
ドイツでは長年その存在が公表されなかったヒトラー暗殺犯ゲオルク・エルザーの半生を描いた『ヒトラー暗殺、13分の誤算』。
世界中を戦渦に巻き込んだ狂気の独裁者として歴史に名を残すアドルフ・ヒトラー。若い頃のヒトラーは画家を目指していたことは有名なエピソードだ。ウィーンの美学校を2度受験し、不合格となっている。画家の道に進むことが叶わなかったヒトラーは、絵を描く代わりに自分の脳内で思い描いた理想世界を政治によって実態化することに取り憑かれていく。祖国の復興と民族意識に訴えかけたヒトラーの熱い演説に民衆は感銘を受け、ヒトラー率いるナチ党は合法的にドイツの第1党へと躍進していく。ヒトラーはキャンバスに絵を描くように、ドイツを、そしてヨーロッパの国々を自分の色に染めていった。ヒトラー没後70年となる2015年、日本ではヒトラーとナチスを題材にした映画が次々と公開されている。
ヒトラーのカリスマ性を高めたのは、プロパガンダ戦略の巧みさと恐るべき悪運の強さだった。ヒトラーは権力の座に就いてから度々暗殺の標的となっているが、すべて寸前で回避しており、そのことからヒトラーには予知能力があるに違いないとさらに神聖化されていく。『ヒトラー暗殺、13分の誤算』は独力で時限爆弾を作り上げた家具職人ゲオルク・エルザーの伝記ものだ。トム・クルーズ主演作『ワルキューレ』(08)はドイツ軍内の反ナチス勢力が大戦末期にヒトラー暗殺を組織的に企てた史実をもとにしていたが、『ヒトラー暗殺』のエルザーは単独犯であり、しかも多くのドイツ人がヒトラーの熱い演説に心酔していた1939年11月に事件は起きている。エルザーが入念に準備した時限爆弾だが、ヒトラーはその日の演説を早めに切り上げ、会場となったビヤホールを去った後に爆発した。ヒトラーの代わりにビヤホールの女性従業員を含む8人が犠牲となった。
エルザーはスイスへの逃亡中に逮捕されるが、ナチスは一介の家具職人が、しかも組織の支援なしでヒトラー暗殺を企てたことを頑なに認めようとしなかった。敵国の諜報部員か共産党によるクーデターだと考えた。『es』(02)や『ヒトラー 最期の12日間』(04)で知られるドイツのオリヴァー・ヒルシュビーゲル監督は、秘密警察によるエルザー(クリスティアン・フリーデル)への拷問シーンを生々しく再現する。だが、エルザーに自白させる代わりに、オリヴァー監督はエルザーに美しい人妻と過ごした情事の日々を回想させる。慎ましい生活の中で子持ちの女性エルザ(カタリーナ・シュットラー)との束の間の幸せを噛み締めていたエルザーは、弱者を排斥しようとするナチスの政略を憎み、ヨーロッパの国々と戦争になることを憂いていた。下半身で禁断の情事に耽りながら、上半身はヒトラーに熱狂する社会を冷静に見つめていた。エルザーの決起は、社会からつまはじきにされた男による凶行だったのか、それともヒトラーの非道さを予期した人間愛ゆえの行動だったのだろうか。クローネンバーグ監督の人気作『デッドゾーン』(83)のノンフィクション版を思わせる痛切なドラマとなっている。

豪華キャストながら日本公開が遅れ、いろんな憶測が流れた『ミケランジェロ・プロジェクト』だが、中身は意外とまっとーな戦争秘話もの。
ジョージ・クルーニー製作・脚本・監督・主演作『ミケランジェロ・プロジェクト』もノンフィクションものだ。こちらは第二次世界大戦末期のヨーロッパ戦線が舞台。連合軍はノルマンディー上陸に成功し、ドイツ軍はフランスからの撤退を迫られていた。激しい消耗戦が続く中、ナチスは侵攻した欧州各国から美術品の数々を略奪していた。芸術をこよなく愛するヒトラーは故郷リンツに自分の陵墓と世界最大級となる“総統美術館”を造営することを計画していたのだ。その総統美術館を飾る展示品として、ミケランジェロ、ダヴィンチ、レンブラント、ピカソ……と名だたる芸術品が集まりつつあった。世界的な文化財の危機に立ち上がったのは米国ハーバード大学付属美術館のストークス館長(ジョージ・クルーニー)。ルーズベルト大統領に「若い兵士を派遣して、美術品の保護を」と要請するが、大統領の回答は「兵士が不足しているから自分たちでやってくれ」という素っ気ないもの。かくして実戦経験のない7人のオッサンたちが集まり、美術品奪回のための独立部隊“モニュメンツメン”が結成される。
画家になる夢を果たせなかったことがトラウマとなり、世界中の美術品を手中に収めることを目論んだヒトラー。そんなヒトラーの野望にモニュメンツメンのオッサンたちは立ち向かう。だが、モニュメンツメンの敵はヒトラーだけではなかった。味方である連合軍側からも「文化財を守るのと兵士の命とどちらが大切だと思っているんだ?」と冷たい視線を浴びる。7人のオッサンは戦場で浮きまくっていた。戦争映画ながら淡々と史実に沿ったドラマが展開される本作だが、終盤でようやくモニュメンツメンはドイツのある岩塩坑に辿り着く。果たしてナチスは、この暗い坑道の中に何を隠したのか。後にメトロポリタン美術館の館長となる学芸員ジェームズ(マット・デイモン)が開ける宝石箱の中身は必見だ。ナチスが生み出したおぞましい芸術品がそこには収められていた。

大戦後、ほとんどのドイツ市民は強制収容所で行なわれたユダヤ人虐殺の事実を知らなかった。『顔のないヒトラーたち』より。
すでに公開中の『顔のないヒトラーたち』にも注目したい。時間は流れ、戦争が終わり、経済復興に沸く1958年の西ドイツ。若い判事ヨハン(アレクサンダー・フェーリング)が勤める検察庁にひとりの新聞記者が現われ、アウシュヴィッツ強制収容所にいたナチス親衛隊(SS)が教師をしていることを伝える。興味を持ったヨハンが調べてみると、その教師だけでなく、多くの元ナチ党員が罪に問われることなく平穏に暮らしている事実を知る。終戦からまだ十数年しか経っていないのに、ほとんどの市民は強制収容所で大虐殺があったことを「知らない」と答えていた。
検察庁の同僚たちは「薮を突いて蛇が出てくることになるぞ」と忠告するが、正義感に駆られたヨハンは気が遠くなるような膨大な資料を調べ始める。捜査が難航する中、政府関係者にもナチ党員がいること、強制収容所で人体実験を繰り返していた医師ヨーゼフ・メンゲレ(『ムカデ人間』のハイター博士のモデル)も存命し、しかも逃亡先の南米と西ドイツを自由に行き来していることを突き止める。ヒトラーの死=ナチスの全滅ではなかったのだ。ヨハンは激しい返り血を浴びながらも、自国の暗部にメスを入れていく。

ヒトラーにまつわるこれらの作品を見て感じるのは、ヒトラーとは異界からやってきた醜い悪魔ではなく、閉塞感が漂う社会に風穴を開けてくれる強い指導者の出現を待ち望んでいた人々にとっての理想の人物像だったということだ。いわば、ヒトラーは当時のドイツ市民の共同幻想が生み出した産物だった。人々が願い続ける限り、第2、第3のヒトラーが現われるに違いない。
(文=長野辰次)
『ヒトラー暗殺、13分の誤算』
監督/オリヴァー・ヒルシュビーゲル 脚本/フレート・ブライナースドーファー、レオニー=クレア・ブライナースドーファー 出演/クリスティアン・フリーデル、カタリーナ・シュットラー、ブルクハルト・クラウスナー
配給/ギャガ 10月16日(土)よりTOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネマライズほか全国順次公開
(c)Bernd Schuller
http://13minutes.gaga.ne.jp
『ミケランジェロ・プロジェクト』
製作・脚本・監督/ジョージ・クルーニー 出演/ジョージ・クルーニー、マット・デイモン、ビル・マーレイ、ジョン・グッドマン、ジャン・デュジャルダン、ボブ・バラバン、ヒュー・ボネヴィル、ケイト・ブランシェット 配給/プレシディオ 11月6日(金)より全国ロードショー
(c)2014 Twentieth Century Fox Film Corporraition,All Rights Reserved.
http://www.miche-project.com
『顔のないヒトラーたち』
監督・脚本/ジュリオ・リッチャレッリ 脚本/エリザベト・バルテル 出演/アレクサンダー・フェーリング、フリーデリーケ・ベヒト、アンドレ・シマンスキ、ゲルト・フォス 配給/アットエンタテインメント PG12 10月3日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開中
(c)2014 Claussen+Wobke+Putz Filmproduktion GmbH / naked eye filmproduction GmbH & Co.KG
http://kaononai.com