吉田豪が紗倉まなの本質に迫る2万字インタビュー。あぶり出される“愛想笑いの深い闇”

 トップAV女優として第一線を走りつつ、映画にラジオ、執筆活動と、多方面にて才能を遺憾なく発揮している紗倉まな。“AV女優”という男性をターゲットにした職業でありながら、女性ファンも多いという稀有な存在です。一体、紗倉まなの何か多くの女性を魅了するのでしょうか。

 その答えを探るべく、紗倉まなの素顔を紐解いたスタイルブック『MANA』(小社刊)。紗倉まなの私服&下着スナップ&ヘアメイク解説や、ファンの間で話題を呼んだ直筆絵画、芸人・ケンドーコバヤシとの「僕たちのめんどくささを確かめ合う」対談や、プロインタビュアー吉田豪が“紗倉まな”の本質に迫るロングインタビューなど盛りだくさんの構成に、カメラマン・米原康正&佐野方美が本書のために録り下ろした全47ページにも及ぶグラビアなど……まだ知られていない、新しい紗倉まなの魅力が詰まった一冊です。

 その中から、吉田豪によるインタビューをほんの少しだけご紹介します。本人いわく「ここまで心をほじくり出したのも初めて」「あまりにも取り繕っていないので、心して読んでもらえたらありがたいです^ – ^」とのこと。

■ケンドーコバヤシ対談はこちら
【ケンドーコバヤシ×紗倉まな・気持ち悪さの共鳴対談!「まなちゃんが男に生まれてたら、高円寺あたりに住む売れないバンドマン」】

――デビュー直後くらいから、ずっと追わせてもらってますけど、最初に写真で見たイメージだとか高専出身だとかの情報で抱いたイメージと、あとからインタビューとか読んで見えてくる中身が全然違ったことに驚いたんですよ。

紗倉 それは、私の“のんべえ説”とかそういうグダグダなところが垣間見えちゃって?

――そっち?(笑) いや、もっと明るい人だと思ったってことですね。

紗倉 ああ……(溜息)。わりと、初めて会う人に「……こういう感じなんですね」って言われることがあって、それがいい意味なのか悪い意味なのかすごい気になって。

――答え合わせしたくなりますね。

紗倉 そうそう、それで「どういう意味ですか!?」って食い気味に聞くとみんなドン引きして帰っちゃうんで、なるべく聞かないようにしてます。

――そういうところがネガティブだと思われるんだ、ってことで?

紗倉 そうですそうです。なんかちょっと……この子って……(引)みたいな。

――「気にする人」ですよね?

紗倉 「気にする人」。いやでも、昔はすごい、他人にどう見られるか気にしてたんですけど、最近はどうでも良くなってきて。なんか飽きちゃって。

――気にすることに飽きちゃった?

紗倉 気にすることに。デビューしてすぐくらいの時期は、すごく陽の気を持ってる女性マネージャー(Oさん)がずっとついてくれてて。彼女がラテン系っていうかパリピみたいな人なので、だんだん影響されてきました。

――「悩んでてもしょうがないよ~」みたいな?

紗倉 そうです。だから根暗要素が薄くなってたんですよ、一時期。けど、その後、マネージャーがいろいろ入れ替わったりとかしてて、Oさんと一緒にいる時間が少なくなって……そうするとまたちょっと暗くなって、性格が。で、また最近、Oさんが現場に来てくれて一緒にいる時間が増えて、心持ちが明るくなってきたというか。

――周囲から受ける影響がめちゃくちゃ大きい人なんですね。

紗倉 いや、すごい影響されます。

――そのマネージャーさんの名前よく出してますけど、それだけ紗倉さんにとって存在が大きいんだろうなって。

紗倉 そうですね。何かと言えばOさん、みたいな。

――紗倉さん自身は、基本は暗い人なんですか?

紗倉 私、基本的にはそうですね。特に数年前まではめちゃ暗かったなと思います。

――それはもう、こういう仕事を始める前から?

紗倉 そうですね。このお仕事を始める前が一番暗かったと思います。やっぱりいろんな人と出会う機会が増えたので、悩みを共有できたりだとか、あと意外と気にすることでもないんだなとわかってきて、ちょっとずつ、多分ですけど、変わってきた部分もあるのかなって。

――子供の頃から、他人にどう思われるか常に気にしてたんですか?

紗倉 子供の時は何も考えてなかった。親から「火事があってもあんたはひとり逃げ遅れそう」と言われたことがありますね。トロいし、のんびりしすぎてて。今よりもっと喋り方もペース遅かったし、人の話を聞くときも言われたことを口ポカンとあけて「そうなんだ~そうなんだ~」って聞くだけみたいな感じで。悩むっていうよりは本当に何も考えてない感じでした。

「何言ってるかわかんないし、なんかもう人と話したくないっていうか」

――「会話が苦手だ」って、前にどこかのインタビューで言ってたじゃないですか。耳が悪いのと、相手が何を言ってるのか理解するのが不得意だとか。

紗倉 あ、そうなんですよ。未だにそうで、複数人で集まって話してると言葉の意図を汲みとれなかったり。大勢いる場所ではいつも、何の話なのかよくわからなくなってますね。で、一緒に会話に打ち解けられればきっとすごい楽しいことなのに、打ち解けられないから楽しくなくなっちゃって、話すの嫌だなと思って。あと、実際すごい耳が悪くて。

――それは病のレベルくらいの?

紗倉 うーん、診断されたことないんですよ。今、豪さんと話してるくらいの、これくらいの至近距離で会話するなら大丈夫なんですけど、ちょっと離れた距離から声をかけられるとほんとに2~3回は『えっ?』って聞き返さないと何を言われたかわからない。でも、何度も聞き直すのは相手に失礼じゃないですか。それで、つい『あ、うんうん』みたいな生返事をしちゃう。だからなんかもう、人と話すこと自体めんどくさいのでコミュ障ということでやりすごしています。

――聞き返したら多分、気を悪くする人もいるでしょうからね。

紗倉 いますよね。

――なんとなく理解したふりして、やり過ごす?

紗倉 そうなんです。あと、正確に聞き取れないから、冗談を寒くしちゃうんですよね。誰かがその場の流れで「~~なーんちゃって」って冗談で話したことを、私は聞こえなくて「えっ?」って聞き直しちゃうから、「……いや、今のはこういう意味だよ」と説明させちゃってみんな興ざめ……みたいな。

――最悪ですよね、それ(笑)。

紗倉 そうなんですよ、必殺ギャグ潰し。ちょっと“空気崩し”をしすぎちゃってて。でも最近は、みんなが楽しそうだったらよくわかんなくても一緒に笑っちゃうみたいな。それでいて「まなちゃん言ってることわかる?」とツッコまれたら「わかんないです(笑)」って言えるようになったんですけどね。

――それがわかってくれてる人たちの中なら、なんとかなります?

紗倉 なりますね。それに、なんか自分が中心になって話したりとかは、別にしなくていいや。

――それだと学生生活は、大変じゃなかったですか?

紗倉 大変でしたね。でも、高専の時はまだ一個一個の試験や課題があって勉強しなきゃいけなかったんで、ひとりで作業する時間があったから良かった。別に勉強してればいいやみたいな感じで。ただ、チームで実験とかしないといけない時間はすごく嫌いで、話せないし、みんなが冗談を言っててもよくわかんなくて、なんとなくやりすごしてきた感じでした。

――よく高専を進学先に選びましたよね。それこそチームで色々やらなきゃいけない世界じゃないですか。

紗倉 ほんとですよね。何も考えてなかったんですよ。コンクリートを作るの楽しそうだなぁとか、寮に住めるから親元から離れられるし、いいなぁ、息抜きできそう! ってだけで入っちゃって。入ったらみんな個性的でしたよ。パソコンを組み立ててる子もいるし、ゲームを作ってる子もいるし、すげーヤンキーもいるし。まあ全然打ち解けられる人はいないんですけど(笑)。

――高専出身っていうと、まずヤンキーってイメージありますよ。

紗倉 そうなんですか。ヤンキーの子って、でもやっぱり留年していきますね。1年生の時はヤンキーがクラスを荒らしてたけど、そのまま留年しちゃうから2年、3年になるとクラスが平和になっていった(笑)。

「実際その収録現場にいた私は、全然笑うところとかわかんなかったんですよ」

――こういう仕事をしていると、耳が聞こえにくいとか、人の話してることを理解しにくいとかがマイナスになることも多々あったんじゃないですか?

紗倉 ありますね。バラエティとかイベントのお仕事だと特に……やっちまったなって思う失敗は今までいっぱいあって。でも、「あの時、全然聞き取れなかったし理解できなかった」って私が落ち込んでた仕事でも、周りのスタッフに聞くと「え、何で? 上手く話せてたよ」って言われたりして。気を遣ってくれてるのかもしれないけど、どうやら自分で認識してた自分と周りが見ている自分って全然違うんだなってだんだん思うようになって、少しずつ安心できるようになりましたね。ただ、ラジオとかバラエティ番組とかで自分にトークを振られた時に、ちゃんと上手く機転をきかせてコメントする能力は未だになさすぎる。昔からテレビを全然見なかったしラジオも聞かなかったんで、笑いのお約束みたいな知識もなかったし、雑学も全然知らない。何も言えることがないみたいな。そういうのはすごくコンプレックスっていうか、どうにかしなきゃと……。

――オンエアでみんなが盛り上がって笑いが起こってるシーンを見ても、意味がわかんないことが多々あるわけですか?

紗倉 それが不思議なんですけど、テレビって普通に画面で見ると面白い部分だけ編集されてて、絶対誰が見てもわかるようになってるし、ちゃんとコメントがワイプ越しに出てたりとか……。

――親切に説明してくれますもんね、テレビは。

紗倉 説明もしてくれたり、文字とかもちゃんとテロップとして起こされてるじゃないですか! だから、後から見ると理解できるんですよ。編集ってすごい。だって同じ内容なのに、実際その収録現場にいた私は、全然笑うところとかわかんなかったんですよ。何が面白いんだろみたいな。でも、後から編集された番組をオンエアで見ると、うわ~こんな面白かったんだ、ってわかる。説明されて、あ、超面白いみたいな。あの時くそつまんねーって思ってたのにやばいな、ってことはありました。

――いや、紗倉さん……この仕事、超大変じゃないですか!

紗倉 ほんと嫌ですね。出たばかりの頃は愛想笑いで生きてく感じでした。みんな笑ってるから笑う、でもワンテンポ遅れてる、みたいな。

――空気を読む能力は高まりそうですけどね。

紗倉 どうなんですかね。AV出るだけじゃなくていろんな仕事をやらせてもらってるんですよね、イベントでずっとトークしてたりとか。あれもいつも思うんですけど、私は表に立って何か表現するの、ほんっと苦手だなと。楽しいんですけど、イベントが始まる直前には無茶苦茶「あああ~↓↓↓」ってなるんですよ。

――プレッシャー?

紗倉 プレッシャーていうか、「はー、絶対に面白いこと話せる気しない」みたいな。実際にイベントが始まったら楽しくて言葉も湧き出てくるんですけど、始まる前のあの絶望感がいつもすごくて。一言も喋れないかも、みたいな。

――なんか異常に自分に自信ない人ですね。

紗倉 そうなんです。自信……。

――この仕事を始めたのもコンプレックス由来で……みたいな発言も読んだことがあって。

紗倉 そうですね。コンプレックスだけで生きてきたようなところが……。

 自身のコンプレックスやmessy連載でもたびたび話題となる「激しい嫉妬心」の根源、両親との関係、AV女優という女の世界ゆえの戦いなど、紗倉まながもがき続けている苦悩や葛藤があぶり出されていきます。数多の“奇妙な人”をインタビューしてきた吉田豪に「わかりやすく病んでるじゃないですか」と言わせた紗倉まなの心情とは……。ぜひ『MANA』にてお楽しみください。

■『MANA』の詳細はこちら☆
【AV女優・紗倉まなのサイン会開催決定! 彼女はなぜ女性人気が高くて、どうしてそんなに頑張れるのか】

吉田豪が紗倉まなの本質に迫る2万字インタビュー。あぶり出される“愛想笑いの深い闇”

 トップAV女優として第一線を走りつつ、映画にラジオ、執筆活動と、多方面にて才能を遺憾なく発揮している紗倉まな。“AV女優”という男性をターゲットにした職業でありながら、女性ファンも多いという稀有な存在です。一体、紗倉まなの何か多くの女性を魅了するのでしょうか。

 その答えを探るべく、紗倉まなの素顔を紐解いたスタイルブック『MANA』(小社刊)。紗倉まなの私服&下着スナップ&ヘアメイク解説や、ファンの間で話題を呼んだ直筆絵画、芸人・ケンドーコバヤシとの「僕たちのめんどくささを確かめ合う」対談や、プロインタビュアー吉田豪が“紗倉まな”の本質に迫るロングインタビューなど盛りだくさんの構成に、カメラマン・米原康正&佐野方美が本書のために録り下ろした全47ページにも及ぶグラビアなど……まだ知られていない、新しい紗倉まなの魅力が詰まった一冊です。

 その中から、吉田豪によるインタビューをほんの少しだけご紹介します。本人いわく「ここまで心をほじくり出したのも初めて」「あまりにも取り繕っていないので、心して読んでもらえたらありがたいです^ – ^」とのこと。

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――デビュー直後くらいから、ずっと追わせてもらってますけど、最初に写真で見たイメージだとか高専出身だとかの情報で抱いたイメージと、あとからインタビューとか読んで見えてくる中身が全然違ったことに驚いたんですよ。

紗倉 それは、私の“のんべえ説”とかそういうグダグダなところが垣間見えちゃって?

――そっち?(笑) いや、もっと明るい人だと思ったってことですね。

紗倉 ああ……(溜息)。わりと、初めて会う人に「……こういう感じなんですね」って言われることがあって、それがいい意味なのか悪い意味なのかすごい気になって。

――答え合わせしたくなりますね。

紗倉 そうそう、それで「どういう意味ですか!?」って食い気味に聞くとみんなドン引きして帰っちゃうんで、なるべく聞かないようにしてます。

――そういうところがネガティブだと思われるんだ、ってことで?

紗倉 そうですそうです。なんかちょっと……この子って……(引)みたいな。

――「気にする人」ですよね?

紗倉 「気にする人」。いやでも、昔はすごい、他人にどう見られるか気にしてたんですけど、最近はどうでも良くなってきて。なんか飽きちゃって。

――気にすることに飽きちゃった?

紗倉 気にすることに。デビューしてすぐくらいの時期は、すごく陽の気を持ってる女性マネージャー(Oさん)がずっとついてくれてて。彼女がラテン系っていうかパリピみたいな人なので、だんだん影響されてきました。

――「悩んでてもしょうがないよ~」みたいな?

紗倉 そうです。だから根暗要素が薄くなってたんですよ、一時期。けど、その後、マネージャーがいろいろ入れ替わったりとかしてて、Oさんと一緒にいる時間が少なくなって……そうするとまたちょっと暗くなって、性格が。で、また最近、Oさんが現場に来てくれて一緒にいる時間が増えて、心持ちが明るくなってきたというか。

――周囲から受ける影響がめちゃくちゃ大きい人なんですね。

紗倉 いや、すごい影響されます。

――そのマネージャーさんの名前よく出してますけど、それだけ紗倉さんにとって存在が大きいんだろうなって。

紗倉 そうですね。何かと言えばOさん、みたいな。

――紗倉さん自身は、基本は暗い人なんですか?

紗倉 私、基本的にはそうですね。特に数年前まではめちゃ暗かったなと思います。

――それはもう、こういう仕事を始める前から?

紗倉 そうですね。このお仕事を始める前が一番暗かったと思います。やっぱりいろんな人と出会う機会が増えたので、悩みを共有できたりだとか、あと意外と気にすることでもないんだなとわかってきて、ちょっとずつ、多分ですけど、変わってきた部分もあるのかなって。

――子供の頃から、他人にどう思われるか常に気にしてたんですか?

紗倉 子供の時は何も考えてなかった。親から「火事があってもあんたはひとり逃げ遅れそう」と言われたことがありますね。トロいし、のんびりしすぎてて。今よりもっと喋り方もペース遅かったし、人の話を聞くときも言われたことを口ポカンとあけて「そうなんだ~そうなんだ~」って聞くだけみたいな感じで。悩むっていうよりは本当に何も考えてない感じでした。

「何言ってるかわかんないし、なんかもう人と話したくないっていうか」

――「会話が苦手だ」って、前にどこかのインタビューで言ってたじゃないですか。耳が悪いのと、相手が何を言ってるのか理解するのが不得意だとか。

紗倉 あ、そうなんですよ。未だにそうで、複数人で集まって話してると言葉の意図を汲みとれなかったり。大勢いる場所ではいつも、何の話なのかよくわからなくなってますね。で、一緒に会話に打ち解けられればきっとすごい楽しいことなのに、打ち解けられないから楽しくなくなっちゃって、話すの嫌だなと思って。あと、実際すごい耳が悪くて。

――それは病のレベルくらいの?

紗倉 うーん、診断されたことないんですよ。今、豪さんと話してるくらいの、これくらいの至近距離で会話するなら大丈夫なんですけど、ちょっと離れた距離から声をかけられるとほんとに2~3回は『えっ?』って聞き返さないと何を言われたかわからない。でも、何度も聞き直すのは相手に失礼じゃないですか。それで、つい『あ、うんうん』みたいな生返事をしちゃう。だからなんかもう、人と話すこと自体めんどくさいのでコミュ障ということでやりすごしています。

――聞き返したら多分、気を悪くする人もいるでしょうからね。

紗倉 いますよね。

――なんとなく理解したふりして、やり過ごす?

紗倉 そうなんです。あと、正確に聞き取れないから、冗談を寒くしちゃうんですよね。誰かがその場の流れで「~~なーんちゃって」って冗談で話したことを、私は聞こえなくて「えっ?」って聞き直しちゃうから、「……いや、今のはこういう意味だよ」と説明させちゃってみんな興ざめ……みたいな。

――最悪ですよね、それ(笑)。

紗倉 そうなんですよ、必殺ギャグ潰し。ちょっと“空気崩し”をしすぎちゃってて。でも最近は、みんなが楽しそうだったらよくわかんなくても一緒に笑っちゃうみたいな。それでいて「まなちゃん言ってることわかる?」とツッコまれたら「わかんないです(笑)」って言えるようになったんですけどね。

――それがわかってくれてる人たちの中なら、なんとかなります?

紗倉 なりますね。それに、なんか自分が中心になって話したりとかは、別にしなくていいや。

――それだと学生生活は、大変じゃなかったですか?

紗倉 大変でしたね。でも、高専の時はまだ一個一個の試験や課題があって勉強しなきゃいけなかったんで、ひとりで作業する時間があったから良かった。別に勉強してればいいやみたいな感じで。ただ、チームで実験とかしないといけない時間はすごく嫌いで、話せないし、みんなが冗談を言っててもよくわかんなくて、なんとなくやりすごしてきた感じでした。

――よく高専を進学先に選びましたよね。それこそチームで色々やらなきゃいけない世界じゃないですか。

紗倉 ほんとですよね。何も考えてなかったんですよ。コンクリートを作るの楽しそうだなぁとか、寮に住めるから親元から離れられるし、いいなぁ、息抜きできそう! ってだけで入っちゃって。入ったらみんな個性的でしたよ。パソコンを組み立ててる子もいるし、ゲームを作ってる子もいるし、すげーヤンキーもいるし。まあ全然打ち解けられる人はいないんですけど(笑)。

――高専出身っていうと、まずヤンキーってイメージありますよ。

紗倉 そうなんですか。ヤンキーの子って、でもやっぱり留年していきますね。1年生の時はヤンキーがクラスを荒らしてたけど、そのまま留年しちゃうから2年、3年になるとクラスが平和になっていった(笑)。

「実際その収録現場にいた私は、全然笑うところとかわかんなかったんですよ」

――こういう仕事をしていると、耳が聞こえにくいとか、人の話してることを理解しにくいとかがマイナスになることも多々あったんじゃないですか?

紗倉 ありますね。バラエティとかイベントのお仕事だと特に……やっちまったなって思う失敗は今までいっぱいあって。でも、「あの時、全然聞き取れなかったし理解できなかった」って私が落ち込んでた仕事でも、周りのスタッフに聞くと「え、何で? 上手く話せてたよ」って言われたりして。気を遣ってくれてるのかもしれないけど、どうやら自分で認識してた自分と周りが見ている自分って全然違うんだなってだんだん思うようになって、少しずつ安心できるようになりましたね。ただ、ラジオとかバラエティ番組とかで自分にトークを振られた時に、ちゃんと上手く機転をきかせてコメントする能力は未だになさすぎる。昔からテレビを全然見なかったしラジオも聞かなかったんで、笑いのお約束みたいな知識もなかったし、雑学も全然知らない。何も言えることがないみたいな。そういうのはすごくコンプレックスっていうか、どうにかしなきゃと……。

――オンエアでみんなが盛り上がって笑いが起こってるシーンを見ても、意味がわかんないことが多々あるわけですか?

紗倉 それが不思議なんですけど、テレビって普通に画面で見ると面白い部分だけ編集されてて、絶対誰が見てもわかるようになってるし、ちゃんとコメントがワイプ越しに出てたりとか……。

――親切に説明してくれますもんね、テレビは。

紗倉 説明もしてくれたり、文字とかもちゃんとテロップとして起こされてるじゃないですか! だから、後から見ると理解できるんですよ。編集ってすごい。だって同じ内容なのに、実際その収録現場にいた私は、全然笑うところとかわかんなかったんですよ。何が面白いんだろみたいな。でも、後から編集された番組をオンエアで見ると、うわ~こんな面白かったんだ、ってわかる。説明されて、あ、超面白いみたいな。あの時くそつまんねーって思ってたのにやばいな、ってことはありました。

――いや、紗倉さん……この仕事、超大変じゃないですか!

紗倉 ほんと嫌ですね。出たばかりの頃は愛想笑いで生きてく感じでした。みんな笑ってるから笑う、でもワンテンポ遅れてる、みたいな。

――空気を読む能力は高まりそうですけどね。

紗倉 どうなんですかね。AV出るだけじゃなくていろんな仕事をやらせてもらってるんですよね、イベントでずっとトークしてたりとか。あれもいつも思うんですけど、私は表に立って何か表現するの、ほんっと苦手だなと。楽しいんですけど、イベントが始まる直前には無茶苦茶「あああ~↓↓↓」ってなるんですよ。

――プレッシャー?

紗倉 プレッシャーていうか、「はー、絶対に面白いこと話せる気しない」みたいな。実際にイベントが始まったら楽しくて言葉も湧き出てくるんですけど、始まる前のあの絶望感がいつもすごくて。一言も喋れないかも、みたいな。

――なんか異常に自分に自信ない人ですね。

紗倉 そうなんです。自信……。

――この仕事を始めたのもコンプレックス由来で……みたいな発言も読んだことがあって。

紗倉 そうですね。コンプレックスだけで生きてきたようなところが……。

 自身のコンプレックスやmessy連載でもたびたび話題となる「激しい嫉妬心」の根源、両親との関係、AV女優という女の世界ゆえの戦いなど、紗倉まながもがき続けている苦悩や葛藤があぶり出されていきます。数多の“奇妙な人”をインタビューしてきた吉田豪に「わかりやすく病んでるじゃないですか」と言わせた紗倉まなの心情とは……。ぜひ『MANA』にてお楽しみください。

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『紅白』ポール・マッカートニー出演の舞台裏「当初はボブ・ディランの予定だったが……」

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『ポール・マッカートニー 告白』(DU BOOKS)
 昨年大みそかの『第67回NHK紅白歌合戦』に、元ビートルズのポール・マッカートニーがサプライズ出演した。NHKホールはもちろん、テレビ越しにその光景を目の当たりした往年のファンたちは歓喜に沸いたが、その裏にはNHKの思惑と大変な苦労があったという。  ポールは『紅白』後半に、予告なく登場。ロンドンからの映像で「出演されているアーティストの皆さんも、素晴らしい時間を楽しんでください。それから、輝かしい新年を迎えてください」と呼び掛け、「実は2017年、日本に行く予定です。その時に会いましょ~」とブチ上げた。  あまりに唐突な演出に、司会の有村架純と相葉雅紀も「えっ!」と絶句し、驚くばかりだった。  このスーパースターの出演について、NHK関係者は「SMAPの出演が不可能となり、大きな話題を探していた。当初は、ノーベル賞に輝いたボブ・ディランを呼ぶ予定だったようだが、接触することすらできず、難航。そこで白羽の矢が立ったのが、ポールだった。NHKは、宇多田ヒカルがロンドンからの中継で出演するため、スタッフを派遣していたが、それも都合がよかったようだ」と明かす。  そんな依頼を受けたポール側だが「今年の日本公演の宣伝をさせてくれ」と、出演の見返りに要求を突きつけてきたという。  ポールは現在、世界ツアー「ワン・オン・ワン・ツアー」の最中。2016年4月から11カ国41公演を行い、日本では東京ドームで4月27、29、30日の3公演を予定している。これを日本でPRしたいというのだ。  ところが、NHKはご存じの通り公共放送で、特定のミュージシャンの宣伝広告は御法度。交渉を重ねて、「2017年は日本に行きます」という表現で落ち着いたのだという。 「ポールはSMAP不在の穴埋め要員という形だったが、視聴者の評判はよかったようで、確かに紅白を盛り上げてくれた。収録ではメッセージを日本語で話してもらったため、何度も何度も撮り直して苦労したみたいです。また、直前でのオファーだったので足元を見られ、相当な出演料を払ったようですが、それでも結果オーライです」(前出のNHK関係者)  ある意味、SMAPのおかげでレジェンド中のレジェンド、ポール・マッカートニーまで巻き込んで出演にこぎつけた『第67回NHK紅白歌合戦』。すべては、その場に存在していないSMAP中心に回っていたことのひとつの証しともいえる。

木村拓哉「謝罪&自虐」連発は事務所の策略!? “怒涛の雑誌ラッシュ”に「逆効果」の声

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“ジャニーズ残留派”とされる元SMAPの木村拓哉が、雑誌のインタビューでその胸の内を語っている。  木村は、SMAP解散後初主演となる連ドラ『A LIFE~愛しき人~』(TBS系)が15日にスタート。さらに、2010年の『SPACE BATTLESHIP ヤマト』以来、約6年半ぶりの映画出演となる『無限の住人』の公開が4月に控えていることもあり、年末は雑誌のインタビューを多数受けたという。 「昨年12月頃から1月にかけ、約30誌もの雑誌に登場している木村ですが、今月スタートの『嘘の戦争』(フジテレビ系)で主演する草なぎ剛よりもプッシュされているのは明らか。ただ、中には『こんな雑誌にも出るの?』というものもあり、業界では『キムタクの大安売り』なんて言われています。独立騒動で好感度が急落し、CM界からも干され状態の木村ですが、そんな状況を意識してか、インタビューでは謙虚を通り越して自虐的な発言も目立ちます」(芸能記者)  女性誌「anan」1/11号(マガジンハウス)のインタビューでは、「2017年の希望・願望は?」との質問に、「こういうハンドリングをしてしまった一員として、希望を述べられる立場ではない」と発言。「自分ができることを変わらず全力でやるしかないです。それしか能がないので」と続けている。  また、アイドル誌「ポポロ」2月号(麻布台出版社)のSMAPの連載の最終回では、ファンに繰り返し謝罪。騒動について深く語らない理由として、自身が「勘違いされがち」であることを挙げた上で、「ひとつだけ言えるのは、僕らはそれぞれが歩いていく方向を自分で決めているということ」と、解散がジャニーズ事務所などのせいではないことを強調している。 「長年、木村をイメージキャラクターに起用しているタマホームも、現在はピコ太郎バージョンを放送。昨年、イメージキャラクターに就任した日本和装も、大して木村のCMを見ないままに、今年から米倉涼子に変わってしまった。そんな苦境を打破すべく、今年、ジャニーズ事務所は大々的に木村を売り込み、好感度回復キャンペーンを行うとか。しかし、一つ気になるのが、昨年以降、『anan』然り、『SWITCH』(スイッチ・パブリッシング)然り、木村のことをやけに『孤高の存在』と形容している点。おそらくジャニーズ側のイメージ操作なんでしょうが、SMAPを裏切って孤立したことを思い起こさせる表現だけに、逆効果では?」(同)  昨年は、木村を持ち上げるために仕掛けたイメージ操作が、ファンの不信感を募らせ、ことごとく裏目に出ていた印象のジャニーズ事務所。今年は、好感度を取り戻すことはできるだろうか?

木村拓哉「謝罪&自虐」連発は事務所の策略!? “怒涛の雑誌ラッシュ”に「逆効果」の声

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“ジャニーズ残留派”とされる元SMAPの木村拓哉が、雑誌のインタビューでその胸の内を語っている。  木村は、SMAP解散後初主演となる連ドラ『A LIFE~愛しき人~』(TBS系)が15日にスタート。さらに、2010年の『SPACE BATTLESHIP ヤマト』以来、約6年半ぶりの映画出演となる『無限の住人』の公開が4月に控えていることもあり、年末は雑誌のインタビューを多数受けたという。 「昨年12月頃から1月にかけ、約30誌もの雑誌に登場している木村ですが、今月スタートの『嘘の戦争』(フジテレビ系)で主演する草なぎ剛よりもプッシュされているのは明らか。ただ、中には『こんな雑誌にも出るの?』というものもあり、業界では『キムタクの大安売り』なんて言われています。独立騒動で好感度が急落し、CM界からも干され状態の木村ですが、そんな状況を意識してか、インタビューでは謙虚を通り越して自虐的な発言も目立ちます」(芸能記者)  女性誌「anan」1/11号(マガジンハウス)のインタビューでは、「2017年の希望・願望は?」との質問に、「こういうハンドリングをしてしまった一員として、希望を述べられる立場ではない」と発言。「自分ができることを変わらず全力でやるしかないです。それしか能がないので」と続けている。  また、アイドル誌「ポポロ」2月号(麻布台出版社)のSMAPの連載の最終回では、ファンに繰り返し謝罪。騒動について深く語らない理由として、自身が「勘違いされがち」であることを挙げた上で、「ひとつだけ言えるのは、僕らはそれぞれが歩いていく方向を自分で決めているということ」と、解散がジャニーズ事務所などのせいではないことを強調している。 「長年、木村をイメージキャラクターに起用しているタマホームも、現在はピコ太郎バージョンを放送。昨年、イメージキャラクターに就任した日本和装も、大して木村のCMを見ないままに、今年から米倉涼子に変わってしまった。そんな苦境を打破すべく、今年、ジャニーズ事務所は大々的に木村を売り込み、好感度回復キャンペーンを行うとか。しかし、一つ気になるのが、昨年以降、『anan』然り、『SWITCH』(スイッチ・パブリッシング)然り、木村のことをやけに『孤高の存在』と形容している点。おそらくジャニーズ側のイメージ操作なんでしょうが、SMAPを裏切って孤立したことを思い起こさせる表現だけに、逆効果では?」(同)  昨年は、木村を持ち上げるために仕掛けたイメージ操作が、ファンの不信感を募らせ、ことごとく裏目に出ていた印象のジャニーズ事務所。今年は、好感度を取り戻すことはできるだろうか?

柴咲コウ主演大河『おんな城主 直虎』、最悪のスタート! 視聴率絶望的といわれる要因は?

 2017年のNHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』(柴咲コウ主演)が1月8日にスタートし、初回視聴率は16.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と低調だった。

 多くのメディアは、NHKに気を使ってか、“好発進”などと報じているが、この初回視聴率は歴代ワースト4位、今世紀で見ると15年『花燃ゆ』(井上真央主演)の16.7%に次ぎ、2番目に低い数字となった。昨年の『真田丸』(堺雅人主演)は19.9%でのスタートで、初回から3ポイントもの大差がつき、注目度の低さを露呈した格好だ。

『花燃ゆ』といえば、第2話以降、視聴率が急降下。結局、初回の16.7%が最高視聴率となり、全話平均は12.0%で、12年『平清盛』(松山ケンイチ主演)と並び、史上ワースト視聴率に終わった。その『花燃ゆ』と同レベルの発進となってしまっただけに、早くも、「『花燃ゆ』の悪夢再びか?」との声がネット上を飛び交っているのだ。

 『直虎』は、戦国時代に遠江(現在の静岡県西部)・井伊家の家督を継いだ“おんな城主”直虎(柴咲)が、自ら運命を切り開き、戦国時代を生き抜く姿を描いた作品だ。

「昨年の『真田丸』は、“高視聴率男”と称される堺を主演に据え、脇役陣も超豪華で、NHKのヤル気を感じさせました。主人公の真田幸村(信繁)も一般的な知名度が高いので、視聴率が好調だったのは当然ともいえます。その点、『直虎』は『真田丸』に比べて歴史上でも知名度が低いし、キャストについても、ネット上では『柴咲に大河主演は早すぎる』という声まで出る始末。どこまで数字が取れるのか、甚だ疑問です」(テレビ誌関係者)

 『花燃ゆ』の主人公である吉田松陰の妹・杉文も、歴史上まったく無名な人物で、視聴者から「思い入れを抱けない」という声が出ていた。『直虎』も『花燃ゆ』の二の舞を演じてしまうのか、はたまた悪評を覆して、今後巻き返しを図ることができるのか。次回からも注目していきたい。

考えるな、感じろ――「デヴィッド・ボウイ」という宇宙をめぐる探検

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 イギリスのミュージシャン、デヴィッド・ボウイが地球を去ってから、1年がたつ。  僕が、この世で一番好きな人だ。  ここで紹介するには多彩すぎるそのキャリアの終着点、69歳の自らの誕生日にアルバムを発売し、その2日後に死去するという、必要以上の完璧さで彼は去った。  多くの著名人から追悼コメントが寄せられ、SNSはR.I.P.で埋まり、数枚の追悼編集盤がリリースされた。僕自身も、極東の島国からボウイの死に際して文章(http://hyouri-t.jugem.jp/?eid=964)を書いた。  あれから1年、2017年1月8日(ボウイが生きていたら、70歳になる日)、史上最大とうたわれるボウイの回顧展『DAVID BOWIE is』が日本にやってきた。  世界9都市を回り、アジア圏では日本が初開催となる催しは、うたい文句通り、史上最大のボウイに関する博覧会で、おそらく未来においても、これほど巨大な企画は行われないと思う。ボウイにまつわる膨大な「証拠品」の数々が、だだっ広いスペースに陳列されている。「総括」にふさわしい著名な衣装、直筆のメモ、イラスト、楽譜、写真、映像……。見ても見ても終わらないそれは、明確な順路もなく、意図的に未整理に並べられているようだ。  その「証拠品」たちは、ネット時代特有の感覚を想起させる。展覧会それ自体が、ボウイが言うところの、巨大な「記憶装置」のようだ。来訪者たちはさながら、未整理のハードディスクドライブの大海原に投げ込まれた小魚だ。  そして膨大な情報が、ある種の「選択の権利」を与えてくれる。  限られた時間の中で、すべてを享受することはできない。では、何を意識的に見て、何を無意識的に見ないのか?  僕らはこの意識的な選択と、無意識的な拒否を繰り返すことで、ボウイの宇宙のミニチュアを自分の中に再構築する。精密なパーツを組み合わせて立派な宮殿を作る人もいるだろう。できるだけたくさんの情報から全貌に迫ろうとする人もいるだろう。まったく何かわからない奇妙なオブジェを作り上げる人もいるだろう。  どれもいい。  どれもが、デヴィッド・ボウイなのだ。  つまり、デヴィッド・ボウイというのは「それ」なのだ。 ■アイコンと化した衣装たちと、ボウイが外部に求めた刺激  すべてが並列に扱われている『DAVID BOWIE is』展において、「注目すべき展示」というのは選びづらい。しかし、ボウイ入門者に向けてオススメする視点で、いくつかピックアップしてみようと思う。  まずは、それぞれがアイコンと化した衣装たちだろう。  ボウイは基本的に1つのツアーを1つの衣装で回りきることが多く、ジャケット写真などで着ている衣装と合わせて、各時期の作品世界を象徴する衣装が無数に存在する。有名な「出火吐暴威」という当て字が入った衣装など、その一部を手がけたのは日本人のデザイナー・山本寛斎氏だ。  これらの衣装が、実にめまいがするほどおびただしい数、展示されている。衣装をまとうマネキンには、1975年に作られたボウイのライフマスクのレプリカが貼り付けられていて、さながら無数のボウイの亡霊に取り囲まれているような錯覚を覚える。  もう1つは、少し矛盾するようだが、無造作に挿入される「ボウイ以外」の展示だ。  この『DAVID BOWIE is』展の特色として、ボウイが時代的に影響を受けた、ないし受けたであろう同時代のアーティストの情報が挿入されている。  ボウイは、常に自分のクリエイティビティと融合し得る、表現の「ツール」になるであろう外部の刺激を求めていた。いくつかの部品の組み合わせから、まったく鮮やかな独自の表現に到達するさまは、まるで発明家のようでもある。  それゆえに(逆説的に)、ボウイの音楽はそれらが溶け合う、さまざまな場所へとつながるターミナル(駅)になっているわけだ。  ボウイの宇宙には、無数のドアが眠っている。これを探訪する旅も楽しい。  ここまで読んでくれたボウイをよく知らない諸兄の中には、「なんだ、ボウイさんというのはずいぶん捉えどころのない人だなー」と感じる人もいるだろう。  SF世界のフォークシンガー、グラムロックの始祖、ガリガリに痩せたプラスチック(偽りの)・ソウル、ベルリンの青白い貴公子、水色のスーツに身を包んだスーパースター……。  確かに、ボウイのペルソナは無数に存在して、全貌をつかむことは難しい。しかし、ひとつだけ、誰にでも感じられる、ボウイ世界を貫く柱がある。  それは、彼の声だ。  いかなるジャンルの音楽でも、ボウイが歌うとジャンルの意味合いを消し去ってしまう。この驚異的な歌声は、彼の美学それ自体が、音として顕在化したかのようだ。ぜひ、展示と共に彼の声を感じてほしい。  そうそう! 番外編としては、日本限定の「David Bowie Meets Japan」コーナーの存在がある。前出の山本寛斎氏以外に、ここでは2人の日本人が登場し、ボウイについて語る。それは、故・大島渚監督『戦場のクリスマス』(83年)で、ボウイと共演した北野武&坂本龍一のお2人だ。「たけし、ボウイを語る」とは、なかなか新鮮な光景なので、お楽しみに。 ■「考えるな、感じろ」  さて、『DAVID BOWIE is』展では、この深遠なパーソナル宇宙を旅しようという勇気ある探検者に、特殊なヘッドフォンが配られる。これらは特定の展示物に近づくと、展示にまつわる音声や音楽を自動で再生する。最近、さまざまな展示会などでオプションとして採用されているシステムだが、『DAVID BOWIE is』展では、基本的に全員、必ず着用しなければならない。これなしでは成立しないように設計された展示は、画期的であると同時に、実に猥雑だ。  歩いていると次々音が切り替わり、ほかの展示を見ていても、近くの映像の音が再生されて聴こえてくる。この猥雑さ、破廉恥さが、ものすごくボウイらしい。常に変化し、誰よりも時代に「キャッチー」でありながら、誰にも本質をつかませなかったボウイの、その活動が作り上げたつぎはぎだらけの宇宙を、少々質の悪い宇宙船で旅しているようだ。  最大の展示スペースでは、ボウイの音楽がワンフレーズずつ切り刻まれたメドレー、というよりも、ボウイ自身が愛読したウィリアム・バロウズの「カットアップ手法」を用いたようなBGMも流れている。 「SOUND&VISION」と名付けられた巨大なライブの部屋では、四方から別のライブ映像が再生され、それぞれの音声が順番に耳元で再生される。  これらの氾濫する音声は、「理解するな」と言わんばかりだ。  かつては、情報が少ない中での「考えるな、感じろ」だった。『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』(80年)で、ヨーダが文明のほとんどない森深くで、ルーク・スカイウォーカーにフォースの修行をさせたように。  しかし、いまや情報が氾濫しすぎて、「考えるな、感じろ」になった。多すぎて多すぎて多すぎることが、逆に「無」に近づいていく。  ボウイの代表曲のひとつ「SPACE ODDITY」(69年)の中で、宇宙を遊泳中に消息を絶ったトム少佐のように、虚無の宇宙をさまよう感覚は、無限の可能性の中を泳いでいるようなものなのかもしれない。1980年、ボウイ自身の楽曲「Ashes to Ashes」の中で、トム少佐はジャンキーで、宇宙遊泳は妄想だった、と歌われた。  しかし、それもまた、多元宇宙の可能性のひとつだ。  僕らは常に、可能性の中で生きている。  無限の可能性の中で、意識的な選択と、無意識的な拒否を繰り返して、自分を作っている。  それは、今も宇宙を遊泳するトム少佐の相似形だ。  死してなお、ボウイは教えてくれる。  僕らは、「僕ら内・インナースペース」の宇宙飛行士だ。宇宙は、外だけでなく、内にも無限に広がっていく。 takahashi1017.jpg ●タカハシ・ヒョウリ “サイケデリックでカルトでポップ”なロックバンド、オワリカラのボーカル。たまにブログでつづる文章にも定評あり。好きなものは謎、ロック、歌謡、特撮、漫画、映画、蕎麦。 HP:http://www.owarikara.com/ ブログ:http://hyouri-t.jugem.jp/ Twitter:https://twitter.com/TakahashiHyouri?ref_src=twsrc%5Etfw

また、あいつらが“仕掛けて”きた! 気持ちよく振り回されたい『山田孝之のカンヌ映画祭』

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テレビ東京『山田孝之のカンヌ映画祭』番組サイトより
 いまや、カメレオン俳優として名をはす実力派俳優・山田孝之。  彼が2016年の夏に「カンヌ」で賞を獲ることを決意、その決意から思い立った行動を描くドキュメンタリー(風)番組。果たして、山田は「カンヌ」を獲れるのか? どんな映画を作るか? 何をしでかすのか?  一見、どう見ていいか迷う、この番組。放送枠や監督(山下敦弘、松江哲明)、主演が同じことから、2015年に同局で放送された『山田孝之の東京都北区赤羽』と同じ手法となる作品と見ていいだろう。 「手法」という言い方をさせてもらったのは、これらが、ドラマでもドキュメンタリーでもない、いわゆる「フェイクドキュメンタリー」「モキュメンタリー」と呼ばれる特殊な観せ方の作品だからだ。 『東京都北区赤羽』は、もともと清野とおる原作のエッセイ漫画で、作者本人が実名で登場、清野自身の赤羽での実際の暮らしをもとに描いた作品だ。  ここからは勝手な想像なのだが、いわゆるノンフィクション漫画である『東京都北区赤羽』をドラマ化するにあたり、そのまま脚本化することに抵抗があったのではないだろうか?  山田に漫画のままの「主人公・清野」を演じさせ、実在する街の人をそれぞれ役者に演じさせるだけの「ドラマ」にしてしまったら、原作の持つリアルなざらついた面白さはなくなる。  そうなれば、あの漫画の面白さである臨場感だったり、出会いの化学反応だったりを「再現」することは難しい。近いところではドラマ『孤独のグルメ』(同)が、原作の話を一切使わず「なぞる」ことをしなかったように、それを一歩進めて、新しいアプローチとして、山田自身を新しい「主人公」として、あの赤羽という街に降り立たせてみたのではないのだろうか。  それは、山田の発案なのか、監督や、制作の発案なのかはわからないが、結果的にあの「ドラマ」は(あえてドラマと呼ばせてもらうが)、後半、妙なグルーブを産み、新しい感覚と興奮を我々に味わわせてくれた。それは原作の漫画とはもちろん違うが、原作の新鮮味に負けぬ鮮度だったと思う。  この作品で、東京ドラマアウォード演出賞を受賞した監督は、一人が山下敦弘。『苦役列車』(12)や『天然コケッコー』(07)など、観る人によっては「何も起こらない映画」という印象を抱くであろう、いわゆるそういう映画の人だ。そしてもう一人が、主にドキュメンタリーで活躍する松江哲明。  これに山田を加えた、この3人だからこそ産み出せた空気だったはずだ。  後のインタビューで山下は「(監督2人とも)テレビのバラエティを観て育ったし、ドラマの影響も受けているので、それらの要素を全部やってみたい、山田くんのこの企画(『東京都北区赤羽』)ならできる、そして変なものは間違いなくできたという手応え」があったと語っている。  いくら言葉を並べても、実際に観ていない人にはピンと来ないとは思うが、雑に言わせてもらうと『ガキの使いやあらへんで!!』(日本テレビ系)でよくあるリアルっぽいコントの長いやつみたいな感じだ。汲み取ってほしい。  さてそんな前作があってからの、今作『山田孝之のカンヌ映画祭』である。「第一話 山田孝之 カンヌを目指す」放送を振り返る。  カンヌでタキシード姿の山田と山下監督。これは山田の夢なのか?  オープニング。カンヌを歩く山田のバックに流れる山田とフジファブリックのテーマ曲「カンヌの休日 feat. 山田孝之」が、しびれるほどかっこいい。歌詞は、カンヌで賞を獲った映画のタイトルがずらり。  東宝スタジオ。『勇者ヨシヒコと導かれし七人』の楽屋で、呼び出されてやって来た山下に、カンヌで賞を獲りたいとの相談を、ヨシヒコの衣装のまま、大真面目に持ちかける山田。  理由としては、近年、本を書いたり(『実録山田』ワニブックス)、MV(TEE「恋のはじまり」)の監督をしたり、いろいろ新しいことをしていく中で、賞が欲しくなり、狙うなら世界最高峰のカンヌだということらしい。『赤羽』の冒頭で、映画撮影を中断して、急に赤羽に移住すると言い出した「おかしくなっちゃった山田」の再来だ。  途中、カンヌへの想いを語る中で、日本アカデミー賞に1回も呼ばれたことがないことへの不満を「正直なんなんだ?」「存在知ったのも何年か前ですけど」という言葉で、真顔で吐き捨てる山田。気持ちいい。  その作品の監督を依頼され、特にカンヌを意識したことがないという山下に「意識してなかったから獲れなかったんじゃないですか? 意識してこっからやってけば獲れますよ?」「本気出せば」と早口でまくしたてる山田。もちろん真顔。見た目は「ヨシヒコ」だ。  途中、「ヨシヒコ」の「メレブ」まんまの姿のムロツヨシがふらりとやってきて「『北区』だ? 『北区』これ? 『北区』だ? 出せ出せ『北区』に」と楽しげに絡んでくる。否定する2人に「じゃあ何区?」。この人はこうやって仕事を増やしてきたのだろうなとしみじみ思う。 「人を巻き込む時とか、何かやる時は強引なところがある」というムロの山田に対する証言がリアルだ。  後日、横浜元町のビルにすでに合同会社「カンヌ」の事務所を設立し待ち構える山田。山下監督は今回も振り回されつつ食らいついてゆく。 『赤羽』から続く、このシリーズの面白さの一因に、山下監督の「芝居」のうまさがあると思う。実に自然に、山田に驚かされ、山田を問い詰め、山田に振り回される。今回もその名コンビは健在だ。  壁には漫☆画太郎による馬鹿でかい山田の肖像画がかけられ、まるで悪夢のような部屋。  漫☆画太郎の単行本の他に、『軍鶏』や『クリームソーダシティ』1、2巻が積まれている。『赤羽』では山田の部屋のDVDに『ゆきゆきて、神軍』や『A』などのドキュメンタリーに混ざってフェイクドキュメンタリーの『容疑者、ホアキン・フェニックス』があり、これらがテレビ版『赤羽』の「手法」や「元ネタ」を匂わす、かすかな布石となっていたのだが、今回はいかに?  さて、今回山田がカンヌを目指すために作りたい映画の題材は『エド・ケンパー』。  エドモンド・エミール・ケンパー三世。身長206センチ。15歳で祖父母を銃殺し、ヒッチハイクした女性ら6人を殺害、その死体を犯して、のちに実の母親をハンマーで殴り殺した、いわゆる猟奇殺人犯だ。  前回の『赤羽』で山田が悩んだきっかけが、(架空の?)映画『己斬り』での自害のシーン。そして今回が、親殺しの殺人犯のそこにいたる心理を描きたいらしい。純粋な山田ファンが心配になるほどの症状だ。 「日本の人たち、逆輸入好きじゃないですか?」と、おそらく山田の中にたまったものの一部がこぼれ出す瞬間も、この「ドラマ」の一つの見所だと思う。  山田はプロデューサーとしてカンヌの最高賞「パルムドール」を狙いたいらしく、出演はしないと明言する。  すでに主演候補には個人的に話をして、相手事務所にもほぼ許可も取っているらしい。 「誰かは楽しみにしてて下さい」と煙に巻く山田。 『赤羽』でも、ふと思い立って詩を書き、ふらっと作曲者を紹介すると連れて行かれた先にいたのが、イエローモンキーの吉井和哉だった。  今回も油断できない。どんな大物俳優なのか。  日比谷公園のオープンテラスへ。主演俳優との待ち合わせ場所だ。  テラス席でカンヌ談義をする山田と山下。  ひとしきり話した後で、山田が席を立ち、待ち合わせ相手を連れて公園の遠くの方から歩いてくる。禿げた中年男性と歩いている。誰だろうか。  その男性の横にランドセルを背負った小さな児童が。  どこか芦田愛菜に似てる。  近づいてくる。  芦田愛菜によく似ている。  たしか芦田愛菜も小学生だったはずだ。  異様に芦田愛菜に似てる児童が、席に着く。  おもわず、山下が、「芦田愛菜ちゃん?」と尋ねる。 「芦田愛菜です。よろしくお願いします。」と答える児童。  芦田愛菜だった。  当たってた。  このとき、タイムラインが一斉に「芦田愛菜」になる現象が。  禿げた男性はマネジャーらしい。  戸惑いながら「親殺し」のことは聞いてるかと聞く山下に、「はい」と当然のように頷く芦田。いや、愛菜ちゃん。この瞬間、公園のカラスが騒ぎ出す。演出だとしたら恐ろしいが、偶然だろう。  カラスもたじろぐキャスティング。カンヌと親殺しとランドセル。咀嚼しきれない。 「全然不安はない、絶対できます」と山田。彼には、もう見えているようだ。  ここでエンディング。  次週「第二話 カンヌを学ぶ」の予告で、大学のような場所で必死にノートをとる愛菜ちゃん。どうやら悪夢は続くらしい。  ぞわぞわしつつ、エンドロールを眺めていると、「語り 長澤まさみ」の文字が。冒頭から聞こえてたナレーションは長澤まさみであったことに気づかされる。またタイムラインが活気づく。 『赤羽』後のインタビューで監督2人は、世間のリアルタイムなリアクションや議論を非常に面白がっていた。前回で知ったその反応を、今回はより強く意識して「仕掛けて」きたはずだ。  初回でこれだ。  見た人はがっつり掴まれたことだろう。  さてこうなってくるとハードルは上がってしまう。  どう展開するのか? どんな結末になるのか? 愛菜ちゃんの出落ちを越えられるのか?  よこしまに考えてしまうが、一番楽めるのは、素直に観て、驚いて、振り回されることだろう。 『赤羽』から観ていて、ひとつ気になったのは、山田孝之は決まった台本を演じることに飽きてしまったのでは? という懸念だ。  同じことを何度も繰り返し、自分のセリフも相手のセリフの決まっている台本での芝居に比べて、これらの掛け合いは多分に刺激的なはずだ。カメレオン俳優などの評価を得て、早くも物足りなさを感じてしまっているのではないだろうか。  ダウンタウンが漫才よりもフリートークを選んだように、山田もドラマよりもモキュメンタリーを選んでいるのではないだろうか?  それは極論だとしても、「狂った山田孝之」を「演じる」山田孝之には、他の芝居の時とは違う興奮を感じる。  今回、このドラマに振り回されつつも、山田のなかなか掴めない素顔も垣間見れたらと思う。 (文=柿田太郎)

また、あいつらが“仕掛けて”きた! 気持ちよく振り回されたい『山田孝之のカンヌ映画祭』

yamada0110
テレビ東京『山田孝之のカンヌ映画祭』番組サイトより
 いまや、カメレオン俳優として名をはす実力派俳優・山田孝之。  彼が2016年の夏に「カンヌ」で賞を獲ることを決意、その決意から思い立った行動を描くドキュメンタリー(風)番組。果たして、山田は「カンヌ」を獲れるのか? どんな映画を作るか? 何をしでかすのか?  一見、どう見ていいか迷う、この番組。放送枠や監督(山下敦弘、松江哲明)、主演が同じことから、2015年に同局で放送された『山田孝之の東京都北区赤羽』と同じ手法となる作品と見ていいだろう。 「手法」という言い方をさせてもらったのは、これらが、ドラマでもドキュメンタリーでもない、いわゆる「フェイクドキュメンタリー」「モキュメンタリー」と呼ばれる特殊な観せ方の作品だからだ。 『東京都北区赤羽』は、もともと清野とおる原作のエッセイ漫画で、作者本人が実名で登場、清野自身の赤羽での実際の暮らしをもとに描いた作品だ。  ここからは勝手な想像なのだが、いわゆるノンフィクション漫画である『東京都北区赤羽』をドラマ化するにあたり、そのまま脚本化することに抵抗があったのではないだろうか?  山田に漫画のままの「主人公・清野」を演じさせ、実在する街の人をそれぞれ役者に演じさせるだけの「ドラマ」にしてしまったら、原作の持つリアルなざらついた面白さはなくなる。  そうなれば、あの漫画の面白さである臨場感だったり、出会いの化学反応だったりを「再現」することは難しい。近いところではドラマ『孤独のグルメ』(同)が、原作の話を一切使わず「なぞる」ことをしなかったように、それを一歩進めて、新しいアプローチとして、山田自身を新しい「主人公」として、あの赤羽という街に降り立たせてみたのではないのだろうか。  それは、山田の発案なのか、監督や、制作の発案なのかはわからないが、結果的にあの「ドラマ」は(あえてドラマと呼ばせてもらうが)、後半、妙なグルーブを産み、新しい感覚と興奮を我々に味わわせてくれた。それは原作の漫画とはもちろん違うが、原作の新鮮味に負けぬ鮮度だったと思う。  この作品で、東京ドラマアウォード演出賞を受賞した監督は、一人が山下敦弘。『苦役列車』(12)や『天然コケッコー』(07)など、観る人によっては「何も起こらない映画」という印象を抱くであろう、いわゆるそういう映画の人だ。そしてもう一人が、主にドキュメンタリーで活躍する松江哲明。  これに山田を加えた、この3人だからこそ産み出せた空気だったはずだ。  後のインタビューで山下は「(監督2人とも)テレビのバラエティを観て育ったし、ドラマの影響も受けているので、それらの要素を全部やってみたい、山田くんのこの企画(『東京都北区赤羽』)ならできる、そして変なものは間違いなくできたという手応え」があったと語っている。  いくら言葉を並べても、実際に観ていない人にはピンと来ないとは思うが、雑に言わせてもらうと『ガキの使いやあらへんで!!』(日本テレビ系)でよくあるリアルっぽいコントの長いやつみたいな感じだ。汲み取ってほしい。  さてそんな前作があってからの、今作『山田孝之のカンヌ映画祭』である。「第一話 山田孝之 カンヌを目指す」放送を振り返る。  カンヌでタキシード姿の山田と山下監督。これは山田の夢なのか?  オープニング。カンヌを歩く山田のバックに流れる山田とフジファブリックのテーマ曲「カンヌの休日 feat. 山田孝之」が、しびれるほどかっこいい。歌詞は、カンヌで賞を獲った映画のタイトルがずらり。  東宝スタジオ。『勇者ヨシヒコと導かれし七人』の楽屋で、呼び出されてやって来た山下に、カンヌで賞を獲りたいとの相談を、ヨシヒコの衣装のまま、大真面目に持ちかける山田。  理由としては、近年、本を書いたり(『実録山田』ワニブックス)、MV(TEE「恋のはじまり」)の監督をしたり、いろいろ新しいことをしていく中で、賞が欲しくなり、狙うなら世界最高峰のカンヌだということらしい。『赤羽』の冒頭で、映画撮影を中断して、急に赤羽に移住すると言い出した「おかしくなっちゃった山田」の再来だ。  途中、カンヌへの想いを語る中で、日本アカデミー賞に1回も呼ばれたことがないことへの不満を「正直なんなんだ?」「存在知ったのも何年か前ですけど」という言葉で、真顔で吐き捨てる山田。気持ちいい。  その作品の監督を依頼され、特にカンヌを意識したことがないという山下に「意識してなかったから獲れなかったんじゃないですか? 意識してこっからやってけば獲れますよ?」「本気出せば」と早口でまくしたてる山田。もちろん真顔。見た目は「ヨシヒコ」だ。  途中、「ヨシヒコ」の「メレブ」まんまの姿のムロツヨシがふらりとやってきて「『北区』だ? 『北区』これ? 『北区』だ? 出せ出せ『北区』に」と楽しげに絡んでくる。否定する2人に「じゃあ何区?」。この人はこうやって仕事を増やしてきたのだろうなとしみじみ思う。 「人を巻き込む時とか、何かやる時は強引なところがある」というムロの山田に対する証言がリアルだ。  後日、横浜元町のビルにすでに合同会社「カンヌ」の事務所を設立し待ち構える山田。山下監督は今回も振り回されつつ食らいついてゆく。 『赤羽』から続く、このシリーズの面白さの一因に、山下監督の「芝居」のうまさがあると思う。実に自然に、山田に驚かされ、山田を問い詰め、山田に振り回される。今回もその名コンビは健在だ。  壁には漫☆画太郎による馬鹿でかい山田の肖像画がかけられ、まるで悪夢のような部屋。  漫☆画太郎の単行本の他に、『軍鶏』や『クリームソーダシティ』1、2巻が積まれている。『赤羽』では山田の部屋のDVDに『ゆきゆきて、神軍』や『A』などのドキュメンタリーに混ざってフェイクドキュメンタリーの『容疑者、ホアキン・フェニックス』があり、これらがテレビ版『赤羽』の「手法」や「元ネタ」を匂わす、かすかな布石となっていたのだが、今回はいかに?  さて、今回山田がカンヌを目指すために作りたい映画の題材は『エド・ケンパー』。  エドモンド・エミール・ケンパー三世。身長206センチ。15歳で祖父母を銃殺し、ヒッチハイクした女性ら6人を殺害、その死体を犯して、のちに実の母親をハンマーで殴り殺した、いわゆる猟奇殺人犯だ。  前回の『赤羽』で山田が悩んだきっかけが、(架空の?)映画『己斬り』での自害のシーン。そして今回が、親殺しの殺人犯のそこにいたる心理を描きたいらしい。純粋な山田ファンが心配になるほどの症状だ。 「日本の人たち、逆輸入好きじゃないですか?」と、おそらく山田の中にたまったものの一部がこぼれ出す瞬間も、この「ドラマ」の一つの見所だと思う。  山田はプロデューサーとしてカンヌの最高賞「パルムドール」を狙いたいらしく、出演はしないと明言する。  すでに主演候補には個人的に話をして、相手事務所にもほぼ許可も取っているらしい。 「誰かは楽しみにしてて下さい」と煙に巻く山田。 『赤羽』でも、ふと思い立って詩を書き、ふらっと作曲者を紹介すると連れて行かれた先にいたのが、イエローモンキーの吉井和哉だった。  今回も油断できない。どんな大物俳優なのか。  日比谷公園のオープンテラスへ。主演俳優との待ち合わせ場所だ。  テラス席でカンヌ談義をする山田と山下。  ひとしきり話した後で、山田が席を立ち、待ち合わせ相手を連れて公園の遠くの方から歩いてくる。禿げた中年男性と歩いている。誰だろうか。  その男性の横にランドセルを背負った小さな児童が。  どこか芦田愛菜に似てる。  近づいてくる。  芦田愛菜によく似ている。  たしか芦田愛菜も小学生だったはずだ。  異様に芦田愛菜に似てる児童が、席に着く。  おもわず、山下が、「芦田愛菜ちゃん?」と尋ねる。 「芦田愛菜です。よろしくお願いします。」と答える児童。  芦田愛菜だった。  当たってた。  このとき、タイムラインが一斉に「芦田愛菜」になる現象が。  禿げた男性はマネジャーらしい。  戸惑いながら「親殺し」のことは聞いてるかと聞く山下に、「はい」と当然のように頷く芦田。いや、愛菜ちゃん。この瞬間、公園のカラスが騒ぎ出す。演出だとしたら恐ろしいが、偶然だろう。  カラスもたじろぐキャスティング。カンヌと親殺しとランドセル。咀嚼しきれない。 「全然不安はない、絶対できます」と山田。彼には、もう見えているようだ。  ここでエンディング。  次週「第二話 カンヌを学ぶ」の予告で、大学のような場所で必死にノートをとる愛菜ちゃん。どうやら悪夢は続くらしい。  ぞわぞわしつつ、エンドロールを眺めていると、「語り 長澤まさみ」の文字が。冒頭から聞こえてたナレーションは長澤まさみであったことに気づかされる。またタイムラインが活気づく。 『赤羽』後のインタビューで監督2人は、世間のリアルタイムなリアクションや議論を非常に面白がっていた。前回で知ったその反応を、今回はより強く意識して「仕掛けて」きたはずだ。  初回でこれだ。  見た人はがっつり掴まれたことだろう。  さてこうなってくるとハードルは上がってしまう。  どう展開するのか? どんな結末になるのか? 愛菜ちゃんの出落ちを越えられるのか?  よこしまに考えてしまうが、一番楽めるのは、素直に観て、驚いて、振り回されることだろう。 『赤羽』から観ていて、ひとつ気になったのは、山田孝之は決まった台本を演じることに飽きてしまったのでは? という懸念だ。  同じことを何度も繰り返し、自分のセリフも相手のセリフの決まっている台本での芝居に比べて、これらの掛け合いは多分に刺激的なはずだ。カメレオン俳優などの評価を得て、早くも物足りなさを感じてしまっているのではないだろうか。  ダウンタウンが漫才よりもフリートークを選んだように、山田もドラマよりもモキュメンタリーを選んでいるのではないだろうか?  それは極論だとしても、「狂った山田孝之」を「演じる」山田孝之には、他の芝居の時とは違う興奮を感じる。  今回、このドラマに振り回されつつも、山田のなかなか掴めない素顔も垣間見れたらと思う。 (文=柿田太郎)

ジリ貧・福山雅治は「キザな役しか当たらない」!? 『そして父になる』コンビ復活も、また無表情エリート役

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 俳優の福山雅治が、第66回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した主演映画『そして父になる』(2013年)を手掛けた是枝裕和監督と、再びタッグを組むことがわかった。  是枝監督のオリジナル脚本で描く法廷心理劇で、9月公開予定(タイトル未定)。福山が演じるのは、エリート弁護士・重盛。ある時、殺人の前科がある三隅の弁護をやむを得ず引き受けるが、動機が希薄なため、接見するたびに重盛の中で「本当に三隅が殺したのか?」と核心が揺らいでいく……というストーリー。なお、三隅役を演じるのは、日本映画界の名優・役所広司。これが初共演だという2人の、迫真の会話劇が注目されそうだ。 「『そして父になる』は、是枝監督からのオファーだったそうですが、今回は福山サイドから『福山主演で、新作を撮ってほしい』と相談を持ちかけたとか。また、昨年、“一発屋ミュージシャン”役や、“借金まみれの中年パパラッチ役”といった人間臭い役柄がことごとく当たらなかったため、福山の十八番であるキザな役柄に絞ったようです」(芸能記者)  福山が一発屋ミュージシャンを演じた昨年4月期の月9ドラマ『ラヴソング』(フジテレビ系)は、平均視聴率8.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と大爆死。パパラッチ役を演じた映画『SCOOP!』(昨年10月公開)も大々的な宣伝に似合わず、予想を大きく下回る惨敗ぶりを呈した。  福山といえば、主演ドラマ・映画『ガリレオ』(フジテレビ系)で演じた天才物理学者役が“はまり役”と話題になり、同シリーズは視聴率20%超えを連発。また、大ヒットした『そして父になる』では、端整なルックスを生かし、エリート建築家役をクールに演じた。 「元SMAP・木村拓哉同様、『何を演じても福山』と揶揄されることも多い福山の演技ですが、イケメン特有の無表情ぶりが、役柄を狭めているとも。昨年は、ヒット作ゼロで終わった福山ですが、ただでさえ吹石一恵との電撃結婚や第一子誕生でファン離れが止まらない状況だけに、事務所も大慌て。あと3年で50歳を迎えることもあり、今年こそ“顔だけ”ではないことを証明しなければ、先がありません」(同)  ミュージシャンとしては、『NHK紅白歌合戦』で毎年、コンサート会場から中継で出場するなど、相変わらずスター然とした特別扱いを受けている福山。ネット上では現在、「なんで役所が主役じゃないの?」「役所さんと演技比べられて、福山大丈夫?」との声も目立つが、俳優としても再び人気を取り戻せるだろうか?