
『ニセチャイナ―中国傀儡政権 満洲・蒙疆・冀東・臨時・維新・南京』(社会評論社)
“誰得”な奇書を世に問い続ける社会評論社から、またまたとんでもない本が出版された。名付けて『ニセチャイナ―中国傀儡政権 満洲・蒙疆・冀東・臨時・維新・南京』。
まず、書店に平積みにされていれば、誰もが手に取ってみたくなりそうな表紙のインパクトがものすごい。本文中に登場する人物たちの顔写真をコラージュするという手法、これを使って大成功した本といえば、平岡正明の『西郷隆盛における永久革命 あねさん待ちまちルサンチマン』(新人物往来社、1973年)を思い出す。表紙で遊ぶ本は、編集者の自信の表れ。すなわち、相当濃い内容になっているのは間違いない。
そして、本書もまたそのセオリーの通りだった。本書で扱われているのは、日中戦争中に中国各地に生まれた、いわゆる「傀儡政権」である。要は、日本軍が占領した地域に誕生した、インチキくさい政府の興亡を追ったものである。蒙古聯合自治政府とか中華民国臨時政府とか、果ては上海市大道政府など、高校の世界史の授業じゃ、まず触れない事項である。漠然と、日本軍が占領地域を支配するために誕生したインチキ政権のように認識されている、これらの政府。ここに関係した人々は、戦後になり日本軍に協力した「漢奸」(対日協力者)として処刑された者も多い。
だが、そこには一筋縄ではいかない事情があった。なにせ、日本軍に占領されても、住んでいる人々には日々の生活はある。かといって、軍隊では警察活動や行政サービスまでは、手が回らない。そこで、地域の有力者が恭順の意思を示して、行政機関として立ち上げたのが、これらのインチキ政権なのだ。このインチキ政権、日中戦争が泥沼化すると、なんと「我々は中国の正統政権だ!」と言って、日本と本気で和平を結ぼうとしていた。その政権の内部はというと、ものすごくドロドロで、純粋に日中の平和と民衆のためを思う人もいれば、敵国日本の顔をうかがいながら、なにがしか利益を得ようとするもの。密かに重慶政府に渡りをつけている者まで……。そこは、多くのフィクションの題材になってきた戦前の満州、上海に匹敵する、怪しさが満ちていたのである。
そんな怪しさを心ゆくまで理解して一冊の本にまとめるとは、相当の「奇人」か「数寄者」に違いない。と、取材の依頼をしたら、なんでも地方在住とか。ならば、電話取材をと思ったら、社会評論社の濱崎誉史朗氏から「いや、ぜひ一度、日刊サイゾーに出てみたかったそうなので……」ということで、上京されるタイミングで会うことになった。
こうして、対面取材とあいなった著者の広中一成氏。「日刊サイゾーに出てみたかった」というのは、別にリップサービスではなく「サイゾー」「ブブカ」「実話ナックルズ」を愛読しているというから、やっぱり「奇人」か「数寄者」の類いであった。
しかし、全身から「奇人」な雰囲気を醸しているわけではなく、非常に謙虚な人物である。最初、筆者が「サブカル本みたいな表紙なのに、学術書っぽいですね」と言ったところ、「いや、学術書じゃなくて一般書ですよ。だって、論文の形式から外れているので」と、言うのだから。
そんな広中さんは、愛知大学大学院出身。愛知大学といえば、戦前に上海にあった東亜同文書院の系譜を受け継ぐ、特殊な伝統校(戦前に日本の中国侵略に協力したとされ、戦後、日本で再興する時に名前をそのまま東亜同文書院大学にしようと試みるも、軍国主義復活を警戒したGHQによって阻止された。なので、法的にはつながりはないが、愛知大学の見解では東亜同文書院が母体となっている)。まさに、中国研究のエキスパートというべき人物である。
広中さんが、これらの怪しげな傀儡政権を研究テーマに選んだのは、修士課程の時。実証を重んじる歴史研究で、なぜか最初から「傀儡政権」という主観的なレッテルが貼られてしまっているという「憤り」が、このテーマに興味を持ったきっかけとのこと。なんでも、汪兆銘政権などは既に研究している人がいるので、ならばまだあまり研究の進んでいないところをと考え、冀東防共自治政府をセレクトしたのだそうだ。
研究テーマを選ぶだけなら、誰でもできる。驚嘆するのは、そこからの情熱である。

著者の広中一成氏
例えば、近年、日中戦争中の中国人による日本人虐殺事件としてクローズアップされるようになった「通州事件」の現地も訪問し、跡地がどうなったかも、くまなく見てきたのだとか。この事件、本書でも扱われている冀東防共自治政府のあった通州が舞台になったものでもある。とはいえ、わざわざ現地を訪れてみるとは、あまりにも情熱がありすぎる!
「当時と、街路があまり変わっていないので、昔の地図を頼りに歩けば簡単に事件の現場にたどり着くことができるんです。当時、死体を埋めたという場所が、現在は病院になっていたりして……」
……通州訪問談は、ずいぶん続いたが、ネトウヨしか注目しなさそうなので、自粛しておこう。ちなみに、通州の町は現在、北京のベッドタウンとして栄えているのだとか。
現地を訪問するだけでなく、資料収集も熱心だ。本書には、多数の図版が使われているが、それらのほとんどは広中さんが収集した写真資料・絵はがきを利用したもの。さらに、取材の時にはネットオークションで落札した、勲章まで持参してくれた。
こうした情熱を支えるのも、やっぱり広中さんの怪しいもの好きである。
「正義の味方ぶっている人は、あまり好きじゃないんですよね。怪しい人を見るとゾクゾクしてしまうんです。なんで、こうなっちゃったのか、とね」
今回、広中さんが記述した数々のインチキ政権だが、日本軍に協力していたという事情もあってか、国内にも豊富な資料があり、未解明な部分も多く、研究材料にはうってつけなのだとか。また近年、研究が進む中で「漢奸」のレッテル貼りをはがす努力が進んでいるという。
いわば、今回の本は、そうした研究に興味を持ち、歴史の認識を改めるきっかけにもなる入門書といえるだろう。
「できることなら、この本を多くの学生の方に見てもらって、傀儡政権のあった当時の歴史に関心を持ってほしいですね」というのが広中さんの願い。さらに、研究を進展させるべく、広中さんは今年も中国を訪問する予定だという。……きっと、戦前なら馬賊か大陸浪人になっていたところだろうね。
なお、取材の翌日に本書の発刊に合わせ紀伊國屋新宿本店で開催された「ニセチャイナフェア」を見物に行ったところ、フェアの様子を心配そうに見に来ていた広中さんと再会した。ちょうど、本棚に並んでいた『黒旗水滸伝』(かわぐちかいじ・竹中労/皓星社、2012年)の名シーン……杉山茂丸が頭山満に、大陸狭しと暴れ回ってくれる若者として、小日向白朗・岩田富美夫・江連力一郎を引き合わせたところ、頭山が「悍馬一匹つけてやろう」と伊達順之助を紹介するというシーンで「ねえよ!」としばし盛り上がったのである……(きっと、これで盛り上がれる人が日本にあと100人はいると筆者は信じている)。
近年、どういう社会情勢の結果なのか、軍歌イベントにも、女子が急増中である。きっと、来年あたりには「殷汝耕萌え」とか、「ジェスフィールド76号萌え」女子も誕生し、コミケには女馬賊・中島成子のコスが登場すると願ってやまない。
(取材・文=昼間たかし)