アノ球界の超大物が激怒! “シャブ疑惑”の清原和博が逆に訴えられる!?

kyhr0322.jpg  “球界の番長”こと元プロ野球選手・清原和博氏の薬物常用疑惑が報じられて、2週間あまりが経過した。  発端は今月6日発売の「週刊文春」(文藝春秋)で、清原氏が昨年、いわゆる“薬抜き”を行うため東京・足立区にある精神科の病院に極秘入院。禁断症状なのか、亜希夫人に対して「ぶっ殺す」と刃物を持って追い掛け回したこともあったと記されている。  さらに衝撃的なのは、疑惑を直撃した同誌記者とのやりとり。清原氏は大学病院入り口で文春記者につかみかかり、ICレコーダーを奪って真っ二つに折っただけでなく、警備員が来ると折れたレコーダーで自分の手を切り、記者らにやられたように装ったという。  清原の所属事務所「オフィスキヨハラ」は一連の報道に対し「清原は、今年1月下旬から体調を崩し、病院で診察を受けた結果、糖尿病と診断されました。2月は、プロ野球キャンプ視察という仕事のスケジュールが入っていたため、入院が27日からになりました。3月4日までの6日間、病院で糖尿病の治療のため入院していたにもかかわらず、今回、このような記事を掲載したことから、清原の名誉を毀損したものとして、弊社は弁護士を通して、訴訟を含め、あらゆる法的手段を通じて徹底的に抗議することを検討しております」とコメント。14日発売の「フライデー」(講談社)では、清原氏自ら登場し身の潔白を主張するなど、文春と全面戦争の構えを見せた。  これに対する球界の反応はというと……。 「擁護コメントが出てもいいところですが、みんな『勝手にやってくれ』といった感じですね。誰も関わりたくないようです」とはスポーツ紙記者。そればかりか、中日ドラゴンズの落合博満ゼネラルマネジャー(GM)の周辺からは「いっそのこと、今回の件を機にあいつを追放したほうがいい」という言葉も飛んでいるという。  落合GMと清原氏は、現役時代から犬猿の仲で有名。昨年、清原氏は「週刊実話」(日本ジャーナル出版)のインタビューで、落合GMの陰湿なイジメや、真偽不明の“夜の性癖”について暴露しまくっていたが……。 「実は、その部分は大したことはないんです。落合さんが本当に怒っているのは、同誌のインタビューで息子の福嗣さんに対しても清原氏が暴言を吐いたためです。落合さんが福嗣さんを溺愛しているのは、よく知られた話。記事を見た落合さんは顔を真っ赤にして、『訴える!』と息巻いていたそうです」(同)  現実的に法廷闘争になるかは微妙だが、文春に宣戦布告した清原氏を球界全体が白い目で見ていることは確かなようだ。

「小栗旬の酒癖」「海老蔵に土下座」芸能記者に聞いた、どこにも書けないゴシップ裏話!

<p>「ハイパーメディアクリエイター・高城剛氏との離婚騒動で“干され”状態だった頃のエリカ様こと沢尻エリカが、駅前の飲み屋の一般席で、これまた一般人と見られる友人女性と飲んでいた時のこと。テーブルが近かった人たちに『あれ、エリカ様だよね』と気付かれてしまい、数人に囲まれてしまったことがあったんです。勇気を出してお客さんの1人が話しかけたところ、『見つかっちゃった~』とウェルカムモード。一人ひとりと握手を交わし、『映画やドラマも決まってるから見てね☆』とリップサービスを炸裂させていたんだとか」</p>

注目の堺VS米倉も実現しない!? 内定報道から一転、『半沢直樹』続編が白紙に――

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『半沢直樹 -ディレクターズカット版- DVD-BOX』(TCエンタテインメント)
 先日、堺雅人主演の大ヒットドラマ『半沢直樹』(TBS系)の続編が10月クールに放送されると、一部で報じられた。  昨年放送された最初のシリーズは平均視聴率28.7%、最終話に至っては驚異の42.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)を記録。いやが上にも、続編に期待がかかる。  これに対抗するのが好調を維持するテレビ朝日で、あえて10月クールに米倉涼子主演の高視聴率ドラマ『ドクターX~外科医・大門未知子』のパート3をぶつける構えだという。 「業界では堺 VS 米倉の話で持ち切りです。一体どちらが数字を取るのか。興味は尽きませんよ」とはテレビ関係者。だが、取材を進めてみると……。  米倉の『ドクターX』はつい最近、正式に10月クールで決まったようだが、堺の『半沢直樹』には懐疑的な目が向けられていることが判明した。TBS関係者が明かす。 「事実、ノドから手が出るほど『半沢直樹』の続編はやりたいですが、いかんせん堺さんは人気者ですからね。昨年の段階ですでに今年のスケジュールは埋まっていて、とても撮影に臨むヒマはなさそうです。年内は難しくなってきましたね」  さらに調べてみると、米倉サイドが『ドクターX』の続編にOKを出したのも、『半沢直樹』との直接対決がないことを確信したからだという。 「それまで渋っていたのが、ここにきてようやくOKが出た。『半沢直樹』には米倉さんと同じ事務所の上戸彩さんが出演している。そのルートで、『半沢直樹』がないことがわかったのでしょう。やはり、直接対決は避けたいというのが本音でしょう(笑)」(芸能プロ関係者)  注目された堺 VS 米倉の人気者対決は、幻に終わりそうだ。

AKB48島田晴香の体重、黒木メイサの本名、カラテカ・入江の年収、いしだ壱成の前髪……芸能人、驚愕の真実

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【日刊サイゾーより】

 ベテランデスクTと新米記者Hが、今週の芸能ニュースを振り返ります。

デスクT ねえねえ、19日放送の『ナカイの窓 芸能人100人集結!年収&恋愛&私生活 一斉調査SP』(日本テレビ系)見た? スタジオに集まった芸能人のチョイスが、いしだ壱成、金子昇、相原勇、m.c.A・T、鶴久政治、森脇健児、小野真弓、カルーセル麻紀……と、香ばしくて最高!

記者H いやいや、AKB48のメンバーとか鈴木奈々とかビッグダディとか、今っぽい人もいたでしょう。

デスクT (無視して)ものまねタレントの清水良太郎が、役者枠の席に座ってたのは感じ悪かったよね。コージー冨田や小石田純一は、ちゃんと芸人席に座ってたよ。

記者H そんなこと、誰も気にしてないですよ。この番組では、AKB48の島田晴香が体重を公開測定し、57.5キロだったため、司会のSMAP・中居正広が「俺の体重と同じじゃん!」と驚愕。さらに島田本人は「40キロ台後半」と公言していたため、「10キロもサバを読んでたのか!」と、ファンの間で話題になってます。

デスクT 本人は体重計乗るの嫌がってたけど、台本通りだろうね。これからぽっちゃりキャラで売ってくよ、っていうアピールじゃない? そんなことよか、ロード芸人の高橋ジョージが、「ロード」の発売から20年以上たった今でも、カラオケ印税だけで年間……

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ザ・ピーナッツからBABYMETALまで……11人の論者がアイドル楽曲の43年史を語る

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イベントは、新宿ロフトプラスワンにて行われた。

【リアルサウンドより】  3月15日。新宿ロフトプラスワンにて、『アイドル楽曲ディスクガイド』(アスペクト)の刊行を記念するトークイベントが開催された。  ハロプロ楽曲大賞、アイドル楽曲大賞の主催者として知られるピロスエ氏が編者となった「アイドル楽曲ディスクガイド」は、1950年代から現在の2010年代までのアイドルとアイドル的な女性歌手のシングル850枚+アルバム100枚の950タイトルのレビューを収録したものとなっている。  2010~12年からはじまり、50年代から2000年代までの歴史を振り返りながら、間に井上ヨシマサ、tofubeatsのインタビューを挟み、最後に2013年を振り返るというボリュームのある構成の本書を読むと、アイドルという概念がいかに幅広く、様々なものを内包していて、その全貌を捉えることがいかに困難なのかがよくわかる。  トークイベントは二部構成でアイドル史を振り返るものとなっており、ピロスエ氏と本書に執筆したライター諸氏が登壇。雑多で混沌とした戦後のアイドル史を時系列順に語ることで歴史的な流れを整理する談話となった。  第一部では50~60年代のプレアイドル期から80年代後半まで。第二部では90年代から現在まで語られた。以下はその簡単な概要である。

さやわか「敷居の高さが今のアイドルとは違う」

第一部 登壇者 ピロスエ、岡島紳士、さやわか、栗原裕一郎、原田和典、岩切浩貴、【VJ】fardraut films ●1950~60年代(美空ひばり江利チエミ中尾ミエ、奥村チヨ、黛ジュン吉永小百合山本リンダザ・ピーナッツ etc) 原田:この時代は、いわばスターの時代で、テレビに出る歌手は天上人だった。 栗原:テレビ放映 が53年。59年に「ザ・ヒットパレード」という歌番組が開始される。ロカビリー歌手だったミッキー・カーチスや長澤純、当時デビューしたばかりのザ・ピーナッツが出演していた。そこでカバーポップスの時代になって洋楽のカバーを歌う番組がヒット。そこからアイドルの概念が生まれたのではないか? 一方で当時は映画の時代で、吉永小百合はそこから出てきた。 さやわか:敷居の高さが今のアイドルとは違う。 栗原:『山口百恵→AKB48 ア・イ・ド・ル論』(宝島社新書)の北川昌弘さんは「アイドルとはテレビのものである」と言っている。テレビが登場したことでアイドルが登場した。また、当時の女性歌手は譜面が読めた。プロのミュージシャン。 進駐軍の外国人相手に歌っていたような人たちだった。 原田:英語の歌が日本でヒットしてたのは、今、考えると凄い。 ●70年代前半(南紗織天地真理山口百恵麻丘めぐみアグネスチャン太田裕美キャンディーズ etc) ピロスエ:アイドルの歴史は南紗織の「17才」からスタートした。 栗原:彼女のデビューは71年、沖縄本土返還の一年前だった。政治情勢が変わると歌手の傾向も変わる。 岩切:この頃から、ポップスを書ける人が増えてきた。カバーを繰り返す内に和製ポップスが成熟していく。専属作家制度が崩壊したことが大きい。 ピロスエ:太田裕美はアイドルなのか? 栗原:この曲までは自分でピアノを弾いていて、他のアイドルに楽曲を提供していた。でも歌うのは他の人が提供した曲で自意識はシンガーソングライターだった。「木綿のハンカチーフ」ではじめてハンドマイクで歌った。 ピロスエ:あとは、後のグループアイドルに影響を与えるキャンディーズが73年に登場する。 ●70年代後半(ピンクレディー岩崎宏美大場久美子石川ひとみ榊原郁恵 etc) ピロスエ:デビュー年で分けているけど、70年代後半に人気が絶頂だったのは山口百恵。 さやわか:子どももいるし、セクシーもあるし、宇宙人もいるし、70年代後半になると、今のアイドルの概念に近くなる。 岩切:当時のアイドルファンは大学生以下で、小中学生から上は高校生まで。 栗原:いい年過ぎてアイドルを聴いていると、頭悪いんじゃないのと思われてたんじゃないですかね? 原田:大場久美子はピアノで表現できないフィーリングがいいですよね。僕は北海道出身でNHKと民放が数局しかなくて全部、後追いだった。地方によって受信できたテレビ番組の違いが大きかった。 岩切:当時は歌番組自体が細分化されていて、アイドルはワイドショーや天気予報でも歌っていた。 栗原:フォークもありニューミュージックもあり、音楽的にも充実していた時代。テレビを見ていたら様々な歌が流れていて、ポストモダン状態だった。

岡島「おニャン子がいろんなものを壊した」

●80年代前半(松田聖子松本伊代伊藤つかさ薬師丸ひろ子原田知世岡田有希子中森明菜小泉今日子 etc) 栗原:前年の79年は暗黒の時代だった。誰一人残ってない。 岩切:中森明菜は山口百恵のフォロワー。 栗原:レコード業界は百恵的なものを売り出したかったが、松田聖子の登場で空気がガラッと変わった。 さやわか:今まで百恵的なものだったアイドルが聖子のぶりっ子的なものに傾いた。 栗原:薬師丸ひろ子や原田知世は角川映画の女優。 岩切:だから角川の雑誌「バラエティ」が独占していた。 栗原:角川春樹は映画とテレビと全部使って、本を売ろうとしていた。メディアミックスの走り。しかし、角川映画にとって、アイドルは副産物だったのではないかと思う。 さやわか:小泉今日子の「なんてったってアイドル」(作詞:秋元康)でアイドルがメタ化。そして、おニャン子クラブで素人化。この二つがこの時期に同時進行している。 ●80年代後半(オールナイターズ、おニャン子クラブ、斉藤由貴南野陽子浅香唯中山美穂森高千里etc) 栗原:おニャン子で「もう、いいや」と思った。今までのアイドルは親衛隊文化(ヤンキー)だった。おニャン子以降、ファン層がヤンキー的なものからオタク的なものになっていった。 岡島:おニャン子がいろんなものを壊した。おニャン子から入った人と離れた人がいる。 さやわか:うしろゆびさされ組はアニメ『ハイスクール!奇面組』とのタイアップ。『スケバン刑事』(斉藤由貴、南野陽子、浅香唯)、『ママはアイドル』(中山美穂)などテレビ番組主導になっていて、アニソンやテレビドラマの番組タイアップが増えていく。 ピロスエ:南野陽子は、今の楽曲派の人たちにも評価されそうな感じがありますね。 栗原:森高千里の「17才」(南紗織のカバー)で歴史が一巡する。ただ、当時はアイドルとは思っていなかった。 岩切:森高は系譜としては太田裕美に近い。 栗原:Winkや森高千里は現代アートみたい。昭和の終わりで時代の変わり目。小泉今日子以降、アイドルがメタ化して、ベタなアイドルは成立しない。80年代後半はメタアイドルの時代。 岩切:音楽史的には作家がそろった時期。ロック系の人が増えた。おニャン子にはライダーズ系が入っている。楽曲的には豊かで小室哲哉も出てくる。みんな面白いことをやろうとしていた時代で、お金もあった。 ●第一部 まとめ 岩切:アイドルポップスはなんでもあり。80年代までは、日本の景気と並走している。 さやわか:その後、経済とエンタメは反比例していき、社会の動きとシンクロしなくなっていく。これ以降、音楽産業はバブルを迎えることになる。

宗像「元号を広末にしたい。1997年は広末元年」

第二部 登壇者 ピロスエ、岡島紳士、鈴木妄想、田口俊輔、DJフクタケ、宗像明将、坂本寛、【VJ】fardraut films ●90年代前半(東京パフォーマンスドール、乙女塾、高橋由美子、ねずみっ子クラブ) ピロスエ:おニャン子が解散して以降、「アイドル冬の時代」になったと言われているけど、本当にそうだったのか疑問視している。 鈴木:グループ数自体は減っていない。ただ、単純にメディア露出がガクンと減った。 田口:音楽シーンがバンド寄りになったため、相対的に露出が減った。その影響はある。 坂本:アーティストの方がスターやアイドルよりもカッコよくなってきたのがバンドブーム以降。その流れを踏まえて小室哲哉が活躍する。 岡島:おニャン子で素人化してアイドルが壊れて、森高とかWinkでメタ化した末期感というか何でもアリ感は今に通じる。 鈴木:東京パフォーマンスドール(TPD)は、おニャン子のカウンター。原宿で定期ライブをやっていた。 岡島:TPDはCDセールスこそ振るわなかったけど、日本武道館と横浜アリーナでコンサートを成功させた。今のライブアイドル全盛の流れに続いています。 坂本:おニャン子は一般まで巻き込んでいたけど、乙女塾は一回り落ちて、おニャン子の出がらし的に見られていた。TPDも今聴くとカッコイイけど、当時としては先鋭的で、一般のリスナーには受けが悪かった。 ピロスエ:この頃から、グループアイドルが増えていく。 坂本:完全なソロで成立していたのは森高千里までで、それ以降は松浦亜弥までいない。 フクタケ:その中で、当時の高橋由美子は特別な位置づけ。最後のアイドルと言われていて、一人で支えていた。 宗像:ねずみっ子クラブは、おニャン子以降の試行錯誤の始まり。このあとAKB48まで、中々爆発しない。 ●90年代後半(安室奈美恵MAXSPEED吉川ひなの広末涼子モーニング娘。etc) 坂本:SPEEDが当時の小学生に与えた影響は凄かった。安室奈美恵やSPEEDは、アイドルだけどアーティスト寄りの売り方をしていて、アイドルと呼ばれたくないみたいなところはあった。今と真逆。 フクタケ:吉川ひなのは、ちょっとメタでキャラ先行。「ハート型の涙」は、彼女のキャラを朝本浩文が面白がって作ったもの。 宗像:この時代、広末がいかに俺たちを救済したか。 ピロスエ:歌手デビューは97年。この年は『新世紀エヴァンゲリオン』の劇場版もあっていろいろとエポック・メイキングな年。90年代後半は、エヴァンゲリオン、広末、モーニング娘。など、僕たちの青春時代ということを差し引いても激動の時代だった。 宗像:元号を広末にしたい。1997年は広末元年。今は広末17年を生きている。僕と岡島さんは当時、広末のメーリングリストに登録していた。広末の影響で今がある。 ピロスエ:宗像さんと岡島さんが広末で人生が変わったのなら、僕と坂本さんはモーニング娘。の影響が大きい。 坂本:インターネットも絡んでいて、テキストサイト更新者から商業ライターへという流れがあった。 宗像:取材をしているとアイドルを目指したきっかけがモーニング娘。というアイドルはすごく多い。

坂本「渋谷系以降聴くものがなかった人が『LOVEマシーン』で転んだ」

●00年代前半(タンポポプッチモニミニモニ。、松浦亜弥、Whiteberry、ZONEdream、杏さゆり、星井七瀬 etc) 岡島:ハロプロ勢の勢いが凄い。ファンのコミュニケーションがネットを通じて盛んになった。 宗像:Webカルチャーの面から見てもハロプロは凄かった。違法ダウンロードが広まった時期だったけど、それでもCDは売れていた。また、ゼティマはCCCDを最後までやらなかった。その辺のストロングスタイルも素晴らしい。 岡島:アイドルに興味がない人がハロプロの音楽から入ってきた。 坂本:渋谷系以降聴くものがなかった人が「LOVEマシーン」で転んだ。それ以前のモーニング娘。はダサかったが「真夏の光線」くらいから評価が変わったけど、売上は伸びなかった。ダンス☆マンが参加することで当時の音になっていて、「LOVEマシーン」で吹っ切れた。 フクタケ:DJ文化が東京周辺へ定着した時期だった。一方で、ポストSPEED的なものを模索したavexは、後に残るものを育てている。 宗像:BEE-HIVE(アミューズ出身のアイドルグループの総称)は報われなかった。毛色の違うPerfumeだけが生き残った。 フクタケ:00年中盤は杏さゆりや乙葉といったグラビアアイドルがアイドルの代表の時代だった。 ●00年代後半 (Perfume、AKB48、Berryz工房℃-ute、真野恵里菜、中川翔子 etc) ピロスエ:世間的にはハロプロのピークが過ぎた時期。それでもハロプロにこだわるか他のアイドルへ推し変するのかファンは迫られた。 宗像:Perfumeは「ポリリズム」のブレイクによって報われた。ここに至るまでが長かった。 岡島:中川翔子の功績は色々と多い。ネットランナーがBLOGをやらせた。 坂本:AKB48は「スカート、ひらり」の頃に劇場で見た。当時は「また、パンツ見せてるのか」って感じだった。 宗像:陸海空の自衛隊の協力で作られたAKB48の「RIVER」のPVは震災前(09年)だからできたもの。平和じゃないと作れない。 フクタケ:この頃の秋葉原はカオスだった。歩行者天国のいたるところでライブがおこなわれていた。 岡島:ホコテンのアキバ系アイドルによるストリートライブの熱狂が、ディアステージ、そしてでんぱ組.incにつながっている。

フクタケ「ブルーオーシャンはミュージカルや舞台」

●2010年代初頭(ももいろクローバー、東京女子流、9nine、乃木坂46、でんぱ組.inc、BABYMETAL、BiS、アップアップガールズ(仮)、天野春子「あまちゃん」etc) ピロスエ:他の時代に較べて多様性がありますね。 宗像:「潮騒のメモリー」は2013年を意識した80年代オマージュとしてよくできている。 フクタケ:ロコドルやアジアといった中心じゃないところから、いいものが生まれている。その一方で、中央が空いていてドーナツ化現象が起きている。 岡島:地方にいてもいい作品が作れる環境が整った。ロコドルでもアジアでも場所に関係なく、いいものが出てくる。 坂本:それと引き換えに音楽が安く作られているという問題もある。売れるもの程、多様性がなくなっている。 宗像:今は現場が多い。スケジュールカレンダーを見ないと、自分の好きなアイドル以外の動向がわからなくなっている。 ●全体 まとめ 坂本:楽曲が流行りものの形態に規定されているのを感じる。カラオケや着メロの影響によって楽曲の作り方が変わってくる。 栗原:カラオケ以降、コミュニケーションツールとしての役割が強くなっている。 岩切:お金がないとできることとできないことがある。昔の歌謡曲やアイドル楽曲のレコーディングはお金があるからできたことがたくさんあった。それは大きい。 宗像:ずっと見ているとアミューズの大里会長は怖い。そのアミューズがソロアイドルの武藤彩未を売り出しているということはグループからソロへというゆり戻しの流れが来くる兆候かもしれない。 フクタケ:ブルーオーシャンはミュージカルや舞台。新生TPDや乃木坂46がやっているけど、その流れができてくれればと思う。 岡島:BABYMETALがビルボードのチャートに入ったけど、接触なしでも、他と差別化されたコンセプトを固めてコンテンツがしっかりしていてライブが楽しければ受け入れられる。AKB、ももクロがブレイクして、ハロプロに勢いが戻りつつあり、BABYMETALらも後に続いている。要はアイドルの市場がそれだけ拡大し、安定し始めたということ。今後も握手会は安価で始められるので基本として進んでいくのだろうが、楽曲のバリエーションは、これからも増えていくと思う。さっきの多様性の話と繋がるけれど、CDの売り上げ自体の落ち込みが進む中では、チャートの上位曲だけを見ていてもアイドル楽曲全体のシーンは把握して行けなくなる。ライブアイドルはCDの売り上げだけでなく、ほとんどはチェキや握手を含む物販で回しているから。ビジネスとして最低でも数年は回っていたり、数百人規模のワンマンができるグループであるなら、無視はできないはず。そうしたグループが無数に出現して行けば、単に個人で「アイドル楽曲シーン全体を把握すること」が難しくなるだけで多様性は進んで行くし、もう既にその流れは始まっている。 フクタケ:運営の母体の基礎体力が重要になってきている。育成も含めて時間をかけられるところが残っていく。ロコドルは、やっている方の情熱で回っている側面もあるけど、ビジネスにならないという所は引いてきている。 宗像:不景気だけど、アイドルのマーケットは金を使うので、なんでも有りの盛り上がりがある。ただ、チャートに見えているのは上澄みの部分で、ライブの方はもっとグチャグチャなことになっている。アングラで揉め事が起きているのを見ていると、バンドブームの末期に似ている。とはいえ、バンドブームの時よりはマーケットが固まって広まっている。この本が出るのもその証明で、そこまで悲観的になる必要はないと思う。 ピロスエ:まとめとしては、「俺達の戦いはまだまだはじまったばかりだ!」ってことで。個々のヲタ活をがんばってきましょう。 (取材・文=成馬零一)
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『アイドル楽曲ディスクガイド』(アスペクト)

■書籍詳細情報 ピロスエ・編『アイドル楽曲ディスクガイド Idol Music Disc Guide 1971-2013』 発売日:2014年2月27日 発行・発売:株式会社アスペクト 判型:A5判(オールカラー256ページ) 定価:2500円+税

嵐・相葉雅紀、10代を振り返り「何も考えてなかった」「友達2人しかいなかった」

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なんも考えずにデビューできるはずがない!

 今年9月でCDデビュー15周年を迎える嵐。1999年にデビューする前には、もちろんジャニーズJr.だった時代があり、その頃はいわゆる「Jr.黄金期」と呼ばれる時代にもあたる。タッキー&翼の滝沢秀明、今井翼を始め、生田斗真、風間俊介、退所した小原裕貴に川野直輝などなど、嵐の5人のほかにも輝かしいメンツがそろっていた時代だ。

 そんな嵐結成前について、相葉雅紀が『レコメン!アラシリミックス』(文化放送)で振り返った。16歳の誕生日を迎えたばかりという女子高生リスナーからの「相葉さんはどんな16歳でしたか」という質問から始まった、相葉のジャニーズJr.プレイバック。

「救世主になる!?」劇団ひとり初監督映画に、20億円の制作費をぶっ込んだフジテレビの皮算用

hitori0324.jpg 「関係者向けの先行試写会では異例のスタンディングオベーションが巻き起こり、会場中からはすすり泣く声が漏れていました。芸人さんの初監督映画でここまで評価が高いのは、前例がないんじゃないでしょうか」(映画ライター)  今、映画業界関係者からの話題を“ひとり”占めしているのが、5月24日公開予定の劇団ひとり原作&初監督作品の『晴天の霹靂』。劇団ひとりといえば、処女作『陰日向に咲く』(幻冬舎)がミリオンセラーを達成するなど、そのマルチな才能は周知の事実だが、映画監督としては素人同然。しかし――。 「東宝とフジテレビが、原作と脚本を読んで絶賛したそうです。それで、新人監督には異例の、20億円もの制作費を費やしたそうですよ。ダウンタウン・松本人志さんやウッチャンナンチャン・内村光良さんらの作品は、芸人の下駄を履かせないと評価できませんが、劇団ひとりさんの作品は純粋に映画としての完成度が秀逸で、“芸人を辞めさせて映画界に入れよう”なんて動きもあるようです」(テレビ局関係者)  特に、ここのところ視聴率の低迷が続くフジテレビの熱の入れようはすさまじく「フジの救世主になる」(同)とまで言われているようで、興行収入の目標はなんと50億円を目指しているという。 「フジの上層部としては劇団ひとりさんに、作家としてこれからもどんどん本を書いてもらって映像化していきたい、という思惑があるそうです。ですから、本職であるバラエティの現場に『キャスティングするな!』とお達しが出ているなんて声も聞こえてきていますよ。まあ、確かに興収が50億円を超えたら大騒ぎしそうですね」(フジテレビ関係者)  芸人の監督作品は話題にこそなれ興業的には厳しい作品が多いだけに、果たして興行面で“ひとり”勝ちできるのか楽しみである。