1979年に創刊し、「Weekly oricon」「oricon style」など誌名を変えながら37年続いた「オリスタ」(オリコン・エンタテインメント)が、3月25日発売の4月4日号をもって休刊。
最終号には、嵐、V6、KinKi Kids、Kis-My-Ft2、中居正広(SMAP)らがインタビューに登場し、撮影の思い出話や当時は話せなかった裏話などに花を咲かせている。懐かしいネタも続出しているのでピックアップしてみたい。
1979年に創刊し、「Weekly oricon」「oricon style」など誌名を変えながら37年続いた「オリスタ」(オリコン・エンタテインメント)が、3月25日発売の4月4日号をもって休刊。
最終号には、嵐、V6、KinKi Kids、Kis-My-Ft2、中居正広(SMAP)らがインタビューに登場し、撮影の思い出話や当時は話せなかった裏話などに花を咲かせている。懐かしいネタも続出しているのでピックアップしてみたい。
1979年に創刊し、「Weekly oricon」「oricon style」など誌名を変えながら37年続いた「オリスタ」(オリコン・エンタテインメント)が、3月25日発売の4月4日号をもって休刊。
最終号には、嵐、V6、KinKi Kids、Kis-My-Ft2、中居正広(SMAP)らがインタビューに登場し、撮影の思い出話や当時は話せなかった裏話などに花を咲かせている。懐かしいネタも続出しているのでピックアップしてみたい。
Hey!Say!JUMP・山田涼介主演の映画『暗殺教室―卒業編―』が、25日に公開初日を迎えた。
「前作が山田クンの初主演映画でしたが、興収も28億円と大ヒットして、日本アカデミー賞で新人俳優賞を獲得しました。事務所はV6の岡田准一クン、嵐の二宮和也クンと同様の“映画俳優”路線を歩ませたいようです」(映画関係者)
実際、その『暗殺教室』の後も、人気小説家・伊坂幸太郎原作の映画『グラスホッパー』で若き殺し屋を演じた。
「今回の『卒業編』で映画3作目ですが、実質はまだ2作品です。それで、次に事務所が選んだ作品が人気漫画の『鋼の錬金術師』の実写化です。事務所はこの作品で、日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞を狙いたいようです」(同)
漫画『鋼の錬金術師』は「月刊少年ガンガン」(スクウェア・エニックス)で01年8月号から10年7月号まで連載された人気作品。
「コミックスは累計6,000万部を売り上げ、アニメ化、映画化もされています。最終話が掲載された10年7月号は、通常の2割増しの発行部数でも完売し、9月号に再掲載されるという異例の事態となりました。それくらい人気の高い作品です。ただ、CGを駆使しないと表現できないようなシーンがあるため、監督には『ピンポン』などで知られ、CGに定評がある曽利文彦氏を起用したそうです。撮影は6月から8月くらいまで行われて、イタリアでの海外ロケもあるそうです」(出版関係者)
現在、日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞は岡田、二宮と2年連続でジャニーズが受賞している。
「今年も『海賊とよばれた男』に主演する岡田クンが獲得するんじゃないかっていわれています。『鋼の錬金術師』は来年の夏頃の公開予定なので、山田クンはジャニーズ4年連続受賞を目指して製作に入るようです」(前出の映画関係者)
ベストジーニスト賞と同じように、“日本アカデミー賞といえばジャニーズの賞”と呼ばれる日も遠くなさそうだ。
Hey!Say!JUMP・山田涼介主演の映画『暗殺教室―卒業編―』が、25日に公開初日を迎えた。
「前作が山田クンの初主演映画でしたが、興収も28億円と大ヒットして、日本アカデミー賞で新人俳優賞を獲得しました。事務所はV6の岡田准一クン、嵐の二宮和也クンと同様の“映画俳優”路線を歩ませたいようです」(映画関係者)
実際、その『暗殺教室』の後も、人気小説家・伊坂幸太郎原作の映画『グラスホッパー』で若き殺し屋を演じた。
「今回の『卒業編』で映画3作目ですが、実質はまだ2作品です。それで、次に事務所が選んだ作品が人気漫画の『鋼の錬金術師』の実写化です。事務所はこの作品で、日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞を狙いたいようです」(同)
漫画『鋼の錬金術師』は「月刊少年ガンガン」(スクウェア・エニックス)で01年8月号から10年7月号まで連載された人気作品。
「コミックスは累計6,000万部を売り上げ、アニメ化、映画化もされています。最終話が掲載された10年7月号は、通常の2割増しの発行部数でも完売し、9月号に再掲載されるという異例の事態となりました。それくらい人気の高い作品です。ただ、CGを駆使しないと表現できないようなシーンがあるため、監督には『ピンポン』などで知られ、CGに定評がある曽利文彦氏を起用したそうです。撮影は6月から8月くらいまで行われて、イタリアでの海外ロケもあるそうです」(出版関係者)
現在、日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞は岡田、二宮と2年連続でジャニーズが受賞している。
「今年も『海賊とよばれた男』に主演する岡田クンが獲得するんじゃないかっていわれています。『鋼の錬金術師』は来年の夏頃の公開予定なので、山田クンはジャニーズ4年連続受賞を目指して製作に入るようです」(前出の映画関係者)
ベストジーニスト賞と同じように、“日本アカデミー賞といえばジャニーズの賞”と呼ばれる日も遠くなさそうだ。
ロックバンド・ゲスの極み乙女。の川谷絵音との不倫騒動で芸能活動を自粛しているベッキー。7月の改編期には復帰できるよう、事務所サイドも水面下で動きだしているようだ。 ベッキーは川谷の妻に謝罪文を送ったというが、その後、業界関係者や番組共演者にも“手紙”を送っていることが明らかになり、その内容が波紋を呼んでいる。 「その手紙を受け取った人によると、『川谷さんとは不倫はしていません。本当に友達なんです』と書かれていたそうです。一緒に川谷の実家に行き、“卒論”と称した離婚届の提出を促し、実際に活動を自粛しているわけですから、こんな手紙をもらっても『今さら何を言っているんだ?』と、あきれるしかないですよ」(テレビ関係者) 復帰に向け、「友達」と言い張る作戦なのだろうが、2人の不倫をスクープした「週刊文春」(文藝春秋)では、“武士の情け”で見逃していた2人の生々しいLINEのやりとりがあったという。芸能ジャーナリストが声を潜めて明かす。 「ネタを持ち込んだのは妻ではないかという声もありましたが、それは違う。ですが、ベッキーと川谷のやりとりがリアルタイムで編集部に筒抜けになっていたのは間違いないようです。それによると、川谷からベッキーに『こないだは暗かったからうまくできずにゴメンね』とか『今日はうまくできてよかった』といった文面が送られていたそうです」 これがナニについてのトークなのかは不明だが、それでも「友達」と言い張るのなら、それはいわゆる“ナニ友”だったということなのだろうか?
先頃、人気バラエティ番組で、沖縄県・西表島の北にある外離島で全裸生活を送る高齢の男性が取り上げられ、注目を集めた。しかし、昭和初期頃までは、その程度の差こそあれども、このような生活を送る人々は日本各地に存在していたという。 現在、島根県の山間の村で暮らす元漁師・野村忠五郎さん(94)は、かつて山を隔てた反対側にある瀬戸内地方で、そうした“裸族”を目撃した経験のある貴重な生き証人だ。 「もう80年近く前のことだけども、若い頃ね、ちょうどこの山の裏の方の海に出てさ、漁師の真似事をしていた時期があってね。そりゃあ当時はね、楽しい時期だったよ、おおらかでさ」 野村さんが中学を出た昭和12年頃の日本は、やがて訪れる太平洋戦争との間、いわばつかの間の小春日和のような、そんな時代であった。後に世界で初めて原子爆弾を落とされる国になるとは夢想だにしなかった当時の国民の多くは、第一期世界大戦での勝利から、この国のさらなる発展と躍進を信じて疑わず、「実ににぎやかな時代だった」(野村さん)のだという。そうした時代の中、野村少年は貧しい実家の助けになればと山を降り、漁師の見習いとなった。 「漁師って言ったってね、大きな船じゃないんだ。こーんな小さな船でさ、おやじさんと沖へ出て、昼前にはだいたい仕事が終わって戻ってくる。おかみさんがこさえてくれる飯が本当に旨くてねえ…。本当、いい時代だったよ」※イメージ画像:Thinkstockより
野村さんが漁師見習いとして奉公に出た先は、彼の遠い親戚筋にあたる中年漁師夫妻の家だった。しかし当時としては珍しく、いびられたり、過酷な作業を押し付けられることもなく、子宝に恵まれなかった彼らは、野村さんを実の子のように大切にしてくれたという。彼らへの感謝は、何十年もの歳月が流れた今も、野村さんの心に深く刻まれているようだ。 そんな見習い漁師としての日々がしばらく続いた頃、彼が漁師とともに沖へ出ると、遠く沖の方に点在する瀬戸内の島々の中のひとつに、信じられないものが蠢いていることに気づく。 「いやね、信じられない話だと思うけども、島のさ、浜にね、すっ裸の男や女が何人もいるのが見えたのよ。いやあ、あれは驚いたね。でもさ、俺もそういう年頃だろ? なんかびっくりしちゃってね。口をポッカリと馬鹿みたいに空けたままで、おやじさんの袖を引っ張ったものだよ」 あまりに信じられぬその光景に、思わず言葉を失ってしまったという野村さんは、網を手繰る漁師にそのことを知らせ、その正体を知ろうとしたという。しかし、彼は遠方の島の浜辺で交歓に耽るその裸の男女たちを一瞥したかと思えば、一瞬苦笑し、「お前はまだ知らなくていい」と野村さんの坊主頭をポンと叩いただけだった。 「これはね、後から知ったことだったんだけども、あのあたりの島にはね、もともと裸で暮らすもんがおってね、なんていうんだろうな、野生の動物というか、未開の部族みたいな暮らしをしとるもんがおったっていう話で。 そういう人らはね、裸で生活しとるし、夫婦とか恋人っていう関係もないもんだから、ええなって思うと、すぐに交わってしまうっていう話だったんさ。ああいう人らはどこへ行ってしまったんかねえ」※イメージ画像:『裸族―ベネズェラ原住裸族を追って』(大陸書房)
海外の話ならばいざ知らず、この日本で、たった数十年前まで、このような“裸族”的な暮らしをしていた人々がいたというだけでも驚きだ。だが、それが事実上の乱交関係で結ばれているコミュニティともなれば、その驚きもひとしおだ。 「まあ、詳しいことはいまだにわからないけれども、いい時代だったんだよ」 野村さんがその少年時代に目撃したという、牧歌的な暮らしぶりをしていた人々も、やがて訪れることとなる戦火や、その後の復興期、さらには高度経済成長期の中で、次第にその場所を奪われていくこととなった。当時、“裸族”として暮らしていた人々のうち、どの程度が現在も存命なのかは知る由もない。日本地図が細かく埋め尽くされてしまった今、少なくとも彼らにとっての安住の地は、おそらく、もう、ない。 (文=戸叶和男) 戸叶和男の記事一覧はコチラ※イメージ画像:『部族の肖像 TRIBE@PAPUA NEW GUINEA: BLACK & WHITE【Kindle版】』
先頃、人気バラエティ番組で、沖縄県・西表島の北にある外離島で全裸生活を送る高齢の男性が取り上げられ、注目を集めた。しかし、昭和初期頃までは、その程度の差こそあれども、このような生活を送る人々は日本各地に存在していたという。 現在、島根県の山間の村で暮らす元漁師・野村忠五郎さん(94)は、かつて山を隔てた反対側にある瀬戸内地方で、そうした“裸族”を目撃した経験のある貴重な生き証人だ。 「もう80年近く前のことだけども、若い頃ね、ちょうどこの山の裏の方の海に出てさ、漁師の真似事をしていた時期があってね。そりゃあ当時はね、楽しい時期だったよ、おおらかでさ」 野村さんが中学を出た昭和12年頃の日本は、やがて訪れる太平洋戦争との間、いわばつかの間の小春日和のような、そんな時代であった。後に世界で初めて原子爆弾を落とされる国になるとは夢想だにしなかった当時の国民の多くは、第一期世界大戦での勝利から、この国のさらなる発展と躍進を信じて疑わず、「実ににぎやかな時代だった」(野村さん)のだという。そうした時代の中、野村少年は貧しい実家の助けになればと山を降り、漁師の見習いとなった。 「漁師って言ったってね、大きな船じゃないんだ。こーんな小さな船でさ、おやじさんと沖へ出て、昼前にはだいたい仕事が終わって戻ってくる。おかみさんがこさえてくれる飯が本当に旨くてねえ…。本当、いい時代だったよ」※イメージ画像:Thinkstockより
野村さんが漁師見習いとして奉公に出た先は、彼の遠い親戚筋にあたる中年漁師夫妻の家だった。しかし当時としては珍しく、いびられたり、過酷な作業を押し付けられることもなく、子宝に恵まれなかった彼らは、野村さんを実の子のように大切にしてくれたという。彼らへの感謝は、何十年もの歳月が流れた今も、野村さんの心に深く刻まれているようだ。 そんな見習い漁師としての日々がしばらく続いた頃、彼が漁師とともに沖へ出ると、遠く沖の方に点在する瀬戸内の島々の中のひとつに、信じられないものが蠢いていることに気づく。 「いやね、信じられない話だと思うけども、島のさ、浜にね、すっ裸の男や女が何人もいるのが見えたのよ。いやあ、あれは驚いたね。でもさ、俺もそういう年頃だろ? なんかびっくりしちゃってね。口をポッカリと馬鹿みたいに空けたままで、おやじさんの袖を引っ張ったものだよ」 あまりに信じられぬその光景に、思わず言葉を失ってしまったという野村さんは、網を手繰る漁師にそのことを知らせ、その正体を知ろうとしたという。しかし、彼は遠方の島の浜辺で交歓に耽るその裸の男女たちを一瞥したかと思えば、一瞬苦笑し、「お前はまだ知らなくていい」と野村さんの坊主頭をポンと叩いただけだった。 「これはね、後から知ったことだったんだけども、あのあたりの島にはね、もともと裸で暮らすもんがおってね、なんていうんだろうな、野生の動物というか、未開の部族みたいな暮らしをしとるもんがおったっていう話で。 そういう人らはね、裸で生活しとるし、夫婦とか恋人っていう関係もないもんだから、ええなって思うと、すぐに交わってしまうっていう話だったんさ。ああいう人らはどこへ行ってしまったんかねえ」※イメージ画像:『裸族―ベネズェラ原住裸族を追って』(大陸書房)
海外の話ならばいざ知らず、この日本で、たった数十年前まで、このような“裸族”的な暮らしをしていた人々がいたというだけでも驚きだ。だが、それが事実上の乱交関係で結ばれているコミュニティともなれば、その驚きもひとしおだ。 「まあ、詳しいことはいまだにわからないけれども、いい時代だったんだよ」 野村さんがその少年時代に目撃したという、牧歌的な暮らしぶりをしていた人々も、やがて訪れることとなる戦火や、その後の復興期、さらには高度経済成長期の中で、次第にその場所を奪われていくこととなった。当時、“裸族”として暮らしていた人々のうち、どの程度が現在も存命なのかは知る由もない。日本地図が細かく埋め尽くされてしまった今、少なくとも彼らにとっての安住の地は、おそらく、もう、ない。 (文=戸叶和男) 戸叶和男の記事一覧はコチラ※イメージ画像:『部族の肖像 TRIBE@PAPUA NEW GUINEA: BLACK & WHITE【Kindle版】』
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