『決定版!Hey!Say!JUMPカップリングコレクション』の見逃せないショットベスト5

 公私共に仲がよく、飛び出すさまざまなエピソードで、日々ファンに“萌え”を与えているグループといえば、Hey!Say!JUMP。ジャニーズアイドルの中で最多の9人組という大所帯ながら、メンバーそれぞれに仲良しエピソードがあるのがJUMPのすごいところです。ファンの間では、山田涼介と知念侑李のコンビは“やまちね”、八乙女光と藪宏太のコンビは“やぶひか”などと呼ばれており、メンバー全員のわちゃわちゃだけでなく、カップリングでメンバーの関係性を楽しむという人も多いはず。

 そこで今回は、ファンから特に人気を集めている5つのカップリングをご紹介! ラブラブショットからクールな表情まで楽しめる、そのコンビならではの秘蔵写真をご堪能ください!

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『決定版!Hey!Say!JUMPカップリングコレクション』の見逃せないショットベスト5

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花粉症は「肩コリ」「首コリ」まで引き起こす!? 呼吸器医師が、春特有の“ダルさ”改善に助言

 花粉が本格的に飛散しだした今日この頃、気候よりも先に、咳やくしゃみで春の訪れを感じた人も多いはず。花粉症のピークを迎える春から初夏にかけて起こるつらい諸症状とともに、「季節性アレルギーコリ」を訴える人が後を絶たないという。一見、花粉症とは関連が薄いように感じる「コリ」。しかし、見過ごしてしまうと、花粉症の症状を悪化させたり、全身のダルさを引き起こす可能性もあるようだ。そこで、池袋大谷クリニック院長・大谷義夫先生の「花粉症とコリ」に関する講義を聞きに、ピップ株式会社主催の勉強会に参加した。

■花粉症の発症や悪化を防ぐポイント
 2月に入ると症状が出始め、3~5月にかけてピークを迎えるというスギ・ヒノキの花粉症。発症者数は国民病ともいわれるほど多く、日本人の3人に1人がかかっているのだとか。また、まだ発症はしていないながら花粉の抗体を持っている花粉症予備軍も多く、「花粉症を発症するか否かは、そのときの花粉の飛散量と免疫が関係しているため、バケツ理論(花粉に曝露し続け、ある一定量を超えると発症する)だけでは説明がつきません」と、大谷先生は語る。これから本格的に春を迎えるにあたって、「すでに花粉症の人は悪化させないよう、まだの人は発症しないように、日常生活で心がけるポイントがある」そうだ。

 人間の体は、吸い込んだウイルスやばい菌、アレルゲンなどを、鼻毛、扁桃腺、線毛(粘膜に生えている毛のような突起)の3段階でキャッチして体外へ排出しているが、乾燥すると喉の線毛の働きも悪くなって、ウイルスやアレルゲンが侵入しやすくなる。そのため、空気の乾燥しやすい冬から春は、アレルギー症状が起こりやすい季節なのだそう。「乾燥すると線毛の働きが低下してしまうので、湿度が低いときは加湿器などで50%以上を保つことが大切」なんだとか。

 ただ、この時期は、「激しい寒暖差によって引き起こされる寒暖差アレルギー、中国大陸から偏西風に乗って入ってくる黄砂やPM2.5による呼吸器系や循環器系の疾患なども起こりやすいため、花粉症に似た症状でも区別しなければなりません」という。

■周囲への気遣いが症状を悪化させている!?
 花粉症の主な症状として、アレルギー学会の一部の報告では、鼻水や鼻づまり、目のかゆみは、100%近くの人が実感しているという。そのうち、「咳などの気管支系の症状も伴う人は約40%なのに対し、倦怠感や頭痛など、全身症状を訴える人は80%近くに上る」そうだ。

 大谷先生の患者である20代の学生は、授業中に咳やくしゃみが出るたび周囲へ気を使ってしまい、自然と姿勢が前のめりになって、背中や腰にコリを感じているという。また、30代のビジネスマンは、花粉症の症状によって呼吸がしづらくなり、眠りが浅くなった結果、体が疲れ、肩や背中にコリを感じるように。ほかにも、くしゃみを連発することで腹筋や全身が痛くなったり、公共の場で咳やくしゃみを抑えようと力を入れることで、全身に痛みやコリを訴えたりする患者が多いという。

 そこで、大谷先生がピップ株式会社との共同研究として、アレルギー症状とコリに関する意識調査をインターネットで実施。その結果、約8割の人が「咳やくしゃみをする際に体を縮こまらせるため、力が入ってしまう」と回答した。うち7割が、「体を縮こまらせるのは、周囲に迷惑をかけないため」と回答していることから、「インフルエンザを念頭に、ここ数年で咳エチケットという概念が広まり、飛沫を飛ばさないため必然的に体を縮こまらせていることがうかがえる」と、大谷先生。

 さらに、「アレルギー症状が原因でコリの経験があるか」も調査したところ、「ある」と回答したのは4割ほど。中には、激しい咳やくしゃみで体に痛みやコリを覚え、「骨が折れた」「肺炎になった」と勘違いする人もいるそうだ。また、コリを感じている人の4割が、「息苦しい」とも感じているという。

■花粉症で生じるコリのメカニズム
 では、なぜ咳やくしゃみでコリや息苦しさなどの症状が生じるのか? 大谷先生が解説したメカニズムによると、「咳やくしゃみをするとき前傾姿勢になると、肺が圧迫され、呼吸が浅くなって、酸素の取り込み量が少なくなる。それにより、酸素と二酸化炭素の交換が悪くなったり、血行不良を起こしたりと、軽い酸欠のような状態になってしまう」とのこと。また、酸素が足りないと、エネルギーとなるブドウ糖を分解しにくくなって疲れやすくなるため、結果的に、「疲労感や息苦しさ、コリを全身に感じるように」。なお、咳やくしゃみを1回するごとに2キロカロリーほどを消費するというデータもあり、余計に疲れてしまう人もいるようだ。

 なお、大谷先生がピップ株式会社と行った共同研究によると、正しい姿勢と猫背の状態における肺活量の検査では、33歳の被験者が正しい姿勢では肺年齢・18歳だったのに対し、猫背では41歳という結果に。姿勢によって肺が圧迫されただけで、肺年齢に23歳差が生まれたことになる。それにより、「人間は1分間に15回、1日にすると約2万回の呼吸をしているので、呼吸が浅くなるか深くなるかの違いで、1日の酸素摂取量や、酸素と二酸化炭素の交換量はかなり変わってくる」ことが裏付けられる結果となった。

■コリを和らげるための4つの方法
 それでは、花粉症が引き起こすコリなどの全身症状を改善するにはどうすればいいのだろう。大谷先生いわく、「深呼吸をする、鼻呼吸をする、水分をしっかり摂る、磁気治療器を使用するという4つの方法を取り入れるだけで、花粉症に伴う症状が改善されやすい」とのこと。

 鼻で呼吸をすると、鼻毛でアレルゲンなどをキャッチしてもらえるだけでなく、「喉が広がってより多くの空気を一度に吸い込むことができるようになる」そうだ。日々できる呼吸トレーニングとして、「2秒間で鼻から息を吸い、口をすぼめながら6秒かけてゆっくり息を吐く」という方法も紹介していた。

 もし鼻呼吸が難しいようであれば、「口呼吸を強制的に封じるために、口に水をふくんだまま日常生活を送り、鼻呼吸をする方法も有効」とのこと。また、水分をこまめに摂取することは、血流をよくし、乾燥を防いで線毛の働きを促すことにもつながる。「マスクを着用している人は、水分を摂取しそびれることも多いので、脱水を防ぐためにも、こまめな水分補給を意識してほしい」と、大谷先生。なお、磁気治療器は即効性があるため、「コリ解消の強い味方」という。

 花粉症による全身の不調に悩まされる人は、少しでも快適な春を過ごせるよう、今年は「コリ」にも着目した方がよさそうだ。
(取材・文/千葉こころ)

花粉症は「肩コリ」「首コリ」まで引き起こす!? 呼吸器医師が、春特有の“ダルさ”改善に助言

 花粉が本格的に飛散しだした今日この頃、気候よりも先に、咳やくしゃみで春の訪れを感じた人も多いはず。花粉症のピークを迎える春から初夏にかけて起こるつらい諸症状とともに、「季節性アレルギーコリ」を訴える人が後を絶たないという。一見、花粉症とは関連が薄いように感じる「コリ」。しかし、見過ごしてしまうと、花粉症の症状を悪化させたり、全身のダルさを引き起こす可能性もあるようだ。そこで、池袋大谷クリニック院長・大谷義夫先生の「花粉症とコリ」に関する講義を聞きに、ピップ株式会社主催の勉強会に参加した。

■花粉症の発症や悪化を防ぐポイント
 2月に入ると症状が出始め、3~5月にかけてピークを迎えるというスギ・ヒノキの花粉症。発症者数は国民病ともいわれるほど多く、日本人の3人に1人がかかっているのだとか。また、まだ発症はしていないながら花粉の抗体を持っている花粉症予備軍も多く、「花粉症を発症するか否かは、そのときの花粉の飛散量と免疫が関係しているため、バケツ理論(花粉に曝露し続け、ある一定量を超えると発症する)だけでは説明がつきません」と、大谷先生は語る。これから本格的に春を迎えるにあたって、「すでに花粉症の人は悪化させないよう、まだの人は発症しないように、日常生活で心がけるポイントがある」そうだ。

 人間の体は、吸い込んだウイルスやばい菌、アレルゲンなどを、鼻毛、扁桃腺、線毛(粘膜に生えている毛のような突起)の3段階でキャッチして体外へ排出しているが、乾燥すると喉の線毛の働きも悪くなって、ウイルスやアレルゲンが侵入しやすくなる。そのため、空気の乾燥しやすい冬から春は、アレルギー症状が起こりやすい季節なのだそう。「乾燥すると線毛の働きが低下してしまうので、湿度が低いときは加湿器などで50%以上を保つことが大切」なんだとか。

 ただ、この時期は、「激しい寒暖差によって引き起こされる寒暖差アレルギー、中国大陸から偏西風に乗って入ってくる黄砂やPM2.5による呼吸器系や循環器系の疾患なども起こりやすいため、花粉症に似た症状でも区別しなければなりません」という。

■周囲への気遣いが症状を悪化させている!?
 花粉症の主な症状として、アレルギー学会の一部の報告では、鼻水や鼻づまり、目のかゆみは、100%近くの人が実感しているという。そのうち、「咳などの気管支系の症状も伴う人は約40%なのに対し、倦怠感や頭痛など、全身症状を訴える人は80%近くに上る」そうだ。

 大谷先生の患者である20代の学生は、授業中に咳やくしゃみが出るたび周囲へ気を使ってしまい、自然と姿勢が前のめりになって、背中や腰にコリを感じているという。また、30代のビジネスマンは、花粉症の症状によって呼吸がしづらくなり、眠りが浅くなった結果、体が疲れ、肩や背中にコリを感じるように。ほかにも、くしゃみを連発することで腹筋や全身が痛くなったり、公共の場で咳やくしゃみを抑えようと力を入れることで、全身に痛みやコリを訴えたりする患者が多いという。

 そこで、大谷先生がピップ株式会社との共同研究として、アレルギー症状とコリに関する意識調査をインターネットで実施。その結果、約8割の人が「咳やくしゃみをする際に体を縮こまらせるため、力が入ってしまう」と回答した。うち7割が、「体を縮こまらせるのは、周囲に迷惑をかけないため」と回答していることから、「インフルエンザを念頭に、ここ数年で咳エチケットという概念が広まり、飛沫を飛ばさないため必然的に体を縮こまらせていることがうかがえる」と、大谷先生。

 さらに、「アレルギー症状が原因でコリの経験があるか」も調査したところ、「ある」と回答したのは4割ほど。中には、激しい咳やくしゃみで体に痛みやコリを覚え、「骨が折れた」「肺炎になった」と勘違いする人もいるそうだ。また、コリを感じている人の4割が、「息苦しい」とも感じているという。

■花粉症で生じるコリのメカニズム
 では、なぜ咳やくしゃみでコリや息苦しさなどの症状が生じるのか? 大谷先生が解説したメカニズムによると、「咳やくしゃみをするとき前傾姿勢になると、肺が圧迫され、呼吸が浅くなって、酸素の取り込み量が少なくなる。それにより、酸素と二酸化炭素の交換が悪くなったり、血行不良を起こしたりと、軽い酸欠のような状態になってしまう」とのこと。また、酸素が足りないと、エネルギーとなるブドウ糖を分解しにくくなって疲れやすくなるため、結果的に、「疲労感や息苦しさ、コリを全身に感じるように」。なお、咳やくしゃみを1回するごとに2キロカロリーほどを消費するというデータもあり、余計に疲れてしまう人もいるようだ。

 なお、大谷先生がピップ株式会社と行った共同研究によると、正しい姿勢と猫背の状態における肺活量の検査では、33歳の被験者が正しい姿勢では肺年齢・18歳だったのに対し、猫背では41歳という結果に。姿勢によって肺が圧迫されただけで、肺年齢に23歳差が生まれたことになる。それにより、「人間は1分間に15回、1日にすると約2万回の呼吸をしているので、呼吸が浅くなるか深くなるかの違いで、1日の酸素摂取量や、酸素と二酸化炭素の交換量はかなり変わってくる」ことが裏付けられる結果となった。

■コリを和らげるための4つの方法
 それでは、花粉症が引き起こすコリなどの全身症状を改善するにはどうすればいいのだろう。大谷先生いわく、「深呼吸をする、鼻呼吸をする、水分をしっかり摂る、磁気治療器を使用するという4つの方法を取り入れるだけで、花粉症に伴う症状が改善されやすい」とのこと。

 鼻で呼吸をすると、鼻毛でアレルゲンなどをキャッチしてもらえるだけでなく、「喉が広がってより多くの空気を一度に吸い込むことができるようになる」そうだ。日々できる呼吸トレーニングとして、「2秒間で鼻から息を吸い、口をすぼめながら6秒かけてゆっくり息を吐く」という方法も紹介していた。

 もし鼻呼吸が難しいようであれば、「口呼吸を強制的に封じるために、口に水をふくんだまま日常生活を送り、鼻呼吸をする方法も有効」とのこと。また、水分をこまめに摂取することは、血流をよくし、乾燥を防いで線毛の働きを促すことにもつながる。「マスクを着用している人は、水分を摂取しそびれることも多いので、脱水を防ぐためにも、こまめな水分補給を意識してほしい」と、大谷先生。なお、磁気治療器は即効性があるため、「コリ解消の強い味方」という。

 花粉症による全身の不調に悩まされる人は、少しでも快適な春を過ごせるよう、今年は「コリ」にも着目した方がよさそうだ。
(取材・文/千葉こころ)

KAT-TUN亀梨和也が『火曜サプライズ 春の3時間SP』に登場! 3月21日(火)ジャニーズアイドル出演情報

――翌日にジャニーズアイドルが出演予定の番組情報をお届けします。見逃さないように、録画予約をお忘れなく!

※一部を除き、首都圏の放送情報を元に構成しています。
※番組編成、及び放送日時は変更になることがあります。最新情報は番組公式サイト等をご確認ください。

●TOKIO

8:00~ 9:55 『白熱ライブビビット』(TBS系) 国分太一
11:25~11:30 『国分太一のおさんぽジャパン』(フジテレビ系) 国分太一
18:55~19:25 『Rの法則』(NHK Eテレ) 山口達也
22:00~23:00 『幸せ!ボンビーガール』(日本テレビ系)山口達也

●V6

8:15~ 8:55 『あさイチ』(NHK総合) 井ノ原快彦
25:13~25:43 『アメージパング!』(TBS系)

●嵐

22:25~23:00 『グッと!スポーツ』(NHK総合) 相葉雅紀

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ポルノ・ナショナリズム “二枚舌の国”日本でいま児童ポルノについて考えるべきこと

 児童ポルノのない国(ポルノ・フリー)を目指すと語りながらポルノ的商品としての子どもであふれた国(フリー・ポルノ)を推し進めていく、二枚舌の国に私たちは生きています。

 日本はようやく重い腰を上げ、児童ポルノを子どもの性的搾取・人権侵害だと認識してその抑止に取り掛かり始めようとしています。2014年の児童買春・児童ポルノ処罰法の改正による単純所持の罰則規制、最近では未成年者の自画撮りによる被害の防止を目的にした都条例改正の検討などの、主に法にかかわる変化は、児童ポルノのない国へのゆっくりとした舵取りを見せています(ちなみに昨年1年間に摘発された児童ポルノ事件の被害者は1313人と過去最高を更新しました)。

 しかしその一方ではいわゆるクールジャパン戦略の一環として、国や自治体はエロティックなイメージを帯びた子どもを日本ブランドの目玉商品として売り出し続けています。分かりやすい例は企業・省庁や地方自治体のアニメ風萌えキャラクターによるマーケティングでしょう。けれどこれが二次元に限ったものでないことは、昨年問題になった鹿児島県志布志市のうなぎを少女に擬人化したふるさと納税PR動画などを思い浮かべてもらえば明らかです。

 子どもの性と表現に対する国や政府・地方自治体の態度はポルノ・フリーとフリー・ポルノのはっきりしたダブルスタンダードになっています。現代の日本において、今後ますます重要な問題になる児童ポルノを考えるためにはまずこのあまりにも明らかな事実を真剣に受け止めるところから始めなければいけません。二枚舌の語りを支えているのがナショナリズムであることは言うまでもありませんが、このことは児童ポルノをよくある紋切り型の「表現の自由vs性暴力反対」という枠組みで語るときに見えなくなってしまっています。児童ポルノをめぐる語りがどういう立場をとるにせよナショナリズムに回収されてしまう危険性は、後に見るように改正児童ポルノ法についてのメディアの報道や日本の児童ポルノについての最近のBBC3の報道“Young Sex for Sale in Japan”に対するウェブ上の反応などにはっきり見て取れます。

 この問題を考えるために、以下ではポルノを巡ってのフェミニズムにおける論争を振り返って、それを手がかりにナショナリズムとポルノについて私たちが考えなければならないことを確認していきましょう。

◎フェミニズムにおけるポルノ論争

「『性の表現』を考えるとき、性差別や女性の抑圧を容認しても『表現の自由』を擁護するのか、それとも差別や抑圧に反対して性表現を含む性の規制を容認するのか、という選択は、少なくともフェミニズムやクィアの立場から見れば、偽の対立でしかない」

 これは、昨年出版された『社会の芸術/芸術という社会――社会とアートの関係、その再創造に向けて』(フィルムアート社、2016年)に収録されている、フェミニズム・クィア理論家の清水晶子による「ポルノ表現について考えるときに覚えておくべきただ一つのシンプルなこと(あるいはいくつものそれほどシンプルではない議論)」という論文からの引用です。以下では清水の議論に寄り添いながらフェミニズムにおけるポルノ論争について簡単に振り返ってみましょう。

 ポルノグラフィは1970年代から90年くらいまでにかけて主に英米圏のフェミニストたちを内分した大きな論争の的になりました。注意したいのは、議論の軸になったのは「表現の自由vs性差別的表現の規制」という対立ではないということです。ポルノを性暴力の象徴として批判する場合でも、そうした反ポルノ論を批判する場合でも、フェミニスト達が問題にしたのはポルノ表現を支える「見る男vs見られる女」という非対称なジェンダー関係、つまり視覚的な「性の政治」でした。

 論争の起点になったのは、ポルノや売買春は家父長制に由来する性的・社会的な搾取と暴力の象徴であるというラディカル・フェミニストらによる強い批判です。清水も述べるように、彼女らが問題にしたのはポルノ表現が「見る主体である男vs見られるモノでしかない女」という視覚表現における男性支配制度に基づいていて、女を欲望する主体ではなく欲望されるモノにする性暴力に他ならないということです。象徴的なのは法哲学者アンドレア・ドウォーキンと弁護士キャサリン・マッキノンが制定にかかわった80年代半ばのインディアナポリス市におけるポルノ禁止条例でしょう(性差別を扇動するポルノを禁止するこの条例は、議会を通過し成立したもののその後違憲性が認められて棄却されました)。けれど条例の制定にあたってマッキノンらが皮肉にも中絶禁止など伝統的性道徳をうたう宗教的保守派と手を結んだこともあって、性表現の規制は結局のところ女性たちのさまざまな性のあり方に対する抑圧に加担するのではないか、との批判がフェミニストたちの間で相次ぎました。

 批判の中心になったのは、「見る男vs見られる女」という一方的な関係を強調するドウォーキンらの議論が、これとは異なった「見る―見られる」という関係のあり方の可能性を封じ込めてしまい、結局は視線の一方通行な関係を押し広めることになってしまわないかという点です。例えばジュディス・バトラーは、女性が男性に支配されるポルノ的ファンタジーにおいて女性観客が必ずしも支配される女性に同一化するのでなければ、男性観客が必ず支配する男性だけに同一化するわけでもないと強調します。ポルノ的表現が必然的に男性中心的なファンタジーを引き起こし、そして男性による暴力的な性関係を引き起こすという見方は、ポルノを含むファンタジーの多様な受け取り方を封じ込め、逆説的に女性のセクシュアリティのあり方を限定してしまう。こうしたフェミニストの考えは、現在の日本でも例えばBLと女性読者の関係についての議論などに引き継がれています(溝口彰子『BL進化論』(太田出版、2015年)など)。

 ただしこうしたバトラーらの考えにも批判が寄せられなかったわけではありません。例えばクィア理論の提唱者として知られるテレサ・デ・ラウレティスは、ポルノが多様な受け取り方に開かれているにしても、支配的な「見る男vs見られる女」という視線関係を内面化させられてしまう多くの女性にとって「支配される女性」ではなく「支配する男性」に同一化することは難しいと指摘します。

 こと児童ポルノになると問題はさらに複雑になります。10年ほど前にバトラーが来日講演を行ったとき、児童ポルノについて質問を向けられると「ファンタジーと実践は違うと思う」と簡単に答えるにとどまりました。「見る―見られる」の支配関係や性的ファンタジーの多様なあり方、という語り口では、常に支配される立場に置かれざるをえない子どもについて考えることが極めて難しくなるのです。

 ポルノ論争から30年近くを経た現在の私たちがこの論争から学べるのは、ポルノ表現は抽象的な一般論としての「表現の自由」という問題ではなく、見ること・見られることにかかわる複雑な「性の政治」の問題として考えられなければならないということだ、という清水の主張に私は心から賛同します。なかでも2010年代後半の日本に生きる私たちにとって重要なのは、ポルノを含む性のファンタジーはそれ単独で存在するのではなく、国や民族などの他のファンタジーと密接に絡み合っているということです。例えばドウォーキンらの反ポルノ論が宗教的保守派の反動的な性道徳と皮肉にも手を結ぶことになってしまったように。

◎ナショナリズムと児童ポルノ

 ここまできてようやく、私たちは現在の日本における児童ポルノをめぐる二枚舌について考えることができます。私が言いたいことは本当にシンプルです。それは、児童ポルノのない国をめざすと語りながら児童ポルノによるマーケティングを行うこの国の二枚舌を支えているのは、美しい国ニッポンというファンタジーに向けられたナショナリズムだということです。そして児童ポルノをめぐる多くの語りは、子どもへの性暴力自体について取り組むのではなく、児童ポルノをダシにしたナショナルなファンタジーへと回収される危険と常に隣り合わせにあります。

 例えば2015年に改正児童ポルノ法が施行された直後、産経新聞は「日本が世界から与えられた『児童ポルノ天国』という不名誉な称号を返上すべく、児童ポルノの“需要”を絶ち、子供たちの被害を食い止めるのが狙い」だと報じました。この報道が伝えるメッセージは、児童ポルノの防止は子どもたちの被害を食い止めるよりもまず「『児童ポルノ天国』という不名誉な称号を返上」して日本を世界からリスペクトされる国にすることが目的なのだということです。

 これと全く同じことはつい最近BBC3が報じた “Young Sex for Sale in Japan” という番組に対する反応でも起こっています。番組では疑似風俗的なJKカフェやイメージビデオと呼ばれる疑似AVを取り上げ、日本において若い性が商品化され続けていることを問題にしたようです。ようです、というのはこの番組がイギリス国内からしか観られないからで、筆者も番組を視聴することはできませんでした。そのためここで内容自体についてコメントすることを差し控えます。

 番組についての記事や実際に観た人の反応を見たうえでできる限り中立に言えば、日本社会についての番組制作者の誤解や偏見があったことは事実なようだし(例えば2014年の改正ポルノ法までは日本で児童ポルノは合法だったという伝え方など)、その一方で番組全体としては恣意的な偏向報道とは言い難いものだという意見も見られました(番組のトーンとしては一方的な批判というよりは日本の性商品文化へのとまどいが主だったことなど)。

 しかし、この番組を伝えるTogetterなどの日本語ウェブページには「反日的ねつ造」「国辱的フェイクニュース」といった見出しが踊りました。実際にどれだけ多くの人が番組を見たうえでこうした書き込みを行ったのかは定かではありませんが、先ほど書いたように番組自体は基本的にイギリス国内からしか見られないこと、Youtube等に転載された動画もすぐに削除され、また元番組の一部分だけを切り取る編集がなされたものであったことを考えると「国辱的なフェイクニュース」というまとめそれ自体が悪意を煽るフェイクニュースである可能性は高いように思われる、という意見もあります。いずれにせよ問題なのはBBC3の番組がフェイクニュースだったか否かということではなく、こうした書き込みを行う人たちにとって児童ポルノは単にナショナリズムを煽るためのダシにすぎなかったということです。

 児童ポルノに対してどんな立場をとるにせよ、現代の日本において児童ポルノが論じられるときその議論はナショナリズムの語りに落とし込まれる危険性と常に隣り合わせにあります。児童ポルノについて語られるとき、私たちはその裏に潜むナショナルなファンタジーへの誘惑に常に注意しなければいけません。児童ポルノが明らかな性暴力であって、そうした暴力から子ども達が守られるべきなのは当たり前のことです。けれどそれは子どもらが大人より弱い立場にある一個の人間だからで、決して「国の宝」だからなんかではないのです。

(Lisbon22)

人前で意見を言うのが苦手な小1の娘とともに、「考える力をつけるワークショップ」を体験!

 4月から小学2年生になる娘のココ。今は毎週火曜日に英語塾(1時間)、木曜日にバレエ教室(1時間)、そして月1回は科学実験教室(2時間)に通っているのですが、習い事を増やそうかなと思っています。今は、月~金は午後6時まで学童保育に預け、英語とバレエの日は午後4時に迎えに行き、それぞれの教室に連れていくという流れ。

 英語塾は、ココが通っていた幼稚園の教室を使って小学1~3年生を対象に、外国人と日本人の先生2人で子どもたちに教えています。ココは幼稚園の先生や別の小学校になってしまった幼稚園時代のお友達に週1で会えるのが楽しいみたい。半年に1度、筆記と英会話の試験があり、合格してレベルが上がると賞状がもらえます。年末に試験で合格して喜んでいたので、ここは続けることに。

 そしてバレエ教室。こちらは小学生になってから先生が代わって、かなり厳しくなったんですよ。去年の4月から夏までは練習中にココはよく泣いてました。「つらそうだけど、どうする? 辞める?」と聞くと、「まだ頑張る……」と弱々しく言う。負けず嫌いなのか根性があるのかわからんが、たぶん一緒に小学校のお友達が通っているので、その子がいる限りは続けたいんだろう。オレも妻もココにまったく怒らないので、たまには厳しくされることもココにとっては必要なのかも。先生は厳しいけど、うまくできたらちゃんと褒めてくれるし、いい先生ですよ。

 先日は、年に1回のバレエの発表会がありました。本番前には3回ほど教室と別会場で4~5時間に渡るリハーサルがあり、このリハーサル時には本番用の衣装を着ます。ココもほかの子も長時間の練習で疲れてそうなのに、楽しそうに踊っている姿を見ていると、子どもの体力はすごいと驚くばかり。というか、長時間の練習に付き合ってるオレと妻くらたまも含めた親たちの方が疲れてる。まあ、年に1回のイベントだし、しかたがない!

 発表会当日。本番は夕方5時ですが、会場入りは朝10時。本番までの7時間はメイクやら着替え、本番用バレエシューズの縫い付け、リハーサルをやるんだけど、子どもたちの控え室には男性が入れない! なので、ココの準備は妻に任せて、オレは7時間を潰すために、会場だった蒲田駅周辺を散歩に。駅近くのアーケードの入口から出口まで歩き、駅ビルの本屋で時間を潰しました。それでも時間が余ったのでドン・キホーテで知恵の輪を買って戻ったけどまだ3時! リハーサルを眺めて時間を潰しましたよ……。

 妻は本番直前に仕事が入り、ココの出番を見ないで帰ることに。オレは1人で発表会を見たのですが、小学校高学年の子たちはやはりうまい! 体の軸がブレずにクルクル回ってる。そして、ココたちの出番。ココのクラスは2、3年の子もいるのだけれど、ココたち1年チーム3人は一度もミスしないでよくできたと思います! ちょっと感動したね……。ココは先生に褒められたみたいで「また来年も頑張る!」と張り切ってます。

 オレの周りにはバレエを習っていたという女性はいなかったので、ココに将来彼氏ができた時に、「バレエを10年以上やってた」といえば、相手は食いつくんじゃないか? ココを見るイメージが変わるかも! なので本人が辞めたいと言うまで続けてみることに。

 そして科学実験教室、これは月1回土日のどちらか2時間で、シャボン玉やドライアイスを使って実験しています。ココも楽しいみたいなので継続!

 新しく始めようと思っている習い事は、「考える力をつけるワークショップ」。テーマに沿って調べたり、人に質問したりして、コミュニケーション能力や創造力、知的好奇心を育むらしい。よくわからないけど無料体験があったので、ココと行ってきました。

 まずは「空間デザイナーになって部屋を作る」というのを体験。画用紙の上に紙を切ってベッドを作ったり机を作ったり、ココは工作が好きなのでこういうのは得意。完成した部屋を、みんなの前で発表することに。先生が「どんな人が住んでいる部屋のイメージ?」と聞くと、ココは「うーん……ちょっとわかんない……」と緊張してまったく答えられない! さらに「なんでこういう部屋にしたの?」と質問されても、「うーん……」。2年生の女の子は質問にポンポン答えてました。

 さらには生徒同士の質問タイムで、「いつも家にいる時はなにしてる?」という質問に、ココは「ゲームやってる」! 家ではゲームをしないのに! さらに「なんでゲームしてるの?」と質問されると「うーん……」、女の子が「楽しいから?」と聞いても「それでいいや」という。自分の考えを言わないと! 確かにこういう勉強は新しい。人前で自分の作ったモノを発表するのはいいかも!

 妻にこの話をしたら、「入る前に見学してみよう」ということになり、通常授業を見学してから入会を決めることに。こちらも週に1回、土日のどちらかで1日1時間半だからそんなに大変じゃないはず。

 そんなわけで新2年生になって習い事の幅を広げようと思っています。本人が「イヤ!」といえば辞めますがね。甘いけど、3年生くらいまでは親はこんな感じでしょ!

『山田孝之のカンヌ映画祭』第11話 もう見てられない! 正論vs正論の正面衝突が痛すぎて……

『山田孝之のカンヌ映画祭』第11話 もう見てられない! 正論vs正論の正面衝突が痛すぎて……の画像1
『山田孝之のカンヌ映画祭』テレビ東京より
 山田孝之がカンヌ映画祭最高賞目指して、監督・山下敦弘や周りを巻き込み、自分勝手に突き進む。そんな、どこまでがドキュメンタリーなのかわからない「ドキュメンタリー風」番組。  親殺しの殺人者・らいせ役には芦田愛菜、母親の愛人役には演技素人のエロマンガ家が据えられた。そして、フルヌードが必要な母親役には長澤まさみをブッキングしてみたものの、あえなく「脱げない」と断られてしまったところが前回まで。今回は、そんなこんなで迎えた『穢の森』クランクイン初日の様子が描かれた。  ヌードを断り、番組のナレーションを引き受けた長澤によれば、この8月29日のクランクイン当日は山下監督の誕生日なのだという。 「山田プロデューサーの粋な計らいです」  と長澤。しかし、この日は山下監督にとって、もしかしたら映画人生で最悪の1日だったかもしれない。 「第11話 芦田愛菜 決断する」を振り返る。  撮影はクライマックスから始まるという。長澤まさみの代役として用意されたのは、全高3メートルはありそうなグロテスクなオブジェ。山田がマンガ家・長尾謙一郎に依頼して描かせたイメージボードそのものだが、上半身が異様に膨れ上がり、顔面は焼け焦げたように真っ黒で、目鼻の判別もできない状態。髪は金髪。芦田がそのドテッ腹に包丁を突き立てると、ぴょろろ~と乳首から水が飛び出す謎仕様だ。刺されたオブジェは、火柱を上げて爆発するのだそうだ。これにより「狂い死に」を表現しているらしい。改めて、長澤まさみの降板という判断は正しかったと感じてしまう。  山下と芦田は大喜びだが、リハ中も終始憮然とした表情の山田。ひと通り打ち合わせを見届けると、まずはカメラマン(是枝裕和監督とのコンビで数々の賞を受けている山崎裕だ)に「発泡スチロールの質感」について確認する。  さらに気に食わないのが、長尾のイメージボードそのままに作ってきたのに、サイズ感が足りないこと。確かに長尾の絵では、この「さちこ」は港湾に並ぶガントリークレーンより、はるかにでかい。たぶん50メートルとか、それくらいあるのだろう。それを作れというのか、山田。  乳首から出る水の勢いを増すことで妥協点を見出そうとする山下だが、山田は聞く耳を持たず、とりあえず「3倍くらいの大きさ」のオブジェを要求する。それには3週間の期間と、さらなる予算が必要になるというのに。 「これで撮りたい」と言い張る監督・山下と、「1回戻して(撤去して)もらっていいですよ」と、スタッフに撮影中断を指示するプロデューサー・山田。現場に険悪な空気が流れだす。右往左往するチーフ助監督に、ベテランカメラマン・山崎が「方向性が出ない、どうしようもない」と、穏やかな表情ながら吐き捨ててみせる。ものすごい緊迫感だ。 ■芦田愛菜をヘビに噛ませる  結局、「さちこ」は撤去された。  問題は、まだある。明日、芦田がヘビに噛まれるシーンがあり、そのヘビを確認することになる。  用意されたヘビは3匹。「噛まれたときにケガが小さいのはこれで、ものすごい大ケガしそうな可能性があるのはこちら」と、ヘビ担当者が淡々と説明する。芦田は、うろたえつつ「やってみます」と口にする。「明日までに仲良くなっておいて、甘噛みみたいな……ないですかね」と、与えられた条件の中で少しでも現実的な方法を模索しているようだ。小学校6年生。見上げたプロ根性である。 「血がけっこう、多く出るんです」という担当者の説明に、「それ、大丈夫? 芦田さん」と大丈夫なわけがない質問をぶつける山下。まずは自分が噛まれてみることにするが、案の定、血が多く出てしまう。「芦田さん、こんな感じ」と平静を装う山下だが、一同ドン引きである。  山下は、当然だが、噛まれるシーンを吹き替えにして、カットを割ることを提案。しかし山田は「ワンカットです」と、にべもない。 ■さらに険悪になっていく山田・山下コンビ  さらに悪いことに、愛人役のエロマンガ家が一度は了承したはずの「火だるま」シーンを「ちょっと無理」と言い出した。「火傷とかのリスクがあると思うんですよね」そりゃそうだ。  スタントマンを用意することを提案する山下に対し、山田は「覚悟の問題だと思うんですよ」と、これも譲らない。「噛まれてくれたら、俺も噛まれます。燃えてくれたら俺も燃えますよ」と、なんの生産性もない提案をしてくる。  話は再び「さちこ」へ。3週間待ってでも巨大「さちこ」にこだわる山田と、予算や日程などの現実的な問題を加味しながら、あくまでこの日にクランクインしたい山下。出資者である山田ファンの稲垣さん(ガールズバー経営)からの振り込みも滞っており、映画そのものの完成も危ぶまれてきた。  この日、40歳を迎えた山下は大人として、数々の現場を仕切ってきたプロの映画人として、冷静に山田を説得しようと試みる。誠意をもって話す山下に「仕方ないです」「無理なんだったら無理です」と冷たく言い放つ山田。  小柄な山田が、さらに小柄な山下を見下しながら、 「意味のないこと、なんのためにやるんですか?」 「意味わかんないです」 「とりあえず撮りたいってことですか?」 「妥協しかないじゃないですか」 「とりあえず撮りたいんだったら好きなもん撮ればいいじゃないですか。いつもやってるように」 「一生カンヌ獲れないですよ。妥協妥協妥協じゃ」  さすがにここまで言われて、山下も黙っていない。 「それはちょっと失礼じゃない?」  ちょっとじゃない。すごく失礼だ。 「なんで俺の映画作りを否定すんの?」 「今までの俺の映画が全部クソってこと?」  山下も感情が高ぶってくる。それでも山田は止まらない。 「いいっす、もういいっす。帰っていいっすよ。いらないっす」  すわ、乱闘か、という雰囲気である。殴ってしかるべき場面だ。 「ホントに終わりなの、これで」  スタッフを集め、ここまで進めてきた企画に未練を残す山下の肩を叩き「ホントもういいっす」「もうやだ」と、山田はまるで子どものように駄々をこねて、山下を現場から追い出してしまう。  山田をブン殴るかわりに、全力疾走で現場をあとにする山下。自分の現場から、いの一番にいなくなる映画監督とは、どんな気分だろうか。スタッフたちも、山田の話より山下のほうが気になって仕方がない。  突如、森の向こうから爆発音がして、火柱が上がった。「さちこ」が燃えてしまったようだ。監督もいないし、「さちこ」もいない。これで、この日のクランクインは絶望的になってしまった。 ■芦田愛菜からの糾弾が突き刺さる  撮影は延期に。監督も自分でやることにした山田は、主演女優・芦田に「気持ちを切らさないで」と話そうとするが、その山田の言葉を聞かずに、芦田が山田を糾弾する。 「山田さん何がやりたいんですか?」  冷たい声だ。芸能界の先輩で、大人で、ついさっきから監督でもある山田に、芦田愛菜からの容赦ない視線が突き刺さる。山田は芦田に視線を合わせることができない。気まずい時間が流れる。鳥の声がする。  ちょこん、と愛らしく芦田は頭を下げ、「ごめんなさい」と言って踵を返した。この回の表題「芦田愛菜 決断する」は、『穢の森』からの降板を意味していた。  クランクインの20日前、山下と芦田が並んで打ち上げ花火を見上げ、その後ろでつまらなそうな山田が座っているシーンで今回はエンドロール。 「さちこ」が爆発炎上したことで、今回はより“フェイク”の部分が強調され、なんとか見通すことができた。これ、全部が全部ガチのマジだったら胃が痛すぎて見ていられなかっただろう。とにかく山田孝之の言っている理想論が全部正論だし、山下敦弘の言っている現実論も全部正論なのだ。正論と正論が正面衝突すると、相手の人格やキャリアを否定するところにまで到達してしまう。2人とも、そこまで言いたいわけじゃないのだ。ただ「完成」が見たいだけなのだ。映画のみならず、物作りに携わった経験のある人間にとっては、涙なくしては見られなかった回だったはずだ。  次回は最終回。「山田孝之 故郷へ帰る」のだそうだ。山田は、そして『穢の森』の監督であったのと同時にこの『山田孝之のカンヌ映画祭』というテレビプログラムでも松江哲明と並んで「監督」にクレジットされている山下は、どんな結末を用意しているのだろう。楽しみで仕方がない。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

『山田孝之のカンヌ映画祭』第11話 もう見てられない! 正論vs正論の正面衝突が痛すぎて……

『山田孝之のカンヌ映画祭』第11話 もう見てられない! 正論vs正論の正面衝突が痛すぎて……の画像1
『山田孝之のカンヌ映画祭』テレビ東京より
 山田孝之がカンヌ映画祭最高賞目指して、監督・山下敦弘や周りを巻き込み、自分勝手に突き進む。そんな、どこまでがドキュメンタリーなのかわからない「ドキュメンタリー風」番組。  親殺しの殺人者・らいせ役には芦田愛菜、母親の愛人役には演技素人のエロマンガ家が据えられた。そして、フルヌードが必要な母親役には長澤まさみをブッキングしてみたものの、あえなく「脱げない」と断られてしまったところが前回まで。今回は、そんなこんなで迎えた『穢れの森』クランクイン初日の様子が描かれた。  ヌードを断り、番組のナレーションを引き受けた長澤によれば、この8月29日のクランクイン当日は山下監督の誕生日なのだという。 「山田プロデューサーの粋な計らいです」  と長澤。しかし、この日は山下監督にとって、もしかしたら映画人生で最悪の1日だったかもしれない。 「第11話 芦田愛菜 決断する」を振り返る。  撮影はクライマックスから始まるという。長澤まさみの代役として用意されたのは、全高3メートルはありそうなグロテスクなオブジェ。山田がマンガ家・長尾謙一郎に依頼して描かせたイメージボードそのものだが、上半身が異様に膨れ上がり、顔面は焼け焦げたように真っ黒で、目鼻の判別もできない状態。髪は金髪。芦田がそのドテッ腹に包丁を突き立てると、ぴょろろ~と乳首から水が飛び出す謎仕様だ。刺されたオブジェは、火柱を上げて爆発するのだそうだ。これにより「狂い死に」を表現しているらしい。改めて、長澤まさみの降板という判断は正しかったと感じてしまう。  山下と芦田は大喜びだが、リハ中も終始憮然とした表情の山田。ひと通り打ち合わせを見届けると、まずはカメラマン(是枝裕和監督とのコンビで数々の賞を受けている山崎裕だ)に「発泡スチロールの質感」について確認する。  さらに気に食わないのが、長尾のイメージボードそのままに作ってきたのに、サイズ感が足りないこと。確かに長尾の絵では、この「さちこ」は港湾に並ぶガントリークレーンより、はるかにでかい。たぶん50メートルとか、それくらいあるのだろう。それを作れというのか、山田。  乳首から出る水の勢いを増すことで妥協点を見出そうとする山下だが、山田は聞く耳を持たず、とりあえず「3倍くらいの大きさ」のオブジェを要求する。それには3週間の期間と、さらなる予算が必要になるというのに。 「これで撮りたい」と言い張る監督・山下と、「1回戻して(撤去して)もらっていいですよ」と、スタッフに撮影中断を指示するプロデューサー・山田。現場に険悪な空気が流れだす。右往左往するチーフ助監督に、ベテランカメラマン・山崎が「方向性が出ない、どうしようもない」と、穏やかな表情ながら吐き捨ててみせる。ものすごい緊迫感だ。 ■芦田愛菜をヘビに噛ませる  結局、「さちこ」は撤去された。  問題は、まだある。明日、芦田がヘビに噛まれるシーンがあり、そのヘビを確認することになる。  用意されたヘビは3匹。「噛まれたときにケガが小さいのはこれで、ものすごい大ケガしそうな可能性があるのはこちら」と、ヘビ担当者が淡々と説明する。芦田は、うろたえつつ「やってみます」と口にする。「明日までに仲良くなっておいて、甘噛みみたいな……ないですかね」と、与えられた条件の中で少しでも現実的な方法を模索しているようだ。小学校6年生。見上げたプロ根性である。 「血がけっこう、多く出るんです」という担当者の説明に、「それ、大丈夫? 芦田さん」と大丈夫なわけがない質問をぶつける山下。まずは自分が噛まれてみることにするが、案の定、血が多く出てしまう。「芦田さん、こんな感じ」と平静を装う山下だが、一同ドン引きである。  山下は、当然だが、噛まれるシーンを吹き替えにして、カットを割ることを提案。しかし山田は「ワンカットです」と、にべもない。 ■さらに険悪になっていく山田・山下コンビ  さらに悪いことに、愛人役のエロマンガ家が一度は了承したはずの「火だるま」シーンを「ちょっと無理」と言い出した。「火傷とかのリスクがあると思うんですよね」そりゃそうだ。  スタントマンを用意することを提案する山下に対し、山田は「覚悟の問題だと思うんですよ」と、これも譲らない。「噛まれてくれたら、俺も噛まれます。燃えてくれたら俺も燃えますよ」と、なんの生産性もない提案をしてくる。  話は再び「さちこ」へ。3週間待ってでも巨大「さちこ」にこだわる山田と、予算や日程などの現実的な問題を加味しながら、あくまでこの日にクランクインしたい山下。出資者である山田ファンの稲垣さん(ガールズバー経営)からの振り込みも滞っており、映画そのものの完成も危ぶまれてきた。  この日、40歳を迎えた山下は大人として、数々の現場を仕切ってきたプロの映画人として、冷静に山田を説得しようと試みる。誠意をもって話す山下に「仕方ないです」「無理なんだったら無理です」と冷たく言い放つ山田。  小柄な山田が、さらに小柄な山下を見下しながら、 「意味のないこと、なんのためにやるんですか?」 「意味わかんないです」 「とりあえず撮りたいってことですか?」 「妥協しかないじゃないですか」 「とりあえず撮りたいんだったら好きなもん撮ればいいじゃないですか。いつもやってるように」 「一生カンヌ獲れないですよ。妥協妥協妥協じゃ」  さすがにここまで言われて、山下も黙っていない。 「それはちょっと失礼じゃない?」  ちょっとじゃない。すごく失礼だ。 「なんで俺の映画作りを否定すんの?」 「今までの俺の映画が全部クソってこと?」  山下も感情が高ぶってくる。それでも山田は止まらない。 「いいっす、もういいっす。帰っていいっすよ。いらないっす」  すわ、乱闘か、という雰囲気である。殴ってしかるべき場面だ。 「ホントに終わりなの、これで」  スタッフを集め、ここまで進めてきた企画に未練を残す山下の肩を叩き「ホントもういいっす」「もうやだ」と、山田はまるで子どものように駄々をこねて、山下を現場から追い出してしまう。  山田をブン殴るかわりに、全力疾走で現場をあとにする山下。自分の現場から、いの一番にいなくなる映画監督とは、どんな気分だろうか。スタッフたちも、山田の話より山下のほうが気になって仕方がない。  突如、森の向こうから爆発音がして、火柱が上がった。「さちこ」が燃えてしまったようだ。監督もいないし、「さちこ」もいない。これで、この日のクランクインは絶望的になってしまった。 ■芦田愛菜からの糾弾が突き刺さる  撮影は延期に。監督も自分でやることにした山田は、主演女優・芦田に「気持ちを切らさないで」と話そうとするが、その山田の言葉を聞かずに、芦田が山田を糾弾する。 「山田さん何がやりたいんですか?」  冷たい声だ。芸能界の先輩で、大人で、ついさっきから監督でもある山田に、芦田愛菜からの容赦ない視線が突き刺さる。山田は芦田に視線を合わせることができない。気まずい時間が流れる。鳥の声がする。  ちょこん、と愛らしく芦田は頭を下げ、「ごめんなさい」と言って踵を返した。この回の表題「芦田愛菜 決断する」は、『穢れの森』からの降板を意味していた。  クランクインの20日前、山下と芦田が並んで打ち上げ花火を見上げ、その後ろでつまらなそうな山田が座っているシーンで今回はエンドロール。 「さちこ」が爆発炎上したことで、今回はより“フェイク”の部分が強調され、なんとか見通すことができた。これ、全部が全部ガチのマジだったら胃が痛すぎて見ていられなかっただろう。とにかく山田孝之の言っている理想論が全部正論だし、山下敦弘の言っている現実論も全部正論なのだ。正論と正論が正面衝突すると、相手の人格やキャリアを否定するところにまで到達してしまう。2人とも、そこまで言いたいわけじゃないのだ。ただ「完成」が見たいだけなのだ。映画のみならず、物作りに携わった経験のある人間にとっては、涙なくしては見られなかった回だったはずだ。  次回は最終回。「山田孝之 故郷へ帰る」のだそうだ。山田は、そして『穢れの森』の監督であったのと同時にこの『山田孝之のカンヌ映画祭』というテレビプログラムでも松江哲明と並んで「監督」にクレジットされている山下は、どんな結末を用意しているのだろう。楽しみで仕方がない。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

少女が早く大人になることを強いる沖縄の社会――暴力の連鎖が生む格差と矛盾

(前編はこちら)

 生まれ育った沖縄の地で教育学を専攻する上間陽子さんは、2011年から水商売や性風俗店で働く女性たちへの聞き取り調査をしている。暴力を受けながら育ち、夜の街を生き延びようとする6人の女性たちの記録が、『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(太田出版)として出版された。

■親も生きていくのに精いっぱい

 女性たちにとって暴力は、ある意味“慣れ親しんだ”ものだった。子どもの頃から殴られていた女性がいる。デートDVで殴ってくる彼氏の子どもを妊娠し、「父親になれば、彼も変わるかもしれない」と出産したが、何も変わらず殴られ続ける女性がいる。

 理不尽な暴力を前に、なすすべがない女性たちは、まだ10代だった。子どもと言っていい年齢の彼女たちが困っているときに、ほとんどの大人は手を差し伸べない。その理由を、上間さんはこう見ている。

「たとえば、私は亜矢という女性のお母さんに対して、ずっと憤りを感じていたんです。娘が性暴行を受けたのに、被害届を出さず事件化しなかった上に、『お前が悪い』と娘を責めた……。でも、お宅に行くようになって気づいたんです。闘うための資源や資本といったものがないと、人は闘えない。だから、子どもの問題に対応するとしても、娘をこれ以上、人目にさらさないようにしよう、そのために娘の責任にしよう、という選択をするしかなかったのだなと思いました。事件は、被害を受けた人のせいではない。ただそれは、お母さんにとってみれば、娘を守る唯一の方法に思えたのだろうと思いました。ほかにも、ひとりで子どもを4人育てているお母さんがいて、時間も余裕もまったくない。そうすると、子どもも親に心配をかけたくなくて、『暴力を受けている』と言わないんです。親も、生きていくのに精いっぱいなんですよね。だから、問題が起きる前に、子どもの問題に介入できないし、何か起きても、こうした消極的な戦略を選ぶという背景が見えてきました」

 しかし、中には、子どもたちを見ている大人もいる。どれだけ反抗されても見捨てない中学校教師や、何かあったら自分に連絡してほしいと電話番号を書いた手紙を渡してきた看護師もいる。

「看護師さんから手紙をもらった女性の出産した子どもには障害があって、だから彼女は毎日NICU(新生児集中治療室)にいる子どもに会いに病院に通っていたんですが、家に帰れば、子どもの父親から日常的に殴られていました。やがて、その男性と別れて自立し、看護師を目指すようになります。このように、声をかけることは、目の前にいる彼女を救うだけでなく、将来の彼女にひとつのモデルを示すことでもあるんですね」

■産むことで家族を再生したいという思い

 女性たちの子ども時代は、とても短い。10代の半ばで唐突に終わる。それはおしなべて、妊娠・出産によってもたらされる。

「抱えるものができてしまうと、そのために動かないといけないですよね。だいたいの子は、産みたいんです。そうすることで、家族を再生したいのでしょう。自分がこれまでとても大変な思いをしてきたから、自分の子どもはちゃんと育てたい、と。でも、相手の男性が、それについてこられないんです」

 だから彼女たちは、ひとりで子どもを育てるために働きに出る。といっても16~17歳の女性が働けるところは限られている。キャバクラなどの水商売や、性風俗店。法律的に18歳未満は働けないはずだが、そこを厳しく取り締まるようになると、彼女たちは稼ぐ手段を失う。

「その矛盾については、私の中でも、まだ考えがまとまっていないのですが……。でも、風俗業が未成年の勤め先としてふさわしい場所だとは、やっぱり思えません。男性客は18歳未満だとわかれば、足元を見てきます。感染症を避ける方法や、危ない客への対応など、長年働き、ネットワークも持つ20歳以上の女性と10代半ばの子ではスキルに差があって当然なので、その未熟さに付け込まれることもあります」

■上手に依存する方法を覚えてほしい

 夜の街で働く女性の多くは、いずれは“昼職”に就きたいと願っているという。

「沖縄でトップクラスのお店に勤めていて稼ぎがいい女性でも、『昼間の仕事がいい』と言うんです。いま沖縄は景気がいいので、正規職にこだわらなければ、仕事はあります。でも、職歴や資格がないという以前に、水商売や風俗業でしか働いたことがない女性……特に16~17歳ぐらいで働き始めた女性たちは、昼のお仕事に対してハードルの高さを感じています。中学卒業以来、社会に受け入れられた経験がないままなので、『昼に働いている人たちと自分とは違う気がする』と感じているようです」

 それゆえ、夜の街で体を張って心を張って生きていく女性たちに、上間さんは「こんなに早く大人にならなくていい。ゆっくり大人になっていい」と言いたくなる。なかにはすでに大人の顔をして、誰かの助けを必要としていないように見える子もいるが……。

「彼女たちは言わないんですよ、『助けてほしい』って。10代半ばにしてひとりで生きようと覚悟を決め、風俗業界で日々、自分より10歳も20歳も年上の男性と渡り合う。そういう形で大人になろうとしているから、弱みを見せたくないのでしょうね。

 私はよく人から『そんなに頼られても困りませんか?』と訊かれるのですが、『もっと頼ってよ!』と思っています。10代半ばなんて、まだまだ大人に甘えていい年齢でしょ? だから私は彼女たちが強がっているときほど、よく見るようにしています。そうしたら、強がっていても、それをキャッチしてあげられるかもしれない。彼女たちには、上手に依存する方法を覚えてほしいんです。誰かに助けてもらったら、それをその人に返すのではなく、誰か次の人に渡してあげる。それが上手な依存の仕方だと思うんです」

 まずは彼女たちに読んでほしかった、と上間さんは言う。調査として数年にわたって話を聞き取ってきた彼女たち自身と、「こう生きてきたよね」「こう生きているよね」と確認し合いたかった、と。そのなかには笑いもあり、涙もあった。上間さんと女性たちは、これからも沖縄で生きていく。
(三浦ゆえ)