AV女優に会うため100km走る青年を追うドキュメント。その面白さと気持ち悪さ

 大人気AV女優・上原亜衣さんが引退を発表。彼女を愛してやまない青年が、「100キロを走破すれば、引退作で彼女とセックスができる」という条件を与えられ、東京・新宿から山梨・山中湖近くのスタジオまでひた走る様子を追ったドキュメント映画『青春100キロ』が、4月初旬に公開され、好評につき今月再上映されました(今後、関西方面で順次上映されるとのこと)。

 走る青年の姿は、まるで深草少将でした。絶世の美女、小野小町に恋し、「100日通い続ければ会ってもよい」と彼女からいわれて一途に通いつづけた伝説の人物です。ひと目会いたい、というと大変ピュアなようですが、当時は「男と女が会う」=「セックスする」です。『性のタブーのない日本』(橋本治著、集英社)には、平安貴族の男性たちが顔も人柄も知らない女性に対して「情報(その女性のバックグラウンドや、風の便りに聞く美貌や教養)」のみで恋をし、その女性といかにして対面するか、顔を見せてもらえるかに腐心する様が解説されています。

「初めて、相手の顔を見る」と「セックスする」が同時に行われるのは現代人の感覚からすればスゴイことです。そのうえ、そのために100日連続で通うとなると、いくら相手が後世に世界三大美女と謳われる女性であっても狂気の沙汰です。通う、というと簡単に聞こえますが、当時の夜道は街灯もなく、舗装もされておらず、野犬がいたり盗賊がいたりで危険がいっぱい。天候が荒れると、さらにハードモードになります(結局少将は100日目、雪道をクリアできずに死んでしまったそうですから)。

 そんななかを連日通って誠意を示してくれたら、「会ってもいいよ、セックスしてもいいよ」と言えるなんて、さすが小野小町。受け取り方によってはこれは体のいいお断りの文句なのに、それを真に受けて通いつづけた深草少将を、当時の人たちはちょっとバカにして、物笑いのタネにしていたのではないでしょうか。

◎青年に感情移入をするロードムービー

 AV女優という「偶像」に会いたいという理由で、100km走る青年にも同じ狂気を感じます。彼は走るのが趣味で、マラソンもたびたび完走しているようですが、50km☓2日間はさすがに未経験。途中にはアップダウンの激しい山道もあります。そもそも企画自体が尋常ではないのに、それにノッてくるなんて……。彼を追う撮影スタッフも、当初はなかば冷笑気味です。「走っているだけじゃツマラナイから、途中で上原亜衣を思って勃起させよう」とか、「彼がリタイアできなかったら、俺らギャラ出るの?」とか、そんな程度のテンションです。観客にしてもそれは同じで、映画の前半、私の両隣に座っていた男性たちは退屈なのか、それぞれスマホを取り出してはチラチラ画面をチェックしていました(マナー違反・怒!!!)。

 しかし、途中トラブルに巻き込まれても、外気温が0℃を下回っても、脚がパンパンになって引きずるようにして前に進むのが精いっぱいになっても、決してあきらめない彼に、スタッフたちも次第に感情移入していきます。観る側もそれは同じで、劇場の空気は明らかに変わりました。平安時代、深草少将のチャレンジを笑って見ていた人たちも、最後には応援したくなっていたのかも。

 100kmのゴール地点に上原さんが待っていて、顔と顔を合わせさえすれば、その時点でセックスが成立という平安ロマンさながらの瞬間を目指して彼が走っている間、当の上原さんは引退作の収録をしています。そこには100人の男性ファンがいて、「上原亜衣孕ませ隊」と「上原亜衣守り隊」に分かれて壮大な鬼ごっこを繰り広げます。「孕ませ隊」が彼女を捕まえれば無条件で「ナマ中出し」のガチンコセックスができるというもので、その斬新な企画は大いに話題となりました。

 が、私は気持ちが悪くなりました。ここでいう「ナマ中出し」は、ただ「避妊をしない&性感染症の予防をしないセックス」を意味するものでないのはわかります(病院での検査結果を持ってくるなど、その対策はしているはずですし)。この作品における文脈でいうと、「ナマ中出し」とは、上原さんのことをずっと応援していた彼らにとっては最大の愛情表現であり、そして、それを受け止めるのは、上原さんのホスピタリティの表れです。「できるだけ多くの人と、中出ししたい」と涙を浮かべる上原さんの表情はとても真摯で、これだけの思いがある人だから厳しい世界でトップに登りつめることができたし、多くの人に愛されたのだろうと理解できるものでした。

◎中出し=愛情&ホスピタリティではない

 それとは裏腹に、私のなかで「不特定多数の男性とのナマ中出し」が女性のホスピタリティとなっているAVの文化自体に、脊髄反射的な嫌悪感が起きたのです。女性を征服したいという願望が「ナマ中出ししたい」と変換されるのと同様に、彼女のことが大好きだという気持ちも「ナマ中出ししたい」「孕ませたい」と変換される世界。ほんとうに妊娠させたいと思っているわけではないのでしょう。そして、それを受け止める女性こそが評価される世界。本作では、「ぶっかけ」も男性の愛情表現&女性のホスピタリティによって成立していました。そのシーンでは劇場のあちこちから笑いが起きましたが、私は吐き気を堪えていました。

 AVのすべてがそうではないのは私も知っています。現に、私自身が好んで観るのはこの手の歪んだ価値観のない作品です。もちろん、私のなかにもいろんな嗜好があるのでアブノーマルな内容なものも含まれますが、少なくともそこには「中出しこそが愛情であり、ホスピタリティである」という歪んだファンタジーはありません。女性と女性の身体を、そこまで男性の都合よく変換するものは私のなかでは正視に耐えません。

「AV女優とセックスしたくて100キロ走る青年」という発想のユニークさ、それをAVのおまけにするのではなく映画として公開してしまおうという大胆な試みに惹かれて鑑賞した映画でした。そのロードムービー的な面白さは、満足のいくものでした(彼も「上原亜衣を孕ませたい」というTシャツを誇らしげに来ているので、やっぱり気持ち悪いのですが)。でも、そもそもの大前提として、「中出しこそが愛情であり、ホスピタリティである」という文化に生理的嫌悪感を抱く人は本作を観るべきではなかったのですね。そうとは知らずに、すみません。それを共有できる人だけが、愉しめる映画。R18指定のある映画ですが、「AV界のナマ中出し至上主義に耐え切れない人は観ないほうがいいですよ指定」も設けてほしかったな。

■桃子/オトナのオモチャ約200種を所有し、それらを試しては、使用感をブログにつづるとともに、グッズを使ったラブコミュニケーションの楽しさを発信中。著書『今夜、コレを試します(OL桃子のオモチャ日記)』ブックマン社。

AV女優に会うため100km走る青年を追うドキュメント。その面白さと気持ち悪さ

 大人気AV女優・上原亜衣さんが引退を発表。彼女を愛してやまない青年が、「100キロを走破すれば、引退作で彼女とセックスができる」という条件を与えられ、東京・新宿から山梨・山中湖近くのスタジオまでひた走る様子を追ったドキュメント映画『青春100キロ』が、4月初旬に公開され、好評につき今月再上映されました(今後、関西方面で順次上映されるとのこと)。

 走る青年の姿は、まるで深草少将でした。絶世の美女、小野小町に恋し、「100日通い続ければ会ってもよい」と彼女からいわれて一途に通いつづけた伝説の人物です。ひと目会いたい、というと大変ピュアなようですが、当時は「男と女が会う」=「セックスする」です。『性のタブーのない日本』(橋本治著、集英社)には、平安貴族の男性たちが顔も人柄も知らない女性に対して「情報(その女性のバックグラウンドや、風の便りに聞く美貌や教養)」のみで恋をし、その女性といかにして対面するか、顔を見せてもらえるかに腐心する様が解説されています。

「初めて、相手の顔を見る」と「セックスする」が同時に行われるのは現代人の感覚からすればスゴイことです。そのうえ、そのために100日連続で通うとなると、いくら相手が後世に世界三大美女と謳われる女性であっても狂気の沙汰です。通う、というと簡単に聞こえますが、当時の夜道は街灯もなく、舗装もされておらず、野犬がいたり盗賊がいたりで危険がいっぱい。天候が荒れると、さらにハードモードになります(結局少将は100日目、雪道をクリアできずに死んでしまったそうですから)。

 そんななかを連日通って誠意を示してくれたら、「会ってもいいよ、セックスしてもいいよ」と言えるなんて、さすが小野小町。受け取り方によってはこれは体のいいお断りの文句なのに、それを真に受けて通いつづけた深草少将を、当時の人たちはちょっとバカにして、物笑いのタネにしていたのではないでしょうか。

◎青年に感情移入をするロードムービー

 AV女優という「偶像」に会いたいという理由で、100km走る青年にも同じ狂気を感じます。彼は走るのが趣味で、マラソンもたびたび完走しているようですが、50km☓2日間はさすがに未経験。途中にはアップダウンの激しい山道もあります。そもそも企画自体が尋常ではないのに、それにノッてくるなんて……。彼を追う撮影スタッフも、当初はなかば冷笑気味です。「走っているだけじゃツマラナイから、途中で上原亜衣を思って勃起させよう」とか、「彼がリタイアできなかったら、俺らギャラ出るの?」とか、そんな程度のテンションです。観客にしてもそれは同じで、映画の前半、私の両隣に座っていた男性たちは退屈なのか、それぞれスマホを取り出してはチラチラ画面をチェックしていました(マナー違反・怒!!!)。

 しかし、途中トラブルに巻き込まれても、外気温が0℃を下回っても、脚がパンパンになって引きずるようにして前に進むのが精いっぱいになっても、決してあきらめない彼に、スタッフたちも次第に感情移入していきます。観る側もそれは同じで、劇場の空気は明らかに変わりました。平安時代、深草少将のチャレンジを笑って見ていた人たちも、最後には応援したくなっていたのかも。

 100kmのゴール地点に上原さんが待っていて、顔と顔を合わせさえすれば、その時点でセックスが成立という平安ロマンさながらの瞬間を目指して彼が走っている間、当の上原さんは引退作の収録をしています。そこには100人の男性ファンがいて、「上原亜衣孕ませ隊」と「上原亜衣守り隊」に分かれて壮大な鬼ごっこを繰り広げます。「孕ませ隊」が彼女を捕まえれば無条件で「ナマ中出し」のガチンコセックスができるというもので、その斬新な企画は大いに話題となりました。

 が、私は気持ちが悪くなりました。ここでいう「ナマ中出し」は、ただ「避妊をしない&性感染症の予防をしないセックス」を意味するものでないのはわかります(病院での検査結果を持ってくるなど、その対策はしているはずですし)。この作品における文脈でいうと、「ナマ中出し」とは、上原さんのことをずっと応援していた彼らにとっては最大の愛情表現であり、そして、それを受け止めるのは、上原さんのホスピタリティの表れです。「できるだけ多くの人と、中出ししたい」と涙を浮かべる上原さんの表情はとても真摯で、これだけの思いがある人だから厳しい世界でトップに登りつめることができたし、多くの人に愛されたのだろうと理解できるものでした。

◎中出し=愛情&ホスピタリティではない

 それとは裏腹に、私のなかで「不特定多数の男性とのナマ中出し」が女性のホスピタリティとなっているAVの文化自体に、脊髄反射的な嫌悪感が起きたのです。女性を征服したいという願望が「ナマ中出ししたい」と変換されるのと同様に、彼女のことが大好きだという気持ちも「ナマ中出ししたい」「孕ませたい」と変換される世界。ほんとうに妊娠させたいと思っているわけではないのでしょう。そして、それを受け止める女性こそが評価される世界。本作では、「ぶっかけ」も男性の愛情表現&女性のホスピタリティによって成立していました。そのシーンでは劇場のあちこちから笑いが起きましたが、私は吐き気を堪えていました。

 AVのすべてがそうではないのは私も知っています。現に、私自身が好んで観るのはこの手の歪んだ価値観のない作品です。もちろん、私のなかにもいろんな嗜好があるのでアブノーマルな内容なものも含まれますが、少なくともそこには「中出しこそが愛情であり、ホスピタリティである」という歪んだファンタジーはありません。女性と女性の身体を、そこまで男性の都合よく変換するものは私のなかでは正視に耐えません。

「AV女優とセックスしたくて100キロ走る青年」という発想のユニークさ、それをAVのおまけにするのではなく映画として公開してしまおうという大胆な試みに惹かれて鑑賞した映画でした。そのロードムービー的な面白さは、満足のいくものでした(彼も「上原亜衣を孕ませたい」というTシャツを誇らしげに来ているので、やっぱり気持ち悪いのですが)。でも、そもそもの大前提として、「中出しこそが愛情であり、ホスピタリティである」という文化に生理的嫌悪感を抱く人は本作を観るべきではなかったのですね。そうとは知らずに、すみません。それを共有できる人だけが、愉しめる映画。R18指定のある映画ですが、「AV界のナマ中出し至上主義に耐え切れない人は観ないほうがいいですよ指定」も設けてほしかったな。

■桃子/オトナのオモチャ約200種を所有し、それらを試しては、使用感をブログにつづるとともに、グッズを使ったラブコミュニケーションの楽しさを発信中。著書『今夜、コレを試します(OL桃子のオモチャ日記)』ブックマン社。

清原被告にぜひ観てほしいドキュメンタリー映画! マイケル・ムーア監督作『世界侵略のススメ』

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星条旗を手に海外へ侵略戦争を仕掛けるマイケル・ムーア。これなら、彼のことを批判してきた極右派も応援してくれるはずだ。
 アポなし突撃取材で有名になったマイケル・ムーア監督の6年ぶりの新作ドキュメンタリー『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』は、多くの人にすすめたい映画だ。例えば覚せい剤所持で逮捕された清原被告は、ポルトガルではどんな薬物使用も罪に問われないことをこの映画で知ったら「栃木じゃなくてポルトガルに行っとけばよかった」と悔やむかもしれない。秋葉原殺傷事件を起こした加藤死刑囚は、ノルウェーには死刑制度がなく、しかも多くの重犯罪者たちに明るく優雅な一軒家が与えられていることに驚くかもしれない。世界は想像以上に広く、様々な価値観を持って暮らす人々がいて、米国や日本とは大きく異なる社会があることを、マイケル・ムーアはふんだんにジョークを交えて伝えている。  今回のマイケル・ムーアは米国を離れ、外の世界から米国を見つめ直す。海外への侵略戦争が思ったような戦果を上げないことに焦る米国の国防省から相談され、疲れきった米兵たちに代わってマイケル・ムーアが各国を侵略するという設定だ。もちろん、マイケル・ムーアが銃を握ることはない。彼の武器は取材相手を油断させて何でもしゃべらせてしまうメタボな外見とユーモラスなトーク術であり、そしてカメラだ。ヨーロッパや北アフリカに上陸し、その国々ならではの有益な社会政策をいただいていく。  これまで米国ライフル協会、ブッシュ政権、保険業界、ウォール街を相手に、体を張って闘ってきたマイケル・ムーアだが、米国内ではすっかり顔が知れ渡り、得意の突撃取材ができなくなってしまった。アカデミー賞授賞式典で「ブッシュよ、恥を知れ」とスピーチして以来、脅迫状が頻繁に届くようになり、自腹で屈強なボディガードたちを雇うはめになった。アメリカを愛するがゆえに問題提起してきたが、祖国を離れて取材せざるを得なくなったという次第。でも、海外を回ることで、逆に米国(そして米国に追随する日本)の問題点がありありと浮かび上がる。米国や日本の常識は必ずしも世界の常識ではないことが見えてくる。  序盤、マイケル・ムーアはフランスのとある食堂を訪ね、フレンチのコース料理で腹ごしらえをする。子どもたちが溢れるこの食堂は、ムーアいわく「三ツ星か四つ星クラス」の味を誇るが、ミシュラン本にはいっさい載っていない。それはここが、フランスのごく普通の小学校の中にあるカフェテリアだからだ。フランスの子どもたちは毎日美味しいそうな給食を楽しむことで、食事の大切さやマナーを学んでいる。食器はビンボーくさいプラスチックやアルミではなく、陶磁器が使われている。子どもたちと一緒にテーブルに就いたムーアがコーラを呑んでいても、誰もコーラに興味を示さない。シェフの手が掛かったコース料理に、コーラが馴染まないことを子どもたちは分かっているらしい。フランスの子どもたちは美味しいフレンチを味わい、級友とデザートを分け合いながら、一人前のフランス人へと育っていく。ジャンクフードを与えられている米国の子どもたちが、ムーアには不憫に思えて仕方ない。
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フランスの小学校では、給食の横取りに成功。この日の献立はホタテの前菜、子羊とチキンのクスクス、チーズ、デザートの4品だった。
 ポルトガルはかつて薬物依存者が全国民の1%を占めるという深刻な事態に陥り、そこで15年前から薬物問題に対する取り組み方を根本的に変えていった。マリファナ、コカイン、覚醒剤とどんな薬物を所持&服用しても罪に問わないことにしたのだ。それまでの薬物を取り締ることに投じていた莫大な予算と労力を、薬物依存症に陥った人を救済することに費やそうという大胆な方向転換。つまり、薬物そのものを禁じるのでなく、薬物に依存してしまう人たちのパーソナルな悩みや苦しみを解決しようというものだ。ポルトガルではこの方向転換によって、薬物依存者数も薬物絡みの犯罪数も大幅に減少したという。ポルトガル人のこの試みを知ったら、清原被告は号泣するんじゃないだろうか。  フランスやポルトガルの他にも、フィンランドの学校は宿題をまったく出さないこと、スロベニアでは大学の授業料は無料なこと、ドイツではナチス時代の歴史授業に力を入れていることなどが紹介されていく。そんな中でとりわけ気になるのは、ノルウェーの刑務所事情だ。この国の刑務所は犯罪者たちに罰を与えるために存在するのではなく、社会復帰を促すための場所として認識されている。受刑者たちは広々とした一軒家、もしくはテレビやシャワー付きの快適な個室を与えられ、明るく楽しそうに刑期を送っている。看守の仕事は受刑者たちを警棒で殴りつけることではなく、もっぱら彼らの話し相手になること。なんという犯罪者天国! それでいて、ノルウェーは世界で最も再犯率が低いという。日本の犯罪者は日本で犯罪を決行するのは、ちょっと考え直したほうがいい。  ノルウェーには死刑制度はなく、最長刑期でも21年と決まっている。でも、殺人事件の被害に遭った遺族たちは、それで納得しているのか。2011年に69人もの犠牲者を出したウトヤ島銃乱射事件で息子を失った父親に、マイケル・ムーアはカメラを向ける。「犯人を殺したいとは思わないか?」という問いに、父親はこう答える。「復讐したいとは思わない。復讐は何の解決にもならないし、恨みが募るだけだよ」。終始穏やかな表情で語る父親だが、言葉のわずかな間合いに愛する者を失ったどうにもならない哀しみが浮かび上がる。
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ノルウェーの刑務所を訪ねたマイケル・ムーアは、食事の準備をする受刑者たちが大きな包丁を当たり前のように使っているのにビビる。
 今回のマイケル・ムーアは利権に群がる米国の亡者たちを糾弾することなく、欧州や北アフリカの国々の賞讃すべき社会政策や教育制度を取り上げていく。もちろんどの国にも問題点はあるし、社会福祉が整っている分だけ税金は高くなる。政策や制度では救えない人は必ず出てくる。だが、マイケル・ムーアは言う。「メディアは実に良い仕事をしている。毎晩ニュースでは、世界の悪い情報ばかりが流れる。テレビでも、新聞でも、ウェブでもそうだ」と。どのメディアも世界中の不幸なニュースを伝えることで忙しい。悲惨な内容やショッキングな映像のほうが、確実に数字を稼げるからだ。また、ネット上にはヘイトスピーチが溢れ返っている。でも、そんな不幸なニュース漬けなライフスタイルから、そろそろ脱してもいいんじゃないかとムーアは言いたげだ。  すぐに芽が出るかどうかは分からないけど、理想の国づくりに役立ちそうな種を祖国アメリカに持ち帰ろう。マイケル・ムーアのドキュメンタリー映画を観た若い世代が大人になったとき、うまくすれば花が咲くかもしれない。お騒がせ男の旅は、もうしばらく続きそうだ。 (文=長野辰次)
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『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』 製作・監督・脚本・出演/マイケル・ムーア  配給/KADOKAWA 5月27日(金)より角川シネマ新宿ほか全国ロードショー (C)2015, NORTH END PRODUCTIONS http://sekai-shinryaku.jp

福士蒼汰『お迎えデス。』、視聴率急落の6.9%! 敗因は「朝ドラキャスト頼み」の安直さ!?

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『お迎えデス。』(日本テレビ系)公式サイトより

 福士蒼汰が主演する日本テレビ系連続ドラマ『お迎えデス。』(土曜午後9時~)の視聴率が、悲惨な状況になってきた。

 人気若手俳優・福士が主演、ヒロインが土屋太鳳とあって、注目を集めていただけに、初回は10.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と、かろうじて2ケタ台を記録したものの、第2話では9.3%と1ケタ台に転落。5月8日放送の第3話は、6.9%まで急降下してしまった。同時間帯に、フジテレビ系で放送された『ENGEIグランドスラム』が14.2%の高視聴率をマークした影響もあろうが、それにしても低い数字だろう。

ゲス川谷絵音の新曲が完全に“ベッキーに贈る歌”だと話題! 「君が好き」連呼で未練タラタラか

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「ぴあMUSIC COMPLEX Vol.3」(ぴあ)
 ベッキーが不倫愛を断ち切り、復帰に向けて動き出す中、気になるのが9日に元夫人との離婚を発表したゲスの極み乙女。のボーカル・川谷絵音の“未練”だ。 「ベッキーは1月の不倫スキャンダル以降、川谷からの電話やLINEを着信拒否。4月には、『週刊文春』(文藝春秋)編集部宛ての手紙の中で、『川谷さんへの気持ちはもうありません』と間接的に破局をアピールした。しかし、すべてベッキー側の一方的な行動。川谷は『ちゃんと“卒論”出したのに……』と未だに未練タラタラだと見る向きも」(芸能記者)  ベッキーと“独身”川谷の復縁に関心が集まる一方で、川谷がゲスの極み乙女。以外にボーカルを務めるバンド・indigo la Endが10日、新曲『藍色好きさ』のMVをYouTube上に公開。川谷が手掛けたその歌詞から、「ベッキーに贈る歌」ではないかと話題になっている。  「運命を掻き分けていく前に 君がいたんだ」という歌詞で始まるこのラブソングは、確かにベッキーと川谷の関係を連想させる部分が多い。例えば、サビの「君が好きだってこと以外は この際どうだっていい」「君が好きだってこと以外は もう何も考えないことにしよう」という部分は、不倫関係の男女を彷彿させるし、「君の影から 気持ちを受け取った」「ここで言っても 報われないんだろうからさ 迎えにいくまでは」などは、会いたくても会えないベッキーの存在を連想させる。 「何度も『君が好き』という歌詞が出てくるこの曲が、もしベッキーへのメッセージだとしたら、川谷には相当強い未練がありそう。ただ、今や世間から“結婚不適応者”の烙印を押されている川谷ですから、もしベッキーに想いが伝わったとしても、復縁は周囲が全力で止めるでしょうね」(同)  彼から紡ぎだされるピュアな歌詞の数々から、「究極のロマンチスト」といわれることもある川谷。ロマンスがありあまり過ぎて、これ以上、不幸な女性を増やさないでほしいものだが……。

長澤まさみのセクシードレスはあてつけ!?  伊勢谷友介&森星、半同棲&交際順調で電撃婚も

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この刺さるような眼光、さすが女優よ……!!

 広末涼子(35)、浜崎あゆみ(37)、吉川ひなの(36)、麻生久美子(37)、常盤貴子(44)、木村佳乃(40)、比留川游(30)、SHELLY(32)ら女優・歌手・タレント・モデルなどとの華麗な女性遍歴が報じられ、最近までは、女優・長澤まさみ(28)と半同棲していた俳優でモデルの伊勢谷友介(39)。長澤とは「結婚も時間の問題」とまで伝えられていたが、その後破局。その彼に、16歳年下の新しい彼女・森星がスクープされて1カ月がたった。

 長澤とは、何度となく破局説が浮上したこともあったが、その直後ツーショット目撃情報が流れるなど、交際継続のニュースが報じられてきた。しかし、そんな2人の関係に、「完全に終止符が打たれたようだ」という情報が、芸能マスコミの間でささやかれるようになったのは昨年末。ちょうど日刊スポーツ映画賞に、体のラインが出るセクシードレスで長澤が登場したときだった。

【U-23日本代表】ガーナに3-0で快勝も「メンバーは3軍だった?」 リオ五輪"アフリカ勢対策”のはずが……

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MS&ADカップ 2016~九州 熊本震災復興支援チャリティーマッチ がんばるばい熊本~U-23日本代表×ガーナ代表」オフィシャルサイトより
 23歳以下で構成されるサッカーリオ五輪日本代表が「MS&ADカップ 2016~九州 熊本震災復興支援チャリティーマッチ がんばるばい熊本~U-23日本代表×ガーナ代表」で、ガーナのフル代表を3対0で下した。  はっきり言って、快挙である。ガーナ代表は、FIFAワールドカップ2014ブラジル大会でも、優勝したドイツと同じ“死の組”で接戦を演じている。ブラックスターズと評される、そんなチームに、ホームのアドバンテージがあるとはいえ、勝利した。これで、リオ五輪でのメダルも期待できる。……と言いたいところだが、気になる点があった。テレビから、アナウンサーの「(この試合のガーナ代表のGKは)フル代表でもゴールを守ったことのある選手です」という実況が聞こえたのだ。  そもそもこのアナウンサーは、「ワールドカップでベスト8にも進出したことのあるガーナのフル代表」とあおっていた。今回のガーナ代表のメンバーには、23歳以下という縛りはないため、間違いなく“フル代表”ではある。しかし、今回のメンバーにワールドカップブラジル大会を経験した選手はひとりもいない。あるサッカーライターも「今回のメンバーは、2軍よりもひどい3軍です」と話す。 「ガーナのフル代表で有名なのは、ACミランで本田圭佑のチームメイトであるケビン・プリンス・ボアテングや、ユベントスに所属するクワドォー・アサモアですが、それ以外のメンバーも欧州の有名クラブに所属しています。ですが、今回のメンバーには、欧州の有名クラブでプレーする選手は皆無。というよりも、所属クラブの一覧を見たわれわれ取材陣ですら『そんなクラブあったっけ?』と再確認しているくらいです(苦笑)」  これが、日本で行われるサッカー親善試合の現状のようだ。しかし、これは仕方がないことなのだろうか? 「そんなことありません。たとえば、近隣の強豪国である韓国や、力をつけてきている中国とテストマッチをやればいい。もしくは、今回のようなチャリティーマッチであれば、たとえばJリーグオーバー30選抜や、熊本出身&ロアッソ熊本在籍経験ありのJリーガー選抜などと戦うこともできた。今回のガーナ代表を見る限り、そのほうがいい試合になったと思います」(同)  立ち上がりこそガーナ代表を警戒していた選手たちも、前半中盤から油断し始めていた。その最たる例が、43分の奈良竜樹のミスだ。クリアすべきボールをトラップしようとした戦術的ミスと、トラップをミスした技術的なもの。「これくらい平気だろう」という甘いプレーが散見していた。リオ五輪に向けてアフリカ勢の怖さを知るはずが、慢心が生まれてしまうとは……。マッチメイクを担当する日本サッカー協会には、もう少し頑張ってほしいものである。 (文=TV Journal編集部)

参院選出馬の“元祖・ブログ炎上女王”高樹沙耶に「なぜ今さら……?」

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『心の楽園に住む (集英社be文庫)』(集英社)
 女優の高樹沙耶が、この夏行われる参議院議員選挙への出馬を正式表明した。東京選挙区において、新党改革から出馬する。世間の反応の大部分は「なぜ今さら?」「なぜ新党改革?」というものだろう。 「高樹沙耶は近年は、本名の益戸育江を名乗り、ナチュラリストとして活動しています。女優業はここ10年ほどはほとんど行っていませんから、若い世代にとっては『この人誰?』、それ以上の世代にとっては『あの人は今』状態ですね」(芸能関係者)  高樹沙耶は1980年代から90年代にかけて、数々のトレンディドラマに出演。美人でスレンダーな体形を生かしたキャリアウーマンや、エリート美人妻といったセレブでバブリーな役柄を演じることが多かった。だが、イメージとは打って変わり、本人はスピリチュアル、ナチュラル志向を強めていく。当初はスキューバダイビングにハマるレベルだったものが、最終的には“田舎に移住”までしてしまう。 「彼女は07年からは千葉県の南房総市へ移住し、自然とともに生きる生活を送っていました。その際、交通費宿泊費を参加者負担でボランティア募集をするといった行動に批判が集まりました。最近はあちこちで芸能人ブログが炎上していますが、彼女はその元祖的な存在ともいえますね。現在は、沖縄県の石垣島に在住しています」(同)  自由すぎるがゆえに何かと物議を醸し出してしまうのが高樹沙耶なのかもしれない。しかも、選挙の公約は“医療用大麻解放”である。今回も、波乱を呼び起こしそうだ。 (文=平田宏利)

歌がヘタすぎた元AKB48・高橋みなみ「ちゃんと歌えるようになりたい」発言の“カン違い”ぶり

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 先月AKB48を卒業し、ソロアーティストとして再出発した高橋みなみが、カン違い発言でおごりを露呈させてしまったようだ。  高橋は、10日に生放送された歌番組『うたコン』(NHK)に出演し、中森明菜の名曲「北ウイング」を歌唱。テレビではグループ卒業後初となる記念すべき生歌披露であったため、関心が集まった。 「歌順は、西川貴教と氷川きよしに挟まれる形。たかみなは終始、音程が不安定で、声に伸びもなく、プロ歌手と呼ぶには遠く及ばない歌声でした」(芸能記者)  本人もその自覚があるのか、放送後に「もう本当課題しかないけど、、 ちゃんと歌えるようになりたいな。自分次第だから、お恥ずかしい所も見せちゃうけど頑張ります」とTwitterで弱音を吐露。この発言に、「じゃあ、テレビ出るなよ」と批判が殺到している。 「『ちゃんと歌えなくても、自分はテレビに出れる』ということを前提としたこの発言は、カン違いもいいとこ。ただでさえ歌番組が減り、出たくても出られない歌手がごまんといる中、『恥ずかしい所も見せちゃうけど』は、番組にも視聴者にも失礼すぎますよ」(芸能記者)  高橋といえば昨年、スポーツ紙の取材で、グループ卒業後は、中森明菜を目標にソロアーティストとして音楽活動をしていくと明言。グループ時代の2013年に一度ソロデビューを果たしている彼女だが、デビューシングル以降、活動は続かなかった。 「たかみなは、AKB48の中では“歌うま”として通っていた。ソロシングルは1枚のみですが、アルバム収録曲に彼女のソロ曲は多く、本人もそれなりに自信があったようです。しかし、それは所詮、AKB48という口パク集団の中での評価。『うたコン』後の彼女のヘコみぶりをうかがう限り、本人は実力を過信していたのでは?」(同)  “ちゃんと歌えるように”なるまでは、出直したほうがよさそうだ。