ジョニー・ウィアーが夫へのDVで出廷! 夫夫生活に悩み?

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繊細なのはわかるけど、暴力はダメよ!

 ソチオリンピックで金メダルを獲得したフィギュアスケーター・羽生結弦の衣装を担当しているジョニー・ウィアー。中性的なルックスと芸術性の高い演技でフィギュアスケーターとして人気を集めたジョニーは、全米選手権を3連覇した実力の持ち主で、世界中に多くのファンを持っていたが、昨年10月に現役引退を表明。ソチオリンピックには、米3大ネットワーク「NBC」のリポーターとして赴いた。タイトなパンツにフォーマルなスリムジャケット、美しくアレンジしたヘアスタイル姿を披露したジョニーは、“ソチオリンピックで最もファッショナブルなスポーツリポーター”として注目を集め、リポーターとしても素晴らしいと全米から絶賛された。

 2日にハリウッドで開催された第86回アカデミー賞授賞式には、ソチオリンピックを共にリポートし「絶妙なコンビ」と大絶賛された、長野オリンピック女子シングル金メダリストのタラ・リピンスキーと再びコンビを組み、レッドカーペットのファッションリポーターとして活躍。華やかな世界で多忙な日々を送っているジョニーだが、そんな彼が4日、ニュージャージー州の裁判所に被告として出廷していたことが明らかになった。罪状は配偶者へのDV行為という物騒なもので、アメリカでは大々的に報じられている。

【追記アリ】「車に泊まり込み、必死で撮影」ヤラセ報道のドキュメンタリー映画『ガレキとラジオ』監督がコメント公表

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南三陸町復興ドキュメンタリー『ガレキとラジオ』公式サイト
 5日、朝日新聞紙上で“ヤラセ”があったことを暴露されたドキュメンタリー映画『ガレキとラジオ』の監督2名が、公式Facebook上でコメントを発表した。  同映画は、2011年の東日本大震災後に、宮城県南三陸町で活動していた臨時災害FMラジオ局に密着したという「涙と笑いと感動のドキュメンタリー」(作品HPより)。報道によると、同作品中では、娘と孫を津波で失った女性がラジオに励まされる場面が描かれたが、実際にはこの女性は同ラジオ局の電波が届かない地域に暮らしており、ラジオを聞いていなかったのだという。  この報道を受けて、同作品の監督である梅村太郎、塚原一成の両氏は連名でコメントを公表。まず「撮影スタッフは自分たちで調達した車に泊まり込み一年近く必死でラジオ局を撮影しつづけました」と撮影の苦労を打ち明けた上で、「当然、ご本人、ご家族の了承を頂き、撮影を行いました。(中略)現在はご心労をおかけしておるとのことを、大変申し訳なく思います」と謝罪。「ドキュメンタリーとして許される範囲の『演出』として考えておりました」としながらも、「それがドキュメンタリーを逸脱したものだというご指摘は真摯に受け止めたいと思います」としている。  このコメントは「何卒、本映画の趣旨をご理解頂けますよう、心からお願い申し上げます」と締められているが、Facebookには早くも「本映画の趣旨、とは真実を捻じ曲げても『演出』を優先するということなのでしょうか」「震災ビジネス気持ちイイか?」など、厳しい意見が書き込まれている。  『ガレキとラジオ』は12年8月に公開され、現在でも各地で自主上映会が行われている。 【編集部追記】 同日、『ガレキとラジオ』でナレーションを担当した俳優・役所広司が自らのブログで「ドキュメンタリーでやってはならない演出で出演された女性の方に、新たな苦しみを与えてしまったこの映画は、今後二度と上映されるべきものではありません。」とのコメントを発表しています。 http://yakushokoji.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-ed04.html

IMALU「アイドルなので」発言で炎上! 実態は「業界パーティーで営業に奔走」

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『4751日 もういないキミへ』/ユニバーサルシグマ

 PRイベントの場で飛び出したIMALUの“勘違い発言”が大炎上している。会見で交際中のドラマー・よっちとの交際をについて聞かれたIMALUは、「私はアイドルなので口にチャックです」とコメント。もともとネット上では嫌われ者だっただけに、さらなる反感を買うことになってしまった。

「『歌手にあこがれて』といって芸能界入りしたIMALUでしたが、2ndシングル『そんな名前欲しくないよ』の売り上げが、メジャーレーベルからリリースされたにもかかわらず、わずか400枚だったと話題に。最後のリリースとなる2012年の『4751日 もういないキミへ』もオリコン初登場196位の大惨敗で、もはやアーティストという肩書さえも忘れ去られています」(芸能ライター)

「AKB48の応援団?」「ボランティア?」“ハーブ報道”で苦情係へ降格の戸賀崎氏、新たな構想発表か

togasaki1121.jpg  先月24日に行われたAKB48の「大組閣祭り」で、「AKB48グループ カスタマーセンター」の初代センター長を務めることが発表された、元総支配人の戸賀崎智信氏。この人事に対し、多くのファンは、昨年11月の“脱法ハーブ&女子大生不倫”報道による、事実上の“大降格”と捉えられているようだ。  「カスタマーセンター」は、ファンの声を吸い上げるために設置された、いわゆる“苦情係”。人事が発表された直後から、戸賀崎氏の「Google+」宛てには、「よくもNMBを壊してくれたな」「ゆりあ返して!!」「やっぱり最悪の組閣でした。SKEが壊れたような感じがします」といった苦情や、「では、まずご自身のハーブ事件の釈明からお願いします」「ハーブの謝罪せずに、しれっと異動? 説明責任を果たしてください」と、未だ沈黙を続けている脱法ハーブ騒動を問いただす書き込みが殺到した。  肩書が変わり、ファンとの距離がますます縮まった彼だが、4日、自身の「Google+」アカウント上で、「カスタマーセンター」の構想について綴っている。 「カスタマーセンターについては、これまで通り、毎回のグループ劇場盤握手会でのセンター長の時間だけではなく、今後は、地方で行う通常盤握手会でも、固定の場所で対応する時間を作ろうと思います」(原文ママ、以下同)  これまでもファンの意見を聞くため、戸賀崎氏が握手会会場に設けていた「総支配人部屋」を、拡大しようという提案のようだ。また近く、「カスタマーセンター」の公式サイトをオープンさせ、きちんとした“窓口”を設ける予定であるとしている。  さらに、「とりあえずは、カスタマーセンターが出来たら、ボランティアスタッフも同時募集しようと思っています。良く支配人部屋でどうやったらスタッフになれますか?と真っ直ぐな目で聞かれることもあったので、この機会に是非応募してください!」と、ファンの中からボランティアスタッフを募集する構想があることを発表。  これに、ネット上では「ボランティアって、タダ働きかよ!」「ハーブの下でこき使われて、金がもらえないとか……」といった声が噴出。これを受けてか、後に「ボランティアスタッフというのは、語弊がありました。申し訳ございません。ボランティアというより、ファンスタッフです。まずは、各チームの応援団の立ち上げからやろうかと思っています。その為に、色々なアイデアをぶつけ合う場をファンスタッフの皆さんと設けたいと思っています」と、補足している。  この“ファンスタッフ”や“応援団”が、どんなものかは不明だが、ファンの間では「昔のアイドルの親衛隊みたいなやつか?」「(メンバーと)つながり目的の厄介ヲタが応募しそう」「とがちゃん(戸賀崎の愛称)の周りに、スタッフいないのかな。かわいそう……」などと臆測が飛び交っている。 「AKB48グループは、戸賀崎氏のハーブ報道のみならず、office48・芝幸太郎社長の暴力団との交際報道や、河西智美とAKS・窪田康志社長との不倫報道など、メンバーのみならず、運営側もスキャンダルまみれ。今年、政府が設立した“クールジャパン推進会議”のメンバーに秋元康氏が加わり、AKB48は政府関連の仕事も多いだけに、『税金をAKB48なんかに使うな』などとバッシングも相次いでいた。そのため、風通しをよくして、少しでもクリーンなイメージを取り戻そうと必死なのでしょう。戸賀崎氏は現在、『大降格』『見せしめ』などと騒がれていますが、『カスタマーセンター』は案外、今後のAKB48のイメージを左右する重要な部署になりうるかもしれません」(芸能記者)  イベント現場では、ファンから「ハーブ野郎!」などと大声で罵られている現場も目撃されている戸賀崎氏。今後、ファンと運営の架け橋として、結果を残すことはできるだろうか?

『R‐1ぐらんぷり』終了を望む業界の声! 「盛り上がらない、数字穫れない、華がない」?

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『R‐1ぐらんぷり2014』公式サイトより

 ピン芸人の日本一決定戦『R‐1ぐらんぷり2014』が4日、東京・お台場のフジテレビで行われ、やまもとまさみが初優勝した。芸歴17年目の中堅芸人らしく、賞金500万円の使い道を「いい小屋で1人芝居に使いたい」と堅実な夢を語っていたが、関係者の間では同大会の盛り上がりの欠けように、「R‐1はお役御免の時期を迎えてる」という声が上がっているという。

 12名の決勝トーナメント進出者のうち、ファイナスステージには3名が進出。やまもとのほか、吉本興業所属のレイザーラモンRG、馬と魚が名を連ねたが、最後には吉本勢を抑え、審査員満場一致で、佐藤企画所属のやまもとが優勝。優勝コメントでは、「3月は3つ掛け持ちしているバイトを白紙にしていたので、家族には『とりあえず、3月はこれで大丈夫!』と言えます。賞金は、嫁を新婚旅行にも連れて行きたい」と語り感動を誘った。しかし、ベテランお笑い業界関係者は、次のように苦言を呈す。

「AOKI」スーツCMに起用されたジャニーズJr.・諸星翔希が、本当に「一瞬」しか映っていない件

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「AOKI」公式サイトより

 今回ツッコませていただくのは、春の恒例(?)であるジャニーズJr.の「AOKIフレッシャーズスーツ」CM。

 亀梨和也のスーツCMは良いとして、「フレッシャーズスーツ」編は、一昨年が野澤祐樹で、昨年は岩本照、深澤辰哉、阿部亮平、森田美勇人、萩谷慧悟の5人組が起用された。このメンツ、「スタイル選抜」のためかスタイルは良いものの、一般には「誰???」状態が続いていた。

ひとりの裁判官を丸裸にした『ゼウスの法廷』 司法の矛盾点を、高橋玄監督が白日の下にさらす!

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『ゼウスの法廷』の撮影現場での高橋玄監督。司法制度の問題点を分かりやすくエンタテインメントドラマに仕立てている。
 「この国に権力者は存在しない。我々庶民側は権力者がいると思い込まされているだけなんです」。曖昧模糊とした日本の社会構造をばっさりと斬り捨ててみせたのは高橋玄監督。警察組織の腐敗ぶりを暴いた『ポチの告白』(05)が大反響を呼んだ、物申す映画監督だ。乙一原作のサイコサスペンス『GOTH』(08)以来となる新作『ゼウスの法廷』は、司法界を舞台にした社会派ラブストーリー。エリート判事とその婚約者との恋の行方を軸に、刑事事件の99.9%は有罪判決となる日本の裁判所の問題点をあぶり出している。上司には絶対逆らえない完全なる縦社会、ひとりの判事が常時300件もの案件を抱えるという異常さ、「判検交流」という名の判事と検察官とのズルズルの関係……。この国を支配する三権のひとつ、司法界の抱える数々の矛盾を高橋監督が語った。 高橋玄監督(以下、高橋) 2009年に劇場公開した『ポチの告白』が話題になったのはよかったんですが、ちょっと反省点もあるんです。「実話ナックルズ」みたいなスキャンダル雑誌的な感覚で多くの方に観ていただいたようで(苦笑)。僕としては警察だけでなく、普通の会社や学校でも弱い者イジメは起きているよと、日本社会の縮図を描いたつもりだったのが、警察組織だけの特別なもののように思われてしまった。それで今回は、典型的な男権社会である司法界を描く上で、女性的な視点から「これって、おかしいんじゃないの?」というツッコミを主人公の小島聖に入れさせたわけです。観た人によっては、社会派ドラマにも、恋愛ものにも、法廷を舞台にしたコメディにも感じられはずです(笑)。  『ポチの告白』に続いて、司法問題を扱った『ゼウスの法廷』を撮ったことで社会派監督と見られる高橋監督。だが本人的には特別な意識はないという。 高橋 ヤクザものやサスペンスなど、いろんなジャンルを作ってきているので、社会派という意識はないですよ。『ポチの告白』は出資者に幾つか企画を提案した際に「これがいちばん面白そう」と注文を受けて撮った作品でした。今回の出資者は別の人ですが、次は司法を斬ってくれと頼まれて作ったのが『ゼウスの法廷』。『ポチの告白』を作りながら、「警察組織の不正を司法がきちんと懲罰していれば、もっと健全な共同体になるはず」という思いがあった。いちばん最後の出口が間違っているから、諸問題がたまっているんだろうなと。じゃあ、司法を題材に作品を撮ってみようということだったんです。  『ポチの告白』ではマジメな警察官が組織内で出世するに従って汚職刑事と化していく姿が生々しく描かれたが、『ゼウスの法廷』では結婚を控えたエリート判事(塩谷瞬、声:椙本滋)の公私にわたる多忙な日常を、婚約者である一般女性(小島聖)の目線でドラマ化していく。
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エリート裁判官への道を突き進む加納(塩谷瞬)だが、女性問題でつまずくことに。ちなみに、本作は塩谷のスキャンダル発覚以前に撮影された。
高橋 警察官以上によく分からない、裁判官の日常を可視化してみようという発想です。法衣を着て、エラそうに法壇に座っている裁判官をひとりの人間として描くことで、司法の問題点が浮かび上がってくるに違いないと考えたんです。裁判官は法律をどう解釈するかが仕事だとすれば、そこに感情的なものを入れることが原則的にはできないはず。それなのに「情状酌量」という言葉があったり、死刑判決などを宣告する際に「遺族の心痛は計り知れないものがある」などと唐突に感情を推し量ったりするわけです。これは一体、どういうことなんだと(苦笑)。そういった矛盾点をうまく組み込めば、面白い物語になるなと考えたんです。『ゼウスの法廷』は司法制度という暗黒の巨人に立ち向かっていくというお話ではありません。権力者とされる立場の人たちを、一人ひとりバラバラにして、裸にしたドラマなんです。たぶん、裁判官のセックスシーンを描いた、日本では初めての映画だと思いますよ(笑)。 ■司法に正義を求めることは間違っている!?  難解そうに感じられる司法制度の歪みを、『ゼウスの法廷』は分かりやすく、かつ面白いエンタテインメントドラマとして料理していく。『ポチの告白』同様、権力者を丸裸にしてしまう高橋監督の演出手腕はブレることがない。 高橋 司法を語る上で重要なポイントは、“法律とはその時代の常識にすぎない”ということ。戦争中は人を殺すことが義務であり、上官の命令に背いた者は敵前逃亡者として罰せられた。軍法であれ、当時はそれが正しかった。現在の法律だって、それが正しいとは限らない。そう考えると、法律を解釈することは正義でもなんでもない。現時点での社会の決め事がそうなっているだけのことだし、我々が合意している法律もほとんどが常識にすぎない。人を殺してはいけない、人の物を盗ってはいけない……。先日、現役判事の寺西和史さんと対談したんですが、寺西さんと考えが一致したのは「司法に正義を求めること自体が、そもそも間違い」ということ。例えば、強盗事件が起きた場合、貧乏な容疑者と裕福な容疑者がいた場合、貧乏な容疑者が不利になる。裕福な人間が強盗するはずがないという常識的判断に、法律的判断が譲られることが多いわけです。法律の運用のされ方って、そういう性質のもの。でも寺西さんは、だからこそ法律に定められている手続きはきちんとした上で判断しなくてはいけないと主張している。寺西さんは自白の強要につながりやすい代用監獄に反対し続け、拘留請求を却下してきた。自分の思想性や意見を語ることのない裁判官の中にあって、寺西さんは非常に珍しい存在ですよ。  2009年から裁判員制度が導入されたものの、一般市民が刑事裁判に関わる機会は極めて少ない。衆議院議員選挙の際に最高裁判所裁判官の国民審査が行われるが、ほとんどの有権者は戸惑って白紙で投票しているのではないだろうか。
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重過失致死罪で起訴された恵(小島聖)は、婚約を交わしていた加納から裁きを受けることなる。法廷が痴話喧嘩の場となる!?
高橋 総選挙の際に最高裁裁判官の国民審査も同時に行われますが、あれなんかとんでもないインチキ。どんな選挙だって、投票用紙に何も記入しなかったら無効票です。ところが国民審査では、白紙投票が裁判官を信任したことになる。最近はネットを見れば、その裁判官が担当した主な裁判が分かるようになりましたが、投票所で裁判官の名前を初めて知る人がほとんどでしょう。政見放送みたいに、この裁判官は過去にどんな裁判を手掛け、どんな判決を下したのか事前に分かるようにするべきじゃないですか。要するに国民の関心が自分たちに向かないようにしているわけです。僕に言わせれば、裁判員制度も民意の反映ではなく、裁判官の仕事がどれだけ大変かを一般市民に分からせるためのもの。誰にも見えない壁に囲まれた世界で、裁判官はいろんなインチキやっているんじゃないですかと。日本の裁判所のセキュリティーだっていい加減なもので、ないに等しい。庶民は逆らうはずがないと、彼らが思い込んでいるからです。日本人は司法をはじめ権力側の問題に意識がなかなか向かわないけれど、それは仕方ないことでもあるんです。我々は武装解除させられ、現行犯の私人逮捕を除けば逮捕や捜査権は警察、司法は裁判所に託した形になっている。もっと言えば、日本は政治も産業も文化もすべて東京に一極集中化し、東京=中央には逆らえないという風潮を生み出している。長きにわたって権力者側には逆らえない空気が、この国を覆っているんです。これを一個人が突き破ることは簡単なことではないですよ。  かたくななまでに保守的で閉鎖的な司法界に自浄化を求めるのは、どうやら無理らしい。冤罪事件をマスメディアが取り上げ、抗議運動を起こしても意味がないのだろうか? 高橋 寺西さんに尋ねたところ、寺西さんは新聞を契約していないし、テレビも置かず、インターネットもつないでいないそうです。携帯電話を寺西さんが持っていないのは極端かもしれないけど、裁判官がいかに外部の情報を遮断するように努めているかがうかがえます。裁判所の前で市民団体が不当判決を許すなというデモ抗議をしますが、ああいう抗議活動をしても裁判所の中にはまるで届かない。でも、声を上げていくことは大事です。一部の市民運動で終わらせず、もっと広げていかなくてはいけない。お買い物している主婦たちが「裁判所って変だよね」と、話題にするくらい常識化しないと世論にはならない。庶民的レベルで問題意識を広めていくことが必要でしょう。  法廷で裁判官が絶対的な権力者として振る舞う姿が劇中で描かれるが、『ゼウスの法廷』という題名は逆説的な意味からネーミングしたものだと高橋監督は語る。 高橋 権力者とは一体何者なんだろうということです。本来は主権者である我々国民が、彼ら公務員や政治家を権力者にしてあげているわけです。ゼウスとは万能の神のことですが、実在しないフィクション上の存在。日本の司法界には最高裁判所の長官はいても、ゼウスのような絶対的な権力者は存在しない。権力者がいるように我々は思い込まされているだけなんです。まっとうな社会を作っていくには、まずそこを見間違えないようにしないといけない。そして、この国の主権者である我々は、ずっと怠ってきた自分の頭で判断するという習慣をこれから身に付けていかなくちゃいけない。
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判事の内田(野村宏伸)は司法界の自浄化を目指していたが限界を感じ、弁護士へと転職。恵の国選弁護に就くことに。
■今の日本映画界に必要なのは、東宝インディーズに第二松竹  高橋監督にもうひとつ訊いておこう。『ポチの告白』は完成から劇場公開まで4年の歳月を要し、『ゼウスの法廷』も2011年の撮影から劇場公開までスムーズには進まなかった。この国の映画事情を、高橋監督はどのように感じているのだろうか? 高橋 『ゼウスの法廷』の公開が遅れた原因は2つ。ひとつは、僕が雇ったプロデューサーが背任行為で製作費を横領したため。これは僕が自力で解決したので、作品の内容には一切関係ありません。もうひとつは、日本の今の二極化した映画界の厳しい現状です。東宝をはじめとしたメジャー系とそれ以外の独立プロによるインディペンデント系との二極化が激しく、企画内容やクオリティーを重視した作品が市場に出回りにくくなっている。完成した『ゼウスの法廷』は東映撮影所の協力もあって撮ったものだしということで、東映さんで配給できないか持ち掛けたんですが、「このキャストだと弱いですね」と言っただけで、東映の取締役クラスは作品を観ようともしなかった。映画を配給する会社の人間が中身も観ずにパッケージで判断して、斬り捨てているわけです。そこで僕が提案したいのは、米国のメジャースタジオであるワーナーにはインディーズを子会社化したニュー・ライン・シネマ、20世紀フォックスにフォックス・サーチライトとそれぞれインディペンデント作品を専門に扱うブランドがあるように、東宝インディーズとか第二松竹といったような子会社か新ブランドを作って、低予算でも良質の作品を配給していくというアイデアです。そうすることで、作品は多様化し、映画文化はもっと豊かになる。さらにはメジャー系の人たちがいちばん望んでいる市場の拡大につながっていくと思います。まぁ、僕がこんな提案しても、あっちの人たちは「ふ~ん」でしょうけど(苦笑)。  新しいプラットフォームを作ることを高橋監督は提言する。 高橋 大手のシネコンに押されて、ミニシアターや地方の映画館は大変な状況です。貧すれば鈍するで、「東京での人気作であれば上映したい」という地方の映画館が増えている。それでは主客転倒なんですね。中央(東京)の映画をただ持ってくるなら、ますます大きなスクリーンと座り心地のよい客席を用意した駅前のシネコンにお客を奪われていくだけ。先ほども日本は中央に集権化しやすいことに触れましたが、中央に対し、地方は独自の価値観を築いていくことが大切です。中央にはない、その地域だけの独自の文化です。「ジャパネットたかた」はデジタル機器を使って、地方ならではの価値観を生み出した成功例。東京に本社を構える大手家電メーカーが、こぞって佐世保参りしているわけですからね。演劇の世界で言えば、寺山修司やつかこうへいは小劇場というプラットフォームをうまく立ち上げることで成功を収めた。時代の違いというものもあって簡単なことではないけれど、新しい発想によるインフラを構築することが重要だと僕は思います。僕自身で言えば、数年前からNYでハリウッド作品を準備しているところ。予算規模は15億円で、これは僕に声を掛けてきたハリウッドの大物プロデューサーが個人的に決裁できる額。ハリウッドでは高い予算に入らない金額ですが、日本のインディペンデントでずっとやってきた僕には充分な金額です(笑)。米国に活動拠点を作り、新しい作品を生み出せれば、日本の映画界にもいい刺激を与えることができるんじゃないかと思っているんです。  高橋玄という男から、しばらく目が離せそうにない。 (取材・構成=長野辰次) 『ゼウスの法廷』 監督・脚本/高橋玄 出演/小島聖、野村宏伸、塩谷瞬・椙本滋、川本淳市、宮本大誠、吉野紗香、速水今日子、横内正、黒部進、風祭ゆき、出光元  配給/GRAND KAFE PICTURES 3月8日(土)よりシネマート六本木ほか全国順次ロードショー  (c)GRAND KAFE PICTURES 2013  <http://www.movie-zeus.com> ●たかはし・げん 1965年東京都生まれ。19歳で東映東京撮影所に入り、『心臓抜き』(91)で劇場映画監督デビュー。『CHARON(カロン)』(04)で、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭ファンタランド大賞を受賞。『ポチの告白』(05)は完成から4年後の2009年に劇場公開され、ロングランヒット。日本映画館大賞特別賞を受賞し、英国ではDVDがソールドアウト。ベストセラー作家・乙一の代表作の映画化『GOTH』(09)も北米、英国、アジア各国で配給され、高い評価を得ている。現在はNYを拠点にハリウッド作品を準備中。