
『連載終了! 少年ジャンプ黄金期の舞台裏』(イースト・プレス)
『週刊少年ジャンプ(以下『ジャンプ』)』――それは筆者のような1970年代生まれの人間にとっては避けて通ることのできぬ雑誌の形をした金字塔である。と同時に、我々のような出版業界の裏側を引きずり歩いて大人になった人間には、もはや同じ業界とは思えぬほど遠くの方で燦然と光り続ける表舞台である。
しかし、昨年行なわれたなべやかん氏主宰のトークライブ『T-1グランプリ』で、連載当時の『週刊少年ジャンプ』の裏側を語っている
巻来功士氏を見て、なぜか言いしれぬ親近感を覚えた。
自らの理想と外圧の狭間でもがき苦しみ、傷付いたあまりに極北を目指してしまうそのナイーブな人生の選択は、今やアンダーグラウンド稼業まっしぐらな筆者にもわかる、否、わかりすぎるほど哀しい人間ドラマである。そして、それらすべての苦悩は、先月2月7日に刊行された新刊本『
連載終了! 少年ジャンプ黄金期の舞台裏』(イーストプレス刊)として、見事にアーカイブ化されている。
1980年代、毎週数百万部を売り上げる途方もない巨大漫画ビジネスの真っ只中で、少年誌の範疇を逸脱する独自のエログロ路線の作品を追求した結果、極めて数奇な運命を辿ることになった漫画家・巻来功士氏に、そのキャリアにおける裏表、光と影が激しく交錯するその半生を聞いた。
■編集者の要らない漫画家

画像は、阿佐ヶ谷でのイベントの様子。左からMCのなべやかん氏、巻来氏、森田まさのり氏。
――2月6日に阿佐ヶ谷ロフトで行なわれた出版記念イベントのトークショーでお聞きした感じ通りだと、本書は“鬱屈とした恨み節の本”であるかと思ってました。でも、実際に読んでみたら、いわゆる“暴露本特有の暗さ”が感じられず、“漫画少年の青春記”に昇華されている感じがしましたね。イベントに集英社の編集者の方たちが多数見に来ていたのがわかる、素晴らしい本でした。
巻来「いえいえそんな、ありがとうございます」
――巻末に掲載されている初代『ジャンプ』担当編集者である堀江信彦氏とのインタビューも凄くおもしろかったですね。
巻来「あれは凄くおもしろいですよね、あと、あの対談の時の堀江氏の前に座った僕を見せてあげたかったですよ(笑)」
――そんな感じだったんですね。でも、堀江氏と巻来さんでは、そこまで恐縮するほどの年齢差ではないですよね?
巻来「そうですね、当時の『ジャンプ』は編集長まで若い感じで、作家も編集も、同じような年の若い人たちで作ってたんですよ」
巻来氏が『ジャンプ』で連載を開始したのは、1983年(『機械戦士ギルファー』(原案=西尾元宏))。同誌は1995年に653万部という現在の出版状況下では考えられない怪物的売上を記録しているが、巻来氏が連載した80年代は、まさにその頂点に登る急勾配の道程であり、『北斗の拳』『キン肉マン』『シティーハンター』『キャプテン翼』『聖闘士星矢』等のヒット作を要し、既に発行部数400万部に迫ろうとしているバブル期であった。
巻来「僕が連載していたのは、最終的には
500万部とかその辺りの頃ですよね。その頃は作家と編集者が近かったんですよ。編集者もみんなまだ若いのに、上に気なんて遣わずにガンガンやれてましたよ。
今の編集はサラリーマン化してるんで、上の顔色見ながら漫画家と打ち合わせするんですけど、その頃は上と平気でケンカしてた時代なんで、漫画家と一緒に“こんな作品どうだ!”って上司にぶつけてましたよね。みんな“かましてやろう!”って感じでした」

巻来氏の作品の一部
なぜいきなり巻来氏が編集者の話をしているのかといえば、それは単行本『連載終了!』にも描かれている通り、
漫画家という職業に就くものにとって、出版社側の担当である“担当編集者”が凄まじく大きい存在からである。漫画制作は、漫画家と編集者という異なる職業の人間による共同作業の部分が大きく、巻来氏はその『ジャンプ』連載時に於いて、一蓮托生ともいえる
担当編集者がコロコロ変わってしまうという、かなり好まざる事態を経験してきた。
その編集側からの理由として、堀江氏は巻来氏が『ジャンプ』連載作家の中では珍しい、“縦糸”を紡げる作家だったことを指摘し、だからこそ、担当編集が変わっていったのだろうと単行本巻末の対談で振り返っている。
――巻末の対談では、漫画制作に於いて、「
ストーリーテリングが“縦の糸”で、主にそれは編集の領域だった」っていう説明がおもしろかったですね。
巻来「僕もそういう話初めて聞きましたけど、その考え方はおもしろいし、わかりやすいですよね」
――だから、縦糸を紡げる巻来さんには編集者が固定じゃなかったというようなお話でしたね。
巻来「ある意味それは合ってますよね。僕は勝手に考えるのが好きだったんで……」
――編集者によってはストーリーについて、かなり自分の意見を言ってくる方もいたということですよね?
巻来「というか……それがほとんどじゃないですかね。だから『ジャンプ』の漫画家さんは、幼いというか、純朴で“マンガだけ描いてるのが楽しいなぁ”っていう若い人がいいんですよ。この本の中でも僕は自分のことを“外様”って描いてますけど、やっぱり外様は好かれないですよ」
巻来氏の漫画家デビューは1981年。少年画報社の『少年キング』誌上で『ジローハリケーン』を連載。その後『ローリング17』を連載中に、同誌が廃刊となり、1983年に『ジャンプ』へと活動の場を移すことになった。巻来氏は、自らが“『ジャンプ』デビューではない”作家であるということを常に感じながら連載をしていたのだという。

巻来氏
――『ジャンプ』連載時の巻来さんは、もう既に、大人だったということですか?
巻来「そうです、だから編集さんとの会話も、大人同士の会話になってしまうんです。でも、当時の『ジャンプ』では編集者に“こういうマンガ描きたいんですけど、どうしたらいいですか?”“カッコイイ男が出てきて、こういうシーンを描きたいんです!”って訊くような、まだ手垢の付いていない原石が求められていた。そうすると編集者も“そういうのはね……”ってなるでしょ?」
巻来氏は既に手のかからない大人びた少年だっただけに、指導も必要なかったのだろう。
巻来「ところが僕は70年代文化をしっかりと取り入れてきた人間なんでね。なにしろテレビつければいつもベトナム戦争のことやってましたから、
人間の正義なんて最初から信じてない(笑)。そういうひねくれた人間なんで、堀江さんは少し不満だったと思いますよ。ちなみに堀江さんは凄い編集者で、絵を描く才能の凄い人を見つけてくる天才でしたね。たとえば原哲男さん、北条(司)さんとかね。2人とも超人的な絵の上手さで、それは堀江さんの言うところの完全な横軸。“こういうのを描きたい!”って気持ちの部分ですよね。あとはそれにストーリーをのっけていけばいいんで、そうなると編集の出番じゃないですか。編集者は本もいっぱい読んでるし、会社員なので世間もずっと よく知っている。ドラマツルギーも知ってるし、そういう人のいうことを聞いて描いたら、そりゃあヒットしますよ」
――なんか、凄く簡単に聞こえちゃいますね……。
巻来「いえ、凄い編集さんだからこそできることなんです。原作の才能もある編集さんなんて、そうはいないですよ。しかし、僕のネームを前にしたら考え込んでしまう」
――あまり知らないことが描いてあったりしたんでしょうね。
巻来「いや、
少年誌的な熱気がない、人間なんてそんなもんじゃない的、達観したネームでしたから考え込まざるを得ない(笑)」
――いろんな理由があったと思いますけど、ひとつには巻来さんが編集者にとって“仕事をした!”っていう充実感が得られない作家さんだったのかもしれないですね。
巻来「ああ、それは絶対そうでしょうね」
――だから若い編集者に交代して、“巻来さんの話聞いといて”みたいな。
巻来「そうそう。そうなんですよ。でも次の担当の松井さんっていう人とは合ったんですよ。彼は学生運動やっていて、成田闘争やってて、“殺されそうになった”なんて話が大好きだったので。
僕は佐世保出身でエンプラ(佐世保エンタープライズ寄港阻止闘争)とかベトナム戦争ばっかり見てたから話も通じた。漫画の話はあまりしなかったけれど(笑)。佐世保っていうのは米軍の街なんでね。アルバイトなんて米軍のバーのようなところばっかりでしたよ。中学校の時かな、まだ米軍基地が広かったので、米兵の家が、一等地にどーんと建ってるんですよ。そこで友達が金網のところでケンカしてましたけどね、米兵の子供と。また彼らはこっちのことゴミとしか思ってないんでね、こっちに石投げてくるんだけど、小石とかじゃないですよ。当たったら死ぬようなブロックみたいの投げてくるんだから(笑)」
そのような巻来氏だけに、漫画家なら誰もが夢見る『ジャンプ』での連載に至っても、周囲との温度差がかなりあったようだ。
■当時のジャンプの編集者は“人買い”
――当時『ジャンプ』で描いてるってステータスは感じていましたか?
巻来「
いや、僕の場合は全くないです。『少年キング』の時よりも原稿料が下がったということもありましたしね。でも『ジャンプ』の純粋培養の新人さん達は、いわば『ジャンプ』の子どもなんで、“『ジャンプ』で描いてることはこんな凄いんだ!”っていう、そういう空気になってましたね。だけど僕は全然違ったんで、誰かがそんなこと言ったら“アンタ馬鹿じゃない?”って雰囲気を醸し出していたというか……まあ嫌でしょ、そんな人(笑)」
――いやいや(笑)。とにかく、そういう空気感だったってことはわかりました。
巻来「ジャンプで大ヒットしていたあの人もこの人も、新人の頃は、みんなジャンプの子どもだったんですよ。高校卒業してすぐに『ジャンプ』に引き抜かれて、いわゆる“青田買い”ですよね。なにしろ、
当時ジャンプの編集者は《人買い》って言われてたんですから」
――人買い!
巻来「そうですよ、人買いに連れてこられたのが彼らなんですよ」
しかし、巻来氏も大学時代にスカウトの編集者がやってきた漫画家のひとりである。しかし、その編集者は、『ジャンプ』ではなかった。
巻来「僕の場合は小学館。あの人たちは、 集英社に遅れて“あっ、こういうことしないと売れないんだな”って後追いでやったから、手法もデタラメだったんですよ」
――そんな(笑)。
巻来「まずは『少年ジャンプ』が全国のマンガ好き少年を連れてきて、小学館の人たちはそのあと。『少年サンデー』の部数がなかなか伸びなかった頃ですね。“頑張らなきゃいけない!”って回ったんだけど、その頃にはもう20歳くらいの大学生しか残ってない。それで、僕のところにまで来て(笑)」
九州産業大学の漫画研究会で同人活動をするなど、「既に青田ではなかった」という巻来氏だったが、1980年代当時、漫画マーケットの拡大を背景に、全国の漫画少年にスカウトの手が及んでいたことは事実だったのだろう。巻来氏はスカウト後さっそく上京を決意、小学館に行く前に寄った少年画報社でいきなり連載を勝ち取って、あっさり漫画家デビューを果たすのだった。ちなみに、同大学、同学年には後に『キャッツ・アイ』『シティーハンター』でヒットを飛ばす北条司氏がいた。そして同氏はもちろん、『ジャンプ』に一本釣りをされてスターダムにのし上がった漫画家だった。
巻来「僕は作家性っていうか、個性が強すぎたんです。“自分が描きたい”ってものが強過ぎる。染められにくいっていうのかな……ほら、花嫁がそうじゃないですか。“あなたの色に染められたい”っていう表現がありますよね。それが男にとっては理想じゃないですか? きっと僕は“
もう染める場所がない嫁”だったんですよ」
――言い方相当悪いですが、“出戻り”という感じですか?
巻来「そうそう(笑)」
■『週刊少年ジャンプ』と表現規制

『スキャナーズ』(パラマウント)
巻来功士氏といえば、
溶け落ちる皮膚、人間の機械化、人体の変型等、グロテスクで、フェティッシュな描写を多用する漫画家として知られる。時としてその作風は少年誌の範疇をはみ出るようなものであったが、それは当時の時代背景にも関係していたようだ。
――今から思えば、巻来さんが少年誌の範疇から出るような作品を描いていたってことがおもしろいですよね。
巻来「今では考えられないかもしれないですけれど、当時は映画『スキャナーズ』(1981年/デヴィッド・クローネンバーグ監督)とかがメインのカルチャーだったんですよ。だから『ジャンプ』もOKを出したんですよ」
――メインカルチャーの変遷とともに『ジャンプ』の作品も変化していったんですね。
巻来「そうですね、それはスピルバーグがR指定を作ったように、『ジャンプ』もオタク向きというか、より子ども向けになってきたと思います。スピルバーグも『ジョーズ』から『未知との遭遇』であり『ET』になっていったようにね。そういうように時代と漫画はリンクして変わってきてると思いますよ」
――あと、僕が思うんですけど、子ども向けのものでも、子どもに理解できない部分が入っているべきだと思うんですよね。それは知識が追いついていないからわからないんだけど、大人になってから伝わるんですよ。だからいい作品は、子ども向けでも大人を笑かすような要素って必ず入ってましたよね。
巻来「そうなんですよね。昔は特撮もそうでしたからね。『ウルトラマン』『ウルトラセブン』っていうのは裏テーマが凄く膨大で、戦う怪獣にしてもただ悪いじゃなくて、その時の社会問題を入れてるんですよ。だから最後に“どう思う?”って投げかけるような言葉で終わる回がいっぱいあるんですよ。僕はそれを見て育った世代なんで、皆さんは大好きかもしれないけど『仮面ライダー』では少し物足りない」
――少年誌の範疇といえば、“児童ポルノ禁止法”に代表されるような、今の表現規制は感じられていますか?
巻来「それは昔からよく聞きますけど、最近特に酷いですね。たとえば当時、平松さんの『ブラックエンジェルス』でも首は自転車のスポークで刺すけど、ぽーんと首を飛ばすなんてことはやってないんですよ。それは編集にも止められて、
首は飛ばしちゃいかんってなってたと思うんですよね」
――それが少年誌のラインだったんですね。
巻来「そうしたら、
『北斗の拳』がいきなり内臓破裂で体ボーンですからね(笑)。同世代で『ジャンプ』を作ってたから、あの時みんな何をやりたいと思ってたかがわかりますよね。『ブラックエンジェルズ』は『必殺仕掛人』で、経絡秘孔を突いて頭ドッカーンてのは『スキャナーズ』だし、『マッドマックス』みたいなキャラばっかりいろんな作品に出てきてたし(笑)」
――そう言われてみると時代背景が見えてきますね。エロ表現についてはどうですか?
巻来「ただ僕は昔の人間で、今問題になってる“ロリコン趣味”っていうのが微塵もない人間なんで、うまく語れないっていうのはありますね。僕は『にっかつロマンポルノ』や劇画で育った世代なんで、今の世代からは“変態”って言われているようなものが好きでしたね。池上遼一の描く女性が好きだったし、あとはやっぱり……さいとう・たかをですよ! 僕は一番最初に性に目覚めたのはさいとう・たかをの『ゴルゴ13』ですから」
――性の対象としてのさいとう・たかをですか!
巻来「××作戦の時に“ゴルゴが後ろに立った裸の女性を殴る”っていうので、さいとうさんが描く裸の女に小学生の時に興奮してた記憶があります(笑)。あとは永井豪、石ノ森章太郎ですね、石ノ森さんの『009ノ1(ゼロゼロクノイチ)』なんて、乳首からマシンガンが出て、あれ凄い漫画ですよ(笑)。そういう世代だったので、エロもいろいろ混じってて複雑というか。やっぱりいろんなことが自由に描けた時代だから、おもしろいんですよね。たとえば今だったら、エロを描くのでもお金が優先するので、“この漫画家には描かせる、この漫画家には描かせない”というのがあるっていいますよね。そういうのは、聞いててすっごい寂しいですよね……。別に“どんな漫画家にだって描かせていいじゃん!”って思いますよ」
■人気投票からこぼれ落ちた怪作『メタルK』の真実】

画像は、『メタルK』(Beaglee)
――『メタルK』という作品は、今の巻来さんの名刺にも描かれていますが、ご自身からしても特別な作品なんですか?
巻来「そうですね、あとファンが多いんですよ。たった10回しかない作品なのに、とにかく『メタルK』『メタルK』言われるんで、どんどん自分の中でも凄い作品になっていくんですよね。“あの頃頑張って描いていたなぁ”っていう思い浮かんできて」
『メタルK』は婚約者に両親を殺され、自らも生きながらにして焼き殺された冥神慶子が、サイボーグとして蘇り、ドロドロに溶けたその外皮《硫酸鞭》を武器に、男たちへの復讐をみせるという作品である。怨念に満ちたダークな設定はもちろん、そのグロテスクな描写も当時の連載陣の中で異彩を放っていた。
――まず、とても『ジャンプ』とは思えない過激な設定ですよね。
巻来「僕らが見てきたエンターテインメントは、映画『悪魔のえじき』(1978年)のように、“レイプされて復讐”ってのが基本なんで、『メタルK』も“レイプされて焼かれて殺される”、これでいこうと。“これくらいいかないと復讐の怨念は盛り上がらないだろう!”って、今考えると“そこまでしなくても盛り上がるだろう”って思いますけどね(笑)」
――また、巻来さんの作品には、オカルト的な表現も多く見られますよね。
巻来「漫画がおもしろくなるためにはなんでも使うという気持ちでやってましたけど、それで失敗したりもけっこうしましたけどね。『メタルK』なんて実在する『薔薇十字団』を悪の組織として出していましたが、今では慈善的な活動をしてるようなところですからね。しかもそのマークもホンモノをそのまんま描いてる。当然出版社には抗議の電話もきていたみたいなんですが、あの歴戦の学生運動の闘士の松井さんが、『なんかきたけど、“漫画だから”って言って切ったよ』って(笑)。漫画家を守ってくれる意識は強かったですね」
そして、この作品がもうひとつカルト的な人気を誇っている理由に、“不可解な連載打ち切り”の問題がある。今では広く知られているように、『ジャンプ』は、完全な読者人気投票によって、連載の《継続/打ち切り》を決定してきたといわれている。しかし、『メタルK』はなんと連載2回目から巻末に移動、まるで“即刻の打ち切りが決まっていたかのような”扱いだったのだ。巻来氏はそんな状況の中でも必死に格闘し、5回目以降は人気が急上昇したという手応えもあったという。しかし結果は10話で連載終了。その間、たったの2カ月半である。
――『メタルK』は、人気投票が上位にある状態で、打ち切りになったと言われていますね。
巻来「ええ、それでも終わっちゃったんです。僕は改めてこの間の出版記念ライブで“人気が上がってきたところだった”と聞いて、また衝撃を受けちゃったんですよね」
そう、先日の出版記念イベントの日に登壇した編集某氏の明かすところによると、「2位か3位だった」のだという。
巻来「そうそう、だからまた怒りがムラムラとね……今もう一回この本を描き直したらもっと凄いものになってると思う(笑)」
――当時の連載陣はかなり凄かったと思うんですが、その中の2位、3位ですからね。
巻来「もうオールスターですよ。『北斗の拳』『キャプテン翼』『シティハンター』『ドラゴンボール』『聖闘士星矢』『魁! 男塾』『ついでにとんちんかん』『ろくでなしブルース』『バスタード!』『こちら葛飾区亀有公園前派出所』……」
天真爛漫、健康的な大作に紛れて、女サイボーグによるドロドロのSF復讐劇が上位に君臨していたのだから、少年たちの欲求には、大人たちは理解できない部分も存在していたことは間違いないだろう。あの時、もう少し続いていれば、『メタルK』が、『ジャンプ』の世界観を一変させる、そんな伝説的ヒット作のひとつになる可能性もあったのかもしれない。
しかし、巻来氏の『ジャンプ』作家としてのキャリアは、これまた不可解なことにすぐに再開された。半ば強制的とも思われた連載終了直後、巻来氏にはすぐさま新連載の枠が用意されていたのだ。

『ゴッドサイダー』Amazon Services International, Inc.
不本意ながら人気作となった『メタルK』を見て、編集部の都合で切るには惜しい作家だと判断したのか、とにかく新連載はすぐに始まった。神と悪魔の間の子である主人公・鬼哭霊気が宇宙制服を目論むデビルサイダーに立ち向かう“宗教バトルサーガ”、『ゴッドサイダー』である。
前作にも増して、オカルト方向に寄ったこの作品は、テーマ、ストーリーの複雑怪奇さ、メタファーに満ちたエログロ描写で、巻来功士氏の代表作となった(その後『鬼哭忍伝霊牙』『ゴッドサイダーセカンド』『ゴッドサイダーサーガ 神魔三国志』と数多くの続編・スピンオフ作品を生むことになる)。
巻来「その時に好きだったのが『堕靡泥の星』っていう佐藤まさあきさんの劇画なんですけど、それに影響されている部分がありましたね」
■荒木飛呂彦の怪作と天秤にかけられて
――改めて子どもの記憶って曖昧だなと思うんですが、個人的には『ゴッドサイダー』もかなり長く読んでいたような記憶がありますね。
巻来「いや、あれも短いんです。1年半ですから……」
そう、急転直下の『メタルK』打ち切りに続いて、『ゴッドサイダー』も数奇な運命を辿る作品になってしまうのだ。
なんと、当時『ジャンプ』に連載されていた“もうひとつの怪作”と天秤にかけられ、巻来氏はその時の担当編集だったK氏より、「『ジャンプ』にホラー漫画は2ついらない」という宣告を受けてしまうのだ。そのもうひとつの“ホラー”とは、現在にまで続く荒木飛呂彦氏による超大ヒット作『ジョジョの奇妙な冒険』である。
巻来「不思議ですよね、スポーツ漫画が2本あっても何も言われないじゃないですか? ギャグマンガだって『2本あっちゃいけない』なんて言われない。ホラー漫画だけですよ、『2本も必要ない』って言われたのは」

『ジョジョの奇妙な冒険 第1部 カラー版 1』(集英社)
それ以来、『ジョジョ』を見る目が変わったという巻来氏。
巻来「もともと意識してたのは『ブラックエンジェルズ』だったんですけど、Kさんに言われてから、“ああ、これに勝たなければいけないんだ”って思うようになりましたね。『ジョジョ』をガン見したのはそれ以来です(笑)」
ただ、作品として『ジョジョの奇妙な冒険』は、それ以前から好きだったという。
巻来「『ゴッドサイダー』の始まる前から読んでいましたが、荒木さんの作品は好きでしたね。というか、僕は変な漫画を描く人が好きなんで、“よくこんな作品が『ジャンプ』に載ってんなぁ”っていう意味で好きでした」
――確かに『ジョジョ』の最初の頃は、現在のバトルものとは違って、クラシックな人間ドラマでしたからね。
巻来「僕はもう大人だったから当時の『ジョジョ』の元ネタもわかるし、いろんな意味でおもしろいんですよ」
――代表的な元ネタはシェイクスピア作品等ですね。
巻来「そうそう。ホラーものだし、吸血鬼ものでもある。やっぱりその辺は俺も描きたい漫画だったんですよ。それで
“これ凄いことやるなぁ……”“でもこんなことやってたら絶対10週で終わるよ……”って思って見てたのが、終わらない。あれ、まだ続いてると」
――この間のイベントでお聞きした限り、連載当初の『ジョジョ』は、そんなに人気もなかったといいますね。
巻来「『ジョジョ』は今でこそ“『ジャンプ』を背負って立つ”って言われてますけど、
当時は俺と荒木さんの“どっちを終わらせよう?”って言われてたくらいなんで、人気はなかったんですよ。『ゴッドサイダー』も『ジョジョ』もだいたい同じような感じで、“いつ終わらせようか?”っていう作品だったんです」
――ではいつ頃から2つの作品の関係が変わったんですか?
巻来「編集さんのアドバイスを受けてバトル漫画になったあたりからじゃないでしょうか? たとえば、“スタンド”は荒木さんが完全に少年漫画家になった証明ですからね」
――いわゆる必殺技の類ですよね。
巻来「まさに必殺技ですよ、あれ、最初のテーマからは全く関係がない。でも『ジャンプ』の漫画は全部そうやって変わっていくんですよ。『キン肉マン』だって、最初は格闘技なんてあまり真剣にやってない。『魁! 男塾』もそうですよね。『北斗の拳』から続く、バトル漫画の伝統にのったっていうことなんです。その時から荒木さんの気持ちも確実に変わりましたよね。今まで何やってもいけなかったところにいけるようになったから……」
――人気のトップの方にということですね。
結果として、巻来氏の入魂作『ゴッドサイダー』は約1年半でその連載を終え、編集者との共同作業に成功した『ジョジョの奇妙な冒険』は連載開始から28年も経った現在も続いている。
――やはり編集者との共作が、大きなヒットを生んでいたんですね。
巻来「そうそう」
――そこで“この担当編集さんのために描こう!”ってなれなかった巻来さんは外れていったってことなんですか?
巻来「そう思いますね。
あの頃の『ジャンプ』に残れたのは、純粋に“少年漫画でこういう理想が描きたい!”って人ですよね。俺のように“潰れないところに行こう”って『ジャンプ』に行くような黒い感じじゃないんでね」
――『潰れないところに行こう』(笑)。
巻来「でも『潰れない一流出版社がいいな』って思ったのは確かだけど、その時の『ジャンプ』を見たら『ブラックエンジェルス』があって、“これならやっていけそうだ”って思ったのと同時に、“こんな漫画が描きたいなぁ”って思ったんです。なんせその頃は『ストップ!! ひばりくん!』もやってましたからね。今でいう“LGBT漫画”ですよ」
――確かにそうですね、その当時は少年誌の領域をはみ出たものも許容してたんですね。
巻来「いや、それがあったのは『ジャンプ』だけですよ。だからおもしろかったんです。他はホントに“少年誌はこうあらねばいけない”というものばかりでしたね。『サンデー』もそうだし。俺らが好きだったのはその前の『サンデー』で、『がんばれ元気』とか暗い漫画も載ってて、『番外甲子園』っていう凄い劇画チックな甲子園漫画だったり、『牙戦(きばせん)』っていう殺し合いの野球漫画だったり。『牙戦』は誰が描いていたかっていうと、あだち充さんですよ」
――えっ、そんな作風のものを描いていたんですか!?
巻来「その頃のあだちさんは全くタッチが違う、いやこれはシャレじゃないですよ(笑)。もの凄い劇画調の作品を描いていたんですけど、あまり売れなかったんですよ……それで少女漫画に1回いって、『陽あたり良好良好』を描いたらウケたんですよね。そこからは少年誌に戻ってきて、今はずっと変わらずですからね」
――やはり、漫画家さんもいろいろ紆余曲折があるんですね。売れたところで、作家性が固まるというか。
巻来「そうそう、それはあるんですよね。そしてそれは1人じゃ絶対できない。いい編集者がいて、“これやったら絶対いける!”とか“こっちやろう!”っていうので、漫画家も変わっていける。漫画家と編集の信頼関係があって初めて、漫画家は脱皮できてるんですよ。1人じゃどうあがいても客観性は出ないんで、わかんないんですよ、どの方向に行っていいか……」
――漫画家さんには、それぞれに個人プロデューサーが付いているようなものなんですね。
巻来「そう、それが付くか付かないかっていうのは漫画家人生に於いて大きいですよ」
――それを聞くと、巻来さんの“また担当が変わった”っていう話が、改めて大きなことだと感じますね。
巻来「そうなんですよね……」
巻来氏に縦糸を紡ぐ“自己プロデュース能力”があったことがよいことなのか悪いことなのかはわからないが、『ジャンプ』のような場所に於いては、巻来功士は極めて珍しい部類の漫画家だったといえるのだろう。
■友情・努力・勝利の裏側――巻来功士の世界とは
――よく巻来さんの作品は『ジャンプ』の掲げるテーマ《友情・努力・勝利》とは相容れないと言われてますよね?
巻来「うん……まあ“友情・努力・勝利”もいいですよ。でもそれはアンチテーゼとして言えば、大賛成ということですよ。友情とは大変なものだし、努力は変な方向にいけば従属か奴隷か、最近の体育教師の虐待問題のような話になりますよね。勝利、これは一番胡散臭くて、“勝利とはなんだ”と問いたいですね。人に勝ったことを勝ち誇るっていうのはホントにある世代から後の話で、勝利もいいんだけど、その裏にある虚しさ、哀愁も含めて描かれた勝利じゃないと、作品としておもしろくないじゃないですか?」
――勝者の孤独という暗く悲しいテーマですね。
巻来「絶対そうでしょ、だから清原もあんなことになっちゃったでしょ」
――あ、それですか(笑)。
巻来「あの人も勝利しか知らない勝者だったから、ストレスがどんどん溜まっていったわけですよ」
――確かに、夢だった巨人に入った瞬間、勝利した瞬間に敗者になるという、よくできた話ですよね。
巻来「あれこそがドラマ、“人間の真実”ですよ。やっぱり、勝利しか知らなかった人は挫折なんかわからない。だからみんなもそういう目で見ないといけないんです。“勝利も胡散臭いんだよ”ってことを思っておかないと、どんなに高い技術力を持っててもああいうことなってしまうんですよ」
最後に、改めて巻来漫画のルーツについて聞くと、極めて『ジャンプ』感のない答えが返ってきた。
巻来「
つげ義春さんが好きなんですよ。僕にとってつげさんは神なんです」
――えっ、そんなお話、あんまり『ジャンプ』界隈で聞かないですよね。
巻来「いや、そんなヤツ『ジャンプ』に行かないでしょ(笑)」
――それもそうですね(笑)。

画像は、『つげ義春: 夢と旅の世界 』(新潮社)
巻来「つげさんが好きだったのは中学から高校にかけて、『ゲンセン館主人』『ねじ式』『紅い花』『李さん一家』……新しいところでは『無能の人』も大好きだし、全部読みましたよ。傑作だらけでね。
僕は大学の時に作ってた同人誌がありまして、『鉄道おじさん』っていうんですが、つげ義春さんへのオマージュになってるんです。だから、心の救いを求めたい時にはつげさんの漫画を読むんです。だけど、そういう時は、あまりいい状態じゃない(笑)」
――なんとなくわかります(笑)。
巻来「いい状態じゃない時に観る映画ってあるんですよ。観たいけど我慢してるっていうね。引退してから観たいっていう。僕にとってそれがなにかっていうと、『男はつらいよ』なんです」
――ええーっ、これまた意外ですね……。
巻来「もうホントね、大好きなんですよ。最初の方の『男はつらいよ』ですよ。最後の方も観てるんだけど、1とか2のね、寅次郎があんないいおじさんじゃなくて、ヤクザの頃のですよ。寅次郎非道いヤツですもん。もうね、観てていたたまれないんですよ。異分子なんで、変なところで我を出して、話を滅茶苦茶にする。“そうだな、テキ屋だもんなぁ“っていうそこまで描かれた作品だから、あそこまで続いたんですよ」
――それはシリーズ終盤の『男はつらいよ』のイメージとはかなり違いますね。
巻来「
やっぱり人間っていうのは裏もあって当たり前なんだから、そこまで描いて始めて大人の鑑賞に堪えるものなんですよ。最近“『あぶない刑事』の続編がヒット”なんて聞くと、“なんでいい大人がこんなものを……”って信じられない気持ちになる。あれ子供のもんでしょ、同一に並ぶのは仮面ライダーとかそういうものですよ。僕には、大人が表だけ描いたものを観て楽しんでるのがホントにわからないんですよ」
この他にも日本のエンターテインメントの現状、そして人間の闇についてを語り続けた巻来功士氏。新作についての話を聞いてみると、「今の時代に、ベトナム戦争ものをやろうと思って打ち合わせしています」とのことだった。“不遇”とも“奇跡”ともとれるジャンプ時代の経験を新著『連載終了! 少年ジャンプ黄金期の舞台裏』で精算した今も、その当時と変わらぬ《人間の闇への欲望》は、溢れ続けているようだ。
つまり、巻来功士が『男はつらいよ』をダダ回しで観続ける日は、もうしばらくは訪れそうにないということだ。
(文・写真=福田光睦/
Modern Freaks Inc.代表・@mitutika
https://twitter.com/mitutika)
巻来功士(まき・こうじ)
1958年7月21日生まれ。長崎県佐世保出身。1981年『少年キング』(少年画報社刊)誌上にて『ジローハリケーン』で漫画家デビュー。その後黄金期の『週刊少年ジャンプ』に移籍し、『メタルK』『ゴッドサイダー』等の作品を発表。短期間ながら“トラウマ漫画”と呼ばれる強い個性で今もカルト的人気を誇る。その他の作品として『ミキストリ-太陽の死神-』『瑠璃子女王の華麗なる日々』『ゴッドサイダーサーガ 神魔三国志』等。自身の自伝的漫画作品『連載終了! 少年ジャンプ黄金期の舞台裏』(イーストプレス刊)が絶賛発売中。
公式ウェブサイト=
http://www.sokaido.com/makikoji/
公式
Twitter@godsider1

『連載終了! 少年ジャンプ黄金期の舞台裏』(イースト・プレス)