「それってネタバレじゃ……」『風立ちぬ』タバコ描写問題で、日本禁煙学会に映画界からブーイングの声

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『風立ちぬ』公式サイトより
 大ヒット中の映画『風立ちぬ』の中で頻出する登場人物たちの“喫煙シーン”に、NPO法人「日本禁煙学会」が要望書を出した問題が波紋を広げている。  12日、日本禁煙学会は『映画「風立ちぬ」でのタバコの扱いについて(要望)』という文章を公開。同文書を製作担当者に提出したことを明かした。文書では「教室での喫煙場面、職場で上司を含め職員の多くが喫煙している場面、高級リゾートホテルのレストラン内での喫煙場面など、数え上げれば枚挙にいとまがありません」などとし、同作品が“タバコ広告にあたる”として「タバコ規制枠組み条約」13条違反、また「学生が『タバコくれ』と友人にタバコをもらう場面などは未成年者の喫煙を助長」しているとして「未成年者喫煙禁止法」にも抵触するおそれがあると指弾している。  これを受けて、ネット上では賛否の意見が噴出。掲示板などでは大きな議論を呼んでいるが、映画関係者からは「この要望書そのものがマナー違反だ」という声が聞こえている。 「要望書の中で『肺結核で伏している妻の手を握りながらの喫煙描写は問題』と言っていますが、このシーンで主人公は、妻の手を握りながら喫煙をするかしないかを逡巡するんです。映画は“吸うか・吸わないか”を迷う人物を描写しているのに、この要望書が広まったおかげで、観客は“吸う”ことを事前に知ってしまう。公開中の映画の、クライマックスに近い時間帯での、非常に重要な葛藤が描かれている大切なシーンですよ。その結末を軽々しくネタバレさせるような人たちに、喫煙マナーなんかを語る資格があるんですかね。これから劇場に足を運んでくれるお客さんに失礼ですよ」(映画製作会社関係者)  要望書は「映画制作にあたってはタバコの扱いについて、特段の留意をされますことを心より要望いたします」と締められているが、禁煙学会側にも、要望にあたっては特段の留意が必要だったかもしれない。

加藤浩次はヌルい! 80年代過激バラエティは「芸人に東大生の血を輸血」

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『80年代テレビバラエティ黄金伝説』(洋泉社)

 先日放送されたフジテレビ系『27時間テレビ』内の『めちゃ×2イケてるッ!』枠で勃発した、極楽とんぼ・加藤浩次の「まゆゆ頭蹴り」騒動。ゲストで出演していたAKB48の渡辺麻友の頭を、加藤が足で蹴ったことに対して、Twitter上では「女の子の頭蹴っておもしろいの?」「何か越えちゃいけないラインを越えた気がする」「いくらなんでもやりすぎだ」との批判が噴出した。まゆゆファンは、「加藤浩次、殺すしかない」と怒りをあらわにし、まゆゆが「私、ひと皮むけた気がします」と宣言した今も収束を見せていない。

 しかし、アイドルの頭を蹴るというのはまだまだ手ぬるいと思えるほど、昔のテレビ番組はもっと過激だった。挑発的で危険が満載――そんな懐かしの番組を『80年代テレビバラエティ黄金伝説』(洋泉社MOOK)から紹介しよう。

「嵐は1円ももらってない?」『24時間テレビ』ギャラ5,000万円否定も、漂う違和感

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日本テレビ『24時間テレビ36「愛は地球を救う」』公式サイトより

【日刊サイゾーより】

 『24時間テレビ36「愛は地球を救う」』(今月24~25日放送)のメーンパーソナリティーを務める嵐について、日本テレビは報道各社へ向け16日、「嵐のメンバーにはチャリTシャツのデザインを含め、メーンパーソナリティーを今年もボランティアで務めていただいております」とのコメントを発表した。

 これは、先月30日発売の「FLASH」(光文社)の記事「日テレ24時間テレビvs.フジ27時間テレビ(秘)原価をスクープ入手」を受けてのもの。記事では、“事情を知るプロデューサー”がギャラを暴露しており、「嵐5,000万円、チャリティーパーソナリティーの上戸彩500万円、チャリティーマラソンランナーの大島美幸(森三中)1,000万円、総合司会の羽鳥慎一500万円……」と金額を掲載。

 これが騒動となり、視聴者から「募金する気がなくなった」「ギャラ全部募金しろ」などと同番組や出演者への批判が殺到した。

 今回の日テレのコメントを受け、ネット上では「嵐は1円ももらってないらしい」「いや、ボランティアはスタンスであって、支払いは別の話」「金額は記事通りだけど、名目が違うってこと?」などと混乱……

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男性が中折れした瞬間、ラブホを飛び出す極端思考な「冥王星女子」とは?

【ハピズムより】

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「勃たないなら今日は帰るわ!」

 占星術において重要な意味を担う10天体。それぞれの天体が持つ特徴は、地球に住む私たち女性の恋愛傾向を映しているかのよう。貴女の恋模様は、どの天体とマッチするでしょうか?

<第6回「冥王星女子」>

■冥王星女子の恋愛観は超・極端!

 色恋において、ものすごく極端な考え方をしてしまう女性っていますよね。例えば、あなたから彼氏を週末デートに誘い、断られたとしましょう。普通に考えたら、仕事や友達との約束など、ほかに予定が入っているのだろうと解釈し、「じゃあ、また誘うね」と返しますよね。しかし、「私からの誘いを断るということは、もう彼は私を愛していないのだわ!」と決めつけ、一方的にサヨナラをしてしまう女性。

 セックスにおいても、相手男性が中折れしてしまうことってありますが、そういったシチュエーションでも極端なジャッジを下す女性がいます。「私に魅力がないから勃たないのねッ!」とシャウトし、相手男性の「飲み過ぎで……」とか「疲れているみたいだから朝、頑張るよ」という言い分もいっさい聞かずに、ラブホを飛び出していきます。

 このように、色恋において極端な考え方をしてしまう女性を、ここでは「冥王星女子」と呼ばせていただきます。

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「カスすぎる」! ジャニーズJr.、楽屋動画をYouTubeにアップでファン失望

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だったら滝チャンネルに投稿してヨネ!

 YouTubeにアップされた動画がジャニーズファンの間で話題になっている。数人の少年がトイレでコーラをぶち撒けて悪ふざけをしている映像だが、この少年たちがジャニーズJr.であると判明、映像の内容は元よりプロ意識の低さに失望の声が上がっている。

 問題の動画は、楽屋らしき場所で数人のJr.がペットボトルのコーラを床に打ち付ける場面から始まる。「誰に開けさせる?」「あっちの方でやれ」「見たい人はトイレ」といった会話があった後、男子トイレに移動。Jr.のウェスリー・マッシーが服を脱ぎ、パンツ1枚の状態で栓を開け泡まみれになる、というおよそ2分の短い映像だ。

ロックのなんたるかを教えてくれた山口冨士夫へ

 山口冨士夫が死んだ。  享年64歳。まだ戦争の傷跡も生々しい1949年に生まれた山口は、長い間糖尿病の合併症で苦しんでいた。なので当初は病気かドラッグのオーヴァードーズが死因かと思われたが、報道によれば、どうやら軍属の米国人親子から暴行を受けたのが死因ではないかという見方が強まっている。長年不摂生を続けてきた彼のカラダは、持ちこたえられなかったのだろう。 「村八分」の山口冨士夫さん死去 路上で突き飛ばされる / 朝日新聞デジタル 米軍属男ら傷害容疑逮捕=会社員ら殴りけがさせる/時事ドットコム 「村八分」ギタリスト山口冨士夫さんが死去 1カ月前に突き飛ばされ頭部強打 / msn産経ニュース  彼の名を日本のロック史に永遠に留めることになったのが1970年に結成され、1973年に解散した村八分だ。冨士夫にとって、ダイナマイツに続く2つめのバンドだった。

村八分「1972年 三田祭」

 ぼくはこの時のライヴを見ている。中学生の時だった。それまで見知っていた日本のロックとはまったく違っていた。音も、ヴィジュアルも、ファッションも、ステージ・アクションも、なにより存在感がすごかった。ステージにあがった瞬間にその場の空気が変わるのがわかった。なにかもが完璧にかっこよかったのだ。なかでも冨士夫の、ぞくりとするほど妖艶で危険なヴィジュアルと、恐ろしくシャープでリズムの切れるギターは衝撃だった。上記の断片的な映像でそれがどれだけ伝わるかわからないが、評論家的に後付で分析してしまえば、彼らはエロスとタナトスがギリギリにせめぎ合う、危ういまでのデカダンスを全身で体現していた。まさしくジャン・コクトーの描く「アンファン・テリブル」そのものだった。彼らは刃物のように尖っていて、風花のように美しかった。そんなバンドは、そう、ほかにローリング・ストーンズしかいなかった。ぼくは村八分によって、理屈ではなく直感で、ロックを学んだ。
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村八分『Live '72 三田祭』

 彼らと同世代で交流もあった角田ヒロは、当時「村八分なんてストーンズとアリス・クーパーのコピーじゃないか」と言っていた。またCHARがセックス・ピストルズを聞いて「これ、村八分と同じじゃん」と言ったのは有名な話だ。ストーンズ⇒村八分⇒ピストルズというラインは、確かに実感がある。そしてぼくと同じように村八分のライヴに異様な衝撃を受けたのが、後にフリクションを結成したレックだった。レックは以前、ぼくとのインタビューでこんなことを言っていた。 「できかたが違うっていうか、冨士夫ちゃんやチャー坊がそれまで経験してきたものが、自分とは全然ちがうっていうか。(中略)それまでの日本のバンドとは全然ちがう匂いがあった」(『NU SENSATIONS 日本のオルタナティヴ・ロック 1978-1998』)  その「まったく違う経験」とはなにか。それはたとえば海外放浪生活でリアル・ヒッピーなライフスタイルが完璧に身に付いていたチャー坊(ヴォーカル)の身のこなしやたたずまい、あるいは日本人の母と英国軍人の黒人の父の間に生まれ、3歳の時に施設に預けられ、過酷な差別体験を味わったという冨士夫の、戦後日本の混乱と矛盾を一身に背負った境遇なのかもしれない。もちろんぼくだって当時そんなことを知識として知っていたわけではない。だがロックとは音楽スタイルの一種ではなく、その人の人生や生き方の集積であり、「人間」そのものなのだと、村八分が教えてくれたのだった。  「オレたちは、あのくだらない戦争の、まさに傷あとそのものなんだ。わかるか? こんな話を聞いているあんただって、実はそうなのかもしれないぜ」(山口冨士夫・大野祥之『SO WHAT』)  今となっては奇異に思われるかもしれないが、当時村八分のライバルと一部で見なされていたのが、矢沢永吉のキャロルだった。

キャロル「ルイジアンナ」

 実際、1973年5月12日には日比谷野音で「ロックン・ロール・タイトル・マッチ 村八分vsキャロル」というコンサートが企画されていた。当時ヒットを連発してセンセーションを巻き起こしていたキャロルと、まだデビューもしていなかった村八分が対等の立場でライヴをやるのである。当時の村八分の存在感がうかがいしれると同時に、両者に同質の匂いがあったことの証拠でもあるだろう。結局コンサートは中止となるのだが、『ニューミュージックマガジン』1973年7月号によれば、キャンセルを申し出たのは、当時コンサートのドタキャンやライヴの中断中止で悪名高かった村八分ではなく、キャロルの方だったという。  矢沢と冨士夫は同じ学年で誕生日は一ヶ月しか違わない同世代である。戦争の煽りを受け、両親を早くに失い、幼少期から差別やいじめを受け貧困にあえいでいたのも同じだ。アーティストとしても、強烈なインパクトのグラマラスなヴィジュアル、「生き方としてのロック」を体現するような危険な匂い、圧倒的な存在感、ロックンロールの原点の魅力を叩きつけてくるシンプルでエネルギッシュな音楽性も、それまでの日本のバンドとは一線を画す演奏力という点でも、共通項がある。そしてフジテレビの番組「リブヤング」に出演することで一気に知名度を上げたのも同じだ。  両者がお互いをどう思っていたのかはわからない。だが長い間英米の借り物でしかなかった日本のロックが、彼らによって真にオリジナルな次元へと飛躍していったのは間違いない。60年代後半以降の英米のロックは当時の公民権運動やベトナム反戦運動など反権力・反体制運動と連関して、カウンター・カルチャーの象徴として若者の圧倒的な支持を受けたが、日本でカウンター・カルチャーとしての若者音楽の役割を果たしたのはロックではなくフォークだった。結局日本のロックは(頭脳警察などの例外はあるにせよ)、政治性や思想性を抜きにした、若者の<理由なき反抗>、言い換えれば「不良の音楽」として側面を強めていくのだが、キャロルと村八分こそは、その動きを推し進めた両輪であったという見方も成り立つだろう。  今でも村八分の曲は、NHKで放送ができない。曲以前に、バンド名が内規にひっかかってしまうのだ。そんなバンドはほかにない。生まれついて社会から疎外され、はみ出し続けてきた男。それだけに、90年代以降の冨士夫が、反戦・反核・反原発といった社会運動に身を投じていくのは興味深い。

The Teardrops「湾岸戦争反対集会 1991 Feb.10. 1」

ぼくはあまりにも村八分のことに字数を費やしすぎたようだ。村八分は1973年5月5日京大西部講堂のコンサートを実況盤としてリリースするが、アルバム・リリース時にすでにバンドは解散状態だった。
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村八分『ライブ』

 その後の冨士夫はよりパーソナルな表現世界を追求したソロ・アルバム『ひまつぶし』(1974年)のような傑作もあるとはいうものの、バンドを作っては壊し、村八分の再結成も実りなきまま終わって、長い間一線を退いていたという印象だった。その間にぼくはオトナになり、社会人になって、やがてフリーライターになった。そのとき、久々にパーマネントなバンド<ティアドロップス>を率いて再びメジャーに殴りこんできた冨士夫に、思いもかけず取材という機会で対面することができたのである。1990年前後のことだった。

The Teardrops「瞬間移動できたら」

 所属レーベルだった東芝EMIの会議室で会った冨士夫は、圧倒的な威圧感を発していた。詳しい会話の内容は覚えていない。長年の憧れであり「ロックの師」に初めて会えた緊張感ですっかり固まっていたぼくを見透かすかのように、冨士夫はこんな言葉を投げつけてきた。 「つまんねえ質問すんなよ」 「そんなこと訊いて面白いか?」  インタビュアーとしての己の未熟さを痛感し、戸惑い恐縮しながらも、なんとか取材が終わりに近づいたころ、冨士夫はぼくの顔を覗きこんで、こう言った。 「お前、オレの本書くか?」  なるほど。このオッサンはオレをわざと挑発して、試していたんだ。そう理解した。食えないオヤジだな。そう思った。  残念ながらそれに対してどう答えたか覚えていない。だが結局冨士夫に会ったのは、それが最後になった。もちろん本を書くこともなかった。ぼくの冨士夫に対する思いは、会って会話を交わすことで、すっかり沈静化して、冷めてしまったようだった。それ以降、何回かライヴを見たり、あるいはフジロックのフィールド・オブ・ヘヴンで見かけたり、あるいは3.11以降のこんな場所で歌う動画を発見して健在を確認したりしたものの、ぼくにとって彼はすっかり「過去の人」になっていた。闘病中だったことは知っていたが、ふだんの動向もほとんどチェックしていなかった。そして彼に出会って31年がたったころ、ぼくは訃報を受け取ったのだった。

山口富士夫@経済産業省前「原発いらない福島の女たち」

 そんなぼくにこんな文を書く資格があるかどうかはわからない。だがそれでも、ぼくにとって冨士夫は、昔も今も最大のロック・アイコンのひとりであり続けている。おそらくこれからもそうだろう。彼によってロックのなんたるかを知ったのだから。  フジオさん、ありがとうございました。あなたのことは忘れない。  2013年8月16日 小野島大

「松田聖子の娘・SAYAKAの二の舞いにするな!」サザン桑田の周囲が長男バンドを強力バックアップ中!?

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『I LOVE YOU -now & forever-』(ビクターエンタテインメント)
 サザンオールスターズ・桑田佳祐の長男・祐宜が、ロックバンド「READ ALOUD」のメンバーとしてデビューしていたことが女性誌で報じられたが、“売り出しプロジェクト”が始動していることが分かった。 「昨年末あたりに、父親の桑田が周囲にバックアップを頼んだことから“プロジェクト”が立ち上がったんです」とスポーツ紙記者。 「そもそも親が桑田だということは、前身バンドのStripped Soulで活動していた4年前ぐらいから知られていたのに、まるで隠していたかのような報じられ方をしたのは、父親の周辺から週刊誌にゴリ押しがあったから」(同)  昨年、バンド名を「READ ALOUD」に変えてCDデビューもサッパリ売れず、記者によれば「桑田と親しい一部の関係者が、義理で購入してあげていたほど。祐宜もすでに27歳。アイドル的な要素もないので、曲がヒットしなければ先は厳しい状況だった」という。  それを見かねてか、父・桑田の人脈を生かした「売り出しプロジェクトチーム」が立ち上がり、桑田の周囲にいる有力な関係者らが協力しているという。実際、その成果か、3月にはラジオのレギュラー番組が始まり、6月にはセカンドアルバムがリリース。このタイミングで女性誌の報道があって、YouTubeの動画再生回数が飛躍的に伸びた。 「これまではインディーズレベルの活動なので、今後は映画やドラマの使用曲として取り上げられるシングルヒットを作ってから、メジャーアルバムを制作することになるでしょう」(同)  記者によると、この桑田の親バカな“お願い”は今夏、サザンが活動再開したことと無縁ではないという。 「関係各所が長い間、サザンとしての活動再開をリクエストしていたが、桑田が首を縦に振らなかった。サポートメンバーはソロでも実質同じなので、やってることは変わらないんですが、そのあたりの桑田のワガママがあった。今回の息子への援護の見返りで折れたといわれています」(同)  息子の売り出しにあたっては、将来的に親子2バンドの共演などがプランされているというが「ただ、02年に大赤字の売り出しになった神田沙也加の二の舞いになるんじゃないか、という関係者も少なくない」と記者。  神田沙也加も松田聖子の娘としてSAYAKAの芸名で各方面にゴリ押され、このときも売り出しプロジェクトが結成されたという。しかし、歌手としては大成せず、現在は声優やモデルなどを細々とやっている状況。 「力を入れた分の資金がまるで回収できなかった“失敗例”として、語り草になっています。最近は七光りタレントも珍しくはないし、先日は舞台をドタキャンした石橋貴明の娘、穂のかなどワガママなタイプも多いので扱いにくい」(同)  実際、祐宜について知人バンドマンからは「20代前半までニートみたいな感じだったので年齢ほどのキャリアも感じられないし、社会人経験がないからか人付き合いがあまり上手ではなく、今のバンドメンバーに落ち着いたのも1年前ぐらいから。自分の意見が通らないと、すぐに機嫌を損ねる」と、早くも取り扱いが難しいという声が聞かれる。  肝心の曲についても、ネット上では「個性がない」と評判はいまひとつ。売り出しプロジェクトで知名度は上がっても、ブレークするかは未知数だ。関係者からは「親に楽曲提供してもらえば、一番のバックアップになるのに」なんて声も聞かれるが。 (文=鈴木雅久)