
『劇場版 黒執事 Book of Atlantice』公式サイトより
ファンには今さらと思われるかもしれないが、原作の枢やなが描くコミック『黒執事』(スクウェア・エニックス)について軽く説明しておくと、19世紀末のイギリスを舞台に、家族を殺された復讐のために悪魔と契約した名門貴族ファントムハイヴ伯爵家の13歳の領主で、“女王の番犬”としても暗躍するシエルと、彼に仕える非の打ちどころのない執事セバスチャン(実は彼こそが悪魔である)の主従を主軸に、さまざまな怪事件に遭遇&対処していくもので、2006年から『月刊Gファンタジー』(スクウェア・エニックス)にて現在も連載中。
08年と10年、14年の三度にわたってTVアニメ化され、15年にはOVA『黒執事 Book of Murder』上下巻も発表され、こちらは劇場で先行上映された。また09年には舞台化、14年には実写映画化もされている。
いわゆるイケメンキャラまみれのこのシリーズ、アニメ版ではオリジナルキャラも登場して一層華やかな世界が展開されており、当然ながら女子を中心に大人気ではあるのだが、トウのたったおっさんが見ても十分面白く感じられるのは、やはりシエルとセバスチャンの対立と信頼が合わさった複雑な関係性が作品の主軸としてしっかり据えられているからで、その緊張感があるからこそ、ストーリーに多少の誇張や飛躍が見られてもさほど気にならず、彼らのギスギスした(?)言動を微笑ましく堪能することができるのだ。(舞台は未見。実写版は……ハハハ)
そして17年1月21日より劇場公開となる『劇場版 黒執事 Book of Atlantice』は、原作の中でもファンの人気が高いと言われている《豪華客船編》の映画化で、監督:阿部記之、構成:吉野弘幸などテレビアニメ第3期およびOVAを手掛けたスタッフの多くが参加している。
とはいえ、この《豪華客船編》、多くのファンを敵に回してしまうかもしれないが、個人的にはさほど興の乗るエピソードではない。
要はゾンビ(ただし、噛みつかれた者がゾンビ化することはないようだ)を積んだタイタニック号のような、そのうち事故に遭って沈没する運命にある豪華客船カンパニア号にたまたま乗り合わせたシエルとセバスチャンの活躍を描いたものであり、映画ファンとしては『タイタニック』に『ゾンビ』といった元ネタが露骨すぎて、これが漫画での展開ならば微笑ましく思えるが、銀幕の大画面にかかる映画で同じシチュエーションとなると、どうにもおもばゆいものがあるのだ。
実際、かなりアクティヴな要素を併せ持つエピソードではあるが、ただ一緒にいるだけでそこはかとない素敵な緊張関係が醸し出されていくシエルとセバスチャンの「静」としての魅力が、「動」的設定の数々によって十分引き出されていないのではないかといった懸念もないではない(私自身が、彼らの静的な要素にこそ惹かれているからかもしれないが……)。
もっとも、アクティヴな面が強調されればされるほど、映画としての派手さやケレン味は増幅されていくので、さほどこのシリーズの世界観を熟知していないイチゲンさんでも、死神などの細かい部分はともかくとして、活劇としてのダイナミズムを楽しみながら、ひいては本シリーズのファンになることも期待はできるだろう。
そう思うと、こちらも多少のこだわりはさておいて、映画ならではの醍醐味に身を任せ……たいとは思いつつ、やはりどこか乗り切れないところがある。
特に、この手のイケメン・アニメにありがちではあるが、突然挿入されるギャグ・ショットなど、それが漫画ならブレイクタイム気分で素直に笑えるのだが、そのまま映像に定着させると往々にして化学変化を起こし、お寒い空気が流れてしまうことがままあることを、作り手はもっと意識したほうがよろしいかと思う(『タイタニック』の船首のパロディ・シーンなど、マジに赤面してしまう……)。
もちろん好もしいシーンもいくつかあり、中でもシエルさまLOVEの許婚エリザベスが本性を現してしまうシークエンスに至っては、それだけで本作を見て良かったと思わされるものがあった。
クライマックスのシネマティックレコードのくだりも、もしかしたらこれゆえに『黒執事』ファンは《豪華客船編》を愛してやまないのかもしれないと唸らされる説得力はある。
ところで、私がマスコミ試写会で見せてもらったのは作画がまだ完全ではない版だったのだが、そのせいかちょっと引き気味の画になると、目の位置などが福笑いみたいになっているものもあったりして、なかなか画面に集中できないというか、いや集中すればするほどそういった画が気になって仕方がなかった。
聞くと、公開日に向けて鋭意手直し中ではあるとのことではあったが、やはりこの手の作品は「顔が命」と言っても過言ではないだろうから、どの程度修正されているか、公開後のファンの口コミなども楽しみにしたいものではある。
とりあえず私が見た版の段階では、OVA『Book of Murder』のほうが断然作画は上(というか、見ていてストレスがたまらない)という印象であった。
また、そこで思い出したのだが、OVAは嵐で外界から隔離されたファントムハイヴ家内で起きる連続殺人事件を描いたもので、メイドのメイリンや料理人バルドロイ、庭師フィニアン、そして何といっても家令のタナカさんといった、ファントムハイヴ家の使用人たちが大活躍する。
実は私、『黒執事』キャラの中で、特に彼らが大好きなのだ。
当然、シエルとセバスチャンが屋敷を出て船旅を満喫(?)している今回は、彼らの出番など望むべくもなく(スネークがお供してくれているのはせめてもの救いか)、そうしたモヤモヤ気分を晴らすべく、本作鑑賞後は直帰して、即OVA版を見直してしまった次第。
やはり『黒執事』はアウトドアよりインドアのほうが楽しい!(といった意見に、ファンがどれだけ賛同してくれるかはわからないが……)
(文・増當竜也)