2012年に創刊された「LARME」(徳間書店)は、淡いパステルカラーを基調とした独自の世界観や、現役アイドルをモデルに起用するなど大胆な手法で注目を集め、雑誌不況の中で発行部数20万部を叩き出した。そこで編集長として手腕を振るっていたのが中郡暖菜氏だ。彼女が新たに手掛ける女性ファッション誌「bis」と、雑誌業界の行く末を独自の美学で語ってもらった。
(前編はこちら)
◎セックス特集を買う女の子を1人でも減らしたい
――「LARME」を立ち上げた時期と現在の女性誌の状況の違いは感じますか?
中郡 まず「読モ」の変化ですね。雑誌の中で読モという存在をあまり強く感じなくなりました。「小悪魔ageha」や「LARME」を作っていた頃は、雑誌の中で読モの子たちのパワーがすごかった。
――最近はそうではないと?
中郡 今はインフルエンサーで完結する場合も多いのかなと思います。Instagramのフォロワーが何万人にもなればそれで稼げますし、雑誌はギャラも安いのでそもそも雑誌に出るメリットは少ないんじゃないかな。
――逆に近年の女性誌はとにかく「Instagram」特集や「SNS映え」みたいなところを重要視していますよね。
中郡 そうなってくるとインフルエンサーだけで成立しちゃうし、編集者という職業とは一体何なのだろうかという気持ちはありますね。昔は「編集」って特殊技術的なところがあったけれど、今の読モやインフルエンサーの子って、たいてい「編集」が上手なんです。彼女たちの「編集」の技術と戦って勝てる雑誌編集者がどれだけいるのか。だから紙は紙ならではのことをした方が良いのではないかなとは思いますね。女性誌のウェブサイトは本の世界観をそのままウェブに持ってきている場合が多いですが、「bis」では雑誌を読んでいない人でも「bis」のウェブ版を見ていただけるように、別物として作っていきたいなと思っています。
――現段階の「bis」ウェブ版には、雑誌の「bis」には載ってないようなモテテクの記事も掲載されてますね。
中郡 ウェブの「bis」では昔の「JJ bis」の記事を再構成して載せていたりするので、モテテクの記事が結構ありますね。それは単純に記事数を増やしたいのと、ウェブの窓口を広くしておきたいという気持ちがあるからです。雑誌では「モテ」とか「恋愛テクニック」は今後もやらないんじゃないかな。
――その理由は?
中郡 私、雑誌のセックス特集と占い特集が苦手なんです。でもその2つがやっぱり売れるそうなんです。だから相当需要はあるんでしょう。それでも、そういう雑誌を買う女の子を1人でも作りたくない。
――どちらも女性誌では読者人気の高い特集だと思います。中郡さんはなぜそう考えるのでしょうか?
中郡 性的なことに関しては絶対にやりたくない。これは「小悪魔ageha」からずっとそうで、「小悪魔ageha」ってすごく派手な女の子たちの雑誌でしたけど、セックス特集は一度もなかったんです。それが私が「小悪魔ageha」を好きな理由の1つです。たまに恋愛企画があってもポエティックな感じでしたし。実は占いもなかったんですよ。
一般的な若い女の子の雑誌の表紙に、性的な言葉が書いてあることに対して違和感を覚えるんです。いくら売れると言われても、その言葉を表紙に載せるということは、その言葉が表紙に書いてある本をレジに持っていく女の子を生み出すわけで、その時にレジが男性かもしれないわけで…・・・と考えるとやはり無理ですね。明らかにそういう本だったら買う側もそのつもりだから問題ないと思うんですけど、普通の女性ファッション誌の表紙に書くべき言葉ではないと私は思います。
――でも恋愛においてセックスも避けられない問題ですし、占いも読者の需要があるならとは考えませんか?
中郡 もしも自分がその2つに対してすごく勉強していたり、興味があるとかだったらできると思うんですが、実際違うので。
例えばその道のプロフェッショナルな方にコラムを書いていただくとするじゃないですか。でも私は知識がなくてわからないから、その情報が正しいかどうか判断できないので、校了できないです。
――「校了できない」! 編集者ならではの言い回しですね。
中郡 ヘアアレンジやメイクの記事って、そのやり方を自分が完璧に把握しているから校了できるんですよ。占いも同じ理由で、プライベートで占い師さんに見てもらうことはあっても、編集長としては校了できない。正しい情報なのか間違っている情報なのか自分では判断できない文章を、どうやって校了したらいいのかがわからないんです。
――編集部内でそういった中郡さんの思想を共有されている方はいますか?
中郡 今は内容に関して個人的に決めて進行していることが多いので、社内での密接なやりとりというのは、まだそんなにしていないかもしれません。というのも雑誌を作るのが、昔ほど大変じゃない気がするんです。そう思いません? 今は昔と違ってデータ便もあるし、簡単にデータのやりとりができるけど、昔はそうはいかなかった。出版業界全体の縮小傾向もあり、本作りはどんどん少人数の体制になってきていますよね。
「小悪魔ageha」のインフォレストには5年間お世話になったのですが、そのうちの4年以上は私が一番年下で、なおかつその間ずっとアルバイトの雇用だったんです。なので電話をとるのも私が一番最初で、下積みの経験は割と長いんですよ。そこからいきなり編集長になったという。もう今は問い合わせも電話じゃなくてメールが基本ですし、読モや一般の子にアンケートをとるのもウェブを通して一気に集めることができます。そういう手間が減って、雑誌を作る上でのカロリーも少なくなっていると思うんです。雑誌を作ること自体はデザートみたいな楽しいことでしかなくて、つらいことではなくなってきています。
――それは編集者としてすごく幸せなことですよね。「雑誌を存続させるために作らなきゃ」みたいなつらさも結構あると思うんです。
中郡 前職を辞めるまでの半年くらいは、割とそういうモードだったかもしれません。光文社は女性誌がたくさんあって、歴史も長いので、これまでのさまざまな経験が会社自体に積み重ねられている。だから誰かに相談というのもしやすい環境なのですが、女性誌が1つだけという状況だと常に開拓者であり、同時に安定した売り上げをあげなければならないから、挑戦をし続けることが難しく感じてしまう場面はありましたね。さっき言ったように、私は限界まで頑張るスタンスしか知らないから、立ち回りがヘタな部分も多いんです。最近の出版の流れとして会社の資本が変わって、体制自体が変わることが割とよくあるのですが、そういった環境の変化に適合するのもあまり得意ではなかったので。
――今は別の出版社から発行されている「小悪魔ageha」ですが、14年の休刊事件も、当時の出版社、インフォレストの倒産が原因でした。出版社の経営状態や方針変更によって現場の編集部にしわ寄せが来るというケースは少なくないですよね。
中郡 私は中條編集長時代の「小悪魔ageha」しか携わっていないので、その頃のことしかわかりませんが、会社が勝手に「小悪魔ageha」コラボの商品を作ることを決めてしまい、中條さんが怒るということが最後の頃はよくありました。中條さんは編集部員にすごく優しくて、怒ったりすることはまったくなかったのですが、編集部員にはそういったそぶりをまったく見せずにいろんなことと戦ってくださっていたんだろうと思います。私もその後、編集長になっていろいろなことを求められるようになり、ビジネス的なところで疲弊することはありました。「会社のおじさん対女の子」みたいになって、私はおじさんのために本を作っているわけではないのに。
――出版社の上層部と現場の認識のズレはどこにでもありますが、やはり会社の中で偉くなって、中から変えていくしかないのでしょうか。
中郡 売り上げをあげたら環境を変えることができると夢を抱いてやっていましたが、なかなかそれは難しいことだったという感想ですね。自分自身がインフォレストで編集者としてバリバリ働きながらもずっとアルバイト雇用だったように、若い人を雇えるパワーが残っている出版社が少ないんだと思います。これは多くの業界が抱えている悩みだと思いますが、会社におじさんが溢れている。だから若い人を増やすことが難しいんです。
――今はその辺の問題はクリアになっていますか?
中郡 今は「妹」という立ち位置なので、のびのびとやらせていただいていますね。いろんな女性誌も雑誌もあるし、ひとつの雑誌で全部を背負うというよりも、ターゲットの違う媒体同士で協力しあえることが、この先あるのではないかと思っています。
――そういう環境をフルに使っていくと、新しく良いものが作れそうですね。次号の構想は?
中郡 まだ全然決まってないんですけど……。「LARME」を離れて、しばらくニートみたいなことをやってた時に、自分は何のために雑誌を作ってるのかと考えたんです。やっぱりいろいろあるけど結局は自分のために雑誌を作っているんですよね。それは自分の生活や金銭的な話ではなくて、紙の雑誌に固執する理由でもあるんですけど、「あの頃こんな雑誌があれば良かったのに」っていう思いで作ってるんです。
――昔の自分に向けてですか?
中郡 学校や社会で当たり前とされているようなことが上手にできなくて、そういった悩みも多かったので、あの時にこんな本があれば救われたのに! って思えるような本を想像して作っているところはありますね。そう、やはり徐々に年齢を重ねてきているんですよ。「小悪魔ageha」を作っていた時は、中高生の頃に、ギャルを楽しんでいた頃にこういう本があればいいのにと、「LARME」は大学生の時の自分に向けて作っていて、今は社会人になったばかりの時。そうやって雑誌を作っていけて、自分と同じように悩んでいたりする女性を1人でも勇気付けられたり励ますことができたら、うれしいなと思います。
中郡暖菜(なかごおり はるな)
1986年2月10日生まれ、千葉県出身。国立音楽大学卒業。26歳の時に徳間書店史上最年少での編集長就任で「LARME」を創刊し、ヒットへ導いた。2017年より「bis」(光文社)の編集長を務める。
・「bis」オフィシャルサイト








