菊地亜美、結婚発表で「『VS嵐』でニノに報告して」「お祝いしてくれそう」と共演望む声

 2月1日、人気タレント・菊地亜美(27)が自身のInstagramを更新。かねてから交際していた一般男性との結婚を報告した。

 菊池はファンや関係者各位に向けて、直筆のメッセージで結婚を報告。相手の男性と幸せそうに写る姿も公開し、コメント欄は祝福の声であふれている。

 そんな中、一部ユーザーの中では1月25日に放送された『VS嵐』(フジテレビ系)での嵐と菊池のやりとりを彷彿とさせるようなコメントも見受けられ、注目を集めている。

 それは、番組内で菊池がプライベートの恋愛観や結婚の予定について答えていると、メンバーの二宮和也(34)が「誰が興味あるんだよ、お前の結婚なんかに!」と辛口なツッコミを入れるという漫才のようなやりとりで、番組を見ていた視聴者やスタジオの人間も思わず爆笑。

 そしてこの放送から間もない本日、菊池が結婚を報告したため、ネットユーザーからは「『VS嵐』でぜひニノに報告して欲しい」「二宮くんにも報告してくださいね! 多分、『あー、はいはい、おめでとうございますー』しか言わないでしょうけど!」「ニノが興味ないとかいってたけど、お祝いしてくれるといいですね!!」と再び菊池と二宮のやりとりを期待する声もあふれている。

 反響も多いため、再び菊池が嵐に結婚ネタでいじられる日は、遠からず訪れるかもしれない。

「大先輩にタメ口!?」「老害扱いひどすぎ」……常識ハズレの“二世芸能人”の暴言に非難轟々

 2月1日に放送された『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)の「2世芸能人SP」について、ネット上で二世タレントたちへの苦言や、「結局、親が甘い」といった呆れた声が噴出している。

「この日はさまざまな二世が出演しましたが、まず物議を醸したのがフリーアナウンサー・高橋真麻の発言。真麻は、父親で俳優の高橋英樹が『最近頑固になってきた』と話し、それについて、母親にLINEで『あれは老害だよ』と、送ったと話したのです」(芸能ライター)

 真麻は、母親と1対1で会話しているつもりだったものの、誤って英樹も参加している家族のグループLINEに送信していたとか。本人は、内心「ヤバい!」と思いながらも、平静を装ったとのことだったが……。

「ネット上には、『さすがに娘から老害扱いされるなんて可哀想』といった英樹に同情する書き込みのほか、『老害って、あまり良い言葉ではないよね』『真麻って、アナウンサーのクセに品のないこと言うんだな』『家族ネタしかないとはいえ、バラエティで親の老化をバカにするのはどうかと』といった批判が寄せられました」(同)

 また、番組には、ヒロミと松本伊代の息子・小園凌央(こぞの・りょお)も出演。凌央はかねてから、家では両親を“さん付け”と呼ぶなど、厳しさを窺わせる家庭環境を明かしていたが、同番組ではヒロミを「地元のヤンキーの先輩」、伊代を「それと付き合ってる、調子乗ってる女の人」と表現し、MCのダウンタウン・浜田雅功から「お前、アカンぞ!」とたしなめられる一幕も。

「そのほか、暴露トークを開始するもいまひとつ歯切れの悪い凌央に、松本人志が『なんで嫌そうやねん』と尋ねた際、『あんまり話すと(ヒロミが)こえ~から……』などとタメ口をきく場面もあり、『凌央って親の話しかできないし、言葉遣いも悪い』『しゃべりながら腕組んでる時もあった。態度をあらためるべき』といった指摘が飛び交いました」(同)

 しかし一方で、「こういう言葉遣いや態度って、結局は親の影響なんだろうな」という声や、「厳しい家庭と見せかけて、息子に自分イジリを許すくらいだから、なんだかんだヒロミも甘い」と、呆れる視聴者も。二世タレントやその親にもっとも厳しいのは、世間の目かもしれない。

「大先輩にタメ口!?」「老害扱いひどすぎ」……常識ハズレの“二世芸能人”の暴言に非難轟々

 2月1日に放送された『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)の「2世芸能人SP」について、ネット上で二世タレントたちへの苦言や、「結局、親が甘い」といった呆れた声が噴出している。

「この日はさまざまな二世が出演しましたが、まず物議を醸したのがフリーアナウンサー・高橋真麻の発言。真麻は、父親で俳優の高橋英樹が『最近頑固になってきた』と話し、それについて、母親にLINEで『あれは老害だよ』と、送ったと話したのです」(芸能ライター)

 真麻は、母親と1対1で会話しているつもりだったものの、誤って英樹も参加している家族のグループLINEに送信していたとか。本人は、内心「ヤバい!」と思いながらも、平静を装ったとのことだったが……。

「ネット上には、『さすがに娘から老害扱いされるなんて可哀想』といった英樹に同情する書き込みのほか、『老害って、あまり良い言葉ではないよね』『真麻って、アナウンサーのクセに品のないこと言うんだな』『家族ネタしかないとはいえ、バラエティで親の老化をバカにするのはどうかと』といった批判が寄せられました」(同)

 また、番組には、ヒロミと松本伊代の息子・小園凌央(こぞの・りょお)も出演。凌央はかねてから、家では両親を“さん付け”と呼ぶなど、厳しさを窺わせる家庭環境を明かしていたが、同番組ではヒロミを「地元のヤンキーの先輩」、伊代を「それと付き合ってる、調子乗ってる女の人」と表現し、MCのダウンタウン・浜田雅功から「お前、アカンぞ!」とたしなめられる一幕も。

「そのほか、暴露トークを開始するもいまひとつ歯切れの悪い凌央に、松本人志が『なんで嫌そうやねん』と尋ねた際、『あんまり話すと(ヒロミが)こえ~から……』などとタメ口をきく場面もあり、『凌央って親の話しかできないし、言葉遣いも悪い』『しゃべりながら腕組んでる時もあった。態度をあらためるべき』といった指摘が飛び交いました」(同)

 しかし一方で、「こういう言葉遣いや態度って、結局は親の影響なんだろうな」という声や、「厳しい家庭と見せかけて、息子に自分イジリを許すくらいだから、なんだかんだヒロミも甘い」と、呆れる視聴者も。二世タレントやその親にもっとも厳しいのは、世間の目かもしれない。

関西人もドン引き……すき家“伝説の珍メニュー”「お好み焼き牛丼」が中国で大好評!?

 世界的な和食ブームの潮流に乗り、中国でも日本料理店の数が増えているが、成功している日本の外食チェーンは、実はそれほど多くない。そうした中で健闘している業態のひとつが牛丼チェーンだ。進出が早かった上に、エリアによってはフランチャイズを取り入れている吉野家ホールディングスの「吉野家」が451店舗(2017年12月現在)と先行しているが、ここ数年、ゼンショーホールディングスが展開する「すき家」が、中国での出店ペースを加速させている。公式ホームページによると、12年時点でわずか35店舗だった店舗数が、現在は195まで拡大している。

 すき家の人気の秘密は、どこにあるのか? それは、低価格と斬新なメニューにある。牛丼の並盛は14元(約240円)と吉野家より約10元も安く、メニューも麻婆豆腐牛丼やキクラゲ牛丼といった、中華の要素を取り入れた商品が並ぶ。そんなすき家で最近、ある新メニューが登場して話題となっている。それが「大阪焼牛丼」だ。大阪焼は、関東以東では屋台でよく目にする大判焼きのような形をしたお好み焼きの一種だが、中国では、お好み焼きそのものを指す。

 物は試しと、「大阪焼牛丼」を注文してみた。提供されると、まずお好み焼きソースのいい香りがする。半熟卵が中央に乗り、周囲にキャベツが敷き詰められ、その下に牛肉が見え隠れする。ご丁寧にマヨネーズと鰹節、青海苔までかけているところにこだわりを感じる。関西人だってお好み焼きでご飯を食べるのだから、そこに牛肉が混ざっていても、なんら不思議ではないということだろうか。

 さっそく食してみると、お好み焼きソースと鰹節の風味が口の中に広がり、牛丼の味は消えている。そこで牛肉だけを食べてみると、これは普通の牛丼の味付けだった。両者が味を主張し、決して交わることがない。だからといって「別々に食べればいいのでは?」というのは野暮。お好み焼きは、中国ではメジャーとは言い難いが、中国版Twitter「微博(ウェイボー)」を見ると、「うますぎる」「おいしさ炸裂!」「ソースをもっとかけてほしい」と、意外にも好評のようだ。

 このお好み焼きを乗せた牛丼は、実は日本国内でも「お好み牛玉丼」として08年と13年に期間限定メニューとして存在し、賛否両論はあったものの、一部の人々から熱狂的な支持を受けていた珍メニューだ。「大阪焼牛丼」と「お好み牛玉丼」がまったく同じものかどうかはわからないが、同じコンセプトのものが中国でも好評を得ているのは確かだ。
(文=大橋史彦)

 

関西人もドン引き……すき家“伝説の珍メニュー”「お好み焼き牛丼」が中国で大好評!?

 世界的な和食ブームの潮流に乗り、中国でも日本料理店の数が増えているが、成功している日本の外食チェーンは、実はそれほど多くない。そうした中で健闘している業態のひとつが牛丼チェーンだ。進出が早かった上に、エリアによってはフランチャイズを取り入れている吉野家ホールディングスの「吉野家」が451店舗(2017年12月現在)と先行しているが、ここ数年、ゼンショーホールディングスが展開する「すき家」が、中国での出店ペースを加速させている。公式ホームページによると、12年時点でわずか35店舗だった店舗数が、現在は195まで拡大している。

 すき家の人気の秘密は、どこにあるのか? それは、低価格と斬新なメニューにある。牛丼の並盛は14元(約240円)と吉野家より約10元も安く、メニューも麻婆豆腐牛丼やキクラゲ牛丼といった、中華の要素を取り入れた商品が並ぶ。そんなすき家で最近、ある新メニューが登場して話題となっている。それが「大阪焼牛丼」だ。大阪焼は、関東以東では屋台でよく目にする大判焼きのような形をしたお好み焼きの一種だが、中国では、お好み焼きそのものを指す。

 物は試しと、「大阪焼牛丼」を注文してみた。提供されると、まずお好み焼きソースのいい香りがする。半熟卵が中央に乗り、周囲にキャベツが敷き詰められ、その下に牛肉が見え隠れする。ご丁寧にマヨネーズと鰹節、青海苔までかけているところにこだわりを感じる。関西人だってお好み焼きでご飯を食べるのだから、そこに牛肉が混ざっていても、なんら不思議ではないということだろうか。

 さっそく食してみると、お好み焼きソースと鰹節の風味が口の中に広がり、牛丼の味は消えている。そこで牛肉だけを食べてみると、これは普通の牛丼の味付けだった。両者が味を主張し、決して交わることがない。だからといって「別々に食べればいいのでは?」というのは野暮。お好み焼きは、中国ではメジャーとは言い難いが、中国版Twitter「微博(ウェイボー)」を見ると、「うますぎる」「おいしさ炸裂!」「ソースをもっとかけてほしい」と、意外にも好評のようだ。

 このお好み焼きを乗せた牛丼は、実は日本国内でも「お好み牛玉丼」として08年と13年に期間限定メニューとして存在し、賛否両論はあったものの、一部の人々から熱狂的な支持を受けていた珍メニューだ。「大阪焼牛丼」と「お好み牛玉丼」がまったく同じものかどうかはわからないが、同じコンセプトのものが中国でも好評を得ているのは確かだ。
(文=大橋史彦)

 

「妊婦なのにOL時代の服を着ていた」三男を抱えながら、節約して夫の借金700万円を返済

singlemother13a『わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第13回 尾崎豊美さん(仮名・47歳)の話(前編)

「長女を妊娠してまもなく、夫に700万円の借金があることがわかりました。節約に節約を重ねて完済しても、ねぎらいの言葉はありません。それどころか、私を見下すようになりました」

 学校事務員で面会交流支援団体びじっと職員の尾崎豊美さんは高校生2人、中学生1人の子ども3人を1人で育ててきた。元夫に養育費や慰謝料は請求していない。なのに存分に会わせているという。どういうことなのか?

■レストランで一目惚れした男性と知り合って半年で結婚

――旦那さんになる男性とは、どうやって知り合ったんですか?

 東京で専門学校を卒業した後、OLとして働いていました。夫になる人は、友達と一緒に出かけたレストランの店員でした。福山雅治をきゃしゃにした感じの人かな。バツイチで、私よりも3歳上。事故で幼子を亡くしています。そのことで、前の奥さんと折り合いが悪くなって離婚したんだそうです。

――好きになったのは、どちらだったんですか?

 話をして、あっ、と思ったというか。ビビッときたというか。それは、お互いがそうだったようです。彼のお父さんはすでに亡く、お姉さんは体が不自由でした。そんなふうに肉親や子どもを失うつらさを知っている人だからこそ、結婚や家庭というものをわかってるはず。だから大丈夫。彼となら幸せになれる、って思ったんです。

――アプローチは、どちらからですか?

 夫が「豊美じゃないとだめだ。豊美がいなかったら俺は死ぬ」って、そんなことを言うんです。そこまで言ってくれる人だから、守ってくれるはず、って思っちゃった。知り合って半年で結婚しました。春に知り合って数カ月でお互いの実家に挨拶に行き、秋には同居を始めたんです。そのタイミングで婚姻届を提出して、年明けに式を挙げました。20年ぐらい前のことです。当時、私は20代後半という微妙な年齢でした。

――新婚生活は、どうでしたか?

 それなりに甘い生活だったんだと思います。新居は、彼の勤務先であるレストランにほど近い、都心の物件。同居してしばらくは、私も働いていました。給料の半分ずつをお互い出し合って、あと半分ずつは貯金をしようっていう約束で、その通りにやっていました。

――出産願望はあったんですか?

 もちろん。3人は欲しいと思っていたし、すぐにでも欲しかった。だけど、なかなかできなかったんです。妊娠がわかったのは、結婚して2年近くたってから。ちなみに仕事は、妊娠して1カ月ほどで辞めました。つわりがひどくて、仕事が続けられなくなったんです。

――妊娠後、旦那さんは頑張って働いて、生活費をを豊美さんより多く入れてたんですか?

 つわりがひどくて働けない私の代わりに、彼がたくさんお金を入れてくれるのかと期待したら、入れる額がそのままだったんです。「これじゃ、生活していけないよ」って言って、問い詰めたら、多額の借金を抱えてるってことを打ち明けられたんです。その額は約700万円。額の大きさに、開いた口がふさがらなかった。

――なぜそんなに借金が膨らんだんですか?

 彼は、以前働いていた某アパレル会社で営業をしていました。その会社で、業務成績を上げるために、自腹で靴を買っていたんです。それに金遣いが荒くて、派手好きな人だってこともわかってきました。だから、余計に借金が膨らんでしまった。ちなみにその借金、全部サラ金で、大手の4社から借りていました。

――借金を目の前にして、どんなことを考えましたか?

 それでも、別れようとは思わなかったし、堕ろそうという気持ちも起こらなかった。入籍してから2年近くかかって、やっと授かった子だったので。だから、別れずに借金を返していくことを考えました。

――借金は、どうやって返済したんですか?

 返済プランを考えて、それを実行しました。夫が借りているすべての業者に電話をかけ、利率や借りている額を聞いていきました。当時はまだ個人情報保護法が成立してなかったので、「家内です」と言えば、どこのサラ金業者でも教えてくれました。そして利率の一番低い会社で新たにお金を借りて、高い会社の借金を返済していきました。

 2人の持ち物を売ったりもしました。クローゼットがすべて埋まるほどあった夫の靴や服。また、高価で必要のないもの、使ってないものは、すべて売りに出しました。当時は、すごく文句を言われましたけどね。

――ほかに具体的には、どういう節約をしたんですか?

 肉や魚などの生鮮食品を、肉のハナマサなどの業務用食品店で、月に数回、まとめ買いしていました。そうやって、なるべく買い物に行かないようにしていたんです。あとは、まったく洋服を買わなくなったり。最終的に3人できた子どもたちの洋服は全部お友達からのお下がりで、何ひとつ買ってあげていません。買ったのは、妊娠してるときに着てた緩やかなワンピースぐらい。服がないので、妊婦なのにOL時代の服を着たりしてました。

――旦那さんは、子育てにどうやって関わったんですか? 子煩悩でしたか?

 「俺は仕事を優先するから」って明言していて、離婚するまでの間、子育てにまったく関わらなかった。私にどれだけ熱があっても、彼は寝ていましたから。子どもが成長していくにつれ、鉄棒、キャッチボール、補助なしの自転車と、いろいろ付き合ってあげるじゃないですか。そういったことは、普通父親がやりますよね。だけど、うちは別。それらは3人とも全部、私が付き合いました。

――旦那さんはその分、仕事熱心だったんですか?

 飲食の仕事で、勤めては辞め、勤めては辞めを繰り返していました。プライドが高いし、困難なことがあると逃げちゃう人なので、人間関係で衝突したりすると、すぐ辞めちゃってた。長男が生まれてからすぐ、彼の実家のある関東北部のG県で飲食店に就職したんですが、そこも1年弱で辞めました。そうやって退職を繰り返しても、飲食業界は求人が多いので、なんとかなってたんです。もちろん、辞めるごとに、給料は下のランクからになりますけどね。

――職を転々とするたびに、引っ越してたんですか?

 G県のホテルを彼が1年弱で辞めてからは、多摩にある私の実家に引っ越しました。でも、実家にいたのも1年ほど。というのも、次男が生まれたからです。それからは、新婚時代に住んだあたりに、また引っ越しました。その後、父が二階建ての一軒家を買ってくれてからは、別居中のとき以外、ずっとここに住んでます。

――次男誕生後の生活は、どうだったんですか?

 今は健康そのものなんですが、生まれた頃、次男は体が弱くて、何度も手術を繰り返していました。それで私、落ち込んじゃって、よく泣いてました。夫は慰めるどころか「そんなふうになるんだったら、子どもなんて産むな」って怒鳴るんです。腹が立って「そんなこと言ったって……」って言い返したら、「かわいくねえな」って怒鳴りながら、平手打ちされてしまって、私は口の中を切ってしまって、そのとき「この人とは、ずっと一緒にはいないかも」って考えが、頭の中をよぎりました。

――借金は、いつ返し終わりましたか?

 北京オリンピックが開催された年に三男を産んで、それからまもなく借金を返し終わりました。限界まで節約したことで、少しぐらいねぎらいの言葉があるかと思ったら、まったくない。それどころか、見下したような話し方と態度でした。たとえば食事時に、料理が気に入らなかったのか、いきなりキレて「こんなもの食えるか」って怒鳴りながら、茶碗やお皿を投げ捨てたことすらありました。

――以前のように、旦那さんから暴言を吐かれたり、叩かれたりしたのでしょうか?

 もちろんされました。三男が生まれて、私がつきっきりになっていたとき、長男が若干荒れちゃったんです。通っていた小学校は、そんな長男の異変を把握していたようで、ある日、学校から連絡があって「発達検査を受けるように」と伝えられました。学校から言われたことを泣きながら夫に伝えると、「お前の育て方が悪いからだ」って素っ気なく言われたんです。「全部が全部、私のせいにばかりしないでよ」と泣きじゃくりながら言い返したら、「かわいくねえな」って怒鳴られて、叩かれたんです。そのとき私、「この人とは終わった」って直感的に思いました。

(後編へつづく)

「妊婦なのにOL時代の服を着ていた」三男を抱えながら、節約して夫の借金700万円を返済

singlemother13a『わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第13回 尾崎豊美さん(仮名・47歳)の話(前編)

「長女を妊娠してまもなく、夫に700万円の借金があることがわかりました。節約に節約を重ねて完済しても、ねぎらいの言葉はありません。それどころか、私を見下すようになりました」

 学校事務員で面会交流支援団体びじっと職員の尾崎豊美さんは高校生2人、中学生1人の子ども3人を1人で育ててきた。元夫に養育費や慰謝料は請求していない。なのに存分に会わせているという。どういうことなのか?

■レストランで一目惚れした男性と知り合って半年で結婚

――旦那さんになる男性とは、どうやって知り合ったんですか?

 東京で専門学校を卒業した後、OLとして働いていました。夫になる人は、友達と一緒に出かけたレストランの店員でした。福山雅治をきゃしゃにした感じの人かな。バツイチで、私よりも3歳上。事故で幼子を亡くしています。そのことで、前の奥さんと折り合いが悪くなって離婚したんだそうです。

――好きになったのは、どちらだったんですか?

 話をして、あっ、と思ったというか。ビビッときたというか。それは、お互いがそうだったようです。彼のお父さんはすでに亡く、お姉さんは体が不自由でした。そんなふうに肉親や子どもを失うつらさを知っている人だからこそ、結婚や家庭というものをわかってるはず。だから大丈夫。彼となら幸せになれる、って思ったんです。

――アプローチは、どちらからですか?

 夫が「豊美じゃないとだめだ。豊美がいなかったら俺は死ぬ」って、そんなことを言うんです。そこまで言ってくれる人だから、守ってくれるはず、って思っちゃった。知り合って半年で結婚しました。春に知り合って数カ月でお互いの実家に挨拶に行き、秋には同居を始めたんです。そのタイミングで婚姻届を提出して、年明けに式を挙げました。20年ぐらい前のことです。当時、私は20代後半という微妙な年齢でした。

――新婚生活は、どうでしたか?

 それなりに甘い生活だったんだと思います。新居は、彼の勤務先であるレストランにほど近い、都心の物件。同居してしばらくは、私も働いていました。給料の半分ずつをお互い出し合って、あと半分ずつは貯金をしようっていう約束で、その通りにやっていました。

――出産願望はあったんですか?

 もちろん。3人は欲しいと思っていたし、すぐにでも欲しかった。だけど、なかなかできなかったんです。妊娠がわかったのは、結婚して2年近くたってから。ちなみに仕事は、妊娠して1カ月ほどで辞めました。つわりがひどくて、仕事が続けられなくなったんです。

――妊娠後、旦那さんは頑張って働いて、生活費をを豊美さんより多く入れてたんですか?

 つわりがひどくて働けない私の代わりに、彼がたくさんお金を入れてくれるのかと期待したら、入れる額がそのままだったんです。「これじゃ、生活していけないよ」って言って、問い詰めたら、多額の借金を抱えてるってことを打ち明けられたんです。その額は約700万円。額の大きさに、開いた口がふさがらなかった。

――なぜそんなに借金が膨らんだんですか?

 彼は、以前働いていた某アパレル会社で営業をしていました。その会社で、業務成績を上げるために、自腹で靴を買っていたんです。それに金遣いが荒くて、派手好きな人だってこともわかってきました。だから、余計に借金が膨らんでしまった。ちなみにその借金、全部サラ金で、大手の4社から借りていました。

――借金を目の前にして、どんなことを考えましたか?

 それでも、別れようとは思わなかったし、堕ろそうという気持ちも起こらなかった。入籍してから2年近くかかって、やっと授かった子だったので。だから、別れずに借金を返していくことを考えました。

――借金は、どうやって返済したんですか?

 返済プランを考えて、それを実行しました。夫が借りているすべての業者に電話をかけ、利率や借りている額を聞いていきました。当時はまだ個人情報保護法が成立してなかったので、「家内です」と言えば、どこのサラ金業者でも教えてくれました。そして利率の一番低い会社で新たにお金を借りて、高い会社の借金を返済していきました。

 2人の持ち物を売ったりもしました。クローゼットがすべて埋まるほどあった夫の靴や服。また、高価で必要のないもの、使ってないものは、すべて売りに出しました。当時は、すごく文句を言われましたけどね。

――ほかに具体的には、どういう節約をしたんですか?

 肉や魚などの生鮮食品を、肉のハナマサなどの業務用食品店で、月に数回、まとめ買いしていました。そうやって、なるべく買い物に行かないようにしていたんです。あとは、まったく洋服を買わなくなったり。最終的に3人できた子どもたちの洋服は全部お友達からのお下がりで、何ひとつ買ってあげていません。買ったのは、妊娠してるときに着てた緩やかなワンピースぐらい。服がないので、妊婦なのにOL時代の服を着たりしてました。

――旦那さんは、子育てにどうやって関わったんですか? 子煩悩でしたか?

 「俺は仕事を優先するから」って明言していて、離婚するまでの間、子育てにまったく関わらなかった。私にどれだけ熱があっても、彼は寝ていましたから。子どもが成長していくにつれ、鉄棒、キャッチボール、補助なしの自転車と、いろいろ付き合ってあげるじゃないですか。そういったことは、普通父親がやりますよね。だけど、うちは別。それらは3人とも全部、私が付き合いました。

――旦那さんはその分、仕事熱心だったんですか?

 飲食の仕事で、勤めては辞め、勤めては辞めを繰り返していました。プライドが高いし、困難なことがあると逃げちゃう人なので、人間関係で衝突したりすると、すぐ辞めちゃってた。長男が生まれてからすぐ、彼の実家のある関東北部のG県で飲食店に就職したんですが、そこも1年弱で辞めました。そうやって退職を繰り返しても、飲食業界は求人が多いので、なんとかなってたんです。もちろん、辞めるごとに、給料は下のランクからになりますけどね。

――職を転々とするたびに、引っ越してたんですか?

 G県のホテルを彼が1年弱で辞めてからは、多摩にある私の実家に引っ越しました。でも、実家にいたのも1年ほど。というのも、次男が生まれたからです。それからは、新婚時代に住んだあたりに、また引っ越しました。その後、父が二階建ての一軒家を買ってくれてからは、別居中のとき以外、ずっとここに住んでます。

――次男誕生後の生活は、どうだったんですか?

 今は健康そのものなんですが、生まれた頃、次男は体が弱くて、何度も手術を繰り返していました。それで私、落ち込んじゃって、よく泣いてました。夫は慰めるどころか「そんなふうになるんだったら、子どもなんて産むな」って怒鳴るんです。腹が立って「そんなこと言ったって……」って言い返したら、「かわいくねえな」って怒鳴りながら、平手打ちされてしまって、私は口の中を切ってしまって、そのとき「この人とは、ずっと一緒にはいないかも」って考えが、頭の中をよぎりました。

――借金は、いつ返し終わりましたか?

 北京オリンピックが開催された年に三男を産んで、それからまもなく借金を返し終わりました。限界まで節約したことで、少しぐらいねぎらいの言葉があるかと思ったら、まったくない。それどころか、見下したような話し方と態度でした。たとえば食事時に、料理が気に入らなかったのか、いきなりキレて「こんなもの食えるか」って怒鳴りながら、茶碗やお皿を投げ捨てたことすらありました。

――以前のように、旦那さんから暴言を吐かれたり、叩かれたりしたのでしょうか?

 もちろんされました。三男が生まれて、私がつきっきりになっていたとき、長男が若干荒れちゃったんです。通っていた小学校は、そんな長男の異変を把握していたようで、ある日、学校から連絡があって「発達検査を受けるように」と伝えられました。学校から言われたことを泣きながら夫に伝えると、「お前の育て方が悪いからだ」って素っ気なく言われたんです。「全部が全部、私のせいにばかりしないでよ」と泣きじゃくりながら言い返したら、「かわいくねえな」って怒鳴られて、叩かれたんです。そのとき私、「この人とは終わった」って直感的に思いました。

(後編へつづく)

『音楽チャンプ』打ち切りも、惜しむ声ナシ!? 関ジャニ∞村上ファンも「見てない」「面白くない」

 関ジャニ∞村上信五と女優の黒木瞳が司会を務めるバラエティ番組『今夜、誕生!音楽チャンプ』(テレビ朝日系)が、3月末で放送終了すると報道された。同番組は、昨年6月に特別番組として放送されたのち、10月からレギュラー番組として始動。日曜日のプライム帯での放送とあって視聴率も期待されたが、昨年12月3日の放送で9.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区。以下同)を記録した以外は、4~6%をウロウロするような状態で、決して良い数字とは言えない状態だった。打ち切りになった理由についてテレビ朝日は「視聴率の低迷など、さまざまな要素を総合的に判断した結果」と説明している。

 約半年で放送終了となれば、関ジャニ∞や村上のファンにとっては“悲しい知らせ”なのだろうが、その反応は意外にも冷静。ネット上では「『音楽チャンプ』打ち切りなんだね……なんか興味わかなくて、ほとんど見てないけど」「半年で打ち切りなんだ。まぁ正直、あんまり面白くないもんなあ」「村上くんが出てたから最初の方は見てたけど、つまらなくて見なくなったわ。打ち切りはやむなしだな」という意見が見受けられ、出演者のファンであっても『音楽チャンプ』を見ていない人が多かったようだ。

 また、関ジャニ∞ファンからは「テレ朝は学習しない」という厳しい声も。というのも、2011年~15年に同局で放送されていた関ジャニ∞の冠番組『関ジャニの仕分け∞』も、『音楽チャンプ』と同じような末路をたどっているのだ。

 『関ジャニの仕分け∞』は、世の中のあらゆるものを「ある・なし」「出来る・出来ない」に仕分けていくといった内容のバラエティ番組で、関ジャニ∞メンバーが体を張って調査する姿がファンの間で話題となっていた。しかし、番組内容は次第に変化。ゲストがカラオケ採点機能を使って勝負するものや、女性芸能人・アスリートがリンボーダンス対決をするものなどが中心で放送され、関ジャニ∞は勝敗を予想するだけの立場になっていった。

 これが影響しているのか、視聴率も次第に低迷。13年1月には番組最高視聴率16.2%を記録するも、14年7月のスペシャル放送では、なんと5.0%にまでガタ落ちしている。その後も視聴率が回復することはなく、『関ジャニの仕分け∞』もまた、ひっそりと姿を消している。

 『仕分け∞』と『音楽チャンプ』は去り際が似ているだけでなく、両番組を見ている人にとっては新鮮味がなかったよう。『仕分け∞』終了前はゲストのカラオケ採点が中心であったが、『音楽チャンプ』も“次世代のスター”を目指すプロ・アマチュアの歌手やピアニストが登場し、審査員から評価を受けるという内容だ。関ジャニ∞ファンからは「『音楽チャンプ』は『仕分け∞』の最後の方を見てるみたいでおもしろくなかった」「なぜテレ朝は『仕分け∞』のカラオケみたいなことを続けようとしたの……あれ全然おもしろくなかったじゃん」「『仕分け∞』みたいな番組またやるの!? って思ってたけど、案の定打ち切り……学習しないね」との声が上がっており、やはり『音楽チャンプ』の終了を惜しむ声は少ない。

 「二度あることは三度ある」ということわざがあるが、このままではまた同じことが起こってしまいそう。テレビ局には、村上や関ジャニ∞メンバーの個性を活かし、長続きする番組作りをお願いしたいものだ。

吉岡里帆、下着姿披露も報われず……『きみが心に棲みついた』自己ワースト視聴率を記録で窮地に

 深夜帯なら、いざ知らず。コンプライアンスが厳しい時代に、プライム帯のドラマで、こんなシーンを放送してもいいのだろうか?

 若手女優・吉岡里帆が連ドラ初主演を務める『きみが心に棲みついた』(TBS系/火曜午後10時~)の第3話が1月30日にオンエアされ、吉岡が下着姿を披露するも、視聴率は8.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)どまり。初回は9.4%、第2話は8.5%で、第3話は自己ワーストを記録。主役の体を張った演技も、報われなかった。

 同ドラマは、自己評価が極めて低いがため、他人の前で挙動不審になってしまう“キョドコ”こと小川今日子(吉岡)が、2人の対照的な魅力をもつ男性の前で揺れ動くサマを描いた作品だ。

 下着メーカーの材料課に勤務する今日子は、合コンで出会った出版社の漫画編集者・吉崎幸次郎(桐谷健太)に恋心を抱く。そんな折、学生時代に、どうしようもないほど強く惹かれ、精神的に支配されていた星名漣(向井理)が企画室長として、今日子の会社に出向になり、再会する。星名との関係は終わったはずだが、どうしても過去の記憶が蘇って気になってしまう。第3話では、新作下着の発表会で、星名から袋を渡され、暗にランウェイ出演を強要される。星名の気を引きたいばかりに、今日子は外国人モデルが歩いた後に、ランジェリー姿になって、衆目環視の中、歩いてしまう。

 このシーンが放送されることは、第2話終了後の予告で流されていたため、話題を振りまいていたが、視聴率にはまるでつながらなかった。

「まだ女優としては売れていなかった時代に、吉岡はグラドルとして活動していたので、その“豊乳”ぶりは有名な話。今回のシーンで、生唾をのんだ男性視聴者も少なくなかったでしょう。役とはいえ、下着姿にトライした吉岡の“プロ意識”は大いに評価されます。ですが、それがラブシーンや自分から脱いだわけではなく、星名からのハラスメントで脱いだとなると、後味の悪さが残りました。ましてや、まだ子どももテレビを見ているプライム帯ですから、こういったシーンを流したことには批判的な意見も出てきそうですね」(テレビ誌関係者)

 結果的に、吉岡が下着姿まで披露したのに、視聴率を上げられなかった同ドラマ。ハラスメントまがいの展開が今後も続くことが予想されるだけに、2ケタ台突破は難しい課題となりそうだ。
(文=田中七男)

ジャニーズ事務所、ネットでの「写真解禁」で何が変わる? “掲載NG”の牙城崩した背景とは

 ジャニーズ事務所が1月31日、所属タレントの画像をネット上に掲載することを認めると発表し、ファンやマスコミ間で大きな話題になっている。「使用写真は原則3カットまで」など、細かいルールも設けられているが、今回の決定を各メディアはどう見ているのだろうか。

「ジャニーズは公的な場所、つまり記者会見やイベントなどで撮影されたものに限り、写真のネット掲載を解禁しました。これまでは肖像権保護を理由に認めておらず、そのせいでウェブのニュースサイトは、ジャニーズタレントが写っていない画像を使用しなければいけなかったんです」(ウェブメディア編集者)

 ウェブメディアが台頭してきた10年ほど前から、ジャニーズによる“ウェブメディアの写真NGルール”は現場で徹底されていた。

「当初はウェブメディアというだけで、会見場の出入りを禁止にされるケースもありましたが、次第にスポーツ紙もウェブサイトを運営するようになり、ジャニーズ側も『アンチ媒体でなければウェブメディアでも受け入れる』または『写真を使わなければ取材OK』など、態度を軟化させていきました」(同)

 現在では、ジャニーズのそうした姿勢は異常に映るが、かつてはそこまで珍しい話ではなかったようだ。

「大手や老舗のプロダクションも、ジャニーズと同様に、ウェブメディアの“出禁”を普通に行っていた。また、現在でもレプロエンタテインメントは、ジャニーズと同じくウェブへの写真掲載は3カットまでとしているし、エイベックスも10カットまで、長良プロダクションは1カットのみ、さらに掲載期限も1カ月と定めています。とにかくジャニーズに限らず、多くの事務所がウェブの写真掲載に対して制限をかけているので、『全面使用NG』でなければ、特に不自然なことではありません」(同)

 一方、ネット上では、ジャニーズタレントだけ写真掲載されない状況に違和感を持っていたという声が多く上がっている。

「例えば、イベントで他事務所のタレントとジャニーズが共演した場合、集合写真を撮る際はウェブ媒体で掲載する用の『ジャニーズ抜き』のものを別途撮影する必要がありました。当初は、他事務所のタレントから『面倒くさい』と不満も多く出ていたものですが、それでも『ジャニーズと共演するなら、しょうがない』という認識が、すぐに芸能界全体に広がったように思います。しかし、近年は海外メディアから『いち事務所の言い分に従っている日本のメディアは歪んでいる』などと批判されるケースがあり、それもジャニーズが解禁に踏み切った理由の1つかもしれません」(芸能プロ関係者)

 また、写真の3枚ルールに関しては、むしろ「制限して大正解」という指摘も。

「制限がなければ、アクセス稼ぎで写真を50枚、なんなら100枚以上と、報道の範疇を超えた枚数を掲載するサイトが出てくるのでは。以前あるウェブメディアが、タレントの画像を、まるでパラパラ漫画のように大量掲載して、所属の大手プロからクレームが入ったというトラブルもありました」(同)

 今後、ウェブでの写真解禁は、メディアにとってどんな恩恵をもたらすのだろうか。

「ウェブメディアからすれば、やはり読者に伝わりやすい記事を作れるとあって、喜ばしいことでしょう。ただ、スポーツ紙にとっては『売り上げが減るのではないか』という懸念もあり、全面的に賛成とはいかないでしょうね」(前出・関係者)

 一部では、今回の写真解禁について、ジャニーズを退社して「ウェブメディアも写真掲載 OK」となった稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾への“あてつけ”ではないかという意見も上がっている。果たしてジャニーズにとって、この遅すぎた規制緩和はプラスに作用するのだろうか。