
藤山直美の映画主演は実録犯罪もの『顔』以来となる16年ぶり。岸部一徳と息の合った熟年夫婦を演じている。
『ドラえもん』やSF映画を観て、子どもの頃は21世紀になれば月や火星に自由に行けるようになっているんだろう、科学が進歩して日常生活の煩わしさから解放されるようになるんだろうなとバラ色の未来社会を夢想していた。でも、実際に大人になってみると、子どもの頃に思い描いていた未来像とずいぶん違うことに愕然とする。その一方、高度経済成長期にはモダンなライフスタイルとして憧れの存在だった集合住宅(団地)は、時代の流れと共に色褪せたものへと変わっていった。叶わなかった未来と経年劣化が目立つようになったかつての憧れがクロスする、奇妙な感覚のコメディ映画。それが阪本順治監督の新作『団地』だ。
本作の主人公であるヒナ子(藤山直美)と清治(岸部一徳)の夫婦は、以前は漢方薬局を営んでいた。でも、半年前にお店を畳み、郊外の団地へと引っ越してきた。団地全体から昭和な雰囲気が漂い、子どもがいないヒナ子たち夫婦が慎ましく暮らすには手頃な物件だった。落ち着いたシニアライフを送ろうとしていたヒナ子たちだったが、毎日いろんな人たちが訪ねてくる。自治会長の正三(石橋蓮司)はお調子者だが、その妻・君子(大楠道代)は夫が浮気していると愚痴をこぼしに来る。久々に現われ、「五分刈りです」とおかしな挨拶をする真城(斎藤工)は漢方薬局の常連客だった。健康そうな見た目とは裏腹に虚弱体質らしく、今も夫婦が作る漢方薬を欲しがっている。ヒナ子は清治のための食事の準備に加え、スーパーマーケットでパートタイマーとして働き、なんだかんだと忙しい。
ヒナ子たち夫婦が団地に引っ越してきたのには、理由があった。夫婦にはひとり息子がいたが、事故であっさり亡くなってしまった。お店に来るお客たちに気を遣われるのも辛く、きっぱり仕事は辞めてしまった。人生をリセットするつもりでの引っ越しだった。かつての憧れの空間だった団地でのセカンドライフのスタート。清治は君子から次期自治会長に推され、団地ライフの向上を目指して立候補するも、まさかの落選。「意外と人望なかったのね」と君子はつれない。ヒナ子は勤務先のスーパーマーケットで顔なじみのお客ひとり一人に声を掛けていると、年下の主任から「どんくさい」とどやしつけられる。熟年夫婦のセカンドライフもなかなか難しい。

どこか日本人離れ、人間離れしている真城(斎藤工)が団地に現われたことから、予想もしなかった方向に物語は転がっていく。
共に“万博世代”となる阪本監督と藤山直美との顔合わせは、松山ホステス殺害事件を題材にした『顔』(00)以来となる16年ぶりだが、今回はガラリと趣きを変えてきた。子どもの頃に憧れていた世界でも、大人になってシビアな目で見ると、いろんな難題が生じてくる。アーサー・C・クラークのSF小説や星新一のショートショートを少年期に愛読していた阪本監督は、関西の誇るコメディエンヌ・藤山直美を使って、子どもの頃に夢見た未来と目の前にある現実とのギャップを、シュールな味わいのコメディへと仕立ててみせた。
どこか日本人離れしている真城は、ヒナ子夫婦にとんでもない仕事の依頼をする。そして、その依頼に応えてくれたら、どんな約束でも叶えるという。関西弁の日常コメディが、ゆらゆらとふらふらとSFミステリーへと姿を変えていく。団地暮らしの奥様たちの噂話と相まって、どこまでが冗談か妄想なのか曖昧なまま物語は進んでいく。ジョディ・フォスター主演の『コンタクト』(97)やクリストファー・ノーラン監督の『インターステラー』(14)といったハリウッドのSF映画とはあまりに違うけど、その違いっぷりを楽しみたい。ネタばれになるので詳しくは触れないが、『ウルトラセブン』でメトロン星人がモロボシダンとちゃぶ台を囲んで対話していた夕暮れを思い出す“懐かしい未来”がクライマックスでは待っている。
是枝裕和監督の『海よりもまだ深く』(公開中)も団地を舞台にしたもので、思うような大人になれなかった男の哀愁がコメディタッチで描かれている。念願の小説家デビューは果たしたものの、良多(阿部寛)には生活能力がなく、今は興信所に勤めている。小説のネタ探しだと周囲には言い訳しているが、実際は浮気調査で得た情報で相手を揺すって、あぶく銭を稼いでいる。ひどく、かっこ悪い大人になってしまった。別れた妻・響子(真木よう子)と息子のことは今でも愛しているが、ギャンブルで散財し、毎月の養育費を渡すこともままならない。そんなダメダメな良多だが、母親(樹木希林)が暮らす団地に息子を連れて帰り、迎えにきた響子と共に台風の夜を過ごす。ひと晩限定で、家族の温かさを良多は取り戻すことになる。

自治会長の正三(石橋蓮司)たちは引っ越してきてまだ日の浅いヒナ子と清治たち夫婦の噂話で持ち切りだった。
1962年生まれの是枝監督は、自身の故郷である東京都清瀬市の旭が丘団地でロケ撮影を行ない、哀惜の念を込めてもう戻ることはない家族の姿を描いている。体の大きな阿部寛が団地の浴槽に窮屈そうに浸かるシーンはおかしくて、そして哀しい。一方、関西出身の阪本監督の実家は老舗の仏具店で、お向かいが東映の映画館という商店街で育った。1958年生まれの阪本監督にとって、きっと団地生活は憧れだったに違いない。ちなみに『団地』のロケ地は、栃木県足利市の錦町団地だ。是枝監督は団地生活をリアルかつ愛情を持って描き、阪本監督はファンタジックに捉えている。作風はまるで異なる両作だが、どちらもコミュニティー空間が失われていく切なさが胸に残る。
子どもの頃に夢見た未来社会は、どこへ消えてしまったのだろうか。どこか遠い星に行けば、あの頃に夢見た理想の世界が待っているのだろうか。近くの団地からひょっこりと顔を出した給水塔を眺めながら、ふとそんなことを考える。
(文=長野辰次)

『団地』
脚本・監督/阪本順治 出演/藤山直美、岸部一徳、大楠道代、石橋蓮司、斎藤工、冨浦智嗣、竹内都子、濱田マリ、原田麻由、滝谷可里、宅間孝行、小笠原弘晃、三浦誠己、麿赤兒 配給/キノフィルムズ 6月4日(土)より有楽町スバル座、新宿シネマカリテほか全国ロードショー
(c)2016「団地」製作委員会
http://danchi-movie.com

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