
ハウメニーいい顔ぞろい! 80年代の釜山を闊歩する『悪いやつら』のみなさん。彼らの顔を観てるだけで、ご飯が1升くらい進みそう。
ホタテの貝柱のように、噛めば噛むほど味わい深いエキスがどんどん染み出てくる。韓国映画『悪いやつら』に登場する、コワモテな男たちの一挙手一投足から目が離せない。主演は『オールド・ボーイ』(03)『悪魔を見た』(10)の超演技派チェ・ミンシクと『チェイサー』(08)『哀しき獣』(10)で若手No.1の実力派に躍り出たハ・ジョンウという初顔合わせ。イタリアン・マフィアの実態に迫った『ゴッドファーザー』(72)や『グッドフェローズ』(90)、戦後復興期の日本人の生き様を活写した『仁義なき戦い』(73)を思わせる快作だ。韓国ならではの血縁社会を題材に、本能の赴くままに男たちが裏社会でのし上がっていく姿を、こってりジューシーにあぶり出している。
『悪いやつら』は韓流映画ファンだけが楽しむにはあまりにももったいない。嫌韓流の方たちも拍手喝采したくなる、素っ裸の韓国人像が描かれている。ここまで韓国社会の内情をさらけ出し、エンターテイメント化してみせた作品はそうそうないだろう。中国から伝わった儒教文化の影響が根強く残る韓国は、法律よりも血の繋がりが優先される絶対的な父系血縁社会だ。さらに長幼の序が一族内だけでなく、あらゆる組織や集団の中でも定まっている。そんな保守的な社会の中で、底辺にいる人間が這い上がる手段は非常に限られている。小さいときからひたすら受験勉強に打ち込んで名門大学に入るか、ワイロを使っていい職場に潜り込むか、もしくは裏社会と結託するかぐらいしかない。

外では悪いことやりたい放題のイクヒョン(チェ・ミンシク)だが、家族の前では教育熱心なインテリパパに早変わりする。
当然ながら『悪いやつら』は、名門大学には縁のなかった人たちのお話。釜山の税関に勤めるチェ・イクヒョン(チェ・ミンシク)はなけなしのワイロを渡して、この職に就いた。就職するのに元手が掛かったが、家族のためにもしっかり回収しなくてはならない。税関に通う業者たちのチェックを甘くする代わりに、「お食事代」「お車代」をたんまりといただく。イクヒョンだけでなく職場のみんながやっていることなので罪悪感はまるでない。ところが運悪く税関に査察が入り、職場を代表してイクヒョンひとりが詰め腹をさせられるはめに。なんでオレだけ貧乏クジを? 憤懣やるせないイクヒョンの目に留まったのは、港の倉庫に隠されていた大量の覚醒剤。「日本に送りつけて、日本人をみんなシャブ中にしてしまえ!」とイクヒョンは退職金代わりに覚醒剤をネコババ。裏社会への横流しを請け負うことになったのが、新興ヤクザの若き親分チェ・ヒョンベ(ハ・ジョンウ)だ。同じ姓なので、イクヒョンが出身地を尋ねると、2人は親族関係であることが判明。親戚同士で自分のほうが年上なことから、イクヒョンは急に態度がデカくなる。彼のお調子もの人生がここから始まった。
イクヒョンは税関時代の人脈を活かして、ビジネス界と裏社会のコーディネイターとして暗躍。地元の警察署や司法関係者にもせっせと贈り物を届けるなど抜け目ない。イクヒョンの小ズルい処世術とヒョンベのここ一番でのバイオレンスパワーががっちり噛み合い、2人はたちまち釜山一帯の顔役に収まる。ショービジネスやカジノの権利も手に入れ、2人はウハウハだ。頼れるものはやっぱり血縁関係だと、ヒョンベもすっかりイクヒョンに心を許すようになる。
韓国映画の魅力は振り切った演出にある。マーティン・スコセッシ監督の『グッドフェローズ』を100回観たというユン・ジョンビン監督(1979年生まれ!)は怖いもの知らずで、韓国社会の実情を暴き出していく。同じく韓国映画『トガニ 幼き瞳の告発』(11)や『生き残るための3つの取引』(10)でも描かれていたが、韓国の公務員たちはワイロ漬けで不正がはびこり放題。役人もヤクザもまるで一緒。みんな自分や自分の身内が甘い汁を吸うことしか考えていない。そして、そんな役人たちの大ボスにあたるのが韓国大統領だ。

アクション大作『ベルリンファイル』も韓国で大ヒットし、人気と実力を兼ねそろえたハ・ジョンウ。カリスマ性が漂います。
1980年代の釜山を舞台にした本作では、ノ・テウ大統領が“犯罪との戦争”を宣言し、暴力団の一掃を図る。それまで濡れ手に粟状態だったイクヒョンとヒョンベの蜜月関係に亀裂が生じることになるが、ノ・テウ大統領自身も退任後の1995年に政治資金の隠蔽が発覚し、刑務所送りとなる。韓国の大統領は末路が実に悲惨だ。2009年に検察の取り調べを受けていたノ・ムヒョン元大統領が自殺に追い込まれたのをはじめ、ほとんどの大統領がクーデターによる失脚、暗殺、投獄……とズタボロの晩年を送るはめになっている。身内に便宜を計るあまり、政権交替後のしっぺ返しが尋常ではない。しがない小役人だったイクヒョンが血縁関係のあるヒョンベの力を借りて裏社会であざとく出世していく姿は、歴代韓国大統領たちのサクセスストーリーの縮小版にすぎない。
悪いやつらが次々と登場する本作だが、どこか妙な懐かしさも感じさせる。お調子もののイクヒョンは力の強い相手にはペコペコしているが、酒を呑むと急に慣れ慣れしくなる。調子に乗りすぎて、ヒョンベの部下パク(キム・ソンギュン)にボコボコにされてしまう。カタギにもヤクザにも徹しきれないイクヒョンは“パンダル”と呼ばれるハンパものだ。浮かれ具合としょんぼりしたときの落差があまりにも大きく、やたらと人間臭い。そして、その憎みきれないお調子ものぶりは、映画を観ていた自分に忘れかけていた過去の記憶を思い起こさせる。
その昔、親戚一堂が集まる冠婚葬祭の場に、イクヒョンによく似たオッサンがときどき現われた。そのオッサンはいつも場違いな服装で浮いており、酒を呑んでは顔を真っ赤にしていた。酔っぱらう度にそのオッサンは景気のいい話をやたらと吹いていたが、やがて親戚中から借金をしまくった挙げ句に消息を絶ってしまった。オッサンが消えた後の空き家には、催促状の束が溢れ返っていたそうだ。多分、あのオッサンは自分の居場所を、この国の中にはどこにも見つけることができなかったのだろう。うさん臭いという言葉がいちばん相応しかったあのオッサンに、旅先でばったり再会した気分だった。もはやホラ吹きなあのオッサンが生息できる場所はスクリーンの中しかなかった。
(文=長野辰次)
『悪いやつら』
監督・脚本/ユン・ジョンビン 出演/チェ・ミンシク、ハ・ジョンウ、チョ・ジヌン、マ・ドンソク、クァク・ドウォン、キム・ソンギュン、キム・ヘウン、クォン・テウォン、キム・ウンス 配給/ファインフィルムズ 8月31日(土)よりシネマート新宿、9月14日(土)よりシネマート心斎橋ほか全国順次公開 (c)2012 SHOWBOX/MEDIAPLEX AND PALETTE PICTURES ALL RIGHTS RESERVED.
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