
25年に及ぶ構想期間を経て完成した園子温監督の自主制作によるSF映画『ひそひそ星』。主演の神楽坂恵はアンドロイド役だ。
園子温監督って、人気なんでしょ? トレンドワードをチェックする感覚で『リアル鬼ごっこ』や『映画 みんな!エスパーだよ!』を劇場まで観に行った人はア然ボー然としたことだろう。会員制のバーに間違って入ってしまったような居心地の悪さを覚えたに違いない。綾野剛、山田孝之らが出演した『新宿スワン』は興行的に成功したが、原作つきで脚本も書いてないこともあり、園監督的には自分の作品という意識はないらしい。『ラブ&ピース』も含めて4本もの新作が2015年には劇場公開されたが、初めて園作品に触れる“一見さん”をドーンと突き放すような内容のものが続いた。『愛のむきだし』(09)や『冷たい熱帯魚』(11)でブレイクしてから、不遇時代に溜め込んでいたエネルギーを爆発させるかのように作品を量産し、さらにバンド演奏、小説執筆、芸人宣言と様々な分野での露出が続いた園監督の分裂症的な時期は収束に向かい、新しいステージでの活動が始まる。園監督の新しいスタートを飾るのが、シオンプロダクション第1回作品『ひそひそ星』である。
『ひそひそ星』はとてもシンプルで静謐なモノクロ作品だ。日本映画界で売れっ子となった状況をすでに見切った園監督のセカンドヴァージン、第2の処女作と呼んでいいだろう。宇宙船が広い銀河を旅している。この宇宙船は昭和風のレトロなアパートを模した外見&内装となっている。自主映画を撮っていた若き日の園監督が暮らしていた高円寺の安アパートをイメージしたものか。ロケットには女性型アンドロイド・鈴木洋子(神楽坂恵)が乗っており、遠く離れた星々に散り散りとなって暮らす人類に宅配便を届けるミッションを負っている。アンドロイドゆえに感情もなく記憶も持たない鈴木洋子は、部屋の掃除やお茶を淹れたりと日常生活を過ごしながら、ロケットが目的地に到着するのを静かに待っている。彼女が届けるものは、貴重な天然資源でも最新の医療薬でもなく、人々の何でもない“思い出”である。他人から見ればまるで価値のないガラクタだが、送った人と受け取る人は同じ思い出を共有することで繋がりが生じる。使い古されて陳腐な言葉となったが、人間がかつて“絆”と呼んだものを届けるために、鈴木洋子は宇宙をはるばると旅している。

『ひそひそ星』のロケ地は、福島県の浪江町・富岡町・南相馬市。アンドロイドの鈴木洋子は廃墟に宅配便を届けに向かう。
鈴木洋子が何十年もかかって宅配便を届けに行く先となるが、福島の被災地だ。園監督は東日本大震災直後に『ヒミズ』(12)のロケを釜石で行なって以降、原発問題を正面から描いた『希望の国』(12)の撮影を福島で行なうなど、被災地に積極的に関わってきた。昨年公開された4作品の中で唯一のオリジナル作だった『ラブ&ピース』(15)の人々に飽きられたオモチャや棄てられたペットたちが一緒に暮らす下水道奥のユートピアは、福島原発事故によって無人化した帰宅困難区域を連想させるものだった。『ひそひそ星』では津波によって内陸に打ち上げられた船やところどころに廃墟が残る荒涼とした更地に、鈴木洋子は黙々と思い出を届けに行く。受け取るおじいちゃんやおばあちゃんたちには被災地で今も暮らす地元の人たちが起用されており、SF作品なのにドキュメンタリー的な味わいがある。園作品では『自殺サークル』(02)をはじめ、過激なバイオレンスシーンが描かれることが多いが、静謐さを極めた『ひそひそ星』は、かつてこの地でとんでもなく不条理な暴力が人々を襲ったという事実を我々の胸に突き付ける。
鈴木洋子は被災地で暮らす人々に思い出を届けているわけだが、スクリーンの中に広がる被災地の光景もまた貴重な記憶である。多分、陸に上がった船や廃墟はもう撤去され、ロケ地は完全な更地となっていることだろう。園監督は風化して、のっぺらぼうとなっていく記憶を、人間の脳みその代わりにスクリーンの中へと取り込んでいく。かつて、この場所で人々が暮らしを営み、そこから数々の記憶が生まれ、人々が共有する思い出へと育っていった。被災地に通った園監督はそんな思い出を受け止め、物語へと昇華させていく。人間は記憶を、そして思い出を持つことで自身のアイデンティティーを保つことができる。思い出が積み重なることで、コミュニティーの歴史が作られていく。そして物語が奏でられる土地から、文化や文明が生まれていくことになる。園監督は感情を持たない女性型アンドロイドに、記憶を持つことによる心の痛みや温かさを体験させようとする。園監督は新しいスタートを切る大事な記念作を、耳を澄まさなくてはスルーしてしまうような、とてもミニマムな作品として完成させた。

ドキュメンタリー映画『園子温という生きもの』より。『ひそひそ星』の撮影や個展の準備に取り組む園監督の多面的な素顔に迫っている。
『ひそひそ星』と同時公開されるドキュメンタリー映画『園子温という生きもの』も興味深い。園監督がリスペクトする大島渚監督の息子・大島新監督が『ひそひそ星』の撮影に取り組む園監督の素顔を追ったものだ。とりわけ『ひそひそ星』に主演し、また本名の園いづみとしてプロデューサーも務めた神楽坂恵へのインタビューが印象に残る。園監督の公私にわたるパートナーである神楽坂は『冷たい熱帯魚』に出演した後、『恋の罪』(11)に主演することになるが、この時期に交際を始めたことを打ち明ける。『冷たい熱帯魚』での園監督の彼女への演技のダメ出しも厳しかったが、『恋の罪』に主演するのも相当な覚悟が必要だった。映画が失敗したら、自分の女優生命だけでなく、交際している園監督の価値さえ暴落させることになる。当時の心情がフラッシュバックした神楽坂はカメラの前で言葉を詰まらせて、カメラフレームから逃れて涙を拭おうとする。鬼才と呼ばれるアウトロー監督との共同生活は想像以上に大変だった。
園監督は今後の創作ビジョンについて、海外からのオファーは受けるが、国内での仕事はオリジナル作品を中心にやっていくつもりだと語っている。園監督の第2の処女作『ひそひそ星』を皮切りに、シオンプロダクションはこれから一体どんな作品を産み落としていくのだろうか。
(文=長野辰次)

『ひそひそ星』
監督・脚本・プロデュース/園子温 プロデューサー/鈴木剛、園いづみ 出演/神楽坂恵、遠藤賢司、池田優斗、森康子、福島県浪江町・富岡町・南相馬市の人々
配給/日活 5月14日(土)より新宿シネマカリテほかロードショー
(c)SION PRODUCTION
http://hisohisoboshi.jp
『園子温という生きもの』
監督/大島新 出演/園子温、染谷将太、二階堂ふみ、田野邊尚人、安岡卓治、エリイ(Chim↑Pom)、神楽坂恵
配給/日活 5月14日(土)より新宿シネマカリテほかロードショー
(c)2016「園子温という生きもの」製作委員会
http://sonosion-ikimono.jp
※東京都神宮前のワタリウム美術館では現在、園子温監督の美術個展「園子温『ひそひそ星』」を開催中(~7月10日)。デビュー作『自転車吐息』(90)がベルリン映画祭に出品された後、帰国して描き上げた『ひそひそ星』の絵コンテ555枚や劇中に登場する影絵シーンを再現した「今際の際(いまわのきわ)の橋」のほか、園監督が主宰したストリートパフォーマンス集団「東京ガガガ」から生まれた「ハチ公プロジェクト」の新作などが展示されている。

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