日別アーカイブ: 2016年3月2日
バットと俺
その大スキッっぷりは寝る時もバットを放さないくらいであり、嫁を質に入れてでもバットをとるようなバット狂である。・・・(続きは探偵ファイルで)
「政治家のほうが儲かるから!?」SPEED今井絵理子の政治家転身は「ERIHIRO」大惨敗で決意か
参議院選挙の目玉候補として自民党からの出馬を宣言したSPEED・今井絵理子について、ある音楽関係者が「昨年出した新曲がさっぱり売れなくて、政治家転身を決めた」と話している。 今井は昨年、同じSPEEDの島袋寛子と結成した新ユニット「ERIHIRO」がサッパリ話題にならず、9月発売の新曲「Stars」(avex trax)は発売1週間での推定セールスが約4,400枚程度と惨敗、チャートでも見かけることはなかった。 「本来は、このERIHIROで大々的に活動する予定でプランを立てていたため、関係者は真っ青に。デビュー前に立ち上げた公式インスタグラムも、デビュー時で8,000人程度しかフォロワーが集まらず、情報番組などには担当者が頭を下げてなんとかPRをしてもらったんですが、番組サイドからも『正直、引き(反響)がまったくなかった』と言われていたんですよ」(同) それでも周囲は地道に歌手活動をしてもらう予定でいたが、金にならないと見るや、今井は急にやる気をなくした様子だったという。 「島袋さんは絶対に音楽一本でやっていくと、沖縄音楽からテクノ、ジャズまで必死にチャレンジしているんですが、今井さんはアイドル人気があったときと変わらず、稼ぐ手段にしか見てなかったようで、あっさりERIHIROの活動から降りてしまったんです。ある人によると、彼女が周囲に『当選すれば年収1億円だって!』なんて政治家転身を喜々として話していたそうですが、予定していたライブ日程は仕方なく、島袋のソロに変更されたんです」(同) 実際、島袋は12月、東京と大阪で2度のソロライブを開催している。これが本来なら、スタートさせたばかりのERIHIROとして出演するものだったのだろう。 ただ、出馬した今井をめぐっては、婚約者の逮捕歴や悪評が続々と報じられている。半同棲する婚約者の男性は元風俗店経営者で、昨年3月には未成年に接客させた風営法および児童福祉法違反容疑で那覇署に逮捕されていたことが報じられた。それ以外にも、ヤミ金を経営していたことや、風俗店が違法なヤミ風俗だったことなどが続々と伝えられている。さらには、莫大な借金や暴力団との関係、現在の福祉仕事も今井の出馬が内定して慌てて付けた肩書だったという疑惑などが広がり、地元沖縄には複数の週刊誌記者が飛んで情報確認中だが、ネット上では「(今井は)税金で恋人の借金返済を狙っているのか」という声まで飛んでいる。 「今井の出馬を取り付けた自民党の山東昭子議員は、自分も元女優でタレント議員を育てるのが好きな人だから、実際に役立つかは二の次。人目を引くことだけには長けている」と政治ジャーナリスト。 ほとんど報じられていないが、山東議員は数年前、パチンコ店建設への反対運動が起きている千葉県内で「あなたも・君も一緒に参加してパチンコ建設や暮らしを語ろう!」の文字が入ったビラで人を集めておきながら、当日は「選挙が近いので、激励会に変えます」と自身の講演に変更してヒンシュクを買ったことがある。ここでは「原発の被災地は補償をもらうため、わざと復興を遅らせている」といったトンデモ話をした後、「自民党と書いても、私に票は入らず当選できない」と具体的な投票の仕方を指示、一部市民から抗議の声が上がっていた。 先日は甘利明前経済再生担当相をめぐる金銭授受疑惑について「(マスコミに)告発した事業者のあり方もゲスの極み」と話して、これまた批判を浴びている山東議員。3月13日の党大会で今井に「君が代」を歌わせるのは、彼女の案だと話す政治記者もいる。 「そんな人に誘われた今井ですから、まるでJIMINTOUという新グループに加入したようなもの。実際、政治力があるとも思えず、それで年収4,000万円以上になるんですから、ERIHIROなんか放り出して当然」(前出ジャーナリスト) SPEEDの全盛期から比べれば、すっかり凋落した今井。音楽より政治のほうが儲かるということでの転身なら、婚約者のスキャンダル以上に大ヒンシュクだ。 (文=片岡亮)今井絵理子オフィシャルブログ
「ホステスと再婚」報道の渡部篤郎、中谷美紀との破局で仕事が激減するワケとは!?
「彼のキャバクラ好きは業界でも有名ですからね。仕事終わりに、わざわざ自宅に戻ってお気に入りのスーツに着替えて出向くくらいですから(笑)。毎日とは言いませんが、週の半分は銀座に行ってたんじゃないですかね」(ドラマスタッフ)
現在、ドラマ『お義父さんと呼ばせて』(フジテレビ系)に主演している渡部篤郎が、昨年秋から東京・銀座のクラブの元ホステスだった30代女性と再婚を視野に入れた真剣交際をしているという。
「10年以上続いた中谷美紀さんとは昨年の夏に破局したといわれています。それが原因で、中谷さんはスターダストを独立して、個人事務所を設立したそうです。もともとは中谷さんが事務所の社長に掛け合って渡部さんを紹介して、業務提携を取り付けたので、別れたことで彼女が辞めるのは、気の毒な気もするんですけどね」(芸能事務所関係者)
2人にとっては“長すぎた春”ということかもしれないが、問題は渡部の結婚が本気かどうかだ。
「彼はどのお店でも、元嫁のRIKACOさんや中谷さんのようなキレイ系の女性を指名しているんです。本人も『俺はかわいい系はダメだな』って言ってましたね。今回のお相手も、一部では松下奈緒さん似といわれていますが、系統としてはRIKACOさんや中谷さんと一緒です。ただ、今回の結婚で彼がキャバクラ通いをやめるとは思えませんし、より好みの女性が現れたら、そっちに行く可能性はかなりありますよ」(テレビ局関係者)
また、今回の破局と結婚が渡部の仕事に与える影響も少なからずあるという。
「実は、中谷さんはどの現場でも、渡部さんの出るドラマや映画の宣伝をしていたんです。それで渡部さんを起用したプロデューサーがいたという話もあったくらいです。そういった内助の功がなくなって、仕事に影響が出なければいいのですが……」(映画関係者)
果たして、結婚予定とされる女性はアゲマンかサゲマンか――。
第88回アカデミー賞、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が最多6冠!
なぜ女性は昇進・昇給しづらいのか 「女性らしい生き方」と「女性の生きづらさ」
ディーン・フジオカと西島秀俊だけじゃない! キャラが被りまくってる俳優5選
NHK連続テレビ小説(朝ドラ)『あさが来た』で五代友厚を演じたディーン・フジオカ。“五代さま”として一気にその名を全国区に広め、1月22日の放送で最後の出演回を迎えると“五代ロス”なる言葉が生まれた。その1カ月後、2月22日の放送で再登場すると、ネット上では歓喜の声があがった。彼は、現在TBS系ドラマ『ダメな私に恋してください』に出演中。しばらくはディーン旋風が日本に吹き荒れそうだ。 “逆輸入俳優”と称されるディーンは、アメリカ・シアトルに留学後、香港でモデルとして活動。2005年に俳優デビューすると、2006年から拠点を台湾に移し、ドラマ、映画、CMなどで活躍した。日本では2012年に映画『I am Ichihashi ~逮捕されるまで~』にて初監督・主演を務めた後、昨年のフジテレビ系ドラマ「探偵の探偵」で連ドラ初出演。「あさが来た」で見事なブレイクを果たした。 そんななか、「あれ? ディーン・フジオカって、なんか西島秀俊に似てね?」という声がネット上に出回っている。照れた笑顔や仕草、顔の輪郭、そして目。なんともそっくりではないか。どちらも遅咲き(ディーンの場合、「日本では」という補足が付くが)で、肉体派。優しく語りかけるかのような柔らかい声も瓜二つだ。こうもキャラが被ると「ディーンと西島、どっちにする?」という、どこぞのプロデューサーの声が耳元で聞こえてきそうである。 というわけで、今回はディーン×西島に代表される、“キャラが被る俳優”を並べてみることにした。 ■竹中直人×香川照之※画像:左『LOADED vol.25』(メディアボーイ)、右『MEN'S EX 2015年12月号』(世界文化社)
まず一番に思いつくのが、竹中直人と香川照之だ。浅黒い肌とコミカルな動き、狂気をはらんだ眼力。身体も演技も似通っている。ドラマや映画などの作品内で、飛び道具的な役割を果たしているところや、竹中は芸人から、香川はADからスタートしたという下積みの経緯もどことなく似ている。特筆するべきは、どちらも“豊臣秀吉”を演じられるという面だろう。現在、日本国内の俳優を見渡してみても、ここまで秀吉役がハマる俳優は、このふたりをおいてほかにはいない。 ■天海祐希×江角マキコ※画像:左『MEN'S EX 2013年6月号』(世界文化社)、右『MEN'S EX 2015年2月号』(世界文化社)
天海祐希と江角マキコもキャラが被っているだろう。天海、江角ともに約170cmと高身長。さらに天海は元宝塚の男役、江角は元バレーボール実業団選手と、厳しい上下関係の中で揉まれている。また、2011年4月6日放送のフジテレビ系バラエティ番組『グータンヌーボ』で共演した際に「自分たちにキャピキャピした部分がないのは身長のせい」だと共感し合っていた。また、どちらも幼少期に男子から女子を守るような役割を果たしていたそうだ。正義感をまとった女上司役を務めることが多いふたりは、身体的特徴から性格が定まり、演技の方向性も決まっていったのだといえるのではないか。 ■橋本愛×二階堂ふみ※画像:左『日経WOMAN soeur 2015年夏号』(日経BP社)、右『In Red 2006年8月号』(宝島社)
若手女優を見回してみると、橋本愛と二階堂ふみのキャラもどこか似ている。かわいらしい顔立ちにもかかわらず、雌ヒョウのような鋭い目つき。10代から20代前半の少女か抱える闇のようなものを表現する女優というと、まずこのふたりが思い浮かぶだろう。最近では同じく眼力が強い女優・小松菜奈の評価も高いため、このジャンルの女優陣の役取り合戦は熾烈を極めている。 ■東出昌大×福士蒼汰※画像:左『SEVENTEEN 2013年12月号』(集英社)、右『TATTOO girls(13) 』(双葉社)
若手男優では、福士蒼汰と東出昌大が似たような立ち位置を担っている。どちらも優しそうな顔立ちからか、女性に翻弄される役柄が多いように思われる。役の方向性としては、どちらも妻夫木聡に近い。“2代目・妻夫木”を勝ち取るのはどちらか。今後が見ものである。 こうして並べてみると、男優・女優キャラ被り問題は、本人たちにとってはとても深刻なように思われる。映画やドラマ、演劇などを含めたとしても、作品と役柄の数は限られているのだ。そのため、ひとつの役を数多くの男優・女優が奪い合う構図が生まれてくる。それでも、どちら様も負けずに頑張ってほしい。何を根拠にエールを送ればいいのかよくわからないけれど。※画像:左『MEN'S NON・NO 2014年4月号』(集英社)、右『BARFOUT! 235 福士蒼汰』(幻冬舎)
菊地成孔の『知らない、ふたり』評:自他ともに認め「ない」が正解であろう、「日本のホン・サンス」の奇妙な意欲作
あなたが褒めているつもりでも虐待に成り得る
「集団的な期待」や「ラベリング」は、程度にもよりますが端的に虐待です。この虐待で、完全に破壊されてしまったのが、「映画監督としての松本人志」であることは言うまでもないでしょう。詳しくは拙著「ユングのサウンドトラック」をご参照くださると幸いです。 「ラベリング」は、よしんばそれが(1)客観的に正しく、(2)善意的な物であろうと、これも程度によりますが、虐待に成り得ります。最新作『グランドフィナーレ』が待機中のパオロ・ソレンティーノは世界中で「現代のフェリーニ」と称されまくっていますが、少なくとも『グランドフィナーレ』を『8 1/2』と比して観ようとする限り、46歳という「若造」の才能へは虐待が行われている。という事になります(恐ろしいのは、ソレンティーノ自身にも、「そっちにリーディングしたい色気」が若干認められ、これはつまり「虐待を欲しがる」という、凄まじい現代製だとも言えますが、別の機会に)。 ワタシは自分がアーティストでもあるのでよく解る、、、と書こうとしたのですが、ナンセンスでしたね。よしんばアーティストでなくとも、今や誰もがSNSで自分を発信し、批評され、批評し、というダンゴ状態の時代なので、集団的な虐待の話はどなたでも多少なりともご理解頂けると思います。 毎度毎度不勉強ながら(というか、それがこの連載のフォームなのですが)、ワタシはこの、若き日本人監督の事を存じあげませんでしたし、作品を拝見したのはこれが最初ですが、今泉監督の事を「日本のホン・サンス」と、たったの一度でも書いたり口にしたりした人々は、土下座して悔い改め、データが残っていたら即刻削除せよ、とまでは言わないものの、自分の迂闊さ、もしくは物を見る目が無いのに軽はずみに発言する習慣によって、若き(若くなくても)才能を虐待によって潰してしまう可能性がある事、そして、そのツケは自分にも回って来るのだという事をよく自覚して頂きたい。しつこいようですが、「貶してないんだからいいじゃん」「表現は自由だろ」は保育園児の倫理上限です。保育士は永遠にTL上に現れません。 「自他ともに認める」という日本語は非常に良く出来ていて、フロイドで言うならば「抵抗」という概念がある。正鵠を射抜く、正しい指摘こそ、人間をして必死の否定を導きますので、もし、今泉監督が実際にホン・サンスを敬愛していて、そう目されるべく日々努力しているとしても、あるいは全く逆に、「ホンサンス呼ばわりマジ勘弁して欲しいよな~」と、苦汁を飲む日々だとしても、「あなたは日本のホン・サンスだね」の答えはどちらも「ノー」になります。 問題は、ではフロイド的な抵抗と別に、実際問題、意識的にも無意識的にも今泉監督はホン・サンスなのか?という客観的事実ですが、ワタシの私見では、少なくとも本作『知らない、ふたり』を観る限りにおいては、今泉監督とホン・サンスは似ても似つかない、全く別の作風です(優劣ではなく)。 面識が無いのは言うまでもなく、インタビューした事も、インタビュー記事も読んだ事が無いまま(例によって、そんなもん検索すれば一発なのでしょうが、ワタシはワタシの流儀によって、それはしません)推測を書きますが、おそらく今泉監督は苦しんでいる筈です。とはいえ、安易なラベリングをしないと落ち着かない、即ち愚者は、ちょっとのフックに引っかかるし、どんなもんでも餌にするので(あるいは自爆)
でも、仕方が無い側面もあります。「<上手く行かない恋愛群像>を、淡々と撮る、人間の生態を昆虫のそれのように観察する系(エリック・ロメール直系)」と、紋切り型に切って落としてしまえば、「日本のホン・サンス」は簡単に誕生します。 しかも本作は、ホン・サンス2014年の作品『自由が丘で』と、鏡面構造を持っています(後述の通り、やや歪んだ鏡面ですが)。これが、「ラベリングに苦しみ抜いた果てに、突破的なヤケクソで、むしろラベリングへのミスリードを積極的にしてしまう」という、正にフロイド的な自爆でないことを祈ります。 『自由が丘で』は、ホン・サンスの熱烈なファンである日本人俳優、加瀬亮氏が主演し、氏が別れた恋人をさがしに韓国に渡る話で、設定上加瀬氏は韓国語を話しませんが、作品の中では、韓国語、日本語、英語が飛び交います(「ソウルに居着いたアメリカ人ヒッピーが英語で話していると、いきなり流暢な韓国語になる」という実に現代的なショックも入っています)。 一方『知らない、ふたり』では、3人の韓国人が東京で働いています。そして、作品中、やはり日本語と韓国語が飛び交います。テーマはどちらも恋愛で、どちらも日韓人の政治的、文化的な緊張のようなものは、まるでこの世に存在しないぐらいに描かれません。 とはいえ、しつこいようですが、ワタシには、ワタシの祈り虚しく、本作はホン・サンス扱いに嫌気がさした今泉監督が、苦しみ果て、自爆的にミスリードした、あるいは、「敢えて似た題材を扱う事で、むしろバイブスもロジックも全く違うのだということを際立たせようとした」のかも知れません。と、その上で、正直書くのはマジ辛いのですが
ワタシは本作から、ほとんど感動を受けませんでした。そして、その事に関して、申し訳なさと悲しみがあります。因にワタシは、ホン・サンスの熱狂的と言って良いファンで、ほぼ全作観ており、日本では全然セールスの低い彼の作品の旗ふり業さえもやっている身ですが、「こんなもんが(俺の大好きな)ホン・サンスと一緒にされてんのかよ。ざけんじゃねーよ」という意味では全くありません。この点は注意して下さい。 「申し訳なさ」も「悲しみ」も、どちらも、53歳であるワタシが、まだ30代であり、その事が等身大で作風に反映されていると思しき今泉監督の作品の芯が食えない、芯の食い方も解らないのではないか自分は?という、ジェネレイションギャップと、後は年齢とも無関係なセンスですね。何れにせよ「ああ、自分はこの映画とすれ違っているなあ」という思い、それは、皮肉にも、本作の登場人物達の恋のすれ違いに、ほぼ等身大ではないかと思われるほどです。 しかも、そうした状態を、売文業の糧として語らなくてはならないとき、これはワタシのみならず、どなただって「いやあ申し訳ないなあ」「いやあ悲しいなあ。歳くっちゃったのかなあ俺も」という感覚をお持ちに成る筈です。スリップ(大変失礼)
(ややスリップしますが、『セッション』のような映画は、ワタシと「すれ違い、理解しあえない」関係ではないのです。ワタシは奴(セッション)の事が、物凄くよくわかるのです。ああいったゲスな脱法ハーブをやべえやべえ言って喜ぶ重症者が山ほどいるであろうことを。なので、安心して楽しみながらボロカスに書ける訳です。それにしても「菊地はジャズミュージシャンとして、あの作品の音楽考証にケチ付けてるだけ(一般ユーザーには関係ない)」という、町山氏の(かなり)程度の低いランディングに疑問無く乗ってしまえる人々は文盲もしくは読解力に機能不全、もしくは町山氏を神格に置いているとしか思えず、事は(複合的に)結構深刻だと思っています)申し訳なさと悲しみの再開
ワタシにとっての『知らない、ふたり』は、「とうとう最後まで、良さが全然解らなかった」という点での、久々の巨大物件ともいえます。本当に申し訳ない。本当に悲しい。この事を、最初に正直に申し上げてから、本作に対し、可能な限りの誠意を尽くそうと思います。そもそも、この作品のマーケットはどこにあるのか?(トップアイドルが出ているという事実により)
実際におカネを出しているのは、クラウドファウンドでも制作委員会でもなく、何と日活で、そういう意味では「日活カラー」というか、まあこれは情報に影響されてしまっている効果かもしれませんが、微妙な「日活映画の匂い」が感じられなくもないのですが、これはやはり、登場する3人の韓国人が皆、大変なアイドルで、おいそれとは映画に出演して貰える様な人々ではないからでしょう。 何でもタコ壷化している現在、中でも大韓民国のカルチャーというのは、愛好家専用度が他の物のアヴェレイジを遥かに超えている「巨大で堅牢な閉鎖市場」であり、「<NU’EST>のメンバーは新人とはいえ韓国の大スターで、Facebook登録者も200万人突破している。日本で公演をしたら東京ドームに出るレベルの人たちです」と書いても、韓流タコ壷の外に居る方には「ふーん」「へー」という感じでしょう。 だから、考えようによっては、本作は、めちゃくちゃアイドル映画とも言える。韓国では所謂K-POPスターが映画やテレビドラマで達者な演技を見せる事が、日本より遥かに一般的だとはいえ、やはり「キスマイ(ジャニーズの)から3人が韓国の映画に、しかも、すげえ地味な恋愛群像劇に出た」と言われたら、ザワつくのは止められないですよね。 「アイドル映画」という指摘は、拡大解釈すれば、本作のそこかしこに証拠が散逸しています。NU’ESTの主要メンバーである彼等3人は、良く勉強し、カタコトではありますが日本語を話します。しかしそれ以上に、彼等を取り巻く4人の日本人のうち、3人は劇中で(様々な設定により)韓国語をしゃべります。韓国語を喋らない日本人は1人だけですが(ネタバレしない為に詳しい説明は省くとして)、その人の奥さんは韓国語の先生だからペラペラです。 NU’ESTペン(「ファン」のこと)が、様々な方法によって、本作を観たと、その時、字幕無しでもほとんどストーリーが追えるでしょう。 そしてこれが、どうしても「(アイドルである彼等への)接待」に見えてしまう。映画という世界で「接待」されるのは、超大物かアイドルだけです。加瀬亮さんは『自由が丘で』の中で、日本語による「接待」は(いうまでもなく)全く受けません。 そして、非常に美しいルックスの彼等に対し、例えばカメラが、全く素っ気なく、「まるで誰だか解らない様に」撮っていたとしたら、これはアイドル映画ではないな、、、という気概を感じるのですが、何カットか、まるでアイドル映画のパロディの様な「ボカしのかかったキラキラ画面に大アップ」がありますし、日本の安アパートの、せまいステンレス風呂に入るシーン、つまりサービスショットもあります。色気が出ちゃってる訳よね。 日韓双方のNU’ESTペン(=ファン)だけでも大変な人数です。本作は巨大マーケットによるほぼ無条件な興収を約束されているような物なのでしょうか?それとも、木村拓哉さんが、監督に惚れ込んで自ら志願して主演した、ウォン・カーウァイの『2046』のように、「そう簡単には行かないんだよね」物件なのでしょうか?実際はどうなんでしょう?全く読めないです。 既に1月から全国で縦断ロードショーしている最中ですが、作品を2回観、こうして書いているワタシも、今泉監督の意図も、それに対する観客の反応も全く推測がつきません。一番美形である「レオン(NU’ESTでは「キュート担当」)」は、毎日、手製の塩むすびを弁当として作り、公園で食べるのですが「ひー!レン様(微妙ですが、レンが本名で、レオンが訳名)のあのおむすび!匂いだけでも嗅ぎてーー!!一粒でも喰ったらキュン死するわ危険よ!!」と失神する人が続出するのでしょうか、或はワタシの様に「革製品のリフォームを仕事にしている(つまり、ワックスや靴墨を日常的に手のひらに塗っている)人の握る塩むすび。というのは、一見、吐きそうに成るけど、何かの象徴的表現なのだろうな」と思うシネフィルさんのがちょっと多かったりするのでしょうか?下部構造の話(映画に於ける金の流れ)
ストーリー的にはすごくシンプルで、何人かの人間をある狭い環境の中に置いて、そこでくっついたり離れたり、誰かが誰かを好きになったりすることを描いている。7人登場しているのに、あえてタイトルを『知らない、ふたり』としているのは、恋愛でタイマンになると、あっというまに、人はお互いを「知らない人」にしてしまう。そういうことを言っているのだと思います。 AはBを好きで、BはCを好きだけど、みんな気付かずに男と女がすれ違っていく、と。そういうのは、前述の「エリック・ロメール直系」ともいえ、よくある話で別に悪くないのですが、こんなに味も素っ気もない物語になるのかと、ちょっと唖然としてしまいました。 この作品を語るうえではどうしても避けて通れないので&本稿読者のホン・サンスに対するリテラシーを推測するに、比較してしまわざるを得ないのですが、役者の起用の仕方、とギャラのありかたを見てみます。ホン・サンスの映画というのは、韓国ではものすごい有名な俳優ばっかり出てきて、それを全員一律ノーギャラで起用する事で有名です。ホン・サンスの映画に出るのだったら、その名誉だけで十分ということですね。日本人俳優としては超一流である加瀬亮さんも、恐らくノーギャラです。 まあ、こんな監督は唯一無二なので、比較してちがうちがう言うのも詮無い話しですが、たとえば、本作の主要キャストの1人である青柳文子さんという方も、不勉強ながらワタシ本作ではじめて知ったんですけれど、青文字系のモデルで、トレンディな若い人というか、女優としての可能性をすごく持っている人ですよね。それから、木南晴夏さんは、舞台女優出身の実力派らしく、もう、全くプロフィール通りだ。といったオーラと演技です。 つまりこれは「<新進の俳優を、安く使う>という意味でホン・サンスと、経済性に於いて真逆である」と言えます。経済性は下部構造ですから、それが真逆なものは、上に乗っかる物もみんな真逆に成ります。ドキュメンタリータッチのカメラワーク淡々とした展開、機械的な反復、等々、ホン・サンスの図式的なブランディングはトレースされているのですが、全く味わいが違います。またしても「日本の空虚」に関して
簡単に言うと、ホン・サンスは物凄くゲスくて醜いルックスの人も、女神の様に美しい人も、共に心性は薄汚く哀れながら愛すべきものがあり、登場人物の年齢幅が広く、ウディ・アレンの作品に近いです。人生に対する諦めと、何とも言えない肯定がある。 「それは、<自由が丘で>対<知らない、ふたり>の対比じゃないよ。米韓と日本の比較だ」と指摘されるかもしれず、一方でそれはその通りなのですが、問題は、紛うかたなき日本人であるワタシが、「現代の日本風」に対して、全く味気を感じなかったという事です。 やはり、ワタシは老いさばらえてしまい、二十代の感覚に、世界遺産ですらある「旨味」を感じられなくなってしまったのか?テレビドラマ『恋仲』の、日本式の空虚は、笑いながら楽しめたワタシですが、本作では「空虚 × 空虚=ダブル空虚→さすがに無理」という感じになりました。 それは、あくまでワタシにとって「空虚ではない」筈の韓国人が、日本の空虚(コンビニがそれを象徴しています。韓国ドラマに出て来るコンビニは市場の様に生命感に溢れていますが、日本のドラマに出て来るコンビニは冥界の様に死の匂いがします。NU’ESTの中では「美形で知性担当」のミンヒョンは、コンビニのバイトをしていますが、「こんな所にいたら、ミンヒョン死んでしまうわ」と、ペンではないワタシまでもハラハラしてしまいました)の中に於かれた結果、空虚に飲み込まれてしまった、その空虚の強度にヤラれてしまった。という格好でしょう。たったひとつの字幕&どっちつかず感
レオンは後述するトラウマを背負っているのですが、それを映画のストーリーではなく、画面に出て来る字幕で一気に説明するというのも衝撃的です。「ははあ、要所要所で字幕で説明する手法が入るのか」と思いきや、何とそこしか字幕は出てこないというはかなり新しく、今泉監督の才気を感じました。「主人公のトラウマ」なんて、映画を駆動する最大の原動力なのに、いきなり寝起きのショットの脇に字で説明が出ちゃう。実に様々な解釈が可能です。 レオンは登場人物のひとりである荒川が下半身不随になった事故の原因は自分にあると考えていて、だから相当な重荷を抱えている。荒川の奥さんは韓国人に日本語を教える講師で、、、、と、ネタバレを気にしなければいけないような映画でもないのですが、とにかく人間関係は総て繋がっています。なのにこのトラウマ自体は、恋の空騒ぎの果て、最終的に、マンションの階段の入り口かなんかで女の人に隣に座ってもらって、優しい言葉をかけてもらうというかたちで、なんて言うか済まされちゃう。これはちょっと「空虚」とは違うテイストだと思いました。 一見すると何も起こらないと言われている小津安二郎の映画ですら、実は相当に中身があるわけです。「禅の境地」とか「日本人のシャイネス」とか紋切り型に切って落とす事は杜撰という物ですが、あれは日本映画の一種の伝統で、アンチ・ドラマチックに見せかけて、実はものすごくドラマチックなのは言うまでもありません。 しかしこの映画に関してはただひたすらに空虚で、しかも前述の通り、「アイドル映画じゃないよ」というメッセージが無いので、つまり二重否定的に「アイドル映画、、、、、、かもね」という、腹の据わりが悪い状態の中で空虚が続き、そのまま終わってしまうのです。この「どっちつかず感」が、多くの人々にとって快感であった場合、ワタシは今後、今泉監督の作品の批評を、自己責任を取る形で放棄します。「とはいえ」感ーー混乱が続く
作品全体に、まったく野心がないわけではなくて、新しいものをやろうという気概はすごく感じます。そもそもの字幕の件、「何故か韓国のスーパーアイドルが」という基盤、等々の他にも、意欲的かな?と思える挿話、たとえば、ローソンのカゴが持てない潔癖症の中年女性が出てきます。ただ、「ああ、こういう人いるよなぁ」というリアルは感じないんですよ。この女性、このワンショットに出て来るだけなんですが。 それにそもそも、キレイな顔をした韓国人青年が片言の日本語で喋ったりすると、ピュアでかわいい人に見えますよね。要するにカタコト効果ですが、この映画ではそれを、最大限とまで言わないまでも、やっぱり使ってしまっている。そして、これってギリで人種差別的な表現だと思うんですよ。 同じ言語を喋る同じ国の人同士でも恋愛というのは難しくて、そこが切ないわけだけれど、ましてやこの映画では片言だから通じないよね、という風に映してしまっている。それは恋愛群像劇というよりも人種の問題じゃないの?とリードされてしまうのを避けられません。だって、唯一の日本人カップルの会話だけが異様にリアルなんですもの。これがもし「片言の韓国人女性3人と日本人男性3人の群像劇で、片言だから彼女たちはピュアでかわいい。カタコト効果は解っちゃいるけど」という風に映していたら、ギリでアウトですよね。でも、セーフだとしても、この文脈から言ったら、単なる程度の低い少女漫画だという事になってしまう。 「彼らは別に日本人と比べて特別ピュアなわけでもなく、普通の青年だ」と言う事は、作劇上ではきっちり描かれます。しかし、それを超えて、ある古典的な萌えが発生してしまうのを作品は止められていない。 というか、カタコト効果というのは、今では「腹ではピュアでもなんでもない普通の人間だと解ってるけど、どうしても生じてしまう感情」の事だ。という風に進化発達しているのだとしたら、これは新しい。しかし、コントロール出来ている様に見えません。とにかくどっちつかずに見えてしまう。ゲスいのか、高踏的なのか。「あ、ひょっとして」感
と、ここまで書いて、あ、ひょっとしてコレって「韓流を愛でる感覚=クールジャパンによって世界中から<カワイイ>扱いを受けている日本人だって、昔はフィリピン人を、今は韓国人を<純朴で可愛い>と思い込みたがる」に対する、痛烈かつクールな批評なのだろうか?だったら、もっと映画に面白さ=喰える感じ、が出そうな物です。これは、やりようによっては、相当面白いテーマに成り得るので。「んー、でもなあ」感
音楽に関しても、やっぱり不勉強でお恥ずかしいんですが、このアルプというユニットを知らなくて、プロフィールを読んだら、威勢の良い事がガンガン書いてあって、どんだけ実験的で先鋭的な凄いサウンドが鳴るのかと楽しみにしていたんですよ。でも正直、普通でした(笑)。学生にでも誰でもパっとできそうなミニマルミュージックに、リングモジュレーターとか倍音のちょっとしたノイズが入っているだけで、びっくりするような環境音楽だとか、これが恋愛映画に使われるわけ?というような音が流れるわけではなかった。 とまれ、やっぱり変わった風合いの映画だし、過去の映画と比較しようと思っても、召喚する作品も思いつかない。だから新しい映画ではあると思うけれど、結局ワタシは、申し訳なさと悲しさが吹っ切れないまま(書けば吹っ切れる。等と言う事は無いので、予めこれは、約束された悲しさなのですが)批評を終わる事にします。 本作が、日本のSNS世代以降の、感情表出不全というか、見た目は淡々としている恋愛模様を的確に描いて、小津映画などの系譜にあるジャパンシャイネスの斬新な傑作ということになったら、わたしの感覚が古いのでしょう。というか、ワタシは単に焼肉やビフテキの食べ過ぎなのかもしれません。「肉食系には向かない、スーパー草食系」とかなんとか、低能なまとめなんか絶対しませんけどね。NU’ESTと今泉監督双方の将来に期待します。 ■映画情報 『知らない、ふたり』 監督・脚本:今泉力哉 出演:レン、青柳文子、韓英恵、ミンヒョン、JR、芹澤興人、木南晴夏 製作:日活 ソネットエンタテインメント アリオラジャバン 配給:CAMDEN 日活 宣伝:CAMDEN 公式HP:http://shiranai.jp (c)2015 NIKKATSU, So-net Entertainment, Ariola Japan ソネットエンタテインメント アリオラジャバンジャニーズ、“派閥”解体も共演事情「変化なし」!? 新体制謳うSMAP&嵐のバーターは?
3月から明るい共演が待ってるとは限らないわけで……
今年1月、SMAPの去就に関する“お家騒動”で世間を騒がせたジャニーズ事務所。これまで、所属するタレントたちは、メリー喜多川&藤島ジュリー景子副社長と、SMAPのチーフマネジャー・飯島三智氏とで担当が区分けされた状態だったが、飯島氏の退社をもって、これら“派閥”は解消されると伝えられてきた。では騒動から1カ月以上が経過した今、変化はあるのだろうか?
ジュリー氏は嵐、TOKIO、V6、関ジャニ∞、NEWS、KAT‐TUN、Hey!Say!JUMPらの仕事を管理する傍ら、飯島氏はSMAPとKis‐My‐Ft2のマネジメントのほか、山下智久やSexy Zone、A.B.C‐Zのキャスティングにも関与していたとされている。近年は管轄の違う嵐やSMAPがテレビ番組などで共演する機会が減り、基本的には同じ管轄同士のタレントのみが仕事上で絡んでいる状況だった。
“34歳差不倫”のケジメ……桂文枝、演歌歌手・紫艶に「年収3年分」の慰謝料支払いも!?
落語家・桂文枝が大ピンチだ。34歳下の演歌歌手・紫艶から20年間の不倫愛を週刊誌で告白され、所属事務所の吉本興業は「交際の事実はない」と否定し、文枝本人も「娘という感じで応援した。10年か12年かくらい会ってなかった」としたが、男女関係にあったとしか思えない写真やLINEなど証拠の数々が伝えられ、当の紫艶にも「(文枝と)最後に会ったのは2カ月前」と、つい最近まで交際していたことを明かしながら反論されてしまった。 「交渉がこじれたっぽい」 そう語るのは、吉本の関係者だ。 「この話が持ち上がってから、文枝さんを気遣って、紫艶には黙ってもらうよう交渉した人がいたみたいです。吉本の人間ではない年配の方で、昔、大ベテラン漫才師の不祥事を表沙汰にすることなく収めたことがあるトラブル対処の達人で、文枝師匠のためならと独自に動いたそうなんですが、紫艶のほうは『お金よりも、自分が付き合った年月を世に残したい』みたいな姿勢で、取り合ってもらえなかったとか」(同) この件では、吉本に気を使うワイドショーやスポーツ紙などが、こぞって文枝を擁護。「昔に別れていたのに、お金に困って話を売ったのでは」という紫艶に対する売名行為的な見方をしていたが、これに当の紫艶が激怒。マスコミの擁護は逆効果だった。 当初、パソコンの故障で私的な内容が漏れたと被害者的に話していた紫艶だったが、擁護報道後にはメディアに積極的に文枝との関係を暴露。自身の芸能界引退と引き換えに、文枝から「ひろりん」と呼ばれ、千利休役で出演する今年の大河ドラマ出演を明かすLINEのやりとりまで公開し、まさに直近まで交際があったことを証明してしまった。 芸能関係者からは「文枝師匠をとやかく言える業界人はいないでしょうが、立場はかなり危ない」という話が聞かれる。 「怖いのは紫艶が18歳、未成年のときに文枝師匠と付き合っていたこと。大昔の話とはいえ、未成年を愛人にしていたことは道理的に問題で、その彼女が『引退』という切り札を切ってきた。紫艶自身がカネの問題ではないと言っても、背後にコワモテの連中でもいたら、それを武器に大きな賠償をチラつかせてくる可能性もある。文枝師匠は再選を目指す上方落語協会会長の立場もあるし、長寿番組『新婚さんいらっしゃい!』(テレビ朝日系)もあるから、大ごとにはできない。ヘタを打てば、年収3年分ぐらいを丸ごと彼女に慰謝料として渡すぐらいのことになるかも……」(同) ベッキーは4億円ともいわれる賠償と休業、宮崎謙介議員は辞職と、最近の不倫騒動では当人たちが腹を切っている。“超大物”文枝は、この不倫にどう決着をつけるだろうか? (文=ハイセーヤスダ)『六代桂文枝ヂカラ 「桂三枝」のその先へ』(マガジンハウス)








