どんな攻撃も通用しないドランクドラゴン・鈴木拓に味わう、「イラつく」という快感

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『ドランクドラゴントークライブ  「鈴木拓のトークは俺にまかせなさいっ! ついて来れるか塚っちゃん!!」  』/ジェネオン エンタテインメント

 いま、「炎上芸人」「クズ芸人」が代名詞になっている(?)ドランクドラゴン・鈴木拓。「なんて卑怯な、イヤなヤツなんだろう」と一度は考えたことがある人も少なくないかもしれない。でも、そんな鈴木のイヤ~なところにもちゃんと「理由」があることを初めて知った。1月29日にTOKYO MXで放送された『東西芸人いきなり!2人旅』のドランクドラゴン・鈴木×シャンプーハット・てつじの回である。

 MCを東野幸治、勝俣州和が務める同番組は、2012年5月から2013 年末まで朝日放送で放送されていたもの(TOKYO MXで昨年10月下旬より放送中)。ドランク鈴木×シャンプーハットてつじの場合は、一見、芸人としては「じゃないほう」の地味な組み合わせに見える。でも、だからこそ、ありがちな笑いとは一線を画した、不安定なイライラが巧みに積み上げられ、最終的には不思議な快感に変わっていった。

「ナムコ黄金期の『ゼビウス』で始めたかった」原案・脚本の佐藤大が語る、『ノーコン・キッド』制作秘話

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 普段はアナログ系ホビーを取り上げているこの連載だが、やはり80年代のホビーを語る上で無視できないのがデジタル系ホビーの代表「コンピュータゲーム」だ。ファミコンやアーケードゲームが続々と登場し、子どもたちのハートをわしづかみにしていた80年代は、現在以上にコンピュータゲームに対して夢と希望が満ちていた時代だった。日進月歩で進化するグラフィックと、次々飛び出す工夫を凝らしたシステム。そして耳に残るサウンドに、僕らは胸を躍らせまくっていた!  今回は「バック・トゥ・ザ80’s」番外編として、そんなコンピュータゲームの進化とともに青春を送った少年・少女たちの青春を描き、大きな話題を呼んだテレビドラマ『ノーコン・キッド~ぼくらのゲーム史~』(テレビ東京系)の原案・シリーズ構成・脚本を手掛けた佐藤大氏に、ドラマの制作裏話と80年代のゲームに対する思い出を語ってもらった。 ■ゲームに対する世の中の認識を変えたかった! ──まずは、企画の発端を教えてください。 佐藤 もともと10年以上前からゲームセンターを舞台にした青春物語をやりたいと思っていたんですけど、実際に動き出したのは3年ほど前です。最初は映画でやるという話でスタートしたんですが、テレビ東京のプロデューサー・五箇公貴さんに、ぜひテレビシリーズでやらないか、というお話をいただいたんです。 ──そもそもなぜ、ゲームを題材にしたドラマを作りたいと思うようになったんですか? 佐藤 僕の原体験が、まさにゲームセンターで遊んでいた友達との付き合いや思い出なんです。ゲームって、「ゲーム脳」とか「コミュニケーション不足になる」とか言われて、定期的に悪者になるじゃないですか。でも、僕はゲームを通じて友達を作ったという実感があるんです。だから、そういう世間の意識をなんとか変えたかったんです。  そのほかに、僕は昔『ポケットモンスター』を作ったゲームフリークという会社に所属していたんですが、社員の半分くらいが当時のハイスコアラー(ゲームで高得点を獲得する達人のこと)だったんです。そこでスターゲーマーたちのエピソードを聞くことが多くて、それが本当に面白かったんです。そのエピソードをドラマ化したかった、というのもあります。 ──ゲームプレイヤーたちのドラマという構成は新鮮でした。 佐藤 今までもゲームを題材にしたドラマというのはいくつかありましたが、クリエイターの話とかゲームが脇役に回っている話が大半だったので、今回はゲームの実機を使ってプレイヤーの話を描きたかったんです。そこが、今回の企画の根幹でしたね。 ──本作は実際に当時の筐体(アーケードゲームのセット一式のこと)や、ゲーム画面が登場するところも話題になりましたが、出てくるタイトルのチョイスが絶妙でした。登場ゲームのコーディネートは、どう行われたのでしょうか? 佐藤 ドラマの大枠ができたところで、まず私と『ゲームセンターCX』(フジテレビONE/TWO/NEXT)も担当されている酒井健作さんとほかのプロデューサーたちで、出したいタイトルをリストアップしました。でも、「あれを出したい」「これを出したい」って全然収拾がつかなかったので、ジャンルで分けることにしたんです。RPG、アクション、シューティング、格ゲー、恋愛とジャンルに分けたら、わりとストーリー展開とすり合わせられるようになりました。もし入れたいゲームの許可が取れなかった時も、ジャンルが同じならドラマを先行させてほかのタイトルに差し替えることもできるので。 ──多数のゲームが登場するということで、各メーカーへの許可取りも大変だったのではないでしょうか? 佐藤 そうなんです。今回のドラマで一番大変でした。本作は原作がないオリジナル物なので、「ゲームがどういう扱われ方をするかわからないので、まずは脚本を見せてください」と皆さんおっしゃるんですが、こちらも許可が下りないと脚本を書けない。自分としては、絶対に第1話に『ゼビウス』を出したかった。『ゼビウス』を根幹にして『ドラクエ』『バーチャファイター』を使いたかったので、これらのタイトルが使えなかったらヤバいと思っていたんですが、まずバンダイナムコさんにOKしていただき、第1~3話をナムコゲームで作ることができました。80年代序盤から中盤は、本当にナムコ黄金期でしたからね。この3本の脚本を持って他社さんに許可をいただきに行く、という形で今回の企画が実現しました。  だから、ストーリーをまとめることと、制作進行上の都合という2つの意味でジャンル分けを行いつつ、あの時代をどう象徴するジャンルなのかというところを考えながらタイトルをチョイスしました。あの時代のナムコは、神がかっていましたからね。
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■コイン投入は「変身」で、ゲームシーンは「バトル」! ──やはり、80年代前半のナムコへの思い入れは強いですか? 佐藤 強いですね。本当は、『パックマン』は物語開始時点よりちょっと前の時代のゲームだったのですが、絶対に出したかったですし、『ポールポジション』もいわゆるリアビューのレースゲームとしては最初にヒットしたという点でポイントでした。ただ筐体があまり残ってなかったので、ミカドさん(高田馬場にあるレトロゲームに強いゲームセンター)に動いてもらえてよかったです。  また、ナムコに限らず、各メーカーに当時のポスターとかポップって、もう残ってないんです。そこで、SNSなどを通じてコレクターを探して、お借りしたんです。でも、すごく大事な物なので、そのまま使えない。ということで、それを撮影してプリントし直し、ポスターとして使いました。 ──すごい手間ですね! そのこだわりから、あのゲームセンターのリアリティが生まれていたんですね。 佐藤 筐体も各メーカーに残ってないので、それも全部探して回りました。これはもう、ゲームコーディネートで参加していただいた安部理一郎さんとか、ナツゲーミュージアムさん(秋葉原にあるレトロゲーム系ゲームセンター)やミカドさんたちがいてくれたおかげですね。やはり、エミュレーターは使いたくなかったんです。それは見る人が見たら、絶対にわかっちゃいますから。結果的に見る人が見ないとわからない感じになっちゃいましたけど、テレビ東京の深夜ドラマだからこそできた、という感じがあります。そこはプロデューサーも含め、皆さんがわかってくれていたということですよね。  それと、シリーズ監督の鈴村展弘さんの力が非常に大きかったですね。彼はもとも「平成ライダー」シリーズとか『アキバレンジャー』とか撮られている方で、ゲームのバトルシーンをすごく丁寧に演出していただきました。普通の監督ならゲームのシーンを省いちゃうところを、コイン投入のシーンは「ヒーローの変身シーン」。ゲーム対決のシーンは「変身後のバトルシーン」という意識で、1~3話のゲームシーンをしっかり撮ってくれました。そんな鈴村監督にいいスタートアップを作っていただき、その後、いろんな監督にぶち壊してもらうという、すごくいいバランスで制作してもらえました。 ■自分自身と向き合うきっかけになった『ノーコン・キッド』 ──80年から90年代初頭といえば、ゲームとサウンド系のカルチャーをクロスオーバーさせる試みが、細野晴臣やいとうせいこう、スチャダラパーらによって何度も行われていた時代です。その中で佐藤さんも、クラブにモニターとゲームを持ち込み、クラブカルチャーとゲームカルチャーの融合を試みる「東京ゲーマーズナイトグルーヴ」というイベントを開催していました。劇中でも、そのイベントを下敷きにした「東京G2ナイトグルーヴ」というクラブイベントが出てきましたね。自身の活動がゲームの歴史として描かれた時は、どう思われましたか? 佐藤 気恥ずかしかったですよ(笑)。本当は避けたかったんですけど、企画を練る時間は10年くらいあったんですが、企画が通ってからは1カ月半で全部仕上げなきゃいけなかった。とにかく時間がなかったので、もう自分の引き出しを開けるしかありませんでした。加えて、最近ノスタルジックにゲームが扱われる際に、ゲームとクラブ文化やファッション文化を結びつける文脈が省かれがちなんですが、原案・シリーズ構成を自分がやる上で、このあたりを題材にしたら「自分らしさ」って出せるんじゃないかなと。  それと今回、砂原良徳さんが音楽を担当していて、彼にも一回ドラマに出演してもらいたかったんですよ。その時に、クラブDJっていうポジションが一番自然かなと思ったんですよね。そういう複合的なところから、クラブのエピソードが生まれました。観客のエキストラも、友達に電話しまくって、当時の衣装で来てもらったんです。当時の衣装を大切に持ってくれているのは、彼らしかいないので。 ──まさに、人脈とキャリアを総動員して作られた作品ですね。 佐藤 本当に低予算だったので、手弁当でやる部分が大きかったです。だから使えるものは自分の過去も使う、という感じでした。確かに恥ずかしい部分もあるのかもしれないけど、こういうものがドラマとしてフィルムに残ることなんてなかなかないので、これはこれでいいのかなと思います。 ──堀井雄二さんや遠藤雅伸さんをはじめ、ゲーム業界の伝説的クリエイターも数多く出演されていて驚きました。 佐藤 僕らにとって神みたいな存在の方たちなので、出演してくださった時は本当にうれしかったです。 ──ゲーム業界人すら巻き込んで制作された『ノーコン・キッド』は、佐藤さんにとってどんな作品ですか? 佐藤 どうなんでしょう(笑)。結果論として、過去の自分と向き合わないといけなくなり、一回しか使えないアイデアで作ったドラマになりました。アニメーションをやりながらゲームの脚本もやってきたこれまでの自分のキャリアが、各メーカーさんたちが協力してくれた理由の一部になりましたし。当時は何者でもなかった友達を総動員した作品にもなっているので、そういう意味でも特別な作品です。 ──佐藤さんの、ゲームと共に歩んできた人生が結晶になったという感もありますね。 佐藤 結果論ですが(笑)。最初から俺の結晶を見てほしい、という気はまったくありませんでしたが、そうなっちゃったなと(苦笑)。ちょうど今年で45歳なんですけど、砂原さんとは「40を過ぎてからでないと、こういうのは作れないよね」みたいな話をしてたし、主題歌を歌ってくれたTOKYO No.1 SOUL SETも、自分たちの昔に向き合うような曲を作ってくれました。だから当時、音楽的にもお世話になった方たちと仕事ができたということで、今回はゲームだけでなくクラブシーンで遊んでいた頃の自分とも向き合えましたし、たくさん映像作品を見てきた監督さんから、これからすごくなるだろうという若い世代の方とも一緒にやれて、新旧入り乱れた現場になりました。これもある意味、僕らしいのかなと。 ■ラストのゲーセンは、すでに実現している! ──さて、そんな『ノーコン・キッド』ですが、かなり希望に満ちたラストシーンで物語は終わりました。現在、ゲームセンター業界はかなり厳しい状況という話はあちらこちらでいわれていますが、本作のラストは佐藤さんの「ゲームセンターは今後こうあってほしい」という希望ですか? 佐藤 そうですね。ゲーセンに対するノスタルジーだけで、「あの頃はよかったね」で終わったらすごく悲しいので、僕らなりの理想を表現してみました。古いものも新しいものも、それこそアーケード版『ぷよぷよ!!クエスト』みたいなスマホ的なものも全部詰め込んで、それらがつながっていくようになったらいいなと思っています。いろんなゲームが一つの場所に集まって、お互いの顔を見ながら遊べる場所があってもいいんじゃないかなと。今回取材に行ったミカドさんは、けっこう理想形に近かったですね。店長さんもキャラが立っているし。  それこそ『ゼビウス』とか『ポールポジション』みたいな古いゲームが現役である一方、新しいゲームがあって、イベントをしょっちゅう開催して、ニコニコ動画で中継して、でもその場に行かないとできないこともある。だから、今回のドラマでは、ミカドさんをけっこう参考にさせていただきました。放送終了後、「最後に出てきたゲーセンなんて、ありえないよ」とよく言われたんですが、「いやいや、実際に取材してここはアリだなと思ったから、ああいう形にしたんだけど」って言いたいですね。ナツゲーミュージアムさんもあるし、地方にもそういうゲーセンはまだ残っている。今はSNSとかいろんな情報網があるので、皆さんもそれを使って実際にゲームセンターに行って、ワンコイン入れてみてほしいです。 ──最後になりますが、ドラマは97年頃以降のゲーム史が省略されています。今後、この時代のゲームを扱うような続編はありえるのでしょうか? 佐藤 本当にやりたいですし、ネタ的にもいろいろあったんです。この直後に音ゲーブームが始まって、恋愛シミュレーションの人気が爆発して、現在のオタク文化につながる。それと重なる時期に弾幕系ゲームが登場して、シューティングゲームが再びブレークする。さらにFPSという、ものすごい文化が海外からやってくるんですよね。格闘ゲームももっと盛り上がって、ウメハラ(梅原大吾)さんみたいなプロゲーマーも出現する。ネタは山ほどあるし、できれば映画版も作りたいのですが、これはもうDVDとBlu-rayの売り上げいかんによりますね。いろんな意味で、売れてくれたらいいですね(笑)。 (取材・文=有田シュン/文中敬称略) ●『ノーコン・キッド~ぼくらのゲーム史~』公式サイト  <http://www.tv-tokyo.co.jp/noconkid/> ----------------------------------------------------------- ●「バック・トゥ・ザ・80's」トークライブVOl.1 開催! 「バック・トゥ・ザ80's」で取り上げたホビーを、開発者、関係者を招いて語り尽くすトークライブ開催決定。第1回は、連載12回でも取り上げた伝説のボードゲームシリーズ「パーティジョイ」をプレイバック。ここでしか聞けない、ナマの裏話が飛び出す!? ◇日時:2014年2月8日(土)18:30オープン/19:00スタート ◇会場:GAME CAFE&BAR Ninety ◇入場料:2000円(1ドリンク付き) ※1ドリンク以降のオーダーはキャッシュオンにて販売を行います。 ◇チケット予約:キャパには限りがございますため、予約いただいたほうが確実です(※キャンセル料などは発生致しません)。 ◇イベント公式サイト <http://claricedisc.com/ev/20140208/partyjoy01.html>

恋愛成就で人生円満? 婚約破談、不倫、再婚、その後の男女関係の準備

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 早くも新しい年が始まってから1カ月が過ぎてしまいました。今年の運勢はどうなんだろう? 恋愛運は? 仕事運は? と、あらゆる女性誌の占い特集に手を出しては一喜一憂を繰り返しているうちに、ひと月たってしまった人や、占いページを見漁ってるのに、自分の心に応えてくれる言葉が見つからない……と落胆している女性もいるでしょう。

 占い特集では決して取り上げられない、もう1つの恋愛運。不倫、復縁、再婚、離婚といった複雑な男女関係に悩む女性はいつの時代も少なくないのに、女性誌の占いでは紹介されません。そんな誰にも相談できず、アドバイスももらえず、指標を失ってしまった女性たちを救ってきた運命鑑定サイト「大願成就 奇跡の運命鑑定」が、口コミで話題を読んでいます。

編集者批判から金銭事情の暴露まで…ブログやツイッターの出現で変化するマンガ家と編集者の“力関係”

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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アラタカンガタリ~革神語~ リマスター版(小学館/渡瀬悠宇)
「今思い出しても地獄の日々です。」「これは、作家としての誇りの戦いなのです。」――今年1月下旬、『ふしぎ遊戯』などのヒット作をもつマンガ家・渡瀬悠宇さんが自身のブログで、『アラタカンガタリ~革神語~』を連載している「少年サンデー」(すべて小学館)の編集部員に対し、激しい不満を表明して話題となった。『アラタカンガタリ』において、当初の編集者だった“Iさん”なる人物が作家の意向を無視し、自分勝手なストーリー展開を押し付けたため意気消沈。一時はマンガ家をやめようと考えるほどまで追い詰められた様子が克明に語られていた(※現在、当該ブログ記事は削除されている)。  出版社とマンガ家のトラブルといえば、2008年に『金色のガッシュ!!』カラー原稿紛失について作者・雷句誠さんが小学館を提訴した話が有名だろう。本人の旧ブログには当時の記事がまだ残されている(外部参照)。何人かのマンガ家が雷句さんに同調し、新條まゆさんもブログ中で同社の傲慢なやり方へ不満を述べた(外部参照)。  出版社がマンガ家を抑圧し、ときには消耗品のように扱う――そんな風潮は昔からあったはずだが、一般読者にまで広く伝わるようになった背景には、ブログやSNSといった“ITツール”の普及が無視できない。マンガ家たちが出版社のフィルターを通さず、読者にナマの声を届けられる時代になったのだ。  これまでマンガ家がネットで直接暴露したエピソードをみると、不満の形には大きく2つある。 「おたぽる」で続きを読む

ジャニーズ歴12年のKis-My-Ft2北山宏光、同世代男性への重みあるアドバイス

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顔面は舞祭組なのに、イケメン組に入る処世術を教えてあげて!

【ジャニーズ研究会より】

<アイドル誌チェック!!>

 「FINEBOYS」(日之出出版)3月号は、Kis-My-Ft2の北山宏光が初登場。ファッションページでは「色柄マイスター!」と題し、色と柄をミックスしたカジュアルスタイルのモデルにチャレンジしています。チェックシャツ×チェックカットソー×チェックマフラーという組み合わせや、迷彩柄ベスト、オレンジの丸首スウェット、大胆な柄のパーカーなど、着る人によっては大失敗しそうな難しいコーディネートを、北山は持ち前の中性的な顔立ちとスタイルでサラッと軽やかに着こなしています。

 やけにハマっているのはなぜかと思えば、インタビューで「柄ものは普段からよく着ていますね」「色は結構何でも着ます」と語っており、ふだんから色柄を着こなしているからこその“こなれ感”がグラビアにうまく表現できていたようです。そんなオシャレな北山ですが、服はTPOに合わせることが基本とのこと。

顔が伸びた!? 前田亜季、劣化といわれてしまう「元チャイドル」の悲しい運命

【サイゾーウーマンより】
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アンソニーの乳首、意外と小振りで萌える
 先月25日に大阪・大阪天満宮で行われた福玉まきに出席した女優の前田亜季が、「顔が伸びて劣化した」と話題になっている。かつては実姉・前田愛とともに美人姉妹女優として大活躍した亜季だったが、ここへきて劣化ネタが取り沙汰されてしまった。 「亜季の全盛期といえるのは、1996年に出演した『天才てれびくん』(NHK教育)から数年ほどでしょうか。当時は安達祐実や野村佑香など、『チャイドル』と呼ばれた世代がシノギを削っていました。愛との“姉妹売り”も盛んでしたが、2000年代に入った頃からは、それぞれピン女優としての活動が増えました。現在も亜季は、NHK朝ドラ『ごちそうさん』に出演中で、大役でこそないものの途切れなく女優業を行っています」(芸能ライター)  しかしグラビアからバラエティ番組、CDリリースまで行っていた全盛期とは違い、近年ではこれといって話題に挙がる機会に恵まれていない。 続きを読む

“脱税報道”で干された板東英二 関西のゴルフ番組でレギュラー復帰へ

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板東英二公式HPより
 先日、バラエティ番組『さんまのまんま』(関西テレビ)での“テレビ復帰”が報じられたタレントの板東英二。一昨年の暮れ、個人事務所のおよそ7,500万円の申告漏れが発覚。事実上、休業が続いていたが、ここにきて「吉本入り&芸能活動再開」を一気に進めてきた。  2月3日、東京・元赤坂の豊川稲荷での豆まきに参加した板東。 「かつて、都内で居を構えた際、ご近所だった縁でイベント出演のオファーが来たようです。本人はスポーツ紙の直撃取材にも応じていましたが、内心は『よう取材に来てくれた!』と大喜びだったとか」(芸能関係者)  それもそのはず。騒動以降、出演していたレギュラー番組を次々と降板していた。 「最も顔が利き、上層部とのパイプも太い名古屋のテレビ局ですら話が通じなくなっていたので、本人は相当焦っていたようです。それでも、基本的に“自分は悪くない!”という気持ちは変わっていない。昨年、会見を開いた時も、本人は『増毛は経費で落ちると思っていた』とシャレのつもりで言ってましたが、関係者はドン引き。その水面下で、旧知の仲であるさんまらに助けを求めていた。それが今回、ようやく実を結んだ。テレビ局サイドも、さんまさんが動いたとなれば、誰も文句を言えませんからね。板東は、そうした部分も突いて、芸能界復帰を狙ったんでしょう」(同)  そして、この時期に早くもレギュラー番組の復帰が内定したというのだから驚きだ。 「番組は、週末の早朝に関西テレビで放送しているゴルフ番組です。今は、ますだおかだの岡田がメインでやっていますが、あれはあくまでも“つなぎでの起用”。もともと、あの番組は板東が自らスポンサーをつかまえて始めた、名実ともに“板東プロデュース”番組。出演、営業を全部やってくれるので、局サイドとしては非常にオイシイ番組なんです。しかも今回、関西芸能界では泣く子も黙る吉本の所属になり、対外的にも復帰させる理由付けができた。今のところ、4月改編での復帰が濃厚です」(在阪テレビ局関係者)  板東の「商魂」が、今回は身を助けることになりそうだ。

顔が伸びた!? 前田亜季、劣化といわれてしまう「元チャイドル」の悲しい運命

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前田亜季公式プロフィールより

 先月25日に大阪・大阪天満宮で行われた福玉まきに出席した女優の前田亜季が、「顔が伸びて劣化した」と話題になっている。かつては実姉・前田愛とともに美人姉妹女優として大活躍した亜季だったが、ここへきて劣化ネタが取り沙汰されてしまった。

「亜季の全盛期といえるのは、1996年に出演した『天才てれびくん』(NHK教育)から数年ほどでしょうか。当時は安達祐実や野村佑香など、『チャイドル』と呼ばれた世代がシノギを削っていました。愛との“姉妹売り”も盛んでしたが、2000年代に入った頃からは、それぞれピン女優としての活動が増えました。現在も亜季は、NHK朝ドラ『ごちそうさん』に出演中で、大役でこそないものの途切れなく女優業を行っています」(芸能ライター)