川島なお美、ワイン仕事は絶望? 因縁の週刊誌が「がんの原因はワイン」報道の泥沼

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一体、どれだけ敵が多い女なの!

 川島なお美が今年1月に、肝内胆管がんの手術を受けていたことを、25日発売の「フラッシュ」(光文社)がスクープした。川島本人も後日ブログを更新し、事実を認めつつも現在は仕事に励んでいることをつづっている。その後の報道などでは再発率が高いこと、また5年後の生存率は32%というデータもあると伝えられているが、報道に至るまでに川島ががんを公表しなかったのは、ほかでもない自身の“矜持”からだったようだ。

 近年の川島といえば、ワインブーム時の「私の身体にはワインの血が流れている 」といった発言もあって、ワインにまつわるイベントや広告などを多数手掛けていた。また2009年に結婚した夫・鎧塚俊彦氏は、現在網膜中心静脈閉塞症により左目の視力がほぼ失われているが、「私が彼の左目になります」と献身的に支える妻という新たな一面も見せていた。

中山美穂・辻仁成(バツ3)の離婚劇に「やっパリ」

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(『新しい靴を買わなくちゃ』キングレコード)
 26日、中山美穂(44)と辻仁成(54)が離婚する方向へ進んでいることをスポニチが報じた。結婚後はパリに移住し、仕事をセーブして家庭を支えていた中山だが、周囲の人々からは「家にこもりきりの生活をしているので少しずつストレスが溜まっていたように見えた」との指摘があり、09年頃から夫婦間に溝ができ始めたらしい。  中山は今月24日に都内で行われたCM発表会に登場していたが、10歳になる長男がいるためすぐにパリに戻っている。対して辻は著書を原作に脚本・演出を務める舞台「海峡の光」の稽古で国内で過ごす日々。どちらかが日本で仕事をし、もう一方がパリで育児をするという生活は、2人のすれ違いを加速させるものになってしまったのだろうか。  2人は02年に電撃結婚。出会ったきっかけは、辻の著書『サヨナライツカ』(世界文化社)が映画化される際、ヒロイン役候補として名前が挙がっていた中山を見た彼が「主人公はこの人以外にない」と確信したことが大きく関係しているという。その後、雑誌の対談時に初対面の中山に対して辻が「やっと会えたね」と言ったエピソードは有名だ。 つづきを読む

別冊サイゾー×プラネッツ「文化時評アーカイブス2013-2014」発売!

bunkajihyo_H1.jpg  2011年度から刊行されている「PLANETS 文化時評アーカイブス」最新号が、「別冊サイゾー」で発売になります!  月刊「サイゾー」で2010年7月号より続く人気連載「月刊カルチャー時評」。批評家・宇野常寛氏が主宰する「PLANETS」と「サイゾー」がタッグを組んで、カルチャー批評の新しいシーンを切り拓く連載企画です。  4月3日刊行の「別冊サイゾー×PLANETS 文化時評アーカイブス2013−2014」では、同連載13年4月号から14年4月号までの採録に加え、新たに13年度の注目作・話題作を総ざらい。『半沢直樹』『あまちゃん』ブームを受けてテレビドラマは今後どうなってゆくのか? 「恋するフォーチュンクッキー」の大ヒットでAKB48は次のステージにどう進むのか? 宮崎駿の“遺作”『風立ちぬ』は、本当に名作だったのか? 最近おもしろいマンガって何? PlayStation4発売でゲーム業界はどう変わる?ーー等々、これ1冊で最新カルチャー状況がつかめる雑誌です。どんな作品が登場するのか、ごく一部を以下でご紹介します。     【カバーガールインタビュー&グラビア】 小池美由(取材・構成:濱野智史) 【巻頭インタビュー】 宇野常寛「テレビの復権/ネットの敗北にどう抗うかーー2013年からの再出発」 【巻頭特集】 (1)『あまちゃん』 ・対談:岡室美奈子×宇野常寛 ・コラム:宇野常寛「『あまちゃん』の時代」 ・コラム:同「朝ドラ『ごちそうさん』はなぜ話題にならないか」 (2)『半沢直樹』 ・対談:真実一郎×宇野常寛 ・コラム:真実一郎「サラリーマンはどこから来てどこへ行くのか」 (3)『風立ちぬ』 ・対談:福嶋亮大×宇野常寛 ・誌上講義:宇野常寛「『風立ちぬ』から考える宮崎駿の『政治と文学』」 (4)AKB48 ・座談会:「AKB48セカンドステージの行方」青木宏行×竹中優介×本郷和人×宇野常寛 ・鼎談:「恋するフォーチュンクッキー」さやわか×柴那典×宇野常寛 ・コラム:宇野常寛「AKB48総選挙 指原1位が意味するもの」 ・コラム:同「『あっと驚く』奇跡の証明」 ・コラム:同「NMB48『てっぺんとったんで!』は名盤である」 ・コラム:同「『指先』と『動体視力』」 【ジャンル別2013年度総括座談会&「今月の一本」総集編】 ◎映画編 ・2013年度総括座談会:稲田豊史×松谷創一郎×森直人×宇野常寛 ・対談:『もらとりあむタマ子』高橋栄樹×山下敦弘 ◎ドラマ編 ・2013年度総括座談会:古崎康成×成馬零一×宇野常寛 ・座談会:『最高の離婚』中町綾子×両角織江×速水健朗×宇野常寛 ・対談:『泣くな、はらちゃん』成馬零一×宇野常寛 ・対談:『特命戦隊ゴーバスターズ』両角織江×宇野常寛 ◎アニメ編 ・2013年度総括座談会:有田俊×石岡良治×両角織江×宇野常寛 ・対談:『劇場版 魔法少女まどかマギカ[新編]叛逆の物語』石岡良治×宇野常寛 ・対談:『かぐや姫の物語』井上伸一郎×宇野常寛 ◎マンガ編 ・2013年度総括座談会:石岡良治×川原和子×森田真功 ・対談:『海街diary』横井周子×宇野常寛 ・対談:『進撃の巨人』金田淳子×宇野常寛 ◎音楽編 ・2013年度総括座談会:佐藤讓×柴那典×藤谷千明 ・コラム:稲葉ほたて「『彼女たち』のボーカロイド」 ◎アイドル編 ・2013年度総括座談会:岡島紳士×岡田康宏×さやわか×宇野常寛 ◎ゲーム編 ・2013年度総括座談会:井上明人×岡本基×中川大地 ・対談:『パズル&ドラゴンズ』稲葉ほたて×宇野常寛 ◎小説編 ・対談:『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』福嶋亮大×宇野常寛 【巻末インタビュー】 宇野常寛「2014年の『政治と文学』

『ジャッカス』のテレビ版が終わった真相とは?「局側が決めたルールを僕らは呑めなかったんだ」

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『ジャッカス』シリーズの顔であるジョニー・ノックスヴィル。全米では知らない人はいない超人気スターだ。
 仮設トイレごとバンジージャンプして全身ウンコまみれになるわ、牛の精液を一気飲みするわ、常に体を張った過激なギャグをカマしてきた『ジャッカス』。放送コードや映画倫理なんかクソくらえとばかりに、ジャッカスのメンバーたちがお下劣ネタの数々に挑戦する姿はある種のすがすがしさ、何事にもとらわれない荘厳さすら感じさせる。2000年に米国の有料ケーブルTV「MTV」の番組として人気に火がついた『ジャッカス』。さらにスケールアップした劇場版はどれも全米で大ヒットを記録した。劇場版第4弾となる最新作『ジャッカス/クソジジイのアメリカ横断チン道中』はジャッカスの中心メンバーであるジョニー・ノックスヴィル主演のロードムービー仕立て。86歳のおじいちゃんが8歳になるかわいい孫を連れて、父親探しの旅に出るという内容だ。「もしかして感動作?」と思わせておいて、特殊メイクでおじいちゃんに化けたジョニーと子役が、行く先々で一般市民にドッキリを仕掛けていく。妻の死体を土葬するのを引っ越し業者に手伝わせたり、ストリップバーでチンコをぶらぶらさせて大騒ぎするなど、相変わらずのやりたい放題ぶりである。来日したジョニーに日刊サイゾーは単独インタビューを敢行。「お笑いとメディアの関係」についてジョニーに尋ねたところ、ものすごく真剣に答えてくれたのだ。 ──全米を代表するドル箱スターでありながら、常に体を張り続けるジョニーさんにお会いできて光栄です。 ジョニー いやいや、とんでもない。僕も大好きな日本にまた来ることができて、とってもハッピーなんだ(笑)。 ──これまで、とことん過激な笑いを追求してきた『ジャッカス』ですが、今回はロードムービー仕立て。過激さの追求よりも、一般の人たちがジャッカス的な笑いを目撃した瞬間のリアクションの面白さに比重を置いています。これまで以上に過激なネタに挑み続けると体が持たない、観客もドン引きしちゃうよということからスタイルを変えたんでしょうか?
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ハートウォーミングなロードムービーに見せかけて、ジジイとクソガキのコンビでとんでもないドッキリを仕掛けまくる。
ジョニー う~ん、決してそういうわけじゃないよ。僕は体を張ったネタが大好きなんだ。体を使ったギャグは国境を越えて世界中の人たちを楽しませることができると思っているしね。でも、今回は新しい試みとして、ドラマとドッキリを融合させたものに挑んでみたんだ。おじいちゃんと小さな孫という誰からも愛されるキャラの2人組が、とんでもないことを各地でやらかすというね(笑)。それでドラマ部分を先に撮影して、いつもの体を張ったネタは後半2~3週間に回したんだ。というのも体を張ったネタで大ケガしてしまうと撮影中止になっちゃうからね。それで子役のジャクソン・ニコルくんと一緒にドラマ部分を先に撮っていたら、予想以上におじいちゃんと孫が旅を通して絆で結ばれていく様子がいい感じで撮れちゃったんだ。ドラマ部分を生かすために、お笑いの部分がちょっぴり控えめになったかもしれないね。 ──作品としての完成度を高めるためにお笑いとドラマ要素の配分に気を遣ったけれど、新しい笑いに挑戦し続けるというスタンスは変わらないわけですね。 ジョニー うん、そういうこと。過激なギャグはもうやりたくないとか、そういうことではないんだ。いつもほどの大ケガじゃなかったけど、今回も肩を痛めたし、ヒジ骨折したし、指のケガで2度手術したしね。でも、僕はそういったスタントによるギャグはやめようとは思わない。今でも新しいネタを考えているところだよ。 ──今日はジョニーさんに折り入ってお聞きしたいテーマがあるんです。最近の日本では、ちょっと過激なお笑い番組やドラマがあるとBPO(放送倫理・番組向上機構)という査問機関に視聴者が通報するか、スポンサー企業にクレームが寄せられ、BPOが具体的に審議する前に番組製作者が放送内容を自粛してしまうという状況に陥っています。『ジャッカス』にも相当のクレームがあったと思いますが、製作者でもあるジョニーさんは、どのように対応していたんでしょうか?
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いつもは陽気なジョニー兄貴だが、自分たちの命懸けの笑いを政治家が利用したことには怒り心頭なのだった。
ジョニー (通訳に質問内容を2度聞いてから)ゴメン、ゴメン。マジメな質問のようだから、確認させてもらったよ。そうだね、米国でもやっぱり同じような状況なんだ。番組内容に不快感を覚えた視聴者からのクレームって、やっぱり来るんだ。査問機関に訴えるまでしなくても、クレームが高まれば、放送内容は自粛することになるし、番組は中止にもなる。これは米国でも一緒だよ。『ジャッカス』は、もともとは(放送規制の少ない)有料ケーブルTVで放映されていたわけなんだけど、苦情が多かっただけではなく、『ジャッカス』のネタを真似した視聴者がケガをするというよろしくない事態が起きてしまった。このことに対し、コネチカット州の上院議員であるジョセフ・リーバーマンってヤツが『ジャッカス』のことを執拗に攻撃してきて、放映反対運動が起きたんだ。問題が起きてから10カ月後、MTV側が『ジャッカス』に対していろいろと厳しいルールを課することを決めてきた。MTV側が決めたルールは僕らが納得したものではなかったし、僕らはそういったルールの中でネタをやることに抵抗を感じたんだよ。『ジャッカス』のテレビ放映が終了したのには、そういう経緯があったんだ。 ──それで『ジャッカス』はテレビから劇場版へと表現の場を移したわけなんですね。 ジョニー 『ジャッカス』のテレビ放映が終わった真相をもうひとつ言うなら、その年が選挙の年だったということもあるんだ。政治家ってヤツらは選挙が近づくと、やたらとハリウッドを攻撃してくるんだよ。犯罪や教育問題と違って、ハリウッドを攻撃しても実のある答えはないことが分かっていながら、ヤツらはやるんだよ。人気番組や人気タレントを叩くことで、マスコミに取り上げられようとするんだ。 ──純粋な笑いを追求する『ジャッカス』と違って、政治家の言動って動機が不純だなぁ。『ジャッカス』のお笑いに対するポリシーについて教えてください。もし、メンバーの誰かが今までにない超おもろいネタを考えついたとします。でも、そのネタがあまりにも社会的モラルから逸脱している場合はどうしますか? ジョニー 僕らはお笑いに関しては、常に高い高いボーダーを掲げているよ。その高いボーダーをどう飛び越えていくか、そのことに僕らは懸命に取り組んできたんだ。面白いネタを誰かが考えついたら、何をおいてもまずやってみる(笑)。それは誰が考えついたネタかってことは関係ないんだ。誰が考えたネタであれ、みんなを爆笑させることが僕らの喜びだからね。え~と、劇場版の第1作で、お尻の穴にミニカーを突っ込んだネタは観た?
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特殊メイクで86歳のジジイに大変身。アカデミー賞メイキャップ&ヘアスタイリング賞にノミネートされました。
──はい、肛門にミニカーを押し込んだまま、病院でレントゲン写真を撮ってもらう爆笑ネタでしたよね。 ジョニー そうそう(笑)。あのネタは、もともとはスティーヴォーが思いついたネタだったんだ。コンドームに入れたミニカーをお尻の穴に挿入したらどうなるかというね。でも、そのネタのことを知ったスティーヴォーの父親が「自分の息子がそんなバカげたことをするなんて許さん!」と激怒して、それでスティーヴォーは「親とは縁が切れない。俺にはできない」って言いだしたんだ。スティーヴォーは、ほかにもさんざんひどいネタやってるのに(苦笑)。でも、それはボツにするにはあまりにも惜しいネタだった。それでライアン・ダンが「じゃあ、俺が代わりにやるよ」ってミニカーを自分の尻に突っ込んだのさ(笑)。面白いネタがあれば、まずやってみる。体を張ったネタで、みんなを笑わせる。それが僕らジャッカスのポリシーなんだよ。 ──いい話だなぁ。全身ケガだらけだそうですが、体は大丈夫ですか? ジョニー 毎回、傷だらけになるからね。過去にはポコチン(※ここだけ日本語)を骨折したこともあるよ(笑)。あちこち痛いけれど、体当たりギャグはこれからもずっと続けていくつもりさ。 (取材・文=長野辰次、撮影=名鹿祥史)
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『ジャッカス/クソジジイのアメリカ横断チン道中』 プロデューサー/スパイク・ジョーンズ、ジョニー・ノックスヴィル、ジェフ・トレメイン、デレク・フリーダ 監督/ジェフ・トレメイン 出演/ジョニー・ノックスヴィル、ジャクソン・ニコル 配給/パラマウント ピクチャーズ ジャパン PG-12 3月29日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー  (c) MMXIII Paramount Pictures Corporation. All Rights Reserved. <http://www.jackassmovie.jp> ●ジョニー・ノックスヴィル 1971年米国テネシー州生まれ。2000~2002年に米国の有料ケーブルTV「MTV」で放映された『ジャッカス』の中心メンバーであり、共同製作者。劇場版『ジャッカス・ザ・ムービー』(02)、『Jackass Number Two』(06)、『ジャッカス3D』(10)はどれも全米初登場1位となる大ヒットを記録。そして『ジャッカス/クソジジイのアメリカ横断チン道中』(13)はシリーズ最大のヒットとなる1億4900万ドルを稼ぎ出した。俳優としてファレリー兄弟監督の『リンガー!替え玉★選手権』(05)やアーノルド・シュワルツェネッガー主演作『ラストスタンド』(13)などにも出演している。

タッキー&翼、ジャニーズ若手の良き手本に 新シングルに漂う二人の成熟

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ジャニーズ若手の良き手本になっている、タッキー&翼の二人。

 タッキー&翼の両A面シングル『僕のそばには星がある/ビバビバモーレ』(3月19日発売)が、3月31日付のオリコンCDシングル週間ランキングにて2位にランクインした。およそ2年半ぶりのリリースとなる同作は、2人が30代になってから初のシングルでもある。

 収録曲の「僕のそばには星がある」は、“星”をテーマにしたファンタジックな楽曲で、優しさや柔らかさを表現した、これまでのタキツバとはひと味違う作品となっている。いっぽう「ビバビバモーレ」は、アップテンポなパーティーチューン。二人のユーモラスな掛け合いで、楽しさを前面に推し出した作風だ。

 同シングルの特徴について、ジャニーズの動向に詳しいライターのジャニ子氏は次のように分析する。

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「やっと会えたね」から12年……中山美穂・辻仁成夫妻の離婚理由は、変貌する容姿とナルシシズム!?

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辻仁成オフィシャルサイトより
 2002年に結婚した女優の中山美穂(44)と、芥川賞作家でミュージシャンの辻仁成(54)が、離婚へ向け話し合いをしていると、スポーツニッポンが伝えている。  辻は、00年に女優の南果歩と離婚。後に、雑誌の対談をきっかけに交際へ発展した中山と入籍し、パリへ移住。04年には長男が誕生。中山と出会った時に発したとされる「やっと会えたね」という辻の言葉は、当時大きな話題となった。 「10年、辻の小説を中山主演で映画化した『サヨナライツカ』が公開されましたが、この頃からすでに、『結婚生活がうまくいっていないのではないか』とウワサされていた。辻は08年、ロックバンド・ZAMZAを結成してからというもの、容姿が大きく変貌。これに中山さんが困惑したことが、離婚理由だといいます」(芸能ライター)  それまで、天然パーマのようなクルクルとした髪質が印象的だった辻だが、バンド結成後は、サラサラのロングヘアに。また、マスカラやアイラインなどのメイクを施すようになり、中性的な顔つきに変貌した。  10年5月、辻が『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に出演すると、ネット上で「変わりすぎ!」「キレイなおばさん化してる」と騒ぎに。黒柳徹子も容姿が気になったのか、オープニングでは「見ばえも変わりましたね。とにかく、辻仁成さんです」と紹介している。 「番組中、中山の話題ばかり振る黒柳さんにカチンときたのか、辻は『中山さんの話が多いですね?』と言い放っている。また、中山について『僕みたいに、いろんなことができる人じゃなくて……』と、“作家・ミュージシャン・映画監督と、多才で器用な自分に対し、妻は不器用”とも取れる発言をしている。辻さんは、自身の名前を作家活動では“ひとなり”と読ませ、歌手・映画監督の際は“じんせい”と読ませ、『ZAMZA』の活動では『Zinc White』と名乗っている。最初は中山も、辻のそんなナルシストでアーティスティックな部分が好きだったようですが、50歳を過ぎ、ますます加速する夫についていけなくなったとか」(同)  中山の所属事務所はこの報道に関して「聞いていない」としている。しかし、スポニチの記事が、夫婦の知人の証言だけで構成されている点や、辻が一方的に“悪者”となっている点などから、中山のバックにいるバーニングの差し金報道ではないかと疑う声も上がっているが、果たして……?

『いいとも!』司会はビートたけしだった!? 終了を決めたトップ会談とは? 知られざる『いいとも!』のすべて

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「いいとも!論」サイゾー
1982年に『笑っていいとも!』が始まってから、その終了宣言までのあいだに、そのウラでは何が起こっていたのか? キャリア35年以上の芸能記者・本多圭氏が知る、フジテレビとタモリ、そしてタモリの所属事務所、田辺エージェンシーの事情とは? 別冊サイゾー「いいとも!論」より、特別掲載する。  筆者は、芸能記者を35年以上やっている。『笑っていいとも!』(フジテレビ)が始まる前からだ。ゆえに、番組開始前から、『いいとも!』にまつわるさまざまな情報も耳に入ってきた。  『いいとも!』の司会は、当初、その前身番組である『笑ってる場合ですよ!』(1980年~82年/フジテレビ)のプロデューサーである故・横澤彪氏が、別の人物に依頼していた。漫才ブームの仕掛け人だった横澤氏は、『笑ってる場合ですよ!』で司会にB&Bを起用。スタジオアルタから生放送というスタイルも『いいとも!』と一緒で、素人参加企画が多かった点も共通していた。  そんな横澤氏が、後継番組の司会として白羽の矢を立てたのが、『笑ってる場合ですよ!』の火曜レギュラーだったツービートのビートたけしだった。当時のたけしは、こちらも横澤氏が手掛けていた『オレたちひょうきん族』(81年~89年/フジテレビ)でのタケちゃんマンが大ヒット、高い人気を誇っていたため、当然の選択でもあった。だが、たけしはこのオファーを断っている。理由は、「『ひょうきん族』さえ、ズル休みするおいらに、毎日の番組が務まるわけがない」というものだった。たけしがときには「お化けが出た」などという言い訳で、『ひょうきん族』の収録を頻繁にドタキャンしていたのは、自他ともにネタにしていたことだが、さすがに昼の生放送をズル休みしては大問題になってしまう。また、「打倒! 『8時だョ!全員集合』(69年~85年/TBS)」を目指しスタートした『ひょうきん族』に全力投球したいという思いも強かっただろう。物理的にも多忙を極めていた時期だ。それは、同じく『ひょうきん族』で人気を博していた島田紳助や明石家さんまらも同様で、彼らも『いいとも!』の司会に選ばれることはなかった。 ■横澤氏の通夜にたけし、タモリ、さんまは現れず  そんな横澤氏は2011年1月に肺炎のため他界したが、その通夜や告別式に、たけし、タモリ、さんまの姿がなかった。  訃報と共に、横澤氏のことは「たけし、タモリ、さんまの“お笑いBIG3”の育ての親」などと報道されたが、業界内の評価は別。「たけし、タモリ、さんまの3人は、横澤さんの力ではなく、実力でのし上がったんですよ」と、『ひょうきん族』に出演していた、あるお笑い芸人は語っていた。さらに、「横澤さんは、お笑い芸人のギャグが面白くないと、耳元で『このギャラ泥棒』と罵るんですよ。冷酷な男だとお笑い芸人からは嫌われてましたね」(横澤氏と仕事をしていたディレクター)との証言もある。横澤氏のお笑いに対する厳しさの一面がうかがえるエピソードだが、同氏の通夜や告別式に訪れたお笑いタレントが少なかったのも、その厳しさが関係していたのかもしれない。『いいとも!』『ひょうきん族』などの誕生に横澤氏の存在は欠かせないが、BIG3の才能が横澤氏の用意した舞台を軽く飛び越えていったことは、その後の活躍ぶりを見ればわかることだ。  BIG3と言えば、88年~99年まで、フジテレビで『タモリ・たけし・さんま BIG3 世紀のゴルフマッチ』という正月恒例の番組があった。BIG3が顔を揃える数少ない番組として人気を博したが、番組終了を申し出たのはたけしだった。毎回、特殊なルールを採用しながら、バカバカしくプレイする企画にもかかわらず、タモリがあまりにもゴルフに熱中してマジになるため、たけしが「面白くない」と言い出し、打ち切られることになったのだ。  たけし(47年生まれ)は、タモリ(45年生まれ)より年下にもかかわらず、芸能界では先輩であることから、「タモリ」と呼び捨てにしている。また、タモリの芸風を「スナック芸」などと評して、決して認めているわけではなかったたけしだが、『いいとも!』を31年以上務めてきたことには深い敬意を表している。BIG3とくくられるものの、同じフィールドで活躍しているタレントという認識は、2人ともなかったことは間違いないだろう。 ■タモリが信頼する田辺エージェンシーの田邊昭知社長  たけしとは明らかに異なる「芸」を武器に、『いいとも!』を国民的番組に育て、今日まで続けてきたタモリ。そんなタモリの恩人でもあり、ベストパートナーだったのが、所属事務所・田辺エージェンシーの田邊昭知社長だ。  70年代半ば、マニアックな芸風からか、なかなか所属事務所が決まらなかったタモリだが、知人の紹介で田辺エージェンシーに所属。グループ・サウンズ「ザ・スパイダース」のリーダーを務めたのち、73年に自らプロダクションを起こした田邊社長にとっても、才能豊かなタモリはダイヤの原石だった。自らの業界内のパイプとマネージメント能力をフルに活かし、30歳という遅咲きデビューのタモリをさまざまな番組に露出させていった。かつては、田邊社長自ら「ザ・スパイダース」のマネージメントをしていた関係で、各局のプロデューサーとは親しく、そのコネを存分に活かしたわけだ。特に“テレビ朝日の天皇”と呼ばれた同局プロデューサーで、制作局長も務めた皇達也氏とは昵懇の仲だった。後に『タモリ倶楽部』や『ミュージックステーション』の司会をタモリが務めるようになったのも、こうした関係がベースになっている。  『いいとも!』より1年半前に始まり、タモリが飛躍するきっかけとなった音楽バラエティショー『今夜は最高!』(81年~89年/日本テレビ)も、田辺エージェンシーが制作に加わることで、タモリの芸達者ぶりと知的な一面を押し出すことに成功した番組だ。ここで、タモリの安定した司会ぶりを知らしめたことが、『いいとも!』起用の決定打になっていたことは間違いない。  さらに、『いいとも!』出演が決まると、田邊社長は、テレビ朝日で『タモリ倶楽部』(82年~)をスタートさせることを決定。「全国区の昼の顔」になることで、タモリのイメージが画一化されることを嫌い、マニアックで夜の匂いがする「タモリらしいタモリ」を前面に押し出した企画を田辺エージェンシー自ら制作することで実現したのだ。こうした、田邊社長のタレント第一主義の方針と企画力にタモリは脱帽し、以降、田邊社長に全幅の信頼を寄せることになる。 ■タモリ唯一の“女性スキャンダル”「ひとみちゃん事件」  また、二人の絆を深めるこんな事件もあった。タモリ唯一の“女性スキャンダル”と言っていい、30年ほど前に起こった「ひとみちゃん事件」だ。  かつて、東京・青山墓地近くに、「コーラルクラブ」というオカマやオナベが踊ったり、歌ったりするショーパブがあった。タモリだけでなく、所ジョージも頻繁に通っていた店だが、タモリはここで自ら芸を見せるなどして、人気の常連客となっていた。そのタモリが、あるホステスに夢中になってしまった。それが、ひとみちゃんだ。すでに結婚していたタモリと、20代のひとみちゃんは不倫関係で、代官山にあるひとみちゃんのマンションにタモリは密かに通っていた。しかし、そのころすでに『いいとも!』に出演していたタモリをマスコミがマークしていたため、サングラスを外して、普通のメガネをかけて、マンションに通っているタモリの姿を女性誌にキャッチされてしまったのだ。  この記事に対して、田邊社長は締め切り直前に自ら編集部に出向いて、編集者と直談判したという。挙げ句には、土下座までして、タモリにとって致命傷にならないよう、記事の内容を和らげるようお願いしたのだ。主婦が大勢見ている『いいとも!』の司会者が不倫しているともなれば、番組降板という大事にもつながりかねない。田邊社長の必死の懇願により、女性誌に掲載された記事は、『いいとも!』出演以前の“過去のあやまち”として処理された。この細工がなければ、今日のタモリはなかったかもしれない。田邊社長はタモリに限らず、自社のタレントは体を張ってでも守るというのは、芸能マスコミでは語り草になっている。田邊社長あってのタモリであることは疑いようがない。 ■田邊社長とフジテレビ・日枝久会長の関係  この最強タッグで突き進んできた『いいとも!』の31年間。その終了を決断したのも、フジテレビではなく、この二人だった。  田邊社長は、フジテレビの日枝久会長とも、同会長が編成局にいたころから親しかった。日枝会長が編成局長時代にスタートしたのが『いいとも!』だが、日枝氏が社長、会長と局内で出世していくのと並んで、田邊社長もプロダクションの業界団体「日本音楽事業者協会(音事協)」の会長を務めるなど、トップ同士の関係性は深まっていった。05年、ライブドアの堀江貴文氏がニッポン放送の株を買い占めて“フジテレビ乗っ取り”を画策した際も、田邊社長は裏でフジ支援を打ち出し、音事協に関係するタレントたちが、ライブドアに対して批判的なコメントを出すといった流れを生み出した。  ここ数年、『いいとも!』は、視聴率低迷やタモリの高額ギャラがネックになって、打ち切り説が囁かれてきた。だが、フジテレビ局内では、日枝会長と田邊社長の結びつきを考えれば、ビジネスライクに打ち切りが決まることはないだろうと目されてきた。田辺エージェンシーにとっても、タモリのギャラに加えて、制作にかかわる『いいとも!』から入る企画料は大きな売り上げだ。日枝会長が、その大事な売り上げを没収するようなことはしない。そしてなにより、タモリは田邊社長に「ギャラを大幅に下げられても、体力が続く限り、『いいとも!』を続けたい」との意気込みを語っていたという。田邊社長も、タモリが望む限り、番組を続けさせようと決めていたはずだ。  だが、昨年4月、『いいとも!』の総合演出にSプロデューサーが就任して、その空気が変わり始める。S氏が打ち出す企画にタモリが反発しだしたのだ。 ■S氏がタモリの意向を無視して推し進めた企画  そのことが表沙汰になったのは、昨年7月1日の生放送中。オネエ系のイケメンを決める「オネメンコンテスト」のコーナーの冒頭にはタモリはいたのだが、途中から消えて、最後まで現場に戻ってくることはなかった。この“事件”はネット上などでも話題となり、一部では、体調不良説なども流れたが、実態は違った。  S氏はフジテレビの上層部の意向を受けて、視聴率を取るために主婦層に受ける企画を、タモリの意向を無視して推し進めた。そのひとつが「オネメンコンテスト」のコーナーだったようだ。S氏はタモリを説得したが、タモリは「だったら、俺じゃなくてもいいよな」とキレて、7月1日の放送で実力行使に出たのだ。  温厚そうなタモリだが、プライドは高く、かつても制作側のスタンスに反発して、番組降板まで発展したケースがあった。『今夜は最高!』(日本テレビ)でのことだ。  81年からスタートした『今夜は最高!』は、玄人受けする番組として、業界関係者からも高い評価を得ていた。美空ひばりも出演するなどして、夜11時台の枠にもかかわらず、視聴率は良かった。ところが、87年からスタートしたフジテレビの裏番組『ねるとん紅鯨団』(~94年)に押されて、視聴率が低下。89年、同番組のスポンサー筋から「タモリではもうダメだ。数字は取れないだろう」との声が出たものの、それに対して制作側が反論もしなかったことがタモリに漏れ伝わり、「だったら、こっちから願い下げだ」と、タモリが激怒して降板し、番組が打ち切られたのだ。それ以降、タモリは日テレのレギュラー番組の話があっても拒絶してきた。それほど、プライドが傷ついたということだ。 ■そしてトップ会談で『いいとも!』終了は決定した  筆者は昨年7月下旬に、ウェブサイト「日刊サイゾー」の連載コラムで、タモリが『いいとも!』から消えたこの事件に触れ、「今回、このとき(「今夜は最高!」の降板劇)と同じようにオネエ系のイケメン企画をS氏が推し進めて、タモリのプライドが傷ついたのだとしたら、今後、降板する可能性は極めて高い」と予測した。すると、現実はその通りになった。S氏が、タモリに引導を渡すために意図的に投入されたということはないだろうが、S氏の意向はフジテレビの意向。タモリは敏感に、自分の置かれている状況を感じ取ったはずだ。  フジテレビとしては、田辺エージェンシーに継続の意向がある限り、『いいとも!』をやめるわけにはいかなかったが、タモリの番組継続に対するモチベーションの低下を受けて、田邊社長も“潮時”と感じたのだろう。田邊社長と日枝会長に加え、フジテレビの亀山千広社長を含めた、トップ会談で『いいとも!』終了は決定した。誰かが強く「やめる」と言い出すことなく、徐々にやめるための空気が醸成されていったうえでの、実に日本的な終焉が『いいとも!』には待っていたのだ。  一方で、フジテレビが『いいとも!』に代わるタモリの冠番組を作ることも合意されたとも聞く。当然、制作には田辺エージェンシーがかかわる。『いいとも!』が終わっても、フジテレビとタモリの関係は続いていく。 (文=本多圭) ●本多圭(ほんだ・けい) ライター。1948年生まれ。明治学院大学除籍後、TBSにて臨労闘争4年間を経て雑誌記者になる。76年にフリーになり、芸能、医療ライターとして活躍中。一方で、ビートたけしの『下世話の作法』(祥伝社)など、複数のタレント本をプロデュース。「日刊サイゾー」で、「芸能界・今昔・裏・レポート」を連載中。

中山美穂、「夫の変貌」というおかしな離婚理由にみる、バーニングの狡猾な策略

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中山美穂公式サイトより

 一部スポーツ紙に、離婚が報じられた中山美穂と辻仁成。おかしな離婚理由や報道のされ方から、マスコミ関係者の間では「中山のバックにつくバーニングが、また水面下で動いているようだ」とうわさされているという。すでに離婚は避けられない状況というが、全ては辻だけが悪者になる状態が仕上げられているようだ。

 雑誌の対談で知り合った2人は、2002年に交際8カ月で結婚し、パリへ移住。04年には長男が誕生しているが、近年中山は日本でCMや映画に出演など“出稼ぎ”することも多くなっていた。

“33歳で水着グラビア”脊山麻理子ד風水マニア” 亀井京子 再ブレイク間近の「元アナドル論」

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「週プレ No.13 3/31号」(Kindle版/集英社)
 なんらかの事情でテレビ局を退社後、フリーとして再ブレイクを果たす元局アナがいる。記憶に新しいのが、日テレを退社してから報道番組のキャスターの座を手にした夏目三久アナだが、このほかにも独特な方向性で再ブレイクを期する女子アナがいる。そこで今月の「女子アナ名鑑」では、ここ最近になって復活の兆しを見せる元アナドルたちにスポットを当てていく。  まず、2010年に日本テレビを寿退社した脊山麻理子アナは、今年1月に「週刊プレイボーイ」(集英社)のウェブサイトで水着グラビアに挑戦。すでに三十路を越えて33歳になっていながら、Dカップとウワサされる抜群のプロポーションを披露して男性ファンの注目を浴びた。脊山アナといえば、学生時代に「渋谷109広告モデルコンテスト」でグランプリを獲得したり、99年の「週プレ」にグラビアアイドルとして紹介されたほか、女優としてVシネマに出演するなど、数々の輝かしい肩書の持ち主。入社直後からアイドル級のルックスと天然キャラでアナドルとして注目され、先輩の鈴江奈々やTBSの青木裕子などの活躍で盛況だった女子アナブームを支えたひとりでもある。しかし、早朝の情報番組『Oha!4 NEWS LIVE』に出演するも次第に低迷を続け、09年にアナウンス室からコンテンツ事業局に異動。そして、その翌年にひっそりと寿退社するとしばらくは表舞台から遠ざかっていたが、今年になってかつてのアナドル時代を彷彿とさせる新境地を開拓させたのだ。しかも、そのルックスは衰えるどころか、昔と変わらぬ若々しさであり、とても三十路とは思えないほどの魅力たっぷり。このまま行けば、“美魔女”としてさまざまなメディアから引っ張りだこになりそうな予感さえ覚える。ちなみに、今年4月からスタートする東京MXの『モーニングCROSS』やニッポン放送の『大谷ノブ彦 キキマス!』への出演が決まっており、いよいよ本格始動するので大いに注目したい。  この脊山アナと同じく、かつてのアナドルから脱却した姿を見せたのが元テレ東の亀井京子アナ。在局中は深夜放送でバナナを食するようなセクハラ演出の女王として、“ポスト・大橋未歩”と呼ばれた逸材だった。その後、結婚を機に家庭へ入るが、2010年にキャスター事務所へと所属してフリー活動をスタート。しばらくはゲスト出演のような単発の仕事で目立たなかったものの、今年2月に放送された『しゃべくり007×人生が変わる1分間の深イイ話 合体SP』では強烈な風水マニアぶりを告白して、視聴者に鮮烈な再デビューを印象づける。その内容は「ダンナに赤いパンツしかはかせない」や「トイレの神様である烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)のために赤い花を飾っている」など、あまりにディープすぎるために若干引いてしまうものの、合間に「股間が第一チャクラ」と往年のエロトークを挟むなど、バラエティの才能がいまだに健在であることをアピール。まだ大きな番組の担当には至っていないが、この強烈なキャラクターを武器に躍進する可能性は十分に考えられる。  アヤパンやナカミー、西尾由佳理アナのように絶大な人気を誇っていた元局アナたちは、そのほとんどがマジメ路線に走ってしまいがち。本人たちの意向やスタッフの遠慮などでアナドル時代のようなぶっ飛んだ演出を受けることもなく、さまざまな番組に抜擢されても無難な演出のために往年の魅力をうまく見せることができていない。アナドル時代を超えるようなインパクトを武器に再起を狙う元局アナたちがみるみる台頭して、大物と呼ばれるフリーアナたちのポジションを脅かす日が来るのはそう遠くないかも? (文=百園雷太)