シャウトできないブルース・ウィリスに、ナルシストなロバート・ダウニー・Jr……歌手として失敗したスター俳優たち

 既報のとおり、故プリンスやボブ・ディランら多くのトップ歌手が映画での成功を夢見ては挫折してきた。しかし、またその逆もしかり。数多くの映画スターたちが歌手としても認められたいと音楽活動に手を出し、そのほとんどが「音痴すぎる」と酷評されている。神は「歌」と「演技」の二物をなかなか与えないものなのだ。今回は歌手としてもトップを目指したものの、あっさり頓挫してしまった「超音痴な映画スター」を紹介しよう。

■クリント・イーストウッド(87)

 ハリウッドの生き字引ともいえるクリント・イーストウッド。俳優だけでなく、映画監督、映画プロデューサー、作曲家に、はたまた政治家という多彩な才能を持つ彼だが、歌唱力だけはなかった。

 クリントが初めて全米に歌声を披露したのは、1959年放送開始のテレビ西部劇『ローハイド』。このドラマでピアノでの弾き語りシーンに挑んだのだ。音程が微妙だったわりには視聴者から好意的に受けとめてもらい、この波に乗ろうと62年に『Cowboy Favorites』というタイトルのLPをリリース。ハンサムなクリントに夢中だった女性ファンは喜んだが、一部からは「歌の才能はないのでは……」とささやかれるようになった。

 しかし、「オレは歌える俳優」と自負していたクリントは、69年に『ベンチャーワゴン』というミュージカル映画に出演。森の中で、木と会話するという内容の「I talk to the Trees」を歌ったのだが、これがかなり難しい曲だったため、音程がズレまくり。とはいえ、幸運なクリントは、80年に発売した映画『ブロンコ・ビリー』の挿入歌「Bar Room Buddies」がデュエットだったこともあり、「Billboard Hot Country Single」で1位を獲得。同年公開された映画『ダーティファイター燃えよ鉄拳』の挿入歌「Beers To You」は、大御所歌手レイ・チャールズとのデュエット曲で、シングルとしては振るわなかったがサントラはカントリーミュージックのアルバム部門で初登場5位。このようにかなりヒットした曲もあったのだが、「話題作だから売れた」と言われ続けた。

 そんな世間の声を代弁したのが、人気コメディアンで俳優のビリー・クリスタル。ビリーは司会進行役を務めた04年のアカデミー賞で、クリントがいかに素晴らしい俳優で監督なのかをミュージカル風に歌った後、クリントの膝の上に乗り「『ベンチャーワゴン』では歌も披露しましたね。お願いですから、もう二度と歌わないでください」と懇願したのだ。クリントは複雑そうな笑顔で頷いていたが、このビリーのディスを聞いて「すっきりした!」という声が多数上がった。

■ドン・ジョンソン(67)

 『特捜刑事マイアミ・バイス』(1984~89)のイケメン巡査部長ソニー・クロケット役で、爆発的な人気を博したドン。ワイルドさとセクシーさを併せ持った彼は、80年代を代表するスーパースターとなった。行く先々では熱狂的なファンが待ち構え、どこに行っても黄色い声が飛び交う。そんな日常を送っていた彼が「歌手としても頂点に君臨しよう」と思ったのは、ごく自然の流れだったといえるだろう。

 86年9月、ドンはデビューアルバム『Heartbeat』をリリース。ファンは待ってましたと言わんばかりに飛びつき、アメリカで最も権威のあるアルバムチャート「Billboard 200」で最高17位に、シングルカットされた「Heartbeat」は「Billboard Hot 100」トップ5入りする快挙となった。

 伝説的ミュージシャンとして名高いトム・ペティらに楽曲を提供してもらった上で、ウィリー・ネルソン、「ローリング・ストーンズ」のギタリストであるロン・ウッドら超大物ミュージシャンをフィーチャリングさせるという、豪華すぎるこのアルバムが売れないはずはなかった。しかし、売れたは売れたが、アルバムは絶望的なまでに駄作だと言われている。なぜならば、ドンがあまりにも音痴だったからだ。

 一生懸命に歌うという気持ちは伝わってくるのだが、30秒も聞いているとおなかいっぱいになってくる歌声。80年代にはやった機械的なサウンドに押され、うなり声も弱く聞こえてしまう。そもそも歌手向きの声ではないとも評された。

 しかし時代の寵児としてもてはやされていたドンは88年、無謀にもあの大物歌手バーブラ・ストライサンドと「Till I Love You」でデュエット。歌唱力の差があまりにもありすぎて痛々しいと同情された。89年には懲りずにセカンドアルバム『Let It Roll』をリリース。メキシコ版マドンナと呼ばれていたセクシー歌手のユーリをフィーチャリングした「Better Place」も収録したものの、相変わらずの音痴のため、鳴かず飛ばず。その後、歌手として表立った活動はしなくなり、ファンを安堵させた。

■ブルース・ウィリス(62)

 サスペンス・コメディ『こちらブルームーン探偵社』(1985~89)で演じた“お調子者の二枚目探偵”でブレイクし、『ダイ・ハード』(88)の“世界一ツイてないけど、タフで使命感に燃えるヒーロー刑事”ジョン・マクレーン役で世界的な大スターとなったブルース。「テレビで売れた役者が映画スターになる」という米ショービズ界での偉業を成し遂げた彼に、できないことなどないと思えるだろう。しかし、そんな彼も音楽界で成功を掴むことができなかった。

 『ブルームーン探偵社』で人気急上昇中の87年1月に、デビューアルバム『The Return of Bruno』を発売。この作品には、ブッカー・T・ジョーンズ、ポインター・シスターズ、テンプテーションズら、R&B界の大御所らが集結し、「Billboard 200」で最高14位に、シングルカットされたポインター・シスターズとのコラボ曲「Respect Yourself」は「Billboard Hot 100」トップ5に入った。

 このアルバムは「今日のロックミュージックに多大なる影響を与えた60年代の伝説的ミュージシャン」という設定のもと制作されており、同名のテレビ映画まで制作(邦題は『ブルース・ウィリスの逆襲』)。マイケル・J・フォックスに、エルトン・ジョン、フィル・コリンズ、リンゴ・スター、ジョン・ボン・ジョヴィら大スターたちがこぞって出演した。ブルースも大観客の前でミュージシャンとして本気のライブ・パフォーマンスを披露し、大きな話題となった。

 このように、ヒットしたにはヒットした『The Return of Bruno』だったが、ブルースの歌唱力に対する評価はすこぶる悪かった。とにかく「歌がヘタ」だからだ。テレビ映画で見せたパフォーマンスも、「シャウトできないし、クネクネした動きが気になって仕方ない」「歌のレベルも最悪だが、ハーモニカもろくに吹けない」「歌手としては楽しめないが、エンターテイナーとして見れば楽しめる」と酷評が相次いだ。米大手芸能誌「People」にいたっては、「ドン・ジョンソンの方がマシ」と評したほど。

 ブルースは89年にセカンドアルバム『If It Don’t Kill You, It Just Makes You Stronger』をリリース。その後も、チャンスがあればステージに上がり歌っているが、オリジナルアルバムを制作するという無謀なことはしなくなった。

■ロバート・ダウニー・Jr (52)

 映画監督である父の作品に子役として出演し、1980年代には青春映画で名を馳せたロバート。薬物依存で刑務所に入ったが見事克服し、近年では映画『アイアンマン』シリーズで大成功を収め、ハリウッドを代表する大物俳優としてリスペクトされている。

 そんな彼は、12歳のころに始めたピアノ演奏を通して音楽に目覚め、映画やドラマで歌うシーンは全身全霊で熱唱。映画『愛が微笑む時』(93)では国歌を、何度か歌声を披露していたドラマ『アリーmy Love』シーズン4ではポリスの名曲「見つめていたい」を熱唱。エルトン・ジョンの「I Want Love」(01)のミュージックビデオに出演し口パクしたときは「史上最高のナルシスト」と陰口を叩かれ、ミュージカル・コメディ映画『歌う大捜査線』(03)は「ロバートの自己陶酔した歌い方のせいで駄作になってしまった」と酷評された。

 04年11月には、満を持す形でデビューアルバム『ザ・フューチャーリスト』を発表した。しかも、単なる歌手ではなくシンガーソングライターとして、大手レコード会社「ソニー・クラシカル」から気合の入った1作を放ったのだ。収録されている10曲のうち8曲を自身が書き下ろし、ロックバンド「イエス」の名曲「ユア・ムーブ」に、イエスの元リード・ヴォーカリストだったジョン・アンダーソンをフィーチャリングさせるという夢のコラボを実現。ジャズ界の巨匠でベース奏者のチャーリー・ヘイデンをフィーチャーした曲まで収録されている。

 しかし、ロバートのナルシシズム炸裂の歌い方に、彼が歌好きだと知っていた人たちは「やっぱりこの路線か」と溜息。彼の歌声を知らない人は、イメージからはかけ離れた歌声に戸惑い、その結果アルバムは「Billboard 200」初登場121位。アメリカで最も影響力を持つ司会者オプラ・ウィンフリーのトーク番組にも出演してパフォーマンスしたが、売れ行きはイマイチ。評論家のレビューも「歌詞が愚鈍すぎる」「役者に集中した方がよい」と散々なものだった。

 ロバートはその後も、チャンスさえあれば歌を披露しているが、06年に「たぶんもうアルバムは出さない」と発言している。

■デビッド・ハッセルホフ(64)

 1980年代に、主演ドラマ『ナイトライダー』で一世を風靡した俳優デビッド。長身、イケメン、細マッチョと三拍子揃った彼は世界的な人気者となり、歌手デビューの話が持ち上がったのは自然な流れだった。

 85年には、デビューアルバム『Night Rocker』を発売したのだが、アルバムのジャケットは「『ナイトライダー』に登場する車、ポンティアック・ファイヤーバードのボンネットに立ちエレキギターを弾く」というデザインで、明らかにドラマファンにアピールするもの。映画音楽のクリエイターとして名高いジョエル・ダイヤモンドがプロデュースし、当時結婚していたキャサリン・ヒックランドとのデュエットが3曲収録されるなど、話題性はたっぷりだった。

 それなのにこの『Night Rocker』、アメリカでの売れ行きはさっぱりだった。なぜならデビッドが絶望的なまでに音痴だったからである。アメリカではチャートにカスりさえしなかった同作だが、なぜかオーストリアではナンバーワンを獲得。30位にランクインしたドイツでは「アメリカのロック歌手」として爆発的な人気が出て、89年にリリースした『Looking for Freedom』はプラチナム認定までされる大ヒットとなった。

 ちなみに、ドイツで大ブレイクした理由は「ドイツ人が描いている自由でカッコいいアメリカ人」に、デビッドがぴったりとマッチしたからだとされている。ドイツ人同様、日本人にとってもデビッドは「典型的なカッコいいアメリカ人」であり、高い人気を誇ったものだった。

 俳優業をメインに、歌手としての活動も細々と続けたデビッドだが、00年代に入りアルコール依存症が悪化。泥酔状態で床を這いつくばってハンバーグを食べる映像を娘がYouTubeで公開し、世間はドン引き。その後も、酒を飲みすぎて意識不明の状態で発見され死の淵をさまようなど、壮絶な経験をした。

 そんなお騒がせな彼もリハビリに見事成功。ジム通いでたくましい体を取り戻して「還暦過ぎたけど40代のような気分だよ!」とまぶしい笑顔を見せており、往年のファンからは温かい目で見守られている。

 

問題続出のフジテレビ『ワイドナショー』ダウンタウン松本人志「降りようと思っている」発言の深刻度

問題続出のフジテレビ『ワイドナショー』ダウンタウン松本人志「降りようと思っている」発言の深刻度の画像1
 4日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ系)で、前週に紹介された宮崎駿監督の「引退宣言集」に誤りがあったとして、謝罪した。ダウンタウンの松本人志は「次にこういうことがあれば『ワイドナショー』を降りようと思ってる」と発言したが、事実、松本はいくつかの番組を降板している。 「よく知られているエピーソードとしては、1997年9月に『ダウンタウンのごっつええ感じ』(同)で起こった事件ですね。同25日に、2時間スペシャルが放送予定だったものが、急きょ、ヤクルトスワローズの優勝決定試合のプロ野球中継に差し替えられました。事前連絡がなかったことから、松本が激怒。音楽番組であった『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』以外のすべてのフジテレビの番組を降板しています」(業界関係者)  松本は、『ごっつ』打ち切り事件以前にも、セットの作りの甘さに腹を立て撮影をボイコットしている。このことからも、スタッフの仕事に対して高い質を求めていることがわかる。 「ダウンタウンは2005年に『リンカーン』の放送が始まるまで、TBSのプライムタイムでは長らく番組を持っていませんでした。これは、1992年から93年にかけて放送された『生生生生ダウンタウン』のスタッフが“学校の放送部レベル”だったことが原因といわれています」(同)  番組制作は、タレントとスタッフの信頼関係で成り立っている。タレントはスタッフから与えられた素材を使うしかない。松本の指摘は至極まっとうだ。ただ、現在のフジテレビは『世界の何だコレ!?ミステリー』で「月は自転しない」と中学レベルの理科の知識を間違え、『ノンストップ!』においてネット情報をもとに「存在しない『ガリガリ君』の味」を取り上げてしまうなど、致命的なミスを連発している。もはや“大学生のコピペレポート”レベルの番組制作能力しかない現在のフジテレビに、松本の“警告”は届くだろうか? (文=平田宏利)

ジョブズとウォズニアック、ユングとフロイト……“相棒”との出会いで才能が花開いたペアの6段階

 人間関係の最小単位“2人組”。仕事、友情、恋愛……関係は違えど、深くて濃い1対1の関係を扱った本2冊を紹介する。

■『POWERS OF TWO 二人で一人の天才』(ジョシュア・ウルフ・シェンク著、矢羽野薫訳、英治出版)
powersoftwo

 『POWERS OF TWO 二人で一人の天才』は、歴史に残るような天才を、1人の才能によるものではなく、補完し合う「2人」の功績として捉え、分析を試みるレポート。

 画家ゴッホと弟のテオ、キュリー夫妻、ライト兄弟、「ビートルズ」のジョン・レノンとポール・マッカートニー、アップル社の共同設立者スティーヴ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアック、タイガー・ウッズとキャディのスティーブ・ウイリアムス、ダライラマ14世と個人秘書官――。芸術、科学、ビジネスなどさまざまな分野で偉業を残した人々には、直接/間接的に支えてくれた「相棒」がいる。本書では90組以上のペアについての資料やインタビューから、ペアの生まれ方、共通する傾向を探り、最終的には「普通の人々がクリエイティブ・ペアと出会う方法」について考察をしている。

 本書では、成功した2人組を“クリエイティブ・ペア”と呼び、2人が出会い、関係を発展させ、別れるまでの過程を「邂逅」「融合」「弁証」「距離」「絶頂」「中断」の6つの段階に分類している。それぞれの段階で章立てし、時代もジャンルも異なる複数のペアのエピソードを幾つも重ねていくことで、各段階に見られる特徴を浮き彫りにしていく。

 たとえば「邂逅」の章では、多くの偉大なペアは初対面時に「互いにあまり印象が良くない」か、「果てしのない会話が続く」かの2つのパターンが多いと分析。Googleの共同創業者であるラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンは「出会ってから数時間で激しい口論」となり、後にキュビスムを担う中心となるパブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックは「不安をかき立てられた」。一方で、アップル社の共同設立者ジョブズとウォズニアックは、初対面のときから「家の前の歩道に座り込み、何時間もしゃべって」いたし、精神医学に大きな影響を与えたユングとフロイトも「初めて会ったときに『13時間、休みなくしゃべりつづけた』」という。

 偉人や著名人の評伝は数多くあるが、本作は、1対1で結ばれる“恋愛以外”での濃密な人間関係にまつわるエピソードが、時代もジャンルも超えて「関係性の段階」でソートされて膨大に詰まっている。天才たちのドラマのような関係性を堪能したい人は、必ず楽しめる一冊だ。

 さらに著者は、クリエイティブ・ペアの定型を明らかにすることで、孤高の天才ではなくても、普通の人が“相棒”と出会って天才になる道を探っている。自分のクリエイティブ・ペアに出会うには、どのような場所に足を運び、相手にどう振る舞うべきなのか?その考察が成功しているかはさておき、2人組のエピソードを大量に分析してきた著者だからこそ、表現を変えて繰り返される「本当の創造性は自分の頭の中ではなく、自分と他人の間に起きる化学反応から生まれる」という知見は聞く価値があるものだ。新たな仕事や、趣味に挑戦したい人にとっても、ヒントをくれる本になるだろう。

■『誓います 結婚できない僕と彼氏が学んだ結婚の意味』(ダン・サヴェージ著、大沢章子訳、みすず書房)

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 『POWERS OF TWO~』では、主には恋愛・夫婦関係ではない2人組のエピソードが取り扱われていたが、一般的に、社会で最もメジャーな2人組は夫婦だ。本書『誓います 結婚できない僕と彼氏が学んだ結婚の意味』は、米国の男性カップルが、結婚に足踏みする日々をユーモアたっぷりにつづることで、「結婚とはなにか」をパートナーと考えることの楽しさを教えてくれるノンフィクションだ。

 米国で人気新聞記者・コラムニストとして活躍する著者ダンと、10年間交際を続けている男性パートナー、テリーは、結婚という形をとらずに、6歳になる息子を育ててきた。しかし、周囲とは違う自分の家族に疑問を抱くようになった息子に、さまざまなタイプの家族を見せるため、ダンは自身の親族を集めたキャンプを企画する。

 結婚・同棲はしないと決めている長兄とその恋人、子連れ同士で再婚した次兄夫婦、子どもはいるが結婚はしない妹夫婦。2度目の結婚生活を送っている母。家族の形態はさまざまだが、それぞれの違いにこだわらずに共同生活を送ることで、結婚/未婚/再婚、同性カップル/異性カップルの違いを問わず、いい家族とは助け合う共同体であり、“普通”と違ったとしてもコンプレックスを持つ必要はないということが、息子だけでなく読者にも説得力をもって伝わってくる。しかし、病を患っている母が、本気で自分たちの結婚を望んでいることを知ったダンは、テリーや息子と、結婚について少しずつ検討を始めようとする――。

 「同性婚が法的に認められていない州に住んでいる」「息子は結婚に反対している」「誓いとか、披露宴などで見世物になりたくない」「そもそも10年間結婚せずに順調なのに、必要ないのでは」……と“結婚しなくていい理由”ばかりが次々と挙がり、「お互いの名前を入れたタトゥーの方がまだマシでは」とまで考えるダンとテリー。当初は結婚に積極的とはいえなかった2人は、それでも家族や友人、さらには人生相談のコラムニストにまで「セカンドオピニオン」を求め、結婚するべきかどうか検討を重ねる。結婚のメリットとデメリットを、毒を交えつつも真剣に語り合い、時にぶつかり合う2人を通して、読者は自分にとって結婚とはなにか、改めて考え直すことになるだろう。

 2人の迷いは、異性カップルに通じるものもあれば、同性カップルだからこその迷いもある。けれども同性婚への理不尽な偏見や差別など、いくらでも深刻に語れる話題も、笑いを交えながら理性的に表現されることで、決して外国の特別なカップルの話ではなく、身近な1組のカップルの迷いとして受け止めることができる。

 日本でも、結婚情報誌の最大手「ゼクシィ」(リクルート)が、「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです」をキャッチコピーに選び共感を呼ぶ時代、「結婚=絶対的な正解」でないことは誰もが知っている。いつ結婚するか、そもそも結婚するのかしないのか、複数の選択肢が並べられているからこそ、正解がわからず迷ってしまうカップルは日本においても多いだろう。

 ダンとテリーは、結婚について話し合ううちに、知らず知らず結婚することに気持ちが傾きつつも、失敗したときのリスクを天秤にかけて足踏みする。そんな2人を後押ししたのは、「人生はそもそも大きな賭けであり、みんないつかは死んでしまうのよ」というダンの母のすがすがしい言葉だった。結婚してもしなくてもリスクは負うし、選んだ道で幸せになれるかどうかは誰にもわからない。ただきっと、2人で悩み、深く話し合った分だけ、決断した道を正解にしていくスタミナが蓄えられていくのかもしれない。
(保田夏子)

「若い」「資格あり」「経験者」でも要注意!? ベビーシッター選びは偏見だらけ!

 「駒沢の森こども園」の平成31年度、「衾の森こども園」の30年度の入園者が決まり、やっとベビーシッター事業「森のナーサリー」に、再び力を入れることができるようになりました。

 保育園スタッフでさえ、LINEで「今日で辞めます」という人(21歳)もいる世の中、ベビーシッターは、運営スタッフとほとんど顔を合わせなくていい分、もっと適当なのですよ。高学歴(K應法学部在学中)や、有名大在学中のシッターもいますが、時間にルーズだったり、指摘しても悪びれない子もいたり、何を考えているかわかりません。保育大に通いながらシッターをしている子たちは、全員まともなので、救われます。

 真面目さだけを考えるなら、50代が一番誠実ですかね。50代のシッターと1時間くらい話した時、「こんな時給のいい仕事はない」「昔、正社員で働いていたとき以外、1つの会社で10万円以上稼いだのは初めて」とありがたがってくれていたのです。いままでパートの応募の電話をしても、年齢を言った途端、すぐ電話を切られてしまい、面接まで進めないとも言っていました。面接までいけば、年より若く見えるとか、健康そうとか伝わるのだと思いますが、会社によっては、電話の時点で断るようにしているみたいです。

 求人には、年齢性別で制限をかけられない決まりがあるので、やんわり伝わるよう、30代を採用したい場合は、「30代が活躍」と求人にさりげなく書いたり、会社も工夫しているのが実態です。彼女は、40代半ば以降、年齢を問わない数合わせの工場でしか働いたことがなかったと言っていました。しかも出勤が多い日は、朝に「今日は来なくていい」と一方的に連絡があるそうです。アテにできないし、つらいと思います。

 うちはベビーシッターなので、50代はまったく問題ないです。60代は……うーん、メールや電話で、有資格者か経験者かを確認して、該当していれば健康か、住所でお客様のご自宅まで迷わず行けるか、携帯メールは問題なく使えるかを確認してから、面接の日程を決めます。当日に「迷いました」と連絡あれば、来た瞬間に「こんなにわかりやすい場所で迷うなら、密集した住宅街には怖くて派遣できません」と言って、すぐに帰します(経験アリ)。特に50代、60代は個人差が大きく、会ってみないとなんとも言えないのが実情です。

 最近知ったのですが、「地域限定保育士」という資格があります。保育士よりも比較的簡単に資格が取れて、限定された自治体内で3年間働けば、全国で通常の保育士として働くことができるという資格です。で、その地域限定保育士を持っている人が、シッターの面接にやって来ました。その時、私は保育園の見学が入っていて、私の代わりに事務とシッターをやっているスタッフに面接してもらいました。終わったあと、「どうだった?」と聞くと、「声が小さいし、引っかかるな」と感想を言っていたので、研修を兼ねて、保育園の補助に入ってもらうことにしたのです。

 保育園でも勤務しているみたいだし、一応、保育士だから一通りはできるよね? と思っていたら、大間違い! 泣く子のオムツを替えられない、散歩中子どもの手を放す(殺す気か!)、滑り台の一番上で、子どもの安全を守る立場なのに、なぜか自分が滑って降りてくる(子どもと一緒に滑っているわけではない)。先生たち全員一致で、「シッターは危なすぎます」と言っていたので、登録はナシにしました。こんな人を雇っている保育園はどうかしてますよ。ってか、よくクビにならなかったねと言いたいです。

 そういえば、森のナーサリーのお客様に「50代の有資格者がお伺いいたします」と連絡したら、すぐさま「40歳以下でお願いします。前に年配者を他社で頼んだことがありますが、うまくリレーションが取れないことがありました」と言われました。有資格者より若い人を希望なのだとか。50代で「年配者」。危ない危ない、私も会社をやってなかったら、仕事にあぶれるところです。

角川慶子(かどかわ・けいこ)
1973年、東京都生まれ。「角川春樹事務所」会長・角川春樹氏の長女。自身も元アイドルという異色の肩書きに加えて、ビジュアル系バンド好きで、元バンギャルの”鬼畜ライター”としても活躍。2011年9月に認可外保育園「駒沢の森こども園」、16年4月からは派遣ベビーシッター「森のナーサリー」、17年4月に認可外保育園「衾の森こども園」をオープンさせる。家庭では9歳の愛娘の子育てに奮闘中。

「若い」「資格あり」「経験者」でも要注意!? ベビーシッター選びは偏見だらけ!

 「駒沢の森こども園」の平成31年度、「衾の森こども園」の30年度の入園者が決まり、やっとベビーシッター事業「森のナーサリー」に、再び力を入れることができるようになりました。

 保育園スタッフでさえ、LINEで「今日で辞めます」という人(21歳)もいる世の中、ベビーシッターは、運営スタッフとほとんど顔を合わせなくていい分、もっと適当なのですよ。高学歴(K應法学部在学中)や、有名大在学中のシッターもいますが、時間にルーズだったり、指摘しても悪びれない子もいたり、何を考えているかわかりません。保育大に通いながらシッターをしている子たちは、全員まともなので、救われます。

 真面目さだけを考えるなら、50代が一番誠実ですかね。50代のシッターと1時間くらい話した時、「こんな時給のいい仕事はない」「昔、正社員で働いていたとき以外、1つの会社で10万円以上稼いだのは初めて」とありがたがってくれていたのです。いままでパートの応募の電話をしても、年齢を言った途端、すぐ電話を切られてしまい、面接まで進めないとも言っていました。面接までいけば、年より若く見えるとか、健康そうとか伝わるのだと思いますが、会社によっては、電話の時点で断るようにしているみたいです。

 求人には、年齢性別で制限をかけられない決まりがあるので、やんわり伝わるよう、30代を採用したい場合は、「30代が活躍」と求人にさりげなく書いたり、会社も工夫しているのが実態です。彼女は、40代半ば以降、年齢を問わない数合わせの工場でしか働いたことがなかったと言っていました。しかも出勤が多い日は、朝に「今日は来なくていい」と一方的に連絡があるそうです。アテにできないし、つらいと思います。

 うちはベビーシッターなので、50代はまったく問題ないです。60代は……うーん、メールや電話で、有資格者か経験者かを確認して、該当していれば健康か、住所でお客様のご自宅まで迷わず行けるか、携帯メールは問題なく使えるかを確認してから、面接の日程を決めます。当日に「迷いました」と連絡あれば、来た瞬間に「こんなにわかりやすい場所で迷うなら、密集した住宅街には怖くて派遣できません」と言って、すぐに帰します(経験アリ)。特に50代、60代は個人差が大きく、会ってみないとなんとも言えないのが実情です。

 最近知ったのですが、「地域限定保育士」という資格があります。保育士よりも比較的簡単に資格が取れて、限定された自治体内で3年間働けば、全国で通常の保育士として働くことができるという資格です。で、その地域限定保育士を持っている人が、シッターの面接にやって来ました。その時、私は保育園の見学が入っていて、私の代わりに事務とシッターをやっているスタッフに面接してもらいました。終わったあと、「どうだった?」と聞くと、「声が小さいし、引っかかるな」と感想を言っていたので、研修を兼ねて、保育園の補助に入ってもらうことにしたのです。

 保育園でも勤務しているみたいだし、一応、保育士だから一通りはできるよね? と思っていたら、大間違い! 泣く子のオムツを替えられない、散歩中子どもの手を放す(殺す気か!)、滑り台の一番上で、子どもの安全を守る立場なのに、なぜか自分が滑って降りてくる(子どもと一緒に滑っているわけではない)。先生たち全員一致で、「シッターは危なすぎます」と言っていたので、登録はナシにしました。こんな人を雇っている保育園はどうかしてますよ。ってか、よくクビにならなかったねと言いたいです。

 そういえば、森のナーサリーのお客様に「50代の有資格者がお伺いいたします」と連絡したら、すぐさま「40歳以下でお願いします。前に年配者を他社で頼んだことがありますが、うまくリレーションが取れないことがありました」と言われました。有資格者より若い人を希望なのだとか。50代で「年配者」。危ない危ない、私も会社をやってなかったら、仕事にあぶれるところです。

角川慶子(かどかわ・けいこ)
1973年、東京都生まれ。「角川春樹事務所」会長・角川春樹氏の長女。自身も元アイドルという異色の肩書きに加えて、ビジュアル系バンド好きで、元バンギャルの”鬼畜ライター”としても活躍。2011年9月に認可外保育園「駒沢の森こども園」、16年4月からは派遣ベビーシッター「森のナーサリー」、17年4月に認可外保育園「衾の森こども園」をオープンさせる。家庭では9歳の愛娘の子育てに奮闘中。

海外ドラマを牽引する売れっ子クリエーター! ライアン・マーフィの押さえておきたい代表作3選

 新作ドラマの数が急増しているアメリカTV界で、押しも押されもせぬ売れっ子がライアン・マーフィーだ。以前紹介した『アメリカン・ホラー・ストーリー』(参照記事)でアンソロジー・ドラマ人気に火をつけ、大御所女優ジェシカ・ラングを起用。監督を務めた映画『食べて、祈って、恋をして』に主演したジュリア・ロバーツと意気投合し、映画女優だった彼女を『ノーマル・ハート』でTV界に引っ張り出した辣腕ぶり。生存競争の激しい世界でアンソロジー・シリーズというひとつの潮流を生み出し、定着させた功績は大きいだろう。今、アメリカのドラマを見るなら彼の作品は外せない。なかでもまずは押さえておきたい、マーフィー作品をチョイスした。
海外ドラマを牽引する売れっ子クリエーター! ライアン・マーフィの押さえておきたい代表作3選の画像1
Huluより
 彼がブレークしたきっかけとなった作品が、2009年にスタートした青春ミュージカル・コメディ『glee/グリー』だ。オハイオの田舎町にある高校を舞台に、スクール・カーストの最下層にいる負け犬キッズたちが、合唱部でその才能を発揮し、成長していく姿を描いていく本作。合唱と言ってもここで描かれるのはパフォーマンス重視のショウ・クワイアー。生徒を演じるのはブロードウェイ出身のリア・ミシェルなど実力派がそろい、本格的なパフォーマンスを披露する。今でこそミュージカル作品は人気だが、一昔前までミュージカルといえばダサいというイメージ。そんな負のイメージを塗り替える音楽的クオリティの高さに度肝を抜かれるドラマだ。  60年代から現代に至るまでのヒットナンバーや、ミュージカル・ソング、映画のテーマ曲など幅広い楽曲がチョイスされているため、高校が舞台の青春ドラマでありながら大人世代が見ても楽しめる。普通にサントラを買いたくなるほど“聴ける”楽曲が盛りだくさんだ。もちろん音楽だけでなく、コミカルでありながら、イジメ問題やジェンダー問題など社会風刺を盛り込み、決して説教臭くならずにポジティブなメッセージを発信している点がドラマとしても秀逸なところだ。周囲からバカにされても決して自分を曲げない生徒たちがまぶしく、その何かにひたむきに打ち込む姿に思わず自分の高校時代が懐かしくなる事必至だ。
海外ドラマを牽引する売れっ子クリエーター! ライアン・マーフィの押さえておきたい代表作3選の画像2
スターチャンネルより
『アメリカン・ホラー・ストーリー』がヒットして以来、次々とアンソロジー・シリーズを手掛けているマーフィー。なかでも評価が高いのが、実録犯罪ドラマ・シリーズ第1弾『アメリカン・クライム・ストーリー/O・J・シンプソン事件』だ。1994年に元妻とその友人を殺害した罪で起訴された元人気アメフト選手O・J・シンプソンの裁判と、その結果をドラマ化。実際に起こった事件なのでその結末はすでに周知だが、当時“世紀の裁判”といわれるほど全米が注目した事件で一体何が起こったのか、判決が下るまでをリアルに描き、結末が分かっていてもその緊迫感で引き込まれてしまう。実際この事件に関しては刑事と民事で判決結果が分かれており、そうしたグレーな部分が事件から20年以上が経過しても見る者の興味を引くのだろう。もっとも、ドラマは単なる興味本位にスキャンダルを煽るものではない。“世紀の裁判”に関わる事になった人たちのそれぞれの目線で、苦悩や葛藤が深く描かれ、それをキューバ・グッディング・ジュニアやジョン・トラボルタなど実力派俳優たちが迫真の演技で大熱演。この俳優陣のアンサンブルだけでも見る価値がある。この年の賞レースを席巻したのもうなずける渾身の1作だ。  ちなみに『アメリカン・ホラー・ストーリー』の最新シリーズでは、トランプ大統領を取り上げることが決まっている。今のロシア・ゲート疑惑で世間を騒がせている様子を見ると、『アメリカン・クライム・ストーリー』で取り上げるほうが合っているような気もするが、もはやトランプ政権はアメリカにとってホラー同然ということなのだろう。
海外ドラマを牽引する売れっ子クリエーター! ライアン・マーフィの押さえておきたい代表作3選の画像3
『NIP/TUCK-マイアミ整形外科医〈ファースト〉 セット1』(ワーナー・ホーム・ビデオ)
 注目作は多々あれど、売れっ子クリエイターの原点という意味で押さえておきたいのが『NIP/TUCK』だ。『アメホラ』にしても、『アメクラ』にしても、この人の視点は基本ブラック。それは『glee/グリー』のような青春ドラマでも例外ではない。そうしたマーフィーのイジワルな視点が最大限に発揮されているのが本作なのだ。  2人の美容整形外科医を主人公に、美にとらわれ、飽くなき欲望を抱く人々の姿を痛烈に皮肉った本作は、ほかのどのマーフィー作品よりエグ味たっぷり。患者も患者なら医者も医者で、誰も彼もが己の欲に溺れ、抜き差しならない状態に陥っていく。あくまで美容整形業界を舞台にした人間ドラマなのに、まるで犯罪ドラマを見ているかのような“悪”の魅力に満ちているが、一方で良くも悪くも欲に忠実という意味では1本筋が通っており、欲望に振り回される人たちの姿もいっそ清々しく思えるほど。舞台がマイアミというのもまた、強すぎる日差しが濃い影を生むように、完璧な外見の裏に隠された人間のダークサイドを表現するのに絶妙にマッチしていて小憎らしい。自分から遠いようでいて、どこか共感が潜むそのディープな人間模様に、後のマーフィー作品の原点がしっかりと見て取れるドラマだ。 ●まくた・ちひろ 映画・海外ドラマライター。『日経エンタテインメント!海外ドラマSpecial』『ゲーム・オブ・スローンズ パーフェクト・ガイド』(日経BP社)、『海外ドラマTVガイド WATCH』(東京ニュース通信社)、『映画秘宝EXドラマ秘宝vol.2~マニアのための特濃ドラマガイド』(洋泉社)等に寄稿。Twitterアカウントは@charumin

香取慎吾の「これから先頑張るために」発言にファン安堵! 『おじゃMAP!!』の「夢のキャンバス鉄道」企画に感動の声

 6月7日に放送されたバラエティ番組『おじゃMAP!!』(フジテレビ系)で、香取慎吾が約20年ぶりに“あるモノ”と再会をはたした。

 香取は1997年に放送された『SMAP×SMAP特別編・香取慎吾ガンバリます!~夢のキャンバス鉄道~』(同)にて、青森県津軽地方を走る津軽鉄道の電車に絵を描くという企画に挑戦。3日間かけて地元の子どもたちと絵を描き上げ、“夢のキャンバス鉄道”が完成。その後3年間、津軽鉄道でこの列車は実際に運行していた。00年に運行を終えてからは嘉瀬駅の屋外に展示され、地元の人やSMAPファンたちを楽しませていた。

 しかし、長い間屋外で展示されていたため……

 

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嵐・相葉『貴族探偵』7%台低迷で「月9廃止」は目前? ラストは10月期「篠原涼子主演作」に?

 フジテレビ“月9ドラマ”30周年記念作として、主演に嵐・相葉雅紀を迎え、同局が全精力を注ぎ込んで制作している『貴族探偵』が、よもやの大不振に陥っている。

 初回こそ11.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と、まずまずだったが、第2話で8.3%と急落。第3話では9.1%と微増したが、第4話で8.9%と再び降下。以後、8.0%、7.5%、7.8%と低迷が続き、5日放送の第8話では7.0%まで落ち込んだ。

 これは、テレビ東京がオンエアした『全仏オープンテニス~男子シングルス4回戦 錦織圭VSベルダスコ』が9.9%で、同局としては高い視聴率を獲得した影響ともいわれているが、同ドラマは前週も7.8%しか取れていないだけに、錦織の試合中継とは、ほとんど関係ないとの見方も。3週連続で7%台なのは、これが『貴族探偵』の今の“実力”ということだろう。

 いくら低迷する“月9”とはいえ、天下の嵐メンバーの主演ドラマで、いったい誰がこんな体たらくを予想しただろうか? 第8話までの平均は8.8%で、このペースで推移すると、月9史上ワースト2位のHey!Say!JUMP・山田涼介主演『カインとアベル』(2016年10月期)の8.2%を下回りかねない。ヒロインの武井咲をはじめ、生瀬勝久、井川遥、中山美穂、松重豊、滝藤賢一、仲間由紀恵らの超豪華キャストを集結させ、1話あたりの制作費が約1億円といわれる中、この視聴率では大赤字で、営業的には、7月期以降のスポンサー獲得に苦慮するのは必至だろう。

 来る7月期は、山下智久主演『コード・ブルー‐ドクターヘリ緊急救命‐』3rd seasonが放送されるが、問題は、その先の10月期だ。当初フジ・亀山千広社長の肝いりで、木村拓哉主演ドラマの制作が、ほぼ決まっていたというが、同社長の失脚により、そのプランは白紙に。木村に代わって、主演として、篠原涼子が決定し、準主役には、人気急上昇中の高橋一生が起用されるという。タイトルは未定のようだが、市制や社会の悪と対決する新米ママさん市議の奮闘を描いた政治ドラマとなるようだ。

 篠原といえば、15年10月期に、同局で『オトナ女子』の主演を務めたが、視聴率は平均8.7%と惨敗し、フジでのドラマ主演には慎重になっていたとされるが、なんとか口説き落とした模様。

 だが、情勢的には、篠原は“敗戦処理”という損な役回りを強いられる可能性も大のようだ。というのは、低迷が続き、その存続が取り沙汰されている“月9”は、庇護してきた亀山社長の退任もあって、10月期をもって廃止される可能性も高い。『コード・ブルー』が高視聴率を取れば、延命するかもしれないが、同ドラマが低調なら、篠原主演ドラマの成否にかかわらず、新上層部が“廃止”の断を下すことになるかもしれない。

 仮にそうなれば、10月期の篠原主演ドラマは、伝統ある“月9”の最後の作品となってしまうだろう。
(田中七男)

2度離婚した夫は養育費を払わないが、月1回は面会している【別れた夫にわが子を会わせる?】

singlemother2-2わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第2回 池脇あやのさん(仮名、40代)後編

 池脇あやのさんは、23歳のとき、トラック運転手の同僚の男性と結婚。7年ほどで離婚後、居酒屋で知り合ったとび職の男性と再婚し、男の子を出産した。夫が長男を虐待したり、家の中で暴れたりする上、経済的にも困窮し、持病が悪化してしまった池脇さんは、自己破産して離婚した。

(前編はこちら)

■離婚した夫との間に2人目の子を妊娠

 離婚して夫との関係が終わり、池脇さんがまったく新しい人生を歩むのかというと、そうはならなかった。その後、思いもよらない因果な成り行きをみせることになる。

――離婚後は、どんな生活をしていましたか?

「離婚してすぐ、初期の子宮頸がんがわかってん。そのうちがんに変わる細胞があるってことで、レーザーで焼いたりして治療した。そのとき思ったのは、うちがおらんようになったら、この子どうするねんやろうってこと」

――息子さんとは、どんなことを話してたんですか? 父親であるBさんと面会はしていた?

「『父さんのところに行きたい』って言うねん。だから、月に1回ぐらいのペースで会わせてた。養育費はもらってへん。自己破産させられるぐらいやからな、Bはそれどころやないって感じやったやろ。誕生日とかクリスマスのときは何か贈ってもらってたけど、それだけやな。それでたまにBに会うと、ちょっと改心してる感じ。新しく相手見つけるにしても、うちの心の病気のこととか、息子のアトピーとか、最初から説明せなあかんやろ? でも、Bはその必要がない。だから楽やな、って思ったりするようになった」

――面会をするうちに、池脇さんやBさん、息子さんの関係が変化してきた?

「そうやねん。3年ぐらい月イチで面会してたら、Bの息子への接し方が変わってきた。優しくなったというか。そんなふうに見えた。うちはうちで、息子のことをいつまで面倒見られるか不安やったしな。そんなんで、『やっぱり、このまま1人っていうのはなあ』って思ったりしてるときに、たまたまそういう関係になってしまって。肉体関係にな。変な話、その1回で妊娠してしまいました。40過ぎて」

――すごい。運命的ですね。

「Bに『どないしよう』って相談したら、『産んでくれ』って即答。うちかて1人では不安やから、『じゃあ、もう1回やり直してみる?』って言いました。Bは離婚したがってなかったんで、当然、賛成。そんなんで、Bと再婚することにしたんです。これはもう、一種の賭けやな。今度こそ、Bと一緒にやり直せるかどうかの。うちは生活保護を切って、もう1回、籍を入れたんです。とにかく、それでやり直した」

――Bさんは、改心してくれましたか?

「いやいや。変な癖がついてた。うちと別れた後、1人の寂しさを埋めるためにインターネットゲームにはまっててん。いわゆる『モンハン』(モンスターハンター)っていうやつ。それにドハマリをしてて。ご飯食べる寝る以外、家のど真ん中で、ずっとモンハンやってんねん。息子が話しかけても、『やかましい。今忙しいんじゃ』って言って、ずっとやってました。仕事ちゃうから、忙しいもクソもあるかって感じなんやけどね」

――ゲーム中毒ですか。かなわんですね。

「そのうち、Bは1週間以上、とびの仕事がないのもざらとか、めっちゃ暇になって。生まれてきた娘のミルク代やおむつ代に困るようになったんやわ。かといって、うちは体の調子とか子育てとかで働かれへんからな。『ほかにバイトしてくれへんか』って、お願いしたんや。そしたら『おれは職長やから、電話かかってきたときに、すぐに仕事に出れるようにしとかな話にならん。だから、おれはほかのバイトはでけへん』って返事されたんやわ」

――言い訳めいてますね。

「ミルク代も払えるか払えへんかギリギリの状態になったとき、息子がトイレの壁に書いた、文字を見つけたんです。すごい小さい字で『とうさんしね』って。それ見てうちは『この人と一緒におったらあかん、もう無理』って思って、決断を迫ることにしました」

――「決断」というのは、離婚かバイト?

「そうです。『このままやと生活できひん。バイトしてくれる? また別れるか? どっち選ぶん?』って迫りました。Bが『わかった。じゃあバイトするわ』って言ってくれるかなと思って言うてん。でも言われたんは、『出て行く』っていう言葉やったわ。それから1カ月ぐらいで出て行きよった。そのとき息子は小学生、娘は1歳前やった。離婚してなかったら、もっと我慢しなきゃいけなかっただろうからな。別れるっていう選択しかなかった」

――その後のBさんとの関係は?

「養育費は今もくれてへんし、二度目、2人連れて別れるとき、そもそも期待してへん。それでもBとは、今も月1回は会ってる。子どもらに会いたいってことで。うちに対しては、『子どもらに気持ちが残ってるし、復縁したい』って言ってくれるんやけど、うちはそんな気一切ない。だって、2回目の離婚のときに、家を出て行く方を選んだやろっていう話やん。3回目は、さすがにないで」

――お子さんたちに対して思ってることは、何かありますか?

「普段、父親なしで育ててるから、そのことは2人に悪かったなって思ってる。ある程度の年齢になったら、自分で考えて、会いたいかどうか選べるやん。だから、会うかどうかは任せる。会いたくなかったら、会わなくてええんちゃうかな。

 今はなんとか福祉のお世話になりながら暮らしてるけど、ゆくゆくは、また仕事したい。仕事する姿を子どもらに見せたい。いつまでも福祉に頼るっていうのも、気が引けるしな」

――これまでのことを振り返って、今の生活をどう思いますか? 池脇さんにとって、お子さんたちはどんな存在ですか?

「2人の子どもがいてなかったら、病気でもっと自分が崩れてたかもな。この子らが成人するまでは、なんとか元気でおらなあかんやろ。子どもらがおるから、頑張らなあかんって思うしな。結局は、子どもらがおるからこそ、今が一番、幸せやわ」

 池脇さんは、母としての喜びと責任感を抱きしめるように言った。

西牟田 靖(にしむた やすし)
1970年大阪生まれ。神戸学院大学卒。旅行や近代史、蔵書に事件と守備範囲の広いフリーライター。近年は家族問題をテーマに活動中。著書に『僕の見た「大日本帝国」』『誰も国境を知らない』『日本國から来た日本人』『本で床は抜けるのか』など。最新巻は18人の父親に話を聞いた『わが子に会えない 離婚後に漂流する父親たち』(PHP研究所)。数年前に離婚を経験、わが子と離れて暮らす当事者でもある。

2度離婚した夫は養育費を払わないが、月1回は面会している【別れた夫にわが子を会わせる?】

singlemother2-2わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第2回 池脇あやのさん(仮名、40代)後編

 池脇あやのさんは、23歳のとき、トラック運転手の同僚の男性と結婚。7年ほどで離婚後、居酒屋で知り合ったとび職の男性と再婚し、男の子を出産した。夫が長男を虐待したり、家の中で暴れたりする上、経済的にも困窮し、持病が悪化してしまった池脇さんは、自己破産して離婚した。

(前編はこちら)

■離婚した夫との間に2人目の子を妊娠

 離婚して夫との関係が終わり、池脇さんがまったく新しい人生を歩むのかというと、そうはならなかった。その後、思いもよらない因果な成り行きをみせることになる。

――離婚後は、どんな生活をしていましたか?

「離婚してすぐ、初期の子宮頸がんがわかってん。そのうちがんに変わる細胞があるってことで、レーザーで焼いたりして治療した。そのとき思ったのは、うちがおらんようになったら、この子どうするねんやろうってこと」

――息子さんとは、どんなことを話してたんですか? 父親であるBさんと面会はしていた?

「『父さんのところに行きたい』って言うねん。だから、月に1回ぐらいのペースで会わせてた。養育費はもらってへん。自己破産させられるぐらいやからな、Bはそれどころやないって感じやったやろ。誕生日とかクリスマスのときは何か贈ってもらってたけど、それだけやな。それでたまにBに会うと、ちょっと改心してる感じ。新しく相手見つけるにしても、うちの心の病気のこととか、息子のアトピーとか、最初から説明せなあかんやろ? でも、Bはその必要がない。だから楽やな、って思ったりするようになった」

――面会をするうちに、池脇さんやBさん、息子さんの関係が変化してきた?

「そうやねん。3年ぐらい月イチで面会してたら、Bの息子への接し方が変わってきた。優しくなったというか。そんなふうに見えた。うちはうちで、息子のことをいつまで面倒見られるか不安やったしな。そんなんで、『やっぱり、このまま1人っていうのはなあ』って思ったりしてるときに、たまたまそういう関係になってしまって。肉体関係にな。変な話、その1回で妊娠してしまいました。40過ぎて」

――すごい。運命的ですね。

「Bに『どないしよう』って相談したら、『産んでくれ』って即答。うちかて1人では不安やから、『じゃあ、もう1回やり直してみる?』って言いました。Bは離婚したがってなかったんで、当然、賛成。そんなんで、Bと再婚することにしたんです。これはもう、一種の賭けやな。今度こそ、Bと一緒にやり直せるかどうかの。うちは生活保護を切って、もう1回、籍を入れたんです。とにかく、それでやり直した」

――Bさんは、改心してくれましたか?

「いやいや。変な癖がついてた。うちと別れた後、1人の寂しさを埋めるためにインターネットゲームにはまっててん。いわゆる『モンハン』(モンスターハンター)っていうやつ。それにドハマリをしてて。ご飯食べる寝る以外、家のど真ん中で、ずっとモンハンやってんねん。息子が話しかけても、『やかましい。今忙しいんじゃ』って言って、ずっとやってました。仕事ちゃうから、忙しいもクソもあるかって感じなんやけどね」

――ゲーム中毒ですか。かなわんですね。

「そのうち、Bは1週間以上、とびの仕事がないのもざらとか、めっちゃ暇になって。生まれてきた娘のミルク代やおむつ代に困るようになったんやわ。かといって、うちは体の調子とか子育てとかで働かれへんからな。『ほかにバイトしてくれへんか』って、お願いしたんや。そしたら『おれは職長やから、電話かかってきたときに、すぐに仕事に出れるようにしとかな話にならん。だから、おれはほかのバイトはでけへん』って返事されたんやわ」

――言い訳めいてますね。

「ミルク代も払えるか払えへんかギリギリの状態になったとき、息子がトイレの壁に書いた、文字を見つけたんです。すごい小さい字で『とうさんしね』って。それ見てうちは『この人と一緒におったらあかん、もう無理』って思って、決断を迫ることにしました」

――「決断」というのは、離婚かバイト?

「そうです。『このままやと生活できひん。バイトしてくれる? また別れるか? どっち選ぶん?』って迫りました。Bが『わかった。じゃあバイトするわ』って言ってくれるかなと思って言うてん。でも言われたんは、『出て行く』っていう言葉やったわ。それから1カ月ぐらいで出て行きよった。そのとき息子は小学生、娘は1歳前やった。離婚してなかったら、もっと我慢しなきゃいけなかっただろうからな。別れるっていう選択しかなかった」

――その後のBさんとの関係は?

「養育費は今もくれてへんし、二度目、2人連れて別れるとき、そもそも期待してへん。それでもBとは、今も月1回は会ってる。子どもらに会いたいってことで。うちに対しては、『子どもらに気持ちが残ってるし、復縁したい』って言ってくれるんやけど、うちはそんな気一切ない。だって、2回目の離婚のときに、家を出て行く方を選んだやろっていう話やん。3回目は、さすがにないで」

――お子さんたちに対して思ってることは、何かありますか?

「普段、父親なしで育ててるから、そのことは2人に悪かったなって思ってる。ある程度の年齢になったら、自分で考えて、会いたいかどうか選べるやん。だから、会うかどうかは任せる。会いたくなかったら、会わなくてええんちゃうかな。

 今はなんとか福祉のお世話になりながら暮らしてるけど、ゆくゆくは、また仕事したい。仕事する姿を子どもらに見せたい。いつまでも福祉に頼るっていうのも、気が引けるしな」

――これまでのことを振り返って、今の生活をどう思いますか? 池脇さんにとって、お子さんたちはどんな存在ですか?

「2人の子どもがいてなかったら、病気でもっと自分が崩れてたかもな。この子らが成人するまでは、なんとか元気でおらなあかんやろ。子どもらがおるから、頑張らなあかんって思うしな。結局は、子どもらがおるからこそ、今が一番、幸せやわ」

 池脇さんは、母としての喜びと責任感を抱きしめるように言った。

西牟田 靖(にしむた やすし)
1970年大阪生まれ。神戸学院大学卒。旅行や近代史、蔵書に事件と守備範囲の広いフリーライター。近年は家族問題をテーマに活動中。著書に『僕の見た「大日本帝国」』『誰も国境を知らない』『日本國から来た日本人』『本で床は抜けるのか』など。最新巻は18人の父親に話を聞いた『わが子に会えない 離婚後に漂流する父親たち』(PHP研究所)。数年前に離婚を経験、わが子と離れて暮らす当事者でもある。