榊原郁恵と離婚危機報道の渡辺徹、妻の“身内”を不倫ナンパして万事休す!?

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『榊原郁恵 シングルコレクション』(日本コロムビア)/『GOLDEN☆BEST 渡辺徹~シングル・コレクション~』(ソニー・ミュージックダイレクト)
 タレントの榊原郁恵に、夫で俳優の渡辺徹との離婚危機が報じられている。榊原は渡辺の浮気が原因で、これまで何度も離婚を考えてきたといわれ、5月17日に渡辺の母、美江子さんが亡くなったが、故人が長く夫妻の間を取り持っていたことから、榊原がついに決断するという話だ。  発売中の「女性セブン」(小学館)によって伝えられたものだが、実はそこに書かれていない渡辺の浮気話がほかにもあり、テレビ関係者によると「女性ディレクターにまで手を出そうとしたことが、妻の耳に入っていたようだ」という。  渡辺は3年前、ロケ中に倒れて出演予定だった舞台を降板。自宅療養の末に心筋梗塞の手術を受けた。かねてから暴飲暴食を繰り返し、太りすぎで10年前から糖尿病を患っていた渡辺に代わって、海外ロケにまで出て仕事を増やしていた榊原は「私の努力で彼をやせさせてみせます」と宣言。実際に退院後は食生活を改善し、10キロの減量を成功させた。だが、身軽になった渡辺は、その翌年に、仕事中に出会った20代の女性ディレクターAさんに言い寄ったことがあったという。 「その女性はAKB48の川栄李奈に似たかわいらしい子で、恋人と破局したばかりであることをたまたま渡辺さんに漏らしたところ『僕がその代わりになろうか?』と、食事に誘ってきたと話していました。ただ、実はその子、榊原さんと付き合いの深いテレビ関係者の姪なんです。我々、部外者でも知っているぐらいなので、当然、榊原さんの耳に入ったと思われます」(同)  支えてくれる妻を裏切る行為は、これが初めてではない。渡辺は1993年、結婚わずか6年で不倫がバレて、苦しい会見を開いて世間から冷たい目で見られた。しかし、この10年ほど後にも、また不倫が発覚。開き直って夜の繁華街で飲み歩くことが増え、芸能記者たちからは「仮面夫婦」だと見られてきた。 「Aさんにちょっかいを出したナンパ未遂が事実だとするなら、その頃は渡辺さんが再び体調不良で出演予定だった番組をキャンセルするなど、仕事を減らしていた中でしたから、榊原さんからすれば“私がこんなに働いているのに”と激怒する話でしょう」(前出関係者)  榊原は3~5月に放送されたフジテレビの昼ドラ『プラチナエイジ』(東海テレビ)に主演したが、その役どころは60歳になって夫への信頼が揺らぐ熟年女性だった。自分に重ねて、夫婦関係を考え直すきっかけになったかもしれない。 (文=ハイセーヤスダ)

芸能人SNS写真は、どこまで“本物”か? フォロワー290万人モデル・izuの日常に見た「自己顕示欲」という怪物

【日刊サイゾーより】

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izu ( 出岡美咲 ) (@izu_stagram) • Instagram

 「SNS総フォロワー数、延べ290万人」との触れ込みで売り出し中のモデル・izuの日常に対し、賛否両論が飛び交っている。

 お姉ギャル系ファッション誌「LELLY」(ぶんか社)の専属モデルを務める彼女だが、最近はありとあらゆるSNSサービスを使いこなすモデル兼ユーチューバーとして売り出し中。Twitterのフォロワー数は、2日現在で約5万6,000人、Instagramは約7万5,800人と、芸能人としては決して多くはないが、ほかにもWEARやSnapeeeといった画像共有サービスなどを使用しており、どうやら全てを足すと約290万人に及ぶということのようだ。

 1日放送のバラエティ番組『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)では、そんなizuに密着。スタッフの「一番欲しいものは?」の問いに「フォロワー数!」と速答する彼女は、おしゃれな日常をSNSに投稿するために、自宅玄関を改装。1枚の写真を投稿するために「100枚くらい撮る」といい、密着中も、自宅でおしゃれな朝食を100枚以上撮ったあげく、キウイフルーツの写り方の違う2枚のうち、どちらを投稿するかで30分……

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オーランド・ブルーム、テイラー・スウィフトのせいで引越しを迫られる

2debcdbe154b19725592f4276a5.jpg  オーランド・ブルームがテイラー・スウィフトのせいで引越しをせざるを得なくなったようだ。オーランドはニューヨークにある3寝室のマンションの自宅と同じ一画にある建物のペントハウスにテイラーが引っ越してきて以来、その近辺がパパラッチで埋め尽くされるようになってしまったため、わずか半年前に購入したばかりのその自宅を手放すことにしたのだという。  ジェイ・Zやビヨンセ、ジャスティン・ティンバーレイクなども出席した誕生パーティーをはじめ、数々のスターを呼んでパーティーを頻繁に開いているテイラーとは対照的に、オーランドはプライベートをあまり明かさないことで知られており、ある関係者はメール・オン・サンデー紙に「オーランドがそのマンションを買った後にテイラーがそのペントハウスを買って、ビヨンセやジェイ・Z、ジャスティン・ティンバーレイクなどを招待してパーティーをし始めたんです。そのため建物はパパラッチを引き寄せる場所と化してしまったんです」「常に建物の外にはカメラとファンが待ち構えています。オーランドはプライベートを大事にしたいタイプなので売り払って違う場所を探すことにしたんです」と話している。

「今井雅之と献身的な黒子妻の夫婦愛」…訃報からの美談という予定調和に違和感

 大腸がんの闘病を明かしていた俳優の今井雅之(享年54)が、5月28日、亡くなった。今週発売の「女性自身」(光文社)「週刊女性」(主婦と生活社)はそろって、彼を看取った妻・Aさんの愛を称える内容の記事を掲載している。前者は【“奇跡の6カ月”を支えた献身妻の「悲しきウソ!」】、後者は【生涯役者を支えた妻の“黒子愛”】。別の週刊誌記事では、「Aさんは清楚な感じの女性で決して出しゃばらないタイプ」とも。  1998年に今井と17歳年下モデル女性との不倫が写真週刊誌でスクープされたが、離婚には発展せず。今年4月末、今井が病気を公表した記者会見では、Aさんから「浮気できるくらい元気になって」と激励されたことも明かしていた。  もちろん闘病生活に付き添い、最期を看取ったAさんが心身ともに苦労したであろうことは察するに余りある。しかし一方で、何でもかんでも夫婦愛の美談に押し込めてしまうのはどうなのか……という疑問も湧かないではない。というのも、今井さんのガールフレンドである1人の女性が、Instagramで彼との思い出を詳細に綴ったからである。 ◎ポリアモラスな関係とは?  その女性はユニセックスな魅力を持つモデルの赤坂沙世(27)。ファッション誌では「装苑」(文化出版局)「GINZA」(マガジンハウス)などで活躍しており、フォトグラファー、アートディレクターでもある。彼女はインスタ上で今井雅之への追悼の意を表した。彼女には女性の恋人がいて、その女性から今井を紹介され、3人で愛を交わすようになったという。その記述を読み、「なるほど魅力的な男性だったのだな」と思わされた。とても長い文章だが、一部を抜粋させてもらう。 「彼等は私の望むポリアモラスな関係を現実にしてくれた。彼には彼女になれとか言われたが、そんなことより、三人のこの関係が楽しかった」 「三人でセックスを終えた後になお(註:赤坂の恋人)が死んでもいいくらい幸せだと言って、その時に私はセックス以上の幸せを感じた。彼と私で二人で添い寝するのも大好きだった。私と彼の仕事柄か、緊張感や孤独、圧迫感など、似た感情を感じるようで、私達二人で抱きしめあって寝る事がそれらを解消した。彼にきついくらい抱かれて朝まで離れず寝るのは私の何かを確実にほぐしていった。そして彼は私達のポリアモラスなスタイルや活動をよく理解して応援していた」  ポリアモラス(ポリアモリー)とは、「複数恋愛」と呼ばれることもある。同時に複数の親密な関係性を築くライフスタイルのことで、現代社会で一般的とされる「1対1の恋愛・婚姻関係」(モノアモリー、モノガミー)にしてみれば、性に奔放なだけのように見えるだろう。傍から見れば彼らの関係は“乱交”であり、かつ“不倫”と認識されるかもしれない。  実際、ネット上では「奥さんの気持ちを考えたら、愛人にこんな暴露されてかわいそう」「亡くなってしまった人の事をあ~だ、こ~だ言うのも何か寂しいわよ」と赤坂に対して批判的な声が目立つ。しかし今井がそうした思想の持ち主なら、20代の頃からずっと妻であったAさんもすべて知っていたのかもしれない。そういう夫婦の形だったのだろうと理解できる。勝手に周辺の人間が「愛人はインモラルだ」「最後に大切だったのは夫婦愛だ」と批評するようなことでもない。だから彼らの関係が週刊誌上などで「不倫!」と取り沙汰されたとしても、それはそれで違和感である。  言いたいのは、「糟糠の妻」「闘病支えた献身愛」、はたまた「泥沼不倫」といった、それこそ“紋切り型”の言葉によって表現し得ない男女の関係性などいくらでもあるということだ。今井雅之が実際にどんな男性であったのかはきっと、醜聞や美談を読みたい読者にとってはどうでもいいことなのだろうし、いきなり「今井さんはポリアモラスで」と提示されても「???」と困惑するか「気持ち悪い/けしからん」と顔をしかめるかの反応が多数であるだろう。だとしても用意された 予定調和の“イメージ”に押し込めようとすること、そしてそれをさも当たり前のように受け止めてしまうことは、とても陳腐でくだらなくないだろうか?  ちなみに今井はかつてweb上で開いていた「熱血相談室」で、既婚男性と恋愛中だという女性相談者からの「不倫を上手に終わらせたい」という相談に対して、次のように回答している。 僕は“不倫”という言葉は使いません。“アナザー・ラブ(もうひとつの愛)”と呼んでるんです。好きになった相手がたまたま結婚していただけであって、愛情には変わりはないからね。ただし、そこにはルールというものがある。「おまえを好きになってしまった。だけど、ヨメはんのことを大切にしたい。絶対に家庭には影響を与えたくないんだ。それでいいなら付き合おう」というような、ね。それでいいじゃん。それでも愛は成立すると僕は思うし。 (哀辛悲々)

痴漢冤罪でホーム飛び降り自殺 青年の無念は晴れるのか? 

~【ジャーナリスト渋井哲也のひねくれ社会学】都市伝説よりも手ごわいのは、事実だと思われているニセモノの通説ではないだろうか? このシリーズでは実体験・取材に基づき、怪しげな情報に関する個人的な見解を述べる~  2009年12月11日、東西線・早稲田駅で大学職員の原田信助(はらだしんすけ)さん(当時25)がホームから飛び込み自殺した。これに対し、前日に新宿署で行われていた痴漢容疑(迷惑防止条例違反)での取り調べが違法であったとして、遺族の母親、尚美さんが東京都を相手取り、損害賠償を求めている裁判が現在行われている。そして去る3月9日、ようやく事件のカギを握る人物たちの証人尋問が行われた。信助さんを取り調べた新宿駅西口交番の警察官2人、現場から報告を受けた新宿署地域課の警部補、信助さんの死後に設置された特命捜査本部の責任者の4人だ。果たして警察は責任をもって誠心誠意、真実を明らかにするのだろうか――。裁判のゆくえに注目したい。 ■新宿署痴漢冤罪憤死事件概要
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画像は、原田信助さんの国賠を支援する会より
 信助さんは前日の12月10日午後11時前後、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から転職した私立大学の歓迎会から帰る途中、駅の階段で男女数人の大学生グループとすれ違った際に、「お腹をさわられた!」と叫ばれ、2人の男性から暴力を振るわれ、揉み合いになった。このとき、信助さんは身の危険を感じて110番通報している。警察は現場に到着すると信助さんに「暴行の被害者として調書を取る」と説明し、新宿西口交番へ向かせ、その後、新宿署に向かわせた。  しかし、新宿署で待っていたのは、痴漢の容疑者としての待遇だった。女性が厚手のセーターの上からお腹をさわられたとして、迷惑行為、つまり痴漢行為があったと訴えていたのだ。暴行を受けたうえに、痴漢容疑で聴取を受けた信助さんのショックはうかがい知れない。ちなみに、西口交番から新宿署に連行される際、「とりあえず警察署に来ていただけませんか?」などと言われているだけで、痴漢容疑については告げられていない。突然、疑いをかけられたのだ。新宿署での事情聴取に対し、信助さんは痴漢行為については否認し続けた。これらの一連のやりとりは信助さんのICレコーダーで録音されていた――。 ■警察の矛盾  信助さんの死後1カ月後、尚美さん(母)は、新宿署に行き、副署長に説明を求めた。その際副署長は「息子さんを(痴漢の)犯人と特定するにはいたらなかった」「午前4時ごろまでには(痴漢は人違いであることが)わかった」と説明。それを示す証拠も「110番情報メモ」に残っている。
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画像は、110番情報メモ
 そこには、信助さんの携帯電話から「12月10日23時27分」に通報を受理し、「事案名」は「けんか・口論」「新宿st 当 客 原田 男 駅員に囲まれている 以下応答なし うしろで 駅員の声 口論『名札を取った』 一断 再信 × Rc-OK」と記され、連行後の結果については「痴漢容疑で本署同行としたが、痴漢の事実がなく相互暴行として後日地域課呼び出しとした」「現認した被疑者の服装と(信助さんの)服装が別であることが判明」とある。まさしく、情報メモを書いた時点で、被害女性が証言していた服装と、信助さんの服装が違うことから「人違い」だと判明していたということだ。副署長が尚美さんに説明した内容と一致している。しかも、被害者女性も「人違い」と判明したことで「被害届を出さないという上申書」を提出していたのだった。  ただし、信助さんのICレコーダーの録音を聞く限り、信助さんには「人違い」だったことを告げていない。痴漢容疑についての結果は何も告げられずに釈放されていたのだ。信助さんは「相互暴行」の当事者として、もう一度新宿署に出向くことを約束はしていたが、痴漢行為の犯人だと扱われたと思い込んだまま帰宅したことになる。この日の顛末を知らない信助さんは思い悩み、そのためか、翌日、東西線・早稲田駅で線路に飛び込んでしまう。 ■証人尋問内容  この流れについて、新宿駅西口交番の警察官(当時)は、3月9日の証人尋問で以下のように証言している。 被告代理人 新宿署に電話したら? 警察官 「痴漢か喧嘩かわからない」と言うと、「こっちで確認する。電話を待つように」と指示があった。 被告代理人 その後、電話は? 警察官 「もう少し詳しく聞くように」と言われた。 被告代理人 再度、当事者から聞いた? 警察官 食い違いはなくならないので、係長に電話した。「やはりわからない」と言うと、係長は「こっちで確認する」「本署に同行を」と。  つまり、信助さんを新宿署に連行した理由の中には、信助さんに告げた「相互暴行の当事者」に加え、はじめから「痴漢容疑」もあったということだ。もちろん、容疑を告げずに連行するのは違法捜査だ。信助さんは相互暴行の当事者として捜査協力をするつもりだったのに、いきなり、痴漢容疑が加わった。心理的にパニックになっても仕方がない状況だ。 ■特命捜査本部  信助さんが亡くなったことを警察官たちが知ったのは翌日だった。そこで、事件をもう一度捜査するために設けられたのが「特命捜査本部」だ。詳しくはコチラの記事を参照してほしい。  信助さんの死後、特命捜査本部は、被害女性らとともに新宿駅構内で実況見分を行った。そして、その証言だけをもとに信助さんを書類送検。検察庁は「被疑者死亡の理由」で不起訴として処理したのだ。  尚美さんは、“新宿署は容疑を告げない違法捜査で連行し、それに対する指摘を防ぐために特命捜査本部を設置して、早々に処理した…”そう考えている。  特命捜査本部の責任者は、刑事課の課長代理(当時)だった人物だ。証人尋問で次のように証言している。 原告代理人 12日に母親が新宿署に電話をした。新宿署が母親に説明したのは? 課長代理 細かくは知らない。電話があったことは知っている。 原告代理人 13日に副署長が母親に電話をしているのは知っているか? 課長代理 うーん。 原告代理人 ご存じない? 課長代理 はい。 原告代理人 このとき、痴漢事件について、副署長がどう説明したのか知らない? 課長代理 はい。 原告代理人 (JRから提出を受けた)防犯ビデオの画像を刑事課では見ていない? 課長代理 見ていない。 原告代理人 目撃者探しは? 課長代理 個別には当たっていない。 原告代理人 防犯ビデオを解析すればわかりますが、痴漢したかどうかはわからないですよね? 課長代理 はい。 原告代理人 関係者の中で、痴漢されたと言っているのは被害女性だけ? 課長代理 はい。 原告代理人 ほかの人は目撃していない? 課長代理 はい。 原告代理人 痴漢している場面ははっきり映っている? お腹をもんだ、という場面ですが。 課長代理 映っていません。 裁判官 痴漢を目撃している人はいた? 課長代理 判断できない。いるかもしれない。 原告代理人 翌年(10年)1月11日、原告(尚美さん)が副署長を訪ねたとき、副署長は「やったのか、やっていないのか。痴漢と特定できないと認定した」と言っている。でも、このとき特命捜査本部は動いている? 課長代理 はい。 原告代理人 結論が出ている言い回しになっている。このときはこういう結果が出ていた? 課長代理 この時点では私はわかりません。 原告代理人 副署長が原告にどう説明するのかの相談を受けていたのか? 課長代理人 記憶にない。この時点では痴漢と断定してない。捜査している途中だった。なぜ、副署長がそう説明したのかわからない。  特命捜査本部が設置されなければ、この痴漢容疑は再捜査されなかった。信助さんが亡くなったから、当日の警察官の捜査についてもう一度確認しなければならなかったのだ。  ただ、ビデオでも痴漢行為を確認できず、目撃者探しもせず、被害女性の証言と実況見分だけで書類送検したことになる。仮に、本当に女性が信助さんによって痴漢の被害に遭っていたとしても、証拠がひとつもないのに、被害女性の証言だけで書類送検していいのだろうか?  原告側は当時の新宿署長の証人尋問を要求しているが、被告側がそれになかなか同意しないため、実現してない。  そして5月20日、進行協議が行われた。もともと原告側が証人申請していた新宿署長と原告のほか、副署長と生活安全課長(いずれも当時)も証人申請に加えた。信助さんの死後、原告が新宿署に出向いた際に、なぜ、特命捜査本部が事件を捜査している中で副署長は「痴漢を特定できないと認定した」と説明したのか。そのとき、生活安全課長も同席していることから、この2人を新たに証人として尋問したいと考えている。  警察の誠意が試される日が近い――。 (文=渋井哲也)

ベッド・インが明かす、キャラクターを演じ切る覚悟「ちゃんと芯があれば、もっと自由でいい」

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【リアルサウンドより】  地下セクシーアイドルユニットのベッド・インが、6月3日に2ndシングル『♂×♀×ポーカーゲーム/消えちゃうパープルバタフライ』をリリースする。益子寺かおり(妖精達)と中尊寺まい(例のK)が“日本に再びバブルを起こす”ために結成した同ユニットは、主にライブハウスを主戦場とし、徐々にその過激なパフォーマンスと独特のコンセプトで人気を拡大している。今回の作品には、制作に日本のトップサウンドクリエーター集団「アゲハスプリングス」が全面監修で参加。バブル時代のヒット曲をイメージした、「踊れる歌謡ロック」を見事に完成させている。今回リアルサウンドでは、メンバー2人にインタビューを行い、結成のいきさつや彼女たちのロック観、キャラクターを演じ切る覚悟について語ってもらった。

「自分たちが面白いと思うものを、面白がってもらえることが一番大事」(中尊寺)

――2人はそれぞれ「例のK」と「妖精達」という2つのバンドのメンバーとして出会ったんですよね。 益子寺かおり(以下:益子寺):私は「妖精達」という、女5人の情念系の歌謡ロックバンドで10年以上ボーカルをやっているのですが、バンドがライブ活動を本格化した2010年頃にライブハウスで対バンするキッカケで、相方のまいと出会ったんです。 中尊寺まい(以下:中尊寺):正確には「例のK」ではなく、その前にジャパニーズ・ハードコアバンドのギターボーカルをやっていて、その時に出会ったんです。ややこしいので「例のK」って言ってますが(笑)。「例のK」では、反逆のハード歌謡みたいなものをやっていたんです。「ブラック・サバス」と演歌を足したような皮肉にキャッチーなロックを。 益子寺:当時のまいは、マイクをストラップにガムテープでくっ付けて、ギターを激しく弾き倒しながら歌うという斬新なスタイルで。彼女のプレイを見て「あのお嬢ちゃん、ただ者じゃないワ…HOTなパッションをビンビン物語に感じるわね…」と(笑)。その後、終演後のバーカウンターで「バブル顔って言われない?」という話で意気投合して……。 中尊寺:そこからはもう一人のバンド仲間を含めて“バブル顔3強”と称して頻繁に飲んでました。それが1~2年続いたころに、知人の誕生日企画に呼ばれて、SHOW-YAさんのコピーバンドをすることになり、今の形態に近いライブをしたんです。そうしたらみんな「うちの誕生日にも!」「うちの企画にも!」ってやまだかつてない程の欲しがる声をいただいて!(笑)。 ――たった一度限りの企画ユニットで終わるはずだったベッド・インを、本格的に始動させたきっかけとは。 益子寺:ライブが予想以上に好評だったこともありますし、飲んでいる時にふと「死ぬまでに写真集を作ってみたくない!?」という話題になって。C.C.ガールズさん、ギリギリガールズさんなど、バブル時代に一世を風靡した「セクシーアイドル」のようなイキフンで作りたいねって大盛り上がり。当時の写真集を参考に、自分たちでロケ地や衣装、構成やデザインのイメージを考えて、バンド仲間たちにも協力してもらい“真剣なお遊び”を一つの形にした、というか…。老後、孫に自慢できるような作品を作ろう!と、自腹を切って1年かけて作りました(笑)。 中尊寺:昔から当時の写真集を集めていることもあって紙媒体で背表紙のあるものに憧れがあったんです。で、そんななか、ライブのお誘いも多数いただくようになってきたので、「じゃあ、音源作らなきゃ」と打ち合わせをしました。活動するのに何が足りないかっていうのを、ちょっとずつ、後から足していったという感じですかね。 益子寺:ただ、写真集を最初に作ろうって思ったのも、ある程度お互いの考えが一致したからで。今って清純なロリロリアイドルが蔓延していて、やたら処女性が崇拝される世の中じゃないですか。ロンモチで彼女たちに全く罪はないのですが、流行に便乗する形で、みんなお揃いでロリロリ路線に興味と下半身のベクトルを向けちゃうのは不思議な話よねぇ~と。もともと、こういう便乗型の流行の風潮に対してアンチテーゼを掲げて活動してきた2人だったので「ロリっ娘もEけど、ケバっ娘もモアベターだよ?」って気概でケンカの安売りをおっ始めた感じです。 中尊寺:それと、やっぱり女の子がバンドやっているっていうだけで、嫌な言い方をすると、舐められることが多かったんですよね。私は着ている服装や見た目だけで「スタッフはそこでやって」とか「どこのメンバーの彼女?」というふうに言われたりしましたし、だからこそ前のバンドでは、出来る限り露出をしないようにしていました。女であることに甘えず、逃げないパフォーマンスや技術がないといけないんだと。そういう鬱屈とした感情を持ちながら、一方で「じゃあ、自分の中にある女という性を全面に出したらどうなるんだろう」ということも考えていて、その反動がこういう形になって表れたのかもしれません。 ――鬱屈した感情が溜まっていたぶん、その反動がかなり大きかったということですね。 中尊寺:「じゃあ、もうとことんやってやろう」という気持ちになりました。 益子寺:確かに、その“なめ猫精神”は、お互い持ち合わせていたものなのかも。私も「妖精達」は女5人のバンドだから、似た葛藤が過去にあって。「ガールズバンド」というだけで、音楽ではなくルックスのみで判断されるという風潮に遭遇したり。そういったある種の男尊女卑には疑問を感じていたし、だからこそ舐められないように「楽曲、演奏力など音楽に対してはとことん真摯に、パフォーマンスは男勝りに」という所は常に意識してきました。しっかり勝負の土台を作った上で、女の官能的な要素も取り入れるっていう。 中尊寺:そういう気持ちがないと、この歳になるまでに女の子ってバンド辞めちゃうんですよね。学校を卒業して、就職を機に辞めちゃうとか、結婚とか妊娠とかでどんどん辞めていっちゃう。 益子寺:DA~YO~NE~♪ あ、でも男の人はDAISUKI!なんですよ。 中尊寺:そうそう、そこは誤解しないで欲しいんですけど、処女信仰的なものに疑問があるだけですし、やりたいことに関してはナメられたくないというだけなんです。 益子寺:そこは2人とも共通してずっと持ってる部分ですね。周りから「吹っ切れたパフォーマンスをしている」と言って頂けるコトがあるのは、そういう気持ちでずっとやってきたからで、意識してというよりも自然に滲み出ちゃう部分なんだと思います。 ――なるほど。2人のこのトリッキーなパフォーマンスも、実はロック精神のある音楽性がしっかり根底にあるから出来ることなのだと感じました。 中尊寺:きゃ~の! そう言っていただけるとマンモスうれPです♪ 要は自分たちが面白いと思っているものを、面白がってもらえることが一番大事マンっていうか。喜んでいただけたら私たちの下半身のポケベルもリンリンに鳴っちゃいますね(はぁと) 益子寺:ホント、ナニからナニまでGスポットを探すみたいにE気持ちになれるコトを追及して、自分たちの意思で好き勝手にヤッちゃってますからね(笑)。そういう姿を見た性徒諸クン(=ファン)から「ベッド・インを見ると何だか元気が出る!」「悩みがどうでもよくなった(笑)」とか「もっと自由に生きていいんだって思った」と言って頂けることもあって。 中尊寺:ちゃんと芯があれば、もっと自由でいいんじゃないかと思いますね。その熱量がバブル時代の面白いところだとも思っているので。 益子寺:それこそ、例えばテレビ番組とかも当時と違って、どんどん規制が掛かる今の世の中…チンカチンカにおカタイよね~。だって真昼間から「スーパーJOCKEY」とか放送してたんですよ!?「もっとみんな、自由にケーハクに生きちゃえばいいのに♪」って思いますネ!女にも性欲あるし。 中尊寺:100%So! かもね! 一人でも二人でも三人でもにこにこにゃんにゃんヤッてみちゃえばいいと思います!!! ――でもそれをシリアスにすると社会活動になるのを、敢えてユーモアでもって提示していると。現場には若いファンの方も多いですよね。影響を受けてバブル風の出で立ちで来る20代女性を何度か見かけました。 中尊寺:「よくわかんないけど、ギラギラしていて面白い」って言われました。あと「ナニ言ってるかわかんないけどウケる」とか(笑)ちょっとゆるキャラ的なところがあるのかも知れないですね…ま、ウチらは締めすぎちゃう締めキャラなんですけど(笑)。それに、「こんなボディラインが出た服とか着たことない~!」って言いながらライブにボディコンを着てきてくれると、一歩踏み込んでくれたと感じて嬉しくなりますね。 ――それこそ、まいさんのように、世の中でグッと抑圧されている子たちにとって跳ね返りの場になるのかもしれませんね。 益子寺:そうですね。もっと自分を解放してE気持ちになりまショ?ベッド・インのおギグに、目を閉じておいでよ…♪
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「これぞ「ボディコン・ロック」だと(笑)」(益子寺)

――トリッキーな見た目とは裏腹に、楽曲はムーディーな歌謡曲とディスコサウンドが組み合わさったクオリティの高いものですが、2人の音楽的な原点はどこにありますか? 中尊寺:私はもともと昭和歌謡が好きで、高校生くらいからすごく聴いています。わかりやすいところで(山口)百恵ちゃんとか、(工藤)静香とか、(中森)明菜ちゃんだとか、本田美奈子さんとか、畑中葉子さん…あとは阿木燿子さんの詩の世界観や宇崎竜童さんの歌謡曲でもしっかりリフのあるロック観だったりが好きで。「バブル顔だね!」って言われるようになった大学生頃からは、意識的にそこから一歩踏み入れたものまで聴くようになって、セクシーアイドルまで幅広く聴くようになりました。特に安全地帯やバービーボーイズには影響を受けて。当時から切なくてキャッチーなものが好きなのかも知れません。 ――先ほどバンド時代の音楽を「ブラック・サバス」的なものと言っていましたが、そのあたりはどこから影響を受けたのでしょう。 中尊寺:難しいですけど、初期のXかな…いや、一番最初は筋肉少女帯ですかね…そこから人間椅子や有頂天、ザ・スターリン、頭脳警察、あぶらだこなど掘り下げる形で日本のパンクを聴きました。あとは、三上寛、友川かずき、山崎ハコと佐井好子。「例のK」の前身バンド「中学生棺桶」にもかなり影響を受けました。昭和歌謡は母親の影響があると思うんですけど、すごく響くし覚えやすい。やっぱり日本人なので、日本語じゃないとグッと来ないというか…昭和歌謡は人生のなかでずっと聴き続けるんだろうなと思います。 益子寺:私が音楽に目覚めたのは、幼少期に親の影響で聴いた松任谷由実さんがきっかけだったと思います。色んな作品を聴いてましたが、小学生の頃、特に「この世界観、たまらない!」と衝撃を受けて狂ったように繰り返し聴いた記憶があるのは「真夏の世の夢」でしたね。あの官能的で妖艶な雰囲気。あとはシャカタクがお気に入りで踊っている映像が残ってたり…(笑)なのでおチビちゃんの頃からアーバンな雰囲気は好きだったのかなと。  歌うことも好きだったんですけど、実は小学生の時に音痴コンプレックスを持ってしまい、人前で歌うことが極端に怖くなってしまって。それでも音楽は好きだったので、高校生の時にギター担当でバンドを組みました。で、途中で「デス声なら音程関係ないから、人前でも歌える!」ということに気付き(笑)。PANTERAやTHE MAD CAPSULE MARKETS、YELLOW MACHINEGUN、S.O.D.とかをコピーして、メタル、ハードコアにどっぷりでしたね。そこから、今でも好きなTOOL、Meshuggah、Opethとかプログレ要素の強い音楽も聴いたり。一方、カラオケでは山口百恵さん、中森明菜さん、大黒摩季さんなど女性の歌謡曲・J-POPを密かに練習して。大学で環境が変わったタイミングで「妖精達」のメンバーと出会ってバンドを組み、人前で歌う決心がついて今に至りますね。 ――プレイヤー・パフォーマーとして影響を受けた方もいるのでしょうか。 中尊寺:ザ・ランナウェイズのリタ・フォードは、体型的に似ているので意識してます(笑)。あと、人間椅子の和嶋慎治さんを見てSGを買いました。学生時代からライブ活動をしているので周りのハードコアなおじ様やお姐さま方には無意識に影響受けていると思います。 益子寺:音楽じゃないんですけど、私、プロレスが本当に好きで。ライブやパフォーマンスのスタイルに関しては、プロレスに出会わなければ今の自分の姿は存在しないというくらい、プロレスから与えられた影響は大きいです。例えばヒールの選手って、入場からマイクパフォーマンス、試合のスタイル、人によっては試合以外の場でもヒールをやり切るじゃないですか。 ――エンターテインメントを演じきる、という感じですか? 益子寺:そうですね。入場の演出から、アングル、ブックに至っても、パフォーマンスのヒントがたくさん転がっていて。試合を観戦したり昔のVHSを集めたり。あとは、プロレスラーの皆さんが体を張ってリングに立っていらっしゃる姿や生き様にもロマンと刹那的なものを感じ、純粋にかっこよくて憧れているんです。私もステージに立つ時は死ぬ気で挑むぞ!って、いつも刺激と闘魂を頂いてます。 ――話を聞いていると、2人とも昭和歌謡っぽい歌詞を意識している部分もあるのかなと思いました。新曲はそれぞれが1曲ずつ作詞を手掛けていますが、「♂×♀×ポーカーゲーム」はかおりさんが担当していますね。どういう詞を意識して書きましたか。 益子寺:曲を最初に聞いたときに、強くてタカビーだけど、どこか憂いを帯びているようなナオン像のイメージが浮かんで。火遊びとして誘惑した相手を転がしているつもりが、いつの間にか自分がのめり込んでいた…という葛藤を描きました。踊れる曲ということもあり舞台はディスコのダンスホール。その駆け引きを80~90年代ならではのカタカナ英語を多用して描こうと思い、言葉を選びました。サビの「女体標識~イルミネーション~」や「イミテーション」から、あまり意味のない「Burning,Shake do it 」みたいなものまで(笑)。 中尊寺:私、この歌詞を最初に見て「絶対売れる!」って爆笑しました(笑) 益子寺:ストーリー性や心情を描きつつ、遊び心も取り入れて。「妖精達」のときは女の情念的な部分を、しっかり自分の内側にある感情・言葉を引き出して綴っているんですが、今回のベッド・インの曲ではひたすら歌いながら書きました。突然<スペードのキングは貴方~♪>なんて歌い出してはメモってを繰り返しました(笑)。 ――普段から歌に乗せて書いていくのでしょうか? 益子寺:いえ、普段はもともと書き溜めておいた歌詞や散文を曲に合わせて選んで、膨らませていくんですが、この曲は言葉の聞こえや語呂などを重視して考えたほうがいいなと思ったので、カラオケにこもって歌いながら考えていました。とにかく、聴いてくれた人が歌って踊れるように、わかりやすくキャッチーな感じにしたかったんです。 ――<大磯シーサイド>みたいにワンワードでバブル感が出るものもありますね(笑)。一方、まいさんが作詞を担当した「消えちゃうパープルバタフライ」は、少しアーバンで、大人しめなダンストラックです。 中尊寺:最初に聴いたときは、WinkやBabeや長山洋子さんのような“洋楽を日本風にリメイクしている雰囲気”を感じたんです。ずっとビートは鳴り続けていて、踊れるけど切ない感じですよね。私の一番好きな感情であるその「せつなさ」をわかりやすく出せたらと自分の実体験である不倫話をベースにしました。昭和歌謡といえば、叶わぬ恋!届かぬ想い!一度書いてみたかったんです、そういうの(笑)。 ――「♂×♀×ポーカーゲーム」と比べて、湿っぽい歌詞なのはそういう理由なんですね。 中尊寺:湿ってるのは歌詞だけじゃないんですけどね…セキメ~ン///あと、タイトルの「バタフライ」は、百恵ちゃんが「愛の嵐」という曲を夜ヒットで歌った時、首元に紫色のバタフライのタトゥーを入れていて、それが元ネタです。彼女はそれを隠しながら歌うんですけど、それってキスマークの暗喩で、ジェラシーを表現しているように見えたので“熱っぽい気持ちと冷静な気持ちをどっちも持っている女の人”という歌詞の登場人物と共通する部分があるなと。それから、紫色って赤と青を混ぜた色じゃないですか、ふたつの気持ちが入り混じっているという意味でも「パープル」という単語は入れたかったんです。でも、あまり昭和歌謡により過ぎないように、時代背景とかも気にしつつ<テレホンカード>や<レンタルビデオ>というフレーズも盛り込んでいます。 ――あとは、今回アゲハスプリングスの監修が入ったことで、2人の持っているロックテイストは残しつつ、かなりパキッとした音質になりました。実際に曲を受け取った時にどう感じましたか。 中尊寺:今までは自分たちや自分たちのバンド周りのメンバーと曲を作っていたので、こういったダンス・サウンドはなかなか生まれず……。 益子寺:今回の2曲がダンスナンバーになったのは、そういう理由もあって。ベッド・インは80年末~90年初頭やバブルをテーマにしているので、ユーロビートやディスコっぽい、お立ち台でジュリ扇を振れるような曲も作りたかったんですけど、自分たちはバンド畑でずっと育ってきたから、どうしてもバンドサウンドになっちゃう。アナログ人間だから打ち込みとかもわからない(笑)。なので、そういう曲を作るには、“マル金パパたち”の手をお借りしないと難しいなと思っていました。最初こそ多少の不安はありましたが、実際に曲を聴いたときに、バンド・サウンドと歌謡曲、ダンスビートがすごくきれいに融合されているものだと感じたので、これぞ「ボディコン・ロック」だと(笑)。 中尊寺:自分たちもやっぱり、ちょっとでもロック・サウンドがないと落ち着かないというか、気持ちが追いつかないところがあるんですけど、これはすごくうまくハマりました。 ――「ボディコン・ロック」。いいですね。2人の真骨頂であるライブでは、ロック調の楽曲がメインになってくると思うのですが、そこでどのように今回の2曲を機能させたいですか? 益子寺:今回はナニより「♂×♀×ポーカーゲーム」で相方のまいがギターを弾いているのが大きな違いなので、ようやくウチらのロック姐ちゃんの本領発揮!って感じでドヤ顔できる感じですネ。2曲とも色が違いますし、さらにバンド形式とユニット形式ではステージングも全然ちがった形になると思うので、違いを楽しんで貰えたらマンモスうれPです♪ ダンスの振付けは今回、二丁ハロのミキティ本物さんにお願いしたのですが、相当面白いダンスになっているので期待してて下さい…!

ベンツよりもBMWよりも「ハケ水車」に乗りたい(中尊寺)

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――今後の楽曲については、どういった方向に舵を切っていきたいですか。 益子寺:ロックテイストは残しておきたいですが、常に遊び心も大事にしたいので、それこそEAST END×YURIみたいな、ラップ調の曲なんかもやってみたいですね。 中尊寺:「てん・ぱい・ぽん・ちん体操」みたいなのも良いかもしれないですね!ちびっこの性の目覚めになりたいですし(笑)面白そうなことは全部やりたいんですけど、でも、根がロックなのでそこは大切にしたいです。それが無くなると、ただの面白おばさんになっちゃう! ゲロゲロ~!(笑)。 ――今作に付属している特典のDVDは、過激なイメージ映像が盛り込まれていますが、活動の原点である写真集やこの動画のようなヴィジュアル面ではどのように展開していくつもりでしょう。 中尊寺:あの映像に関しては、ふーみん(細川ふみえ)さんや杉本彩さんのVHSを参考にしています。ボサノバが後ろで流れていて、椅子に座ってくねくねしたり、海辺走ったり(笑)。 益子寺:写真集の次の夢としてリゾート地でイメージ映像という目標があったんですけど、それをまさかこんなに早く叶えられるなんて…下半身がハートカクテル状態…! 中尊寺:とにかく、ぶっとびぃ~! な内容ですので。18禁にならないのが不思議な位。 益子寺:ロンモチで音楽が一番大事MANだからそれは軸としてありつつ、写真集や今回のイメージ映像のようなちょっぴり刺激がツイキ~なスタイルも含め、色んな形でアウトプットし続けたいですね。自分たちがカッコ良くて面白いと思うコトは何でもヤリたいですね。夢がMORI MORIで、まいっちんぐ! ――ちょっとその夢、教えてもらってもいいですか。 益子寺:この前も、まさか叶うとは思ってなかったんですけど、映画の主演(『101回目のベッド・イン』)をさせていただいて。何にでもチャレンジしたいという精神はお互いにありつつも、自分で自分を殺してまで無理して何かをやるとか、自分のポリシーに反することはしないようにしたいなと。じゃないと、今までの主張が全部嘘っぱちになっちゃうので。 ――欲しがりだけど、それはあくまで自分たちの枠内で、ということですね。ほかにはどんな夢がありますか。 中尊寺:私はトレンディ・ドラマが大好きなので、自分の脚本で撮ってみたいです、というより実際いま書き溜めていて使いどころがないっていう…それを実現させて、2人が主演のドラマを撮りたい。あと結成時から言い続けてるんですけどベンツよりもBMWよりも「ハケ水車」に乗りたいです!!(笑)。 益子寺:この前、簡易的なものには乗れたんですけど、もうちょっと大きめのやつにね(笑)。あとは、深夜枠でラジオ番組を持てたらマンモスうれPで~す♪ マル金パパからのモーション、おマンちしてま~す! ――ピッタリだと思います(笑)。 (取材・文=中村拓海)
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ベッド・イン『♂×♀×ポーカーゲーム/消えちゃうパープルバタフライ』

■リリース情報 『♂×♀×ポーカーゲーム/消えちゃうパープルバタフライ』 発売:6月3日(水) 価格:1500円(税抜) <CD収録内容> M1.♂×♀×ポーカーゲーム M2.消えちゃうパープルバタフライ M3.♂×♀×ポーカーゲーム(カラオケ) M4.消えちゃうパープルバタフライ(カラオケ) <DVD収録内容> ・本人たちのインタビュー映像 ・楽しそうなイメージ映像 ・ライブ映像 「ワケありDANCEたてついて」 「POISON~プワゾン~」

『24時間テレビ』チャリティランナー、DAIGOを選んだスタッフの打算と舞台裏

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『24時間テレビ 愛は地球を救う』公式サイトより

今年の『24時間テレビ38 愛は地球を救う』(日本テレビ)のチャリティランナーに、タレントでロックミュージシャンのDAIGOが選ばれた。5月19日、レギュラー出演している『幸せ!ボンビーガール』(同)でMCのTOKIO・山口達也から突然ランナーに指名されたDAIGO。1週間後の5月26日、同番組の生放送内で「HM(走ります)」と独特の略語で“受諾”し、正式に決定した。

DAIGOが走り始める8月22日は、奇しくも現在交際中の女優・北川景子の29回目の誕生日であると各紙で報じられた。さらに、一部報道では翌23日、最後のゴール地点である日本武道館に北川が待ち受けており、そこでDAIGOがプロポーズをするのではないかという推測も流れた。

ヌード写真集も頓挫……清原和博が“昇り龍の入れ墨”を「消したくても消せない」裏事情

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 入れ墨を消したくても消せない……元プロ野球選手の“番長”清原和博が全身に入れている入れ墨について、知人が除去をアドバイスしたところ「それは難しい」との返答があったという。 「本人は理由をハッキリ語らなかったんですが、ほかで聞いたところでは、背を向けられない人に彫ってもらったので、今さら除去することができないそうです」  清原は昨年12月、米大リーグで活躍した“大魔神”佐々木主浩の野球殿堂入りを祝う祝賀会に出席。このとき、佐々木が周囲の目を気にせず「入れ墨を全部消して出直せよ」と清原に言い放ったと伝えられるが、知人によると「清原さんと親しいテレビプロデューサーも同じ助言をしたと聞く」という。  入れ墨が問題であることは、周知の事実だ。清原は2008年の引退直後、右のふくらはぎ全体を覆うような龍の入れ墨を入れた。その後、左胸から背中にかけて巨大な昇り龍の入れ墨を追加しているが、これが清原の露出が減った一因でもあった。  引退後、所属していたオリックスが清原のヌード写真集を企画していたことがあった。08年8月18日、清原は西武ドームでの試合後に「現役選手として最後の誕生日を、ここで迎えられてうれしかった」と、事実上の引退発表をした。この4日後、オリックスは営業会議で“清原引退プロジェクト”と称したチームを発足させ、清原の引退記念グッズ製作を開始。その中に「ヌード写真集」のプランもあった。格闘家を指導するトレーナーを付けてトレーニングしていた清原の“現役最後の筋肉美”を、DVDと連動して披露させるというものだった。 「しかし、これがまさかの入れ墨で吹っ飛んでしまった」と話すのは当時の関係者。 「球団の“便乗ビジネス”ではありましたが、写真集を計画した担当者は、長く清原の広報にも尽力してきた人で、引退する清原に大きな印税が入るようにと考えたものでもあったんです。その話を清原本人の耳にも入れていたのに、入れ墨を入れてしまって話はパー。『清原とは口を利きたくない』というほど怒っていました」(同)  これはテレビ関係者も同じで、過去の番組出演では盛り上がった腕の筋肉が画面で映えるため、タンクトップなど薄着のケースが多かった。しかし、ふくらはぎと併せて左肩にも龍の一部がのぞくため、軽装での出演はすべてNGとなってしまった。  この入れ墨がさまざまな障壁を生んでいることが元夫人の亜希さんの耳にも入り、彼女が野球関係者に「入れ墨を消させるので、球界で仕事をさせてほしい」と嘆願した話まであった。これはその後の薬物報道の前の話であり、「入れ墨を入れた人物が、暴力団と付き合いのある関係者だというウワサもあって、入れ墨は彼の人生を台なしにした大きなきっかけだった」と関係者。  頑なに入れ墨の除去を拒んだ清原の周囲からは次々に人が消え、最愛の妻だった亜希さんとも離婚。仕事は激減し、地方パチンコ店の営業に出るほどの苦境に陥った。ここまでの事態に陥っても入れ墨の除去に応じないというのであれば、本人がそうしたくてもできないなんらかの事情があるのかもしれない。 (文=ジャーナリスト・片岡亮)