"充電"KAT-TUNには悲観論しかなし!? 山下智久とのユニット再結成のほうがまだマシか

 1日、アイドルグループ・KAT-TUNが東京ドームで、充電期間前ラストライブを行いファンにしばしの別れを告げたのだが、「もう永久に活動再開はなさそう」「いっそのこと、解散してくれた方がすっきりする」など、ファンからすらも悲観論が流れてしまっているようだ。 「今年の2月13日に東京ドーム公演を最後に充電期間に入り、当面の間ソロ活動に専念することが発表されたのですが、KAT-TUNといえば、デビュー時から赤西仁と共に2枚看板を背負ってきた亀梨和也の知名度は高いものの、残りの2人、上田竜也と中丸雄一に関しては、世間的には顔と名前が一致しないという人も少なくないです。『再結成どころか、あとの2人が芸能界で生き残っていけるかどうかも危ういのでは?』『数年後には、亀梨以外、あの人は今? 状態になってそう』などと、ネット上では揶揄されてしまっているようです」(芸能関係者)

モンペの罵詈雑言と、ずさんな「人権派」弁護士……丸子実業高校いじめ自殺の真実

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『モンスターマザー』(新潮社)
 2005年12月6日午前6時半、自宅の自室で長野県・丸子実業高校の高山裕太くん(当時16歳)が自殺した。この事件の直後、バレーボール部に所属していた裕太くんに対して「部内で暴力を伴ったいじめがあった」こと、「学校側の適切な対処がなされなかった」ことが原因であると、母親は主張。一方、学校側は「学校ではなく、家庭に問題がある」と、意見はまったく食い違っていた。  この報道だけを見れば、過去に起こったさまざまな自殺事件から「いじめ問題に向き合わない」「事なかれ主義」の学校側と、「学校教育の被害者」である遺族側……という物語を描く人は少なくないだろう。しかし、ノンフィクション作家・福田ますみ氏の『モンスターマザー』(新潮社)によれば、事件の真相は真逆のものだった。  裕太くんが自殺する半年前に、時計の針を戻してみよう。  05年5月、裕太くんは家出した。これを受けて母親は、「自殺したのではないか」と警察に捜索を依頼。学校、バレー部員なども動員して行われた捜索によって、裕太くんは無事発見され、母親もこの時の学校側の対応に最大限の感謝をしている。しかし、8月になって再び裕太くんが家出した時、母親の対応はまるで異なるものだった。「子どもはもう自殺している。原因は担任にある」「先生、生徒みんなで捜せ!」。さらに担任には「のうのうと寝ていないで、外に見つかるまでいろ」……。当初、教師たちは命令口調で激しく叱責する母親の言動を、不安から来る焦燥感だと受け取っていた。しかし、ここから母親は「モンスター」と化していく……。  この家出事件で、6日ぶりに裕太くんが発見された後、母親から出てきた言葉は感謝ではなく「担任交代、いや退職しろ!」「もう二度と家に来るな!」という激しい罵声だった。事件後も彼女の罵声がやむことはなく、学校や県教育委員会、PTA会長にもしつこく電話をし、絶叫を交えながら学校側の非を一方的にまくし立てる。さらに、バレー部内部でいじめや体罰があったと主張する母親は、裕太くんを登校させず、学校側との話し合いもほとんど拒否。だが、母親が主張する「いじめ」や「体罰」とは、どう考えても部活内のコミュニケーションのレベルを超えるものではなかった。  バレー部員、保護者、顧問らに、電話・メール・FAXなどあらゆる方法を駆使して罵詈雑言の数々を叫ぶモンスターと化した母親は、周囲の人々から白眼視され、孤立していく。この間、裕太くんの「本音」と思えるような発言はなされず、母親の「裕太は自殺を考えている」「裕太の人生を台なしにした」という絶叫ばかりが周囲に響き渡る。連日、母親からかかってくる罵詈雑言の電話によって、バレー部監督は神経症を患い、いじめの首謀者とされる生徒の母親は円形脱毛症となる。誰もが、母親の暴言に精神を壊す寸前だった。  そして、母親の3カ月にわたる暴走の果てに、裕太くんは自殺する。だが、これが終わりではなかった。  この自殺を受けて、「悲しみに暮れる遺族」という称号を獲得した彼女は、周囲への攻撃をエスカレートさせる。そんな彼女の強力な同伴者として現れたのが、人権派弁護士として知られる高見澤昭治氏だった。自殺の原因を家族に求めた校長の会見に憤りを抑えかね、母親の代理人に就任した彼は、校長を殺人罪で告訴に踏み切るという異例の対応を行ったのだ。  準備書面で、高見澤氏は「校長は自己の行為によって裕太を自殺に追いやる虞があることを予見しながら(中略)裕太に対して登校するように約束させ、その結果、絶望と不安に駆り立てられた裕太を、12月6日自宅において自殺に追いやり殺害した」と記す。しかし、「絶望と不安に駆り立てられた」という裕太くんは、自殺の4日前に持たれた話し合いの中で、明るい声で「5日から登校します」と約束しているのだ。この話し合いは、録音テープに記録されていたものの、高見澤氏はこれを一度も聞いていないことが後の裁判で判明した。また、母親の証言も「他のバレー部員に、拳で殴られていた」と事実無根のものとなり、その供述に、一切信頼性がないことが明らかになっていく。  裁判所は、バレー部側の言い分をほぼ全面的に認め、母親に対して監督や部員などに損害賠償を支払うことを命じた。さらにその後、校長が起こした高見澤氏に対する損害賠償請求訴訟も校長側の主張が認められ、165万円の支払いと、新聞への謝罪広告の掲載が命じられた。だが、母親側は、損害賠償金を1円も支払っておらず、高見澤氏は、損害賠償金こそ支払ったものの「判決が間違っている」として、謝罪広告は掲載していない。  福田の丹念な取材が解き明かしたのは、部活内の陰湿ないじめと、それを隠そうとする事なかれ主義などではなく、「モンスター」として横暴に振る舞う母親と、彼女の抑圧によって自殺に追い込まれた裕太くん、「人権派」といわれる弁護士のあまりにもずさんな仕事ぶりだった。司法の判決によって、母親、弁護士の主張は退けられ、学校、バレー部側は全面的な勝利を収めた。しかし、ありもしない「いじめ」をでっち上げられ、高校時代をめちゃくちゃにされたバレー部員、そしてその保護者、学校が失った時間や心に負った傷の代償は計り知れない。そして何より、裕太くんが戻ってくることはない。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

篠原涼子&江口洋介の“深夜の密会”報道、不倫の匂いは皆無で「カッコいい」だけのワケ

<p> 今年ももうゴールデンウイーク。お正月早々、ベッキー騒動を皮切りに数多くの著名人が不倫騒動を巻き起こした上半期だった。同時に注目されたのが「週刊文春」(文藝春秋)の快進撃だ。下半期も「文春」の一人勝ち状態は続くのか!? 他週刊誌もそれに触発され健闘すれば、斜陽産業の週刊誌業界も少しは活気づくのでは、と期待したい。</p>

篠原涼子&江口洋介の“深夜の密会”報道、不倫の匂いは皆無で「カッコいい」だけのワケ

<p> 今年ももうゴールデンウイーク。お正月早々、ベッキー騒動を皮切りに数多くの著名人が不倫騒動を巻き起こした上半期だった。同時に注目されたのが「週刊文春」(文藝春秋)の快進撃だ。下半期も「文春」の一人勝ち状態は続くのか!? 他週刊誌もそれに触発され健闘すれば、斜陽産業の週刊誌業界も少しは活気づくのでは、と期待したい。</p>

恋愛では男性にリードしてほしい? 男に頼りがいを求めることが「当たり前」でいいのか/男性学・田中俊之さん

 武蔵大学で男性学・キャリア教育論を専門に教鞭をとる田中俊之先生の新刊『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社)は、主に20代の若者男性に向けて、「働きすぎる必要はない、君の人生なんだ」とエールを送る内容です。

 前編では日本人の多くが「働きすぎ」であること、男性は特に「働く」ことから逃れられない構造になっていること、女性もそれを期待していることなどがあげられ、人生の大半を仕事に奪われないよう考え方をシフトする重要性について話してきました。

 後編では仕事の面のみならず、男性が性役割として期待されている「女性をリードすること」にも焦点を当てます。ナンパと逆ナンパ、草食男子と肉食女子というワードがあるように、恋愛の局面になると、<男性=誘うもの、女性=ジャッジするもの>という性役割が固定化しています。テレビのお見合い番組でも、告白タイムは男性から女性へオンリー。プロポーズも同様で、女性が男性にすると「逆プロポーズ」として珍しがられます。なぜ男性が女性をリードしなければならないのでしょうか?

――私自身の身の回りでも、「自分から告白したくない、相手に言わせたい」という女性の声をすごく多く聞くので、いつも変だなと思ってきました。“男にリードされたい”ってベッドのプレイとしてなら別にいいと思いますが、恋愛の基本的な常識がそうなっているというのはおかしいと考えています。肉食女子、草食男子という言葉の使われ方をみても、ジェンダーロールと逆の傾向を示していることを揶揄されているのは明らかですよね。

田中「男性が女性に告白するのが正当な様式とされていると、男性側も困りますよね」

――田中先生はご結婚されていますが、様式はどうだったのですか。

田中「ええ、……妻もどちらかといえば『男性側から告白するように仕向ける』タイプで待ちの姿勢を示していたので、僕からお付き合いしましょうと伝えましたね。相手が待ちなら、もう自分から行かないとどこにも進まないですからね。でも男性だって、告白するのは勇気がいるものですし、『男らしく自分から告白するべき』なんて強制されても困ります。男らしさと女らしさって、セットにされているじゃないですか。女性が“女性らしく”男性を立てると物事がうまく進むことが多い、みんなそう思っていて、男性から女性へ告白させるってそれとセットです」

――男から告白されないと女として恥ずかしいと思っちゃう人もいるようです。

田中「そうなんですね。この問題は僕もどうすればいいのか継続的に考えていて……。専門書ですが『「男らしさ」の人類学』(デイヴィッド ギルモア/1994/春秋社)という本があります。どこの社会に行っても男には通過儀礼があるということが書かれているのですが、たとえば南アフリカのサン人(かつてブッシュマンと呼ばれました)は温厚な民族とされていますがそこでも“ムチで打たれても我慢して声を上げない”といった、男になるための儀式があります。同書には文化人類学的に観察していくと、東洋西洋を問わず、男は「勇敢で力強く経済的に優れ禁欲的で働き者であることが期待されて、他人に奉仕して社会を防衛し維持することが期待されている」とあるんですね。他方、女性はもっとバリエーションが豊富なのだそうです」

――理不尽な経験をさせて、「大人の男にする」と。

田中「はい、男というのは『なる』ものだと。放っておいたら男になれないから、厳しい訓練をして男に『なる』と考えられている文化が多いというんですね」

――それを言うなら女も「なる」じゃないですか? 女装ですよね。生まれた瞬間はどちらでもないんだと思います。

田中「もちろんそうだと思います。まさにジェンダーですよね。ここから降りる方法が見つかれば世界的に素晴らしい、意義のあることだと僕は思っています」

◎<やりたい>は本質的か

――ひとつ確認したいのですが、男性が出来るだけ魅力的な多くの女性とセックスしたいのは当然のことだと思われています……よね?

田中「思われてますよね、はい。そう思われている、ということは僕もわかりますよ、大丈夫です」

――<男は基本的に、隙あらばやりたいと思ってる>と。そういう前提で、女は「オオカミから身を守れ」と教育されます。特に女性が性犯罪の被害に遭ったとき、自衛意識を問われますよね。そのうえで女性は、最適な男性に最適なタイミングで体を提供して、結婚して、夫婦になったならば他の女に奪われないようにできる限り努力して防衛しましょうね……と。あーめんどくさいなって感じなんですけど。乙武さん不倫での奥さんのコメントにそれなりの賛同があるのって、そういうことなのかなと思うんですね。

田中「男がセックスしたいんだってことがさも本質的な自然現象ってことにされていますよね。僕は男ですが、<隙あらばやりたい>とは思わないですね……あまり自分のこういう話を開示するのが恥ずかしいのですが。僕が<隙あらばしたい>をあり得ないと思うのは、僕にとっては性ってかなり面倒くさいんですよ。不倫報道なんてのを見てもわかるように、トラブルの種でしかないじゃないですか。それから根本的に僕はお祭りとか非日常的なイベントが嫌いなのですが、セックスってやや非日常的なところがあるじゃないですか、だからうまいことなくせれば……いや、でも難しいですよね。

それについて日本で唯一深く考察したのは哲学者の森岡正博さんです。ちくま文庫から出された『感じない男』というタイトルの本で、ご自身の性について赤裸々に分析をされています。『気が付いちゃったんですけど、射精ってそんな気持ちよくない? 終わったあとムナしいしさぁ』『自分は女子高生がわりと好きな気がする。女子高生のはいている下着は白じゃないといけないような気がする。なぜ僕はそう思うのだろう』というようなことを、どんどん掘り下げる。これはもう素晴らしい本です。僕はできない。今こうやって取材されても自分の性や恋愛についてあまり話せないんです。プライベートで友人から、恋人の話とか聞かれてもしないんですよ、若い頃から。彼女とどうなの? とか話したくない」

――どうして恋人の話はしたくないんですか。

田中「社交辞令として振られてるだけじゃないかなと思って。本当は興味もないのにそんなこと聞かれても。あとやっぱり恥ずかしいのかもしれません。あと恥ずかしいのかもしれない。だから森岡さんはすごい。で、<隙あらばしたい>とか、<男はどうしても我慢できない>なんていうのは、絶対に嘘だと思いますね。性は自分でコントロールできると思います」

――コントロールできるって私も思います。仕事でいくらでも頭を働かせて計算したりスケジュール組んで納期を守ったりしてるじゃないですか。セックスだけは男の本能だから仕方ないって言われると困る。

田中「本能どうこうとは話が少しずれるかもしれませんが、出張で地方のビジネスホテルに宿泊することがよくありまして。出張先でデリヘルを呼ぶ男性って多いですよね。ホテルにも<宿泊者以外はお断りですよ>って内容の軽い警告の看板があったりしますが、まあ黙認していますよね。明らかにデリヘル嬢さんだなという女性とエレベーターで一緒になることがよくあります。わかるじゃないですか、ちょっとした大きさのバッグを持っていて明らかに宿泊者ではない。既婚者なら浮気ですよね。で、別に独身男性なら性風俗を利用することは悪いことでも何でもないですが、出張先でちょっと羽をのばすという時に、そういうのばし方を選択する男性は多いのだなと。

僕だったら行く先々で美味しいものを食べることのほうが優先度が高い。だってデリヘル嬢を呼んじゃったら時間が拘束されるじゃないですか、自分で呼んでおいて拘束されるもないですけど。それだったら美味いものを食べたほうが、お金的にも」

――60分コースで2万円くらいですかね、デリヘルの利用。

田中「2万円あったら美味しいもの食べてお土産も買えるじゃないですか。すごい美味しいお寿司食べられますよね、2万円。でもそこで、“せっかくだから”と、美味しいものよりも性風俗の利用にそのお金や時間を費やすほうが羽をのばせるという男性もいらっしゃる。まったく意味がわかりません」

――そこは優先順位の違いというか。

◎掘り下げづらい「男とセックス」

――社会の中で男性たちが共有している幻想として「女はご褒美なんだ」「セックスはすごくいいものなんだ」「成功者にはすごく良い女がついてくるものだ」ってありませんか?

田中「ええ、ご褒美なんですよね。先ほどの文化人類学の話でも、通過儀礼を経て男になった暁には、そのご褒美にありつけるようになっています。ムチで打たれて耐えたから、じゃあお前は男として認めてやる、この女と結婚してもいいぞって流れになります」

――結婚してもいいってすなわちセックスしてもいいぞって意味ですよね、その場合。

田中「そうです。男になれば与えられる。モノ扱いですよね女性は。個々のいろんな文化をバカにしちゃいけないですけど、2016年にもなった市民社会である日本でそういう発想があってはいけないですよね。今日は清原の話ばっかりして恐縮ですけど、清原ってそういう考えをあからさまに見せていました。プロ野球選手になったら美味いもん食っていい女抱いていい車乗って、そうしたいのは当たり前だろっていう」

――当たり前だと思わずに、「ちょっと待って、自分はそうしたいかな?」って考えてみるのが必要。

田中「自分がしたいと思わされてることがあるんじゃないかなって疑う気持ちを持ちたいですよね。僕はこの本(男が働かない、いいじゃないか)を通じて若い人にそれを考えて欲しいと思っています。でもこの本で書けなかったこともあって、それはまさに先ほどから話している『男とセックス』について。いずれこの論点を掘り下げなければいけないとは思っています。僕も、もともとはこのことに興味があったのですが、『そんなこと研究しててもメシを食えないよ』と周囲に諭されて断念してしまいました」

――どういう研究をしようとしていたんですか。

田中「修士課程で性風俗に通う男性について調査していたんです。それで修士論文を書きました。でもその研究を続けて、『私は研究者です』とは言えないんですよね、大学の先生って」

――どうしてですか?

田中「どこかの大学に就職する際、自分がそれまでに書いた論文を5本くらい送って審査されるんですが、風俗に通った男性の調査をした論文って……」

――たいした情報じゃないと思われてる?

田中「たいした情報じゃないってのもあるし、性なんてアカデミックな場で語る必要がないと考えている高齢の先生方はまだたくさんいらっしゃいます。そういう面でも森岡さんは偉人です。他に類を見ないタイプの哲学者です。特に社会的な地位が一定程度ある場合、この分野に手を出す必要がない。性の話に手を出すとイロモノと見られますから。森岡さんは『もう大学教授なのになんであんな研究やってんだろうね』って知人の研究者が不思議がっていました」

――そういうものなんですね。

田中「男が縛られているものとして、仕事よりセックスのほうがさらに大きいかもしれない。生理現象だからで片付けられちゃいますしね。乙武さんの不倫騒動について、先ほど奥さんの謝罪コメントが~という話が出ましたよね。まず乙武さんは重度の障害者というマイノリティなので、論じにくい対象ですが、彼が『週刊新潮』の取材に応えた言葉は、マイノリティだということを抜きにして『妻が母になったから浮気してしまった』って理屈はクソですよ。多くの浮気男が言う、男の典型的な論理だけど、それは通らないと僕は思います。妻が母をしている間、我慢するって選択肢はないのか」

――夫婦仲を良くしましょうというテーマの女性に良妻の心得を説く本、いくつかありますけれども、基本的にそこには「旦那に我慢させちゃいけない」と書かれていますよ。女性カウンセラーが女性に向けてそれを書く。もちろん「旦那さんを立てましょう」と、散々書かれています。先ほど田中先生がおっしゃったように、男を立てることと男を頼ることは表裏一体です。旦那さんをホメて立てて育てましょう、とある。そりゃあ男女仲良くしていたいですが、上下の関係性で「良好です」って違うと思います。

田中「体感しにくいけどやっぱり日本の女性差別ってすごいですよ。今の話もそうだし、男性が育児休業とらないことも含めて、女性の我慢のうえに社会が成り立ってるんですよ本当に。女性がしたくないセックスを夫がしたいからって理由で我慢してやって、それで社会はうまく回っていきますって。乙武さんが浮気しました、妻が私にも悪いところがありますと謝罪して、それで丸くおさまると。奥さんが謝るのはおかしいって論調だけでいいはずなのに。女の人が我慢するのはよろしいことであるって認識が社会にありますよね。それじゃ女の人の人生ってなんなんだ」

――女性がそうやって我慢して、男性もたぶん仕事含めいろいろな面で我慢して、それで成り立っている社会って無理がありますよね。女の人が我慢するのはよろしいことであり、一方で男性がグイグイリードするのがよろしいことであるという共通認識、なくしたいです。既存の常識を維持するためだけに、みんな我慢しすぎじゃないでしょうか。

田中「まあそうは言っても、女性が男性に頼りがいを求める、頼りがいを求めるから私は立てるし我慢する、このセットで充足している人には届かないし、余計なお世話と言われてしまいます。これでうまく回ってるんだからいいじゃないかと」

――個別でうまく回っている事例があるにしても、全体を見たらうまく回っていないですからね。頼りがいなどの“男らしさ”が、モラハラやDVを招く側面も持っているんじゃないかという問題意識もあります。たとえば強引で引っ張ってくれる男性は、男らしさ・かっこよさ・決断力があって頼れる。しかし別の見方をすると、私の意志を尊重してくれない・思いやりのない・乱暴な人とも読めてしまう。逆に優しくていつも彼女を優先してくれる人は、男らしくないとか。仕事の稼ぎが少ないと家事育児の分担率が高くても甲斐性がないとか。

田中「強引という特性は、ある意味、相手の意思を無視するところに成り立ってるわけですから……この問題本当に難しいですよ、また別の機会にあらためて論じたい。たとえばある男性が強引に女性の腕を引っ張るシーン。それでキュンとくる女性がいるってことになっていますよね。少女マンガでそういうシチュエーションが描かれることも定番になっている」

――壁ドンとか。

田中「そうそう。僕は結構マンガ好きですけど、マンガってフィクションとして楽しめばいいけど現実に適用しはじめたら大きくおかしなことになるじゃないですか。マンガの登場人物がそういうことしているぶんにはいいけど、現実で強引に腕を引っ張られたら怖いじゃないですか。これはAVとかでもそうですけど。フィクションの登場人物でカッコイイとされる要素を、現実でそのまま適用することは出来ないと思います」

◎平凡な女性が働いていて何が悪いのか

――最後にもう一度、女性が経済力を持つことの重要性について。白河桃子さんの『専業主夫になりたい男たち』に収録されている小島慶子さんとの対談で、2つ気になる箇所がありました。「女性は自分の子供はいざ知らず、夫を養うマインドがない」なぜなら「日本ってまだまだ女性の経済的パワーが弱すぎる」からだと。

田中「ほとんどの男性が育児休業を取得せず時短勤務もしないのは、大抵、その家庭内では家計的にそのほうが都合が良いからですよね。育休とって出世コースをはずされるより、セーブしないで働いて昇給したほうが、家計全体を考えれば合理的だと。先ほども言いましたが、女性側からもそういう声はありますよね、夫は育児をやらなくていいからバリバリ働いて稼いでほしい、って」

――ありますよね。ですが繰り返すように、私生活を犠牲にして働いて成り立つような会社が「普通」とされてるのがおかしい。

田中「そうですね。もうひとつ僕がおかしいことだと思うのは、男性は特別有能じゃなくても辞めないで会社に居続けていいのに、女性の場合は優秀な女性しか働き続けられないことになっていることです。優秀な女だけは輝いてもいいよ、みたいな。男性は優秀じゃなくても働き続ける以外ないし、平凡だったりダメな奴でも『結婚して辞めればいいのに』なんて言われない。40歳を過ぎた平凡な、特別優秀じゃない女性が普通に正規で働いていると奇異の目で見られます。実は僕の友人の会社にいるそうなんです、独身で40代以上の優秀ではない一般職の女性社員さんが。ものすごい陰口を叩かれているんだそうです。早く結婚してやめればいいのに、とか。ひどい話ですよね。自分の生計を立てるために働いて何が悪いんだっていう。どうして肩身の狭い思いをしなくちゃならないのか。すさまじい女性差別ですよね。じゃあどうしろっていうんだ」

――「男が働かない、いいじゃないか」の対になるのって「女が産まない、いいじゃないか」だと思っているのですが、「女が働き続ける、いいじゃないか」もありますね。結婚して男に養ってもらえって、おかしい。

田中「まさにそれですね! 仕事って、お金を貰う以外にも様々な側面を持ちます。嫌なこともまああるけれど、面白い面もあるじゃないですか、いろいろな人に会うことができたり努力の結果が出たり。これを女性だからってだけで制限されるいわれはない。女性は除外ってないなあと思いますよね」

――まず男も女も自分で自分を養える経済力が必要だと思います。「男だから家族を養う経済力を得なきゃダメ」っていうのは性差別。女性が「私は家の中にいたい。だから男が働かないなんて困るよ」って言ってたら、男性も変われませんから、私としては女性側も考えをあらためてほしいと思っています。

(構成/下戸山うさこ)

恋愛では男性にリードしてほしい? 男に頼りがいを求めることが「当たり前」でいいのか/男性学・田中俊之さん

 武蔵大学で男性学・キャリア教育論を専門に教鞭をとる田中俊之先生の新刊『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社)は、主に20代の若者男性に向けて、「働きすぎる必要はない、君の人生なんだ」とエールを送る内容です。

 前編では日本人の多くが「働きすぎ」であること、男性は特に「働く」ことから逃れられない構造になっていること、女性もそれを期待していることなどがあげられ、人生の大半を仕事に奪われないよう考え方をシフトする重要性について話してきました。

 後編では仕事の面のみならず、男性が性役割として期待されている「女性をリードすること」にも焦点を当てます。ナンパと逆ナンパ、草食男子と肉食女子というワードがあるように、恋愛の局面になると、<男性=誘うもの、女性=ジャッジするもの>という性役割が固定化しています。テレビのお見合い番組でも、告白タイムは男性から女性へオンリー。プロポーズも同様で、女性が男性にすると「逆プロポーズ」として珍しがられます。なぜ男性が女性をリードしなければならないのでしょうか?

――私自身の身の回りでも、「自分から告白したくない、相手に言わせたい」という女性の声をすごく多く聞くので、いつも変だなと思ってきました。“男にリードされたい”ってベッドのプレイとしてなら別にいいと思いますが、恋愛の基本的な常識がそうなっているというのはおかしいと考えています。肉食女子、草食男子という言葉の使われ方をみても、ジェンダーロールと逆の傾向を示していることを揶揄されているのは明らかですよね。

田中「男性が女性に告白するのが正当な様式とされていると、男性側も困りますよね」

――田中先生はご結婚されていますが、様式はどうだったのですか。

田中「ええ、……妻もどちらかといえば『男性側から告白するように仕向ける』タイプで待ちの姿勢を示していたので、僕からお付き合いしましょうと伝えましたね。相手が待ちなら、もう自分から行かないとどこにも進まないですからね。でも男性だって、告白するのは勇気がいるものですし、『男らしく自分から告白するべき』なんて強制されても困ります。男らしさと女らしさって、セットにされているじゃないですか。女性が“女性らしく”男性を立てると物事がうまく進むことが多い、みんなそう思っていて、男性から女性へ告白させるってそれとセットです」

――男から告白されないと女として恥ずかしいと思っちゃう人もいるようです。

田中「そうなんですね。この問題は僕もどうすればいいのか継続的に考えていて……。専門書ですが『「男らしさ」の人類学』(デイヴィッド ギルモア/1994/春秋社)という本があります。どこの社会に行っても男には通過儀礼があるということが書かれているのですが、たとえば南アフリカのサン人(かつてブッシュマンと呼ばれました)は温厚な民族とされていますがそこでも“ムチで打たれても我慢して声を上げない”といった、男になるための儀式があります。同書には文化人類学的に観察していくと、東洋西洋を問わず、男は「勇敢で力強く経済的に優れ禁欲的で働き者であることが期待されて、他人に奉仕して社会を防衛し維持することが期待されている」とあるんですね。他方、女性はもっとバリエーションが豊富なのだそうです」

――理不尽な経験をさせて、「大人の男にする」と。

田中「はい、男というのは『なる』ものだと。放っておいたら男になれないから、厳しい訓練をして男に『なる』と考えられている文化が多いというんですね」

――それを言うなら女も「なる」じゃないですか? 女装ですよね。生まれた瞬間はどちらでもないんだと思います。

田中「もちろんそうだと思います。まさにジェンダーですよね。ここから降りる方法が見つかれば世界的に素晴らしい、意義のあることだと僕は思っています」

◎<やりたい>は本質的か

――ひとつ確認したいのですが、男性が出来るだけ魅力的な多くの女性とセックスしたいのは当然のことだと思われています……よね?

田中「思われてますよね、はい。そう思われている、ということは僕もわかりますよ、大丈夫です」

――<男は基本的に、隙あらばやりたいと思ってる>と。そういう前提で、女は「オオカミから身を守れ」と教育されます。特に女性が性犯罪の被害に遭ったとき、自衛意識を問われますよね。そのうえで女性は、最適な男性に最適なタイミングで体を提供して、結婚して、夫婦になったならば他の女に奪われないようにできる限り努力して防衛しましょうね……と。あーめんどくさいなって感じなんですけど。乙武さん不倫での奥さんのコメントにそれなりの賛同があるのって、そういうことなのかなと思うんですね。

田中「男がセックスしたいんだってことがさも本質的な自然現象ってことにされていますよね。僕は男ですが、<隙あらばやりたい>とは思わないですね……あまり自分のこういう話を開示するのが恥ずかしいのですが。僕が<隙あらばしたい>をあり得ないと思うのは、僕にとっては性ってかなり面倒くさいんですよ。不倫報道なんてのを見てもわかるように、トラブルの種でしかないじゃないですか。それから根本的に僕はお祭りとか非日常的なイベントが嫌いなのですが、セックスってやや非日常的なところがあるじゃないですか、だからうまいことなくせれば……いや、でも難しいですよね。

それについて日本で唯一深く考察したのは哲学者の森岡正博さんです。ちくま文庫から出された『感じない男』というタイトルの本で、ご自身の性について赤裸々に分析をされています。『気が付いちゃったんですけど、射精ってそんな気持ちよくない? 終わったあとムナしいしさぁ』『自分は女子高生がわりと好きな気がする。女子高生のはいている下着は白じゃないといけないような気がする。なぜ僕はそう思うのだろう』というようなことを、どんどん掘り下げる。これはもう素晴らしい本です。僕はできない。今こうやって取材されても自分の性や恋愛についてあまり話せないんです。プライベートで友人から、恋人の話とか聞かれてもしないんですよ、若い頃から。彼女とどうなの? とか話したくない」

――どうして恋人の話はしたくないんですか。

田中「社交辞令として振られてるだけじゃないかなと思って。本当は興味もないのにそんなこと聞かれても。あとやっぱり恥ずかしいのかもしれません。あと恥ずかしいのかもしれない。だから森岡さんはすごい。で、<隙あらばしたい>とか、<男はどうしても我慢できない>なんていうのは、絶対に嘘だと思いますね。性は自分でコントロールできると思います」

――コントロールできるって私も思います。仕事でいくらでも頭を働かせて計算したりスケジュール組んで納期を守ったりしてるじゃないですか。セックスだけは男の本能だから仕方ないって言われると困る。

田中「本能どうこうとは話が少しずれるかもしれませんが、出張で地方のビジネスホテルに宿泊することがよくありまして。出張先でデリヘルを呼ぶ男性って多いですよね。ホテルにも<宿泊者以外はお断りですよ>って内容の軽い警告の看板があったりしますが、まあ黙認していますよね。明らかにデリヘル嬢さんだなという女性とエレベーターで一緒になることがよくあります。わかるじゃないですか、ちょっとした大きさのバッグを持っていて明らかに宿泊者ではない。既婚者なら浮気ですよね。で、別に独身男性なら性風俗を利用することは悪いことでも何でもないですが、出張先でちょっと羽をのばすという時に、そういうのばし方を選択する男性は多いのだなと。

僕だったら行く先々で美味しいものを食べることのほうが優先度が高い。だってデリヘル嬢を呼んじゃったら時間が拘束されるじゃないですか、自分で呼んでおいて拘束されるもないですけど。それだったら美味いものを食べたほうが、お金的にも」

――60分コースで2万円くらいですかね、デリヘルの利用。

田中「2万円あったら美味しいもの食べてお土産も買えるじゃないですか。すごい美味しいお寿司食べられますよね、2万円。でもそこで、“せっかくだから”と、美味しいものよりも性風俗の利用にそのお金や時間を費やすほうが羽をのばせるという男性もいらっしゃる。まったく意味がわかりません」

――そこは優先順位の違いというか。

◎掘り下げづらい「男とセックス」

――社会の中で男性たちが共有している幻想として「女はご褒美なんだ」「セックスはすごくいいものなんだ」「成功者にはすごく良い女がついてくるものだ」ってありませんか?

田中「ええ、ご褒美なんですよね。先ほどの文化人類学の話でも、通過儀礼を経て男になった暁には、そのご褒美にありつけるようになっています。ムチで打たれて耐えたから、じゃあお前は男として認めてやる、この女と結婚してもいいぞって流れになります」

――結婚してもいいってすなわちセックスしてもいいぞって意味ですよね、その場合。

田中「そうです。男になれば与えられる。モノ扱いですよね女性は。個々のいろんな文化をバカにしちゃいけないですけど、2016年にもなった市民社会である日本でそういう発想があってはいけないですよね。今日は清原の話ばっかりして恐縮ですけど、清原ってそういう考えをあからさまに見せていました。プロ野球選手になったら美味いもん食っていい女抱いていい車乗って、そうしたいのは当たり前だろっていう」

――当たり前だと思わずに、「ちょっと待って、自分はそうしたいかな?」って考えてみるのが必要。

田中「自分がしたいと思わされてることがあるんじゃないかなって疑う気持ちを持ちたいですよね。僕はこの本(男が働かない、いいじゃないか)を通じて若い人にそれを考えて欲しいと思っています。でもこの本で書けなかったこともあって、それはまさに先ほどから話している『男とセックス』について。いずれこの論点を掘り下げなければいけないとは思っています。僕も、もともとはこのことに興味があったのですが、『そんなこと研究しててもメシを食えないよ』と周囲に諭されて断念してしまいました」

――どういう研究をしようとしていたんですか。

田中「修士課程で性風俗に通う男性について調査していたんです。それで修士論文を書きました。でもその研究を続けて、『私は研究者です』とは言えないんですよね、大学の先生って」

――どうしてですか?

田中「どこかの大学に就職する際、自分がそれまでに書いた論文を5本くらい送って審査されるんですが、風俗に通った男性の調査をした論文って……」

――たいした情報じゃないと思われてる?

田中「たいした情報じゃないってのもあるし、性なんてアカデミックな場で語る必要がないと考えている高齢の先生方はまだたくさんいらっしゃいます。そういう面でも森岡さんは偉人です。他に類を見ないタイプの哲学者です。特に社会的な地位が一定程度ある場合、この分野に手を出す必要がない。性の話に手を出すとイロモノと見られますから。森岡さんは『もう大学教授なのになんであんな研究やってんだろうね』って知人の研究者が不思議がっていました」

――そういうものなんですね。

田中「男が縛られているものとして、仕事よりセックスのほうがさらに大きいかもしれない。生理現象だからで片付けられちゃいますしね。乙武さんの不倫騒動について、先ほど奥さんの謝罪コメントが~という話が出ましたよね。まず乙武さんは重度の障害者というマイノリティなので、論じにくい対象ですが、彼が『週刊新潮』の取材に応えた言葉は、マイノリティだということを抜きにして『妻が母になったから浮気してしまった』って理屈はクソですよ。多くの浮気男が言う、男の典型的な論理だけど、それは通らないと僕は思います。妻が母をしている間、我慢するって選択肢はないのか」

――夫婦仲を良くしましょうというテーマの女性に良妻の心得を説く本、いくつかありますけれども、基本的にそこには「旦那に我慢させちゃいけない」と書かれていますよ。女性カウンセラーが女性に向けてそれを書く。もちろん「旦那さんを立てましょう」と、散々書かれています。先ほど田中先生がおっしゃったように、男を立てることと男を頼ることは表裏一体です。旦那さんをホメて立てて育てましょう、とある。そりゃあ男女仲良くしていたいですが、上下の関係性で「良好です」って違うと思います。

田中「体感しにくいけどやっぱり日本の女性差別ってすごいですよ。今の話もそうだし、男性が育児休業とらないことも含めて、女性の我慢のうえに社会が成り立ってるんですよ本当に。女性がしたくないセックスを夫がしたいからって理由で我慢してやって、それで社会はうまく回っていきますって。乙武さんが浮気しました、妻が私にも悪いところがありますと謝罪して、それで丸くおさまると。奥さんが謝るのはおかしいって論調だけでいいはずなのに。女の人が我慢するのはよろしいことであるって認識が社会にありますよね。それじゃ女の人の人生ってなんなんだ」

――女性がそうやって我慢して、男性もたぶん仕事含めいろいろな面で我慢して、それで成り立っている社会って無理がありますよね。女の人が我慢するのはよろしいことであり、一方で男性がグイグイリードするのがよろしいことであるという共通認識、なくしたいです。既存の常識を維持するためだけに、みんな我慢しすぎじゃないでしょうか。

田中「まあそうは言っても、女性が男性に頼りがいを求める、頼りがいを求めるから私は立てるし我慢する、このセットで充足している人には届かないし、余計なお世話と言われてしまいます。これでうまく回ってるんだからいいじゃないかと」

――個別でうまく回っている事例があるにしても、全体を見たらうまく回っていないですからね。頼りがいなどの“男らしさ”が、モラハラやDVを招く側面も持っているんじゃないかという問題意識もあります。たとえば強引で引っ張ってくれる男性は、男らしさ・かっこよさ・決断力があって頼れる。しかし別の見方をすると、私の意志を尊重してくれない・思いやりのない・乱暴な人とも読めてしまう。逆に優しくていつも彼女を優先してくれる人は、男らしくないとか。仕事の稼ぎが少ないと家事育児の分担率が高くても甲斐性がないとか。

田中「強引という特性は、ある意味、相手の意思を無視するところに成り立ってるわけですから……この問題本当に難しいですよ、また別の機会にあらためて論じたい。たとえばある男性が強引に女性の腕を引っ張るシーン。それでキュンとくる女性がいるってことになっていますよね。少女マンガでそういうシチュエーションが描かれることも定番になっている」

――壁ドンとか。

田中「そうそう。僕は結構マンガ好きですけど、マンガってフィクションとして楽しめばいいけど現実に適用しはじめたら大きくおかしなことになるじゃないですか。マンガの登場人物がそういうことしているぶんにはいいけど、現実で強引に腕を引っ張られたら怖いじゃないですか。これはAVとかでもそうですけど。フィクションの登場人物でカッコイイとされる要素を、現実でそのまま適用することは出来ないと思います」

◎平凡な女性が働いていて何が悪いのか

――最後にもう一度、女性が経済力を持つことの重要性について。白河桃子さんの『専業主夫になりたい男たち』に収録されている小島慶子さんとの対談で、2つ気になる箇所がありました。「女性は自分の子供はいざ知らず、夫を養うマインドがない」なぜなら「日本ってまだまだ女性の経済的パワーが弱すぎる」からだと。

田中「ほとんどの男性が育児休業を取得せず時短勤務もしないのは、大抵、その家庭内では家計的にそのほうが都合が良いからですよね。育休とって出世コースをはずされるより、セーブしないで働いて昇給したほうが、家計全体を考えれば合理的だと。先ほども言いましたが、女性側からもそういう声はありますよね、夫は育児をやらなくていいからバリバリ働いて稼いでほしい、って」

――ありますよね。ですが繰り返すように、私生活を犠牲にして働いて成り立つような会社が「普通」とされてるのがおかしい。

田中「そうですね。もうひとつ僕がおかしいことだと思うのは、男性は特別有能じゃなくても辞めないで会社に居続けていいのに、女性の場合は優秀な女性しか働き続けられないことになっていることです。優秀な女だけは輝いてもいいよ、みたいな。男性は優秀じゃなくても働き続ける以外ないし、平凡だったりダメな奴でも『結婚して辞めればいいのに』なんて言われない。40歳を過ぎた平凡な、特別優秀じゃない女性が普通に正規で働いていると奇異の目で見られます。実は僕の友人の会社にいるそうなんです、独身で40代以上の優秀ではない一般職の女性社員さんが。ものすごい陰口を叩かれているんだそうです。早く結婚してやめればいいのに、とか。ひどい話ですよね。自分の生計を立てるために働いて何が悪いんだっていう。どうして肩身の狭い思いをしなくちゃならないのか。すさまじい女性差別ですよね。じゃあどうしろっていうんだ」

――「男が働かない、いいじゃないか」の対になるのって「女が産まない、いいじゃないか」だと思っているのですが、「女が働き続ける、いいじゃないか」もありますね。結婚して男に養ってもらえって、おかしい。

田中「まさにそれですね! 仕事って、お金を貰う以外にも様々な側面を持ちます。嫌なこともまああるけれど、面白い面もあるじゃないですか、いろいろな人に会うことができたり努力の結果が出たり。これを女性だからってだけで制限されるいわれはない。女性は除外ってないなあと思いますよね」

――まず男も女も自分で自分を養える経済力が必要だと思います。「男だから家族を養う経済力を得なきゃダメ」っていうのは性差別。女性が「私は家の中にいたい。だから男が働かないなんて困るよ」って言ってたら、男性も変われませんから、私としては女性側も考えをあらためてほしいと思っています。

(構成/下戸山うさこ)

「上野小2殺害事件」――37年前から続く「母親の責任」「心の闇」という断罪

<p> 母親はそれまでに経済的に自立し、池之端の家賃10万円ほどの高級マンションで娘との生活をスタートさせている。近くでマッサージの治療院を開業していたが、女手一つの生活に帰宅が深夜になることも多かった。そのためA子は、朝食は母親と共にするものの、夕食代千円を渡されほとんど毎日を1人で外食していたという。そんな負い目もあったのか、母親は教育熱心で、休日にはA子を連れて食事に行き、欲しい物は何でも買い与えていた。</p>

記憶は思い出となり、やがて物語へ昇華していく。園子温監督が本当に描きたかった『ひそひそ星』

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25年に及ぶ構想期間を経て完成した園子温監督の自主制作によるSF映画『ひそひそ星』。主演の神楽坂恵はアンドロイド役だ。
 園子温監督って、人気なんでしょ? トレンドワードをチェックする感覚で『リアル鬼ごっこ』や『映画 みんな!エスパーだよ!』を劇場まで観に行った人はア然ボー然としたことだろう。会員制のバーに間違って入ってしまったような居心地の悪さを覚えたに違いない。綾野剛、山田孝之らが出演した『新宿スワン』は興行的に成功したが、原作つきで脚本も書いてないこともあり、園監督的には自分の作品という意識はないらしい。『ラブ&ピース』も含めて4本もの新作が2015年には劇場公開されたが、初めて園作品に触れる“一見さん”をドーンと突き放すような内容のものが続いた。『愛のむきだし』(09)や『冷たい熱帯魚』(11)でブレイクしてから、不遇時代に溜め込んでいたエネルギーを爆発させるかのように作品を量産し、さらにバンド演奏、小説執筆、芸人宣言と様々な分野での露出が続いた園監督の分裂症的な時期は収束に向かい、新しいステージでの活動が始まる。園監督の新しいスタートを飾るのが、シオンプロダクション第1回作品『ひそひそ星』である。 『ひそひそ星』はとてもシンプルで静謐なモノクロ作品だ。日本映画界で売れっ子となった状況をすでに見切った園監督のセカンドヴァージン、第2の処女作と呼んでいいだろう。宇宙船が広い銀河を旅している。この宇宙船は昭和風のレトロなアパートを模した外見&内装となっている。自主映画を撮っていた若き日の園監督が暮らしていた高円寺の安アパートをイメージしたものか。ロケットには女性型アンドロイド・鈴木洋子(神楽坂恵)が乗っており、遠く離れた星々に散り散りとなって暮らす人類に宅配便を届けるミッションを負っている。アンドロイドゆえに感情もなく記憶も持たない鈴木洋子は、部屋の掃除やお茶を淹れたりと日常生活を過ごしながら、ロケットが目的地に到着するのを静かに待っている。彼女が届けるものは、貴重な天然資源でも最新の医療薬でもなく、人々の何でもない“思い出”である。他人から見ればまるで価値のないガラクタだが、送った人と受け取る人は同じ思い出を共有することで繋がりが生じる。使い古されて陳腐な言葉となったが、人間がかつて“絆”と呼んだものを届けるために、鈴木洋子は宇宙をはるばると旅している。
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『ひそひそ星』のロケ地は、福島県の浪江町・富岡町・南相馬市。アンドロイドの鈴木洋子は廃墟に宅配便を届けに向かう。
 鈴木洋子が何十年もかかって宅配便を届けに行く先となるが、福島の被災地だ。園監督は東日本大震災直後に『ヒミズ』(12)のロケを釜石で行なって以降、原発問題を正面から描いた『希望の国』(12)の撮影を福島で行なうなど、被災地に積極的に関わってきた。昨年公開された4作品の中で唯一のオリジナル作だった『ラブ&ピース』(15)の人々に飽きられたオモチャや棄てられたペットたちが一緒に暮らす下水道奥のユートピアは、福島原発事故によって無人化した帰宅困難区域を連想させるものだった。『ひそひそ星』では津波によって内陸に打ち上げられた船やところどころに廃墟が残る荒涼とした更地に、鈴木洋子は黙々と思い出を届けに行く。受け取るおじいちゃんやおばあちゃんたちには被災地で今も暮らす地元の人たちが起用されており、SF作品なのにドキュメンタリー的な味わいがある。園作品では『自殺サークル』(02)をはじめ、過激なバイオレンスシーンが描かれることが多いが、静謐さを極めた『ひそひそ星』は、かつてこの地でとんでもなく不条理な暴力が人々を襲ったという事実を我々の胸に突き付ける。  鈴木洋子は被災地で暮らす人々に思い出を届けているわけだが、スクリーンの中に広がる被災地の光景もまた貴重な記憶である。多分、陸に上がった船や廃墟はもう撤去され、ロケ地は完全な更地となっていることだろう。園監督は風化して、のっぺらぼうとなっていく記憶を、人間の脳みその代わりにスクリーンの中へと取り込んでいく。かつて、この場所で人々が暮らしを営み、そこから数々の記憶が生まれ、人々が共有する思い出へと育っていった。被災地に通った園監督はそんな思い出を受け止め、物語へと昇華させていく。人間は記憶を、そして思い出を持つことで自身のアイデンティティーを保つことができる。思い出が積み重なることで、コミュニティーの歴史が作られていく。そして物語が奏でられる土地から、文化や文明が生まれていくことになる。園監督は感情を持たない女性型アンドロイドに、記憶を持つことによる心の痛みや温かさを体験させようとする。園監督は新しいスタートを切る大事な記念作を、耳を澄まさなくてはスルーしてしまうような、とてもミニマムな作品として完成させた。
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ドキュメンタリー映画『園子温という生きもの』より。『ひそひそ星』の撮影や個展の準備に取り組む園監督の多面的な素顔に迫っている。
『ひそひそ星』と同時公開されるドキュメンタリー映画『園子温という生きもの』も興味深い。園監督がリスペクトする大島渚監督の息子・大島新監督が『ひそひそ星』の撮影に取り組む園監督の素顔を追ったものだ。とりわけ『ひそひそ星』に主演し、また本名の園いづみとしてプロデューサーも務めた神楽坂恵へのインタビューが印象に残る。園監督の公私にわたるパートナーである神楽坂は『冷たい熱帯魚』に出演した後、『恋の罪』(11)に主演することになるが、この時期に交際を始めたことを打ち明ける。『冷たい熱帯魚』での園監督の彼女への演技のダメ出しも厳しかったが、『恋の罪』に主演するのも相当な覚悟が必要だった。映画が失敗したら、自分の女優生命だけでなく、交際している園監督の価値さえ暴落させることになる。当時の心情がフラッシュバックした神楽坂はカメラの前で言葉を詰まらせて、カメラフレームから逃れて涙を拭おうとする。鬼才と呼ばれるアウトロー監督との共同生活は想像以上に大変だった。  園監督は今後の創作ビジョンについて、海外からのオファーは受けるが、国内での仕事はオリジナル作品を中心にやっていくつもりだと語っている。園監督の第2の処女作『ひそひそ星』を皮切りに、シオンプロダクションはこれから一体どんな作品を産み落としていくのだろうか。 (文=長野辰次)
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『ひそひそ星』 監督・脚本・プロデュース/園子温 プロデューサー/鈴木剛、園いづみ 出演/神楽坂恵、遠藤賢司、池田優斗、森康子、福島県浪江町・富岡町・南相馬市の人々  配給/日活 5月14日(土)より新宿シネマカリテほかロードショー (c)SION PRODUCTION http://hisohisoboshi.jp 『園子温という生きもの』 監督/大島新 出演/園子温、染谷将太、二階堂ふみ、田野邊尚人、安岡卓治、エリイ(Chim↑Pom)、神楽坂恵  配給/日活 5月14日(土)より新宿シネマカリテほかロードショー (c)2016「園子温という生きもの」製作委員会 http://sonosion-ikimono.jp ※東京都神宮前のワタリウム美術館では現在、園子温監督の美術個展「園子温『ひそひそ星』」を開催中(~7月10日)。デビュー作『自転車吐息』(90)がベルリン映画祭に出品された後、帰国して描き上げた『ひそひそ星』の絵コンテ555枚や劇中に登場する影絵シーンを再現した「今際の際(いまわのきわ)の橋」のほか、園監督が主宰したストリートパフォーマンス集団「東京ガガガ」から生まれた「ハチ公プロジェクト」の新作などが展示されている。

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『パンドラ映画館』電子書籍発売中! 日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』が電子書籍になりました。 詳細はこちらから!

「オナニーは女性を幸せにするべき!」SF官能作家が担う、“女のエロを解放する”という使命

<p>“セックス”をテーマの1つに小説を執筆している女性作家たち。彼女たちは恋愛、セックスに対して、人よりも強い思い入れ、時に疑問やわだかまりを抱えていることも。小説にして吐き出さずにはいられなかった、女性作家の思いを、過去の恋愛や作品の話とともに聞く。</p>

韓国エロ業界に空前の“人妻ブーム”到来! 『若いお母さん』シリーズの実力とは

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くだんの『若いお母さん』シリーズ
 4月28日、韓国でとあるポルノ映画が公開された。原題を直訳すると『若いお母さん』。今作でシリーズ5作目となる、韓国で人気のポルノ映画作品だ。一体どんな作品なのだろうか?  『若いお母さん』が初公開されたのは、2013年。礼儀や道徳において、日本よりも“お堅い”イメージのある韓国においては、日本のAVやポルノ作品では数え切れないほど作られてきたであろう「人妻もの」「若妻もの」というジャンルが、新鮮だったのだろうか? しかし、シリーズを観賞したネット民のレビューを見てみると、単にその設定やエロ描写に対する期待や満足だけで、この作品が評価されているわけではないことがわかる。 「ベッドシーンがなくても見られる作品。ポルノ業界における秀作のひとつ」「エロ映画だけど、意外に楽しめる映画だった。見て後悔しない作品」など、下半身だけにとどまらず、その作品性が評価されている。  その人気を示すかのように、『若母』シリーズは毎年1作品以上、コンスタントに製作されてきた。一時は韓国のポータルサイト「NAVER」のダウンロードランキングで堂々の1位を記録したこともあり、シリーズスタートから3年がたつが、インターネット上では各作品がいまだに人気で、それぞれ10万ダウンロードを記録しているほどだという。  前述の通り、俳優たちの演技やストーリーへの評価が高いことが、人気を後押ししている。とはいえ、やはりあくまでもポルノ作品。気になるのは、そのエロ度だろう。確かに内容はどれも、主人公がエロい人妻と出会い、男女の関係に至るという、月並みなもの。しかし、この手の映画を見る男性諸氏が期待しているのは、エロ描写とともに、“月並み=クラシック”な設定をいかにして盛り上げているかだろう。『若母』シリーズの設定やキャラクターを振り返ると、サブキャラも含めて、家庭教師、女性上司、嫁の母親といったように古典的な設定ばかり。  しかも今回公開される新作では、とある島を舞台に、元ポルノ女優のお母さんが登場するという設定。シリーズの各作品予告編を見てみると、お世辞にも出演女優がかわいいとは言いがたいが、それは逆に作品の内容、質が高いことを示しているのかもしれない。  もちろん肯定的な反応だけでなく、「映画とはいえ、設定がやりすぎ」や「反社会的な内容」などという否定的なコメントも寄せられている『若母』シリーズ。それでも、ポルノ作品ながらこれだけ反響を呼んでいる点には、興味が沸くばかりだ。