
豪雨の中で決行されたオールナイトイベント「BEATCHILD1987」。ズブ濡れになって歌う尾崎豊の姿に7万人の観客は陶酔し、一体感を覚えた。
まるでこれから田植えでも始まるかのようなぬかるみ状態の会場。雷鳴まじりで断続的に降り続ける豪雨。ステージ上の機材は浸水のためトラブルの連続。当然ながら出演アーティストの演奏はベストコンディションには程遠いものだった。そんな悪条件ながら、いや最悪の状況だったからこそ、参加者たちの記憶に刻まれたロックライブがあった。フジロックフェスが始まる以前、1987年8月22日に九州の南阿蘇で開かれた「BEATCHILD1987」がそれだ。出演アーティストがあまりにも豪華すぎる。ザ・ブルーハーツ、RED WARRIERS、BOOWY、THE STREET SLIDERS、尾崎豊……。もう2度とありえない顔ぶれが集ったオールナイトイベントだった。LIVEドキュメンタリー『ベイビー大丈夫かっ BEATCHILD1987』は、ロックムーブメントに湧いた80年代の熱気と野外フェスならではの悲惨な状況をそのままタイムカプセルに閉じ込めたレアものの映像記録だ。その封印が26年ぶりに解かれる。
出演アーティストが発表された時点で、大変な反響を呼んだロックイベントだった。3万人の動員を予定していたイベント会場のアスペクタには、7万2000人もの若者たちが全国から集結した。日本版ウッドストックだと騒がれた。阿蘇山麓の雄大な大草原の中で、さわやかな夜風を感じながら、星空に彩られた夢のロックフェスになるはずだった。だが、山の天候はあまりにも無情だった。夕方6時の開演を前に土砂降りのスコールが降り、ステージ前の客席スペースを濁流が流れる有り様となる。こんな状況でオールナイトイベントができるのだろうか?

80年代後半のロックブームを牽引したザ・ブルーハーツ。ステージ上を飛び跳ねるヒロトのエネルギッシュさに観客は引き込まれていく。
イベント関係者も観客も抱いていた不安な気持ちを、スコ~ンと蹴り飛ばしてみせたのはオープニングを飾るザ・ブルーハーツだった。ブルーハーツはこの年の5月にメジャーデビューを果たしたばかり。雨の中、会場入りしたヒロトがカメラに向かって笑う。「最高だな、おい!」。このヒロトのひと言と笑顔がこのドキュメンタリーの“核”となる。ロックとはポピュラー音楽のいちジャンルを指した言葉ではない。不満だらけの現実を爆発するエネルギーに転換させる強烈な思考性こそロックなのだ。ドブネズミみたいにずぶ濡れになった観客に、ブルーハーツの名曲「リンダリンダ」が捧げられる。こうして長い長いオールナイトイベントの幕が上がった。
続くRED WARRIERSの演奏中こそ小降りとなっていたが、“和製プリンス” 岡村靖幸が歌い始めると再び雨足が強くなっていく。岡村の「君とセックスしたいんだッ」という叫びが暗闇に溶けて消えてしまう。悲惨さを極めたのは白井貴子のステージだった。機材が水浸しでまるで使いものにならない。ドラムのドスドスッと響くリズムだけで、白井貴子はステージを乗り切らなくてはならなくなった。星降る夜空のもと、バラードをじっくり歌い上げようと考えていた白井貴子の目論みは完全に豪雨と共に流れ去ってしまった。頭からバケツで水を被った白井貴子はヒット曲「CHANCE!」を懸命に歌う。ボロボロのステージだったが、観客を気遣いながら最後までステージを勤め上げるプロ意識が焼き付く。ステージを降りた彼女のこぼした涙は、満足なライブを提供できなかった悔しさからか、それともステージを何とかやり遂げた安堵感からか。
夜更けになり、寒さがどんどん増していく。売店で用意されたタオルもTシャツもすべて売り切れ。悪寒と疲労を訴える観客が次々と救護スペースへと運ばれていく。そんな中で驚異的なパフォーマンスを披露したのはBOOWYの氷室京介だった。布袋寅泰のギターとの掛け合いの懐かしさもさることながら、雨の中でもヒムロックは普段とまるで変わらずに体をくねらせ続ける。悪条件に左右されない、恐ろしいまでの集中力だ。真夜中の2時に登場した尾崎豊に至っては、ステージ上でぐしょぐしょになって「シェリー」を歌う姿がとても自然に感じられてしまう。疲れきった観客たちを相手に、会場全体を支配してみせた尾崎のカリスマ性はハンパない。BOOWYはこの年の12月に解散を宣言、尾崎は5年後に26歳の若さで夭折する。

この年、日本武道館に初進出を果たしたTHE STREET SLIDERS。ブームに左右されることなく、硬派なスタイルを貫いたバンドだった。
尾崎、ハウンドドッグらマザーエンタープライズ所属のアーティスト出演パートだけで構成されたテレビ番組が過去にローカル放送されているが、主要アーティストたちをほぼ網羅したバージョンは本作が初となる。バンドの解散や所属事務所の移籍などあり、権利問題をクリアすることが困難なことからDVD化やテレビ放映は予定されていないとのこと。当時、南阿蘇まで辿り着けなかったファンにとっても、会場入りしたものの全ステージを楽しむことができなかった観客にとっても貴重な追体験の場となりそうだ。
トリを務める佐野元春のステージと共に冷たい雨がようやく止み、阿蘇の山麓に朝日が差し込む。夢の宴が終わった後、泥沼と化した会場から難民さながらの姿になった観客たちがぞろぞろと引き揚げていく。その様子をカメラは執拗に延々と映し出す。疲れきった若者たちの重い足取りを、バブル経済崩壊後のズタボロになる日本社会と重ね合わせているのだろうか。いや、ひと晩中、雨に打たれ続けた彼らの体内には泥と乳酸だけでなく、ロックの遺伝子も注入されたはずだ。伝説のロックフェスから四半世紀が過ぎ、タイムカプセルを開けるにはいい時期なのかもしれない。ヒロトの「最高だな、おい!」という笑顔が乾いた胸に染みる。
(文=長野辰次)
LIVEドキュメンタリー『ベイビー大丈夫かっ BEATCHILD1987』
監督/佐藤輝 音楽監督/佐久間正英 出演/ザ・ブルーハーツ、RED WARRIERS、岡村靖幸、白井貴子、ハウンドドッグ、BOOWY、THE STREET SLIDERS、尾崎豊、渡辺美里、佐野元春(出演順) 配給/ライブ・ビューイング・ジャパン、マイシアター 10月26日(土)よりイオンシネマ、TOHOシネマズ、Tジョイほか全国ロードショー (c)BEATCHILD1987製作委員会 <
http://www.beatchild.jp>