川本真琴も証言! 加藤紗里が狩野英孝を“脅している疑惑”の真相とは?

katosari0315
加藤紗里インスタグラムより
「そろそろ、笑えなくなるかもしれません」  そう語るのは週刊誌デスクだ。お笑いタレントの狩野英孝をめぐり、モデルの加藤紗里と歌手の川本真琴が激しく火花を散らしている。  川本は9日、自身のTwitterを更新し「この方、いつまで嘘つくんだろう。いい加減やめてほしい。私と狩野さんに対して失礼すぎる」と切り出し「ほんとうに、いい加減にしてほしい。あの方の言っていること、最初から全部嘘。怖いバックが自分にはついてるから、自分とつきあってることにしろって狩野さんを脅してたし。もう、終わりにしてほしい」と、加藤が“本命”と名乗り出た内幕を暴露した。  しばらくして冷静になったのか、川本はその後「元の位置に戻りまーす。冷静に。冷静に」と書き込んだものの、いまだに怒り心頭といった様子だ。  一方の加藤は川本の書き込みを受け、同日、ブログを更新。川本と互いのTwitterでブロックし合う状態になっていたことを明かした上で「紗里のこと書いたんなら、ブロック解除して~~~」と“挑発”した。  まさに「売り言葉に買い言葉」の様相を呈しているが、実際に狩野が“脅されている”という話は本当なのか? おバカキャラ全開の加藤を見る限り、とてもそうは思えないが……。 「脅しているのは本当です。少なくとも狩野さんはそう感じている。被害を訴えてもいいように思えますが、狩野さんは“ある理由”で、それもできないそうなんです」(舞台裏を知る関係者)  実は狩野は交際中、加藤にある弱みを握られてしまったのだという。前出週刊誌デスクの話。 「それが表沙汰になれば、タレント生命の危機に直面するほどの“爆弾”のようです。加藤さんも無事では済みませんがね。狩野さんの所属事務所が、今回の騒動以降、彼を突き放しているのは、単に病的な女好きだからではない。調子に乗ってハメを外しすぎた内容が、度を超していたため。一部始終を聞いた所属事務所は激怒して、『自分のケツは自分で拭け』となったようです」(同)  今も加藤はテレビに引っ張りダコで秘密を暴露する必要性はないが、いつか干されるようなことになったら……“時限爆弾”が大爆発するかもしれない。

デヴィッド・ボウイ、妻への遺産は56億円

デヴィッド・ボウイの妻イマン・アブドゥルマジドは5000万ドル(約56億円)の遺産を受け取ることになるようだ。1月にがんで他界したボウイと24年間の結婚生活を送っていたイマンは、マンハッタンにあるマンションなどを含めたほとんどの物件を相続することになるという。また、2人の15歳の娘アレクサンドリアは25歳になった時に、そして前妻アンジー・ボウイとの息子であるダンカン・ジョーンズは間もなく、それぞれ2500万ドル(約28億円)ずつを相続するという。ほかにもボウイの長年のスタッフなどにも遺産の一部が相続されるという。 そんなボウイについて、元コラボレーターのイヴォ・ヴァン・ホーヴェはマイホームパパであるというボウイが生きるために必死に戦っていたと以前に明かしていた。「彼が本当に死にたくないんだなということを心から感じたよ。死なないための戦いではなく、生きるための戦いだったんだ」「そして彼にとって生きるということは本当の家族思いの人間であることだったんだよ。彼は家に帰って、娘と妻、家族といることが大好きだったんだ」

デヴィッド・ボウイ、妻への遺産は56億円

デヴィッド・ボウイの妻イマン・アブドゥルマジドは5000万ドル(約56億円)の遺産を受け取ることになるようだ。1月にがんで他界したボウイと24年間の結婚生活を送っていたイマンは、マンハッタンにあるマンションなどを含めたほとんどの物件を相続することになるという。また、2人の15歳の娘アレクサンドリアは25歳になった時に、そして前妻アンジー・ボウイとの息子であるダンカン・ジョーンズは間もなく、それぞれ2500万ドル(約28億円)ずつを相続するという。ほかにもボウイの長年のスタッフなどにも遺産の一部が相続されるという。 そんなボウイについて、元コラボレーターのイヴォ・ヴァン・ホーヴェはマイホームパパであるというボウイが生きるために必死に戦っていたと以前に明かしていた。「彼が本当に死にたくないんだなということを心から感じたよ。死なないための戦いではなく、生きるための戦いだったんだ」「そして彼にとって生きるということは本当の家族思いの人間であることだったんだよ。彼は家に帰って、娘と妻、家族といることが大好きだったんだ」

「両思い」を明かした押切もえの“謝罪”がヘン?「結婚を急ぐ独女キャラ」の着ぐるみ

 13日に放送された『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)のテーマは、「謝罪したい相手を実名告白 土下座するほど謝りたいSP」であった。そこに登場したモデルの押切もえ(36)が、先日交際が明らかになった千葉ロッテ・マリーンズの涌井秀章投手(29)と自身のマネージャーに謝罪し、話題になっている。  押切は2月15日に出演したイベントで「両思いの人がいます。幸せです」と明かしたものの、相手が誰かを伏せていた。その発言は事前に打ち合わせしたものではなかったようで、マネージャーは押切の突然の恋愛カミングアウトに「どうしたらいいのかわからなかった」と戸惑ったそうだ。慌ててマネージャーは涌井に電話をし、押切の発言と交際を公にしたいことを報告。涌井は冷静に受け止めていたという。その後、春季キャンプ中だった涌井は取材に訪れたスポーツ記者の交際質問に「真剣に交際しています」と答えていた。  さて、イベント出演時を振り返って押切は「(交際していることを)言いたい、言いたいと思ってた、愛って大事」と、イベント同席者だった新婚で妊娠中の釈由美子が幸せ系の質問ばかり受けているのを見て勢いあまって「両思い幸せ」宣言してしまったことを説明。そのうえで、「涌井さん、そしてスタッフの皆さん、私が浮かれてあんなことになるとも思わず、つい『恋愛してる』と言ってすいませんでした。許してください」と謝罪した。しかし、「あんなことになるとも思わず」というが、交際宣言が涌井やイベントスタッフやマネージャーに、どんな不利益をもたらしたというのか、その部分はちっともよくわからない。ただただ、「浮かれた私は悪かった」と頭を下げる押切には違和感しかない。ひょっとしたら彼女は恋愛禁止の約束でCM出演やモデル契約を結んでいたのだろうか? それとも涌井が恋愛禁止だったのか? 一体なぜ、謝罪しなければならないのだろうか。  業界内の言い分としてはこうだ。 「真剣交際だとしても、公表すれば週刊誌などのメディアが休日に追いかけてきたり、面倒事がある。また、バラエティ出演時に私生活を暴露させられることも増える。だから婚約とか入籍のタイミングまで、あえて交際を公にする必要はないんです。特に押切さんはタレントなので、交際相手によって偏ったイメージがついてしまうことは避けたいし、イメージキャラクターを務めるスポンサーの意向を伺わずにこういった発表をするのは嫌がられますね。また、交際宣言をしたせいで、涌井の過去の女遊びが蒸し返されていますから、涌井としても気分が悪かったのではないか。これでおちおち浮気もできませんしね」(スポーツ紙記者)  真剣に交際しているならば、相手がそれを公表したからといって、咎めることはそうないものである。もしも万が一、「公表されたせいで真剣に付き合わないといけなくなる」「他の女性と遊べなくなってしまう」などと思うような彼氏であれば、ご破算で結構ではないか。涌井はそんな男ではないと確信し、信頼関係があるからこそ押切も交際宣言したのではないか、と思いたいが。  一方で、押切がイベント出演時に「(恋人がいることを)言いたくて」、つい、相手やスタッフの了承を得ずに発言してしまった気持ちもわからないでもない。というのも、20代からモデルとして活躍してきた彼女は、モデル仲間の蛯原友里や山田優が結婚・出産している中、「いまだに独身で寂しい女」の象徴のようにマスコミで扱われることが、ままある。独身は事実だが「寂しい」か否かは思い込みでしかなく、彼女は勝手なイメージで出来た着ぐるみを被せられているようにも見える。貼られているレッテルに、物申したくなったとしても全く不思議はない。  実際、『行列のできる法律相談所』内でも彼女が独身であることを強調するような表現があった。勝ち組、負け組という結婚を起点とした女性の分断は、テレビの世界で特に顕著だ。独身の女性タレントや女性芸人や女性アナウンサーを利用して、「独身女は恋愛や結婚に必死」と決めつけて笑いものにする企画は、あまりに普通のことすぎて、もはやメインにはならない。それくらいあらゆる番組内にちりばめられている。  押切は今回「彼氏とスタッフ」に謝罪したが、むしろ彼女は自らがこうした偏見に晒されていることをもっと怒っても良いのではないか。謝罪すべきはどっちなのか、という話である。 (シュガー乙子)

「両思い」を明かした押切もえの“謝罪”がヘン?「結婚を急ぐ独女キャラ」の着ぐるみ

 13日に放送された『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)のテーマは、「謝罪したい相手を実名告白 土下座するほど謝りたいSP」であった。そこに登場したモデルの押切もえ(36)が、先日交際が明らかになった千葉ロッテ・マリーンズの涌井秀章投手(29)と自身のマネージャーに謝罪し、話題になっている。  押切は2月15日に出演したイベントで「両思いの人がいます。幸せです」と明かしたものの、相手が誰かを伏せていた。その発言は事前に打ち合わせしたものではなかったようで、マネージャーは押切の突然の恋愛カミングアウトに「どうしたらいいのかわからなかった」と戸惑ったそうだ。慌ててマネージャーは涌井に電話をし、押切の発言と交際を公にしたいことを報告。涌井は冷静に受け止めていたという。その後、春季キャンプ中だった涌井は取材に訪れたスポーツ記者の交際質問に「真剣に交際しています」と答えていた。  さて、イベント出演時を振り返って押切は「(交際していることを)言いたい、言いたいと思ってた、愛って大事」と、イベント同席者だった新婚で妊娠中の釈由美子が幸せ系の質問ばかり受けているのを見て勢いあまって「両思い幸せ」宣言してしまったことを説明。そのうえで、「涌井さん、そしてスタッフの皆さん、私が浮かれてあんなことになるとも思わず、つい『恋愛してる』と言ってすいませんでした。許してください」と謝罪した。しかし、「あんなことになるとも思わず」というが、交際宣言が涌井やイベントスタッフやマネージャーに、どんな不利益をもたらしたというのか、その部分はちっともよくわからない。ただただ、「浮かれた私は悪かった」と頭を下げる押切には違和感しかない。ひょっとしたら彼女は恋愛禁止の約束でCM出演やモデル契約を結んでいたのだろうか? それとも涌井が恋愛禁止だったのか? 一体なぜ、謝罪しなければならないのだろうか。  業界内の言い分としてはこうだ。 「真剣交際だとしても、公表すれば週刊誌などのメディアが休日に追いかけてきたり、面倒事がある。また、バラエティ出演時に私生活を暴露させられることも増える。だから婚約とか入籍のタイミングまで、あえて交際を公にする必要はないんです。特に押切さんはタレントなので、交際相手によって偏ったイメージがついてしまうことは避けたいし、イメージキャラクターを務めるスポンサーの意向を伺わずにこういった発表をするのは嫌がられますね。また、交際宣言をしたせいで、涌井の過去の女遊びが蒸し返されていますから、涌井としても気分が悪かったのではないか。これでおちおち浮気もできませんしね」(スポーツ紙記者)  真剣に交際しているならば、相手がそれを公表したからといって、咎めることはそうないものである。もしも万が一、「公表されたせいで真剣に付き合わないといけなくなる」「他の女性と遊べなくなってしまう」などと思うような彼氏であれば、ご破算で結構ではないか。涌井はそんな男ではないと確信し、信頼関係があるからこそ押切も交際宣言したのではないか、と思いたいが。  一方で、押切がイベント出演時に「(恋人がいることを)言いたくて」、つい、相手やスタッフの了承を得ずに発言してしまった気持ちもわからないでもない。というのも、20代からモデルとして活躍してきた彼女は、モデル仲間の蛯原友里や山田優が結婚・出産している中、「いまだに独身で寂しい女」の象徴のようにマスコミで扱われることが、ままある。独身は事実だが「寂しい」か否かは思い込みでしかなく、彼女は勝手なイメージで出来た着ぐるみを被せられているようにも見える。貼られているレッテルに、物申したくなったとしても全く不思議はない。  実際、『行列のできる法律相談所』内でも彼女が独身であることを強調するような表現があった。勝ち組、負け組という結婚を起点とした女性の分断は、テレビの世界で特に顕著だ。独身の女性タレントや女性芸人や女性アナウンサーを利用して、「独身女は恋愛や結婚に必死」と決めつけて笑いものにする企画は、あまりに普通のことすぎて、もはやメインにはならない。それくらいあらゆる番組内にちりばめられている。  押切は今回「彼氏とスタッフ」に謝罪したが、むしろ彼女は自らがこうした偏見に晒されていることをもっと怒っても良いのではないか。謝罪すべきはどっちなのか、という話である。 (シュガー乙子)

「Xファイル」で超絶面白かった話ベスト4! 編集長が徹底解説、現実にあった事件も…!?

【不思議サイトトカナより】
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(C)2016 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
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Xファイル コレクターズブルーレイBOX(57枚組)
 今年1月に全米でオンエアされ、記録的な視聴者数を獲得して大ヒットした、待望の新シリーズ『X-ファイル 2016』がいよいよこの夏にDVDで日本上陸を果たす。それに先がけて90年代、世界的にオカルトブームを巻き起こした「Xファイル」 全シリーズをおさめた「コレクターズブルーレイBOX(57枚組)」が3月11日に発売された。本作は、UFO、UMA、オカルトなど科学では説明のつかない超常現象事件にFBI捜査官であるモルダーとスカリーが挑むストーリーだ。  B'zが主題歌を担当したテレビ朝日放送時、TOCANAの編集長である筆者は11歳で、父親から「これはFBIに実際にある資料を極秘入手して作られたドラマだ」と聞かされていた。だから全部本当の話だと思っていたし、本当に面白かった。今、振り返ると「Xファイル」は常識に汚されていないピュアな視聴者だけが楽しめるドラマだったのだろうと、そんな印象だったのだが、シーズン1を見返して驚いた。大人になってから見ても、かつて感じた謎のリアリティは健在だったのだ! 今回は、ブルーレイ発売記念として、二回見て確信した「Xファイル」シーズン1の“神回”をそのリアリティとともに紹介しよう。 【不思議サイトトカナより】

「Xファイル」で超絶面白かった話ベスト4! 編集長が徹底解説、現実にあった事件も…!?

【不思議サイトトカナより】
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(C)2016 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
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Xファイル コレクターズブルーレイBOX(57枚組)
 今年1月に全米でオンエアされ、記録的な視聴者数を獲得して大ヒットした、待望の新シリーズ『X-ファイル 2016』がいよいよこの夏にDVDで日本上陸を果たす。それに先がけて90年代、世界的にオカルトブームを巻き起こした「Xファイル」 全シリーズをおさめた「コレクターズブルーレイBOX(57枚組)」が3月11日に発売された。本作は、UFO、UMA、オカルトなど科学では説明のつかない超常現象事件にFBI捜査官であるモルダーとスカリーが挑むストーリーだ。  B'zが主題歌を担当したテレビ朝日放送時、TOCANAの編集長である筆者は11歳で、父親から「これはFBIに実際にある資料を極秘入手して作られたドラマだ」と聞かされていた。だから全部本当の話だと思っていたし、本当に面白かった。今、振り返ると「Xファイル」は常識に汚されていないピュアな視聴者だけが楽しめるドラマだったのだろうと、そんな印象だったのだが、シーズン1を見返して驚いた。大人になってから見ても、かつて感じた謎のリアリティは健在だったのだ! 今回は、ブルーレイ発売記念として、二回見て確信した「Xファイル」シーズン1の“神回”をそのリアリティとともに紹介しよう。 【不思議サイトトカナより】

ニコラス・ケイジが『グランド・ジョー』で演じる、アメリカ南部の狂気

【リアルサウンドより】  目を血走らせ、異常なハイテンションの暴力的な演技をさせれば右に出る者がなく、また、下がった眉毛と子犬のような潤んだ瞳で母性本能をもくすぐる、相反する極端な二つの魅力を持つ稀有な俳優が、ニコラス・ケイジだ。  彼の代表作に、『リービング・ラスベガス』がある。ラスベガスで好きな酒を飲みまくって死んでいこうとする、仕事も家庭も失ったアルコール依存症の男の物語だ。ニコラス・ケイジの酩酊演技は、凄まじいリアリティと説得力を持ち、快楽と苦しみの狭間で破滅していく男の弱さと美しさを表現した。その儚い姿は、舞台となる虚飾に彩られたラスベガスという街に重なっていく。『リービング・ラスベガス』によって、アカデミー主演男優賞をはじめ、その年の主要な演技賞を軒並み獲得し、一躍、演技派俳優として名を馳せたニコラス・ケイジは、その後、意外にも多くのアクション映画や商業的な大作映画にも次々出演し、ハリウッドの顔になっていく。この過程で、彼の狂気の演技はコミカライズされていき、笑って楽しめる「狂気俳優」ニコラス・ケイジ像をも作り出した。  今回考察する『グランド・ジョー』は、『リービング・ラスベガス』を髣髴とさせる、ニコラス・ケイジがシリアスな狂気演技に回帰する作品のように見える。舞台となるのは、ラスベガスのようにきらびやかなイメージとは真逆の、秘境とも揶揄されるアメリカ深南部の貧困層の世界である。

告発されるアメリカ南部の「現実」

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(c)Joe Ransom, LLC

 ミシシッピ川を舞台にした、マーク・トウェインの「トム・ソーヤーの冒険」が描いたような、川や沼地、森林に恵まれた自然豊かな土地が広がっているというのが、アメリカ南部の代表的なイメージだ。また、コカ・コーラやペプシコーラ、ルートビアなど、アメリカの有名な清涼飲料水の多くが南部発祥であるという事実は、それらを必要とした南部が、高い気温でじめじめとした気候であることを物語っている。  ノースリーブの上着を着て、じめじめとした南部の農村で森林の伐採業に従事し、現場で労働者を指導監督している、『グランド・ジョー』の主人公、ジョーは、いわゆる典型的な「レッドネック」と呼ばれる南部の肉体労働者である。本作におけるジョー自身や周囲の人々の生活の描写で驚かされるのは、南部貧困層が直面している困窮の深刻さだ。職場の男たちは、酒場や売春宿でストレスを発散しながら、なんとか日々をやり過ごしていく。小林多喜二の「蟹工船」で描かれたような雰囲気で、これがアメリカの現在の風景なのかと思わされる。もちろん、近年の政策によって悪化した、経済的な格差拡大が影響しているだろう。ここでは、南部の懐古的な美しい風景を切り取っている余裕はない。  実際に森林を伐採していくシーンでは、彼らが木そのものを切り倒すのではなく、木に切れ込みを入れて、背中に担いだポリタンクに入った、農薬などを混ぜ込んだ液体を切り口に染み込ませているだけだということが分かってくる。何故、木に毒を盛るのかというと、材木会社が伐採できるように、故意に木を枯らす必要があるというのだ。  毒で木を枯らしていくという違法的な伐採は、アメリカ南部・フロリダ州で行われていたことが2012年に発覚している。本作で描写されたように、マチェーテ(主にメキシコ以南で使われる農林業用の刀)で木を傷つけ、毒を注ぎ込み枯らしていくという、伐採従事者による違法伐採の手口の告白を、経済誌が取り上げスキャンダルになっているのだ。本作は、そのような南部の現状の告発にもなっている。ジョーら労働者は、企業に利用されていることを知りながら、ただ生きるために、マチェーテを振るい続けるのである。

擬似的な親子関係が映し出す「南部」のイメージ

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 ある日、アルコール依存症の年老いた父親を持つ少年が、ジョーの職場を訪れ、仕事をさせて欲しいと頼み込んでくる。飲んだくれの親父が全く働かず、病気の母や妹を助けるために金が必要なのだ。少年は真面目に働き、せっせと木に毒を盛り続ける。ジョーは少年の仕事振りを認め、父親と一緒にここで働けばいいと提案するが、これが間違っていた。少年の父親は、本作がこれによって映画史に刻まれてもおかしくない程の、ろくでなしだった。酒のためなら家族を殴り、犯罪すら厭わないが、真面目に働くことだけは絶対にしないのである。現場をフラフラと歩いているだけで何もせず、それを咎められると怒りだしてトラブルを起こし、ティーネイジャーの息子の信用すら失わせるという信じ難いほどの非人間性を発揮し、観客を驚かせる。だが、父親のひどさはとどまるところを知らず、さらにエスカレートしていくのだった。  もちろん、ここまでひどい家庭環境は珍しいかもしれないが、貧しい家庭の子供達が十分な教育を受けられず、さらに社会の格差が固定化されていくという状況は、アメリカや日本を含め、多くの国々の社会的な課題となっている。ジョーは、そんな父親を持つ少年にシンパシーを抱き、彼らの間には、擬似的な親子関係が結ばれてゆく。アルコール依存症の老人と、ジョー、そして少年は、親子三代の擬似的な家族のようにも見える。
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 南北戦争時、南軍は北部人を「ヤンキー」、北軍は南部人を「レッドネック」と呼び、互いに罵倒し合った。「レッドネック」は、南部の日差しを浴びて首周りが赤くなった白人の貧しい労働者を指す。奴隷制を擁護したという立場から、南軍は戦争後も多くの批難を浴び、映画を含め、多くの創作物でも批判され続けてきた。南部では奴隷解放後も、人種差別が続き、ベストセラーにもなった書籍を映画化した『ヘルプ 心がつなぐストーリー』では、南部でもとくに保守的なミシシッピ州において、60年代になっても、露骨な白人、黒人間の、違法な隔離的差別があったことを告発している。また、1940年の映画『スワンプ・ウォーター』では、無実の罪を負った男が、ジョージア州の町の人々による人間狩りから逃れ、広大な湿原地帯で原始生活をするという、驚愕の物語であった。南部は文化が遅れた「未開の地」として、北部の州の人々から、ときに恐れられ、また嘲りの対象にもなってきた。  本作で描かれる、どうしても変わることができないろくでなしの老人は、北部の人々のイメージする、新しい時代に対応できず役に立たない「古い南部」そのものの姿の象徴であるように見える。対してニコラス・ケイジが演じるジョーは、基本的には善人として好意的に描かれる。彼は働き者であり情にも厚く、地域の老人などの面倒さえみる。たが反面、無闇にケンカをし道路交通法違反を繰り返し、何度も逮捕されている。そして、むしゃくしゃすると売春宿を利用する。過去、無実の罪で投獄されたという経験が、彼を自暴自棄な行動に駆り立てるのである。優しい素朴さと粗暴さを併せ持つジョーというキャラクターは、より現実的な「現在の南部」の実相を表しているといえるだろう。

ニコラス・ケイジが演じる、ジョーの「狂気」の理由

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 ポール・ニューマン主演の『暴力脱獄』という、南部を舞台にした映画がある。主人公・ルークは、軍人として数々の武勲を立ててきた国家の英雄でありながら、何故か街のパーキングメーターを故意に破壊し、投獄される。些細な罪だが、彼は刑務所の中でも、刑務官や先輩の囚人たちに媚びへつらうことなく、何度も何度も脱獄を試みる。ストーリーのなかでは、彼の不可解な行動の理由ははっきりと示されないが、作品内では直接描かれない、彼の戦争体験がその心理に影響しているだろうことは読み取れる。ルークの反抗的行動の意味は、おそらく、戦争という名目で自分に殺人をさせた国家、社会への反発である。刑務所長が支配する南部の刑務所という場所が、アメリカ政府と、利用され管理される国民を暗示しているのだ。  そのような構図は、本作におけるジョーの、何度も警察に逮捕されようとする自暴自棄な行動ともリンクしているように感じられる。ジョーを狂わせるものは、南北戦争後、世代を超えて背負わされてきた十字架であり、搾取され続けることを宿命づけられた、出口のない圧迫感であろう。階級や貧富の差によってがんじがらめになっている保守的な風土と、それを受け入れてしまう人々や自分への苛立ちが、ジョーの狂気の源泉なのである。それは、本作のニコラス・ケイジの狂気の演技に漂う、『リービング・ラスベガス』にも通じる悲劇的な印象を与える理由でもあるだろう。
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 確かに南部が、思想や経済的な面で、不当に傷つけられ、北部の企業などから搾取され続けてきたということは事実だろう。そのツケを、貧困者や弱者ばかりが支払い続けるというのも酷な話である。だが、その暴力性は、さらに南部の女性たちや子供たちなど、さらなる弱者に向けられていくことも、本作は描いている。この暴力の連鎖は、全ての人々がそれぞれの立場で断ち切る努力をするべきであろう。そして本作のジョーは、自分の中の毒を用いて木を枯らすように、暴力の連鎖、貧困の連鎖、悪徳の連鎖を断ち切ろうとする。それは、自分自身の贖罪でもある。  本作の脚本を読んだニコラス・ケイジは、すぐに出演のオファーを受けたという。南部の作家ラリー・ブラウンによって書かれた、原作に宿る優れた文学性は、ニコラスの演技者としての欲望に火をつけただろうことは、想像に難くない。本作の冒頭は、少年の父親の横顔を写したカットから始まる。その対となる最後のシーンは、同じような構図の、少年の横顔である。その類似は、南部の将来の不安を感じさせる。しかし、そこから移動するカメラが、正反対の意味を持つ情景を写すことで、新しい南部への希望を暗示する。その映画的な演出によって、本作は映画化作品としての存在理由を確かにしているといえるだろう。 ■小野寺系(k.onodera) 映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト
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■リリース情報 『グランド・ジョー』DVD 3月18日(金)リリース(TSUTAYA先行レンタル)) 監督:デヴィッド・ゴードン・グリーン 出演:ニコラス・ケイジ 、タイ・シェリダン、ゲイリー・プールター、ロニー・ジーン・ブレヴィンズ 発売元:カルチュア・パブリッシャーズ セル販売元:TCエンタテインメント (c)Joe Ransom, LLC 作品リンク

ニコラス・ケイジが『グランド・ジョー』で演じる、アメリカ南部の狂気

【リアルサウンドより】  目を血走らせ、異常なハイテンションの暴力的な演技をさせれば右に出る者がなく、また、下がった眉毛と子犬のような潤んだ瞳で母性本能をもくすぐる、相反する極端な二つの魅力を持つ稀有な俳優が、ニコラス・ケイジだ。  彼の代表作に、『リービング・ラスベガス』がある。ラスベガスで好きな酒を飲みまくって死んでいこうとする、仕事も家庭も失ったアルコール依存症の男の物語だ。ニコラス・ケイジの酩酊演技は、凄まじいリアリティと説得力を持ち、快楽と苦しみの狭間で破滅していく男の弱さと美しさを表現した。その儚い姿は、舞台となる虚飾に彩られたラスベガスという街に重なっていく。『リービング・ラスベガス』によって、アカデミー主演男優賞をはじめ、その年の主要な演技賞を軒並み獲得し、一躍、演技派俳優として名を馳せたニコラス・ケイジは、その後、意外にも多くのアクション映画や商業的な大作映画にも次々出演し、ハリウッドの顔になっていく。この過程で、彼の狂気の演技はコミカライズされていき、笑って楽しめる「狂気俳優」ニコラス・ケイジ像をも作り出した。  今回考察する『グランド・ジョー』は、『リービング・ラスベガス』を髣髴とさせる、ニコラス・ケイジがシリアスな狂気演技に回帰する作品のように見える。舞台となるのは、ラスベガスのようにきらびやかなイメージとは真逆の、秘境とも揶揄されるアメリカ深南部の貧困層の世界である。

告発されるアメリカ南部の「現実」

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 ミシシッピ川を舞台にした、マーク・トウェインの「トム・ソーヤーの冒険」が描いたような、川や沼地、森林に恵まれた自然豊かな土地が広がっているというのが、アメリカ南部の代表的なイメージだ。また、コカ・コーラやペプシコーラ、ルートビアなど、アメリカの有名な清涼飲料水の多くが南部発祥であるという事実は、それらを必要とした南部が、高い気温でじめじめとした気候であることを物語っている。  ノースリーブの上着を着て、じめじめとした南部の農村で森林の伐採業に従事し、現場で労働者を指導監督している、『グランド・ジョー』の主人公、ジョーは、いわゆる典型的な「レッドネック」と呼ばれる南部の肉体労働者である。本作におけるジョー自身や周囲の人々の生活の描写で驚かされるのは、南部貧困層が直面している困窮の深刻さだ。職場の男たちは、酒場や売春宿でストレスを発散しながら、なんとか日々をやり過ごしていく。小林多喜二の「蟹工船」で描かれたような雰囲気で、これがアメリカの現在の風景なのかと思わされる。もちろん、近年の政策によって悪化した、経済的な格差拡大が影響しているだろう。ここでは、南部の懐古的な美しい風景を切り取っている余裕はない。  実際に森林を伐採していくシーンでは、彼らが木そのものを切り倒すのではなく、木に切れ込みを入れて、背中に担いだポリタンクに入った、農薬などを混ぜ込んだ液体を切り口に染み込ませているだけだということが分かってくる。何故、木に毒を盛るのかというと、材木会社が伐採できるように、故意に木を枯らす必要があるというのだ。  毒で木を枯らしていくという違法的な伐採は、アメリカ南部・フロリダ州で行われていたことが2012年に発覚している。本作で描写されたように、マチェーテ(主にメキシコ以南で使われる農林業用の刀)で木を傷つけ、毒を注ぎ込み枯らしていくという、伐採従事者による違法伐採の手口の告白を、経済誌が取り上げスキャンダルになっているのだ。本作は、そのような南部の現状の告発にもなっている。ジョーら労働者は、企業に利用されていることを知りながら、ただ生きるために、マチェーテを振るい続けるのである。

擬似的な親子関係が映し出す「南部」のイメージ

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 ある日、アルコール依存症の年老いた父親を持つ少年が、ジョーの職場を訪れ、仕事をさせて欲しいと頼み込んでくる。飲んだくれの親父が全く働かず、病気の母や妹を助けるために金が必要なのだ。少年は真面目に働き、せっせと木に毒を盛り続ける。ジョーは少年の仕事振りを認め、父親と一緒にここで働けばいいと提案するが、これが間違っていた。少年の父親は、本作がこれによって映画史に刻まれてもおかしくない程の、ろくでなしだった。酒のためなら家族を殴り、犯罪すら厭わないが、真面目に働くことだけは絶対にしないのである。現場をフラフラと歩いているだけで何もせず、それを咎められると怒りだしてトラブルを起こし、ティーネイジャーの息子の信用すら失わせるという信じ難いほどの非人間性を発揮し、観客を驚かせる。だが、父親のひどさはとどまるところを知らず、さらにエスカレートしていくのだった。  もちろん、ここまでひどい家庭環境は珍しいかもしれないが、貧しい家庭の子供達が十分な教育を受けられず、さらに社会の格差が固定化されていくという状況は、アメリカや日本を含め、多くの国々の社会的な課題となっている。ジョーは、そんな父親を持つ少年にシンパシーを抱き、彼らの間には、擬似的な親子関係が結ばれてゆく。アルコール依存症の老人と、ジョー、そして少年は、親子三代の擬似的な家族のようにも見える。
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 南北戦争時、南軍は北部人を「ヤンキー」、北軍は南部人を「レッドネック」と呼び、互いに罵倒し合った。「レッドネック」は、南部の日差しを浴びて首周りが赤くなった白人の貧しい労働者を指す。奴隷制を擁護したという立場から、南軍は戦争後も多くの批難を浴び、映画を含め、多くの創作物でも批判され続けてきた。南部では奴隷解放後も、人種差別が続き、ベストセラーにもなった書籍を映画化した『ヘルプ 心がつなぐストーリー』では、南部でもとくに保守的なミシシッピ州において、60年代になっても、露骨な白人、黒人間の、違法な隔離的差別があったことを告発している。また、1940年の映画『スワンプ・ウォーター』では、無実の罪を負った男が、ジョージア州の町の人々による人間狩りから逃れ、広大な湿原地帯で原始生活をするという、驚愕の物語であった。南部は文化が遅れた「未開の地」として、北部の州の人々から、ときに恐れられ、また嘲りの対象にもなってきた。  本作で描かれる、どうしても変わることができないろくでなしの老人は、北部の人々のイメージする、新しい時代に対応できず役に立たない「古い南部」そのものの姿の象徴であるように見える。対してニコラス・ケイジが演じるジョーは、基本的には善人として好意的に描かれる。彼は働き者であり情にも厚く、地域の老人などの面倒さえみる。たが反面、無闇にケンカをし道路交通法違反を繰り返し、何度も逮捕されている。そして、むしゃくしゃすると売春宿を利用する。過去、無実の罪で投獄されたという経験が、彼を自暴自棄な行動に駆り立てるのである。優しい素朴さと粗暴さを併せ持つジョーというキャラクターは、より現実的な「現在の南部」の実相を表しているといえるだろう。

ニコラス・ケイジが演じる、ジョーの「狂気」の理由

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 ポール・ニューマン主演の『暴力脱獄』という、南部を舞台にした映画がある。主人公・ルークは、軍人として数々の武勲を立ててきた国家の英雄でありながら、何故か街のパーキングメーターを故意に破壊し、投獄される。些細な罪だが、彼は刑務所の中でも、刑務官や先輩の囚人たちに媚びへつらうことなく、何度も何度も脱獄を試みる。ストーリーのなかでは、彼の不可解な行動の理由ははっきりと示されないが、作品内では直接描かれない、彼の戦争体験がその心理に影響しているだろうことは読み取れる。ルークの反抗的行動の意味は、おそらく、戦争という名目で自分に殺人をさせた国家、社会への反発である。刑務所長が支配する南部の刑務所という場所が、アメリカ政府と、利用され管理される国民を暗示しているのだ。  そのような構図は、本作におけるジョーの、何度も警察に逮捕されようとする自暴自棄な行動ともリンクしているように感じられる。ジョーを狂わせるものは、南北戦争後、世代を超えて背負わされてきた十字架であり、搾取され続けることを宿命づけられた、出口のない圧迫感であろう。階級や貧富の差によってがんじがらめになっている保守的な風土と、それを受け入れてしまう人々や自分への苛立ちが、ジョーの狂気の源泉なのである。それは、本作のニコラス・ケイジの狂気の演技に漂う、『リービング・ラスベガス』にも通じる悲劇的な印象を与える理由でもあるだろう。
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 確かに南部が、思想や経済的な面で、不当に傷つけられ、北部の企業などから搾取され続けてきたということは事実だろう。そのツケを、貧困者や弱者ばかりが支払い続けるというのも酷な話である。だが、その暴力性は、さらに南部の女性たちや子供たちなど、さらなる弱者に向けられていくことも、本作は描いている。この暴力の連鎖は、全ての人々がそれぞれの立場で断ち切る努力をするべきであろう。そして本作のジョーは、自分の中の毒を用いて木を枯らすように、暴力の連鎖、貧困の連鎖、悪徳の連鎖を断ち切ろうとする。それは、自分自身の贖罪でもある。  本作の脚本を読んだニコラス・ケイジは、すぐに出演のオファーを受けたという。南部の作家ラリー・ブラウンによって書かれた、原作に宿る優れた文学性は、ニコラスの演技者としての欲望に火をつけただろうことは、想像に難くない。本作の冒頭は、少年の父親の横顔を写したカットから始まる。その対となる最後のシーンは、同じような構図の、少年の横顔である。その類似は、南部の将来の不安を感じさせる。しかし、そこから移動するカメラが、正反対の意味を持つ情景を写すことで、新しい南部への希望を暗示する。その映画的な演出によって、本作は映画化作品としての存在理由を確かにしているといえるだろう。 ■小野寺系(k.onodera) 映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト
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■リリース情報 『グランド・ジョー』DVD 3月18日(金)リリース(TSUTAYA先行レンタル)) 監督:デヴィッド・ゴードン・グリーン 出演:ニコラス・ケイジ 、タイ・シェリダン、ゲイリー・プールター、ロニー・ジーン・ブレヴィンズ 発売元:カルチュア・パブリッシャーズ セル販売元:TCエンタテインメント (c)Joe Ransom, LLC 作品リンク

ジャニーズ野球大会、嵐とKis-My-Ft2揃い踏み! 「派閥なくなった!」ファン歓喜のワケ

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徹子とメリーさんは来ないでいいって伝えといて!

 ジャニーズタレントが大集合する『“東京ドームに全員集合”みんなにサンキュー!ジャニーズ野球大会』が、4月13日に開催されることが明らかとなり、“派閥”を超えた出演者陣に驚きや喜びの声が続出している。

 ジャニーズは「ジャニーズ大運動会」と題し、1990年代~2000年代にスポーツイベントを開催。タレントが二手に分かれてリレーやフットサルなどの対決を行うもので、特に野球はメイン種目の1つだった。04年11月には新潟県中越地震のチャリティー企画として『ジャニーズ選抜スター野球大会 ~今僕たちにできること~』が行われ、11年に開催された東日本大震災被災者支援プロジェクト『Marching J ジャニーズチャリティー野球大会2011』には、SMAP・中居正広や香取慎吾も登場。翌12年にも『ジャニーズJr.選抜 野球大会’12』が行われ、Hey!Say!JUMP やKis‐My‐Ft2など若手デビュー組以下が参加した。