女優の二階堂ふみが、10日放送のバラエティ番組『TOKIOカケル』(フジテレビ系)で、高校時代の極貧生活を明かした。 高校進学を機に15歳で故郷の沖縄から単身上京したものの、「高校生で上京して一人暮らしを始めたときに、お金がなくてお米が買えなくなって、イモを大量に買って食べたりしてたんです」と、同番組で当時の貧乏生活を告白。また、「友達が家に遊びに来るとき、入場料として米を2合持ってこさせていた」とも。 こうした二階堂の発言に対して、MCのTOKIOのメンバーは「たくましいなー」と絶賛。だが、ネットユーザーらからは、この極貧体験に疑問の声が上がっている。 ネット掲示板などには、「かわいい子だが、ウソはいかんな。沖縄の紅芋ならまだしも、東京は芋のほうがはるかに高い」「なんかすっげー嘘臭い。米のほうが安いぞ」「頭の中で極貧生活ってこういうもんだと想像して言ったんだろ」「食わせてくれるおじちゃんとかいただろ」「慶應義塾大学の学費や試験の金は誰が出したんだ?」といった書き込みが相次いでいる。 「上京するまでは沖縄と東京を行き来しつつ仕事をこなしていた二階堂ですが、ローティーン向けファッション雑誌『ニコラ』(新潮社)の専属モデルを務めるなど売れっ子だっただけに、上京した途端いきなり極貧生活というのは、ちょっと考えづらい。すでに、テレビドラマや映画に数多く出演していましたからね。仮に給料は安かったにしても、食費や住居費は事務所持ちだったはずですし。いくらなんでも、地方から上京してきた未成年の高校1年生に、所属事務所が極貧生活を強いるはずがない。ましてや、彼女の所属事務所は大手のソニー・ミュージックアーティスツですからね」(芸能ライター) 2012年に主演した『ヒミズ』ではヴェネツィア国際映画祭で最優秀新人賞に当たるマルチェロ・マストロヤンニ賞を獲得し、その後も精力的に映画・ドラマの仕事をこなしている二階堂。いま日本で最も将来を嘱望されている本格女優だけに、所属事務所には扱いを誤ってほしくないところだ。『月刊 二階堂ふみ』(朝日出版社)
日別アーカイブ: 2014年12月13日
矢口真里がバイブ片手に「あ、すごい……」、『めちゃユル』“エロ発言連発”で復帰後の路線確定か
YouTubeより
10日に配信されたインターネット番組『めちゃ×2ユルんでるッ!』(フジテレビオンデマンド)でバラエティ復帰した矢口真里に、視聴者から「エロい」というコメントが殺到した。
同番組では、矢口が10月に出演した『情報ライブ ミヤネ屋』(日本テレビ系)風のトークを展開。『めちゃイケ』(フジテレビ系)レギュラー陣のほか、浮気エピソードを持つ芸能人など総勢12名の司会者が次々と登場し、矢口とトークを繰り広げた。
最初のホスト役として登場した加藤浩次は、休業中にぜいたくをしていたという矢口に対し、「(浮気を)反省してない……
巨匠・大野雄二が語る、日本のポップスの発展と成熟「ジャズの影響力は、実はものすごく大きい」

Yuji Ohno & Lupintic Fiveのメンバー。
「『擬似』なんだけど『ライブっぽいでしょ?』っていうのが大事」
――Yuji Ohno & Lupintic Fiveの最新作『UP↑』は、ライブ仕立ての非常に楽しい作品に仕上がっています。 大野:Yuji Ohno & Lupintic Five with Friendsという名義でもアルバムを出しているので、わかりにくいかもしれないけど、Yuji Ohno & Lupintic Fiveの6人だけで演奏するアルバムとしては5作目なんです。それで、1作目が『New Flight』。ものすごく当たり前のタイトルです(笑)。2作目が『What's Going On』。3作目が『Feelin' Good』。4作目が『Let's Dance』。だからそのまま行くともう『UP↑』しかないという感じでした。 ――どんどん高まってますね(笑)。アナウンサーの土井敏之さんがMCで演奏を盛り上げていますが、彼は前作に続いての登場ですね。 大野:土井さんは前作で『A.T.M.』という曲で1曲やってもらって、一種の和製ラップのような雰囲気で面白かったんですよ。あとはライブっぽくしようと思っていたので、そうすると土井さんにやってもらった方がいいな、と。 ――TIGERさんを招いた『MANHATTAN JOKE』は、1985年に河合奈保子さんが歌った名曲で、ルパンファンのみならず、歌謡曲ファンの間でも長く聴かれています。もともとAORやフュージョン的なテイストを持った曲ですが、今回のアレンジについてはいかがですか。 大野:1993年に声優の山田康雄さんと作ったアルバム『ルパン三世・Tokyo Transit〜featuring YASUO YAMADA』でやったバージョンなんです。もちろん細かいところは変えてますけど、ポップな4ビートで「こういう感じ」というところは同じ。河合奈保子が歌ってるときはシンセがメインで打ち込み、それにブラスや弦も入ってるけど、これはあくまでLupintic Fiveのアレンジなので、僕がシンセをいっぱい弾いています。Lupintic Five名義の決まりごとは、演奏にほかの人を入れないというだけなので、今回はライブで演奏できる形じゃなくてもいいやと割り切って、ダビングはけっこうやっています(笑)。ブラスもたまに4管(4人編成)にしたりしているんですけど、「うちのメンバーがダビングしてるんだからいいか」と。 ——ライブでの再現性にはあまりこだわらなかったと。 大野:再現するのが大事っていうこともあるけど、あえて外すのもけっこう面白いです。そのあたりが、僕がCM音楽などを長年手がけて培ってきたノウハウというか、「無視するところは無視しちゃえばいい」というところ。その時に、どのくらい無視していいかをチョイスするのがセンスです。 ——なるほど、ちょうどいいバランスがあるわけですね。 大野:具体的にいうと、聴いてくれた人が「すげえダビングしてるな」と思わない程度なら、やってしまっても構わない。ちょっとお化粧が濃いくらいです。「擬似」なんだけど「ライブっぽいでしょ?」っていうのが大事で、「やっぱりちょっとはトッピングが入っていた方が食べるときおいしいよね」というときに、それを我慢する必要はない。ポピュラーミュージックはそういうセンスが大事なんです。「ちゃんとポップスを聴くと、素晴らしいドミソはすごいんだ、ということに気付いた」
——そのあたりは、日本のポピュラーミュージックの礎を築かれた一人である大野さんならではのご発言だと思います。もともと1960年代中盤にジャズのピアノ奏者として出発された大野さんがポップスの魅力に開眼されるプロセスとは、どんなものだったのでしょうか。 大野:僕が音楽を志してから最初の頃の5年間くらいは、ポップスはつまらないものだと思っていて、ビートルズさえも聴かなかったです。ジャズというのはたしかに勉強すると難しい音楽で、気が狂ったような状態で5年はやらないとうまくなりません。僕の場合は高校1年の秋から大学卒業までの5年半、ジャズに没頭していて、大学4年の頃にはプロとしてやっていました。 ——その後、数々のジャズグループへの参加を経て、1970年前後からポピュラーミュージックも含めた作曲活動を展開されます。そのきっかけとは? 大野:その頃の日本のジャズはまだ未熟だったので、アメリカに追いつけ追い越せという文化でした。いっぽうで当時のアメリカのジャズは層が非常に厚く、ジャイアントたちがたくさんいました。そして、あの頃は戦争前と違って、リアルタイムですぐに聴くことができたわけです。それを聴いた時に日本の人たちは一番新しい音楽を求めすぎちゃって、評論家からプレイヤー、お客さんまで、「新しいことをやっている人がすごいんだ」と思っちゃった。アメリカでは、ジョン・コルトレーンたちが新しいことをやって、彼らに追い抜かれていく人たちもいるわけだけど、本当はその人達だってすごいんです。つまり、新しいものが生まれる背景には、昔ながらの素晴らしい演奏をしている人たちがいて、そのせめぎ合いがあるからこそすごいのですが、日本の場合は急に新しいところにいった。僕から見ると「それは違うな」という感覚がどんどん強くなったんです。はっきりと意識できるようになったのは、アメリカのプレイヤーが来日公演をするようになった頃、コンサートの終了後にお店に遊びにきた彼らと一緒に演奏する機会があったから。 ——大野さんの著作では、1968年に六本木の「マックスホール」という店で、サム・ジョーンズやボビー・ダーハムらと共に演奏したエピソードが紹介されていますね。 大野:彼らは伝統的なこともすべてできて、その上で新しいことをやっている。それに比べて、日本の人たちはベーシックなところがあんまりうまくできない。それで僕は「これじゃダメだ」と思って、どんどん後ろに下がって勉強していったら「あいつはマンネリだ」「ちょっと前までは尖っていたのにそうじゃなくなった」という感じに受け止められた。だけど、向こうの人には「お前はすごくいい」と言われて、「昔にさかのぼってまともなことを勉強していることをわかってくれているんだな」と思いました。日本の人たちはそのことをいまいちわかっていなくて、ピアニストだったら当時一番新しいハービー・ハンコックとかマッコイ・タイナーとかのプレイをそのままやっているような人が「すごい」、ビーバップとかハード・バップのピアノを弾いている人は「古い」ということになっていた。それで「こんな世界で音楽やっていたくないな」という気持ちになって、段々離れていきました。 ——そんなときに、CMのお仕事の誘いがあったと? 大野:本当に偶然にね。すると、今度は今まで馬鹿にしていた音楽を聴かなきゃいけない。しかし、ちゃんとポップスを聴くと、素晴らしいドミソはすごいんだ、ということに気付いたんです。それまでは複雑な和音が最高だと思っていたんだけどね。つまり、音楽的に難しくてもつまらない音楽はつまらないし、易しいことをやっていてもすごい音楽はすごいんだということを、仕事として思い知らされた。それで死ぬほどポップスを聴くようになったんです。「ギャンブル&ハフのセンスに驚いた」
——当時、ポップスですごいと思った音楽はどんなものでしたか? 大野:例えば、サンタナとか。ジャズをやっていた頃は、なぜこれを素直に受け止めなかったんだろうと思いましたね。ビートルズを聴いたときは、簡単なコードしか使わなくても、工夫して使うとこういう風になるんだ、と関心しました。それから、ドリス・デイだとかエルヴィス・プレスリーのようなアメリカのポピュラーは、良き時代のジャズの影響を受けていて好きでしたね。アメリカ以外では、フランスやイタリア、スペインのポップスも聴きましたし、イスラエル、アフリカ、ブラジルまで、手に入るものは何でも聴きました。70年代のはじめの頃ですね。 ——ちょうどその頃はソウル・ミュージックで言えば、マーヴィン・ゲイのように新しいサウンドに挑戦するミュージシャンが活躍し始めた頃でした。 大野:マーヴィン・ゲイも、サウンドで言うとジャズに影響を受けているんです。その影響の受け方がポップで、それは僕らのようなジャズをやっている人間には受けつけられなくて、シャットアウトしちゃうわけ。でも、自分が変わったおかげで、「俺もこういうのすぐできそうだよ」となるんです。受け入れさえすればサウンド的にはすぐわかるから。一番勉強になったのはリズムです。リズムセクション、ドラムとかベースのパターンの絡みとかね。ジャズの場合、同じような一定のリズムをずっとループする、ということを嫌っていて、どんどんぶっ壊していきたいんです。でもソウル・ミュージックは踊ることが基本だから、それがなくなっちゃったら意味がない。それで、ループをつまらなくしないために、ドラムスのバスドラムに対してベースがどう合わせるかとか、韻を踏んだりとか、ラテンパーカッションが入ってくるとか、いろいろな工夫があるんです。単純なことでもこんなに組み合わせのパターンがあるとすごい、ということを勉強しました。 ——一番関心を惹かれたソウル・ミュージックはどんなものですか? 大野:普通にマーヴィン・ゲイ、スティービー・ワンダーあたり、途中からフィリー・ソウルですね。これはもうギャンブル&ハフのセンスに驚きましたよ。ただ、彼らのように洗練されたものばかりじゃなくて、ミリー・ジャクソンのような南部の土着っぽいもの、ただわめいちゃう、みたいなものも嫌いじゃない。土地によって違うんだな、と思いながら聴いてました。 ——非常に幅広くお聴きになったのですね。 大野:それはCMをやっていたからです。一番多い時で年間200本近くやっていました。僕は、小林亜星さんのようにジングルっぽいものやそれに歌をつけてわかりやすくするというより、ちょっと難しいものを頼まれることが多かったんです。その頃から企業CM的なものが増えてきて、一種の劇伴的な要素というか、「うちの会社は損得考えずに良いことやってますよ」というようなものね(笑)。そういうのはけっこう音をつけるのが難しいんですよ。「マルハのちくわ」と歌っているだけじゃダメで、僕はそういう仕事の方がやりたかったんだけど、そっちはあんまり来なかった。専門色が出る、難しめ、かっこいい感じのCMが多かったですね。「音楽全体が劇的に変わったのは60年代から80年代の途中までじゃないかな」

いまなお多くのライブを行っている大野雄二。
「まともなジャズの影響力というのは、実はものすごく大きい」
——大野さんのお仕事は90年代後半くらいからクラブDJやミュージシャンからも評価され、例えば中納良恵さんのEGO-WEAPPIN'も広い意味で影響を受けていると思います。そうした新しい世代のジャズへの取り組み方をどう見ていますか? 大野:例えばルパンのサンプリングものでは、あまりにも気負いすぎて何やってるんだかわからないものもあるけれど(笑)、ちゃんとしたものはある意味でインパクトを出してくれるので、僕らがやっているだけよりも有効にお客さんに広めてもらえている部分があります。みんなやっぱり、どこかジャズの要素がないとかっこよくならない、ということを知っているんだよね。 ——ジャズの要素が入ることでポップスはどう変わりますか。 大野:例えば3コードだけじゃなくて、難しいコードをうまいことちょっと入れるとか、そういうところですね。ちょっとわかっている人だと「俺の感覚ではこの音が入るとカッコいいんだけど、どう(弦を)押さえたらいいのかわからないな」という憧れがあるんじゃないかな。 ——ジャズには、ポップスの枠をちょっと超える効果があると。 大野:まともなジャズの影響力というのは、実はものすごく大きいんです。その代わり、アーティスト個人が突然有名になる、ということにはなりにくい。インパクトがそこまで強くないんです。インパクトが強い人は一言で言うと、センスはなかろうとバカテクの人です。これはサーカスと一緒。いち早く「すげー」と思わせるのは何かとんでもないことをやる人なんだけど、僕から言わせると「それが音楽的に何の意味があるんだ?」というものでしかありません。そういうものはやっぱり聴いたらビックリするんだけど、長続きするかというとすぐに飽きます。僕がよく言うのは、「白いご飯や水や空気が一番強い」ということで、そういうものはインパクトは弱いけれど、なくなったら大変なことになる。 ——Yuji Ohno & Lupintic Fiveのアレンジを手がける際は、どんなことを心がけていますか。 大野:Lupintic Fiveは6人ですから、だいたい音の想像はつきます。「こう書いたらこいつはどうプレイするかな」、ということもある程度わかります。その人をうまく使いこなすために、放し飼い的に書くか、あるいはかなり縛りを入れて書いたらどうなるか、ということは要素がいっぱいあって楽しいです。管が2管のバンドだったら、ユニゾンか2音のハーモニーしかないので、いろいろ考える場合は逆に難しいんです。人数が増えたら増えたで、ストリングスがいてブラスがいて、となると、これはこれで楽しみが別になっていきます。書いても想像しきれないところもあるので、それはそれで楽しみです。特にLupintic Fiveは、和泉聡志くんというギターが完璧に別の世界の人で、もともとロック畑だから、アレンジを書いていても想像がつかなくて楽しいです。他のひとはだいたいジャズの括りだから、だいたいどんなブレがあっても予想の範囲内なんだけれども、でも和泉くんはわからない。 ——大野さんからしても予想外、と? 大野:あいつが面白いのは、ロックなんだけどやっていくうちに段々ロックがつまらなくなってきて、ジャズや難しい音楽に傾倒してきた奴だから、こっちにすごく興味があるわけ。かといって、あいつがジャズっぽくやったら「あんたがいる意味がないよ」と俺が怒るわけ。ジャズギターの上手い人は他にいるから、ジャズっぽくやるんだったらそいつを使えばいい(笑)。 ——和泉さんの存在がこのバンドの大きな特徴になっているということですね。 大野:ものすごく特徴になっています。今回は『UP↑』というアルバムですが、和泉くんとトランペットの松島啓之くんが一番わかりやすくアップでしょうね(笑)。Lupintic Fiveの場合は、僕のピアノはどちらかというとあんまり目立たない感じです。 ――大野さんはたくさんの作品を手がけていらっしゃいますが、その中でもルパン三世がライフワークになっています。やはりご自身にとっても特別な作品ですか? 大野:はい。モンキーさんが作ったあの人数といい、絶妙な関係性といい、よくこの登場人物を作ったな、という感じがします。ルパンは生い立ちとか行動がよくわからない存在だから、何をやってもOKで「世界を股にかける」ということも簡単にできてしまう。だから、僕が世界を股にかけて聴いて蓄積してきた音楽のノウハウが存分に使えるわけです。基本はジャズなんだけど、ボサからソウル・ミュージックから、イスラエルやアフリカ音楽やスペインポップまで聴いてきたことが全部活かせるんです。例えばルパンの劇伴とかが一番そうですけど、他ではそうはいきません。その感覚で日本の普通のドラマの劇伴を書いても合わないんです。フォークソングの四畳半的なものが入ってこないと日本のドラマでは合いません。だから意識してそういう要素を入れて書いてるんだけど、ルパンの場合は四畳半フォークソングを入れる必要があんまりないんです。唯一あったのは、あまりにも五ェ門がずっと平泉にいる話だったから(笑)。そのときには生ギターを多く使いましたけど、普通はどちらかというとエレキギターの方が合うようなところがあります。だからやりやすいんだよね。あとは、ルパンの性格が、何十年もやっていたら自分に似てきた、というのはあるかもしれない(笑)。俺があっちに似たのかもしれないけどね。音楽でも文章でも、面白い、オシャレ、間抜け、みたいなところが上手いことミックスしていないと嫌なんです。だからアルバムでも、全てオシャレにまとめるのもたまにはいいんですけど、そのまま突っ走るみたいなのは好きじゃない。 ——そういう意味でも(ルパン役の)山田さんも含めてすごく相性が良いんですね。 大野:山田さんとは本当に気が合いましたね。だからきっと、あの人もルパンが乗り移っちゃったんだよ(笑)。 (取材=神谷弘一/構成=松田広宣)
Yuji Ohno & Lupintic Five『UP↑with Yuji Ohno & Lupintic Five』(C)モンキー・パンチ/TMS・NTV
宝くじ高額当せんでドン底に堕ちた、世界の7人!!
【不思議サイトトカナより】
Lottery stand. / MIKI Yoshihito (Flickr, CC BY 2.0)
2014年も残りわずか。「今年最後の運試し」として、年末ジャンボ宝くじの購入を恒例行事としている人も多いのではないだろうか。1等が当たる確率は1000万分の1、交通事故で死亡する確率よりもはるかに低いなどと言われるが、それでも買わなければ当たらないことに変わりはない。
しかし宝くじに当せんし、一瞬にして大金が手元に舞い込んできた時、あなたの生活はどう変化するのだろう。「私は何も変わらない」と考えていたとしても、いざ大金を目の前にして心がどう動くかなど、予想できるものではない。そして世界には、高額当せんを境として人生が悪い方向へと転がってしまった人々の例がいくらでも存在する。今回はその中でも、特に有名な当せん者7名を厳選して紹介しよう。
「僕がタキツバを守る」今井翼不在コンサート、滝沢秀明の言葉&演出にファン感動!
ファンも滝様とタキツバ守っていくことを誓います!
タッキー&翼のコンサート『Two Tops Treasure Tackey&Tsubasa Tour 2014』が、12月10日に大阪・オリックス劇場で初日を迎えた。今井翼はメニエール病で11月から休養に入っているため出演を見送り、ステージには滝沢秀明が1人で登場。今井の思いを背負ってステージに立った滝沢はもちろん、ファンにとっても特別な公演になったようだ。
3日放送のラジオ番組『今井翼のto base』(文化放送)には「気持ちはタキツバコンサートに向かっています」とのメッセージを寄せていた今井。しかし、公演前日の9日、ジャニーズ事務所は今井について、直前まで復帰を目指していたものの、「出演できる状態までの回復が叶いませんでした」と説明。今ツアーは滝沢のみで公演を行うと発表していた。
オリコン11位の蒼井翔太は声優界の炎上王!? 問題発言とゴリ推しでアンチが急増中
オリコンが発表した12月15日付の週間CDシングルランキングで、声優アーティスト・蒼井翔太のニューシングル「秘密のクチヅケ」が11位となった。蒼井は中性的なルックスと声で10代の女性を中心に人気を博し、11月19日に『カラオケ★バトル 歌の異種格闘技戦3』(テレビ東京系)に出演した際は、名前がネット上で「急上昇ワード」になるほど注目を集めた。 「声優としてはキャリアが浅いものの、2006年に『SHOWTA.』名義で歌手デビューしています。アニソン歌手・声優に転身したのは10年6月からで、当初は『柳ヶ木昇』名義、のちに現在の『蒼井翔太』に変更されました。注目を浴びたのは、12年に発売された人気ゲーム『うたの☆プリンスさまっ♪Debut』の美風藍役がきっかけです」(アニメ誌編集者) 今後の活躍を期待される若手声優という位置付けの蒼井だが、声優業界では「炎上王になるのでは」ともささやかれているようだ。声優雑誌の記者はこう話す。 「先輩声優・谷山紀章と下野紘の歌について『元気いっぱい』とコメントするなど、問題発言が多いんです。特に谷山は音楽ユニット・GRANRODEOのメンバーとしても活躍し、声優界でもトップレベルの歌唱力を持っていることで知られている。そんな大先輩に対して、上から目線で評価するような発言をしたことで、ファンの怒りを買ってしまった。また、アニソン歌手、声優を目指すためにSHOWTA.としての活動を終えたにもかかわらず、『声優の仕事をきっかけにマルチに活躍したい』『目立つ役をやりたい』などキャラクターを踏み台としか思っていないような発言もしていますが、演技力が伴っていないため『何様なんだ』とアンチが急増しているんです」 蒼井はアニメやゲームの音楽制作を手がけるクリエイターチーム・Elements Gardenに気に入られており、業界内では“ゴリ推し”とのウワサも。「実力がないのに推されている」という状況が、アンチに火をつけることになったようだ。 「蒼井は天然なところがあり、本人に悪気はないようです。よくいえば素直なのですが、炎上王としての素質を持っているともいえる。声優ファンは神経質で、トップアイドル声優だった平野綾でさえも、度重なる失言とスキャンダルで人気が急降下してしまった。これから知名度が高まっていくと、今以上に失言が問題になるかも」(同) “ちょっとおバカなほんわかキャラ”として通っている蒼井。炎上騒動を起こし、“ただのバカ”にならないことを願いたい。 (文=中原せり)「秘密のクチヅケ」(b-green)
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【写真多数】クソッタレな時代に放たれた素晴らしすぎる異臭 ― 写真家・石川竜一「絶景のポリフォニー」
2014年末、日本の写真界界隈をにわかに騒がせている新人フォトグラファーがいる。石川竜一、30歳、沖縄県出身。「今年の木村伊兵衛賞の最有力」と業界関係者を唸らせる彼の写真展が、12月3日から東京・銀座で開催されている。(銀座ニコンサロン 詳細はココ) ■挫折と失意の日々から開けた写真家への道 「絶景のポリフォニー」は石川がこれまでに撮りためた沖縄の風景や人、事物のスナップ写真で構成されている。中判デジタルカメラで切り取られたイメージはどれもヘビー。熟れて腐りかけた南国の果実のように濃厚で異臭を放ち、鮮烈だ。 続きは【トカナ】で読む『絶景のポリフォニー』(赤々舎)
【年末スペシャル】SOD社員が選んだ! 3大「エロの向こう側に行ってしまったAV」(動画有り)














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