
(c)2012 Japari Film
韓国で唯一の世界自然遺産・済州島。その美しい島には、年間1000万人を超える観光客が訪れる。だが、その絶景からは想像つかないような大量虐殺事件が起こったという“負の歴史”については、あまり知られていない。
済州島4.3事件――。1948年4月3日から1954年9月21日まで、済州島を舞台に繰り広げられた大量虐殺事件のことだ。
第二次世界大戦終了後、朝鮮半島は北側をソ連が、南側をアメリカが統治していた。アメリカ統治下の朝鮮半島南部では“単独選挙”が行われようとしていたが、済州島民はデモを起こしてそれに反対。1947年3月には、島民に対して警察が発砲し、6人が死亡する事件が起きた。
以降、島民と警察は感情的に対立。特に共産主義政党である南朝鮮労働党は、反警察活動を組織的に展開して、1948年4月3日に警察署を襲撃した。事態が深刻化すると、本土から送り込まれた鎮圧部隊が討伐を開始。鎮圧部隊は“アカ狩り”の名のもとに、一般島民を巻き込んだ無差別攻撃・集団虐殺を行ったのであった。当時、米軍は済州島を“赤い島(Red Island)”と規定したという。
4.3事件の犠牲者数は現在も正確にわかっていないが、『済州4.3事件真相究明と犠牲者名誉回復委員会』は、「暫定的に人命被害を2万5000人~3万人と推定」している。戦後の南北分断、韓国建国前後の複雑な国内情勢、そして冷戦構造が生んだ悲劇といえるだろう。
そんな韓国現代史・最大のタブーとされる4.3事件が、初めて劇映画化された。済州島の方言でジャガイモを意味する本作『チスル』は、韓国のインディペンデント映画動員記録を塗り替える大ヒットを見せ、釜山国際映画際で映画監督組合賞など4部門を席巻。アメリカのサンダンス映画祭では、韓国映画として初めてワールドシネマ・グランプリを受賞した。韓国、そして海外で絶賛された『チスル』は、満を持して3月29日より日本でも公開される(ユーロスペースほか全国順次公開)。
『チスル』を手がけた監督は、済州島で生まれ育った新鋭オ・ミヨル氏。「私の家系にも、この事件で犠牲になった人がいる」と語る彼に、韓国における4.3事件の実情、『チスル』の制作秘話、現在の日韓関係について、幅広く話を聞いた。
――日本では、済州島4.3事件についてほとんど知られていません。韓国現代史のタブーともいわれていますが、韓国での認知度はどの程度なのでしょうか?
オ・ミヨル監督 韓国の人たちが教育を通して、この事件を知ることはほとんどありません。今も多くの人にとっては“知らない事件”といえるでしょう。済州島でも事件に関する教育がほとんどないから、自ら知ろうとしなければ、あるいは教えてもらわなければ、事件のことはまったく知り得ない。教科書にも「4.3事件があった」くらいしか記載されていません。そういう無関心が、事件に関連した人たちに、さらなる傷を負わせているのが現状です。
とても対照的だと感じたのは、『チスル』の関係で光州市に行ったとき。光州では1980年に、民主化を求める市民が韓国軍と衝突して多くの死傷者を出した“5.18光州民主化運動”が起こっています。でもその事件に対して、光州の人たちはとてもオープンでした。政府が事件を反省し、今では光州が民主化運動の聖地となっているからでしょう。それに比べて済州島の人たちは、今も4.3事件に対して憎しみを持っており、60年前と何も変わっていないと思います。知っている人が少ないことからもわかるように、いまだに解決していない事件なのです。
――なるほど。では、そんな4.3事件の惨事を世界に知ってほしいとの思いから、映画の制作に取り掛かったのでしょうか。使命感や責任感もあったのでは?
オ監督 私はもともと責任感がない人間です(笑)。芸術家って、あまり責任感を持っていないじゃないですか。私自身、20代になるまで4.3事件を知らなかったし、関心もなかった。
でも、済州島で生活していると、生活のほとんどすべてが4.3事件と関係していることに気付いたんです。私が住んでいる場所も、事件のときに人が殺された場所であるし、済州国際空港の滑走路の下には、いまだに発掘されていない死体が眠っている。つまり、観光客が済州島に来たときは、墓地に降りているわけです。そんな身近で、生活の一部のような事件なのに、私はそれを知らずに過ごしてきた。だから『チスル』の撮影過程は、芸術家として自分自身を知っていく過程でもあったともいえる。自分のルーツとの出会いですね。

オ・ミヨル監督
もちろん、韓国政治に向けたメッセージという意味もあります。もともと4.3事件は、権力による犠牲という側面が強い。だから当然、政府は隠蔽しようとしてきた。金大中政権、盧武鉉政権になってようやくオープンになりましたが、李明博政権以降、つまり保守政権に戻って、またこの事件が埋もれようとしています。済州島民に“暴徒”という濡れ衣を着させようということもありました。済州島の人間として、非常に危険を感じたのも事実。そういうさまざまな思いが重なって、映画にしようと思ったのです。
――映画を観ると、まず映像美に驚きました。また、劇中に映し出される洞窟は、当時逃げていた島民が実際に身を隠していた場所だと聞きました。
オ監督 私は『チスル』以前から、済州島で映画を撮影してきました。済州島の空間や空気感、その場所が持つ意味というのが、あまりに大きいことを感じていたからです。なので『チスル』でも、セットを使った撮影を最大限に避けました。実際の洞窟で撮影したのもそのため。空間も俳優なんです。済州という島には、風という俳優、波という俳優がいます。そういう場所が持つ意味が、とても大切な価値を持っている。
映像に関しては、済州島がもともと美しいという点に尽きます。誰でも写真を撮れば、上手に撮れますから(笑)。絵コンテはほとんど描かず、朝、現場に行ってから感覚で決めました。ありのままの済州島が美しいから、できたことだと思います。
でも、済州島が美しいからこそ、『チスル』はモノクロにしました。韓国の一般的な人は、済州島に「美しい場所」というイメージがあります。でもその美しさの裏に隠れている、悲しい物語を見ようとはしません。美しい景色で終わってしまうのです。そうならないように、人間が何かを美しいと感じる感覚の中で、最初に目に入る色を抜いたんです。
――済州島の美しさと対照的に、残虐行為も描かれます。ただ、4.3事件の映画ということで虐殺シーンが多いだろうと勘繰っていましたが、思ったより少なかった印象もあります。
オ監督 確かに4.3事件を描くときに、虐殺シーンは意識せざるを得ない部分です。一般的に虐殺事件を語るときに、“何十万人”“何万人”という言葉をよく使いますよね。でも、『チスル』では、そういう抽象的な数字ではなく、生々しく具体的な個々人が亡くなった事実を重視しました。犠牲者数が多いから事件が大問題なのではなく、ある個人が権力によって殺されるということが、この事件の真の恐ろしさだと思います。結果として、映画がミニマムになってしまうかもしれない。でも、物語を持つ一人ひとりの人間が殺され、結果的に数万人も亡くなってしまうということを一番伝えたいと思いました。
それは、作品を通して亡くなった一人ひとりの魂を少しでも癒やしたかったから。この作品のテーマの一つは、犠牲者を慰霊すること。だから、作品自体をチェサ(祭祀=韓国の法事)形式で作りました。先にモノクロにした理由を述べましたが、韓国で法事を行うときは色物の服を着ないということも意識しました。
――『チスル』は実際の事件を扱った作品ですが、あまりその歴史的背景が語られていないように思います。何かこう、考えさせる空白があるというか……。
オ監督 この映画を見ると、歴史映画でありながら、歴史的な背景についてはほとんど触れず、不親切な映画だと思います。そして、なぜ島民は殺されなければならなかったのか、なぜ死ななければならなかったのかという説明もほとんどしていません。
4.3事件の本質は、イデオロギーによって多くの人が犠牲になったというところにあると思います。でもこの事件に再び照明を当てるときに、イデオロギーの問題として語るのではなく、人間の問題として語るべきだと思いました。権力によって、誰にでも起り得る悲劇であること。自分自身とかけ離れた問題ではないということ。そんなことを伝えたかった。だから歴史的背景やイデオロギーをなるべく省いたんです。
4.3事件を人間の問題として見ると、亡くなった人だけが犠牲者ではないことに気づくはずです。当時、命令のために動かざるを得なかった韓国の軍人たちも、殺人を強制された面があると思います。人間の問題として、向き合うまなざしが必要だと考えました。
――劇中、殺戮に反対する軍人を登場させたのは、そういった視点を持たせるため?
オ監督 それは違いますよ。決して意図的ではなく、良心を持った軍人もいたという歴史的事実です。実際に軍隊から脱走して、街に逃げてきた軍人もいたんです。あまりに残酷なこと、不幸なことが多すぎて、これまで軍人の善行や優しさは見えずに隠れていたと思います。済州島でも、軍人はみんな“悪人”と考えてきました。でも、もしかしたら彼ら軍人も、殺害したくてしていたのではないかもしれない。加害者であり、被害者であったのではないでしょうか。
――終戦後の分断が4.3事件に関係しているとすると、日本ともつながりのある事件だと思います。映画でも日本に触れるシーンがありますよね。
オ監督 歴史の話になると、韓国ではいつも日本が加害者です。韓国で暮らしていると、日本が加害者という感覚は一生変わることがないとも感じます。でも、私には一つの転機がありました。それは、何年か前に九州で、第二次世界大戦後の日本に関する演劇を見たこと。タイトルも覚えていないし、日本語での公演だったため詳細はわからなかったんですが、どうやら劇中で彼らは自分たちを慰労していた。私はそれを見て、戸惑い、驚きました。というのも、彼ら日本人が慰めるべき相手は、韓国人ではないのかと思っていたからです。でも時間がたって考えてみると、日本人も被害者だったということを理解できました。

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実際に戦争当時、日本人もたくさんの被害を受けました。多くの方が亡くなっているし、終戦後も苦労は大きかったといえます。日本に何度も来て、交流してみると、一方的に加害者とはいえないと思いました。もしかすると、私は日本全体を見て加害者と考えていたのかもしれません。そうではなく、“人と人”で考えてみると、いずれかが加害者なのではなく、全員が被害者だったと思うようになりました。その衝撃がすごく大きかった。『チスル』のシナリオを書きながら、無意識のうちにそのときの影響が出ていたのかもしれません。
――近年、日韓関係がギクシャクしていますが、この情勢をどうご覧になっていますか?
オ監督 私自身、日本に行ったり、日本の人と会ったりする前までは、反日感情が少なからずありました。戦争のときに韓国で多くの国民が苦しんだので、そういう感情は持っていました。でも今は、人として日本人が好きになりました。友人もいます。
最近、韓国と日本の関係はよくないですが、絶対に人を恨んではいけないと思います。政策や歴史観による誤解から、感情的な対立が起きてしまっています。政治家の意見によって政策の大部分は変わりますが、一人ひとりの個人はそれよりももっと“賢い”。人の心は、政治で動かせるものではないと思います。会って、話してみれば、韓国人でも日本人でもいくらでも友人同士になれるはず。
逆にいうと、政治家の態度に問題があると感じます。歴史教育でもなんでも、何かと煽るじゃないですか。私は小学生のときに、「北朝鮮の軍人は狼みたいな顔をしている」という不幸な教育を受けた世代です。だから『チスル』を通じて、正しい教育を目指すきっかけになればと思っています。日韓の未来にとって、それはとても大切なことでは。それがクリアされれば、いくらでもお互い理解し合える。
――日韓の間には、慰安婦問題、竹島問題など、いくつも問題があります。『チスル』がまた違った誤解を与えるのでは、という危惧はありませんか?
オ監督 そういう見方をする人もいるかもしれません。でも、日本にはそうではない人も多い。問題は、誤解する人ほど騒いで、正しい見方をする人は騒がないということ(笑)。だから、騒ぐ人の言葉が全体を占めるとは思いません。それが日本の人と交流してきた私の実感です。大きな声に振り回される必要はないかと。
――公開を待つ日本の映画ファンに、メッセージをお願いいたします。
オ監督 私は、日本の映画を観て育ってきた一人です。『めがね』『かもめ食堂』などの静かな映画も好きだし、今村昌平監督の『カンゾー先生』も。北野武監督の作品は、『菊次郎の夏』『座頭市』『HANA-BI』など、ほとんど全部観ています。日本の映画を観ながら、無意識のうちに多くの影響を受けたと思う。韓国映画は最近ハリウッド映画っぽく感じますが、私はどちらかといえば日本映画の影響が大きいかもしれない。日本の素晴らしい監督の作品を観てきたので、私も映画を通して何か少しでも恩返しができたらと思っています。
また、日本で公開されることに、とても意味があると感じています。日本には在日コリアンがいますが、その多くの人たちのルーツは済州島。彼らが日本に渡ってきた直接・間接的な動機、理由に4.3事件があります。その意味で、この物語は済州島に残っている人々だけの話ではないと思います。日本の歴史とも非常に密接な関係があるでしょう。この作品が、何か対話につながってくれればと思います。
(取材・文=呉承鎬)
●『チスル』
監督・脚本 オ・ミヨル/出演 ヤン・ジョンウォン、イ・ギョンジュン、ソン・ミンチョル、ホン・サンピョ、ムン・ソクポン、パク・スンドン、カン・ヒ
2012年/韓国/108分/B&W/DCP(5.1ch)
原題:지슬/英題:Jiseul/日本語字幕:根本理恵
(c)2012 Japari Film
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http://www.u-picc.com/Jiseul/>
●試写会プレゼント
開催日:3月25日(火)17:00~
場所:参議院議員会館 講堂(1F)
10組20名様をご招待。下記の応募フォームよりお申し込みください。
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http://www.formpro.jp/form.php?fid=54192>