

 では、動画に関してはどうだろうか? 児玉弁護士は続ける。

「音声のみの場合とは異なり、『映像』(動画)については、映像作品の制作者に著作権が生じ得ます。今回のケースにおいては、映像制作者は取材を行った週刊誌(あるいは委託された記者)であって、音事協ないし所属プロダクションには著作権が発生し得ません。そのため、当該映像の著作権の二次使用料というものを、音事協として請求することはできないものと考えられます」

 次に芸能人ら、人物の容姿に商業利用価値がある場合における『パブリシティ権』を見てみたい。

「パブリシティ権に基づく請求を行いたい場合、判例上、著名人が持つ顧客誘引力に着目し、専ら当該顧客吸引力を用いる目的で商品やサービスに肖像等を用いるという状況が必要になります。私企業が発刊する週刊誌とはいえ、あくまで公共の関心事を世論に伝えるという目的が主であり、著名人の肖像などが持つ顧客誘引力を利用して自らの商品やサービスを販促することを専らの目的としているものではないため、パブリシティ権を侵害しているとは認められないと考えられます。

 仮に、パブリシティ権の侵害に当たるとしても、二次使用料として請求できるといった性質のものではありません。

 さらに、『人格権』としての肖像権の侵害も考えられますが、人格権については、商業的価値を有するものとして、所属する芸能プロダクションが管理できる性質の権利ではありません。そのため、所属プロダクションからの委託を受けているに過ぎない音事協は、二次使用料などとして請求できるものではないと考えられます」(同)

 タレントや所属芸能プロがこれらの権利について、ある種の契約を音事協と交わした場合は別にして、個人が訴えに出た場合、都度、司法による判断を待つこともあるようだ。だが、音事協そのものには二次使用料を請求できる権利はない、というのが現状である。とはいえ、芸能界、あるいは音事協とベッタリのテレビ局が、彼らの要求を拒むことはできるのだろうか? でも、(ほぼ確定みたいですが)まだ“水面下”の話で、決定ではないんですけどね。

(編集部)

【1】二次利用料を徴収
音事協に加盟する芸能プロ、もしくはタレントがテレビ局と出演契約を交わした過去のテレビ番組(ドラマや歌番組、バラエティ番組、トーク番組など)の映像を、新たに番組で再使用する場合、映像の長さに応じて二次利用料を音事協に支払う料金。徴収後、音事協は所属芸能事務所にこれを分配する。使用時間が長くなるほど、あるいはタレントのネームバリューが高ければ高くなるほど高額になる傾向がある。また同じ芸能人の映像でも、バラエティ番組、トーク番組に比べると、ドラマや歌番組など“実演”している映像は、より高額になるという。

A.B.C-Z塚田僚一とJr.岩本照が『SASUKE2018』に登場! 3月26日(月)ジャニーズアイドル出演情報

――翌日にジャニーズアイドルが出演予定の番組情報をお届けします。見逃さないように、録画予約をお忘れなく!

※一部を除き、首都圏の放送情報を元に構成しています。
※番組編成、及び放送日時は変更になることがあります。最新情報は番組公式サイト等をご確認ください。

●TOKIO

5:50~ 8:00 『ZIP!』(日本テレビ系) 山口達也
8:00~ 9:55 『白熱ライブビビット』(TBS系) 国分太一
11:25~11:30 『国分太一のおさんぽジャパン』(フジテレビ系) 国分太一
18:55~19:25 『Rの法則』(NHK Eテレ) 山口達也
19:25~19:55 『テストの花道 ニューベンゼミ』(NHK Eテレ) 城島茂

●V6

8:15~ 8:55 『あさイチ』(NHK総合) 井ノ原快彦

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「チンギス・ハン侮辱表現」が掲載されたホントの理由は「人権・障害者団体の抗議・糾弾が減ったから」

 小学館の看板雑誌「コロコロコミック」2018年3月号で、チンギス・ハンの肖像画に落書きするという内容が、侮辱であると抗議を受け、販売中止と謝罪に追い込まれた問題。これは、予期しなかったトラブルなのか。問題をめぐって、編集サイドのクレーム対応能力の劣化も指摘されている。

「文庫とコミックは<差別・不適切表現>の宝庫だと思え!」

 そう章タイトルで記しているのは、小学館で編集総務部長を務めた堀田貢得の『編集者の危機管理術』(青弓社)。この本では「差別・不適切表現が発覚すると人権団体に<抗議・糾弾>される場合がある」「糾弾にいたれば、担当編集者、編集長、担当役員は絶対に逃げられない」として、人権団体や障害者団体などから抗議された実例が記されている。

「人権に絡む問題や、民族・宗教などの尊厳を毀損すること。病気を揶揄するような表現には、細心の注意を払わなくてはならないのは、出版社にとっては基礎中の基礎のはずなのですが……」

 そう話すのは、ある大手出版社のOB。たいていの大手や老舗と呼ばれる出版社は、過去の膨大な抗議を踏まえて表現には細心の注意が払われている。

「編集段階で『この表現は大丈夫か』と考えた時には、編集長、さらには、編集総務などに確認して判断を仰ぎ協議するのは、ごく当たり前のことです」(同)

 だが、今回のケースでは、そうした協議に諮ることなく掲載され、抗議されることになってしまった。つまり、編集サイドでは、チンギス・ハンの顔に落書きすることが、抗議される可能性のある表現だと、まったく考えていなかったのだ。

 前出の出版社OBは「編集者の抗議に対するスキルは低下している」と指摘する。その理由は、団体に抗議されるケースが減ったことだという。

「かつては、人権団体や障害者団体による組織的な抗議活動は盛んに行われていました。私自身も確認会や糾弾会へ出席したこともありますし、そこまで至らなくても、呼び出しを受けたことは無数にあります」(同)

 ところが、近年ではそうした団体による組織だった抗議活動は、稀だ。

「かつての抗議や糾弾というものは、実際に顔を合わせて行われる対面均衡でした。ところが今では、抗議の主流はネットで匿名で行われるものになっています。編集者自身が、不適切な表現をするとどういうことになるのか、我が身を持って体験することができなくなっているんです」(同)

 過去の人権団体や障害者団体の抗議や糾弾の手法には、さまざまな評価がある。とはいえ、それが表現する上での「覚悟」を醸成していたのも事実。SNSでの誰とも知れぬ発言を相手に、そうしたスキルを学ぶことはできないのか。
(文=昼間たかし)

「港区の高級マンション」なのにクソ物件!? 素人が見落としがちな“貸主”という落とし穴

(前編はこちら)

 前編では、「クソ物件オブザイヤー」を主催する「全国宅地建物取引ツイッタラー協会」の全宅ツイのグル氏(@emoyino)に、クソ物件が生まれてしまう背景を解説してもらった。後編では、クソ物件に住んでしまった人の体験談、また最近何かと話題の“タワマン”に関する意見を聞いた。

港区のデザイナーズマンションの貸主は?

 今後の人生で、「住んでみたらクソ物件だった!」となった日が来ないとも限らない。全宅のツイ氏が、実際にそんな物件を引き当ててしまった人のエピソードを披露してくれた。

 では、ひとつ、一般の方が見落としがちな「住んでみたらクソ物件だった!」というお話を。私の友人が賃貸マンションを借りたときのお話です。彼が新婚の奥さんと借りたのは港区の築浅の2LDKのマンション。月のお家賃は30万円を超えるいわゆる“デザイナーズマンション”でした。

 このデザイナーズマンションは、もともと分譲用として建設されたマンションで、港区でも上位のエリアに位置しておりました。またちょうどマンションの工事費が現在ほど高騰していない頃に分譲用として新築されていますので、建物の仕様も非常に高い。誰が見ても“高級”といった感じのマンションでした。

 幸せたっぷりの新婚時代に、誰もが羨む高級デザイナーズマンションに住んで半年ほどたった夏の頃、リビングの天井埋め込みの型エアコンが故障します。

 さて、賃貸マンションにお住みの皆さん、今あなたが住んでいるお家をあなたは誰から借りているのか、意識したことはありますか? あなたが誰からお家を借りているかぱっと答えることはできますか? この友人が借りた高級デザイナーズマンションは分譲用で、そこを投資用として購入した芸能会社社長が貸主でした。

 想像してみましょう。あなたは不動産の投資家です。あなたの目的は不動産に投資して、できるだけたくさんのお金をそこから回収すること。間違ってもあなたの不動産を借りている人に、上質な住居を提供して快適に暮らしていただくことではない。たった30万円のお家賃を受け取るために数十万円をかけて天井埋め込みのエアコンを修理したいと思いますか?

 そう考えたこの貸主、芸能会社社長は、借り主である友人からのエアコン修理の依頼の電話を無視し続けました。こうして私が友人と貸主の間に入って問題が解決するまでの間、彼は暑い夏を毎月30万円払いながらエアコンなしで過ごす羽目となりました。そう、毎日、奥さんに故障したエアコンをなんとかしろと言われながら。

 と、このようにですね、クソ物件は、物件そのものの物理的な状態のみならず、“誰からその物件を借りるか”によっても発生するということを皆さんには知っておいていただきたいと思います。トラブルのときにきちんと対応してくれる安心も、多少割高なお家賃に含まれると考えて、ファンド・REIT(証券取引所に上場している、主に不動産を投資対象とした投資信託のこと)の所有する物件、大手不動産会社や大手の一般事業法人が貸主の物件をおすすめします。

 タワマンは、外部から“セレブの象徴”として見られてきた。また“階数が高ければ高いほど金持ち”などと、ヒエラルキーが目に見えやすい形になっていると想像できるだけに、「タワマン内部では血で血を洗うマウンティング合戦が繰り広げられているのではないか?」と、女たちの好奇心を掻き立てたものだ。そんな中、最近やたらと「タワマン大暴落予想」の記事が目につくようになり、タワマンに着目する者の心をザワつかせているが、全宅ツイのグル氏は、タワマンのメリットデメリットに関して、どのような見解を持っているのだろうか。

 タワーマンションのデメリットは、ほとんどありません。それはこれまで建設されてきたタワーマンションの分譲時の抽選倍率、分譲後の中古市場での価格の上昇、また賃貸市場での賃料の高さを見れば客観的に明らかです。

 しかしながら私個人として2点だけ指摘させていただきます。1つめは、ぶっちゃけてしまいますと、タワーマンションは非常にわかりやすくシンボリックであるため、妬みや嫉妬の対象とされがちなことでしょうか。

 本当はもっと坪単価の高い低層の高級マンションはたくさん存在するのですが、タワーマンションこそ鼻持ちならないセレブたちの住まいのシンボルとしてディスられがちです。

 一定以上の、自分にも届きそうで、やっぱりちょっと届かない年収の人がまとまって同じ場所に暮らしている。それはやっぱり叩かれやすい。

 ただただ背が高くて目立ってわかりやすいということから、2000年代前半のタワマンブーム当時より、週刊誌、夕刊紙のルサンチマンとして叩かれ続けた流れがそのまま続いている印象を受けます。実際に住んでる方は、全然鼻持ちならない感じではないですし、職場に近くて便利で、立派な背の高い建物に暮らすのは気分のいいもんです。

 まあ、実際にタワーマンションに暮らしている人とそうではない人の数の比率を思い浮かべれば、如何に皆が想像でディスっているのかは理解できると思いますね。

 もう1つはタワーマンションそのものではなく、その周辺の環境です。もともとは工業エリアや未利用地だった場所を開発したケースが多く、大きな街区に同じようなタワーマンションや大規模な商業施設が存在しています。

 これは便利で清潔だといえばそのとおりなのですが、少額な資本の飲食店や個人の経営するセンスの良い商店を周辺に許容する余地がありません。近所の銭湯に、つっかけで行って帰りに立ち飲み屋さんで一杯、みたいな生活を望むならタワーマンション住まいは向かないかもしれませんね。

 タワーマンションのメリットはいっぱいありますが、ちょっとだけ。

◎都心への近さ
 豊洲なら、銀座1丁目まで有楽町線で6分。勝どきなら銀座4丁目までタクシー10分。これはすごい。貴族ではない一般人が、こんなとこ住めるんかいう話です。

◎眺望
 やっぱりいいですよ。仕事終わって帰ってきてふと見る窓の向こう景色。遮るもののない視界、潤いのある水辺の景色、たくさんのビルに灯された灯り、これぞアーバン! って感じがします。

◎シンボル性
 わかりやすい。ずばーん建ってるマンション指さして、私の家あそこ、言うんわ。タクシー乗ってもマンション名だけで通じる。大規模ゆえのスケールメリットで共用部も豪華。だれが見ても高級。わかりやすいすごさ。コンシェルジュはじめとしたサービスも便利。

◎資産価値
 2000代前半から分譲されてきたタワーマンションがどれだけ値上がりしたか。普通のサラリーマンの方でも、初期にタワーマンションを買った方は2000万円ほどで売却して利益を得た方がたくさんいらっしゃいます。また売却せずとも現在のタワーマンションの市場価格と自分が買った新築時の価格を眺めて、立派なマンションに住みながら含み益でニヤニヤできる。これは素晴らしい。

 これまでさまざまな物件を見てきた全宅ツイのグル氏。最後に、クソ物件が放つ魅力について、次のような言葉を寄せてくれた。

 不動産に関わる人たちの欲望や浅ましさ、組織の中での個人の弱さなどが垣間見られる点がクソ物件の素晴らしさです。

 細長い家の企画を見た不動産会社員は、心の中で「マジで?」って思います。でも、会社員です。会社や上司には逆らえない。「社長いいですね! やりましょう!」って言うんです。

 「もっと儲けたろう。住む人のことなんか後回しや。あと1平米でも余分に貸床を確保しろ」って叫ぶ事業主や「工事費もったいないわ。見えるとこだけきれいにしといたろ」と思うビルオーナーの払うお金と、自分の専門家としての良心に挟まれる現場の人間たちの苦悩。それらが結晶してクソ物件が生まれます。

 クソ物件とはいわば、人間の業や不動産にまつわる悲喜劇が生み出す侘び寂びが行き着く終着点なのです。

「全国宅地建物取引ツイッタラー協会」公式サイト
「クソ物件オブザイヤー」公式サイト

「港区の高級マンション」なのにクソ物件!? 素人が見落としがちな“貸主”という落とし穴

(前編はこちら)

 前編では、「クソ物件オブザイヤー」を主催する「全国宅地建物取引ツイッタラー協会」の全宅ツイのグル氏(@emoyino)に、クソ物件が生まれてしまう背景を解説してもらった。後編では、クソ物件に住んでしまった人の体験談、また最近何かと話題の“タワマン”に関する意見を聞いた。

港区のデザイナーズマンションの貸主は?

 今後の人生で、「住んでみたらクソ物件だった!」となった日が来ないとも限らない。全宅のツイ氏が、実際にそんな物件を引き当ててしまった人のエピソードを披露してくれた。

 では、ひとつ、一般の方が見落としがちな「住んでみたらクソ物件だった!」というお話を。私の友人が賃貸マンションを借りたときのお話です。彼が新婚の奥さんと借りたのは港区の築浅の2LDKのマンション。月のお家賃は30万円を超えるいわゆる“デザイナーズマンション”でした。

 このデザイナーズマンションは、もともと分譲用として建設されたマンションで、港区でも上位のエリアに位置しておりました。またちょうどマンションの工事費が現在ほど高騰していない頃に分譲用として新築されていますので、建物の仕様も非常に高い。誰が見ても“高級”といった感じのマンションでした。

 幸せたっぷりの新婚時代に、誰もが羨む高級デザイナーズマンションに住んで半年ほどたった夏の頃、リビングの天井埋め込みの型エアコンが故障します。

 さて、賃貸マンションにお住みの皆さん、今あなたが住んでいるお家をあなたは誰から借りているのか、意識したことはありますか? あなたが誰からお家を借りているかぱっと答えることはできますか? この友人が借りた高級デザイナーズマンションは分譲用で、そこを投資用として購入した芸能会社社長が貸主でした。

 想像してみましょう。あなたは不動産の投資家です。あなたの目的は不動産に投資して、できるだけたくさんのお金をそこから回収すること。間違ってもあなたの不動産を借りている人に、上質な住居を提供して快適に暮らしていただくことではない。たった30万円のお家賃を受け取るために数十万円をかけて天井埋め込みのエアコンを修理したいと思いますか?

 そう考えたこの貸主、芸能会社社長は、借り主である友人からのエアコン修理の依頼の電話を無視し続けました。こうして私が友人と貸主の間に入って問題が解決するまでの間、彼は暑い夏を毎月30万円払いながらエアコンなしで過ごす羽目となりました。そう、毎日、奥さんに故障したエアコンをなんとかしろと言われながら。

 と、このようにですね、クソ物件は、物件そのものの物理的な状態のみならず、“誰からその物件を借りるか”によっても発生するということを皆さんには知っておいていただきたいと思います。トラブルのときにきちんと対応してくれる安心も、多少割高なお家賃に含まれると考えて、ファンド・REIT(証券取引所に上場している、主に不動産を投資対象とした投資信託のこと)の所有する物件、大手不動産会社や大手の一般事業法人が貸主の物件をおすすめします。

 タワマンは、外部から“セレブの象徴”として見られてきた。また“階数が高ければ高いほど金持ち”などと、ヒエラルキーが目に見えやすい形になっていると想像できるだけに、「タワマン内部では血で血を洗うマウンティング合戦が繰り広げられているのではないか?」と、女たちの好奇心を掻き立てたものだ。そんな中、最近やたらと「タワマン大暴落予想」の記事が目につくようになり、タワマンに着目する者の心をザワつかせているが、全宅ツイのグル氏は、タワマンのメリットデメリットに関して、どのような見解を持っているのだろうか。

 タワーマンションのデメリットは、ほとんどありません。それはこれまで建設されてきたタワーマンションの分譲時の抽選倍率、分譲後の中古市場での価格の上昇、また賃貸市場での賃料の高さを見れば客観的に明らかです。

 しかしながら私個人として2点だけ指摘させていただきます。1つめは、ぶっちゃけてしまいますと、タワーマンションは非常にわかりやすくシンボリックであるため、妬みや嫉妬の対象とされがちなことでしょうか。

 本当はもっと坪単価の高い低層の高級マンションはたくさん存在するのですが、タワーマンションこそ鼻持ちならないセレブたちの住まいのシンボルとしてディスられがちです。

 一定以上の、自分にも届きそうで、やっぱりちょっと届かない年収の人がまとまって同じ場所に暮らしている。それはやっぱり叩かれやすい。

 ただただ背が高くて目立ってわかりやすいということから、2000年代前半のタワマンブーム当時より、週刊誌、夕刊紙のルサンチマンとして叩かれ続けた流れがそのまま続いている印象を受けます。実際に住んでる方は、全然鼻持ちならない感じではないですし、職場に近くて便利で、立派な背の高い建物に暮らすのは気分のいいもんです。

 まあ、実際にタワーマンションに暮らしている人とそうではない人の数の比率を思い浮かべれば、如何に皆が想像でディスっているのかは理解できると思いますね。

 もう1つはタワーマンションそのものではなく、その周辺の環境です。もともとは工業エリアや未利用地だった場所を開発したケースが多く、大きな街区に同じようなタワーマンションや大規模な商業施設が存在しています。

 これは便利で清潔だといえばそのとおりなのですが、少額な資本の飲食店や個人の経営するセンスの良い商店を周辺に許容する余地がありません。近所の銭湯に、つっかけで行って帰りに立ち飲み屋さんで一杯、みたいな生活を望むならタワーマンション住まいは向かないかもしれませんね。

 タワーマンションのメリットはいっぱいありますが、ちょっとだけ。

◎都心への近さ
 豊洲なら、銀座1丁目まで有楽町線で6分。勝どきなら銀座4丁目までタクシー10分。これはすごい。貴族ではない一般人が、こんなとこ住めるんかいう話です。

◎眺望
 やっぱりいいですよ。仕事終わって帰ってきてふと見る窓の向こう景色。遮るもののない視界、潤いのある水辺の景色、たくさんのビルに灯された灯り、これぞアーバン! って感じがします。

◎シンボル性
 わかりやすい。ずばーん建ってるマンション指さして、私の家あそこ、言うんわ。タクシー乗ってもマンション名だけで通じる。大規模ゆえのスケールメリットで共用部も豪華。だれが見ても高級。わかりやすいすごさ。コンシェルジュはじめとしたサービスも便利。

◎資産価値
 2000代前半から分譲されてきたタワーマンションがどれだけ値上がりしたか。普通のサラリーマンの方でも、初期にタワーマンションを買った方は2000万円ほどで売却して利益を得た方がたくさんいらっしゃいます。また売却せずとも現在のタワーマンションの市場価格と自分が買った新築時の価格を眺めて、立派なマンションに住みながら含み益でニヤニヤできる。これは素晴らしい。

 これまでさまざまな物件を見てきた全宅ツイのグル氏。最後に、クソ物件が放つ魅力について、次のような言葉を寄せてくれた。

 不動産に関わる人たちの欲望や浅ましさ、組織の中での個人の弱さなどが垣間見られる点がクソ物件の素晴らしさです。

 細長い家の企画を見た不動産会社員は、心の中で「マジで?」って思います。でも、会社員です。会社や上司には逆らえない。「社長いいですね! やりましょう!」って言うんです。

 「もっと儲けたろう。住む人のことなんか後回しや。あと1平米でも余分に貸床を確保しろ」って叫ぶ事業主や「工事費もったいないわ。見えるとこだけきれいにしといたろ」と思うビルオーナーの払うお金と、自分の専門家としての良心に挟まれる現場の人間たちの苦悩。それらが結晶してクソ物件が生まれます。

 クソ物件とはいわば、人間の業や不動産にまつわる悲喜劇が生み出す侘び寂びが行き着く終着点なのです。

「全国宅地建物取引ツイッタラー協会」公式サイト
「クソ物件オブザイヤー」公式サイト

フィギュア少女の「孤独」に私たちは救われる……『スピン』の描く苦しみ・喜びの福音

 張り詰める冷気。ほのかに漂う汗の香り。誰よりも早くリンクへと降り立った彼女は、確かに孤独ではあったのだが、ブレードが氷を削る音を聞きながら、不思議と心が満たされていくのを感じていたことだろう。何者にも邪魔をされることがない、私だけの清潔な王国。その感覚を、アイススケートになどついぞ縁がない私も、なぜか知っているような気がした。

 『スピン』(河出書房新社)は著者、ティリー・ウォルデンの自伝的作品であり、将来有望なフィギュアスケーターであった少女の視点から、練習に明け暮れる日々、得恋の喜び、悲しい恋の終わり、息苦しい母との関係を描いたグラフィックノベルだ。

 彼女には秘密があった。同性愛者だったのだ。

「5つのときから自分がゲイ※だとわかっていた。わたしはもうすぐ12歳になる」
「スケートは奇妙な敗北感をわたしにつきつけてくる。女らしい要素のすべてに嫌悪を抱きながらなおも惹かれた」
「とっくに気づいていたからといって、楽になるわけじゃない」
「いけないことだとわかっていたから誰にも胸の内を明かさなかった」
「だから密かに恋をした。何度も何度も。報われるなんてただの一度も考えなかった」

 心を削り出すかのような痛切なモノローグが読む者の胸を締め付ける。あきらめることで自らを守ろうとしていた彼女は、しかし恋に落ちた。

「初恋は誰にとっても特別だ。だが年の浅い秘密のゲイ同士となると、話はまったく違ってくる」
「覚えているのはスリルでも自由な感覚でもなく―」
「恐怖だった」

 保守的なテキサスの地で、彼女たちの孤独感はいかばかりのものだったろう。同性愛者に対してヘイトを叫ぶ映像に一抹の不安を覚えながらも、気持ちだけは止められなかった。やがてその関係は親たちの知るところとなり、突然の終局が訪れる。悲しい恋の終わり。だが後に、彼女はこう振り返るのだった。

「誰かがわたしに好意を返してくれるなんて思いもしなかった。でもレイの気持ちは本物だった」

 彼女は懸命に世界と和解しようとしていた。思い出すのは大島弓子の『バナナブレッドのプディング』(白泉社)のこのセリフだ。

「わたし 薔薇の木は大好きだった でも 薔薇の木から 好きだよなんて いってもらえるなんて 夢にも思わなかった 夢にも 思わなかったわ……」

 国や人種を超えてマンガの魂が共鳴する。主人公の在りよう、世界と対峙するスタンスは、どこか大島や岡崎京子の作品に似ている。

 思えばフィギュアスケートは本邦の少女マンガにおいても格好のテーマであった。槇村さとる『愛のアランフェス』『白のファルーカ』、おおやちき『雪割草』(いずれも集英社)、川原泉『銀のロマンティック…わはは』(白泉社)、小川彌生『キス&ネバークライ』(講談社)……。その多くにあってフィギュアスケートは、人生そのもののように描かれていた。

 本作も紙幅の大半はフィギュアスケートの描写に割かれているが、心に響くのは主人公の葛藤や悲しみを綴るモノローグだ。それはフィギュアスケートというスポーツの特異性に因るところが大きい。「このスポーツは生き方とセットだ。そこに選択の余地はない」のだ。滑ること、踊ることは運命のようなものだと、ある種のスケーターは見る者に思い知らしめる。そして華やかさとは裏腹なその残酷さが、人々をまた惹きつけるのだった。

 脆弱な繊細さを抱えた私たちは、あるときは孤独でありたいと思いながら、またあるときはそれを寂しいとも思う、わがままな存在だ。人は1人では生きていけないこともわかっているのだが、他者の無神経や悪意に傷つけられたくはない。消去法として選んだ孤独にとって、恋は福音なのか、猛毒なのか。

 本作は明確な答えを提示する類のものではなく、ただ1人の女性の青春時代を描く。私たちはそこにかつての自分自身を見るだろう。たとえ30歳、40歳になっても消化しきれない、あの頃の苦しみや喜びが、ただそこに表現されているというだけで、今の私も、あの頃の私も救われるのだ。確かに私は孤独だった、でも私は孤独ではなかったのだと。

 12年間続けてきたフィギュアスケートに別れを告げ、二度とスケートはしないと誓った2年後のある日、主人公はふらりとアイスリンクを訪れる。スケートをするためではない。「立ち去れることを自分に証明する必要があった」のだ。鮮やかなアクセルジャンプを着氷した彼女は、そそくさとリンクを出る。フィギュアスケートのジャンプの中で、アクセルは唯一前を向いて踏み切るジャンプだ。跳ぶたびに彼女はこう願ったという。「ターンして踏み切る一瞬、今度こそうまく行きますようにと全身全霊で祈った」。私たちは今日も祈りながら跳んでいる。

※原文ママ。同性愛者全般を意味する。

小田真琴(おだ・まこと)
女子マンガ研究家。1977年生まれ。男。片思いしていた女子と共通の話題がほしかったから……という不純な理由で少女マンガを読み始めるものの、いつの間にやらどっぷりはまって、ついには仕事にしてしまった。自宅の1室に本棚14架を押しこみ、ほぼマンガ専用の書庫にしている。「FRaU」「SPUR」「ダ・ヴィンチ」「婦人画報」などで主に女子マンガに関して執筆。2017年12月12日OA『マツコの知らない世界』(TBS系)出演。

フィギュア少女の「孤独」に私たちは救われる……『スピン』の描く苦しみ・喜びの福音

 張り詰める冷気。ほのかに漂う汗の香り。誰よりも早くリンクへと降り立った彼女は、確かに孤独ではあったのだが、ブレードが氷を削る音を聞きながら、不思議と心が満たされていくのを感じていたことだろう。何者にも邪魔をされることがない、私だけの清潔な王国。その感覚を、アイススケートになどついぞ縁がない私も、なぜか知っているような気がした。

 『スピン』(河出書房新社)は著者、ティリー・ウォルデンの自伝的作品であり、将来有望なフィギュアスケーターであった少女の視点から、練習に明け暮れる日々、得恋の喜び、悲しい恋の終わり、息苦しい母との関係を描いたグラフィックノベルだ。

 彼女には秘密があった。同性愛者だったのだ。

「5つのときから自分がゲイ※だとわかっていた。わたしはもうすぐ12歳になる」
「スケートは奇妙な敗北感をわたしにつきつけてくる。女らしい要素のすべてに嫌悪を抱きながらなおも惹かれた」
「とっくに気づいていたからといって、楽になるわけじゃない」
「いけないことだとわかっていたから誰にも胸の内を明かさなかった」
「だから密かに恋をした。何度も何度も。報われるなんてただの一度も考えなかった」

 心を削り出すかのような痛切なモノローグが読む者の胸を締め付ける。あきらめることで自らを守ろうとしていた彼女は、しかし恋に落ちた。

「初恋は誰にとっても特別だ。だが年の浅い秘密のゲイ同士となると、話はまったく違ってくる」
「覚えているのはスリルでも自由な感覚でもなく―」
「恐怖だった」

 保守的なテキサスの地で、彼女たちの孤独感はいかばかりのものだったろう。同性愛者に対してヘイトを叫ぶ映像に一抹の不安を覚えながらも、気持ちだけは止められなかった。やがてその関係は親たちの知るところとなり、突然の終局が訪れる。悲しい恋の終わり。だが後に、彼女はこう振り返るのだった。

「誰かがわたしに好意を返してくれるなんて思いもしなかった。でもレイの気持ちは本物だった」

 彼女は懸命に世界と和解しようとしていた。思い出すのは大島弓子の『バナナブレッドのプディング』(白泉社)のこのセリフだ。

「わたし 薔薇の木は大好きだった でも 薔薇の木から 好きだよなんて いってもらえるなんて 夢にも思わなかった 夢にも 思わなかったわ……」

 国や人種を超えてマンガの魂が共鳴する。主人公の在りよう、世界と対峙するスタンスは、どこか大島や岡崎京子の作品に似ている。

 思えばフィギュアスケートは本邦の少女マンガにおいても格好のテーマであった。槇村さとる『愛のアランフェス』『白のファルーカ』、おおやちき『雪割草』(いずれも集英社)、川原泉『銀のロマンティック…わはは』(白泉社)、小川彌生『キス&ネバークライ』(講談社)……。その多くにあってフィギュアスケートは、人生そのもののように描かれていた。

 本作も紙幅の大半はフィギュアスケートの描写に割かれているが、心に響くのは主人公の葛藤や悲しみを綴るモノローグだ。それはフィギュアスケートというスポーツの特異性に因るところが大きい。「このスポーツは生き方とセットだ。そこに選択の余地はない」のだ。滑ること、踊ることは運命のようなものだと、ある種のスケーターは見る者に思い知らしめる。そして華やかさとは裏腹なその残酷さが、人々をまた惹きつけるのだった。

 脆弱な繊細さを抱えた私たちは、あるときは孤独でありたいと思いながら、またあるときはそれを寂しいとも思う、わがままな存在だ。人は1人では生きていけないこともわかっているのだが、他者の無神経や悪意に傷つけられたくはない。消去法として選んだ孤独にとって、恋は福音なのか、猛毒なのか。

 本作は明確な答えを提示する類のものではなく、ただ1人の女性の青春時代を描く。私たちはそこにかつての自分自身を見るだろう。たとえ30歳、40歳になっても消化しきれない、あの頃の苦しみや喜びが、ただそこに表現されているというだけで、今の私も、あの頃の私も救われるのだ。確かに私は孤独だった、でも私は孤独ではなかったのだと。

 12年間続けてきたフィギュアスケートに別れを告げ、二度とスケートはしないと誓った2年後のある日、主人公はふらりとアイスリンクを訪れる。スケートをするためではない。「立ち去れることを自分に証明する必要があった」のだ。鮮やかなアクセルジャンプを着氷した彼女は、そそくさとリンクを出る。フィギュアスケートのジャンプの中で、アクセルは唯一前を向いて踏み切るジャンプだ。跳ぶたびに彼女はこう願ったという。「ターンして踏み切る一瞬、今度こそうまく行きますようにと全身全霊で祈った」。私たちは今日も祈りながら跳んでいる。

※原文ママ。同性愛者全般を意味する。

小田真琴(おだ・まこと)
女子マンガ研究家。1977年生まれ。男。片思いしていた女子と共通の話題がほしかったから……という不純な理由で少女マンガを読み始めるものの、いつの間にやらどっぷりはまって、ついには仕事にしてしまった。自宅の1室に本棚14架を押しこみ、ほぼマンガ専用の書庫にしている。「FRaU」「SPUR」「ダ・ヴィンチ」「婦人画報」などで主に女子マンガに関して執筆。2017年12月12日OA『マツコの知らない世界』(TBS系)出演。

まさにツッコミどころ満載……北京師範大学教授に就任した鳩山由紀夫元首相、学生を前にリーダー論を説く!

 先日、Twitterに島根県・竹島について「米国は2008年に韓国領と決めた」と投稿し、炎上騒ぎとなった鳩山由紀夫氏。この件で「そういえばそんな人いたな……」と、氏を思い出した人も多いだろう。そんな鳩山氏が、今度は中国で話題となっている。

「中新網」(3月15日付)によると14日、鳩山氏が北京師範大学新興市場研究員の特任教授に就任し、「発展途上国修士コース」の学生46名を前に講演を行った。

 その演題は「指導力」。1年も持たずに総理大臣を辞任した人間が指導力を語るとは、ギャグのつもりだろうか。

 講演の中で鳩山氏は、自身が提唱した「東アジア共同体」構想は「一帯一路」政策と方向性が同じであるとしたうえで、「経済発展は重要だが、戦争になったらすべてが烏有(うゆう)に帰す。和平の方が重要だ」と主張したという。

 一帯一路政策は、中国企業が海外で利益を上げるための政策にすぎないという見方もあり、事実、中国の海外軍事拠点を拡大させる側面も持っている。それを「和平」に結びつけるには強引すぎる気もするが……。

 さらに鳩山氏は『論語』を引用して「リーダーにとって最も重要なのは“道”である」と述べているが、日本人が聞いたら、大半の人が「お前が言うな!」と突っ込みたくなるだろう。

 しかし中国では「とてもいいことだ」「中国との友好を主張する人を支持する!」など人民から歓迎の声が上がっている。ちなみに鳩山氏は、2016年にも西安交通大学の名誉教授に就任している。

 日本ではすっかり世間から忘れられた感のある鳩山氏だが、中国では「腐っても元首相」ということなのか。
(文=中山介石)

まさにツッコミどころ満載……北京師範大学教授に就任した鳩山由紀夫元首相、学生を前にリーダー論を説く!

 先日、Twitterに島根県・竹島について「米国は2008年に韓国領と決めた」と投稿し、炎上騒ぎとなった鳩山由紀夫氏。この件で「そういえばそんな人いたな……」と、氏を思い出した人も多いだろう。そんな鳩山氏が、今度は中国で話題となっている。

「中新網」(3月15日付)によると14日、鳩山氏が北京師範大学新興市場研究員の特任教授に就任し、「発展途上国修士コース」の学生46名を前に講演を行った。

 その演題は「指導力」。1年も持たずに総理大臣を辞任した人間が指導力を語るとは、ギャグのつもりだろうか。

 講演の中で鳩山氏は、自身が提唱した「東アジア共同体」構想は「一帯一路」政策と方向性が同じであるとしたうえで、「経済発展は重要だが、戦争になったらすべてが烏有(うゆう)に帰す。和平の方が重要だ」と主張したという。

 一帯一路政策は、中国企業が海外で利益を上げるための政策にすぎないという見方もあり、事実、中国の海外軍事拠点を拡大させる側面も持っている。それを「和平」に結びつけるには強引すぎる気もするが……。

 さらに鳩山氏は『論語』を引用して「リーダーにとって最も重要なのは“道”である」と述べているが、日本人が聞いたら、大半の人が「お前が言うな!」と突っ込みたくなるだろう。

 しかし中国では「とてもいいことだ」「中国との友好を主張する人を支持する!」など人民から歓迎の声が上がっている。ちなみに鳩山氏は、2016年にも西安交通大学の名誉教授に就任している。

 日本ではすっかり世間から忘れられた感のある鳩山氏だが、中国では「腐っても元首相」ということなのか。
(文=中山介石)