<p> 頻繁にブログを更新し、「ブログキング」になりつつある歌舞伎役者・市川海老蔵。1月29日のブログで、自家用車の一部を破損したことをつづっています。海老蔵は、車で出かけて食事の際に飲酒します。彼は運転代行業者を呼んで、本人は助手席に乗って帰宅しました。その際の様子をリアルタイムで更新しており、「自分の車の助手席に笑」「代行タクシーです笑 お酒飲んだのでござるよ笑」と書き込みをしていました。</p> <p> しかし、その直後に「だけど…涙 いきなり車軽めに破損した…うー…」と書き込んだ後に、「まぁいっか笑 難しい車だし笑 しゃーないということで」と投稿していました。翌朝の30日、酔いが覚めた海老蔵は、昨日ぶつけた車を見てブログで「車破損朝もう一度見たらそれなりにショック…でも…まぁいっか笑」とぼやき。下手したら代行業者がつるし上げられそうなエントリーですが、炎上はしていません。以前の暴行事件もお酒が入った上でのことですし、個人的には禁酒したほうがいいのでは……とお節介を焼きたがるHagexでした。</p>
日別アーカイブ: 2014年2月5日
オリラジ・藤森慎吾が田中みな実と結婚宣言も、“浮気・中絶報道”圧殺されたマスコミに漂うシラケムード
TBSアナウンサーの田中みな実と交際中のオリエンタルラジオ・藤森慎吾が5日、料理投稿サイトのPR会見に出席し、事実上の結婚宣言をした。
昨年のバレンタインデーには、田中から「手作りのクッキーと、チョコをもらった」という藤森。記者から「バレンタイン入籍は?」と聞かれると、「まだタイミングではない」としながらも、「先輩たちの背中を見て……矢部(浩之・ナインティナイン)さん、大竹(一樹・さまぁ~ず)さんと、それぞれ素敵な道を歩んでいる。その時が来たら、ちゃんとお知らせします」と女子アナと結婚した芸人を列挙し、「(田中アナを)幸せにします!」と宣言。
さらに、二股交際疑惑が報じられたばかりの先輩芸人・陣内智則に絡めた質問も飛び、「僕は一途ですから!」と自身の浮気はきっぱりと否定した。
藤森と田中の交際が発覚したのは、2012年11月。「フライデー」(講談社)に、互いの自宅を行き来する姿が掲載され、藤森も交際を認めた。また、まもなく出演した生番組『ヒルナンデス!』(日本テレビ系)でも、「ご報告があります。彼女ができました。赤坂方面のほうに」と交際宣言。過去には、女優の上野樹里や加藤夏希、栗山千明、堀北真希など名だたる芸能人と浮き名を流し、“女優食い”などといわれた藤森だが、その潔い交際宣言に、「チャラ男キャラは嘘だった?」「意外とマジメ」などの声が上がった。
しかし、交際宣言から約1カ月後の12月、「週刊文春」(文藝春秋)に、藤森がモデル女性を妊娠・堕胎させたと報じられた。記事によれば、藤森は同年6月、田中と交際中にもかかわらず、大阪のクラブで知り合った佐々木希似のモデルを妊娠させ、中絶手術費・慰謝料として計350万円を支払ったという。
この一件で田中とは破局したものとみられていたが、2人は話し合いの末に「交際継続」を選択したようだ。
「所属事務所・吉本興業の圧力で、藤森の浮気報道は大きく報じられませんでしたが、これを境にCMやバラエティの仕事は激減。本人のショックも相当だったようで、突然“チャラ男”キャラを封印。テレビに出ても、明らかに静かになってしまった。いっそのこと数カ月間の謹慎でもすれば、芸人として完全復活できたかもしれませんが、吉本がスキャンダルを封殺した流れもあり、そうはいかなかった。今回の結婚宣言も、本来ならおめでたいニュースなんでしょうけど、藤森さんの口から『僕は一途ですから!』という言葉が出た瞬間、現場の記者の間にはシラケムードが漂いました」(芸能記者)
浮気報道後も、たびたびデートする姿が報じられている2人。はたして無事、ゴールインとなるだろうか?
「食事管理してるのに外食!?」加藤茶、綾菜協力の食生活改善法に疑問の声噴出
今、日本で最も健康が危惧されている男
4日に放送された、『カスペ!闘病プレゼン 今だから語れるエピソード 私は○○病になりました』(フジテレビ系)に、加藤茶が出演した。加藤は2006年、大動脈解離という心臓病を発症し、同番組では「暴飲暴食や不規則な生活がたたった」「心臓が3時間止まった」と告白。スタジオからは驚きの声が上がっていたが、大病から生還した後に結婚した綾菜との食生活について、ネット上では疑問の声が噴出しているという。
「茶が綾菜と45歳年の差婚をした時点で、世間は『遺産狙いでは?』と大騒ぎになりましたが、その説に拍車をかけたのが、綾菜の手料理でした。ステーキやすき焼き、ハンバーグ、チキン南蛮、プルコギなど肉料理中心で、茶が風邪を引いた際には、唐辛子入りのモツ鍋を出したことも」(芸能ライター)
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どんな攻撃も通用しないドランクドラゴン・鈴木拓に味わう、「イラつく」という快感
『ドランクドラゴントークライブ 「鈴木拓のトークは俺にまかせなさいっ! ついて来れるか塚っちゃん!!」 』/ジェネオン エンタテインメント
いま、「炎上芸人」「クズ芸人」が代名詞になっている(?)ドランクドラゴン・鈴木拓。「なんて卑怯な、イヤなヤツなんだろう」と一度は考えたことがある人も少なくないかもしれない。でも、そんな鈴木のイヤ~なところにもちゃんと「理由」があることを初めて知った。1月29日にTOKYO MXで放送された『東西芸人いきなり!2人旅』のドランクドラゴン・鈴木×シャンプーハット・てつじの回である。
MCを東野幸治、勝俣州和が務める同番組は、2012年5月から2013 年末まで朝日放送で放送されていたもの(TOKYO MXで昨年10月下旬より放送中)。ドランク鈴木×シャンプーハットてつじの場合は、一見、芸人としては「じゃないほう」の地味な組み合わせに見える。でも、だからこそ、ありがちな笑いとは一線を画した、不安定なイライラが巧みに積み上げられ、最終的には不思議な快感に変わっていった。
「ナムコ黄金期の『ゼビウス』で始めたかった」原案・脚本の佐藤大が語る、『ノーコン・キッド』制作秘話
普段はアナログ系ホビーを取り上げているこの連載だが、やはり80年代のホビーを語る上で無視できないのがデジタル系ホビーの代表「コンピュータゲーム」だ。ファミコンやアーケードゲームが続々と登場し、子どもたちのハートをわしづかみにしていた80年代は、現在以上にコンピュータゲームに対して夢と希望が満ちていた時代だった。日進月歩で進化するグラフィックと、次々飛び出す工夫を凝らしたシステム。そして耳に残るサウンドに、僕らは胸を躍らせまくっていた! 今回は「バック・トゥ・ザ80’s」番外編として、そんなコンピュータゲームの進化とともに青春を送った少年・少女たちの青春を描き、大きな話題を呼んだテレビドラマ『ノーコン・キッド~ぼくらのゲーム史~』(テレビ東京系)の原案・シリーズ構成・脚本を手掛けた佐藤大氏に、ドラマの制作裏話と80年代のゲームに対する思い出を語ってもらった。 ■ゲームに対する世の中の認識を変えたかった! ──まずは、企画の発端を教えてください。 佐藤 もともと10年以上前からゲームセンターを舞台にした青春物語をやりたいと思っていたんですけど、実際に動き出したのは3年ほど前です。最初は映画でやるという話でスタートしたんですが、テレビ東京のプロデューサー・五箇公貴さんに、ぜひテレビシリーズでやらないか、というお話をいただいたんです。 ──そもそもなぜ、ゲームを題材にしたドラマを作りたいと思うようになったんですか? 佐藤 僕の原体験が、まさにゲームセンターで遊んでいた友達との付き合いや思い出なんです。ゲームって、「ゲーム脳」とか「コミュニケーション不足になる」とか言われて、定期的に悪者になるじゃないですか。でも、僕はゲームを通じて友達を作ったという実感があるんです。だから、そういう世間の意識をなんとか変えたかったんです。 そのほかに、僕は昔『ポケットモンスター』を作ったゲームフリークという会社に所属していたんですが、社員の半分くらいが当時のハイスコアラー(ゲームで高得点を獲得する達人のこと)だったんです。そこでスターゲーマーたちのエピソードを聞くことが多くて、それが本当に面白かったんです。そのエピソードをドラマ化したかった、というのもあります。 ──ゲームプレイヤーたちのドラマという構成は新鮮でした。 佐藤 今までもゲームを題材にしたドラマというのはいくつかありましたが、クリエイターの話とかゲームが脇役に回っている話が大半だったので、今回はゲームの実機を使ってプレイヤーの話を描きたかったんです。そこが、今回の企画の根幹でしたね。 ──本作は実際に当時の筐体(アーケードゲームのセット一式のこと)や、ゲーム画面が登場するところも話題になりましたが、出てくるタイトルのチョイスが絶妙でした。登場ゲームのコーディネートは、どう行われたのでしょうか? 佐藤 ドラマの大枠ができたところで、まず私と『ゲームセンターCX』(フジテレビONE/TWO/NEXT)も担当されている酒井健作さんとほかのプロデューサーたちで、出したいタイトルをリストアップしました。でも、「あれを出したい」「これを出したい」って全然収拾がつかなかったので、ジャンルで分けることにしたんです。RPG、アクション、シューティング、格ゲー、恋愛とジャンルに分けたら、わりとストーリー展開とすり合わせられるようになりました。もし入れたいゲームの許可が取れなかった時も、ジャンルが同じならドラマを先行させてほかのタイトルに差し替えることもできるので。 ──多数のゲームが登場するということで、各メーカーへの許可取りも大変だったのではないでしょうか? 佐藤 そうなんです。今回のドラマで一番大変でした。本作は原作がないオリジナル物なので、「ゲームがどういう扱われ方をするかわからないので、まずは脚本を見せてください」と皆さんおっしゃるんですが、こちらも許可が下りないと脚本を書けない。自分としては、絶対に第1話に『ゼビウス』を出したかった。『ゼビウス』を根幹にして『ドラクエ』『バーチャファイター』を使いたかったので、これらのタイトルが使えなかったらヤバいと思っていたんですが、まずバンダイナムコさんにOKしていただき、第1~3話をナムコゲームで作ることができました。80年代序盤から中盤は、本当にナムコ黄金期でしたからね。この3本の脚本を持って他社さんに許可をいただきに行く、という形で今回の企画が実現しました。 だから、ストーリーをまとめることと、制作進行上の都合という2つの意味でジャンル分けを行いつつ、あの時代をどう象徴するジャンルなのかというところを考えながらタイトルをチョイスしました。あの時代のナムコは、神がかっていましたからね。
■コイン投入は「変身」で、ゲームシーンは「バトル」! ──やはり、80年代前半のナムコへの思い入れは強いですか? 佐藤 強いですね。本当は、『パックマン』は物語開始時点よりちょっと前の時代のゲームだったのですが、絶対に出したかったですし、『ポールポジション』もいわゆるリアビューのレースゲームとしては最初にヒットしたという点でポイントでした。ただ筐体があまり残ってなかったので、ミカドさん(高田馬場にあるレトロゲームに強いゲームセンター)に動いてもらえてよかったです。 また、ナムコに限らず、各メーカーに当時のポスターとかポップって、もう残ってないんです。そこで、SNSなどを通じてコレクターを探して、お借りしたんです。でも、すごく大事な物なので、そのまま使えない。ということで、それを撮影してプリントし直し、ポスターとして使いました。 ──すごい手間ですね! そのこだわりから、あのゲームセンターのリアリティが生まれていたんですね。 佐藤 筐体も各メーカーに残ってないので、それも全部探して回りました。これはもう、ゲームコーディネートで参加していただいた安部理一郎さんとか、ナツゲーミュージアムさん(秋葉原にあるレトロゲーム系ゲームセンター)やミカドさんたちがいてくれたおかげですね。やはり、エミュレーターは使いたくなかったんです。それは見る人が見たら、絶対にわかっちゃいますから。結果的に見る人が見ないとわからない感じになっちゃいましたけど、テレビ東京の深夜ドラマだからこそできた、という感じがあります。そこはプロデューサーも含め、皆さんがわかってくれていたということですよね。 それと、シリーズ監督の鈴村展弘さんの力が非常に大きかったですね。彼はもとも「平成ライダー」シリーズとか『アキバレンジャー』とか撮られている方で、ゲームのバトルシーンをすごく丁寧に演出していただきました。普通の監督ならゲームのシーンを省いちゃうところを、コイン投入のシーンは「ヒーローの変身シーン」。ゲーム対決のシーンは「変身後のバトルシーン」という意識で、1~3話のゲームシーンをしっかり撮ってくれました。そんな鈴村監督にいいスタートアップを作っていただき、その後、いろんな監督にぶち壊してもらうという、すごくいいバランスで制作してもらえました。 ■自分自身と向き合うきっかけになった『ノーコン・キッド』 ──80年から90年代初頭といえば、ゲームとサウンド系のカルチャーをクロスオーバーさせる試みが、細野晴臣やいとうせいこう、スチャダラパーらによって何度も行われていた時代です。その中で佐藤さんも、クラブにモニターとゲームを持ち込み、クラブカルチャーとゲームカルチャーの融合を試みる「東京ゲーマーズナイトグルーヴ」というイベントを開催していました。劇中でも、そのイベントを下敷きにした「東京G2ナイトグルーヴ」というクラブイベントが出てきましたね。自身の活動がゲームの歴史として描かれた時は、どう思われましたか? 佐藤 気恥ずかしかったですよ(笑)。本当は避けたかったんですけど、企画を練る時間は10年くらいあったんですが、企画が通ってからは1カ月半で全部仕上げなきゃいけなかった。とにかく時間がなかったので、もう自分の引き出しを開けるしかありませんでした。加えて、最近ノスタルジックにゲームが扱われる際に、ゲームとクラブ文化やファッション文化を結びつける文脈が省かれがちなんですが、原案・シリーズ構成を自分がやる上で、このあたりを題材にしたら「自分らしさ」って出せるんじゃないかなと。 それと今回、砂原良徳さんが音楽を担当していて、彼にも一回ドラマに出演してもらいたかったんですよ。その時に、クラブDJっていうポジションが一番自然かなと思ったんですよね。そういう複合的なところから、クラブのエピソードが生まれました。観客のエキストラも、友達に電話しまくって、当時の衣装で来てもらったんです。当時の衣装を大切に持ってくれているのは、彼らしかいないので。 ──まさに、人脈とキャリアを総動員して作られた作品ですね。 佐藤 本当に低予算だったので、手弁当でやる部分が大きかったです。だから使えるものは自分の過去も使う、という感じでした。確かに恥ずかしい部分もあるのかもしれないけど、こういうものがドラマとしてフィルムに残ることなんてなかなかないので、これはこれでいいのかなと思います。 ──堀井雄二さんや遠藤雅伸さんをはじめ、ゲーム業界の伝説的クリエイターも数多く出演されていて驚きました。 佐藤 僕らにとって神みたいな存在の方たちなので、出演してくださった時は本当にうれしかったです。 ──ゲーム業界人すら巻き込んで制作された『ノーコン・キッド』は、佐藤さんにとってどんな作品ですか? 佐藤 どうなんでしょう(笑)。結果論として、過去の自分と向き合わないといけなくなり、一回しか使えないアイデアで作ったドラマになりました。アニメーションをやりながらゲームの脚本もやってきたこれまでの自分のキャリアが、各メーカーさんたちが協力してくれた理由の一部になりましたし。当時は何者でもなかった友達を総動員した作品にもなっているので、そういう意味でも特別な作品です。 ──佐藤さんの、ゲームと共に歩んできた人生が結晶になったという感もありますね。 佐藤 結果論ですが(笑)。最初から俺の結晶を見てほしい、という気はまったくありませんでしたが、そうなっちゃったなと(苦笑)。ちょうど今年で45歳なんですけど、砂原さんとは「40を過ぎてからでないと、こういうのは作れないよね」みたいな話をしてたし、主題歌を歌ってくれたTOKYO No.1 SOUL SETも、自分たちの昔に向き合うような曲を作ってくれました。だから当時、音楽的にもお世話になった方たちと仕事ができたということで、今回はゲームだけでなくクラブシーンで遊んでいた頃の自分とも向き合えましたし、たくさん映像作品を見てきた監督さんから、これからすごくなるだろうという若い世代の方とも一緒にやれて、新旧入り乱れた現場になりました。これもある意味、僕らしいのかなと。 ■ラストのゲーセンは、すでに実現している! ──さて、そんな『ノーコン・キッド』ですが、かなり希望に満ちたラストシーンで物語は終わりました。現在、ゲームセンター業界はかなり厳しい状況という話はあちらこちらでいわれていますが、本作のラストは佐藤さんの「ゲームセンターは今後こうあってほしい」という希望ですか? 佐藤 そうですね。ゲーセンに対するノスタルジーだけで、「あの頃はよかったね」で終わったらすごく悲しいので、僕らなりの理想を表現してみました。古いものも新しいものも、それこそアーケード版『ぷよぷよ!!クエスト』みたいなスマホ的なものも全部詰め込んで、それらがつながっていくようになったらいいなと思っています。いろんなゲームが一つの場所に集まって、お互いの顔を見ながら遊べる場所があってもいいんじゃないかなと。今回取材に行ったミカドさんは、けっこう理想形に近かったですね。店長さんもキャラが立っているし。 それこそ『ゼビウス』とか『ポールポジション』みたいな古いゲームが現役である一方、新しいゲームがあって、イベントをしょっちゅう開催して、ニコニコ動画で中継して、でもその場に行かないとできないこともある。だから、今回のドラマでは、ミカドさんをけっこう参考にさせていただきました。放送終了後、「最後に出てきたゲーセンなんて、ありえないよ」とよく言われたんですが、「いやいや、実際に取材してここはアリだなと思ったから、ああいう形にしたんだけど」って言いたいですね。ナツゲーミュージアムさんもあるし、地方にもそういうゲーセンはまだ残っている。今はSNSとかいろんな情報網があるので、皆さんもそれを使って実際にゲームセンターに行って、ワンコイン入れてみてほしいです。 ──最後になりますが、ドラマは97年頃以降のゲーム史が省略されています。今後、この時代のゲームを扱うような続編はありえるのでしょうか? 佐藤 本当にやりたいですし、ネタ的にもいろいろあったんです。この直後に音ゲーブームが始まって、恋愛シミュレーションの人気が爆発して、現在のオタク文化につながる。それと重なる時期に弾幕系ゲームが登場して、シューティングゲームが再びブレークする。さらにFPSという、ものすごい文化が海外からやってくるんですよね。格闘ゲームももっと盛り上がって、ウメハラ(梅原大吾)さんみたいなプロゲーマーも出現する。ネタは山ほどあるし、できれば映画版も作りたいのですが、これはもうDVDとBlu-rayの売り上げいかんによりますね。いろんな意味で、売れてくれたらいいですね(笑)。 (取材・文=有田シュン/文中敬称略) ●『ノーコン・キッド~ぼくらのゲーム史~』公式サイト <http://www.tv-tokyo.co.jp/noconkid/> ----------------------------------------------------------- ●「バック・トゥ・ザ・80's」トークライブVOl.1 開催! 「バック・トゥ・ザ80's」で取り上げたホビーを、開発者、関係者を招いて語り尽くすトークライブ開催決定。第1回は、連載12回でも取り上げた伝説のボードゲームシリーズ「パーティジョイ」をプレイバック。ここでしか聞けない、ナマの裏話が飛び出す!? ◇日時:2014年2月8日(土)18:30オープン/19:00スタート ◇会場:GAME CAFE&BAR Ninety ◇入場料:2000円(1ドリンク付き) ※1ドリンク以降のオーダーはキャッシュオンにて販売を行います。 ◇チケット予約:キャパには限りがございますため、予約いただいたほうが確実です(※キャンセル料などは発生致しません)。 ◇イベント公式サイト <http://claricedisc.com/ev/20140208/partyjoy01.html>
恋愛成就で人生円満? 婚約破談、不倫、再婚、その後の男女関係の準備
早くも新しい年が始まってから1カ月が過ぎてしまいました。今年の運勢はどうなんだろう? 恋愛運は? 仕事運は? と、あらゆる女性誌の占い特集に手を出しては一喜一憂を繰り返しているうちに、ひと月たってしまった人や、占いページを見漁ってるのに、自分の心に応えてくれる言葉が見つからない……と落胆している女性もいるでしょう。
占い特集では決して取り上げられない、もう1つの恋愛運。不倫、復縁、再婚、離婚といった複雑な男女関係に悩む女性はいつの時代も少なくないのに、女性誌の占いでは紹介されません。そんな誰にも相談できず、アドバイスももらえず、指標を失ってしまった女性たちを救ってきた運命鑑定サイト「大願成就 奇跡の運命鑑定」が、口コミで話題を読んでいます。
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編集者批判から金銭事情の暴露まで…ブログやツイッターの出現で変化するマンガ家と編集者の“力関係”
「今思い出しても地獄の日々です。」「これは、作家としての誇りの戦いなのです。」――今年1月下旬、『ふしぎ遊戯』などのヒット作をもつマンガ家・渡瀬悠宇さんが自身のブログで、『アラタカンガタリ~革神語~』を連載している「少年サンデー」(すべて小学館)の編集部員に対し、激しい不満を表明して話題となった。『アラタカンガタリ』において、当初の編集者だった“Iさん”なる人物が作家の意向を無視し、自分勝手なストーリー展開を押し付けたため意気消沈。一時はマンガ家をやめようと考えるほどまで追い詰められた様子が克明に語られていた(※現在、当該ブログ記事は削除されている)。 出版社とマンガ家のトラブルといえば、2008年に『金色のガッシュ!!』カラー原稿紛失について作者・雷句誠さんが小学館を提訴した話が有名だろう。本人の旧ブログには当時の記事がまだ残されている(外部参照)。何人かのマンガ家が雷句さんに同調し、新條まゆさんもブログ中で同社の傲慢なやり方へ不満を述べた(外部参照)。 出版社がマンガ家を抑圧し、ときには消耗品のように扱う――そんな風潮は昔からあったはずだが、一般読者にまで広く伝わるようになった背景には、ブログやSNSといった“ITツール”の普及が無視できない。マンガ家たちが出版社のフィルターを通さず、読者にナマの声を届けられる時代になったのだ。 これまでマンガ家がネットで直接暴露したエピソードをみると、不満の形には大きく2つある。 【「おたぽる」で続きを読む】『アラタカンガタリ~革神語~ リマスター版』(小学館/渡瀬悠宇)
ジャニーズ歴12年のKis-My-Ft2北山宏光、同世代男性への重みあるアドバイス
顔面は舞祭組なのに、イケメン組に入る処世術を教えてあげて!
<アイドル誌チェック!!>
「FINEBOYS」(日之出出版)3月号は、Kis-My-Ft2の北山宏光が初登場。ファッションページでは「色柄マイスター!」と題し、色と柄をミックスしたカジュアルスタイルのモデルにチャレンジしています。チェックシャツ×チェックカットソー×チェックマフラーという組み合わせや、迷彩柄ベスト、オレンジの丸首スウェット、大胆な柄のパーカーなど、着る人によっては大失敗しそうな難しいコーディネートを、北山は持ち前の中性的な顔立ちとスタイルでサラッと軽やかに着こなしています。
やけにハマっているのはなぜかと思えば、インタビューで「柄ものは普段からよく着ていますね」「色は結構何でも着ます」と語っており、ふだんから色柄を着こなしているからこその“こなれ感”がグラビアにうまく表現できていたようです。そんなオシャレな北山ですが、服はTPOに合わせることが基本とのこと。






