ハリセンボン春菜、また“とばっちり”炎上! ベッキー復帰へのカウントダウンで「共演者は戦々恐々」

kondouharuna0510.jpg
 “ベッキーの親友”として知られるハリセンボンの近藤春菜が、騒動のとばっちりを受けているようだ。  近藤は10日、自身がMCを務める『スッキリ!!』(日本テレビ系)に出演。ゲスの極み乙女。のボーカル・川谷絵音の離婚報道に関連し、番組では芸能リポーターの井上公造が、2人の“復縁の可能性”について解説。ベッキーが「恋愛感情は、もうない」と決別宣言している一方で、川谷には「まだ未練があるかも」などと伝えた。  これにコメントを振られた近藤は、「3人(ベッキー、川谷、川谷の元妻)それぞれの道に進んでったっていうことになるんで、川谷さんは未練があるかわかりませんけど、それぞれ3人で別々の道に進んでもらって、それぞれいい恋愛してもらって、いい仕事につなげてもらって、また人騒がせしてほしいなみたいな。新たにこの人と恋愛しましたとか、復縁したら復縁したで、復縁しましたとか。それぞれクリアになったんじゃないかと思うんですけどね」と述べた。  また、コメンテーターのはるな愛が「(ベッキーには)もう、きっぱりと(川谷への)気持ちがないと思う」とコメントすると、近藤もこれに同調。「川谷さんに未練があったとしてもねえ、恋愛って2人でするものですからねえ」と続けた。  ところが、この一連のやり取りが、某有名スポーツ紙によって「川谷さんは(ベッキーに)未練があるみたいだけど……」と、言ってもいないことを付け加えられて報じられてしまった。これがベッキーの肩を持っているような印象を与えてしまい、ネット上では「また、ベッキーの味方してる」「春菜は、ベッキーを復帰させようと必死だな」「春菜好きだったけど、嫌いになった」などと批判が相次いでいる。 「完全にとばっちり。近藤は、ベッキーについて『手紙を書くのもしんどいことだと思う』などと心情を察するようなコメントをした先月にも、同様の飛び火に遭っている。かなり慎重にコメントをしているように見える近藤でさえ、この有様ですから、ベッキーの共演者は今から戦々恐々でしょうね。今月末から、計11個のレギュラー番組に順次復帰するとも伝えられているベッキーですが、今後、芸能界で腫れ物扱いされることは目に見えています」(芸能ライター)  不倫どころか、恋愛経験ゼロを公言している近藤をも巻き添えにしている現状を、ベッキーはどう見ているのだろうか?

Kis-My-Ft2千賀健永「『an・an』では出してるのに、なんでバラエティでケツ出しちゃいけないの?」

 3月23日に放送された『ナカイの窓』(日本テレビ系)で号泣した、Kis-My-Ft2千賀健永。同番組のハワイロケで、共演者と酒を酌み交わし、バラエティでの役割や、SMAP中居正広への思いを明かしているうちに涙があふれ、ファンの間でも話題になっていた。その裏側について、5月4日深夜放送のラジオ番組『キスマイRadio』(文化放送)で千賀本人がコメントした。

 その日、千賀と一緒にパーソナリティーを務めた二階堂高嗣が「泣いたね」と話を振ると、千賀がその時の心境を話し出した。本番中に涙を見せてしまったのは、バラエティの難しさを痛感したのと、心のうちを吐露したことにより、感極まってしまったから。千賀は「中居(正広)さん好きじゃん? でも普段は直接言えない。だから直接言った時に、涙が出ちゃったわけ」と話す。さながら、告白した中学生女子のようである。

Kis-My-Ft2千賀健永「『an・an』では出してるのに、なんでバラエティでケツ出しちゃいけないの?」

 3月23日に放送された『ナカイの窓』(日本テレビ系)で号泣した、Kis-My-Ft2千賀健永。同番組のハワイロケで、共演者と酒を酌み交わし、バラエティでの役割や、SMAP中居正広への思いを明かしているうちに涙があふれ、ファンの間でも話題になっていた。その裏側について、5月4日深夜放送のラジオ番組『キスマイRadio』(文化放送)で千賀本人がコメントした。

 その日、千賀と一緒にパーソナリティーを務めた二階堂高嗣が「泣いたね」と話を振ると、千賀がその時の心境を話し出した。本番中に涙を見せてしまったのは、バラエティの難しさを痛感したのと、心のうちを吐露したことにより、感極まってしまったから。千賀は「中居(正広)さん好きじゃん? でも普段は直接言えない。だから直接言った時に、涙が出ちゃったわけ」と話す。さながら、告白した中学生女子のようである。

母親による射精介助、タブー視される性教育……世間が黙殺する「障害者と性」の実情とは

31qdyDCcyIL.jpg
『セックスと障害者』(イースト新書)
 今年3月、「週刊新潮」(新潮社)がスクープした乙武洋匡氏の不倫騒動は、世間の耳目を引き付けるニュースとなった。昨今の「不倫ブーム」に乗って注目された側面もあるが、少なくない人々が「障害者」と「セックス」との「意外な」結びつきに驚いたことだろう。  一般社団法人ホワイトハンズ代表・坂爪真吾氏の著書『セックスと障害者』(イースト新書)は、そんな「障害者の性」に対する誤解や偏見を解きほぐしていく一冊だ。「障害のある人も障害のない人と同じように、毎日の生活の中で恋愛やセックス、結婚や出産、育児の問題にぶつかり、時には笑いながら、時には悩みながら、それぞれの現実に向き合っています」と、坂爪氏が語る障害者の性の現実とは、一体どのようなものなのだろうか?   平成25年度版の障害者白書によれば、全国の障害者の数はおよそ741万人。うち、身体障害のある人の数は357万を数えている。しかし、障害者に対して「純粋」「かわいそう」「性的弱者」というイメージを持つ人は多く、乙武氏の不倫は必要以上にセンセーショナルなものとして受け取られた。だが、言うまでもなく障害者も人間であり、乙武氏に限らず、ほとんどすべての障害者が性的な欲求を持っている。  本書で紹介されている筋ジストロフィー症を患う孝典さん(仮名)は、小学校2年生から自慰行為を開始し、初めて射精に至ったのは小学校5年生の頃。小学校6年生から車椅子生活となった彼は、床に性器をこすりつける、いわゆる「床オナ」にいそしんでいた。だが、筋ジストロフィー症が進行するに従って、徐々に自力で自慰をすることが困難になる。彼は、母親にズボンと下着を脱がしてもらい、自慰の介助を頼んだこともあるが、思春期の性欲が高まる時期の大半を、ひたすら我慢と夢精によって耐え忍ばなければならなかったという。  障害者の目前には、障害がない人よりも、はるかに高い「性の壁」が屹立している。  その背景のひとつとして坂爪氏が注目するのが、障害者にとって最も頼りとなる「母親」という存在だ。子どもをケアするために、さまざまな支援を行う母親と子どもとの間には心理的に密着した関係が生じやすい。障害のある子どもの母親の中には、「自分だけの大切な宝物」として溺愛し、坂爪氏によれば「自分以外の誰かに欲望を抱く性的な存在であること、自分以外の誰かから欲望を抱かれる性的な存在になることを認められない人」もいるという。そんな、母親による過度な愛着は、障害を持った子どもを性的な情報から遠ざけ、彼らの性欲にフタをしてしまう。さらに、母親の愛情がプライベートな時間や空間を奪ってしまうことによって、障害を持った子ども自身の性的な自立や社会的な自立が妨げられてしまうのだ。  また、社会の中にホワイトハンズのような障害者の性に向き合う第三者の組織がないことも、母親が自立を阻む壁になってしまう原因のひとつ。孝典さんのケースでは、母親による自慰の介助は数回にとどまったが、母親が子どもの自慰行為を継続的に手伝うことは珍しくない。母親が性の介助をせざるを得ない状況は、障害者自身の自立を阻むだけでなく、重い精神的な負担として、双方を苦しめることとなってしまうのだ。  さらに、障害者に対する性教育がタブー視されていることも、社会における「障害者の性」を象徴しているだろう。現在でも「男女が話をするときには40cmは距離を開けなさい」と指導する特別支援学校があるように、学校や福祉の現場では「障害者と性」の問題は黙殺され、放置されてきた。特別支援学校の中で、定期的に性教育を行っている学校は全体のわずか3割。性教育はおろか、男女として触れ合う機会もないまま、多くの障害者が学校から社会へと出て行くのだ。  日本福祉大学社会福祉学部の木全和巳教授は、模擬カップルによる恋愛のロールプレイングや自慰のマナー、月経・出産といった身体のつくりなど、障害者に対して積極的な性教育を行っている人物。木全氏は、障害者の性教育がタブー視されている現状に対して「たった一度の人生の中で、かけがえのない存在として、人生の主人公として、お互い尊敬し合いながら生きていくために、生と性の学びは欠かせません。学ばせてもらえないこと自体が人権侵害だと私は思います」と、憤りを隠さない。  では、いったいどうして障害者の性は、ここまで抑圧されなければならないのだろうか? そこには、障害者を取り巻く人々の「善意」が存在しているという。  彼らは、障害児に対して、性について知ることなく、ただ周囲から「愛される障害者」に育ってほしいと願っている。性的な欲望を見せず、従順で、他人に迷惑をかけない存在としての障害者は、多くの人に愛されやすくなるだろう。しかし、そんな障害者像は、木全氏によれば「都合のいい障害者」にすぎない。意思を剥奪され、人間として当たり前の性欲すらも表に出さない「都合のいい障害者」ではなく、多くの困難やトラブルに見舞われ、誰かを傷つけたり、自分が傷ついたりしながら、性や恋愛に向き合っていく「愛する障害者」となること。それが本当の意味でのノーマライゼーションを実現するのだ。 日本のみならず、世界中で、障害者の性に対する支援は立ち遅れている。しかし、人間らしく生きていくためには性という問題は避けて通れず、障害者の性的な自立を奪うことは、恋愛、出産など、社会の中で人間として当たり前に生活していく権利を奪っていくことにほかならない。社会のタブーを打ち破り、「障害者と性」が当たり前に認められる世の中となること。そのためには、障害者に対する社会のまなざしこそを、変えていかなければならないのではないだろうか。  その意味で、乙武氏の不倫騒動から学ぶことは少なくない。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

母親による射精介助、タブー視される性教育……世間が黙殺する「障害者と性」の実情とは

31qdyDCcyIL.jpg
『セックスと障害者』(イースト新書)
 今年3月、「週刊新潮」(新潮社)がスクープした乙武洋匡氏の不倫騒動は、世間の耳目を引き付けるニュースとなった。昨今の「不倫ブーム」に乗って注目された側面もあるが、少なくない人々が「障害者」と「セックス」との「意外な」結びつきに驚いたことだろう。  一般社団法人ホワイトハンズ代表・坂爪真吾氏の著書『セックスと障害者』(イースト新書)は、そんな「障害者の性」に対する誤解や偏見を解きほぐしていく一冊だ。「障害のある人も障害のない人と同じように、毎日の生活の中で恋愛やセックス、結婚や出産、育児の問題にぶつかり、時には笑いながら、時には悩みながら、それぞれの現実に向き合っています」と、坂爪氏が語る障害者の性の現実とは、一体どのようなものなのだろうか?   平成25年度版の障害者白書によれば、全国の障害者の数はおよそ741万人。うち、身体障害のある人の数は357万を数えている。しかし、障害者に対して「純粋」「かわいそう」「性的弱者」というイメージを持つ人は多く、乙武氏の不倫は必要以上にセンセーショナルなものとして受け取られた。だが、言うまでもなく障害者も人間であり、乙武氏に限らず、ほとんどすべての障害者が性的な欲求を持っている。  本書で紹介されている筋ジストロフィー症を患う孝典さん(仮名)は、小学校2年生から自慰行為を開始し、初めて射精に至ったのは小学校5年生の頃。小学校6年生から車椅子生活となった彼は、床に性器をこすりつける、いわゆる「床オナ」にいそしんでいた。だが、筋ジストロフィー症が進行するに従って、徐々に自力で自慰をすることが困難になる。彼は、母親にズボンと下着を脱がしてもらい、自慰の介助を頼んだこともあるが、思春期の性欲が高まる時期の大半を、ひたすら我慢と夢精によって耐え忍ばなければならなかったという。  障害者の目前には、障害がない人よりも、はるかに高い「性の壁」が屹立している。  その背景のひとつとして坂爪氏が注目するのが、障害者にとって最も頼りとなる「母親」という存在だ。子どもをケアするために、さまざまな支援を行う母親と子どもとの間には心理的に密着した関係が生じやすい。障害のある子どもの母親の中には、「自分だけの大切な宝物」として溺愛し、坂爪氏によれば「自分以外の誰かに欲望を抱く性的な存在であること、自分以外の誰かから欲望を抱かれる性的な存在になることを認められない人」もいるという。そんな、母親による過度な愛着は、障害を持った子どもを性的な情報から遠ざけ、彼らの性欲にフタをしてしまう。さらに、母親の愛情がプライベートな時間や空間を奪ってしまうことによって、障害を持った子ども自身の性的な自立や社会的な自立が妨げられてしまうのだ。  また、社会の中にホワイトハンズのような障害者の性に向き合う第三者の組織がないことも、母親が自立を阻む壁になってしまう原因のひとつ。孝典さんのケースでは、母親による自慰の介助は数回にとどまったが、母親が子どもの自慰行為を継続的に手伝うことは珍しくない。母親が性の介助をせざるを得ない状況は、障害者自身の自立を阻むだけでなく、重い精神的な負担として、双方を苦しめることとなってしまうのだ。  さらに、障害者に対する性教育がタブー視されていることも、社会における「障害者の性」を象徴しているだろう。現在でも「男女が話をするときには40cmは距離を開けなさい」と指導する特別支援学校があるように、学校や福祉の現場では「障害者と性」の問題は黙殺され、放置されてきた。特別支援学校の中で、定期的に性教育を行っている学校は全体のわずか3割。性教育はおろか、男女として触れ合う機会もないまま、多くの障害者が学校から社会へと出て行くのだ。  日本福祉大学社会福祉学部の木全和巳教授は、模擬カップルによる恋愛のロールプレイングや自慰のマナー、月経・出産といった身体のつくりなど、障害者に対して積極的な性教育を行っている人物。木全氏は、障害者の性教育がタブー視されている現状に対して「たった一度の人生の中で、かけがえのない存在として、人生の主人公として、お互い尊敬し合いながら生きていくために、生と性の学びは欠かせません。学ばせてもらえないこと自体が人権侵害だと私は思います」と、憤りを隠さない。  では、いったいどうして障害者の性は、ここまで抑圧されなければならないのだろうか? そこには、障害者を取り巻く人々の「善意」が存在しているという。  彼らは、障害児に対して、性について知ることなく、ただ周囲から「愛される障害者」に育ってほしいと願っている。性的な欲望を見せず、従順で、他人に迷惑をかけない存在としての障害者は、多くの人に愛されやすくなるだろう。しかし、そんな障害者像は、木全氏によれば「都合のいい障害者」にすぎない。意思を剥奪され、人間として当たり前の性欲すらも表に出さない「都合のいい障害者」ではなく、多くの困難やトラブルに見舞われ、誰かを傷つけたり、自分が傷ついたりしながら、性や恋愛に向き合っていく「愛する障害者」となること。それが本当の意味でのノーマライゼーションを実現するのだ。 日本のみならず、世界中で、障害者の性に対する支援は立ち遅れている。しかし、人間らしく生きていくためには性という問題は避けて通れず、障害者の性的な自立を奪うことは、恋愛、出産など、社会の中で人間として当たり前に生活していく権利を奪っていくことにほかならない。社会のタブーを打ち破り、「障害者と性」が当たり前に認められる世の中となること。そのためには、障害者に対する社会のまなざしこそを、変えていかなければならないのではないだろうか。  その意味で、乙武氏の不倫騒動から学ぶことは少なくない。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

DAIGO、披露宴に政治家続々! 「自民党なら100%当選」に表れる竹下家の血筋と血脈

<p> 本日朝、パナマ文書に記載された法人や個人名が公表された。もちろん日本企業、日本人の記載もあるが、本日の情報番組&ワイドショーは、この問題よりはるかに長い時間をかけてゲスの極み乙女。・川谷絵音の離婚とベッキー復帰を報じている。</p>

育児系カルトの「紙オムツ全否定」を信じるママたち、目を覚ましてください

 先日読んでいた育児マンガで〈布オムツの保育園〉があることを知りました。

「ひえー。ただでさえ激務な保育士さん、さらに大変だわー」
「自然派育児をウリにした、私立の認可外保育園※なのか?」

 なーんて思っていたら、なんとこれ、公立認可保育園の話なんだとか。区長による「ゴミ削減!」という鶴の一声から始まったそうです。ところが昨年、紙1枚の通達によって、そのエコな布オムツ保育は突然終了。

※公立認可保育園は自治体のルールに従い運営されているため標準的な保育が行われており、いろいろな意味で自由な認可外保育園は、保護者のニーズや独自の理念が反映されているところも少なくない。

 表向きの理由は布オムツのレンタル業者(そんな商売があるんですねえ)の値上げとされていますが、巷では業者を選定する際によろしくない癒着があり、それをもみ消すためでは……なんてウワサがあるそうで、何だかズコー。さぞかし熱い育児理念と環境意識の高さからくる布オムツ推しであると思っていたのに~。しかし腹立たしくはあるけれど、EM菌や江戸しぐさを教育現場に持ち込むような〈トンデモ系〉でなかったという点は喜ばしいかもしれません。

 布オムツのトンデモといえば、凄まじいのは『ママ、紙オムツヤメテ!!』(谷口祐司著・文園社)です。〈おしりカッカ、アツイよ!! 反抗的な悪い子になっちゃう!!〉というサブタイトルからもお分かりの通り、全力で紙オムツをディスる啓蒙書です。

 著者の肩書は〈育児研究家〉であり布おむつ製造会社の元会長、そして現在は閉鎖されている育児文化研究所※※の理事長、さらには宇宙からさまざまなメッセージを受けとり世を正す(?)、UFOカルト活動家とも言えるでしょう。

※※過去に研究所のセミナーによって指導された無介助出産によって7人の新生児が死亡し、厚生省から注意喚起されている。

 そんな著者が謳っていた布オムツ効果とは? 紙オムツはなぜいけないのか? 同書にはこんなお説が掲載されています。

・紙オムツは通気性ゼロだから、赤ちゃんのお尻はまっかにただれる。だから不快感で機嫌が悪くなり、やさしいお母さんの声も美しい音楽も赤ちゃんの心に響かず、やがて反抗的になっていく。イライラの連続の中で脳の発育も悪くなる。
(改訂版が発売されたのは1991年ですが、その当時のオムツは既に通気性も改良されているかと……)

・水分を含んだ高分子ポリマー(オムツに含まれる、水分を閉じこめる素材)を手で触ってみると、ぬるぬるぐちゃぐちゃベトベト。これが紙オムツの正体!
(いや、正体と言われても。高分子ポリマーが肌に触れない構造になっておりますし)

・ポリマーを含んだ紙おむつをトイレから水に流せば、それを食べた魚の内臓にたまり、それを食べた魚を口にする私たちの子孫もまた、公害の犠牲者に!
(つっこむのもバカバカしいけど、紙オムツの処理法をご存じないのでしょうか)

・紙オムツ育児は排泄物を見ないから、健康チェックが遅れる。
(紙でも排泄物はチェックできるし、しますよ~)

 主な主張はだいたい紙ナプキンをディスる布ナプ信者と似たようなもので、〈紙と言ってるけど石油製品で、肌と健康に悪い! しかも排泄物を手軽に処理するから健康と向き合わない!〉とのことです。それに加え、脳の発育が著しい赤ちゃん期に不快な思いをさせることで、いかに人生を台無しにするかという脅しを盛りまくりです。さあ、ここからが本気で笑うところです。

◎ツッコミどころが多すぎる!

・赤ちゃん時代はわずか1年か2年。長い人生の中で、たったそれだけお母さんが小さな楽をしたいために赤ちゃんにどれだけ影響があることか。いつかきっと赤ちゃんのほうから家庭内暴力、非行というしっぺ返しが来る。

・著者の予想通り、紙オムツ100%のスウェーデンをはじめ、デンマーク、オランダ、フランス、イギリスなど紙オムツを多く使っている国は、だんたん衰退!
(センセー、残念ですが2016年の現在、フランスもスウェーデンも出生率が回復しております。笑)

・紙オムツで育った世代は反抗的なので長期ストを行い、経済的にも悪影響。
(紙オムツが主流のヨーロッパではストが長期化し、布オムツが主流だった日本はストをやっても短期で終わることを例に挙げています。ふ、ふうん……)

・ソ連では、赤ちゃんは国家のものと考え、みんな政府機関である保育所で育てられる。そこでは雑巾のような布オムツで、1日5~6回交換。日本の赤ちゃんよりもお尻が濡れている時間が長い(著者調べ)ので根性が悪く陰険な性格になり、漁業交渉で日本をいじめる。

◎徐々にカルトめいてきます。

 オムツ以外の育児ネタでは、こんなすごいお話も。

・体重の増え方が悪いのは知能の発育がよい証拠(脳を発達させるためのエネルギーを使っているから)。

・母乳育ちは愛情が満ち足りて、その部分の脳が発達するから頭の形がきれいになる。

・夜泣きの種類には、〈霊が見えておびえて泣く〉ものがある。

・妊娠中、夫を嫌うと絶対に父親になつかなくなる。だからなつかないのは母親のせい。

・妊娠初期に障害があるのでは……と母親が不安を抱えたら、手から出るプラナーという電波の力で自然に流産することができる。赤ちゃんの魂は4カ月ごろから宿るので、それ以前なら自然流産しても心を痛める必要はない。

・胎教のためにも妻の精神安定のためにも、妊娠中は10カ月までセックスを続けるべき。

 もう完全に、地球外生物レベル! しかしこんなトンデモが詰め込まれているにも関わらず、巷の自然派嗜好なお母さんたちのブログなどをウォッチングしていると、著者のお説を引き合いに布オムツを信仰しているような記事が見つかるので、さらに驚きです。ほっこり真面目な自然育児サークルなどで、いまだに氏は影響力を持っているのでしょうか? もしそうであれば、どうか同書のプロローグの前に掲載されている写真を見て、目を覚ましてほしいものです。

「自らオムツを着用し、その着用感を試す筆者」
「育児研究所では赤ちゃんの身になってオムツを考える」

 そんなキャプションとともに、〈中年男性たちのオムツ着用写真〉がドドンと登場。これ、一体何のプレイ。うん、やっぱり正気じゃないようですよ。

 ちなみに著者の『自然育児・裸育児 知能・才能が10倍に育つ新育児法』(文園社)では、

「多くのUFOが現れ、家の中が光で一杯になり、その中でも強く光る光の大天使さまが降りられ、赤ちゃんと話をしていかれました(中略)きっと谷口先生が私共の家にパワーを送って下さったことにより天使様方がきて下さったのだと思います」

 なんて体験談も掲載されているので、育児界に紛れ込む、どカルト宗教であったことは、確実です。

 育児界には数多くのトンデモが存在し、胎内記憶や乳児に履かせる冷えとり靴下なども、ほぼ同類でしょう。子供の発達を引き合いにしたおためごかし商法はまだしも、本気でそれをよかれ思って布教しているものが混ざるのが、困りものです。冒頭の区長のように「エコ!」程度であればいいけれど(癒着はダメだけど・笑)、発達が云々が出てきたら注意ワード。〈子供のため〉というトンデモにうっかり近づかぬよう、お母さまたちご注意を。

(謎物件ウォッチャー・山田ノジル)

藤原さくらに“ビジネスキス”させた『ラヴソング』 またまた最低視聴率記録更新で……

lovesong0510
フジテレビ系『ラヴソング』番組サイトより
 フジテレビの月9『ラヴソング』第5話は視聴率8.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。またまた最低記録を更新してしまいました。まず、前回はゴールデンウィークでお休みだったので第4話を3行で振り返ってみます。 ・神代(福山雅治)、ヒモ生活を卒業してひとり暮らしを始める。 ・さくら(藤原さくら)、レコード会社と契約するチャンスが空一(菅田将暉)のポカで飛ぶ。 ・反省する空一、慰めるさくらに、いきなりキッス!  というわけで、結局神代がヒモであるという設定はモヤモヤしたまま解消されました。序盤に特に意味を持っていたようにも見えなかったんですが、なんだったのでしょう。  そして第5話は、前回の最後でキッスしたまま放置されていた空一&さくらの“その直後”からスタート。さくらに突き飛ばされた空一は「ごめん」と謝りつつ「オレとやってかんか?」「オレがおまえを歌わせてやるけん」と熱烈告白。さくらのリアクションに注目でしたが、笑ってごまかして追い出すだけでした。  その後も、ちょっとだけギクシャクしている2人でしたが、空一が「友だちのままでいいよ」と告げると、平気で食べかけのサンドウィッチを交換するくらいの“以前の関係”に戻ってしまいます。あっさり!  結局のところ、さくらのキッス遍歴というか、まともに人としゃべれない女のコの「たぶん普通じゃないであろう恋愛遍歴」がよくわからないので、さくらにとってあのキッスがどんな意味を持つのか、見ている側に全然伝わってこないんですね。ファーストキッスなのか、どうなのか、そのあたりは、この恋愛劇(?)のヒロインを描く上でとっても重要なことだと思うんですが、特に何もないんです。すぐ元の関係に戻っちゃう。  こうなると、もうあのキッスはドラマの前半を盛り上げるための演出上の都合というか、予告にインパクトを出して引っ張るためだけの“ビジネスキス”だったと理解するしかないんでしょう。  まあ、その効果もなく視聴率は下がり続けてますので、キッスはいったん忘れて(せっかくしたのに!)物語を追うことにします。  第3話のライブ後、「りえんねもちくんどぅ(未練がましくなるだろう=記事参照)」と言ってアンコールを打ち切った神代ですが、心変わりがあったようで「一緒にライブをやろう」とさくらに持ち掛けます。この心変わりは、神代が過去にプロとして活動を共にしていたボーカリスト・HARUNOさんの存在が伏線になっている様子。その後「(自分は)むかしの自分と張り合ってる」というセリフも出てきます。音楽で成功できなかったという自分のアレの解消にさくらを利用する感じですね。波乱を呼びそうです。  一方、空一はさくらのYouTubeデビューを思いつきます。神代をさくらの部屋に招いて撮影し、その後、神代と2人になったところで「さくらとキスしました」と告げるのでした。対抗心バリバリの空一と「青春だねぇ」と余裕の神代(44)。そりゃ余裕でしょう。(44)だもんね。空一は献身的にさくら動画のQRコードを掲載したチラシを配ったりしてます。さくらさん、周囲の人に恵まれています。  そんなこんなで目に見えて明るくなったさくらですが、吃音の治療でお世話になっている言語聴覚士・夏希(水野美紀)に「(みんなからの期待に)逃げ出したい」「何を歌いたいかわからない」と、それなりに悩んでいる様子です。  一方、結婚式を控えて妊娠中の幼なじみ・真美(夏帆)はマリッジブルーの真っ最中。こちらは相当シリアスで「急にこの子のこと、めんどくせえとかなっちゃったらどうしよう」「逃げたい……」と今にも泣き出しそうなテンションで、キャバクラ勤務の最終日にご出勤。真美もさくらも養護施設の出身ですが「わたしは捨てられたから……」という真美の言葉が、さくらの胸を刺します。そして……。 「弾きたい曲、見つかりました!」  その夜、さくらは神代を訪ね、「ギターを教えてください!」「今日じゃないと意味がないんです!」と詰め寄ります。そうして神代に教えてもらった曲を携え、真美の帰りを待つさくら。なんだか冴えない感じで帰ってきた真美に、歌います。 終わらない歌を歌おう くそったれの世界のため 終わらない歌を歌おう すべてのクズどものために 終わらない歌を歌おう 僕や君や彼らのため 終わらない歌を歌おう 明日には笑えるように  THE BLUE HEARTSのメルダック時代の1stアルバムに収録されている名曲「終わらない歌」ですね。2人の学生時代がフィードバックされます。筆者も個人的にとっても好きな曲なので、なんとなくチグハグだった第5話の印象がスッキリしてしまいました。やっぱり歌の力はすごいですなー。 「結婚式のスピーチ、私がやるから」  吃音のさくらのその言葉に、真美にも笑顔が戻るのでした。  空一の頑張りもあって、さくらのYouTube動画は目標だった1万回再生を突破。そのお祝いの席で神代は、さくらのために曲を作ることを宣言。さらに空一に「佐野さんを俺に任せてくれないかな」と告げるのでした。このセリフも、前回の予告で効果的に使われていたシーンですね。なんだかキッスにしろ意味深セリフにしろ、ドラマのためというより予告のために用意されたものみたいで、やっぱりスッキリしない第5話なのでした。  ちなみに「終わらない歌」2番には「終わらない歌を歌おう キチガイ扱いされた日々!」って歌詞もあるんだけど、そこまではやっぱり歌わなかったね。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

藤原さくらに“ビジネスキス”させた『ラヴソング』 またまた最低視聴率記録更新で……

lovesong0510
フジテレビ系『ラヴソング』番組サイトより
 フジテレビの月9『ラヴソング』第5話は視聴率8.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。またまた最低記録を更新してしまいました。まず、前回はゴールデンウィークでお休みだったので第4話を3行で振り返ってみます。 ・神代(福山雅治)、ヒモ生活を卒業してひとり暮らしを始める。 ・さくら(藤原さくら)、レコード会社と契約するチャンスが空一(菅田将暉)のポカで飛ぶ。 ・反省する空一、慰めるさくらに、いきなりキッス!  というわけで、結局神代がヒモであるという設定はモヤモヤしたまま解消されました。序盤に特に意味を持っていたようにも見えなかったんですが、なんだったのでしょう。  そして第5話は、前回の最後でキッスしたまま放置されていた空一&さくらの“その直後”からスタート。さくらに突き飛ばされた空一は「ごめん」と謝りつつ「オレとやってかんか?」「オレがおまえを歌わせてやるけん」と熱烈告白。さくらのリアクションに注目でしたが、笑ってごまかして追い出すだけでした。  その後も、ちょっとだけギクシャクしている2人でしたが、空一が「友だちのままでいいよ」と告げると、平気で食べかけのサンドウィッチを交換するくらいの“以前の関係”に戻ってしまいます。あっさり!  結局のところ、さくらのキッス遍歴というか、まともに人としゃべれない女のコの「たぶん普通じゃないであろう恋愛遍歴」がよくわからないので、さくらにとってあのキッスがどんな意味を持つのか、見ている側に全然伝わってこないんですね。ファーストキッスなのか、どうなのか、そのあたりは、この恋愛劇(?)のヒロインを描く上でとっても重要なことだと思うんですが、特に何もないんです。すぐ元の関係に戻っちゃう。  こうなると、もうあのキッスはドラマの前半を盛り上げるための演出上の都合というか、予告にインパクトを出して引っ張るためだけの“ビジネスキス”だったと理解するしかないんでしょう。  まあ、その効果もなく視聴率は下がり続けてますので、キッスはいったん忘れて(せっかくしたのに!)物語を追うことにします。  第3話のライブ後、「りえんねもちくんどぅ(未練がましくなるだろう=記事参照)」と言ってアンコールを打ち切った神代ですが、心変わりがあったようで「一緒にライブをやろう」とさくらに持ち掛けます。この心変わりは、神代が過去にプロとして活動を共にしていたボーカリスト・HARUNOさんの存在が伏線になっている様子。その後「(自分は)むかしの自分と張り合ってる」というセリフも出てきます。音楽で成功できなかったという自分のアレの解消にさくらを利用する感じですね。波乱を呼びそうです。  一方、空一はさくらのYouTubeデビューを思いつきます。神代をさくらの部屋に招いて撮影し、その後、神代と2人になったところで「さくらとキスしました」と告げるのでした。対抗心バリバリの空一と「青春だねぇ」と余裕の神代(44)。そりゃ余裕でしょう。(44)だもんね。空一は献身的にさくら動画のQRコードを掲載したチラシを配ったりしてます。さくらさん、周囲の人に恵まれています。  そんなこんなで目に見えて明るくなったさくらですが、吃音の治療でお世話になっている言語聴覚士・夏希(水野美紀)に「(みんなからの期待に)逃げ出したい」「何を歌いたいかわからない」と、それなりに悩んでいる様子です。  一方、結婚式を控えて妊娠中の幼なじみ・真美(夏帆)はマリッジブルーの真っ最中。こちらは相当シリアスで「急にこの子のこと、めんどくせえとかなっちゃったらどうしよう」「逃げたい……」と今にも泣き出しそうなテンションで、キャバクラ勤務の最終日にご出勤。真美もさくらも養護施設の出身ですが「わたしは捨てられたから……」という真美の言葉が、さくらの胸を刺します。そして……。 「弾きたい曲、見つかりました!」  その夜、さくらは神代を訪ね、「ギターを教えてください!」「今日じゃないと意味がないんです!」と詰め寄ります。そうして神代に教えてもらった曲を携え、真美の帰りを待つさくら。なんだか冴えない感じで帰ってきた真美に、歌います。 終わらない歌を歌おう くそったれの世界のため 終わらない歌を歌おう すべてのクズどものために 終わらない歌を歌おう 僕や君や彼らのため 終わらない歌を歌おう 明日には笑えるように  THE BLUE HEARTSのメルダック時代の1stアルバムに収録されている名曲「終わらない歌」ですね。2人の学生時代がフィードバックされます。筆者も個人的にとっても好きな曲なので、なんとなくチグハグだった第5話の印象がスッキリしてしまいました。やっぱり歌の力はすごいですなー。 「結婚式のスピーチ、私がやるから」  吃音のさくらのその言葉に、真美にも笑顔が戻るのでした。  空一の頑張りもあって、さくらのYouTube動画は目標だった1万回再生を突破。そのお祝いの席で神代は、さくらのために曲を作ることを宣言。さらに空一に「佐野さんを俺に任せてくれないかな」と告げるのでした。このセリフも、前回の予告で効果的に使われていたシーンですね。なんだかキッスにしろ意味深セリフにしろ、ドラマのためというより予告のために用意されたものみたいで、やっぱりスッキリしない第5話なのでした。  ちなみに「終わらない歌」2番には「終わらない歌を歌おう キチガイ扱いされた日々!」って歌詞もあるんだけど、そこまではやっぱり歌わなかったね。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

ベッキー復帰のスポニチ記事に激しい違和感……ゲス夫人の気持ちを“勝手に代弁”で批判殺到!

bekki-0502.jpg
 9日、ゲスの極み乙女。のボーカル・川谷絵音が、自身のブログで離婚したことを発表。これを見計らったかのように翌日、スポーツニッポンが「ベッキー今月末にも『金スマ』で復帰 離婚!!ゲス川谷騒動収束へ」と、一面にデカデカと見出しを打った。  記事によれば、ベッキーは川谷元夫人への直接謝罪が実現次第、早ければ今月末にも『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)で仕事復帰。騒動前に出演していた計11本のレギュラー番組についても、「いつでも戻れる環境を整えている」という。  また、同記事では「夫人が離婚に承諾したのは、川谷とベッキーの関係が完全に終わったと信用したから」との関係者コメントを掲載。さらに、スポニチの記者自身も「なかなか離婚を承諾しなかった夫人がここに来て判を押したのは、騒動を収束させてもいいという思いの表れ」「夫人はそういったこれまでの姿勢も見てきて、ベッキーへのわだかまりが確実に解けてきている様子」と、夫人の心情を伝えている。  これに対し、ネット上では「え!? 本当に奥さんはベッキーを許そうとしてるの?」「奥さん、ものわかりがよすぎだろ」「収束へのむりやり感……」「サンミュージック必死すぎ」といった声が上がっている。 「川谷の離婚のタイミングで、サンミュージック(ベッキーの所属事務所)が記事を書かせたか否かは置いておいて、気になるのはスポニチのスタンス。この記事を見る限り、奥さんの気持ちを第3者が決め付けているとしか思えない。もし、これがベッキー復帰のための戦略だとしたら、失礼な話ですよ。『週刊文春』(文藝春秋)編集部への手紙もそうですが、サンミュージックは打つ手がすべて裏目に出ている印象。今回の記事への違和感も含め、さらに世間のベッキー批判は強まりそう」(芸能記者)  昨年7月に川谷と結婚してからというもの、踏んだり蹴ったりの元夫人。今回の記事に、何を思うのだろうか?