——地下アイドル“海”を潜行する、姫乃たまがつづる……アイドル界を取り巻くココロのお話。

割れんばかりの歓声に包まれながら、観客に背を向けないよう、笑顔で手を振って舞台から立ち去る。
満員の客席では、誰もが笑っていて、穏やかな夢でも見ているような表情をしていた。舞台袖の床に貼られた見切れ線のテープを越えた瞬間、私は楽屋へつながる階段の手すりにすがって、目頭を押さえた。
演奏を終えたゲストミュージシャンたちが、私の姿を見て拍手をしながら微笑んでいる。楽屋の前で待ってくれていたヘアメイクさんが、そっと微笑みながら、私とカメラマンだけを楽屋へ入れて、外から扉を閉めた。楽屋の白い蛍光灯が、ワンマンライブの終演を告げる。
私は、アイドルになれたのだろうか。
■僕とジョルジュ――世代を越えてサブカルチャーが交錯する、東京のアンダーグラウンド
2017年2月7日、渋谷WWWで私は五年ぶりにワンマンライブ「アイドルになりたい」を開催した。18歳で開催した最後のワンマンライブから、会場の規模は倍以上になっていたが、ソロアルバム『First Order』をリリースしたことや、バンド「僕とジョルジュ」のメンバーに恵まれたことなど、数々の幸運が重なっていた。さらに、東京キララ社やディスクユニオンの社員さんたちをはじめ、振付師の方や、映像、照明などの技術を持った周囲の人たちが自然と集まって協力してくれたことで、フリーランスで活動していることの不自由を何も感じないほど、さまざまな人に支えられて当日を迎えることができた。
朝早くから、とんでもなく高いところに登って装飾している美術さんたちを見学し、夕方までのリハーサルを経て、楽屋で歌いながらヘアメイクをしてもらっている頃、WWWのゆるやかな螺旋階段を降りて来場してくださった方々には、1枚ずつ香水を振りかけた御礼状が配られていた。

いつものライブと違って、直接お話できない人がたくさんいるのは寂しいことだったので、少しでも気持ちが伝わればと思っていた。
ロビーでは、音楽や演技を生業としている豪華なスタッフさんたちが、この日に発売された新譜や写真集を販売してくれており、客席は和ラダイスガラージの中村保夫さんによるDJで、ゆったりとしたダンスフロアと化していた。
後から知ったのだけれど、この時、ロビーと言わず、客席と言わず、至るところで、あらゆる人々の再会が繰り広げられていたそうだ。昔ミュージシャンだった人が、レーベルで働いていた人が、作家だった人が、そのファンや関係者が、「えっ、なんで地下アイドルのライブにいるの?」を枕詞にして再会を喜んでいたという。
これは、ずっと誰かの共通言語になりたいと思って活動してきた私にとって、嬉しい話だった。ただ、どうしてそれがこの日に現実になったのか、私にはわからない。もったいないことである。
楽屋のモニターから、開演前の舞台と、満員のフロア前方を見ていた。すでに400人以上の観客が駆けつけていて、一度退出したら戻って来られないほど混雑していたことを、この時の私はまだ知らない。
いつもより派手にドレスアップした状態で、「僕とジョルジュ」のメンバーと合流する。少し気恥ずかしい。人懐こいパーカッションのシマダボーイ君が私を見て笑い、唯一の女性演奏家であるキーボードの金子麻友美さんが「わあ」と声をあげた。
やがてDJの音が大きくなり、次々と歓声があがった。
開演を知らせるブザーとともに幕が開けて、フランス映画のキスシーンがモノクロで立て続けに映し出される。最初に佐藤優介さんが舞台に上がり、「僕とジョルジュ」のジングルをキーボードでループ演奏すると、続けて佐久間裕太さんが登場して、ドラムで思い切りの良いビートを刻んだ。彼らとバンド・スカートとして活動しているギターの澤部渡さん、ベースの清水搖志郎さん、シマダボーイ君も次々と舞台に上がり、ドラムを軸にそれぞれが好きな音でめいめいセッションを始める。
私は、最も舞台袖の近くで演奏していた金子さんの横顔をしばらく眺めてから、舞台に上がった。春一番のように重たくまとまった歓声の中に、私の名前を呼ぶ声がいくつも聞こえた。
2015年からずっとアンセムである『恋のすゝめ』に続いて、この日発売のアルバムから最新のアンセム『悲しくていいね』を初披露した後、『巨大な遊園地』まで演奏すると、ゲストミュージシャンの有賀幼子を舞台に招き入れた。
突然現われたおばあさんに一瞬、会場がどよめく。彼女は私の祖母である。

何度かの交渉の末、「冥土の土産に」という理由で、この日発売された写真集、『号外 地下しか泳げない通信』で私が着用していたワンピースを着て、彼女は舞台に上がってくれた。私と手を繋いでキーボードの前まで進んだ祖母は、みんなに見守られながら、思い切り鍵盤を叩いた。
彼女の叩いた音がループし、さらにもうひとつ叩いた音がループし、音がどんどん重なって厚くなっていく。人はやがて子どもに戻る。私はあと何年、この人と生きていけるのだろう。子どもの落書きのように無秩序で、しかしすごいものを作りたいという勢いのこもった音が鳴り続ける。それに合わせて、再びバンドのセッションが始まり、祖母と入れ替わりでゲストボーカルの山崎春美さん(タコ/ガセネタ)が登場した。私たちは音に合わせて、ひたすらうねうねと踊り、時々歌をうたった。
この時のことを、宗像明将さんは「東京インディーズバンドシーンの過去と現在が交錯した瞬間」とレポートに書いている。そこには、「文化的なコンテクスト(アイドル、東京インディーズバンドシーン、呪われたサブカルチャー)の交錯」が、私という地下アイドルのプラットホームに根付いて発展していたと、まとめられていた。
私はそれを他人事のように、「わあ、なんかすごそう」と思って読み、これまたどうして、そういうことになったのかまったくわからないのだった。そもそも私は、あまり物を知らないし、何についてもあまり知識がない。
私はただこの日まで、すべての人を受け入れて、その中で居心地のいい人と一緒に過ごしてきただけだった。
■姫乃たまソロセット――「アイドルになりたい」
白い羽があしらわれた、思い切りアイドルらしいミニドレスに着替えた。「僕とジョルジュ」の楽器が撤収されて、がらんとした舞台にひとりで立ち、幕が開けるのを待つ。いつもと同じ条件で戦えるように、ソロの出番にはバンドでなく、カラオケを用意してあった。地下アイドルとしてのソロセットが始まる。
今回の公演では、普段のライブでは凝ることができない演出に、準備期間の多くを割いた。まずVJの映像は、舞台の背景とフロア両サイドの併せて三面に、なるべく大きく映し、舞台の天井には大きな立方体の箱をいくつか吊って、プロジェクションマッピングでそれぞれの面に映像を映し出した。その映像を活かしつつ、舞台が暗くならないように、照明さんが最後まで調整してくれた。
また、すべての楽曲は照明さんによって楽譜に書き起こされ、最初から最後まで曲と合うように照明の展開はすべて決めてあった。それから音響を、「僕とジョルジュ」のレコーディングを担当してくれている馬場友美さんにお願いしたおかげで、技術的にも、精神的にも、非常に安定した。トラブルが起きる度、馬場ちゃんの対応の速さと笑顔に救われた。
ソロセットは、アルバム『First Order』の全曲と、7インチレコードの楽曲『たまちゃん!ハ~イ c/w おんぶにダッコちゃん』の楽曲から成り立つ。序盤は勢いを損なわないように、『来来ラブソング』『ねえ、王子』『マジで簡単なコネクション』『DSK019』とアルバム通りの曲順に、一気に歌って踊った。
『ねえ、王子』では、水野しずちゃんが描き下ろしてくれたイラストの私が、舞台上の私と一緒に映像の中で踊っていた。そのほかの3曲は、ワンマンライブに向けてイベントを開き、振付師のNachuさんとファンの人たちと1から作り上げた振付だった。客席のファン人たちを見ながら、ああでもないこうでもないと話し合った振付会を思い出す。
もっとも映像と私が融合していたのは、中盤の『愛はさかあがり』だろう。パリ万博の「動く歩道」をモチーフにしたもので、背景で動いている歩道に私が飛び乗ると、歩道に乗って移動できるというものだ。岸野雄一さんが音楽劇「正しい数の数え方」で披露していた演出で、最初はこれがやりたくて映像の導入を決めたのだった(だって楽しそうじゃないですか……!)。
終盤になるにつれて、ヒップホップダンスとジャズダンスを混ぜた、踊る楽曲が増えてくる。藤井洋平さん作曲の『そういうこと』を歌い終わると、私を照らしていたスポットライトが消え、次にスポットライトがついた時、そこにはギターを持った藤井洋平さんが立っていた。
その間、私は楽屋に戻り、赤いドレスに着替えていた。髪に薔薇の生花をあしらってもらっている時、モニターで見た藤井洋平さんのギターソロは、プリンスが再来したようだった。アルバムの中で問題曲とされていた『人間関係』のイントロが流れ、藤井さんがギターを鳴らすと、私は歓声に包まれて舞台に戻った。東京の夜景や、ミラーボールの映像を背景に、藤井さんと歌う。この日までファンの人にも披露していなかった『人間関係』の振付は、ロックを取り入れたせいか、コアなファンからも驚きの声があがった。今まで私が、汗をかくまで歌うことや、かっちりとしたダンスを避けてきたからだと思う。
セットリストが残り2曲になった時、他愛のないMCをした。いきなりステーキに初めて行った時、300グラムのステーキが1300円で売られていて、もうこれはいつかタダになるんじゃないかと思って驚いた話。いきなりステーキがタダになった時、きっとチェーン店の安居酒屋もタダになって、医学の発展で私たちの寿命は600歳になる。そしたら、ずっと長く一緒にいられますね、という話だった。人間の心臓はどんなに保っても~とか、野暮なことを言う人は誰もいなかった。
踊っている時、客席と私は、見る人と見られる人にわかれて、関係が一方通行になってしまう。舞台で話している時、ひとりひとりの相槌や表情を見ることで、やっと私たちは向き合える気がする。
最後に、『くれあいの花』を歌う。宇宙に放り出されたような映像と、暗い照明と、無機質な振付。私が指をさすと、星が点滅するように、頭上の箱がひとつずつ光った。すべての関係者が、不思議とこの曲には最初からまったく同じイメージを抱いていた。この時ようやく、
私たちの力が足し算からかけ算にかわるのを感じて、最後のサビで少しだけ声が震えた。
■アンコール――怒り、そして涙の真相
アンコールでは、古くから親交のある3人のミュージシャン(JOHN★MANJIRO-metal[Gt.]、msys[Gt.]、STX[Ba.])と一緒に、デビュー曲『三両列車でにゃんだりあ』を演奏しようと準備していた。彼らがすでにセットしてあるはずの楽器を、いつまでもいじっているのでおかしいと思ったら、突然、「僕とジョルジュ」のメンバーが机と椅子、ワインやステーキを持って現われて、私を座らせた。よくわからないまま、客席をバックに集合写真を撮り、労われるままステーキを口に運んだら、舞台に映像が映し出された。
有志のファンが制作した『ねえ、王子』をみんなで踊った映像である。若林美保さんにアーバンギャルドの松永天馬さんや大谷能生さん、DARTHRAIDERさんに漢a.k.aGAMIさんと、仕事で関わりのある人たちから、いったいどうやって集めたのか、友人、両親まで映っていた。その合間に踊るファンの人たちが映る。ここで自分の姿を映像で流したかったファンの気概を感じた。私のワンマンライブは、ファンの人たちの晴れ舞台だったのだ。
お礼として演奏した『三両列車でにゃんだりあ』は、イントロが18歳の時に手売りしていたセカンドシングル『少女の脚を汗が伝う、夏の涼風に制服は翻る。』のイントロにリアレンジされていた。曲の終盤にはハート型の赤い風船が客席後方から、私の元へ降ってきた。舞台はハートでいっぱいになり、私は親友から受け取った大きな花束を抱えていた。
後にファンの人が、「客席後方から風船出す時、満員で大変でさあ。あんなに人が来るなんて思ってなかったから」と、私より自慢げに話すので笑ってしまった。応援し続けてくれたファンの人たちのおかげです。感謝しています。
* * *
楽屋で、
「悔しい」という自分の声を聞いた。モニターには終演後の客席が映っていて、ファンの人たちのはしゃぐ姿が見えた。カメラマンに「涙の理由はなんですか?」と聞かれて、私は
「ムカつく!!!」とカメラを睨んで泣いた。
誰でも受け入れて、人を幸せにする、姫乃たまのパブリックイメージから、噴出するように私は怒っていた。
ワンマンライブは紛れもなく幸せな空間だったと思う。私はこれまで、歌うことと踊ることを建前にして、人を幸せにすることを本質に活動してきた。
この日、歌も踊りも演出も、それをプロデュースしたことも賞賛され、「アイドルとして上にあがったね」と言われ、メジャーレーベルに勧める関係者も何人かいた。熱心なファンは、「間違いなく人生で1番の日だった」と言ってくれたし、出版関係の人たちは、「姫乃さんってアイドルだったんですね!」と驚いていて、勇気を出して初めて足を運んでくれた人たちからは、「救われました」「人生の居場所を見つけました」「なぜかわからないけど涙が出ました」と、ありがたいメッセージをたくさんいただいた(まるで教祖になったみたい!)。握手した時に泣いている女の子がいて、彼女の胸元には私の缶バッチが光っていた。可愛い女の子だった。すべての人の言葉が、感情が、何もかもが純粋だった。
一方で私は、褒められれば褒められるほど、ファンが幸せになってくれたことを知れば知るほど、胸に残っているわだかまりの理由に気づかされてしまった。自分は今まで、自分よりも人のことを考えて活動してきたつもりだった。それも本当のことだけれど、実のところ私は自分と戦っていたのだ。私は人に認められたいとか認めさせたいとかじゃなくて、ずっと私と戦っていた。ちやほやされたいなんて欲求は、活動を始めたその日に充分満足している。それよりももっと、
私は、私に、私を満足させてほしかった。限界を越えた能力を発揮することで、自分を驚かせてほしいと、どこかで思っていたのだ。
この日ひとりだけ、ミスを起こし続けた関係者がいた。それが結果的にさまざまな人に迷惑をかけることになり、いくつかの大きなトラブルにも繋がった。一度しか面識のない外注の人で、私はどう対応したらいいかわからず、リハーサルの段階からひたすら困惑し続けた。結局私は、舞台に集中するため、ミスを起こすスタッフに途中で見切りを付ける労力を惜しんだ。その結果、
本番で他人のトラブルに気を引かれて、限界以上の能力を発揮することはできなかった。もし、きちんと判断できていたら、すべての場面で『くれあいの花』と同じくらいのことが起こっていたかもしれない。私の能力はその程度だった。
私は私と戦って、完全に自分に負けたのだ。
打ち上げで涙の真相を聞いた友人が、ぎょっとしながら、
「それ、5年前と同じじゃん」と言うので、今度は私が驚いてしまった。自分ではすっかり忘れていたのだけど、5年前のワンマンライブが終わった時、私は「悔しい」と言って泣いていたらしい。笑顔の写真しか残っていなかったので、すっかり忘れていた。
私は一体、後何百年あったら、アイドルとしての自分に満足できるのだろうか。
●姫乃たま
1993年2月12日、下北沢生まれの
地下アイドル/ライター。アイドルファンよりも、生きるのが苦手な人へ向けて活動している、地下アイドル界の隙間産業。16才よりフリーランスで地下アイドル活動を始め、ライブイベントへの出演を中心に、文筆業も営む。そのほか司会、DJとしても活動。音楽作品に『First Order』『僕とジョルジュ』、著書に『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー社)がある。7インチレコード「恋のすゝめ」「おんぶにダッコちゃん」をリリース。
★Twitter<
https://twitter.com/Himeeeno>