Kis-My-Ft2新曲、前作から3万枚売り上げダウン! 「FC40万人なのに11万枚」と嘆き

 Kis‐My‐Ft2のニューシングル「INTER」がリリースされ、発売初日のオリコンデイリーランキング(2月28日付)で1位を獲得。2位に売り上げ枚数で大差をつけていることから週間1位は確実とみられるが、初日の数字は過去作品と比べて低いスタートになったという。昨年はマネジメントを担当していた飯島三智氏がジャニーズ事務所を退社し、SMAP解散後は“正念場”とも言われているKis‐My‐Ft2。今作の出足の悪さにはファンも焦りをみせているようだ。

 今回のシングル「INTER」はKis‐My‐Ft2にとって初のトリプルA面で、初回限定盤A・B、通常盤の3種で販売。1曲目の「Tonight」は第一興商「LIVE DAM STADIUM」のCMソングで、「君のいる世界」も「ホッカイロぬくぬく当番」のCMとして使用されており、3曲目の「SEVEN WISHES」はJR九州「新しい7つの長崎へ KISS MY NAGASAKI」のキャンペーンCMソングと、いずれもタイアップがついている。

 発売初日の売り上げは11.5万枚で、昨年8月発売の前作「Sha la la☆Summer Time」の初日14.7万枚を下回る結果に。また、デイリー売り上げでは「Gravity」(同年)の14.1万枚や、「Kiss魂」(2015年)の23.3万枚、「AAO」(同年)の11.8万枚、「最後もやっぱり君」(同年)の12.8万枚より、低い記録となっている。今作は、過去最低だった「SHE! HER! HER!」(12年)の6.5万枚や、「WANNA BEEEE!!!/Shake It Up」(同)11.0万枚、「光のシグナル」(14年)の11.4万枚に次ぐ低数字だ。

「前作の『Sha la la☆Summer Time』のリリース時は、名古屋発のボーイズグループ・BOYS AND MENのシングル『YAMATO☆Dancing』と熾烈な首位争いを繰り広げました。デイリーでボイメンは16.7万枚を稼いで1位を獲得し、一方のキスマイは14.7万枚で2位に。キスマイのシングル曲がデイリーランキングで2位になったのは異例だったため、危機感を抱いたファンが『シャララ狩り』『追いシャララ』を合言葉に追加購入を始めたんです。最終的にキスマイの初動は26.7万枚で首位となり、ボイメンが21.1万枚で2位に終わりました。今回は、そうした“強敵”が不在だったため、ファンの購買欲に火がつかず、数字が伸びていないのでしょう」(ジャニーズに詳しい記者)

 一方、Kis‐My‐Ft2は5月からアリーナツアーが始まる。コンサートに向けてファンクラブに入会した者が、ネット上に「会員が40万人を突破した」と書き込んだことで、「デビュー5年で40万人突破はすごい」などと、会員数の増加を称賛する声が出ていた。そんな中、今作の売り上げは初日で11万台だったことが判明し、「FCが40万人って、ファンの数じゃなくて、ただコンサート用に名義を増やした人がいるだけ」「FC会員は40万なのに売り上げは11万って、まったく比例してない。名義を増やしてコンサート行くより、CDの売り上げ枚数伸ばそうよ」「これからの露出度にも関わってくるから『INTER』買って。キスマイに会うのも大事だけど、売り上げって必要」などと、ファンの間で呼びかけあっている。

「これまで新曲PRの場として機能していた『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)が終了し、今作は発売前に『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)にも出演しなかったため、PRする場が少なかったのも売り上げ低迷の一因として挙げられます。さらに、1月4日には派生ユニット・舞祭組のシングル『道しるべ』がリリースされ、1年10カ月ぶりの新曲だけに、ファンは週間1位ゲットに燃え、購入に励んでいました。また、コンサートについても、3月下旬にチケット料金を振り込む予定となっているため、ファンの“懐事情”が今作の売り上げに影響しているのかもしれません。」(同)

 この1年間、新たなファンを掴めるようなドラマ・バラエティでの目立つ活躍は見られなかったKis‐My‐Ft2。各シングルによって付随するイベントや特典内容が違うため、売り上げ枚数にバラつきが出るのは当然だが、CD売り上げや人気を含め、今後の盛り返しに期待したい。

「あの子と一緒は嫌!」堀北真希の引退で思い出される、宮崎あおいとの確執

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 2月28日、堀北真希が芸能界引退を表明したことで、業界関係者やファンからの惜別の声が後を絶たない。そんな中、2日発売の「週刊文春」(文藝春秋)では、宮崎あおいが岡田准一と結婚するのではないかと報じている。  実は、そんな堀北と宮崎の2人が、過去の撮影現場でバチバチのバトルを繰り広げていたことがある。 「2008年に放送された、宮崎主演のNHK大河ドラマ『篤姫』でのこと。堀北は宮崎のライバル役を演じたのですが、当時の週刊誌では、2人の確執ぶりが、たびたび報じられています。事の始まりは、撮影が始まった当初、芸歴も年齢も後輩の堀北が宮崎の楽屋まであいさつしに行こうとしたところ、『来なくていい』と断られ、それ以来、堀北はスタジオでも必要以上のことをしゃべらなくなり、現場は寒々しい空気になったとか」(テレビ関係者)  さらに、堀北がフジテレビの月9ドラマ『イノセント・ラヴ』の主演に抜擢されたことで、ただでさえ厳しい『篤姫』のスケジュールがさらにタイトに。ベテランのテレビ誌ライターがこう続ける。 「主演の宮崎はそれが許せなかったらしく、『あの子と一緒の取材は嫌!』と拒否していました。ドラマの中では、敵対していた2人が徐々に互いを認め、心を許し合う設定でしたが、現実の雪解けは最後まで来なかった」  ほぼ同時期に世間をにぎわした2人には、やはりどこか因縁めいたものを感じる……。

5年ぶりのワンマンライブを終えて——姫乃たまはアイドルになれたのか?

——地下アイドル“海”を潜行する、姫乃たまがつづる……アイドル界を取り巻くココロのお話。


170228_himeno01.jpg  割れんばかりの歓声に包まれながら、観客に背を向けないよう、笑顔で手を振って舞台から立ち去る。  満員の客席では、誰もが笑っていて、穏やかな夢でも見ているような表情をしていた。舞台袖の床に貼られた見切れ線のテープを越えた瞬間、私は楽屋へつながる階段の手すりにすがって、目頭を押さえた。  演奏を終えたゲストミュージシャンたちが、私の姿を見て拍手をしながら微笑んでいる。楽屋の前で待ってくれていたヘアメイクさんが、そっと微笑みながら、私とカメラマンだけを楽屋へ入れて、外から扉を閉めた。楽屋の白い蛍光灯が、ワンマンライブの終演を告げる。  私は、アイドルになれたのだろうか。 ■僕とジョルジュ――世代を越えてサブカルチャーが交錯する、東京のアンダーグラウンド  2017年2月7日、渋谷WWWで私は五年ぶりにワンマンライブ「アイドルになりたい」を開催した。18歳で開催した最後のワンマンライブから、会場の規模は倍以上になっていたが、ソロアルバム『First Order』をリリースしたことや、バンド「僕とジョルジュ」のメンバーに恵まれたことなど、数々の幸運が重なっていた。さらに、東京キララ社やディスクユニオンの社員さんたちをはじめ、振付師の方や、映像、照明などの技術を持った周囲の人たちが自然と集まって協力してくれたことで、フリーランスで活動していることの不自由を何も感じないほど、さまざまな人に支えられて当日を迎えることができた。  朝早くから、とんでもなく高いところに登って装飾している美術さんたちを見学し、夕方までのリハーサルを経て、楽屋で歌いながらヘアメイクをしてもらっている頃、WWWのゆるやかな螺旋階段を降りて来場してくださった方々には、1枚ずつ香水を振りかけた御礼状が配られていた。 170228_himeno02.jpg  いつものライブと違って、直接お話できない人がたくさんいるのは寂しいことだったので、少しでも気持ちが伝わればと思っていた。  ロビーでは、音楽や演技を生業としている豪華なスタッフさんたちが、この日に発売された新譜や写真集を販売してくれており、客席は和ラダイスガラージの中村保夫さんによるDJで、ゆったりとしたダンスフロアと化していた。  後から知ったのだけれど、この時、ロビーと言わず、客席と言わず、至るところで、あらゆる人々の再会が繰り広げられていたそうだ。昔ミュージシャンだった人が、レーベルで働いていた人が、作家だった人が、そのファンや関係者が、「えっ、なんで地下アイドルのライブにいるの?」を枕詞にして再会を喜んでいたという。  これは、ずっと誰かの共通言語になりたいと思って活動してきた私にとって、嬉しい話だった。ただ、どうしてそれがこの日に現実になったのか、私にはわからない。もったいないことである。  楽屋のモニターから、開演前の舞台と、満員のフロア前方を見ていた。すでに400人以上の観客が駆けつけていて、一度退出したら戻って来られないほど混雑していたことを、この時の私はまだ知らない。  いつもより派手にドレスアップした状態で、「僕とジョルジュ」のメンバーと合流する。少し気恥ずかしい。人懐こいパーカッションのシマダボーイ君が私を見て笑い、唯一の女性演奏家であるキーボードの金子麻友美さんが「わあ」と声をあげた。  やがてDJの音が大きくなり、次々と歓声があがった。  開演を知らせるブザーとともに幕が開けて、フランス映画のキスシーンがモノクロで立て続けに映し出される。最初に佐藤優介さんが舞台に上がり、「僕とジョルジュ」のジングルをキーボードでループ演奏すると、続けて佐久間裕太さんが登場して、ドラムで思い切りの良いビートを刻んだ。彼らとバンド・スカートとして活動しているギターの澤部渡さん、ベースの清水搖志郎さん、シマダボーイ君も次々と舞台に上がり、ドラムを軸にそれぞれが好きな音でめいめいセッションを始める。  私は、最も舞台袖の近くで演奏していた金子さんの横顔をしばらく眺めてから、舞台に上がった。春一番のように重たくまとまった歓声の中に、私の名前を呼ぶ声がいくつも聞こえた。  2015年からずっとアンセムである『恋のすゝめ』に続いて、この日発売のアルバムから最新のアンセム『悲しくていいね』を初披露した後、『巨大な遊園地』まで演奏すると、ゲストミュージシャンの有賀幼子を舞台に招き入れた。  突然現われたおばあさんに一瞬、会場がどよめく。彼女は私の祖母である。 170228_himeno03.jpg  何度かの交渉の末、「冥土の土産に」という理由で、この日発売された写真集、『号外 地下しか泳げない通信』で私が着用していたワンピースを着て、彼女は舞台に上がってくれた。私と手を繋いでキーボードの前まで進んだ祖母は、みんなに見守られながら、思い切り鍵盤を叩いた。 彼女の叩いた音がループし、さらにもうひとつ叩いた音がループし、音がどんどん重なって厚くなっていく。人はやがて子どもに戻る。私はあと何年、この人と生きていけるのだろう。子どもの落書きのように無秩序で、しかしすごいものを作りたいという勢いのこもった音が鳴り続ける。それに合わせて、再びバンドのセッションが始まり、祖母と入れ替わりでゲストボーカルの山崎春美さん(タコ/ガセネタ)が登場した。私たちは音に合わせて、ひたすらうねうねと踊り、時々歌をうたった。  この時のことを、宗像明将さんは「東京インディーズバンドシーンの過去と現在が交錯した瞬間」とレポートに書いている。そこには、「文化的なコンテクスト(アイドル、東京インディーズバンドシーン、呪われたサブカルチャー)の交錯」が、私という地下アイドルのプラットホームに根付いて発展していたと、まとめられていた。  私はそれを他人事のように、「わあ、なんかすごそう」と思って読み、これまたどうして、そういうことになったのかまったくわからないのだった。そもそも私は、あまり物を知らないし、何についてもあまり知識がない。  私はただこの日まで、すべての人を受け入れて、その中で居心地のいい人と一緒に過ごしてきただけだった ■姫乃たまソロセット――「アイドルになりたい」  白い羽があしらわれた、思い切りアイドルらしいミニドレスに着替えた。「僕とジョルジュ」の楽器が撤収されて、がらんとした舞台にひとりで立ち、幕が開けるのを待つ。いつもと同じ条件で戦えるように、ソロの出番にはバンドでなく、カラオケを用意してあった。地下アイドルとしてのソロセットが始まる。  今回の公演では、普段のライブでは凝ることができない演出に、準備期間の多くを割いた。まずVJの映像は、舞台の背景とフロア両サイドの併せて三面に、なるべく大きく映し、舞台の天井には大きな立方体の箱をいくつか吊って、プロジェクションマッピングでそれぞれの面に映像を映し出した。その映像を活かしつつ、舞台が暗くならないように、照明さんが最後まで調整してくれた。  また、すべての楽曲は照明さんによって楽譜に書き起こされ、最初から最後まで曲と合うように照明の展開はすべて決めてあった。それから音響を、「僕とジョルジュ」のレコーディングを担当してくれている馬場友美さんにお願いしたおかげで、技術的にも、精神的にも、非常に安定した。トラブルが起きる度、馬場ちゃんの対応の速さと笑顔に救われた。  ソロセットは、アルバム『First Order』の全曲と、7インチレコードの楽曲『たまちゃん!ハ~イ c/w おんぶにダッコちゃん』の楽曲から成り立つ。序盤は勢いを損なわないように、『来来ラブソング』『ねえ、王子』『マジで簡単なコネクション』『DSK019』とアルバム通りの曲順に、一気に歌って踊った。 『ねえ、王子』では、水野しずちゃんが描き下ろしてくれたイラストの私が、舞台上の私と一緒に映像の中で踊っていた。そのほかの3曲は、ワンマンライブに向けてイベントを開き、振付師のNachuさんとファンの人たちと1から作り上げた振付だった。客席のファン人たちを見ながら、ああでもないこうでもないと話し合った振付会を思い出す。  もっとも映像と私が融合していたのは、中盤の『愛はさかあがり』だろう。パリ万博の「動く歩道」をモチーフにしたもので、背景で動いている歩道に私が飛び乗ると、歩道に乗って移動できるというものだ。岸野雄一さんが音楽劇「正しい数の数え方」で披露していた演出で、最初はこれがやりたくて映像の導入を決めたのだった(だって楽しそうじゃないですか……!)。  終盤になるにつれて、ヒップホップダンスとジャズダンスを混ぜた、踊る楽曲が増えてくる。藤井洋平さん作曲の『そういうこと』を歌い終わると、私を照らしていたスポットライトが消え、次にスポットライトがついた時、そこにはギターを持った藤井洋平さんが立っていた。  その間、私は楽屋に戻り、赤いドレスに着替えていた。髪に薔薇の生花をあしらってもらっている時、モニターで見た藤井洋平さんのギターソロは、プリンスが再来したようだった。アルバムの中で問題曲とされていた『人間関係』のイントロが流れ、藤井さんがギターを鳴らすと、私は歓声に包まれて舞台に戻った。東京の夜景や、ミラーボールの映像を背景に、藤井さんと歌う。この日までファンの人にも披露していなかった『人間関係』の振付は、ロックを取り入れたせいか、コアなファンからも驚きの声があがった。今まで私が、汗をかくまで歌うことや、かっちりとしたダンスを避けてきたからだと思う。  セットリストが残り2曲になった時、他愛のないMCをした。いきなりステーキに初めて行った時、300グラムのステーキが1300円で売られていて、もうこれはいつかタダになるんじゃないかと思って驚いた話。いきなりステーキがタダになった時、きっとチェーン店の安居酒屋もタダになって、医学の発展で私たちの寿命は600歳になる。そしたら、ずっと長く一緒にいられますね、という話だった。人間の心臓はどんなに保っても~とか、野暮なことを言う人は誰もいなかった。  踊っている時、客席と私は、見る人と見られる人にわかれて、関係が一方通行になってしまう。舞台で話している時、ひとりひとりの相槌や表情を見ることで、やっと私たちは向き合える気がする。  最後に、『くれあいの花』を歌う。宇宙に放り出されたような映像と、暗い照明と、無機質な振付。私が指をさすと、星が点滅するように、頭上の箱がひとつずつ光った。すべての関係者が、不思議とこの曲には最初からまったく同じイメージを抱いていた。この時ようやく、私たちの力が足し算からかけ算にかわるのを感じて、最後のサビで少しだけ声が震えた ■アンコール――怒り、そして涙の真相  アンコールでは、古くから親交のある3人のミュージシャン(JOHN★MANJIRO-metal[Gt.]、msys[Gt.]、STX[Ba.])と一緒に、デビュー曲『三両列車でにゃんだりあ』を演奏しようと準備していた。彼らがすでにセットしてあるはずの楽器を、いつまでもいじっているのでおかしいと思ったら、突然、「僕とジョルジュ」のメンバーが机と椅子、ワインやステーキを持って現われて、私を座らせた。よくわからないまま、客席をバックに集合写真を撮り、労われるままステーキを口に運んだら、舞台に映像が映し出された。   有志のファンが制作した『ねえ、王子』をみんなで踊った映像である。若林美保さんにアーバンギャルドの松永天馬さんや大谷能生さん、DARTHRAIDERさんに漢a.k.aGAMIさんと、仕事で関わりのある人たちから、いったいどうやって集めたのか、友人、両親まで映っていた。その合間に踊るファンの人たちが映る。ここで自分の姿を映像で流したかったファンの気概を感じた。私のワンマンライブは、ファンの人たちの晴れ舞台だったのだ。  お礼として演奏した『三両列車でにゃんだりあ』は、イントロが18歳の時に手売りしていたセカンドシングル『少女の脚を汗が伝う、夏の涼風に制服は翻る。』のイントロにリアレンジされていた。曲の終盤にはハート型の赤い風船が客席後方から、私の元へ降ってきた。舞台はハートでいっぱいになり、私は親友から受け取った大きな花束を抱えていた。  後にファンの人が、「客席後方から風船出す時、満員で大変でさあ。あんなに人が来るなんて思ってなかったから」と、私より自慢げに話すので笑ってしまった。応援し続けてくれたファンの人たちのおかげです。感謝しています。 *  *  *  楽屋で、「悔しい」という自分の声を聞いた。モニターには終演後の客席が映っていて、ファンの人たちのはしゃぐ姿が見えた。カメラマンに「涙の理由はなんですか?」と聞かれて、私は「ムカつく!!!」とカメラを睨んで泣いた。誰でも受け入れて、人を幸せにする、姫乃たまのパブリックイメージから、噴出するように私は怒っていた。  ワンマンライブは紛れもなく幸せな空間だったと思う。私はこれまで、歌うことと踊ることを建前にして、人を幸せにすることを本質に活動してきた。  この日、歌も踊りも演出も、それをプロデュースしたことも賞賛され、「アイドルとして上にあがったね」と言われ、メジャーレーベルに勧める関係者も何人かいた。熱心なファンは、「間違いなく人生で1番の日だった」と言ってくれたし、出版関係の人たちは、「姫乃さんってアイドルだったんですね!」と驚いていて、勇気を出して初めて足を運んでくれた人たちからは、「救われました」「人生の居場所を見つけました」「なぜかわからないけど涙が出ました」と、ありがたいメッセージをたくさんいただいた(まるで教祖になったみたい!)。握手した時に泣いている女の子がいて、彼女の胸元には私の缶バッチが光っていた。可愛い女の子だった。すべての人の言葉が、感情が、何もかもが純粋だった。  一方で私は、褒められれば褒められるほど、ファンが幸せになってくれたことを知れば知るほど、胸に残っているわだかまりの理由に気づかされてしまった。自分は今まで、自分よりも人のことを考えて活動してきたつもりだった。それも本当のことだけれど、実のところ私は自分と戦っていたのだ。私は人に認められたいとか認めさせたいとかじゃなくて、ずっと私と戦っていた。ちやほやされたいなんて欲求は、活動を始めたその日に充分満足している。それよりももっと、私は、私に、私を満足させてほしかった。限界を越えた能力を発揮することで、自分を驚かせてほしいと、どこかで思っていたのだ。  この日ひとりだけ、ミスを起こし続けた関係者がいた。それが結果的にさまざまな人に迷惑をかけることになり、いくつかの大きなトラブルにも繋がった。一度しか面識のない外注の人で、私はどう対応したらいいかわからず、リハーサルの段階からひたすら困惑し続けた。結局私は、舞台に集中するため、ミスを起こすスタッフに途中で見切りを付ける労力を惜しんだ。その結果、本番で他人のトラブルに気を引かれて、限界以上の能力を発揮することはできなかった。もし、きちんと判断できていたら、すべての場面で『くれあいの花』と同じくらいのことが起こっていたかもしれない。私の能力はその程度だった。私は私と戦って、完全に自分に負けたのだ。  打ち上げで涙の真相を聞いた友人が、ぎょっとしながら、「それ、5年前と同じじゃん」と言うので、今度は私が驚いてしまった。自分ではすっかり忘れていたのだけど、5年前のワンマンライブが終わった時、私は「悔しい」と言って泣いていたらしい。笑顔の写真しか残っていなかったので、すっかり忘れていた。  私は一体、後何百年あったら、アイドルとしての自分に満足できるのだろうか。 ●姫乃たま 1993年2月12日、下北沢生まれの地下アイドル/ライター。アイドルファンよりも、生きるのが苦手な人へ向けて活動している、地下アイドル界の隙間産業。16才よりフリーランスで地下アイドル活動を始め、ライブイベントへの出演を中心に、文筆業も営む。そのほか司会、DJとしても活動。音楽作品に『First Order』『僕とジョルジュ』、著書に『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー社)がある。7インチレコード「恋のすゝめ」「おんぶにダッコちゃん」をリリース。 ★Twitter<https://twitter.com/Himeeeno

「発達障害は親のせい」はデマ。発達障害の診断は、これからを考えるためのステップ 児童精神科医・姜昌勲さんインタビュー

「発達障害は親の愛情不足のせいであり、近頃は親のしつけがなっていないので発達障害が増えている」という言説がある。近年、保守派の議員に浸透していると指摘される、一種の教育思想「親学」が、同様の主張を展開していることは有名だろう。しかしこうした言説は、決して特定の思想をもった人々だけに見られるようなものではない。今回お話を伺った、奈良市にある「きょうこころのクリニック」の院長で、『あなたのまわりの「コミュ障」な人たち』(ディスカヴァー携書)や『各分野の専門家が伝える 子どもを守るために知っておきたいこと』(メタモル出版、著者多数)などの著者でもある姜昌勲先生はこう話す。 姜「『あんたのしつけが悪いから、子どもが発達障害になった』と話す人は臨床現場でも頻繁に見られます。よくあるのは、理解のないおじいちゃんおばあちゃん、そして古い考え方をしている学校の先生ですね。ようは勝ち組の理論なんですよ。『私はうまいことやってきたのに、なんであんたは出来ないの』という。弱者の視点に立っていないんです。もちろん年をとっている人がみなそうだというわけではありません。理解のあるおじいちゃんおばあちゃんもいます。 発達障害は、親の育て方によらない、生まれつきの生物学的疾患です。だから親のしつけなんて関係ない。大間違いなんですよ。もう、アホかバカかって感じなんですけど(怒)。発達障害のお子さんにはやはり育てにくさがあると思うんです。だから他の子どもに比べて、どうしても対応がうまくいかないことも多くなってしまう。それを『しつけがなっていない』『愛情不足』とみなすのは話が違うんじゃないでしょうか」 そもそも保育園・幼稚園に子どもを預けてまで働きに出ようとする親、特に女性に対して、「子どものことより仕事を優先するのか」と批判する声もある。「発達障害は愛情不足のせい」とする人々は、こうした親に「働かないで、家で子どもをみろ」というのかもしれない。 姜「女性が社会進出して、不況も長引いて、旦那さんが一家を支えるような暮らし方はもう通用しないじゃないですか。共働きで支えあうのが当たり前になっています。まるで『お母さんは働いたらいけない』って言っているようですよね。意味が分かりません」 モデルの栗原類が発達障害であることを公表するなど、「発達障害」という言葉は世間にも浸透してきた。だが「発達障害」とは何かを問われても返答に困るのが実際のところだろう。最低限知っておくべき知識とはなにか。 姜「疾患としては大きく分けて2つあります。ADHDと自閉スペクトラム症です。 ADHDは、多動性と衝動性、そして不注意症状の3つが主な特徴です。多動性は文字通り、落ち着きがないこと。誤解されがちなのが衝動性で、これは暴力的という意味ではなく、『待てない』という意味です。順番を待てない、相手が話終わるのを待てない、ということです。不注意症状には、ミスが多かったり、いろんな情報から何が自分にとって大事なのか選択できないという特徴があります。だから片づけができなかったりするわけですね。あとはボーっとしてるとか、人の話が聞けないというのもあります。 自閉スペクトラム症は、社会的なコミュニケーションに問題があったり、興味範囲が狭いことが特徴です。自分のこだわりをやっていると安心するので、そこに集中してしまって、他者からなかなか理解されないんです。 学習障害などその他の発達障害もありますし、それぞれ合併していることもあるので、厳密ではありませんが、まずはADHDと自閉スペクトラム症の2つを抑えておくべきだと思います」 前述の通り、発達障害の原因を親のしつけとする人々は、あわせて発達障害が増えているとも主張する。実際に発達障害が増えているのだろうか。 姜「3つ要因があると思います。ひとつ目は、発達障害という言葉が認知されるようになって、昔は見落とされていたものが診断されるようになったというもの。 ふたつ目がソーシャルサポートスキルの弱化ですね。社会で子どもたちを支える力が弱まり、親も子どももストレスフルになっていることが考えられます。多動で落ち着きがなくても、騒がしくなかったり、周囲がそれを『まあええんや』と受け入れていれば問題はないですよね。でも周りの大人が眉をひそめたり、『親のしつけはどうなっているんだ』って言い出したら、問題視されるわけじゃないですか。そうやって診察にくる親が増えて、実際に発達障害と診断されることが増える、と。 みっつ目は実際に増えている。この3つの要因があると思います。ただどの要因が一番大きいのかはわかりません。いくつかの仮説はありますが、あくまで仮説にすぎません。あと考えられるのは過剰診断ですね。ようは子どもの不適応を何でもかんでも発達障害のせいにしているところもあると思います」 落ち着きがない、コミュニケーションが円滑に取れない人などを、「あいつはアスペだ」「発達障害なんじゃないか」という人々がいる(「アスペルガー症候群」は、2013年に改訂されたアメリカ精神医学会が作成する診断マニュアル「DMS-5」で無くなった)。その際の「発達障害」という言葉は診断名ではなく、ネガティブなもの、スティグマとして用いられているものだ。そこには発達障害への差別意識が透けてみえる。一方、落ち着きのない我が子をみて「この子は発達障害なのではないか」と思う親もいるだろう。 姜「子どもなんて1歳、2歳はみんな落ち着きがないものです。はいはいが出来るようになって、行動範囲が増えれば落ち着きがなくなるので。だからすぐさま『発達障害なんじゃないか』と不安にならなくていいと思います。なんでもかんでも発達障害扱いして、医療に送りこむというのは学校のみならず職場でも見られるんですよね」 発達障害は、愛着不足によって情緒や対人関係に問題が生じる「愛着障害」と間違われがちだとも聞く。 姜「確かに愛着不足などの理由で、発達障害に似た症状が出ることはあります。でも元を辿っていくと、愛着障害なのか、虐待による影響なのか、そもそも発達障害の症状があり、うまく対応できなかった親が虐待をしてしまったのか、明確にわけることなんて無理なんです。だからこそ、原因追及よりも、現実的にどういった支援を取りうるのか、未来志向で考えていくことが大事なんです」 では保育や教育現場において、どういった支援が望ましいのだろうか。 姜「教員の数を増やして困っている子どもをサポートするような人的支援も必要だと思います。ただスペシャリストを作るよりは、みんなが理解して、適切な対応方法を少しでも知っておくのが大切なんじゃないでしょうか。対応を知らないから、のけ者にしようとする。うまく対応できれば、みんな『やっていけるじゃないか』と、協調して生きていく社会になると思うんです。成功すればするほど本人も、支援者も自信がつくじゃないですか」 学校現場でも、親学と通底するような教育が見られる中、こうした理解も支援もまだまだ不足しているのが現状だろう。最後に、子育て中の親御さんに向けてメッセージを伺った。 姜「子どもが生まれて不安はたくさんあると思います。声を大にして言いたいのは、我慢しないで欲しいということ。一人で抱え込まないで欲しい。助けを求めて欲しい。しんどいときはしんどいって言う。どうしていいかわからないときは、どうしていいかわからないって言う。いろんな人に頼る。発達障害と診断されたかどうかとは関係なく、育児に不安を抱えているなら、それを心がけて欲しいです。 その中で、子どもが発達障害なんじゃないかと思ったら迷わず診察を受けに行ってください。医療機関を受診するのは、子どもが病気扱いされるために行くわけじゃなくて、プロの治療者・支援者と一緒に、どういう風にしていったらうまくいくかを考えていくためです。診察を受けるためだけに医療機関に行くと考えないで欲しいですし、診断されることをネガティブなものと捉えないで、これからのことを考えるためのステップだと思ってもらいたいですね」 (聞き手・構成/カネコアキラ)

嵐・櫻井翔と交際の小川彩佳アナ、“合コン女王”だった!? “清楚”ではない知られざる素顔

 嵐・櫻井翔とテレビ朝日アナウンサー・小川彩佳の交際が報じられ、所属タレントの熱愛報道に厳しいジャニーズ事務所が「親しい友人の一人」などと、交際を否定しないコメントを発表したことが注目を集めている。スポーツ紙の芸能デスクは、「小川アナが“報道関係者”というクリーンなイメージだからこそ容認されているのでしょうが、彼女にはジャニーズ側に知られていない“裏の顔”があった」と証言する。  櫻井と小川の熱愛をスクープしたのは、2月27日発売の「週刊ポスト」(小学館)。同誌によると、2人はバレンタインデーや同20日の小川の誕生日などを含む11日間にわたり“密会”を重ねていたという。 「今やジャニーズをけん引する嵐メンバーの熱愛スキャンダルとあって、本来なら事務所はマスコミ各社に後追い報道を封殺するはずなのですが、今回はわざわざコメントを出したばかりか、『友人』としてではあるものの、交友関係を認めました。昨年末に松本潤が、AV女優の葵つかさとの逢瀬がスクープされた時は、マスコミ各社に強力な圧力をかけ、スキャンダルを広めないようにしていたものの、小川アナは『報道ステーション』のサブキャスターという肩書もあってか、事務所の“お眼鏡に敵った”ということでしょう」(テレビ局関係者)  しかし、それはあくまでも表面的なイメージであって、実際の小川アナには、“知られざる一面”が存在していたようだ。 「実は、小川アナはああ見えて恋愛に積極的で、昨年は『報ステ』の放送が終わると、連日のように深夜、合コンに繰り出していました。そんな彼女がいつの間にか櫻井をゲットしていたとあって、合コン三昧の日々を知る関係者はみんな驚いています」(前出・デスク)  たしかに、毎夜のごとく合コンに参加しているとなると、これまで報じられてきた“小川アナ=清楚”というイメージは崩壊してしまう。 「それに、局内でも数年前、一回り近く年上の社員と交際していたことがあったし、一時期はある二世俳優とも付き合っていたという報道もあった。彼と破局後に付き合った一般男性とは婚約の話も出ていただけに、その人と別れたのは小川アナにとって相当なダメージだったのでは。だからこそ、積極的に合コンに参加して新たな出会いを求めていたのかもしれませんね」(同)  ジャニーズが櫻井との交際を容認しているとはいえ、すぐに結婚ということは到底考えられない。それまでに思わぬ人物から小川アナの“過去の話”を暴露されないことを願うばかりだ。

金正男氏に続き、金正恩にも影武者説が……日本の“北朝鮮報道”の正しい見方とは

金正男氏に続き、金正恩にも影武者説が……日本の北朝鮮報道の正しい見方とはの画像1
Facebookにあった正男氏の写真
 北朝鮮の金正男氏が先月13日、マレーシアのクアラルンプール空港で女2人に白昼堂々暗殺された。  実行犯として逮捕・起訴されたのは、ベトナム国籍とインドネシア国籍の女2人だが、事件の背後には、当然北朝鮮の暗殺部隊がいる。  そんな中、マスメディアは連日この問題を大きく扱い「ああでもない、こうでもない」と議論を繰り返している。大手紙社会部記者は「事件の真相はマレーシア当局もわかっていないのだから、我々日本のメディアがたどり着けるはずがない。こうなると、もう企画力勝負。現地のニュースサイトから情報を拾って、『こうなれば面白いなぁ』という見立てで、専門家にコメント取材するしかない」と苦笑する。  すでに正男氏の最後の写真とされる1枚には、あるはずのタトゥーがなかったことから、影武者説が浮上しているが、今週発売「週刊現代」(講談社)では、正男氏だけでなく、暗殺を指示したとされる金正恩氏の影武者説も報じられた。同誌によれば、本物の正恩氏は数年前の交通事故で、すでに亡くなっている可能性があるという。  ほかにも「週刊新潮」(新潮社)では、暗殺事件は北朝鮮の仕業ではなく、韓国の「秘密グループ」が仕掛けたものと報じられた。これは、そのまま現在の北朝鮮の言い分と同じだ。  ある週刊誌記者は「もうなんでもアリです。暗殺というダークなネタは読者の引きもいいから、とにかく目立ったモノ勝ち。日本の公安部なんかに聞いても、金正男氏に関する情報は全く出てきませんからね。日本の諜報機関は、こういうときに弱すぎる。本気で金正男、金正恩両氏の“影武者説”を信じている人もいるくらいです」と話す。  北朝鮮についての報道は、オカルト話の類いと思った方が良さそうだ。