
真利子哲也監督の商業デビュー作『ディストラクション・ベイビーズ』。もともとの題名は『喧嘩のすべて』だった。
映画史上もっとも“陰鬱な日本映画”月間と呼びたい。柳楽優弥と菅田将暉が無差別暴行魔に扮した暴力ロードムービー『ディストラクション・ベイビーズ』が5月21日から劇場公開されたのに続き、V6の森田剛がストーカー&連続殺人鬼役で迫真の演技を見せている犯罪サスペンス『ヒメアノ~ル』が同28日より公開。さらに神戸児童無差別殺傷事件ほか幾つかの実在の事件をベースにした加害者家族の崩壊劇『葛城事件』、北九州監禁連続殺人事件や尼崎連続変死事件を連想させる黒沢清監督作『クリーピー 偽りの隣人』が6月18日(土)に同日公開。日本中の警察組織を震撼させた“稲葉事件”の悪徳刑事に綾野剛が渾身の演技で成り切ってみせた実録犯罪もの『日本で一番悪い奴ら』も6月25日(土)の公開日を待っている。
どの作品も口当たりのよい作品ではない。ハードなバイオレンスシーンが盛り込まれた犯罪映画&社会派作品が、短期間にこれほど次々と公開されるのも珍しい。配給会社はそれぞれ異なるため、偶然ではあるわけだが、これだけ一時期に集中することになった映画業界の背景を探ってみよう。雑誌編集者に話を聞いてみた。
「最近の日本映画で活気があるのは、『ちはやふる』など少女コミックの実写化作品。少女コミックの映画化は、人気原作を押さえられれば確実にファン層を動員でき、若手キャストの顔を売ることもでき、製作費もあまり掛からない。それで10億円程度の興収が望める。原作も売れ、winwinな企画なんです(笑)。今はどの映画会社も10代の女の子向けコミックの映画化を競っている状況ですね。でも、誰が監督なのか、よく分からないような作品がほとんど。そんな風潮に反発する製作者も少なくないと思います。気骨ある映画人たちの熱気が、ここに来ていっきに溢れ出したような印象を受けますね。『チェイサー』など実録犯罪ものの傑作が次々と生まれた近年の韓国映画を思わせ、映画好きには見応えのある作品ばかりです」(映画誌編集者)
昨年公開された桐谷美玲主演作『ヒロイン失格』や有村架純主演作『ストロボ・エッジ』は共に23億円の大ヒットに。少女コミックの映画化は学園を舞台にしたものが多く、キャストも若いため、製作費を抑えることができる。確かに映画会社にとっては美味しい企画に違いない。映画界の内情について、東京テアトルの大場渉太宣伝プロデューサーに聞いてみた。
「GWや夏休みのようなお客さんの掻き入れどきは、レイティングの掛かった作品はなかなか公開しにくいという事情があります。それでGWと夏休みの狭間となるこの時期に、エッジの効いた作品が集中することになったのでしょう。ヒットが期待できるコミック原作の映画は映画会社にとっては有り難い作品ですが、コミック映画ばかり作られている現状に危機感を感じている製作者は確かにいます。TBSが東宝に持ち込んだ『64 ロクヨン』は当初は重い社会派作品を二部作として公開することを危ぶむ声があったそうですが、主演の佐藤浩市の熱演もあって、前編は好スタートを切っています。東京テアトルが配給している『ディストラクション・ベイビーズ』は製作費も宣伝費も限られた作品ですが、柳楽優弥、菅田将暉、小松菜奈、村上虹郎とブレイク中の若手キャストがそろっています。普段はコミックものなどの原作付きの作品に出演することの多い彼らですが、今回は新鋭・真利子哲也監督のオリジナル作品であり、地方都市で暮らすひとりの若者の暴力衝動に、同じようにくすぶって生きてきた少年や少女が感化されていくという異色作。真利子監督と一緒にゼロから役づくりしていくことが、キ
ャストにとって新鮮で充実感のある現場だったそうです。作品に触れた観客も必ず刺激を受ける作品になっているので、テアトル新宿を中心にロングランできる作品に育てていきたいですね」(大場渉太宣伝プロデューサー)

『その夜の侍』で監督デビューした赤堀雅秋監督の第2作『葛城事件』。家族が崩壊していく姿を冷徹に見据えている。
『ディストラクション・ベイビーズ』は若いキャストや監督たちに、将来の映画界を担って欲しいという想いも寄せられた作品のようだ。ちなみに大場プロデューサーは日活から東京テアトルに出向している身。日活が製作した『ヒメアノ~ル』『日本で一番悪い奴ら』についても聞いてみた。
「吉田恵輔監督の『ヒメアノ~ル』は古谷実さんのコミックが原作ですが、これはプロデューサーがオファーしたものではなく、吉田監督がずっと前から映画化を希望していたもの。企画にGOサインが出たのは、やはり日活が製作・配給した白石和彌監督の『凶悪』の成功が大きい。ピエール瀧、リリー・フランキーが実在の凶悪犯を演じた『凶悪』が単館系では大ヒットといえる2億円の興収結果を残したことで、犯罪ものもうまく作ればビジネスとしても成功することが分かった。『ヒメアノ~ル』はV6の森田剛が出演OKしたことも大きな決め手になったでしょう。白石監督の新作『日本で一番悪い奴ら』は、綾野剛主演作として『凶悪』以上のヒットが狙える作品。俳優たちも実人生では経験できないようなハードな役を演じることを望んでいるんだと思いますよ」
三浦友和が殺人犯の父親という難役を演じたシリアスドラマ『葛城事件』、西島秀俊が犯罪心理学者に扮した『クリーピー 偽りの隣人』は、どちらも温かく幸せなはずの家庭の中にドス黒い暗黒面が潜んでいることを暴き出した作品。他人事だとは言い切れない怖さがある。今回取り上げた“陰鬱な日本映画”は、華やかな少女コミック原作の映画とは真逆のベクトルにあるものばかり。キャストのみならず観客にすら“痛み”を強いるが、それだけ観た者の記憶に強く刻み込まれる作品でもある。人間のダークサイドに踏み込んだ陰鬱な日本映画たち、おひとついかがだろうか。
(文=長野辰次)
『ディストラクション・ベイビーズ』
監督・脚本/真利子哲也 脚本・喜安浩平 音楽/向井秀徳 出演/柳楽優弥、菅田将暉、小松菜奈、村上虹郎、池松壮亮、北村匠海、岩瀬亮、キャンデイ・ワン、テイ龍進、岡山天音、吉村界人、三浦誠己、でんでん
配給/東京テアトル R15 テアトル新宿ほか公開中
(c)2016「ディストラクション・ベイビーズ」製作委員会
http://distraction-babies.com
『ヒメアノ~ル』
原作/古谷実 監督・脚本/吉田恵輔 出演/森田剛、濱田岳、佐津川愛美、ムロツヨシ、駒木根隆介、山田真歩、大竹まこと
配給/日活 R15 TOHOシネマズ新宿ほか公開中
http://himeanole-movie.tumblr.com
『葛城事件』
監督・脚本/赤堀雅秋 出演/三浦友和、南果歩、新井浩文、若葉竜也、田中麗奈
配給/ファントム・フィルム PG12 6月18日(土)より新宿バルト9ほか全国公開
(c)2016「葛城事件」製作委員会
http://katsuragi-jiken.com
『クリーピー 偽りの隣人』
原作/前川裕 脚本/黒沢清、池田千尋 監督/黒沢清 出演/西島秀俊、竹内結子、川口春奈、東出昌大、香川照之、藤野涼子、戸田昌宏、馬場徹、最所美咲、笹野高史
配給/松竹、アスミック・エース 6月18日(土)より丸の内ピカデリーほか全国公開
http://creepy.asmik-ace.co.jp
『日本で一番悪い奴ら』
原作/稲葉圭昭 脚本/池上純哉 監督/白石和彌 出演/綾野剛、YOUNG DAIS、植野行雄(デニス)、矢吹春奈、瀧内公美、田中隆三、みのすけ、中村倫也、勝矢、斎藤歩、青木崇高、木下隆行(TKO)、音尾琢真、ピエール瀧、中村獅童
配給/東映、日活 R15 6月25日(土)より全国ロードショー
http://www.nichiwaru.com