ベッキー、『金スマ』での号泣謝罪は「成功」! ネットは「最も悪いのはゲス川谷」の論調に

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大丈夫、激ヤセではなかったよ?

 ゲスの極み乙女。川谷絵音との不倫騒動で活動を休止していたベッキーが、13日放送の『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)で、104日ぶりにテレビ出演を果たした。番組冒頭、SMAP・中居正広とツーショットでトークを行うシーンが約6分間放送され、ナレーションで、これは4月30日に撮影したものであること、そしてベッキーはその2日後の5月1日に、川谷の元妻と2人で会い、謝罪をしたことが説明された。また、「(川谷の元妻が)謝罪を受け付けてくれるまで放送はしないと」いう約束で、当日の収録は行われたという。

 その後番組は、ベッキー以外の番組レギュラー陣が参加する、恒例のロケ企画「ひとり農業」へと移り、中居らが田植えや収穫をする様子が放送された。再びベッキーが登場したのは、放送開始から約25分後。収穫した野菜で料理を作るところから、同ロケに途中参加し、視聴者や関係者に「この度は私事で申し訳ございませんでした」と謝罪。中居は「俺もジタバタしてたけど」と、SMAP分裂騒動を絡めて、ベッキーを茶化していた。

ヘイトスピーチ対策法が成立へ 狂奔する「反ヘイトスピーチ」に「表現の自由」はどうあるべきか

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 13日、国会で審議されていたヘイトスピーチ対策法案が参議院本会議で可決され、衆議院へと送付された。この法案は来週にも衆議院本会議で可決され成立する見込みだ。  この法案は「生命や身体に危害を加える旨を告知し、著しく侮辱するなど、外国出身者であることを理由に、地域社会から排除することを扇動する不当な差別的言動」をヘイトスピーチと定義して、解消に向け、国や地域社会が、教育や啓発広報、相談窓口の設置など「地域の実情に応じた施策を講ずる」よう定めるものだ。条文には罰則は含まれず、あくまで理念を定めた法律となっている。  この法案をめぐっては、さまざまな議論がなされた。ひとつは保護対象者を「適法に居住するもの」に限定したことしたことで、難民などの非正規の滞日外国人を対象にしないとも解釈できること。そして「表現の自由」との兼ね合いだ。  これらの問題から、参議院本会議では、山田太郎(無所属/表現の自由を守る党)、中野正志、中山恭子、和田正宗(日本のこころ)、福島みずほ、又市征治(社民党、吉田忠智議員は本会議を欠席)、山本太郎(生活)の各議員が、それぞれの立場から反対票を投じるにいたった。  こうして成立しようとしている法案には、前述の通り懸念を寄せる意見もある一方「反ヘイトスピーチ」を主張してきた人々は、この「前進」を諸手を挙げて喜んでいるようだ。  批判の声は、前述の適法居住をめぐる問題、あるいは、罰則を設けない生ぬるさが多くを占めており「表現の自由」を念頭に置いた批判は、いまいち活発ではないように見える。  だが、今回の法案が理念を定めたものとして成立したことで、もっとも脅かされるのが「表現の自由」であることは間違いない。「ヘイトスピーチ」をめぐっては、すでに1月に大阪市が「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」を可決している。今回、国が法律を定めたことで、全国各地の自治体で同様の条例を制定する動きは活発になるだろう。  その結果やってくるのは、さまざまな発言に「ヘイトスピーチ」のレッテルを貼り合う泥仕合。はたまた、そうしたレッテルを貼られることを恐れるあまりに、言論や表現が躊躇される状況である。こうした事象を、我々はすでに体験している。なにかと「ナンタラハラスメント」と非難されたり「個人情報がナントカ」といわれたりする形で。  もちろん「表現の自由」は、やりたい放題、言いたい放題の自由ではない。アジアの同胞に対する侮蔑的な発言、表現が許されるものとは思えない。しかし、それを衆を頼み、国家権力を使って殲滅しようと考えるのは理解に苦しむ。元来、近代以降の国民国家というのは、領域内に住む人々を分断し管理支配するシステムを内包している。ヘイトスピーチ対策法、そのシステムに、新たな支配の道具を手渡したわけである。この法律の成立を喜ぶ「反ヘイトスピーチ」を主張する人々は、自らの死刑執行ボタンを押したとみていいだろう。  差別的な思考を口に出したり、表現する行為を行うのは、個人である。そこにいたるまで、個々にさまざまな人生の事情があるだろう。ゆえに、それが間違いだと思うのならば、言って聞かせて糺すのが、東洋的価値観である。レッテルを貼り法律を駆使して上から叩きつぶそうとする近代以降の西洋的価値観に与するべきではない。  法律を背景にしたレッテル貼りの先には、増殖した怨念による「ヘイトクライム」の危機も生まれる。「ヘイトスピーチ」と「表現の自由」をめぐる問題は、その途上で姿を現すことになるだろう。今すぐ、過去の作品も含めて批判を受けることはない。だが、意図していないときに、突然「ヘイトスピーチ」というレッテルを貼られるケースは、必ずやってくる。  表現を生業にする人に求められるのは、そのときにどうするかを考えることだろう。これからやってくる「ヘイトスピーチ」だとか「ファシスト」だとかいうレッテル貼りは、むしろ勲章だと思ったほうがよい。レッテル貼りに対抗できる方法は、やはり表現し続けることだけだ。 (文=昼間たかし)

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“推定体重130キロ”金正恩氏のスーツ姿に全世界衝撃! 北朝鮮にも「サカゼン」があるのか?

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平壌市内の衣料品店。ほとんどSサイズだ
 異例のスーツ姿で第7回朝鮮労働党大会に登壇した北朝鮮の金正恩党委員長。推定体重130キロという巨体にフィットしたフォーマルなスーツは全世界で注目され、Twitterでは「北朝鮮にもサカゼンみたいな店があるのか」と、大きな話題になった。北朝鮮の経済事情に詳しい関係者は「残念ながら、共和国(北朝鮮)にデブ専門店はない」と断言。関係者の証言で、知られざる北の巨漢事情が明るみになった。  正恩氏のスーツについて、日本国内の北朝鮮ウオッチャーは「よく見るとストライプになっており、いつもの人民服と同じ生地だ」と指摘する。ゆえに「特注品、オーダーメードと考えるのが自然だろう」と語る。北朝鮮では最近、最高権力者にあやかろうと、刈り上げのヘアスタイルがブームになっているが、一般の人民は衣装面での真似は難しそうだ。 「そもそも太っている人が珍しい。富裕層が増えたといっても、体重100キロを超えるような人はいないよ」とは、日朝を頻繁に行き来する在日ビジネスマンの男性。肥満体形が少ないのは、食料不足はもちろん、西側のファストフードのような、脂っこくてカロリーの高い食事を出す店が少なく、シンプルな味付けの朝鮮料理が多いからだと、この男性は見る。 「北朝鮮には、サカゼンのようなビッグサイズ専門店はない。太った人が町を歩くと『幹部が来た』と勘違いされて、みんなにガン見される」(同)  かく言う男性も、日本人の中年と同じで結構恰幅がいい。それでも、男性は北朝鮮に入ると、同胞として現地の人に溶け込むため、いつも人民服に着替えることにしているという。  では、どこで人民服を入手しているのか?
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平壌中心部の地下鉄。デブはひとりもいない
「日本で人民服は再現できない。そこで、初めて平壌に行った時、『人民服を買いたいので、服屋に連れて行ってほしい』と、向こうの受け入れ先に頼んだ。すると『ホテルで待て』と指示された」(同)  ほどなく、メジャーを持った女性が到着し、上から下まで採寸して帰った。その2日後、男性にぴったりの人民服が仕上がってきたという。つまり、布の裁断から縫製まで、一から仕立屋が引き受け、イザというときの一張羅は、既製品を買わないのが、朝鮮メンズのたしなみだという。ちなみに人民服は1着1万5,000円ほど。ビッグサイズだと約5,000円で、日本円か中国元での外貨払いを求められるそうだ。  基本オーダーメードでも、サイズには制限があるという。 「『ウエスト100センチぐらいまでが限度』と仕立屋の人が言っていた。正恩氏の姿を見ると、120センチはあるだろう。正恩氏の衣装だけを扱う縫製工場があるんだろうなぁ」(同)  正恩氏は今回の党大会で、開会の辞の原稿を読み上げる際、金日成主席が使っていたのとよく似たウェリントンの眼鏡をかけている。後ろにすき上げた髪形、腹を突き出した歩き方、後ろ手に組む様子、壇上をつかんで報告書を読むさまなどは、いずれも「金日成の真似」と分析されているが、スイス留学経験があるだけに、おしゃれには人一倍気を使うのかも!?

執念の謝罪を済ませたベッキーの、芸能界“復帰劇”の成功をはかる指標

――毒舌コラムニスト・今井舞が、話題のアノ人物やアノニュースをズバッとヒトコトで斬り捨てる!

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霞を金に変えて生きてきたのね

◎あらためてベッキーとは……
 「奥さんに謝る」ことだけをゴール目標に、執念の謝罪を済ませた(らしい)ベッキー。奥さん(元だけど)も、本当は顔も合わせたくなかっただろうに。ストーカーレベルの粘りに、「それでこの話から開放してもらえるなら」って。根負け。

 しかしこの「謝罪さえすればOK」というメンタリティ、平身低頭に見せかけてやっぱり傲慢である。「直接迷惑かけたのは奥さんだけ」だから「そこさえクリアすればセーフ、だよね!」という、ものすごく即物的で強引な理論のゴリ押し。

私は美人、男に微笑むだけで玉の輿よ! この美貌さえあれば遊んで暮らしていけるの!

【作品名】「バブルの夢」(前編) 【作者】五代朱麗『ご近所の悪いうわさ』

【作品紹介】子どもの頃から「可愛い」と褒められ続け、男からの称賛を手にしてきた杏奈。銀座のホステスとなり、ほしいままにブランド品を漁り、不動産会社の社長と高級マンションで同棲を始めたが、華やかなバブル期は終わりに近づいていた。

【サイゾーウーマンリコメンド】これぞ80年代後半の空気感が現れた、1ページ目のタイトルデザインからして素敵! そして白黒のマンガでも、余裕で脳内カラー再生が余裕な主人公・杏奈のビジュアルも最高。間違いなく、真っ赤なルージュ、細かいソバージュ、紫色のツーピースですよ!

【U-23日本代表】ガーナに圧勝も、関係者は困惑? 親善試合でアフリカ相手に「やってはいけないこと」とは

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フジテレビ『MS&ADカップ2016~九州 熊本震災復興支援チャリティーマッチ がんばるばい熊本~ U-23日本代表×ガーナ代表』番組サイトより
 11日、サッカーU-23日本代表は、MS&ADカップ2016でガーナ代表と対戦し、矢島慎也(ファジアーノ岡山)の2ゴールと、新戦力の富樫敬真(横浜Fマリノス)のゴールで3-0と快勝した。  リオオリンピックで対戦する仮想ナイジェリアとして呼ばれたガーナ代表は、そのほとんどが国内組とはいえ、年齢制限のないフル代表だ。本来だったら日本のフル代表でも苦戦する相手。では、なぜU-23代表で日本は圧倒できたのだろうか? 「ガーナだけではないんですが、アフリカのほとんのどチームは勝つ必要のない親善試合に本気を出すことはまずありえません。どんな試合でも手を抜かないという日本では当たり前の美学も、当然のように持ち合わせていないんです。これはサッカー観であったり、お国柄の違いでしょうね。協会としては、少しでも強い黒人系のチームと戦わせたくて、このアフリカトップレベルであるガーナとの対戦を組んだのでしょうけど、期待外れに終わってしまいましたね」(スポーツライター)  アフリカ系の選手のモチベーションが低いなんてことは、少しでもサッカーを知っている人間からしたら当たり前の話だ。しかし、それにしても今回のガーナはやる気がなかった。一体なぜなのだろうか? 「接戦になればそれなりに必死にやってくれるはずでした。では、今回の対戦で何がガーナのやる気を奪ったかといえば、矢島の2ゴールでしょうね。前半15分で2点も取られたら、例えW杯でもモチベーションを落とすのがアフリカ系の選手なんですよ。特にヨーロッパなどのトップでやっていない選手は、なおさらです。2点を取られた後のガーナのチグハグな守備ったらなかったです。もちろんスーパーゴールを決めた矢島や、他の日本の選手たちは必死に素晴らしいプレーをしてくれましたが、それが結果的に収穫の少ない親善試合になる理由になってしまったことは、とても残念ですね」(同) 「アフリカ系選手の玉際での脚の長さや伸びを体験してほしい」と、試合前に手倉森誠監督はコメントを残していた。おそらく瞬間瞬間でのプレーでは、選手たちもそれを体感できたに違いない。最高とは決して言えない親善試合になってしまったが、この少しの経験を上手に活かして、選手たちにはリオオリンピック本戦に臨んで欲しい。 (文=沢野奈津夫)

KAT-TUN中丸雄一がTwitterに“降臨”し、出演番組を実況する珍事発生!

 SNSや電子書籍など、今やインターネットは人々の生活から切っても切り離せない存在になっている。そんなご時勢でありながら、頑なにネットと関わろうとしないのが、ジャニーズ事務所。公式携帯サイト「Johnny's web」以外では、SNSはおろか、タレントの写真をネット上に掲載することも拒否し、“ジャニーズアイドルだけ黒く塗りつぶされた雑誌の表紙”という、奇妙な光景はもはや笑いのネタになっている。

 そんなネットに厳しいジャニーズだが、ある人物が突如Twitterに現れ話題となった。

プリンセス幻想をぶっ壊す! 世界を変えるマイノリティを描く『ゲーム・オブ・スローンズ』

『gleeが私たちに教えてくれたこと』には多くの反響を頂いた。その中で最も嬉しかったのが「今までgleeを見たことがなかったけど見たくなった」という感想だった。その一方で、「何も考えず、誰かに守られて生きていきたいって女の子だっているでしょう、それが差別?」「勉強ができない女の子は死ねというのか」といった感想も見られた。『glee』におけるクィンの波乱万丈な出来事の数々は女性の人生における苦難を濃縮したものであり、「自分の頭で考えず、誰かに頼って生きて」いけるなんて人はこの世にはいない、だから自分の意志で人生を切り開けというメッセージが示されていることを残念ながら理解していただけなかったようだ。

そう、誰もが人生においては自分の置かれた境遇や巡りくる運命と闘わなければならない。ただ、女の闘い方は一つではない、ということを示唆してくれる海外ドラマがある。それが『ゲーム・オブ・スローンズ』だ。

◎家父長制・男尊女卑・優生思想

全世界で熱狂的な人気を集めているファンタジー長編『ゲーム・オブ・スローンズ』は、ジョージ・R・R・マーティン著『氷と炎の歌』シリーズを原作にし、世界中に居る熱狂的なファンの期待を裏切ることなく、映像化に成功した米国HBO製作の傑作長編シリーズである。

物語は王位を巡る覇権争いがなされる英国の中世時代を模した戦乱の世を舞台にし、シェイクスピア劇や実際の英国史を下敷きにしながらも、今まさにわれわれが現代の社会で抱えている問題が浮き彫りにされる革新的作品である。巨大な予算が投じられた本格的な海外ロケや性と暴力描写の過激なHBOならではの展開が注目されがちであるが、実は今作が“マイノリティの物語”であることは多くの人に知られていないところであろう。

ドラマの中心となる3人の人物は全てマイノリティである。凄腕の剣術の持ち主であるジョン・スノウは、名門スターク家に“落とし子(非嫡出子)”として産まれ、その出自ゆえに周囲から疎んじられ自らのアイデンティティを形成できずにいる。ダナーリス・ターガリエンは、かつて統治者であったターガリエン家の栄華を取り戻そうと躍起になる冷酷な兄の“道具”とされ、身売り同然に会ったこともないドスラキ族の長と結婚させられた。ずば抜けて聡明かつ慈悲ある心の持ち主で政治家の才をもつティリオン・ラニスターは、武勲を誇り実質的に王国政府を牛耳っているラニスター家に生まれたにもかかわらず、小人症という身体的障害を抱えるゆえに蔑まれ周囲からその能力や人柄の素晴らしさを理解されない。

彼らはそれぞれに、個よりも家を重んじる「家父長制」、女性を人間としてみなさない「男尊女卑思想」、身体、精神の標準的能力を満たさない人間を排除する「優生思想」の犠牲者である。これらは現代の日本社会に無関係の問題ではない。家族が要介護になると家庭の中でも弱い立場の人間が自分の人生を犠牲にし、その世話をすることを美徳とすること。その他の人生の目的を優先して子供を産まないことを非難する……にもかかわらず結婚を経ずに子供を産むこともまた非難すること。これらは“個人”よりも“家”ひいては“国家”を重んじる家父長制の名残である。女性の生涯賃金が男性の約半分であることが当然とされること。就学や雇用等における障害者の社会参画への機会が実質的にごく限られていること。私たちの社会には多くの差別が厳然として存在し続けている。

個人の生き方は自由だ。しかしいま社会にいるマイノリティたちが、生き延びるために社会に存在する差別に適応している(させられている)ことを根拠に「これは差別ではない」と否認することは、現実を直視することを避けているに過ぎない。

(注:ここから軽く物語の展開に触れています。完全に白紙の状態で今作を見たい方はどうぞシーズン5までをご覧になってからお読みください。)

◎サディズムに対抗するひとつの方法

『ゲーム・オブ・スローンズ』における3人の主要人物は、世界に変革をもたらす役割を担わされている。

北の野人から王国を守る防人“ナイツウォッチ”となったジョン・スノウは、否定的な偏見をもっていた野人たちが自分たちと変わらない人間であることを知ったのち、彼らより大きな脅威が生じ始めていることを誰よりも早く察知する。兄の言いなりになり、受動的な人生を送ってきたダナーリスは、次第に女王としてのカリスマ性を帯び始め、ついには自身もかつてそうであったように人権を奪われた奴隷たちの解放を目指す統治者として民衆の強い支持を獲得する。ティリオンは政治家としての確実な手腕を発揮しながらも周囲からの偏見を拭いきれず、自ら王都を飛び出しウェスタロスから海を挟んで遠く離れた新しい世界、自由都市でダナーリスとともに理想社会をつくりあげようとする。“枠外”に生きてきた少数者であるこの3人が新しい世界を作り出す鍵となるのが『ゲーム・オブ・スローンズ』という物語なのだ。

そして、4月25日から世界同時放送され始めたシーズン6では、原作にない新たな展開の気配がある。物語に新要素が加わり始めたのだ。

『ゲーム・オブ・スローンズ』の中心となるのは先に挙げた3人だけではない、視聴者たちの関心は強く北の統治者「スターク家」の行方に置かれている。というのも、誠実で人徳に満ちたエダード・スターク王を初め、王妃キャトリン、そしてその5人の子供たちがシーズン1からあらゆる艱難辛苦をなめ続けているからだ。その中でも長女サンサは、これまでのフィクションで描かれてきたものとは根本的に異なる新しいヒロイン像を投影されている。

お転婆で溌剌、剣術にいそしむ次女のアリアはどちらかというとこの手の物語ではよくあるヒロイン像である。対して美人で女らしく、将来王妃になることを夢見る長女サンサは旧来の物語ではアリアのようなヒロインの引き立て役でしかなかっただろう。しかしこの物語はサンサに独自の成長を遂げさせる。サンサは綺麗で上品なもの、生まれつき高貴なものが好きだった。それらが幸せを与えてくれると思い、王家に嫁ぐ日をずっと待ち望んでいた。アリアのような男性的な振る舞いはせず、世間が女性に求める規範通りに生きようとしているサンサは、『ナルニア国物語』など旧来の物語ではいかにも“愚かな女”として描かれそうなキャラクターだ。

サンサには、彼女を痛めつけることに喜びを覚えるサイコパシックな性格を持つ高貴で美しい許婚ジョフリー王子とその母サーセイによって、スターク家が壊滅的な打撃を与えられるという現実が待っていた。サンサは、孤立無援のなか彼女なりの闘い方で宮廷での生き残りを図る。それはひどく打ちのめされても、けっして痛みを訴える声を上げず、感情表出を抑え、誰にも自分の心のうちを明かさないという闘い方であった。彼女は誰に教えられずとも、喜びの対象や恐怖の根源を他人に知られることが人の弱みとなることを知っていた。お転婆なアリアのように剣は振るえなかったとしても、彼女は剣と同等の強さと賢さをその心に持ち備えていたのだ。誰かに守られて生きていく存在の象徴であるお姫さまを「いやお姫さまも闘うのだ、しかも全然華麗ではない方法で」と描くことで、この物語は世にあるプリンセス幻想を打ち砕く。

◎英雄へと変貌を遂げたプリンセス

女性にも闘い方があると言うと、強い男性の歓心を得てその庇護のもとに入る姿が連想されるかもしれない。しかし過酷な『ゲーム・オブ・スローンズ』世界ではそんな安易な方法で安寧は決して得られない。権力闘争のさなかでその男性が失墜してしまえば自分もそのとばっちりを受けることは避けられず、時には相手に利用されてしまうことすらある。現実の世界でも同じことだ。誰かに愛されたら全くなんの不安もなく生きていけるほど人生は容易くない。他者の愛が命綱になっている以上、その人間の気持ちに人生が左右される現実は否定できず、そもそも盤石と思われたものも突然の災厄からすべて失われてしまうことはいくらでもあるのだ。

(注:ここから本格的にネタバレに入ります。気になる方はシーズン6第1回をご覧になってからお読みください)

窮地に立ったサンサは見事な変貌を遂げる。囚われの身になり迫害を受け続けたサンサはそこから逃げ出そうとする際、追っ手に迫られ、高くそびえた城壁から飛び降りる。この“Leap of Faith(信念の跳躍)”は何の保証もない未来に勇気をもって身を投じるという「境界」を乗り越える点で、多くの物語において通過儀礼の象徴となる行為である。このような通過儀礼を経て主人公は成長し、英雄となっていくのだ。こうした英雄の象徴的行為を、普通のドラマでは凄腕の剣術を持つジョン・スノウにやらせるところ、『ゲーム・オブ・スローンズ』製作者たちは、全く武器を持たないお姫さまサンサに行わせたのである。

その後サンサは、母である王妃キャトリンにかつて忠誠を誓った真の騎士道精神の持ち主である長身の女騎士ブライエニーに再会し、母と全く同じ文言で彼女に主君の誓いを立てる。ブライエニーの持つ剣“Oath Keeper(誓いを守る者)”はいくつかの人の手を渡り彼女のもとにやってきた、かつてサンサの父エダード王が握っていた剣である。英雄的行為にとどまらず、北の覇者スターク家の主君という役割すらサンサは担わされそうになっている。

アリアを演じるメイジー・ウィリアムズはインタビューで「鉄の玉座(七王国統治者の象徴)に座るべきなのは?」と聞かれ、サンサだと答えたそうである。「誰かに守られて生きていきたい」と思っていた女の子が領民をそして国民を守る主君になる可能性が現れてきたのだ。

◎「私も頑張ろう」

それだけではない、最新シーズン第1回ではこの北のウィンターフェルでだけでなく、王都キングズランディング、南のドーン、鉄諸島のパイク、ナロー・シーの向こうのエッソスで様々な政変が起き、その中枢にいるのはどれも女性たちなのだ。その中には政治家としての才を持つ者も、獰猛な権力欲を持つ者も、軍事に長けた者も、強い政治的信念を持つ者も、ただ復讐心に燃え制御を失った者もいる。だが共通しているのは、彼女たちにはいかようにも「世界を変える」力があるということだ。鉄の玉座は真に力を持つ者でさえあれば、その属性を問わず、そこに座ることを拒まないのであるという真理をこのドラマは描こうとしている。そして一様ではない女たちを登場させることでステレオタイプ化を避け、女性であることが必ずしも善政を約束したものとは限らないとするのも現実を反映していて公平である。この展開を見て、ますます私はこのドラマをもっと女性に見てもらいたいと思うようになった。

冒頭、記事への感想で最も嬉しいものに私の勧めるドラマや映画に興味をもっていただけたことをあげた。もう一つ、そんな言葉をいただけるとは予期していなかったけれど、心から嬉しかったのは「読んでいて私もがんばろう、と思った」という言葉である。アメリカのドラマはダークで描写も過激、時にストーリーのダイナミックさばかりが目についてしまうかもしれない。しかしその根底の多くには”テーマ”が存在し、制作者たちが本当に伝えたいものはそこにあるのだ。それは大抵私たちの社会や毎日の生活の中にある問題を浮き彫りにするものばかりである。ネットストリーミングチャンネルの台頭で以前に比べると、視聴できる海外ドラマの番組数は格段に増えた。であるのに奥深くまで読み解かず、食わず嫌いしてしまうのはもったいない! ということでこれからも私なりの視点から分析して選んだ海外ドラマをおすすめしていきたい。
(パプリカ)

元AKB48・篠田麻里子、今度はディーン・フジオカの元カノ役に! 順調すぎる女優業に疑問の声

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 元AKB48・篠田麻里子が、Amazonオリジナルドラマ『はぴまり~Happy Marriage!?~』で、人気俳優・ディーン・フジオカ演じる主人公の元カノ役として出演することがわかった。  原作は、累計180万部を突破した円城寺マキによる人気コミック。脚本は『ラブジェネレーション』(フジテレビ系)などの浅野妙子が手掛け、6月下旬よりAmazonプライム・ビデオにて配信。篠田が演じるのは、会社の女社長で、ディーン演じる間宮北斗のかつての恋人・設楽美咲役だという。  昨年の主演映画『リアル鬼ごっこ』、公開中の映画『テラフォーマーズ』に続き、今年9月に控える中村勘九郎主演舞台『真田十勇士』の3番手に大抜擢されるなど、続々と出演作が決まる篠田だが、ネット上では「なぜ、あの演技力で出られるのか?」「女優として、誰が評価してるの?」と疑問の声が絶えない。 「実際、篠田の演技力は、同じく元AKB48の前田敦子や大島優子にも遠く及ばない。当たり前です、彼女はそもそも、女優なんてやりたくなかったんですから」(芸能記者)  篠田といえば、ファッション関係に進みたいとして、元AKB48を卒業。しかし、一昨年に自身がプロデューサー兼デザイナーを務めていたファッションブランド「ricori」が全店閉店し、“おしゃれ番長キャラ”が消滅。以降、それまで本腰を入れていなかった女優業にシフトチェンジ。最近は、アクション女優を目指し、アクションのレッスンに力を入れているという。 「演技力不足は本人も認めるところ。特に声がこもってしまう篠田は、セリフ回しが苦手。それで消去法により、セリフが少なくて済むアクション女優という道にすがるようになったとか。ちなみに、『はぴまり』は、主人公の秘書役で出演する藤原紀香の事務所バーターです」(同)  『真田十勇士』では、初のアクション時代劇に挑む篠田。公式PR動画では「アクションは自信ある」と明言している篠田だが、世間に女優として受け入れられる日は来るのだろうか?