「痴漢は依存症です」ーーそんな帯が目を引く書籍『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)が今年8月に出版されました。日本初の痴漢の専門書で、著書は大森榎本クリニックで性暴力の加害者更生プログラムを行う斉藤章佳さん(精神保健福祉士で社会福祉士)。一般に知られていない痴漢の実態を加害者臨床の立場から明らかにしている本です。
その刊行記念イベント「【緊急討論】今こそ本気で考えたい『男が痴漢になる理由』から読み解く日本の病~斉藤章佳×小川たまか×二村ヒトシ×三浦ゆえ~」 が10月25日に開催されました。
著書である斉藤さん、司会は同書の企画・編集を担当した三浦ゆえさん、ゲストとしてライターの小川たまかさんとAV監督の二村ヒトシさんが登壇しました。いずれも私自身にとって馴染みのある方々で、痴漢の問題を考えるうえで話を聞いておくべき豪華な布陣だと思い、名前を見ただけですぐに参加を決定しました。
今回は痴漢諸問題について本書やイベントを通じて、私が自分の経験と照らし合わせ考えたことをお話します。
片道で3度も被害に遭う
私は高校生のころ痴漢が多いことで有名なJR埼京線で通学しており、毎日のように痴漢に遭いつづけました。一度被害に遭い車両を変えてもまた別の人に痴漢をされたり、片道で3回も痴漢されたり酷いものでした。大学に進み、通学に使う路線が変わりましたが、そこも痴漢が多く被害に遭いつづけました。
「痴漢」という話題に触れたときの反応を見ていると、痴漢に遭ったことがない人や男性がイメージする痴漢という犯罪、被害者のその後、そして刑事や司法の手続きなどは、実態とかけ離れていると感じます。
たとえば痴漢を「ちょっと触っただけ」「ちょっと手が当たっただけ」とイメージする人は少なくありませんが、そんなレベルではなく激しく指や手を動かしながら触ることがほとんどです。下着の中に手を入れられることもあります。私は被害を届け出て警察に行ったこともありますが、手続きに何時間もかかり、その日は授業にほとんど出られず、繊維鑑定のために下着を提出しなければいけませんでした。こんなに消耗するならもう訴えたくない……と思いました。ほかにも警察から裁判への流れもイメージが実態と乖離しています。
集団痴漢に遭ったことも2回あり、対人恐怖や閉所恐怖で大学に通えなくなりました。痴漢は軽い犯罪だと思われるかもしれませんが、このように被害者の人生を左右することもあります。
痴漢は一番身近な性犯罪で、自分の身体の自由を他人に侵害されることで自己肯定感が日常的に削られていきます。それを「たいしたことがない」「自己責任」とされることでさらに「自分は他人に侵害されても仕方ない人間」と思うようになり、なおのこと削られます。そうして性暴力に対する抵抗力がますますなくなっていき、そこから痴漢だけでなくほかの性暴力被害にもくり返し遭うようになる人が多くいると感じます。だからこそ私は痴漢を非常に問題視しているのです。
加害者が狙うのは、どんな女性?
本書では、誤解されている痴漢加害者の実態について描かれています。痴漢をはじめとした性犯罪では「肌を露出した女性は痴漢に狙われやすい」というイメージを持たれがちです。しかし実際には服装は関係なく、加害者はおとなしそうな人を狙うのです。
私はかわいいことで有名な制服の高校に通い、また黒髪ロングストレートという、いまとあまり変わらないおとなしそうな外見だったのが、頻繁に被害に遭った原因のひとつだと思っています。自衛のために、ジャージを履いて通学したこともありますが、そのときにも痴漢に遭いました。大学時代、すっぴんにメガネで髪を縛って地味な服装をしているときでも、痴漢に遭わなくなることはありませんでした。痴漢は見た目の良し悪しや何を着ているかどんな髪型かという理由で狙っているわけではありません。
痴漢は加害者の“認知の歪み”によって起こります。本書にもあるとおり、加害者の認知が「きょうは痴漢するノルマを達成していない」のように歪んでいれば、被害者がいくら対策をしたところで限界があるのです。
ジャージを履いていたときの加害者は、ごくふつうの高校生でした。痴漢=性欲の強いモンスター、おじさん、もしくは女性に相手されない非モテ男と思われがちですが、そうとは限りません。本書によると痴漢はどこにでもいる平凡な人間であり、生育歴に特に問題があるケースも少なく、四大卒、妻子持ちのサラリーマンが多いそうです。
目の前の女性に欲情して衝動的に……というイメージも、実態とは離れています。多くの加害者は、痴漢中に勃起をしていません。日常のストレスの発散方法を痴漢に見いだし、スキルを磨くようにくり返す“性依存症”なのです。
イベントでも斉藤さんは「相手をいじめている気持ちがあるときは勃起していない」「痴漢は勤勉で真面目なので、スキルを磨く」「痴漢した人数や回数を正の字で記録する人もいる」「事前の情報収集をしっかりする」と話しています。
私が警察に通報したときの痴漢加害者は、初犯ではなく再犯ばかりで、執行猶予中の人もいれば、遠くからわざわざ痴漢をしにその電車に乗りにきた人もいました。この体験と照らし合わせると、痴漢は依存症だという話は納得がいきました。
今はあまり利用しないのでわかりませんが、当時、埼京線のターミナル駅のホームで観察していると、必ずといっていいほど品定めしている人がいて「痴漢だろうな」となんとなくわかりました。現にそうした人は、乗車時にうしろから押し込んでくると同時に激しく触ってきました。「痴漢をする」という明確で強い意志がないとできないことだと思いました。きっと痴漢をしやすい路線の情報を収集しながら身につけ、スキルを磨いてきた結果なのでしょう。
「冤罪が怖い」はわかるけど。
私は通報した加害者とのあいだに、示談が成立したことがあります。それを受けて学校で「痴漢冤罪で金を稼いでいる」と噂が立ち、嫌がらせされたこともありました。また大学生のころ、男性の友人がSNSで「痴漢冤罪を見た」といっているので詳細を聞いたところ、逮捕されているのを見ただけだとわかりました。彼は無意識のうちにそれを「冤罪だ」と思っていたのでした。
男性の、「冤罪はいつ自分に降り掛かってくるかわからないから怖い」という気持ちは理解できます。冤罪はあってはならないことですし、なくす必要があります。でも「痴漢被害よりも冤罪被害のほうが深刻だ」という主張はさすがに論理が飛躍していて冷静さを欠いています。被害をあまりにも軽視しているうえに、現状にも即していません。そうした主張をする人たちは、今年上半期に頻発した鉄道飛び降りのニュースで恐怖心が煽られ、パニックになっているのだと思います。
痴漢が話題になるたび、冤罪被害のほうが痴漢被害より深刻だと話をすり替える人たち。どちらが深刻なのかを比較することは本来、意味がありません。冤罪をなくすことと痴漢を無くすことは、両立できるはずです。そうした人も「たしかに痴漢は悪い」とはいうのですが、痴漢をモンスター扱いし、加害者には何を言っても無駄だとし、一方で被害者の落ち度は責めます。冤罪の加害者になる可能性があるからと、被害者が通報すること自体を問題視します。冤罪の原因を作っているのは女性であり、被害を訴え出る女性に責任があるという発言が、SNS上で飛び交っています。
普段性犯罪に言及しない人たちも無自覚に被害を軽視し、セカンドレイプ発言を行っている……。悪気はないとわかっているからこそ、私はそれらを見るたびに心が痛み苦しくなります。なぜそうなってしまうのだろうかと不思議に思うのです。
痴漢の罪をなすりつける卑怯な手口
私は以前、「痴漢のなすりつけ」に遭遇したことがあります。痴漢の手をふり払った瞬間、その男性Aが隣にいた別の男性Bの手をつかみ「お前、痴漢してただろ」といい、さらにもうひとりの男性Cが「俺も見ていたぞ」といいました。しかし、私はBが痴漢ではないと手の位置からわかりました。騒ぎになり次の駅で私とBが降ろされ、AとCはそのまま電車で去っていきました。
「私は痴漢していたのはあなたじゃないと思うんですけど、そうですよね?」と聞くと、「いきなり手をつかまれて痴漢だといわれた」と返ってきました。私もBもそのまま帰りましたが、こんなことがあるのかとショックでした。おそらくAとCはどちらか一方が痴漢をし、「捕まるかもしれない」と思ったときはそこにいる他人になすりつけ、もう一方が目撃者となるよう互いに協力しているのでしょう。
ここまで酷くはなくても、被害に遭った女性が加害者を取り違える可能性もあります。しかしその責任を被害者の女性に求めると、被害に遭った人が訴え出にくくなり、結果、痴漢を許容することにつながります。
もちろん意図的に被害をでっち上げる女性がいないとはいい切れません。しかしその後の手続きを考えると、成功する確率はそこまで高くないと感じます。警察に行くと、被害者が加害者に示談を持ちかけにくくなるからです。
また痴漢冤罪があるのはそもそも痴漢という犯罪があるからです。そしてその検挙を被害者の訴えに依存していること、容疑者の権利が尊重されない捜査体制、司法制度も問題です。それなのに、なぜ両者の問題を切り分けられないのでしょうか。
イベント内でも「なぜ痴漢というと、冤罪の話になってしまうのか」「女性が被害に遭わないためにも、男性が冤罪の恐怖から解放されるためにも、女性専用車両、男性専用車両を分けたほうがいいのか」というテーマがあがりました。
ライターの小川たまかさんは、女性専用車両にも男性専用車両にも反対していない、しかし積極的に賛成もしていないそうです。被害に遭って苦しんでいる人に安全圏が必要ではあるけれど、それは痴漢問題の根本的な解決にはならないし、女性専用車両を許さないという活動をしている人もいる現状では、今度は専用車両の数で男女が対立するだけなのではと懸念していました。それに対してAV監督の二村さんは、「専用車両に乗るのを選択するのではなく強制力を持って男女全員の車両を分けたほうがいいのでは。ディストピアのようだし、セクシャルマイノリティの方には申し訳ないけど」という意見。「理想論かもしれないけれど人間の善意を信じたい」と小川さんは返しました。
私自身は小川さんにほぼ賛成で、積極的に賛成もしないけれど反対もしないという考えです。被害に遭って苦しんでいる人の安全をまず確保する施策は必要だと思いますが、一方で「注力すべきはそこなのか?」という疑問もあります。それよりも満員電車を解消する施策を総合的に考えていく必要があるのではないかと思います。
議論が尽きない「女性専用車両」「男性専用車両」
イベントの最後は「どうしたら痴漢をなくせるか」で締めくくられました。まず加害性を自覚することが大事、というのが登壇者の共通見解でした。
「すべての人間に加害性がある」だからこそ「痴漢は依存症だと認知されるべき」と二村さん。小川さんは「女性でも子どもへの虐待など弱い人への加害をする可能性はあるのに、自分はやらないと思っている人こそ危ないと思う。痴漢も同じなのでは」「あなたにも薬物依存になる可能性があるといっても怒る人は少ないのに、痴漢になる可能性があるというと怒る人はこんなにも多いのはなぜか」と疑問を呈しました。それに対して二村さんは「男性は傷ついていてる、愛されていないことに」「自分は愛されないと思いこんで、みっともない自分を認めるのが苦手で、強烈な被害者意識を持つ」と語りました。
状況を改善するには、痴漢を取り巻く現状についての知識やデータ、丁寧な解説が必要です。イベントでも、痴漢は依存症だと知られるためには「この本が100万部売れればいい」という話になりました。
「痴漢をなくす」は皆の問題
依存症だと知られること、治せることは男性にとっても救いになるでしょう。私は男性から「性欲や、男性であるだけで持ってしまっている加害性が怖い」と相談されることが多いのですが、更正プログラムがあると伝えると彼らは安心します。
「再犯予防のエビデンスは整ってきている。一方で、これから痴漢になるかもしれない人への予防が足りておらず、それには性教育と、性暴力の実態を伝えていくことが重要」と斉藤さんはいいます。しかし、加害者への治療プログラムへの強制力がなく、治療できる病院も足りないこと、そして被害者の受け皿も足りていないこと、鉄道会社が積極的でないことなど多くの問題が提起されました。
「加害者は異常な人としていないことにされ、被害者もいないことにされる」と、社会全体であまりにも対策がされていないことが共有された形で、イベントは終わりました。
私が面白いと感じたのは立場の違う人同士の対話が聞けたことで、特に小川さんと二村さんの組み合わせはこのイベントならではでした。考えや職業などが違うからこそ、それぞれの分野で取り組めることや、共有できることがあるはずです。
私、卜沢彩子が痴漢をなくすために取り組んでいきたいのは、各方面の専門家に話を聞ける総合的な痴漢諸問題に関する勉強会を開くことです。被害者支援、加害者更生、司法、鉄道、行政、創作物、メディア……さまざまな分野の知識をもとにし、それぞれ協働して取り組む必要があると考えています。
「冤罪が怖い」と思っている人も「痴漢をなくしたい」と考えている人も、総合的に知識を身につけ、今後の建設的な提案やアクションにつなげられる場を作り、少しでも痴漢で苦しむ人がいない社会に近づけたい。加害者にとっても痴漢をなくすことは必要なのだと、本書を読むと感じます。つまりは“痴漢行為が起きなくなること”はすべての人のためになるのです。できるだけ多くの人が当事者意識を持って、“痴漢行為が起きないようになるにはどうしたらいいのか”という方向に意識が向かうようになってほしいと思います。