「島から泳いで逃げた売春婦がいる」「警察や取材者を遠ざけるため客は、みな監視されている」「売春の実態を調べていた女性ライターが失踪した」……。三重県・伊勢志摩の伊勢湾に浮かぶ小さな離島、渡鹿野島(わたかのしま)は、性産業で栄えてきた歴史を持ち、“売春島”として都市伝説のようなウワサがまことしやかに囁かれてきた。その実態を明らかにした『売春島「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』(彩図社)を上梓したフリーライターの高木瑞穂さんに、その“真相”を聞いた。
■女の子を騙して連れてきて搾取
――まず初めに、高木さんが“売春島”のルポを書いたきっかけを教えてください。
高木瑞穂さん(以下、高木) 1990年代頃からインターネット上に、“売春島”と呼ばれた渡鹿野島にまつわるオカルトめいたウワサが蔓延していました。昨年5月に、この島の目と鼻の先にある賢島が伊勢志摩サミットの開催地になったことで、再び“売春島”が注目を集めました。週刊誌などは、島での売春をタブー視するような取り上げ方をしていましたが、僕は島の歴史を真面目に調べてみたいと思った。実は、5年前にも島を取材する機会があって、売春に関与していたという元ヤクザの人身売買ブローカーX氏と知り合っていたこともきっかけのひとつです。
――本書では、そのX氏をはじめ、複数の関係者に取材されています。実際に、島ではどのように売春行為が行われていたのでしょうか?
高木 島のホテルには「宴会」という独特のシステムがあります。そこに派遣されてきた女の子と、酒の席で仲良くなった客は、女の子のアパートに行ってセックスする。これが、売春島ならではの名物コースです。女の子には、客が支払った料金の何割かが支払われますが、かつてはその取り分からもヤクザにカネが渡る場合も多くあったようです。
――本書内で元ヤクザのX氏は、内地から連れてきた女性を島の置屋に売り飛ばし、荒稼ぎした“手口”を告白しています。
高木 90年代に暗躍したというX氏は、街でナンパした家出少女を自分に惚れさせて、「自分のために稼いでくれ」と言って島に売り飛ばしたといいます。その際、島の置屋からは紹介料として1人200万円がX氏に支払われました。女性の方は、初めから200万円の借金を背負わされ、タダ働きを強いられることになり、オヤジ相手に毎晩カラダを売っても、なかなか借金は減らない。借金を完済するまでは、決して島から出られません。X氏は、この手口を使って、98年に足を洗うまでに30人以上の女性を島に送り込み、なけなしの女の取り分まで送金させるなどして2年間で1億円も荒稼ぎしたと告白しています。彼のようなブローカーが噛んでいた90年代には、こうして女の子を騙して連れてきたり、搾取したり……という事実も、確かに存在したようです。
――最盛期の70年代後半~80年代は、メインストリートは黒山の人だかりだったとか。
高木 当時は働く女性も若く、小さな島に60~70人ほどの売春婦がいたと聞いています。特に、島の顔として栄えていた旅館の「つたや」には、若い女性が20人も働いており、年間5億円近い売り上げになったそうです。バブルの頃は「ドラム缶に札束があふれていた」なんて証言もありました。X氏が暗躍した90年代にも、そういった恩恵は続いていたんです。
――若い女性が監禁同然で島に閉じ込められ、来る日も来る日も無理やりセックスさせられて……。とても現代の日本とは思えない状況ですね。
高木 いえ、僕の取材によれば監禁のような事実は絶対にありません。バンス(前借り)のある子は、緩やかな軟禁状態だったといえるかもしれませんが、バンスのない子であれば島の外にショッピングにも行けたし、女の子同士で飲みに行ったりする自由はあったようです。
――思ったよりも、穏やかな状況だったんですね。
高木 98年に、ある情報誌の女性ライターが、この島の取材中に行方不明になった事件がありました。結局真相はわからないまま迷宮入りしたこの事件を元ネタに、「売春の闇ルートの真相を知ってしまったから消された」など、面白おかしく書き立てた雑誌もありました。また、95年には「死に物狂いで海を渡って島から逃げてきた」という17歳の少女メグミの脱走劇が、週刊誌の記事になっています。彼女が暴露した内容に尾ヒレがついて、ネットを中心に過激なウワサが広まっていったんでしょう。もちろん、島の長い歴史の上には、語られていないようなつらい思いをした女性も存在していたと思います。
――もともと目立った観光地もない渡鹿野島は、昔から性産業で支えられてきたという歴史があるんですよね。
高木 江戸時代から、この島は“風待ち港”として栄え、船乗り相手に夜伽をする女性たちが住んでいました。戦時中には、島に民泊していた航空隊の予科練生が島の商売女と遊ぶようになり、そこから全国に口コミで渡鹿野島のウワサが広まっていきました。
■クリーンな観光地化を図っている
――全国的に売春スポットはありますが、なぜそこまでこの島が賑わったのでしょうか?
高木 風光明媚で飯はうまい、若い女も買える。旅行がてら1泊して、女の子と遊べるような離島というシチュエーションは、ほかになかったと思います。訪れる男にとっては、まさに桃源郷のような島だったのでしょう。
――男性にとっては、ある種のロマンがそこにあったということでしょうか。一方で、島の栄華は長くは続かなかった。2016年に、島の象徴だった「つたや」が、資金繰りに窮して倒産しています。
高木 デリヘルやソープで気軽にセックスができる時代になり、男性にとってわざわざ島に行く価値がなくなった。女性たちも、都会の風俗で働いた方が稼げますし、代わりに外国人女性が出稼ぎにやってくるようになったことも、衰退の原因のひとつです。性産業で潤わなくなった島からは、ヤクザも手を引きました。でも、まだ細々と置屋はやっていて、10人ほどの女性が働いているそうです。
――現在、島ではかつての売春のイメージを払拭する“クリーン作戦”が行われているようです。
高木 03年に「わたかのパールビーチ」という人工の海水浴場がオープンするなど、クリーンな観光地化を図っています。島がハート型をしているので、“ハートアイランド”という名目で恋愛成就の島で売り出していたりして、少しずつ若いカップルや家族連れ客も増えているようですね。
――観光地化に成功して、島が再び活気を取り戻すことが望まれます。
高木 この島が、売春で栄えてきたのは紛れもない事実です。クリーン化が進む一方で、一部の島民には「もう一度島を盛り上げるには、やっぱり売春だ」という声もある。僕としては、どちらが良いか悪いかというのではなく、ただこの島の歴史を語る上では、売春の事実を避けては通れなかったということを伝えたかったのです。
(森江利子)