『あさイチ』降板も……有働由美子アナが婚活を封印する理由は“アノ恩人の訃報”

 NHKの有働由美子アナが7年以上出演している『あさイチ』(午前8時15分~)を、3月末で降板する。「プライベートを充実させたい」という有働アナの申し出を、局側が受け入れた形だ。

 有働アナは報道、スポーツ、バラエティーとマルチにこなし、38歳から3年間アナウンサー職のまま特派員としてニューヨーク支局に赴任。その翌年に管理職に昇格するなど、NHKにとっては唯一無二の看板アナだ。

 そんな有働アナの“決断”だけに、業界では「フリー転身説」や「電撃結婚説」もウワサされているが……。

「どちらも、向こう1年はなさそうです。フリー転身については、彼女自身にソノ気がない。フリーになれば年収は今の5倍以上にもなりそうですが、彼女はお金よりも、やりがいや、働きやすさを優先している。何より“NHK愛”が強いですからね。結婚については、年初の訃報で1年間は喪に服すことにしたそうです」(テレビ関係者)

“年初の訃報”とは、球界を代表する人物だった楽天・星野仙一球団副会長の急死だ。有働アナは1997年から2002年まで『サタデースポーツ』『サンデースポーツ』を担当。星野さんはその間、中日、阪神の監督を務めた。球界担当記者が明かす。

「有働さんは、星野監督に最も食い込んでいた女子アナで、プライベートでも何度となく食事に行き、一時期“愛人説”もささやかれたほどです。実際は有働アナの入社前から家族ぐるみの付き合いだったそうで、有働さんにとっては“父親”のような存在。急死のショックは人一倍でしょう」

 星野さん死去後も有働アナは変わらず『あさイチ』に出演しているが「実際はとてもショックを受けている。(星野さんの)具合が悪いことも知らされていなかった」(同局関係者)という。

 少なくとも年内の婚活は封印し、お世話になった故人の供養に励むつもりのようだ。

『あさイチ』降板も……有働由美子アナが婚活を封印する理由は“アノ恩人の訃報”

 NHKの有働由美子アナが7年以上出演している『あさイチ』(午前8時15分~)を、3月末で降板する。「プライベートを充実させたい」という有働アナの申し出を、局側が受け入れた形だ。

 有働アナは報道、スポーツ、バラエティーとマルチにこなし、38歳から3年間アナウンサー職のまま特派員としてニューヨーク支局に赴任。その翌年に管理職に昇格するなど、NHKにとっては唯一無二の看板アナだ。

 そんな有働アナの“決断”だけに、業界では「フリー転身説」や「電撃結婚説」もウワサされているが……。

「どちらも、向こう1年はなさそうです。フリー転身については、彼女自身にソノ気がない。フリーになれば年収は今の5倍以上にもなりそうですが、彼女はお金よりも、やりがいや、働きやすさを優先している。何より“NHK愛”が強いですからね。結婚については、年初の訃報で1年間は喪に服すことにしたそうです」(テレビ関係者)

“年初の訃報”とは、球界を代表する人物だった楽天・星野仙一球団副会長の急死だ。有働アナは1997年から2002年まで『サタデースポーツ』『サンデースポーツ』を担当。星野さんはその間、中日、阪神の監督を務めた。球界担当記者が明かす。

「有働さんは、星野監督に最も食い込んでいた女子アナで、プライベートでも何度となく食事に行き、一時期“愛人説”もささやかれたほどです。実際は有働アナの入社前から家族ぐるみの付き合いだったそうで、有働さんにとっては“父親”のような存在。急死のショックは人一倍でしょう」

 星野さん死去後も有働アナは変わらず『あさイチ』に出演しているが「実際はとてもショックを受けている。(星野さんの)具合が悪いことも知らされていなかった」(同局関係者)という。

 少なくとも年内の婚活は封印し、お世話になった故人の供養に励むつもりのようだ。

『あさイチ』降板も……有働由美子アナが婚活を封印する理由は“アノ恩人の訃報”

 NHKの有働由美子アナが7年以上出演している『あさイチ』(午前8時15分~)を、3月末で降板する。「プライベートを充実させたい」という有働アナの申し出を、局側が受け入れた形だ。

 有働アナは報道、スポーツ、バラエティーとマルチにこなし、38歳から3年間アナウンサー職のまま特派員としてニューヨーク支局に赴任。その翌年に管理職に昇格するなど、NHKにとっては唯一無二の看板アナだ。

 そんな有働アナの“決断”だけに、業界では「フリー転身説」や「電撃結婚説」もウワサされているが……。

「どちらも、向こう1年はなさそうです。フリー転身については、彼女自身にソノ気がない。フリーになれば年収は今の5倍以上にもなりそうですが、彼女はお金よりも、やりがいや、働きやすさを優先している。何より“NHK愛”が強いですからね。結婚については、年初の訃報で1年間は喪に服すことにしたそうです」(テレビ関係者)

“年初の訃報”とは、球界を代表する人物だった楽天・星野仙一球団副会長の急死だ。有働アナは1997年から2002年まで『サタデースポーツ』『サンデースポーツ』を担当。星野さんはその間、中日、阪神の監督を務めた。球界担当記者が明かす。

「有働さんは、星野監督に最も食い込んでいた女子アナで、プライベートでも何度となく食事に行き、一時期“愛人説”もささやかれたほどです。実際は有働アナの入社前から家族ぐるみの付き合いだったそうで、有働さんにとっては“父親”のような存在。急死のショックは人一倍でしょう」

 星野さん死去後も有働アナは変わらず『あさイチ』に出演しているが「実際はとてもショックを受けている。(星野さんの)具合が悪いことも知らされていなかった」(同局関係者)という。

 少なくとも年内の婚活は封印し、お世話になった故人の供養に励むつもりのようだ。

中居正広、自身の“衰え”にショック受ける! 久々のダンスで「“可動域”が間に合わない」と落胆

 1月20日に放送された中居正広がパーソナリティを務めるラジオ『中居正広 ON&ON AIR』(ニッポン放送)にて、中居がある事柄に“ブランク”を感じた体験を語った。

 中居は昨年12月13日に発売されたKis-My-Ft2の派生ユニット「舞祭組」のアルバム『舞祭組の、わっ!』に、コーラスとして参加。「レコーディングの様子を教えてください」とリスナーからメッセージが届き、中居は「1人でスタジオでやりました」と答えていた。SMAP解散後は歌う機会が大幅に減ってしまったため、「久しぶりでしたねレコーディング。2年ぶりぐらいにレコーディングしたのかな?」と振り返る中居。もともと歌は得意ではない中居だが、「あれ? こんな……オレこんなにだったっけ!?」と自身の歌えなさに驚いたとも明かしていた。

 SMAPとして2015年にシングル「Otherside/愛が止まるまでは」をリリースして以降、中居はレコーディング自体をしていないため、ブランクを感じてしまうのも無理はないだろう。しかし、歌だけではなく中居が得意としていたダンスまで、できなくなっていることに気がついたとか。

 現在公演が行われている舞祭組のコンサートツアー『舞祭組村のわっと! 驚く! 第1笑』では、演出の一部として中居が映像で出演している。中居の登場はファンにサプライズで行われたため、公演後は「中居くん、キレのあるダンスでかっこ良かった!」「モニターに映ってる中居さんに何度も目を奪われた」などの絶賛コメントが多数上がっていた。しかしラジオでは、昨年1年間は「1ミリも踊ってないんですよ。もっと言うならば、ワンステップも踏んでないんですよ!」と言うほど、ダンスをする機会がなかったことをぶっちゃけ。そのため、今回久々にダンスをして「まあ~ヤバかったですね。オレって踊れないの!?(と思った)」と、再びショックを受けてしまったそうだ。

 なんでも、ダンスレッスンをしながら「“可動域”が間に合わない」ことに気がついたとか。「『ワン・ツー』で右手を出す、左手を出す(という振り付け)にするとするじゃないですか。右手で『ワン』は行くんですよ。でも、『ツー』の左がもう……左を出そうと思ったとき、『ツー』が鳴ってるのよ」と、これまでの中居では考えられなかったような変化があったよう。そんな状態だったため、コンサートで使用する映像を収録するまでに、稽古量を大幅に増やすことになってしまったようだ。

 中居は「あの、キレが悪いとか、重いとかっていう次元じゃなかったね……うん。ビックリしちゃったよもう、本当に」と嘆いており、思い通りに踊れなくなってしまった自分に、動揺を隠せない様子。現在は司会業が中心となっている中居だが、これを機に歌やダンスに再び取り組んでほしいと願うファンは多いだろう。

「俺らくらいだと思ってた」中居正広、後輩ジャニーズの“悲惨な屈辱”にSMAPを重ねて語るワケ

 2013年以降、Kis-My-Ft2の派生ユニット・舞祭組(横尾渉・宮田俊哉・二階堂高嗣・千賀健永)のプロデューサーを務めている元SMAPの中居正広。舞祭組は昨年12月13日に初のアルバム『舞祭組の、わっ!』をリリースし、1月10日から初めてのツアー『舞祭組村のわっと!驚く!第1笑(SHOW)』を行っている。楽曲の一部へコーラスとして参加し、ライブにも“映像出演”していることが話題となっていた中居が、自身のラジオ番組『中居正広 ON & ON AIR』(ニッポン放送、1月20日放送)で、その裏側を語った。

 13年12月の1stシングル「棚からぼたもち」をはじめ、3作目の「やっちゃった!!」(15年3月発売)まで楽曲のプロデュースを手掛けた中居。アルバム収録曲「Fire&Lightning」のコーラスを務めたほか、ライブでは映像の中でキレキレのダンスを披露し、舞祭組メンバーを盛り立てていたという。

 中居がラジオで明かしたところによれば、「Fire&Lightning」のレコーディングは4人と同時ではなく、1人で行ったそう。SMAPは2015年を最後に新曲をリリースしていなかったため、「2年ぶりぐらいにレコーディングしたのかな? まぁ、自分の(歌の)ヘタさ加減にビックリしましたけどね。あれ!? こんな……俺、こんなんだったっけ!? みたいな」と、自虐的に振り返った。

 中居いわく、当初アルバムの12曲は自身が選曲し、歌割りまで決めていたものの、メンバーを含めて会議を開いた際に「聞いてきた音楽とか、見てきたエンターテイメントとかがあったりするだろうし。自分たちでやってもいいし、これでもいいし。それは全然もう、お任せする」と、意見を求めたとのこと。すると、彼らは「自分たちでやってみたいです」と主張したといい、中居が選んだ楽曲の中から「Fire&Lightning」については「じゃあ、できる限りやろうか」という話に。映像内で使用するダンス練習の時も、ステップ自体が久々だけあって、「俺って踊れないの!?」「キレが悪いとか、(体が)重いとかっていう次元じゃなかった」と、自分の体の変化にショックを受けてしまったようだ。

 また、今回のアルバムやライブは二階堂が中心になって内容を考え、千賀が振り付けなどを担当。特にアルバム発売前の二階堂に関しては「熱心に僕のところに足を運んで来ました」と述べており、アドバイスも返してあげていたとか。SMAPの解散騒動以降、舞祭組と中居の絡みは以前よりも減ってしまったが、現在は4人に決定権を委ねつつも、こうしてプロデュース業に携わっているのだろう。

 一方で、そんな舞祭組メンバーはアルバムの発売を記念して「『舞祭組の、わっ!』発売記念キャンペーン ~舞祭組の輪を広げる日本行脚の旅~」を敢行。期間は12月15日からの3日で、所属レコード会社・エイベックスの公式サイトでは「どこへ行脚するかは、当日の0:00以降の発表」と告知し、初日は鹿児島、熊本、佐賀にて公開収録とハイタッチ会を行った。翌16日は山口、香川、兵庫をめぐり、17日には福島、群馬へ。キャンペーンへ赴く場所選びについても、中居は「ライブで行けないところに行った方がいいよ」と助言していたそうだが……。

「そしたら、なんか知んないけど、さっすがですよね! 舞祭組って。俺ね、“さすがだな”って思ったのが、『今日キャンペーンで舞祭組が来ます』って、1,000人ぐらいのキャパだったんだって。『お、結構入るなー』って言ったら、『280人しか来なかったんですよ』って。で、ハイタッチ会とか、『一応、1時間取ってたんですけど、280人なんで6分で終われりました』って。『歌ったの?』(と聞いたら)『2曲歌いました』って。『ひっさしぶりでしたね、この屈辱は』って(笑)」

 スタッフもメンバーも想定外の集客数となったとのことだが、もともと舞祭組は“キスマイの後ろの4人”と呼ばれたメンバーで結成したユニットであり、こうした苦境をあえて公言にしている点も、彼らの魅力になっている。とはいえ、キャンペーンに駆けつけたファンの数を聞いた中居は、かつて自身がレギュラー出演していた『笑っていいとも!』(フジテレビ系)の観覧客の人数を思い浮かべてしまったという。

「『でも、ちゃんと一生懸命歌った?』って(メンバーに聞くと)『一生懸命は歌いましたよ!』って。まぁ、それでいいと思う。『260人(280人)のハートを、やっぱりしっかり掴んで帰って来ることが大事だ』って。俺らも、だから昔あったけども……。1万人のところ、2,000人ぐらいだったかなぁ。うん……。そんなのもう、俺らぐらいだと思ってたけどね」

 と、SMAPの懐かしいエピソードを回顧する一幕も。このトークに、SMAPのファンは「『俺らも1万人のところ2,000人ぐらいだった。そんなの俺らぐらいだと思った』って優しく話す中居くん。舞祭組への愛情がひしひしと伝わってくる……」「『俺ら』SMAPの流れを受け継ぐ舞祭組。中居くんが大切にしてる舞祭組を応援する!」「『俺ら』……中居くんの心にはいつだってSMAPメンバーがいるんだね」と、感激の声が続出していた。

 ラジオ内では自身のもとを訪ねてきた二階堂&千賀について「スゴく頑張ったと思います」「ライブもたぶん、素敵な、見たことのないライブになってるんじゃないかなぁと思いますね」と、期待を寄せていた中居。キャンペーンにおいてはまだまだ集客が弱かった舞祭組をネタにしながらも、かつて苦労した“俺ら”こと、SMAPの姿を重ね合わせているのかもしれない。ライブだけでなく、テレビでも中居と舞祭組のダンスを見せてほしいものだ。

「お金がない」「なんでもします」『めちゃイケ』メンバー、必死な“再就職”活動

「どうしよう、もうディズニーランドとかも行くお金がないかもしれない」

 土曜夜8時、日本中に笑いを届けてきたあのバラエティ番組で、こんなに悲しい言葉を聞くとは思いもよらなかった。昨年11月25日に放送された『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)の中で、よゐこ・有野晋哉が、妻と2人の娘に番組終了を告げたときに発した一言である。

 タレントにとってみれば、レギュラー番組の終了は勤めている会社がなくなるのと同じ。番組開始以来22年間、高給を得てきたメンバーは今、まさに「就活」に必死なようで……。

「有野は年末の『よゐこの無人島0円生活2017 元祖無人島芸人・よゐこVS破天荒のナスD』(テレビ朝日系)に、相方・濱口優と共に出演。彼らの人気シリーズ『無人島0円生活』を、これまで裏方だったテレ朝ディレクター・友寄隆英さんこと話題の“ナスD”と対決形式で行いました。これまでは、濱口に付き合わされている感じで、そこまでやる気のなかった有野ですが、この放送では、テンションやモチベーションが異様に高かったのです。ただ、録画再生で見た視聴者の中には、サバイバル術に長けたナスDだけが目当てで、よゐこのシーンを飛ばす者もいたようですが」(芸能ライター)

 さらに先日の1月11日の『VS嵐』(フジテレビ系)に久々にコンビで出演したり、13日には有野単独で『さんまのお笑い向上委員会』(同)に出るなど、「売り込みをかけている感がひしひしと伝わってくる」(放送作家)との指摘も。

 もう1人、攻勢をかけなければならないのがオアシズ・光浦靖子だ。

「かつては『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)など単独で光浦が呼ばれていた時期もありましたが、いつの間にかすっかり相方・大久保佳代子に逆転されてしまいました。光浦の地上波レギュラーは『めちゃイケ』しかありません。そこで何か新しい仕事を、と思ったのでしょう。年末12月21日の『プレバト!!』(TBS系)に初めて出演しました。ダウンタウン・浜田雅功からは『早くここに来ればよかったじゃないですか』と言われていましたが、『めちゃイケ』があるうちは出演する必要もなかったのでは。番組で俳句と絵手紙に挑戦し、俳句は高評価だったものの、絵手紙は酷評されていました」(同)

 さらに、雛形あきこも苦境に立たされる1人だ。グラドル卒業後はテレビドラマなど女優として活動しているが、単発のゲスト出演が多い。かつて所属していた芸能プロダクション「イエローキャブ」の後輩だった小池栄子には、すっかり水をあけられてしまった。

「13日に放送された『メレンゲの気持ち』(日本テレビ系)に、夫で俳優の天野浩成とトーク番組で初共演。彼女のアイドル時代のグッズを収集したり、美容室や化粧品売り場など、どこにでもついていく“謎すぎる夫”について語っていました。この天野は、バラエティ受けしそうな“ダメ夫”。今後は夫婦でのセット売りを仕掛けていく気配が見て取れます」(同)

 ナインティナイン・矢部浩之も昨年、『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ系)の人気企画「グルメチキンレースゴチになります!」でクビとなり、「なんとかなりませんか? 『めちゃイケ』が終わるんです。仕事なんでもします。子どもが2人おりますねん」と訴えていた。

 一方、打ち切り前になんとか食いぶちが見つかりそうなのが鈴木紗理奈だという。

「昨年7月、主演映画『キセキの葉書』での熱演によって『マドリード国際映画祭』の最優秀外国映画主演女優賞を受賞。女優という肩書に箔がついたことが功を奏したのか、16日からスタートする吉岡里帆の連ドラ初主演作『きみが心に棲みついた』(TBS系)に出演、メインの脇を固める重要な役どころのようです」(同)

 果たして彼らの再雇用先は? その最終期限は間もなくだ。
(村上春虎)

「お金がない」「なんでもします」『めちゃイケ』メンバー、必死な“再就職”活動

「どうしよう、もうディズニーランドとかも行くお金がないかもしれない」

 土曜夜8時、日本中に笑いを届けてきたあのバラエティ番組で、こんなに悲しい言葉を聞くとは思いもよらなかった。昨年11月25日に放送された『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)の中で、よゐこ・有野晋哉が、妻と2人の娘に番組終了を告げたときに発した一言である。

 タレントにとってみれば、レギュラー番組の終了は勤めている会社がなくなるのと同じ。番組開始以来22年間、高給を得てきたメンバーは今、まさに「就活」に必死なようで……。

「有野は年末の『よゐこの無人島0円生活2017 元祖無人島芸人・よゐこVS破天荒のナスD』(テレビ朝日系)に、相方・濱口優と共に出演。彼らの人気シリーズ『無人島0円生活』を、これまで裏方だったテレ朝ディレクター・友寄隆英さんこと話題の“ナスD”と対決形式で行いました。これまでは、濱口に付き合わされている感じで、そこまでやる気のなかった有野ですが、この放送では、テンションやモチベーションが異様に高かったのです。ただ、録画再生で見た視聴者の中には、サバイバル術に長けたナスDだけが目当てで、よゐこのシーンを飛ばす者もいたようですが」(芸能ライター)

 さらに先日の1月11日の『VS嵐』(フジテレビ系)に久々にコンビで出演したり、13日には有野単独で『さんまのお笑い向上委員会』(同)に出るなど、「売り込みをかけている感がひしひしと伝わってくる」(放送作家)との指摘も。

 もう1人、攻勢をかけなければならないのがオアシズ・光浦靖子だ。

「かつては『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)など単独で光浦が呼ばれていた時期もありましたが、いつの間にかすっかり相方・大久保佳代子に逆転されてしまいました。光浦の地上波レギュラーは『めちゃイケ』しかありません。そこで何か新しい仕事を、と思ったのでしょう。年末12月21日の『プレバト!!』(TBS系)に初めて出演しました。ダウンタウン・浜田雅功からは『早くここに来ればよかったじゃないですか』と言われていましたが、『めちゃイケ』があるうちは出演する必要もなかったのでは。番組で俳句と絵手紙に挑戦し、俳句は高評価だったものの、絵手紙は酷評されていました」(同)

 さらに、雛形あきこも苦境に立たされる1人だ。グラドル卒業後はテレビドラマなど女優として活動しているが、単発のゲスト出演が多い。かつて所属していた芸能プロダクション「イエローキャブ」の後輩だった小池栄子には、すっかり水をあけられてしまった。

「13日に放送された『メレンゲの気持ち』(日本テレビ系)に、夫で俳優の天野浩成とトーク番組で初共演。彼女のアイドル時代のグッズを収集したり、美容室や化粧品売り場など、どこにでもついていく“謎すぎる夫”について語っていました。この天野は、バラエティ受けしそうな“ダメ夫”。今後は夫婦でのセット売りを仕掛けていく気配が見て取れます」(同)

 ナインティナイン・矢部浩之も昨年、『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ系)の人気企画「グルメチキンレースゴチになります!」でクビとなり、「なんとかなりませんか? 『めちゃイケ』が終わるんです。仕事なんでもします。子どもが2人おりますねん」と訴えていた。

 一方、打ち切り前になんとか食いぶちが見つかりそうなのが鈴木紗理奈だという。

「昨年7月、主演映画『キセキの葉書』での熱演によって『マドリード国際映画祭』の最優秀外国映画主演女優賞を受賞。女優という肩書に箔がついたことが功を奏したのか、16日からスタートする吉岡里帆の連ドラ初主演作『きみが心に棲みついた』(TBS系)に出演、メインの脇を固める重要な役どころのようです」(同)

 果たして彼らの再雇用先は? その最終期限は間もなくだ。
(村上春虎)

小室哲哉の不倫報道を受けて「週刊文春」批判に切り替える大衆的なジャッジ

 小室哲哉が『週刊文春』の不倫報道をきっかけに、引退を表明してしまった。会見で語ったところによれば、くも膜下出血に倒れた妻・KEIKOの介護を長年続け、そのストレスもあったのか、2年前にはC型肝炎に侵され、回復したと思ったら今度は「突発性の難聴に近いもの」になり、ちょうどその頃から、自身の音楽の出来にも「期待に応える音楽制作のレベルなのかな」と疑念を持ち始めていたという。このタイミングでの不倫報道を、小室は「週刊文春さんに報じられ、僕から言うと戒めみたいなことなのかな」と位置づけてしまった。「文春さんが起爆剤になっていただいた」との言葉が重い。

 不倫報道が出てから会見までには中1日ほどの時間があったが、「病と戦う妻がいるのにもかかわらず小室は……」との世間の声が、「病と戦う妻を支え続けていたのに週刊文春は!」にたちまち変容していった。どちらが正しい、とは思わない。両方間違っている、とも思わない。なぜって、「長年の介護」と「不倫」を天秤にかける行為に、外から参加できるはずもない。外から参加している人を見ると、「え、どうして参加できるの?」と思う。そんなことは本人にしか分からないし、会見を見る限りでは、本人でさえも分かっていない様子が見受けられた。あらゆる不倫について、外の人間が許容すべきでもないし、逆に、外の人間が許容しないと宣言するべきでもない。第三者が判決を下す問題ではない。

 犯罪ではない人様の不倫を吊るし上げる行為を、商売のために繰り返してきた『週刊文春』への糾弾が突如盛んになっているが、これまでの不倫報道では、雑誌に対する糾弾はここまで本格的なものにはならなかった。大きな功績のある人の歩みを止める結果を作ってしまったからと、糾弾がたちまち膨れ上がっている。人様の不倫なんてわざわざ記事にするなと思う。だから、たとえば小室の記事の前週に報じられた「フジ・秋元優里アナ『荒野のW不倫』」も糾弾すべきではないと思うし、あの報道によって全番組を降板させられた秋元アナに対しても、仕打ちが酷すぎる、との感想を持つ。がさつに比べるが、秋元に対して、小室と同じような同情を向ける人は少ない。小室はすごくて、秋元アナはすごくないから、なのか。片方は介護疲れだからしょうがなくて、片方が子供を置いて不倫しているからダメ、なのか。不倫報道を考える上で正しい尺度とは何か。そもそも、尺度などあるのか。ない、と思う。

 かつて、不倫発覚後に会見を開いたベッキーに対し、質問を一切受け付けない会見だったことも手伝い、「謝罪っぷりが足りない」「ちっとも反省していない」との声が高まり、彼女は芸能界から半ば追いやられることとなった。本来、不倫が発覚したからといって、テレビの前で国民に向けて謝罪をする必要などない(公益性のある人物はその限りではない)。ベッキー以降、不倫した事実ではなく、「ご迷惑、ご心配をおかけしたこと」を理由にテレビの前で謝ることが慣例化しているが、あれを繰り返させた結果、どうなったかといえば、人様の不倫が「付帯条件」によって判別されるようになった。つまり、不倫が発覚した後、彼・彼女の周囲にどういった要素があるのかを探り、世間がその不倫に判決を下す。

 そこで導かれるのが、

●すごい人ならば、不倫してもかまわない。
●なんかこう、最近、調子乗ってる人ならば、不倫は許さない。
●妻が許しているならば、まぁ、しょうがない。

 である。

 芸能人の不倫が発覚すると、多くの場合は男性よりも女性が成敗される。ベッキーだけではなく、自宅に男性を連れ込んだ矢口真里のことを思い出せば、彼女らは仕事をほぼ丸ごと奪われ、一度失った勢いを未だに取り戻せずにいる。その一方で、男性お笑い芸人がその手の案件に引っかかれば、彼らは「オフホワイトではなくグレー」などと、つまらないネタのひとつとして活用し、「男ってそういう生き物だから」をまぶしながらうやむやにする。伝統芸能方面ではお得意の「女遊びは芸の肥やし」とのムードにすがり、それがうまく使えなければ、謝罪会見で「拍手と笑いが起こった」ほどの話術を披露したり、「妻の神対応」で乗り切ったりする。三遊亭円楽や中村橋之助の不倫が、それである。或いは、渡辺謙の不倫が発覚すると、友人でもある小倉智昭は「世界の渡辺謙だからですよ」とかばった。女性の不倫はこうはならない。たとえば、斎藤由貴や藤吉久美子などには「色気がありすぎて」的なオヤジ目線のジャッジが顔を出すこともあるが、どんな付帯条件があっても、しょうがないよね、が顔を出しにくい。

 『週刊新潮』(2016年3月31日号)の記事「『乙武クン』5人との不倫」によって、不倫が発覚した乙武洋匡は、直ちに自身のウェブサイトに謝罪文を掲載した。なぜか、その謝罪文には、妻の謝罪文が併記されており、「このような事態を招いたことについては、妻である私にも責任の一端があると感じております」と妻に言わせていた。彼の不倫報道、そして予定していた参院選出馬を辞退するとの経緯をふまえ、テリー伊藤は「それよりも、彼の教育者としての才能を摘むほうが、日本にとって痛手だと思う。」(夕刊フジ・2016年4月13日)と擁護した。不倫の擁護として「日本にとって痛手」が出てくるのは実に奇妙だったが、今回、それに近い言葉が、少なくとも自分のTwitterのタイムラインにはたくさん流れてきた。

 このところ、不倫報道をはね除ける手段として、配偶者の理解を粗造するのがブームだった。そこに、芸事とはこういうものという“伝統芸”が抱き合わされたりすると、最終的にはその人に価値があるかどうか、で問われてしまう。この査定方法をちっとも理解しないが、こうした「すごい人」の回避方法に乗っかれば、小室自身は今回の報道を乗り越えられたはずである。だって、小室は「すごい人」だから。うやむやにして、そのままにしておけば静まった。でも彼は、そのままにせず、辞めてしまった。会見の全文を読めば、いくつもの要素が彼にのしかかっていたことがわかる。ゲスの極み乙女。の川谷絵音が今件を受けて、「病的なのは週刊誌でもメディアでもない。紛れも無い世間」とツイートしているが、世間がいきなり文春を叩き出したのは、その「病的」に気づかないようにする個々の回避術の集積にも思えた。つまり、「日本にとって痛手」的な言い分に乗っかった。それはズルいと思う。

「政治家は公人なのでまだしも、タレントの場合はどこまでが許容範囲なのか。プライバシー侵害の恐れもあるだけに、弁護士や法務部と相談しながら慎重に進めています」
(新谷学・「週刊文春」編集長「出版社の徹底研究」『創』2018年2月号)

 週刊文春は不倫探索をやめないと思う。なぜって、週刊文春は「週刊文春デジタル」で動画配信を始め、この動画を収入源の柱の一つにしようと画策しているから。スキャンダルの当事者への直撃取材の模様を、テレビのワイドショーなどに対し、1番組1本10万円の使用料で提供するビジネスを展開し始めている。そのために編集部内にデジタル班を設けたという。不倫ネタで部数稼ぎやがって、との声もあるが、部数など稼げていない。2016年上期に43万部だった平均実売部数は、17年上期には37万部に落ち込んでいる(日本ABC協会調べ)。

 『創』2018年2月号の特集「出版社の徹底研究」に掲載されている『週刊文春』の新谷学編集長のコメントを拾うと、「確かに動画には手応えを感じますが、同時にリスクも大きい。無軌道にエスカレートしていくと、かつての写真週刊誌と同じになりかねない。政治家は公人なのでまだしも、タレントの場合はどこまでが許容範囲なのか。プライバシー侵害の恐れもあるだけに、弁護士や法務部と相談しながら慎重に進めています」とある。しかし、竹林で密会していたことを報じた「フジ・秋元優里アナ『荒野のW不倫』」の記事の翌週に、この事案を茶化したタイトル「竹林でチクリ」というタイトルのワイド特集を設け、その特集のイントロ文を「竹林でチチクリあっていた彼らは今回登場しません。あしからず」としているのを見かけると、「慎重に進めています」はひとまずウソである。

 不倫なんて、外の人間は放置し、当事者間で議論すればいい。それなのに、「すごい人」が報道によって苦しんだ時に、いよいよ、だから週刊誌は、と結託するのは、都合がよろしくないかと思ってしまう。「あの人はOK、この人はダメ」「こういう境遇ならOK、この程度ならダメ」を続ける限り、文春のみならず週刊誌は誰かの不倫を雑誌媒体としての栄養補給のように続けていく。「この人はどう?」と挑発してくる。小室さんかわいそう、ではなく、不倫報道全般をどうでもいいよ、に持ち込まないと、誰かが砲撃にやられ続ける。不倫を、人のレベルや状態でジャッジすべきではない。だから、小室を引退させるなんて、との怒りには乗っかれない。それだと、同情できる事情もなく、小室みたいにすごくない人ならどこまでも叩いてもいい感じ、が残る。小室みたいにすごい人なんてほとんどいないんだから、小室だろうが、秋元アナだろうが、ベッキーだろうが、宮迫だろうが、外から、芸能人の不倫なんてどうでもいいよと、均等に捨てるべきだ。

小室哲哉の不倫報道を受けて「週刊文春」批判に切り替える大衆的なジャッジ

 小室哲哉が『週刊文春』の不倫報道をきっかけに、引退を表明してしまった。会見で語ったところによれば、くも膜下出血に倒れた妻・KEIKOの介護を長年続け、そのストレスもあったのか、2年前にはC型肝炎に侵され、回復したと思ったら今度は「突発性の難聴に近いもの」になり、ちょうどその頃から、自身の音楽の出来にも「期待に応える音楽制作のレベルなのかな」と疑念を持ち始めていたという。このタイミングでの不倫報道を、小室は「週刊文春さんに報じられ、僕から言うと戒めみたいなことなのかな」と位置づけてしまった。「文春さんが起爆剤になっていただいた」との言葉が重い。

 不倫報道が出てから会見までには中1日ほどの時間があったが、「病と戦う妻がいるのにもかかわらず小室は……」との世間の声が、「病と戦う妻を支え続けていたのに週刊文春は!」にたちまち変容していった。どちらが正しい、とは思わない。両方間違っている、とも思わない。なぜって、「長年の介護」と「不倫」を天秤にかける行為に、外から参加できるはずもない。外から参加している人を見ると、「え、どうして参加できるの?」と思う。そんなことは本人にしか分からないし、会見を見る限りでは、本人でさえも分かっていない様子が見受けられた。あらゆる不倫について、外の人間が許容すべきでもないし、逆に、外の人間が許容しないと宣言するべきでもない。第三者が判決を下す問題ではない。

 犯罪ではない人様の不倫を吊るし上げる行為を、商売のために繰り返してきた『週刊文春』への糾弾が突如盛んになっているが、これまでの不倫報道では、雑誌に対する糾弾はここまで本格的なものにはならなかった。大きな功績のある人の歩みを止める結果を作ってしまったからと、糾弾がたちまち膨れ上がっている。人様の不倫なんてわざわざ記事にするなと思う。だから、たとえば小室の記事の前週に報じられた「フジ・秋元優里アナ『荒野のW不倫』」も糾弾すべきではないと思うし、あの報道によって全番組を降板させられた秋元アナに対しても、仕打ちが酷すぎる、との感想を持つ。がさつに比べるが、秋元に対して、小室と同じような同情を向ける人は少ない。小室はすごくて、秋元アナはすごくないから、なのか。片方は介護疲れだからしょうがなくて、片方が子供を置いて不倫しているからダメ、なのか。不倫報道を考える上で正しい尺度とは何か。そもそも、尺度などあるのか。ない、と思う。

 かつて、不倫発覚後に会見を開いたベッキーに対し、質問を一切受け付けない会見だったことも手伝い、「謝罪っぷりが足りない」「ちっとも反省していない」との声が高まり、彼女は芸能界から半ば追いやられることとなった。本来、不倫が発覚したからといって、テレビの前で国民に向けて謝罪をする必要などない(公益性のある人物はその限りではない)。ベッキー以降、不倫した事実ではなく、「ご迷惑、ご心配をおかけしたこと」を理由にテレビの前で謝ることが慣例化しているが、あれを繰り返させた結果、どうなったかといえば、人様の不倫が「付帯条件」によって判別されるようになった。つまり、不倫が発覚した後、彼・彼女の周囲にどういった要素があるのかを探り、世間がその不倫に判決を下す。

 そこで導かれるのが、

●すごい人ならば、不倫してもかまわない。
●なんかこう、最近、調子乗ってる人ならば、不倫は許さない。
●妻が許しているならば、まぁ、しょうがない。

 である。

 芸能人の不倫が発覚すると、多くの場合は男性よりも女性が成敗される。ベッキーだけではなく、自宅に男性を連れ込んだ矢口真里のことを思い出せば、彼女らは仕事をほぼ丸ごと奪われ、一度失った勢いを未だに取り戻せずにいる。その一方で、男性お笑い芸人がその手の案件に引っかかれば、彼らは「オフホワイトではなくグレー」などと、つまらないネタのひとつとして活用し、「男ってそういう生き物だから」をまぶしながらうやむやにする。伝統芸能方面ではお得意の「女遊びは芸の肥やし」とのムードにすがり、それがうまく使えなければ、謝罪会見で「拍手と笑いが起こった」ほどの話術を披露したり、「妻の神対応」で乗り切ったりする。三遊亭円楽や中村橋之助の不倫が、それである。或いは、渡辺謙の不倫が発覚すると、友人でもある小倉智昭は「世界の渡辺謙だからですよ」とかばった。女性の不倫はこうはならない。たとえば、斎藤由貴や藤吉久美子などには「色気がありすぎて」的なオヤジ目線のジャッジが顔を出すこともあるが、どんな付帯条件があっても、しょうがないよね、が顔を出しにくい。

 『週刊新潮』(2016年3月31日号)の記事「『乙武クン』5人との不倫」によって、不倫が発覚した乙武洋匡は、直ちに自身のウェブサイトに謝罪文を掲載した。なぜか、その謝罪文には、妻の謝罪文が併記されており、「このような事態を招いたことについては、妻である私にも責任の一端があると感じております」と妻に言わせていた。彼の不倫報道、そして予定していた参院選出馬を辞退するとの経緯をふまえ、テリー伊藤は「それよりも、彼の教育者としての才能を摘むほうが、日本にとって痛手だと思う。」(夕刊フジ・2016年4月13日)と擁護した。不倫の擁護として「日本にとって痛手」が出てくるのは実に奇妙だったが、今回、それに近い言葉が、少なくとも自分のTwitterのタイムラインにはたくさん流れてきた。

 このところ、不倫報道をはね除ける手段として、配偶者の理解を粗造するのがブームだった。そこに、芸事とはこういうものという“伝統芸”が抱き合わされたりすると、最終的にはその人に価値があるかどうか、で問われてしまう。この査定方法をちっとも理解しないが、こうした「すごい人」の回避方法に乗っかれば、小室自身は今回の報道を乗り越えられたはずである。だって、小室は「すごい人」だから。うやむやにして、そのままにしておけば静まった。でも彼は、そのままにせず、辞めてしまった。会見の全文を読めば、いくつもの要素が彼にのしかかっていたことがわかる。ゲスの極み乙女。の川谷絵音が今件を受けて、「病的なのは週刊誌でもメディアでもない。紛れも無い世間」とツイートしているが、世間がいきなり文春を叩き出したのは、その「病的」に気づかないようにする個々の回避術の集積にも思えた。つまり、「日本にとって痛手」的な言い分に乗っかった。それはズルいと思う。

「政治家は公人なのでまだしも、タレントの場合はどこまでが許容範囲なのか。プライバシー侵害の恐れもあるだけに、弁護士や法務部と相談しながら慎重に進めています」
(新谷学・「週刊文春」編集長「出版社の徹底研究」『創』2018年2月号)

 週刊文春は不倫探索をやめないと思う。なぜって、週刊文春は「週刊文春デジタル」で動画配信を始め、この動画を収入源の柱の一つにしようと画策しているから。スキャンダルの当事者への直撃取材の模様を、テレビのワイドショーなどに対し、1番組1本10万円の使用料で提供するビジネスを展開し始めている。そのために編集部内にデジタル班を設けたという。不倫ネタで部数稼ぎやがって、との声もあるが、部数など稼げていない。2016年上期に43万部だった平均実売部数は、17年上期には37万部に落ち込んでいる(日本ABC協会調べ)。

 『創』2018年2月号の特集「出版社の徹底研究」に掲載されている『週刊文春』の新谷学編集長のコメントを拾うと、「確かに動画には手応えを感じますが、同時にリスクも大きい。無軌道にエスカレートしていくと、かつての写真週刊誌と同じになりかねない。政治家は公人なのでまだしも、タレントの場合はどこまでが許容範囲なのか。プライバシー侵害の恐れもあるだけに、弁護士や法務部と相談しながら慎重に進めています」とある。しかし、竹林で密会していたことを報じた「フジ・秋元優里アナ『荒野のW不倫』」の記事の翌週に、この事案を茶化したタイトル「竹林でチクリ」というタイトルのワイド特集を設け、その特集のイントロ文を「竹林でチチクリあっていた彼らは今回登場しません。あしからず」としているのを見かけると、「慎重に進めています」はひとまずウソである。

 不倫なんて、外の人間は放置し、当事者間で議論すればいい。それなのに、「すごい人」が報道によって苦しんだ時に、いよいよ、だから週刊誌は、と結託するのは、都合がよろしくないかと思ってしまう。「あの人はOK、この人はダメ」「こういう境遇ならOK、この程度ならダメ」を続ける限り、文春のみならず週刊誌は誰かの不倫を雑誌媒体としての栄養補給のように続けていく。「この人はどう?」と挑発してくる。小室さんかわいそう、ではなく、不倫報道全般をどうでもいいよ、に持ち込まないと、誰かが砲撃にやられ続ける。不倫を、人のレベルや状態でジャッジすべきではない。だから、小室を引退させるなんて、との怒りには乗っかれない。それだと、同情できる事情もなく、小室みたいにすごくない人ならどこまでも叩いてもいい感じ、が残る。小室みたいにすごい人なんてほとんどいないんだから、小室だろうが、秋元アナだろうが、ベッキーだろうが、宮迫だろうが、外から、芸能人の不倫なんてどうでもいいよと、均等に捨てるべきだ。