専業主婦の由美子さん(54・仮名)。結婚30年、夫は3つ年上の会社員である。一人っ子の息子は成人して家から巣立った。上質そうなグレーのニットアンサンブルをまとい、自らを「慎ましい世代」と語る由美子さんが、いま向き合っている更年期とは――。
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▼更年期を心地よく過ごしたい。40~50代の生と性に向き合う
初交際の男性と結婚して30年
――おいくつで結婚されたんですか?
「24歳で結婚しました。なにも知らないウブなままで」
――何も知らない?
「はい、もちろん生娘(処女)です。いまの若い人には信じられないかもしれないけれど、私たちの時代は珍しいことではありませんでしたよね。私はお見合いですが、たとえ恋愛結婚だったとしても、初めて一線を越えた人とそのまま結婚、というパターンが圧倒的に多かったと思います」
――たしかに、30年前の日本の男女交際って、いまとは全く様子が違いました。
「25歳を過ぎたらクリスマスケーキ、って、そういう考えを誰もが普通に持っていた時代ですからね。親も娘が商品価値のある年齢のうちに、清いままで結婚させたかったんだと思いますよ、親が認めた男性と。でもね、同じ世代でも27~28歳で結婚した友人はまた少し感覚が違う人もいるんです。なぜならバブルを挟んでいるから。あの時代を独身で過ごした女性たちは、もっといろいろオープンかもしれないなぁ」
――バブルは男女交際や性のあり方まで変えてしまったということなんですね。
「それはあるような気がします。やっぱりね、あの時代の浮かれ方は尋常じゃなかったですから」
――では現在57歳だという旦那さまについてお聞きしたいんですが、どんな方ですか?
「優しい人だと思います。怒ったり、声を荒らげたりは滅多にないかな。私が友達と食事や旅行に行くことについてもわりと自由にさせてもらっていますし。でも夫を上手に操るにはね、テクがいるんです」
――テクですか!?
「友達と出かける話を切りだすときには、『×日にお友達と食事に行きたいんだけど行ってもいいかな?』というふうに話さないとダメ。まずはお伺いをたてること。もう約束しちゃったからなにがなんでも出かけますよ、なんてそぶりは決して見せないです。だって機嫌が悪くなっちゃうでしょ」
――女は家にいるものだ!という考えが旦那様の根底にある?
「そこまではないと思います。でも男の人って基本、寂しがりやでしょ? だからなるべく家にいてほしいんじゃないかな。それにね、家事は一切しない人なので。いまでこそスローダウンしたけど、昔はそれはもう典型的なスーパービジネスマンでした」
――1988年に「24時間戦えますか?」というキャッチコピーの栄養ドリンクのコマーシャルが流行りましたけれど。
「まさにそれ。平日は夜中1時頃に帰ってくるのが普通。そこからご飯食べて寝て、朝6時に起きてまた会社に。我が夫ながら、よくこれで生きてるなぁって思ってましたよ。ほんとに結婚してすぐからそんな生活スタイルだったので、これが普通なんだろうなと私も思っていて、特に淋しいとか満たされなさを感じたりはしませんでしたけど。周囲を見渡しても、どこも同じ感じでしたから」
――その状態で夫婦生活、つまりセックスはどうなっていたんでしょう。
「ほとんどなかったですよ。基本的に土日は休みだったんですけど、結局土曜日もほとんど休日出勤でね。そんなこと、する暇もないって感じでした」
――新婚当初から性生活がほとんどないとなると、不安はありませんでしたか。果たしてこれでいいのだろうか、って。
「私は毎日楽しかったので特になかったんですけど……。でも姑が、孫を早く!と騒ぎだした頃から、だんだんと私自身の考えも変わっていきました。31歳で出産するまで、それはもうプレッシャーの連続だったので」
――いまでこそ、結婚しても子供を産まないという選択もあると認知されるようになりましたが……。由美子さんが結婚された当時は、その考えはなかったんでしょうね。
「ないです。女は子供を産んでこそ一人前、とごく当たり前のように言われた世代ですから。姑からの『子供を産みなさい』攻撃は、ほんとうにすごかったんですよ。私も、子供を産まないと女として生きる資格がないのか、とまで考えさせられましたから。いま思うと……もしあの頃に私にもう少し勇気と知識があれば、早いうちに離婚していたかもしれませんね。結局、その決断はできなかったけれど」
――離婚のハードルもいまより格段に高かった時代ですものね。
「そうですね、あの時代の人は離婚を選択する勇気はなかなか……」
このままじゃ、子供ができない。あせった由美子さんは夫に――
――でも、時代は変わりましたし長時間労働も是正の動きが出ています。それに旦那さまはあと数年で定年ですよね。ここ数年で時間の余裕というか、変化はありませんでしたか?
「この数年でだいぶ、帰宅時間は早くなりましたね。午前様ということはなくなって、スローダウンしているんじゃないでしょうか」
――ちなみにいまはセックスはされてるんでしょうか。
「まさか! そんなのあるわけないでしょう! もう家族ですから。いま夫に触れるときは、もはや介護の域ですよ。段があったなら『そこ危ないよ』と手を出すとか。傷があれば『ちょっと見せて』と触れるとか。それだけで、性的な匂いのするものは一切ないです。もはや家族、兄弟みたいな感覚なので、いまさらセックスだなんて……もうそんな雰囲気にはならないだろうと思います」
――最後に旦那さまとそういうことをされたのって……
「う~ん……ホントによく覚えてないけど……もう十年以上は経ってると思います。これまで、30年夫婦としてやってきたけれど、性行為の回数はほんとうに少なかったですから。さっきもお話ししましたが、30歳手前の頃は、これじゃあ子供もできないっていう焦りで、もっとしてもらわなければいけないと思ったこともありましたが……」
――そこでなにかアクションを起こされたんでしょうか。話し合うとか、誘ってみるとか……
「そこはね……もう私たちは性については奥手で慎ましい世代だから。単刀直入には言えないので『子供が欲しいんですけど、このままじゃできないですよね』って。それでなんとか、子供は授かることができましたけど。あ、そうそう。私ね、40歳を過ぎた頃にようやく気付いたことがあるんです、夫について」
――どんなことですか。
「この人は、性的にかなり淡泊な人なんだなぁって。だっていくら仕事、仕事だったとはいえ、結婚した当初はほら、彼だってまだ30前でしたし」
――30歳手前の男性って普通なら性欲旺盛なお年頃ですもんね……って、由美子さんは結婚してからその結論に至るまで、二十年近くかかったと。
「ええ。さっきもチラっと言いましたけど、私は結婚するまでほんとに性的なことの知識がなくって。当時はインターネットもありませんし、今みたいに情報があふれている時代でもなかった。なんせお見合いして結婚が決まったときに、医学書を母からもらった世代ですから」
――医学書を? お母様から?
「そうですよ。開いてみるとね、セックスについても書かれているわけですよ。可愛い感じのイラストつきで『結婚したらこういうことをします』って。それまでも、さすがにセックスとはなにかということぐらいは知っていましたけれど(笑)医学書を見て、より具体的な知識になったというか……」
――お母様もご自分の口からは言えなかったんですね。
「自分の口から直接は言えないけれど先に伝えてはおかないと、と思ったんでしょうね。それで医学書(笑)」
――そのお話、今の若い人にはきっとある意味カルチャーショックだと思います(笑)。ちなみにいまもその本はお持ちなんですか?
「十年前ぐらいに女子高生の子供を持つママに差し上げました。男性の思いとか、女性の生理とかが丁寧に書かれていて、今の子供たちにこそ必要な良い本だと思っていたので。娘の性教育に使うと喜んでいらっしゃいましたよ」
閉経さえもマウンティングの対象となってしまう?
――由美子さんは54歳ですが、閉経はされていますか?
「まだたま~に、生理があるんですよ。2~3カ月に一度急に少し出血したり。そんな状態がかれこれ2~3年続いてるかな。10年続く人もいるらしいですよ。もっと若い頃から、たとえば40代前半からこんなふうになっちゃうと、更年期じゃなくなんか悪い病気になったんじゃないかと思って不安になって病院に行く人もいるみたい」
――不正出血かと思いますよね。更年期の症状で気になることはありますか?
「ホットフラッシュかな。しょっちゅう顔がカーっと熱くなります。そのほかは特になくって……きっと私、症状としては軽いほうなんでしょうね」
――もうすぐ生理がなくなることに対しては、どんな感情をお持ちですか。
「やったー!! って感じです(笑)。もうナプキンを持ち歩かなくっていいんだって。だってあれってかさばるじゃないですか。邪魔でしかないですもの。それに、白いパンツを心配せずに履けるのも嬉しい!」
――そこに寂しさ、のような感情はないのでしょうか。
「私は寂しさなんてまったくありません。ただ、やったー!です(笑)。でも……みんながみんなそうではないのかなとは思います。同世代の女性たちで集まっているときに、閉経や生理の乱れについて話が及んでも、絶対その手の会話に加わらない人もいますから。もしかして、閉経しているから話題に入りたくはないのかなと感じたことはあります」
――「閉経してます」って、言いづらい?
「私は言えると思うんだけど……言わない人がいるのは、きっと自分だけが先に年老いている、おばあちゃんって思われたくないってそんな心理があるんだと思う。特に同級生だとね。みんながまだ生理があるって話してるのに、自分だけが先に終わったってなると……たぶん老化が早いと思われたくないんじゃないかな。もういっそ、確実に閉経してる年齢、70歳とかになればね、どうでもいいんでしょうけど。全員間違いなく閉経していると思われる年齢になるまで口を割らない人もいる気がする。でももともと私たちの世代って、生理についてはおおっぴらには語らないというところはあります。よっぽど親しい女性の友人に限るという感じでしたね」
――由美子さんはもともと、生理の症状の軽い~重い、どちらかといえばどっちでした?
「生理痛はとにかくひどかったですよ、特に若い頃は。かなり辛かったです。いまはもう痛みはほとんどないですけどね。あとね、よく生理前はイライラするって言うでしょ?そういうの、経験なくって。私の場合、感情にはまったく影響がないみたいです」
――結婚前にお仕事をされていましたよね。その頃に生理休暇を申請されたりは?
「とんでもない! 『生理なので辛いから休みます』なんて絶対に言えませんでした。無理をしてもとにかく出社して、どうしても辛くて仕事がはかどらないときは『お腹が痛いので』って、なんとかニュアンスでわかってもらおうとしていました。まだまだなにかにつけて『だから女は駄目なんだ』と言われてきた時代ですから。生理なんて女性特有の症状を口にしようものなら、どんな目で見られることか。『だから女は使えない。仕事はコピー、お茶くみだけしておけ』って平気で言う男の人だらけでしたよ。あ、男性だけじゃないかな。私たちの少し上の女性の先輩が、すごく頑張って<女性が働く>という道を切り開いてきてくれたので、その先輩の目もあって。生理を理由に仕事を休んだりできないっていうムードがありました。その時代の雰囲気をいまも引きずって、生理についてオープンに話せない人もいるかもしれませんね」
リアルな世界に素敵な人は……。恋愛やセックスがなくても、今の生活が楽しい!
――由美子さんは閉経したとき、旦那様にその事実を話すと思いますか。
「わざわざは話さないと思います。まずそんな話題にはならないと思いますし。男の人って、そもそも更年期がどんなものかとか、いくつぐらいで閉経するかもきっとちゃんとわかってないし。もしもそういう特集をテレビで観たとしても、記憶にも留めないんじゃないでしょうか。まぁ私のほうから話したとしても夫はきっと『ふーん』でしょうね。知ったからって特になにも変わらないと思う」
――ご結婚されて30年と長いわけですが、その間に一度も他の男性に目を向けたことはなかったんですか。
「ないです。だって俳優さんとかアイドルなら別だけど、リアルの世界に素敵な人はいないし。それにほら、恋愛とかに発展した場合、夫がいるわけですから不倫でドロドロになっちゃうわけでしょ。そんなのめんどうくさいですよ。それならテレビや映画で好きな俳優さんを眺めてうっとりする疑似恋愛で充分。それに私、男性は自分より賢い人じゃないとイヤなんです。なにかひとつ尊敬できるところがないとダメなので。そこがあると、もしかしたら顔の良し悪しなんてどうでもよくなるかもしれないけれど」
――旦那様には尊敬できるところがおありになる?
「そうですね。なくはない(笑)。具体的に言うと……男目線で物事を考えるところかなぁ。私とはまったく違う感性なので『そういう考え方もあるのか』とハっとさせられることがあります。それからね、一度決断したらクヨクヨしない性格で、そこは尊敬しています。」
――パートタイムでお仕事にも出られているわけですが、これまで職場などでも男性に心を動かされたりということはなかったんですね。同窓会でかつての憧れ男子と再会してよろめいてしまった、なんて話もちまたには溢れ返っているようですが。
「う~ん。ほんとにないですねぇ。だっていまの生活、楽しいんですよ。とても充実していますから。この生活を壊してまで、跳びこんでいきたくなるような人はいないです。たとえば……もしもすごい素敵な人が現れて。『君、いますぐに家庭を捨ててくれ、僕と一緒に生きてほしい』とかそこまで言われたら、また別だけど。でも私、身の程を知ってますし。自分にそんなこと言う人が現れるわけもないとわかってますから。現実的なんです」
――恋愛とセックスはもう……
「まず現実問題として、もう人前では脱げないです。裸を見せる勇気がない。真っ暗でも無理です。好きな人がもしできたとしても、綺麗なまんま、淡い恋で終わりたいかな。ドキドキ感は欲しいなとか、そういうのはたまに考えることはありますけど。誰かに好きだと言われたら女として認められた感があるから嬉しいんだろうけど……それ以上はめんどうだから、いらない」
――では最後に。「生理が終わったら女の人生終わり」なんてふざけた発言を平気でする輩がいまだにいますが。それについてどう思われますか。
「あ~、そういうの聞いたことあります。でも私にはそんな考えまったくないですよ。生理が終われば、しばらくはずっと白いボトムスを履き続けて(笑)、変わらずオシャレも楽しみたいですし。あ、でも生理のあるなしは関係なく、男の人にまったく女性として意識されることがないっていうのは、そこはやっぱり少し寂しくはありますけど」
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<取材を終えて>
いまでこそ「セクハラ」「モラハラ」など職場では様々な言葉があるが、30年前はそんな事例があっても、ただ受け止め我慢してやり過ごすという空気が蔓延していた時代だった。その時代に短い間とはいえ、先輩の女性社員が切り開いてきた<女が仕事をする>という道を、つぶさぬように、そして後の世代に繋がるように、職場で心を配ったという由美子さん。強さと繊細さを併せ持った女性、という印象を持った。
彼女の場合、更年期の症状が軽いこともあり、悲壮感やつらそうな様子もなく、むしろ生理が終わる日を待ち望んでいるようにも見受けられる。セックスは10年以上していなくても、30年間かけて育まれたご主人との間にたしかな絆が育まれていて、それはたとえこの先なにがあったとしても決して切れることはないんだろうな――。そんなふうに感じられた取材だった。