
「週刊少年マガジン 36・37合併号」(講談社)
2013年2月。「週刊少年マガジン」(講談社)に掲載された一本の読み切り漫画がネット上を大きくにぎわせた。そのタイトルは『聲(こえ)の形』。聴覚障害者のヒロインがクラスメイトから壮絶ないじめを受ける様を生々しく描くという、少年漫画雑誌という媒体としてはなかなか際どい内容である。絵柄のタッチも力強く、そして骨太。そのストーリー、画面構成、すべてが熟練の技を感じさせる読み応え十分な本作だが、執筆したのは先日初めての連載作品『マルドゥック・スクランブル』(原作:冲方丁)を終えたばかりの新人漫画家・大今良時。弱冠24歳の女流漫画家である。
本作はもともと、2008年の「第80回週刊少年マガジン新人漫画賞」に投稿された作品で、大今は新人賞を受賞。当初は「マガジンSPECIAL」No.12に掲載される予定だったが、その内容の際どさからお蔵入りとなってしまった。しかし、編集部内において、初代『聲の形』は非常に高い評価を得ていたため、「別冊少年マガジン」班長(同誌の編集長的ポスト)は講談社の法務部および弁護士、さらに全日本ろうあ連盟との協議を重ねた結果、ついに11年2月号に掲載。掲載号のアンケートでは、並み居る連載作品を抑えて人気アンケート1位を獲得してしまった。この反響を受けて、13年2月発売の「週刊少年マガジン」12号に投稿作である初代をベースに、全面的に描き直されたリメイク版が掲載。より洗練された画風と構成で生まれ変わった二代目『聲の形』は、多くの漫画ファンの関心を呼び、Twitterやネット掲示板も話題騒然。同誌の発行部数も、掲載号のみ6万部伸びるという前代未聞の事態となり、ついには8月7日発売の同誌36・37合併号より連載スタートすることが決定した。
そんな新人の投稿作品としては異例の盛り上がりを見せ、三度読者の前に姿を現すことになる『聲の形』だが、どんな思いを込めて本作を生み出したのかを作者・大今良時本人に聞いてみるべく、講談社を訪れた。
■東京に出る資金のために応募した新人賞
──発表以来、大変大きな反響を得ている『聲の形』ですが、その声は大今先生の耳にも届いていますか?
大今良時(以下、大今) ROM専なんですけど、2ちゃんねるをよく見ているので(届いています)……。
──そもそも『聲の形』という作品は、いかにして生まれたのでしょうか?
大今 『聲の形』を描き始めたのは18の時です。それまではちょっとした賞くらいにしか引っかかっていなかったので、いつかちゃんと新人賞を取りたいと思っていました。当時は岐阜の実家に住んでいたので、早く東京に出てアシスタント生活をしたいと思っていたんですが、親に反対されてたんです。ちょうど高校を卒業して、一年間くらいアルバイト生活を送っていた頃で、「あんたは一人じゃ何もできひんやろ!」って。それで「新人賞を取れば、お金が手に入るな。これは賞を取るしかない」と思い、決意が固まりました。
──漫画家への夢や親への説得材料みたいなものが、新人賞獲得のモチベーションとして結実したんですね。
大今 はい。親からは散々「行くな、行くな」と言われていたので、逆に今ここでしか描けないものを描いてしまえと思って、自分の母校を使わせてもらったり、親から手話を教わったりして『聲の形』という漫画が生まれました。その結果、新人賞をもらったんですが、「それでもあかん」って。でも、「担当さんが『東京に来ないの?』って、しつこいんだけど……」って、ちょっとウソ入れて大げさに話したら、そこでようやく認めてくれました。

大今良時氏
■身近な存在だった障害者たち
──お母様が手話通訳士だそうですが、聴覚障害者の方は身近な存在だったんですか?
大今 はい、身近でしたね。実家に居ながら描ける漫画ということで、こういうテーマを選んだ部分はあります。母から手話を教わったり、身近にいた障害者の方がいじめられていたという話を聞く機会もあったので、どちらかというと自然にこの物語が生まれました。
──ここ最近の大津市の問題に限らず、定期的にいじめに関するニュースがメディアに出たりもしますが、そういう世間のムードとは関係はなく?
大今 はい。特に私がいじめられていたとか、ニュースを聞いて……というわけではないです。(少し考えて)……ただ障害者の人生、障害者の位置とはなんなのかということは常に考えているんですが、まだ答えが出ていません。この作品の中だと、ヒロイン・西宮硝子の位置ですね。彼女は主人公・石田にとって未知の存在で遠い存在だから、いじめが起こる。点と点を結ぶ話にしたかったのですが、そのためにはニ人は憎み合っていないといけなかったんです。その先にある硝子の位置は、これから探していくことになります。
──その憎み合った結果である「健常者による聴覚障害者へのいじめ」「いじめの連鎖」という、かなり際どいテーマに、読者のみならず編集部も大きな衝撃を受けたと聞いています。
大今 そう……なんですかね(笑)。現実味とファンタジーのバランスが難しいですね。現実的すぎるという反響も、ファンタジーすぎるという反響も両方いただきました。今も悩みながら描いています。ただ、漫画のために障害者の側からだけでものを言うと、それはそれで考え方が極端になるというか。だから中立的な立場で作品は見てもらいたい、という気持ちはあります。
──確かに聴覚障害者であるヒロイン・硝子を使って、もっと読者を泣かせる展開にすることもできたと思うのですが、そこはあまり彼女に感情移入しすぎないような構成になっているように感じました。
大今 そうですね。私も、彼女のことをよくわかんない子だと思って描いているんです。やっぱり硝子って主人公にとって何者なのかわからない存在なので、そこを意識して描かないといけないのかなって。知らない存在に対して、どう接していくのかっていう象徴(が硝子)だと思います。
──そのほかに印象的だったのが、教師のリアルな「大人のズルさ、汚さ」でした。
大今 私はこの先生、好きですよ(笑)。完全に作者目線になってしまうんですけど、最後に主人公をボコボコにしてくれるシーンは特に。貴重な配役を担ってくれています。……そして同時に、昔、先生たちはあんな感じだったなって。それを自分で描けるのがうれしくて。
──もしかしたら、漫画執筆を通じて、過去の出来事に復讐するというような気分も……。
大今 あるかもしれませんね(笑)。時々、ストレス発散するために漫画を描いているんじゃないか、という錯覚を覚えることもありますね(笑)。
──漫画を描いている瞬間って気持ちいいですか?
大今 気持ちいいです。よく言われることですが、一番気持ちいいのは、主人公が痛めつけられる瞬間かもしれません。あと、肩書とは真逆の精神を持った大人、あるべき姿と違うことをする大人を描くのが好きです。子どもって失敗しても言い訳ができちゃうんですけど、大人ってあんまり言い訳ができない。その過酷さやかっこ悪さが、すごくいいですね。だからこそ描きやすいというか(笑)。
■連載版『聲の形』に向けて
──そんな『聲の形』が今回、連載作品になります。読み切りとして描いたデビュー作が、連載作品へと成長していくのはどんな感覚ですか?
大今 二代目『聲の形』は、実は連載の形で編集部の会議に出させていただいたので、ようやく思ったものを描けるといううれしさはあります。でも、すべてはこれからです。現時点では自分はまだスタートラインにも立てていないので、自分の作品がどうこうなったと考えたり、今回の一件で感動とか感激をあまりしちゃいけないのかなと思っています。連載が始まっても打ち切りになるかもしれないので、とりあえず一生懸命描くだけです。はい、おとなしくしてます(笑)。
──「別冊少年マガジン」班長のTwitterによると、二代目『聲の形』監修を務めた日本ろうあ連盟からは本作に関して「何も変えないでいい。ありがとうございます」とお墨付きがついたそうですが。
大今 うれしいですよね(笑)。ただ、その分、いろいろ考えてしまいます。今後、連載が始まることによって、聴覚障害者の方たちが喜ぶ話にはならないかもしれない。彼らががっかりする話を描くかもしれない。しっかりと、いろいろなことを考えて作ってきたいですね。
■漫画家・大今良時が描きたいこと
──大今先生が一番影響を受けた作品や、漫画を描くきっかけになったエピソードを教えてください。
大今 漫画家になりたいと本格的に意識する前から漫画を描いていましたし、漫画家しかなかったんですよね。「漫画を描きたいから漫画家になりたい」と。小学生の時に、高田裕三さんの『3×3EYES』を読みながら思いました。漫画の世界に浸っていたんだと思います。
──そんな大今先生が漫画を通じて、一番描きたいのはどんなことですか?
大今 常に「この人たち」に向けて描きたいという思いは強く持っているんですけど、それを明言してしまうと「その人たち」は見てくれなくなるだろうと思うので、そういうことは極力表に出さないようにしています。ただ、そのメッセージは『マルドゥック・スクランブル』を描かせてもらった時にも通じるテーマだったし、『聲の形』でも出てくると思います。
──大今先生にとって漫画とは?
大今 その質問かっこいいですね(笑)。それはもう「伝えるための手段」です。……あわわ、恥ずかしい。
──(笑)。では、新人賞受賞作であり、出世作でもあり、初の週刊連載作品でもある『聲の形』は、大今先生にとって今のところどんな作品ですか?
大今 ギリギリのところで救ってくれる、自分の気持ちを上げてくれる作品かな……。う~ん、まだうまく言えないです。連載が終わって、読者さんの心に届いて、そして売れてくれたら、きっと大好きな作品になると思います。
──最後に、『聲の形』連載に向けての意気込みをお願いします。
大今 読んでいる人の心に届くように、思いを作品に込めています。暗い物語を描いているんですけど、よくないことが登場人物に起こったとしても、それを肯定してあげられる作品にしたいです。
(取材・文=有田シュン)